翌日、俺と一夏、簪ちゃんにのほほんさんは昨日に引き続いて整備室に打鉄弐式の調整を行っていたのだが……ここで問題が起きた。
「出力とかは安定するけど……なんかしっくりこない」
「う~ん。一応簪さんにあわせたカスタムをしているんですが……俺では力不足なようですね」
そう、ここに来て機体調整がうまくいってないのだ。
俺は打鉄とラファールリヴァイブならばそこそこの整備の腕を持っている自信があるのだが、如何せんそれの発展型である弐式の整備……というか
どうしても基本的なチューンしか施せず、あまり効果がない。
ので……。
「……援軍を呼ぼう!」
という一夏の言葉で……
「黛先輩! 来てくれてありがとうございます!」
「織斑君がどうしてもって言うから来て上げたわよ~。言っておくけど、高いわよ?」
「うっ!?」
「何にしようかな~? デート? それともマッサージかな?」
「か、勘弁して下さい」
更識より聞いていた、二年の整備課のエース、黛薫子さんにこうして来てもらったのだった。
「ご足労頂き、感謝いたします」
「いえいえ。織斑君と門国さんの男コンビからの頼みじゃ断らないですよ~。もちろんお礼はしてもらいますけど」
「はい……可能な限りお答えします」
どんなことをさせられるのかわからないので正直怖くはあったが、そうも言ってられないので、俺は覚悟を決めておいた。
そして他にも幾人かの整備課の人間を呼び、打鉄弐式のさらなる改良が始まった。
「織斑君! ケーブル持ってきて! 全部!」
「こっち特大レンチに高周波カッター!」
「このシステムはどうしますか?」
「う~ん……とりあえずスタンダードに設定して下さい。こちらもそれで考えて調整します。門国さんは今調整したブースターの内部チェックをお願いします」
「了解しました」
「織斑く~ん、ディスプレイ足りないから調達してきて!」
「は、はいぃぃぃぃ!!!!」
俺はまだ整備自体はし慣れているのである程度楽だったが、一夏が死ぬほどこき使われていた。
手伝って上げたかったが、こちらも精神的にも肉体的にもそれどころではないので無理だった。
ハードウェアは各部ブースター、スラスター、武器、内臓火器と言った要素を行い、データチェック、必要によってはパーツの新造、それらの試験稼働などやることは多岐にわたった。
ソフトウェアについても問題が山積みで、打鉄の流用だけでは出来ないところは簪ちゃんが高速でキーボードを叩いて処理していた。
しかもその処理の仕方が、ボイスコントロールにアイコントロール、ボディジェスチャー、挙げ句の果てには両手両足の指の上下の運動で、空間投影キーボードを叩いていた。
上下の動きで行うので計八枚のキーボードを使用していた。
ソフトウェア開発だけでも普通ではないのに、それを行うためのデバイス操作も異常と言っていい。
簪ちゃんも十分に化け物なんだな……
そのあまりの圧倒的光景に一夏が見惚れて……
「きれいだな」
と言っていたがそれは幸か不幸か、集中していた簪ちゃんの耳には入らなかった。
「ふむ、こんなものでしょうか?」
「そうですね~。基本部分は出来たし問題ないと思うんですけど……更識さん、機体の動作に違和感は?」
「だ、大丈夫です」
ふむ、どうやら大丈夫みたいだな
無理をして嘘を言っている感じもしないので本当に問題なさそうだった。
黛さん達との共同作業を行い初めて早数日。
何とか大会数日前に機体を仕上げる事が出来た。
まだ土日があるとはいえ余り時間はないので急ピッチで進めたので不安なところもあったが、命を預けるものなので真剣に取り組んだので効果は合ったようだった。
だが残念ながら……。
「結局火器管制のマルチロックは諦めたの?」
「はい……通常のを使います」
しかし残念なことに、打鉄弐式のマルチロックオンシステムは完成しなかった。
内臓火器っbに高性能誘導ミサイルが搭載されていて、計六基になるそれらが一度に八発の高性能小型ミサイルを備えている。
最大で同時に四十八発の一斉射撃を行えるのだが、四十八基を全て独立で稼働させるというシステムが完成していないので、本来の性能に到達していない。
だがそれでも基本部分が完成したので、後は室内でもシステムを構築できるので諦めるにはまだ早い。
そう考えていたら、簪ちゃんが俺たちをちらりと密かに見たのに俺は気づいた。
そして最終的に一夏へと視線が固定されて……その眼差しが何となく乙女の色を出しているのに気づいた。
さすがと言うべきか……
どうやら完璧に惚れてしまったらしい。
まぁ確かに頑なに断り続けていたのを、半ば無理矢理に近いとはいえ何度もアプローチしてタッグを組み、あれだけ完成しなかった機体が人の手を借りたとはいえ完成したのだから、それの原因である一夏に惚れてしまうのも無理からぬ事なのだろう。
そしてそれに気づいたのは俺だけではなかったらしく……。
「よし、じゃ、これで解散しよっか!!!」
「ん? 薫子? まだ機材片付けが終わっていないよ?」
「いいのいいの。織斑君にやってもらうから!」
「えぇ!? いや、別にいいですけど。護、よければてつ……」
「あ~門国さんはだめ。私たちにこれから話を聞かせてもらうから!」
「話……ですか?」
「整備のコツとか教えて下さいよ。初日すごかったって聞いたんですから!」
……逃げられそうにないな
個人的には明日に控えた……控えてしまった試合について思案したかったのだが仕方なく俺はそのまま連行されていった。
そして消灯時間ぎりぎりまで、俺は様々な物をおごらされた上で根掘り葉掘り色んな事を聞かれて……精神を摩耗させるのだった。
「はい、はい……そうですが……。それで……いいのでしょうか?」
? 今の声って……?
お兄ちゃんが夕食を終えて一人でいる、いつもの時間。
私はいつものように、お兄ちゃんの部屋へと襲撃をしに来たのだけど……ドアを開けたその隙間から、お兄ちゃんの言葉が耳に入ってきた。
迷いの感情がにじみ出ていたそれを聞いて、私は思わずドアを開ける手を止めてしまった。
お兄ちゃんは多分気づいているだろうけど、それでも止まらずにはいられなかった。
「……それが正しいのでしょうか?」
だれと話しているの?
興味を引かれた私は、少し話を聞いてみることにした。
もちろん……調べようと思えば直ぐに調べることは出来た。
家の力を使わなくても、身につけた力と技術で私はそれを行える。
だけど……それじゃだめだってわかってるから。
「……はい、了解しました。夜分遅くに失礼しました」
あれ? もう終わり?
「おい、更識。入るなら入ってこい」
……やっぱりばれてた
まぁお兄ちゃんなら絶対にわかっていると思ってたけど……盗み聞きしていたのは間違いないので私は少し決まり悪そうに部屋へと入った。
イスに座って開いていた画面を消して、お兄ちゃんが私へと向き直った。
「盗み聞きは感心しないぞ?」
「……ごめんなさい」
チロッと舌を出しながら謝ると、お兄ちゃんは渋い表情で息を吐いた。
そして苦笑しつつ私にベッドの端に座るようにすすめてくれる。
「まぁいい。座れ」
「あれ? 今日は追い出さないの?」
「追い出した程度で素直に帰るのなら考えるが?」
今度は嘆息しながらそんなことを言われて、私は少し不機嫌になってしまう。
それが態度に出たのか、お兄ちゃんが笑った。
けど特に何も言わずに、お兄ちゃんは私に背を向けて、机に向かって何かを思案し始めた。
最初は少しぞんざいに扱われたことに大して少し腹が立ったので悪戯しようと近寄って……その横顔を見て私は直ぐにそんなくだらないことを考えるのをやめた。
その表情が……余りにも真剣だったから……。
また……何かするつもりなんだ……
それを見て、何かをしようとしているのが分かってしまう。
きっと……今でも悩んでいるんだと思う。
そうでなければ……こんな思い詰めた表情をするわけがない。
それが……果たして何を意味するのかわからないけど……
また……傷つくんだろうな……
この人はどうして……自分が傷つくのを顧みずに、人のために頑張るのか?
わかってる……それが、お兄ちゃんの、お兄ちゃんたる所以なんだって。
でも……それでお兄ちゃんが傷ついてしまうのが、私は悲しかった。
それを少しでもわかって上げたくて……少しでも軽くなるように、後ろからその背中を……。
「……更識」
けど、それすらも、お兄ちゃんは拒否した……。
その声に、私の足は止まる。
けど……それでもお兄ちゃんはこちらを振り向かなかった。
「……お前にとって……ISとは何だ?」
……あぁ、そう言うことね
その言葉で……お兄ちゃんが何をしようとしているのかわかってしまった。
この人は……本当にバカだ。
でも……そんなこの人が好きだから、私は素直に答えた。
「……大事なパートナーで、兵器だよ。それもとびっきりの」
「……そうだよな。それでいいんだ」
きっと試合の日に、お兄ちゃんは誰もが目を背けている……この学園にいる全員が希薄になっている事柄を口にするんだろう。
それが正しいかどうかは私にもわからない。
けど……私はそれでもお兄ちゃんの背中を押そう。
この人が私を頼ってくれることなんて……滅多にないのだから……。
「お兄ちゃんが何をしようとしてるのか私にはわかるけど、それが正しいのかはわからない。けど……私はお兄ちゃんの味方だよ?」
とびきりの笑顔で、私はそう言った。
それを見て、お兄ちゃんが何を感じて、何を決意したのかはわからない。
だけどそれでも私はお兄ちゃんを信じるだろう。
好きな人って事もあるけど、それよりも私にとってお兄ちゃんとは……
最も信頼に値する人物の、一人なのだから……
「護? お~い護?」
「……」
? 返事がない?
夕食から部屋に戻ってきて、差し入れにと思って買ってきたジュースを渡そうと思いつつ、部屋に入って護がいるかどうかを確認したのだけど、返事がなかった。
それに訝しみながら部屋へと入ると、そこに……
……何やってんだ?
自分のベッドの上で、何故か座禅を組んで瞑想している護がいた。
てっきりいると思っていた更識先輩の姿もない。
かなり集中しているのか……俺が帰ってきたことにも気づいていない。
邪魔をするのもまずいと思って、俺はとりあえず買ってきたジュースを机に置いた。
トン
そんな音が、ジュースを置いた机から響く。
「……帰ったのか」
すると、それで瞑想状態から覚めたのか、護が声を掛けてくる。
それに内心驚きつつ、俺は言葉を返した。
「あ、あぁ。ジュース買ってきたんだけど飲むか?」
「……頂こう」
机に置いていたジュースを取っ手、護に放り投げる。
護はそれを見もしないで、普通にキャッチした。
それに驚いているんだけど……そんな俺のことは気にせずに、護はジュースの封を開けて中身を飲んでいた。
俺も自分の分のジュースを開ける。
「……一夏」
「ん? 何だ護?」
ジュースを一口飲んで、また瞑想を始めたかのように押し黙ってしまった護を何となく見つめていたら、声を掛けられた。
その声が真剣な感じがしたので、俺は座り直して護の言葉を待った。
「……お前にとってISとは何だ?」
「? 何だいきなり?」
あまりにも突然すぎるのその質問に俺は思わず聞き返してしまった。
けど護が真剣に俺に聞いてきているのはわかっていたので、俺も真剣に考えて……こう答えた。
「俺の大事な仲間を守るための大事な相棒だ」
これ以外に、俺が答えられる答えはなかった。
俺にとって大事な人を……仲間を……守るために使用する俺の剣。
箒を、セシリアを、鈴を、シャルを、ラウラを、簪を……他にもいる俺にとって多くの大切な人を……。
そして……護を……。
俺にとって大切な人たちを守るための力。
この力があるから、俺はがむしゃらに前に進めている。
俺でも守ることが出来るって……思えるから。
……護みたいに、俺もなりたい
俺のために命までも投げ出して戦ってくれたこの大切な年上の友人を……俺は密かに尊敬していた。
その覚悟も当然として、あの腕前は一朝一夕でなれる腕前ではない。
千冬姉が勝てないとか……どれだけの腕前になれれば可能なんだよ?
俺が最強だと信じて疑わず、誰もが認める強者であるあの千冬姉が一度も模擬戦で勝利していないというその事実が、俺にとっては衝撃的だった。
いくら束さんと知己であり、他よりもISの知識が豊富だったとはいえ、それだけでISの世界大会を制覇できるわけがない。
ISだけじゃない、生身でも千冬ねえは最強クラスなんだ。
それはラウラの攻撃を、同じISの武器を使ったとはいえ、生身で受け止めることで証明している。
その千冬姉も認める腕の護を……同じ男として憧れないわけがなかった。
「まぁ……そうだろうな。お前に関しては余り心配していなかったが……」
「? それは褒めてるのか?」
「あぁ。絶賛だよ」
? よく意味がわからないな?
でも確かに嫌みには聞こえなかった。
そんな意図はないのは間違いないんだろう。
「俺は学生は学生らしければいいと思っていた。だが……それでもあの時の経験を少しでも役に立てたいと思った」
「あの時って?」
「俺が初めてISを動かしたときのことだ」
初めて護がISを動かしたとき。
それはつまり海外派兵で出兵し、テロリストの襲撃を受けたときのことで……。
それを役立てるというのは……一体どういう事なんだろう?
「間違いなく、俺は皆に嫌われるような事を口にするだろう。学生なのだから学生らしくしていていいとも思っていた。だが……それでも、俺はあれを経験した人間として、言っておきたい」
ある種の決意をにじませて、護がそんなことを口にする。
何を言うのかはわからない。
けどそれでも、護が……あらゆる意味で俺たちよりも大人の護が何かをしようとしているのだから、それはきっと俺たちにとってプラスになることなんだと思う。
この日はこれ以上会話はなかった。
護がじっと静かに瞑想を続けていて……話しかけられる雰囲気ではなかったから。
これは瞑想だけじゃなく、きっと心身ともに戦闘態勢に移行させているのだと、何となくわかった。
護からあふれ出すその気迫と雰囲気が、強烈だった。
何をするのかわからないけど……無理しないといいけどな……
それが心配だったが……護だから大丈夫だろう。
そして……その日がやってきた……
どうもあけまして~
たぶんですね、次の模擬戦の話はよくて賛否両論、悪くてフルボッコの話になると思いますので、その部分だけ一気にあげちゃいますね~
いつだかはわからないけど……
初期設定はもうちょっと固めないとだめだね……