IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣   作:刀馬鹿

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捜索

すさまじいほどの爆音が鳴り響いた……

 

 

 

 

 

 

なにをきいているのかわからない……

 

 

 

 

 

 

そこは……お兄ちゃんがさっきまでいた場所で……

 

 

 

私を救うために……だけど、優しく押して助けてくれて……

 

 

 

その場所から……ゆっくりと放物線を描いて、飛んでいく……

 

 

 

 

 

 

なにをみているのかわからない……

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

 

 

 

 

 

少し先でそれは地面へと墜落して……

 

 

 

 

 

 

そしてその人は……倒れた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにがおきたのか……わからない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呆然と……ただ呆然と……

 

 

 

私はその人を見た……

 

 

 

装甲はそのほとんどが壊れていて、スーツすらも焼けこげている……

 

 

 

そのために、その人はあちこちが真っ黒になっていた……

 

 

 

真っ黒でも……その人が、何故か穏やかに笑みを浮かべているのがわかった……

 

 

 

頬に大きな傷が出来たのか……一直線に切り裂いているその頬から、赤い血が流れていて……

 

 

 

それが周りの黒さと相まって、異様に明るく、そして妖しく見えた……

 

 

 

 

 

 

だけど……

 

 

 

 

 

 

 

なんでだろう……?

 

 

 

 

 

 

どうして右腕が途中からなくなっていているのか……?

 

 

 

どうして笑っているのか……?

 

 

 

 

 

 

私にはわからなかった……

 

 

 

 

 

 

「おにぃ……ちゃ……ん?」

 

 

 

 

 

 

その人を呼んだ……

 

 

 

いつも私に反応してくれたその人は……何の反応もせず……

 

 

 

まるで死んだかのように……全く動こうともしなかった……

 

 

 

そんなその人へと、私は体の痛みすらも忘れて……歩み寄っていった……

 

 

 

 

 

 

どうして?

 

 

 

 

 

 

動かないの?

 

 

 

 

 

 

なんで……?

 

 

 

 

 

 

私のそばに……いてくれないの……?

 

 

 

 

 

 

どうして……?

 

 

 

 

 

 

私の名前を呼んでくれないの……?

 

 

 

 

 

 

目の前が真っ白になりそうになる……

 

 

 

信じたくない……

 

 

 

そんなわけがない……

 

 

 

なのにそれをいつも否定してくれたはずのお兄ちゃんが、ぴくりとも動かなくて……

 

 

 

私は体を引きずってようやく、お兄ちゃんのそばへとたどり着いた……

 

 

 

 

 

 

「おにぃちゃ……ん」

 

 

 

 

 

 

起きて……

 

 

 

 

 

 

「お願い……だから……」

 

 

 

 

 

 

目を開けて……

 

 

 

 

 

 

「何とか……いってよ……」

 

 

 

 

 

 

私の名前を呼んで……

 

 

 

 

 

 

「六花って……」

 

 

 

 

 

 

呼んで……

 

 

 

 

 

 

「ねぇ……」

 

 

 

 

 

 

ひざまずき……私はその人をそっと抱きかかえた……

 

 

 

 

 

 

そうすれば起きてくれるって……

 

 

 

 

 

 

また私のほほえみかけてくれるって……思ったから……

 

 

 

 

 

 

だけど当然のようにそんなことはなく……私はただ……

 

 

 

 

 

 

その人を抱いていることしか……できなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが絶句し、悲鳴を上げようとしたそのとき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バカン!!!!

 

 

 

 

 

 

不吉な破裂音が鳴り響いた……

 

興味がなかった……

 

だけど、その音が不吉で……

 

呆然として、そちらへと目を向けた……

 

先ほどの爆発の中心地に、フレイヤ型に酷似したISが存在していた……

 

何故って思った……

 

敵は確かにお兄ちゃんが倒したはずなのに……

 

そこで私は、そのISの周りに何か装甲の抜け殻のような物が散乱しているのに気づいて……

 

だけどそれがなんなのかは考えられなかった……

 

 

 

なんで、動いて……?

 

 

 

ぼんやりとした意識の中でそう認識して……

 

それがゆっくりとこちらへと向かってくる……

 

他のみんなが何かを叫んでいるのがわかった……

 

だけど私は動かなかった……

 

動きたくなかった……

 

これ以上お兄ちゃんと離れていたくないから……

 

私もこのまま連れて行ってほしいって……思ったから……

 

だけど、それを否定するようにそのISは私の眼前へとたった……

 

抱いている腕に力を込めようとした瞬間に……

 

その腕が振るわれた……

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 

 

そんな叫び声とともに、私を救ってくれた人がいて……

 

ずっと言ってほしかった言葉だった気がする……

 

だけど今はそれすらも考えられなくて……

 

横から飛んで抱かれたことで私とその人が倒れた……

 

左肩が痛い……

 

そしてさっきまでいた場所をぼんやりと見ると……

 

 

 

そのISがお兄ちゃんの首をつかんでいた……

 

 

 

そしてそのまま宙へと飛んでいく……

 

 

 

 

 

 

……ぇ?

 

 

 

 

 

 

それを見て驚いたことで少しだけ思考が戻って……

 

愕然とした……

 

 

 

もしかして……狙いは、織斑君じゃなくて……

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃん?

 

 

 

 

 

 

それを理解しても、私はあまりにもショックで動くことも出来ずに……

 

 

 

ただ……ただ……

 

 

 

手を伸ばした……

 

 

 

届くわけがないのに……

 

 

 

それでも手を伸ばした……

 

 

 

その暖かい体に触れたかった……

 

 

 

だけど現実は残酷で……

 

 

 

敵の姿が虚空へと消えた……

 

 

 

なんで?

 

 

 

どうして?

 

 

 

ただ、ただ……お兄ちゃんのぬくもりがほしくなった……

 

 

 

そしてその右腕へと歩み寄って……

 

 

 

その腕を抱きしめた……

 

 

 

だけど、いつも暖かくて優しかったその手は何故か冷え切っていて……

 

 

 

それを否定したくて……

 

 

 

きっと暖かくなってくれると思って……

 

 

 

私はただただ抱きしめていた……

 

 

 

 

 

 

私に最後に触れてくれた……

 

 

 

 

 

 

その右腕を……

 

 

 

 

 

 

それしか……出来なかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

タッグマッチが終わって翌日。

昨日の一件のために、今日は臨時の休校になっていて、自室待機が命じられていた。

アリーナの修理や、事後処理、さらには襲ってきた敵の調査といったことで、教師陣……千冬姉も含めて……は、朝から忙しいそうに走り回っていた。

突然の休暇に、本来だったら喜んでいたかもしれない。

 

だけど……今はそんな気分にはなれなかった……

 

 

 

護……

 

 

 

自室でベッドに横になりながら……俺は本来いるはずの同居人のベッドへと目を向ける。

だけどそこには当然のように誰もいなかった……。

 

昨日……前回俺と鈴が戦っていたときに乱入してきたISの発展型だと思われていた巨躯のISは、あろう事か増加装甲をまとっていたまま俺たちのアリーナへと乱入してきたのだ。

そして護が、俺と山田先生……そして何より更識先輩を助けてくれたその後に、それはその本当の姿をさらして……。

そのときこちらはもう誰一人として動ける人間はいなかった。

すべてのISも限界まで活動していて、強制解除されても不思議じゃなくって……。

そしてそのISは無造作に護を……死んだように動かなくなっている護をとらえて、消えた……。

 

最初は俺が狙いだと思った……

 

自意識過剰かもしれないけど、きっと……誰もがそう思っていたと思う。

だけどそれは大きな間違いで……。

敵がいなくなったことでハッキングが終わったのか、応援の人たちが駆けつけてくれたけど……そのときにはすべてが遅かった。

幸いと言うべきなのか、誰もが命に別状はなかったことだ。

更識先輩も、今の医療ならそんなに時間もかからずに全快するってことらしい。

 

だけど、それが喜べるわけもない……

 

それに誰よりも、更識先輩が心配だった。

護が連れ去られてしまった時の絶望した顔。

何より、切断されてしまった護の右腕を抱いているその姿は……。

 

言葉では言い表せないほどに、痛々しくて……

 

 

 

護……。無事……なんだよな?

 

 

 

今はいない友人の無事を案じる。

ただそれだけしか出来なかった……。

捕らえていったってことは、きっと相手は護の命を取るつもりないはずだ。

殺すつもりなら簡単に殺せたはずだから。

だがそれでも心配せずにはいられなかった。

 

あのときだって……俺が零落白夜をうまく決めていれば……

 

そう思わずにはいられない。

前よりは実力がついたと思っていたのに……。

これで俺は仲間を護っていくんだと……。

あの年上の存在に少しでも追いつけた……追いつきたいと思ったのに……。

けれど結果としてはこんな状況で……

 

 

 

俺は、悔しくなるほどに無力だった……

 

 

 

……無事でいてくれ

 

 

 

そう祈るしかない自分が悔しかったけど、それでも今も千冬姉や山田先生、更識先輩も捜索を続けている。

だから、きっと……

 

 

 

無事に帰ってきてくれ……

 

 

 

 

 

 

「かいちょ~、映像解析終わったよ~」

「わかったわ、それをこちらに回して」

「会長。他の無人機のデータ回ってきました」

「それもこっちに回して」

 

授業がないにも関わらず、生徒会室は修羅場と化していた。

昨日のIS襲撃における事後処理と、それに伴ったデータ解析が行われているからだ。

普段はぽやぽやとしている本音ですらも、普段よりも遙かに速く動いている。

といってもそれでもまだ遅い方なのだが。

皆一様に疲れた表情をしているが、それでも誰もそれに対して弱音を吐いてはいなかった。

生徒会としての誇りと意地があったからだ。

そして、それ以上に……更識楯無には必死になる理由があった。

 

「……」

 

ほとんど不眠不休だった……。

それこそ昨日、治療を終えたその直後から更識楯無は……六花はあらゆる場所から送られてくる情報を必死になって解析し、それらを推測統合しては矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

それにつきあう必要性はなかったが、幼き頃より知っている虚と本音は、それにつきあっていた。

二人としても、さらわれてしまった人物の捜索には意欲的だったのだ。

理由はそれぞれ違ってはいるのだが……。

疲労の色は色濃く出ているというのに、その鬼気迫る表情を見ては休めとはとても言い出せない状況だった。

幼なじみであり、従者でもある虚は何度も止めようとした。

だがそれでも、あまりにも必死で……そして痛々しいその顔を見ると、何も言えなくなってしまっていた。

 

……必死に涙をこらえているのが……わかってしまったから

 

(……お嬢様)

 

「ふにゅ~……疲れたよ~」

 

あまりにも殺伐としていた場を少しでも和らげようとしたのか、本音がそんな声を上げる。

半分はまさしく本音そのものだったが、それでもそれ以上に動かなければと思ったのだ。

それを察して、虚もふっと一息を吐いた。

 

「なら本音。ちょっとジュースでも買ってきてくれない」

「え~。疲れてるのに~」

「それはみんな一緒よ。その代わりといっては何だけど、私がお金を出すから何か甘い物を買ってきて」

「は~い」

 

現金とでも言うべきなのか、本音は好きな物を買ってきていいと言われると嬉々として外へと向かっていった。

だがそれはあくまでも二人きりになるための口実だった。

本音もそれをわかっていたのだろう……そんな妹の気遣いに感謝しつつ、虚は己が仕えている主へと目を向ける。

 

「……会長も少しお休みください。会長はただでさえ昨日試合にも出てて、まだ体の傷が癒えきっていないのですから……」

「……私は大丈夫」

「ですが……お嬢様(・・・)

「大丈夫……だから……」

 

(呼び方を変えているのに気づかないのに……)

 

お嬢様。

それは更識家へと代々使えてきた布仏家だが、学園内ではそう呼ばないように決めたはずなのだ。

だがそれにも気づかずに……あるいは気づいているのかもしれないが……それに言及せずに、更識は作業を続けた。

 

「お嬢様……」

「だから大丈夫」

 

 

 

「……これだけは言いたくありませんでしたが……言わなければいけないみたいですね」

 

 

 

虚の言葉の重さにはさすがに気づいたのだろう、高速で動いていた目と手が止められ、楯無はその目を自分の従者でもあり、大切な幼なじみでもある布仏虚へと向けた。

それを確認して、そしてその自分にとって大事な主であり幼なじみであり……年下の女の子である更識楯無へと目を向けた。

 

 

 

「……お嬢様。あなたはあの人のためにどこまで失うつもりなんですか?」

 

 

 

対価という言葉がある……。

何かを得るための条件として、それと同等のもの、もしくはそれ以上の物を相手へと提供し、報酬として受け取る利益。

更識楯無は、さらわれてしまった護の情報を得るために、多方面の部署や裏のつながりのある家へと情報の提供を呼びかけた。

それの対価として、かなりの物を更識は手放していた。

むろん更識楯無としてのものはほとんど手放してはいない。

だが更識六花としての物はかなりのものを支払っていた。

それこそ失っていい物はすべて失ってでも……そう言うかのように。

それをそばに見ていながら、止めることが出来なかった自分を悔やみつつ、虚はさらに言葉を続ける。

 

「あの人がお嬢様に取って大切な人だってことはわかっているつもりです。ですがそれでもがむしゃらすぎます。一体どこまで失うつもりなんですか?」

「……それは」

 

本気で心配しているのがわかったのか、楯無は言葉に詰まらせた。

普段ならばすべてお見通しと言わんばかりに、自信満々に、そして楽しそうに物事を処理する楯無からは考えられない姿だった。

一瞬だけ沈黙した室内だったが……ノックの音が鳴り響いた。

 

(……誰かしら?)

 

本音ならばノックもせずに入ってくるだろう。

だがいっこうに入ってくる気配がなかったために、虚は内心で首を傾げながらドアを開けた。

そこには、更識楯無とうり二つと言っていいほどの容姿をした、更識簪が立っていた。

 

「あれ? 簪ちゃん?」

 

鬼気迫る表情も、押し黙ってしまったその悲痛な表情も綺麗に消えた笑顔を、楯無はやってきた妹へと向けた。

そうして席を立って、入り口へと向かって歩き出す。

昨日少しは仲が改善されたといってもいい二人だったが、それでも少なくない時間を二人はすれ違っていた。

だからこそ、いくら少しわかり合えた程度では、すぐに以前のように仲良くなれるわけがない。

それくらいは当然のようにわかっているはずなのだ……普段の更識楯無という少女ならば。

だがそれすらもわかっていないのか、楯無は嬉々としながら自分の妹へと笑みを向けてしゃべり出す。

 

「どうしたの? 今は生徒は自室待機のはずだよ?」

「……」

「それでも私に会いに来てくれたの? 嬉しいな♪ せっかくだから部屋に入る? 生徒会室は一応一般生徒   は立ち入り禁止なんだけど、簪ちゃんなら特別に許してあげちゃう」

「……」

「簪ちゃんが来てくれたなら元気百倍だね! お姉さんのかっこいいところを……」

 

 

 

「嫌いだよ……お姉ちゃんなんて」

 

 

 

その言葉で、必死になってしゃべっていた楯無の言葉が止まり固まった……。

手を引き、自らの隣の席へと座らせようと歩いていたその背中が、簪の目の前にあった。

顔を伺い見ることは出来なかったが、それでも簪には十分すぎるほどにわかっていた……。

 

 

 

「嫌いだよ……無理して元気に振る舞っているお姉ちゃんなんて……」

 

 

 

ぎゅっと、その自らの腕をつかんでいる楯無の手を、簪は握り返した。

昨日のアリーナにて、自分のことを抱きしめて護ってくれた姉を……今度は自分が護るために。

 

 

 

「長い間避けてた私が言っていいかわからないけど……かっこいいお姉ちゃんがねたましかった。うらやましかった……。でもかっこいいって思ってた……」

 

 

 

自らと違って何でも出来てしまう、優秀すぎるほどに優秀な姉に嫉妬や羨望していた。

だがそれでも、それ以上に自分の姉がこんなにもかっこいいことが嬉しかったのだ。

自分はこんなにもかっこいい姉の妹であるんだと……人に言うことはできないし、比べることもおこがまし程に自分が優秀じゃないことはわかっていた。

周りの評価だって、姉が生徒会長の楯無だというのにその妹は……そう言われていたのは知っていた。

その通りだと思ったし、自分としてもそれが悔しくて悲しかったら何も言わなかった。

だけどそれでも心の奥底ではこの姉の妹であることが嬉しかったのだ、誇らしかったのだ。

だからこそ……

 

 

 

「かっこいいお姉ちゃんでいてほしいって思うよ……。だけど無理……しないでよ……」

 

 

 

滅多に人に感情を見せようとしない楯無。

裏の世界の住人として生きている以上、それは必要に迫られて身につけた技術だった。

だがそれを妹である自分にされたくはないと思ったのだ。

体が癒えきってもいないのに不眠不休で捜索をして、そしてそれを周りに悟られないように仮面をかぶって……。

 

その仮面を取って上げたいと……簪は心から思い、願ったのだ……。

 

 

 

「お願いだから……私にまで嘘を吐かないでよ……。虚さんだって、本音だって……それに私だって……」

 

 

 

その一言をいうには勇気がいった。

だがそれでも簪は、意を決して、今まで素直になれなかったことへの謝罪も込めて……万感の想いを込めてその言葉を口にした……。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんのことが大好きなんだから……」

 

 

 

 

 

 

その一言が……楯無の耳へと入った。

それを聞いて楯無は……糸が切れてしまった。

六花は振り向きながら自分の妹へと抱きついた。

抱きつかれてしまったために、簪にその表情を見ることは出来ない。

だが、その肩にこぼれた熱いしずくが、楯無の……六花の感情を物語っていた。

 

 

 

「……どうして!?」

 

 

 

消えるほどのか細い声で……涙にまみれたその声が、簪の耳へと届いた。

声だけでなく、自らの体に回されたその腕すらも震えているのがわかって……簪はそっとその体を抱きしめた。

 

 

 

「どうしてなの!? やっとお兄ちゃんと再会できて……! 気づいてあげられなかった……救ってあげられなかった心を癒してあげられると思ったのに! 以前とは考えられないほどお兄ちゃんと顔を合わせているのに!」

 

 

 

生徒会長、そして裏の名家の当主。

これだけの責務を背負った楯無が自由に動けるわけもない。

さらに言えば護は自衛官だった……。

ともに同じ場所でいれるわけがなかった。

 

 

 

だから、こうして再会できて今度こそ、兄を救って上げたいと思っていたのだ……

 

 

 

「簪ちゃんとも……やっとこうして話せるようになったのに……。大事な人とわかり合えたのに……どうして!?」

 

 

 

まるで幼子のように、楯無はその自らにため込んでいた思いをぶちまけた。

普段は生徒会長として、そして裏の名家の当主として……なかなか六花としての本心を吐露することはない。

出来ないといってもいいだろう。

だが今のこの場でならば……楯無のことを本当に大切に思ってくれている人たちの前なら……。

それを口に出来た。

 

 

 

「どうして……どうして……」

 

 

 

それ以上の言葉は、もはや言葉にならず楯無は……六花は、妹に抱きついていることしかできなかった……。

 

ただ……人のぬくもりだけを求めて……。

 

そんな姉のことを、簪はしっかりと、しかし優しく抱きしめていた……。

 

 

 

(……初めてだね)

 

 

 

自分にこんなにも頼ってくれたのは……と、そう思った。

 

見上げるだけだった、遠くに存在しているだけだった姉は今、幼い子供のように震えていた……。

 

今は姉が不安になっているからこうしていられる……。

 

だけどもし、普段通りの姉に戻ってしまったら、自分はうまく接することが出来るのだろうか?

 

そういう不安が簪にはあった……。

 

 

 

(だけど……)

 

 

 

いくら不安になっていても、嫌いな人物相手に頼ることは普通はしない……。

 

そして自分のことを「大事な人」といってくれた……。

 

その言葉と、今のこの時間の思い出で……

 

 

 

(私は大丈夫……)

 

 

 

大好きな姉と仲直りできたから……。

 

それさえあれば、大丈夫だと……簪は強がりでもなく、自然とそう思えた……。

 

そう思えたことが……簪にとってはこの上ないほどの喜びだった……。

 

 

 

 

 

 

「……ぅ」

 

鈍い痛みを感じて、私は沈んでいた意識を浮上させる。

ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れない天井で……。

 

あれ……私?

 

「目が覚めたか?」

 

ぼやけていた私の耳に、そんな声が届いた。

横たわっていた身を起こしてみると、毛布が足下に落ちた。

それを見てようやく覚醒した。

 

私……寝てた?

 

備え付けのソファーで寝ていたみたいだった。

意識を失った私を、おそらく織斑先生が運んでくれて……。

 

どうして、ここに……?

 

覚醒はすれど、まだぼやけていて……。

どうして自分がここにいるのか思い出せなかった。

それが疲労からくる物だと言うことに、私はすぐに気がつかなかった。

 

えっと……確か……

 

タッグマッチに織斑君を護衛する門国さんの護衛になって。

 

 

 

それで試合開始と同時に無人機のISがやってき――!?

 

 

 

そこで、わたしはようやく何が起こったのかを思い出した。

 

門国さんが!?

 

「織――!」

 

急に立ち上がろうとしたことで立ちくらんでしまって、よろめいてしまった。

そんな私を、端末前に座って情報整理をしていた織斑先生が、支えてくれた。

 

「急に立ち上がるな」

「す、すみません」

 

苦笑しながらそう言って、再び私をソファーへと座らせてくれた。

自分の体の弱さに歯がみするしかなかった。

一日経っても未だ行方がわからない門国さんを探すために、情報整理やら事後処理を行っていたのだ。

他にも無人機ISの処理や、アリーナの修繕やハッキングされたシステムの再構築。

やることはいくらでもあるのに……。

 

「無理をするな。実戦まで行ったのに徹夜しようとするからこうなるんだ」

 

叱責しながらも、その言葉にはそれほど怒っている感じはなかった。

それどころか、コーヒーを差し出してくれて……私の隣の場所に座った。

織斑先生も徹夜だって言うのに……そんな様子は全く見せなてなくて。

 

「すいません」

「謝る必要はない」

 

ズズッと、コーヒーを飲みながらそう言ってくれた。

何の役にも立って……ないのに……。

 

もしも、織斑先生が……あの場にいたら……

 

こんな自体には……門国さんが、さらわれてしまうような事態には……。

 

「……私、どれくらい眠ってました?」

「夜の八時だから……ざっと三時間だろう」

 

三時間も、寝ちゃったんだ……

 

こんな事態だって言うのに……生徒の一人がさらわれてしまったというのに……。

眠ってしまった自分の惰弱さが悔しかった……。

 

私が……護らなければいけなかったのに……

 

そのために……あの場にいたのに……。

護るどころか……逆に護ってもらって……。

 

私は!!!!????

 

「……あまり追い詰めるな」

 

気落ちしている私を気遣ってか、織斑先生がそんな言葉を私にくれた。

だけど……それを受け取るわけにはいかなかった……。

 

「だめ……だったんです……。頑張ったけど……結局……」

「……」

 

私の言葉に何も返さない。

それが織斑先生の優しさだとわかって……私は更に言葉を続けた。

 

 

 

「私は先生で……あの人は生徒で……。だから護らないとって……思ったのに……。それなのに……」

 

 

 

私は結局護れなかった……

 

あの人は私のことを二度も、命を賭けて護ってくれたというのに……。

 

不安になっていたからか……私は普段は明かしてはいけない言葉も……

 

明かしてしまった……

 

織斑先生に……甘えた……

 

 

 

「教師だけじゃなくて……一人の人として、山田真耶としても……護ってあげたかった……」

 

 

 

あまりにも、痛々しい子供だった……

 

父と母のぬくもりも知らず、あまりにも歪な環境で育ってしまったその少年は……

 

それの内面を……内側を知って助けてあげたいって思った……

 

護ってあげたいって……思った……

 

自分の命を救ってくれたすごい人が、こんなにも傷ついていることに気づかなかった自分が情けなくも思った……

 

だけどそれ以上に私に話を聞かせてくれたのが嬉しくて……

 

命を救ってくれたそのときよりも……門国さんのことが……

 

 

 

門国護さんという、一人の男性が好きになった……

 

 

 

それなのに……

 

 

 

私は……どうして!?

 

 

 

「思い悩むなといったぞ」

「でも!?」

 

 

 

「山田先生はよくやった……。あの状況ではしょうがない……」

 

 

 

「でも! 私は先生で……! あの人を護って……そう思っていたのに!」

 

 

 

そう叫ぶと同時に、涙がこぼれた……

 

泣く資格なんて私にはないのに……

 

でもそれでもどうしても抑えきれなくて……

 

抑えようと思うと……後から後から涙があふれて……

 

座ったまま丸まって耐えることしかできなかった……

 

そんな私の肩を抱いてくれた……

 

 

 

「無理をしなくていい」

 

 

 

その手が温かくて……

 

その温もりが……門国さんの手を思い起こさせた……

 

 

 

私がもっと……!!!! しっかりしていれば!!!!

 

 

 

あのとき……更識さんを庇うために……

 

門国さんは右腕を切断されてしまった……

 

震えながら、私の服を握っていた……あの子供のような腕が……

 

 

 

どうして!?

 

 

 

あのとき、私と織斑君を救ってくれた謎のバリヤーはおそらく門国さんが張った物で……

 

 

 

どうして自分のことを考えてくれないの……!?

 

 

 

わかってる……

 

それ故に門国さんだってことは……

 

だけどそれでも……私はあの人にもっと自分ことを考えてほしかった……

 

命を投げ出してほしくなんて……

 

 

 

なかったのだ……

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「やぁーやぁーやぁー、ようこそいらっしゃいましたー」

 

にゃはは、と陽気に笑いながら束は薄暗い部屋の中でそう言った。

そこは以前と同じように、モニターの明かりだけで照らされていた部屋と同一の場所だったが、以前と違い格段に明るかった。

といってもそれでもまだ薄暗いといっていい。

特に部屋の端の方は暗い。

というよりも一部の……新たに追加された光源が異様に明るいために、それ以外の他の場所は暗いままだった。

新たについかされたそれは……円形のカプセルだった……。

培養液……とでもいうのか、それは何かの液体が満たされているカプセルであり、そしてその中に、一人の男性が納められていた……。

 

 

 

右腕が、上腕の半ばから先がなくなっている……一人の男性が……

 

 

 

そしてその横にごく小さなカプセルが存在し、そこには左手に嵌めるための黒い手甲グローブが入っていた。

 

[……]

「ありゃりゃだんまり? せっかく私の秘密の研究室に招いてあげたのに」

「招いたと言うよりも、普通に誘拐だと思います、束様」

 

淡々と……そう束にいったのはそばにいた少女だった

年は中学に届くか届かないかという程度だろう。

その少女は束が拾った少女であり、少女にとって束は己の命など石ころに思えてしまうほどに、大切と思っている存在だった。

故に彼女は拾われた日以来、束の役に立つためにあらゆることを行っていた……がそこは子供だと言うべきなのか、まだたいしたことは出来なかった。

だがそれでも一生懸命にいろいろとしてくれようとするこの子のことを束は好ましく思っていた。

 

「くーちゃん、いつもいってるでしょー。様じゃなくてママって呼んでって」

「それは……」

「できたら呼んでほしいけど無理強いはしないよー。けど……君はそう言うわけにはいかないんだよねー。教えてほしいことがあるんだけどなー?」

 

後半は当然のようにその少女に向けられた物ではなかった。

だがその部屋には他に人はいない。

いたとしてもカプセルに収まったその右腕がなくなっている男だが……明らかに意識がない。

では束は一体誰に……何に話しかけたというのか?

 

[……]

「そうかー。話してくれないのかー。そんな強情の子には……これだ!」

 

てれれてってて~♪

 

そんな擬音が聞こえてきそうなほどに芝居がかった仕草で、そのエプロンの前ポケットからそれを取り出した。

 

「自爆スイッチ~ー」

「……」

 

何を自爆するんですか?

 

と一瞬思った少女だったが、それはあえて言わなかった……。

 

「国内産の素材をたっぷりと使用し、押し心地や触覚すらも刺激するように作られたこの極上なスイッチ! なんと制作お値段は十万円!」

 

ボタンだけで?

 

そう思うが少女は再び何も言わない。

 

「これを押すとーなんと! とあるカプセルの生命維持装置が停止します」

[……!?]

「カプセルに満たされたその中でどうやって呼吸しているのか!? 答えは簡単! 口につけた呼吸器に酸素を送っているからだ!」

 

それを止めたらどうなるか?

誰が考えても答えは明白だった。

 

「スイッチってさーあるとむしょーーーに押したくならない? ねぇくーちゃん?」

「人によると思いますが……押したいと思う方は多いかと」

「だよねぇ、そうだよねぇ? つまり……私がいまこの場で押しちゃっても問題ないよねぇ?」

 

後半の言葉は、その手甲グローブへと向けて話していた。

おどけて見せているが、束は必死といえた。

自分が思い描いた進化形の一つが目の前にあるのだから……。

 

それも……自分が生み出した存在がさらに生み出して見せたその進化の形が……。

 

研究者である束にとっては、それこそカプセルに入れた男など虫程度にしか思っていなかった。

故にそのスイッチを押すことにためらいはない。

 

[……]

「本当に押しちゃってもいいの? 私はためらいなく押せるけど?」

 

束の言葉は完全に本気だった。

というよりも本当にどうでもいいと思っているのだろう。

束がスイッチへと指を伸ばしたそのとき……

 

 

 

[……一つ条件があります]

 

 

 

そんな言葉が、束のそばにある画面に映し出された。

それを見て、束はニヤリと笑みを浮かべた……。

 

「……へぇ?」

 

条件とは、本来であれば対等な立場同士が行う物である。

そしてこの状況は……決して対等とはいえない状況だった。

だがそれでも……その存在がその言葉を選択したのには意味があり、必死だった。

そしてその言葉の意味は……カプセルに入っている男だった。

対等な条件である……つまり、その存在は取引をするのはあくまでも己自身と束であって、その男は関係がないといっているのである。

それを理解したからこそ、束は明らかに自分が有利であるにもかかわらず、その言葉を使用して自らの主を護ろうとしているその存在……守鉄に興味がわいてその言葉の続きを促した。

 

「何かな~?」

 

 

 

[あなたの技術でこれを開発して欲しい]

 

 

 

ISのコアは独自の意識を持っているといえなくもないが、それでもここまで明確な意識を持っているのは希有な存在だった。

そしてその条件というのが画面へと表示されて……束は爆笑した。

 

 

 

束が見た物……それは、とある物の設計図だった……。

 

 

 

「あは……あはははは! あははははははは! すごい! これはすごい! まさかこんな物を持っているなんて、私も予想できなかったな~!」

 

それを見て……束は高らかに笑った。

本当に愉快な物を見せられたというように……。

そしてそれを見た瞬間に……束の今後の行動は決まった。

 

「いいよいいよ~。喜んで作ってあげますとも。ただしこっちにも条件があるよ~?」

[データならばすべて開示します]

「♪ 話がわかるね!」

 

それによって取引は成立した。

互いに条件と取引材料を差し出して……。

 

それが何だったのか?

 

そしてどうなるのか?

 

 

 

当事者であるはずのその男には……意識を失っている護には……

 

 

 

 

 

知りようがなかった……。

 




ほい終了~

腕がぶった切れる護と同じくらいに……



護の腕を抱いた六花が書きたくてしょうがなかったぜ!!!!



ぐへへへへへwww
あ~結構すっきり



次の話はちょっと読み応えないかも?
ともかくがんばります~

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