IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣   作:刀馬鹿

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陥落

更識の頼み事より、はや一週間が経過した。

その一週間一夏も奔走したのだが、残念ながらまだパートナーを組む話どころか、まともに会話することすらも出来ないらしい。

何が簪ちゃんをあそこまで頑なにさせているのかは謎だが……ともかく更識から頼まれた事を一夏が必死に頑張っているのは間違いなかった。

 

手助けしたいが……

 

俺のことも嫌っている様子なので俺が言っても逆効果になりかねない。

また、俺自身も女の子は得意じゃない。

更識は別だが……。

 

「どうしたもんか……」

 

思わず口から心情が言葉に出てしまった。

俺は今日もいつものように整備室に籠もって守鉄の整備を行っていた。

ちなみにIS学園には整備室が全部で五つあり、俺が今いるのは第四整備室だった。

ここは教室棟、そしてアリーナなどの実際にISを動かせるような所から最も遠いので余り利用者がいない。

利用者の少ない中、端の方で作業していればあまり目立たない。

実際今数人の女子が整備を行っているが、誰も俺のことを気にとめていなかった。

別に自分が目を引くなどと自意識過剰なことは言わないが、男がいるというのに、整備課に所属しているであろう彼女たちは真剣に作業していた。

卵とはいえ、必死に努力しているのが伺えた。

まぁタッグマッチも近いのでそんなことを言っている場合ではないのだろう。

 

すばらしいな

 

俺はそう思いつつ、展開し、装着解除している守鉄の装甲を布で拭いていた。

最近は放課後に行っていた一夏達と行う訓練も行わなくなってきている。

一夏が簪ちゃんと組むに至って、一夏ハーレム軍団が一斉にヤキモチを焼いてとんでもないことになっているのだ。

誰もが一夏を殺すのではないか? と言うほどに個人訓練にいそしんでいる。

一夏は相変わらず大変そうだった。

 

さてと整備は大体終わったのだが……どうもしっくり来ないんだよな?

 

自分で言うのも何だが整備の腕には自信があり、整備不良とは思えない。

だが今日の訓練時間に、守鉄を装着していると違和感を覚えたのだ。

それもあって今日はかなり念入りに整備したのだ。

 

う~ん。だめだ、違和感がぬぐえない

 

一通り整備が終わったことで再度守鉄を装着するのだが……違和感がぬぐえなかった。

整備に問題はなく、中を見ても特に壊れた箇所や、パーツが摩耗している感じも見られなかった。

となると、守鉄ではなく俺に問題があるということなのだろう。

 

「機体に問題がないならお兄ちゃん自身に問題があるんでしょ?」

「あ?」

 

突然の声に俺は思わず間抜けな声を上げていた。

そちらの方へと目を向けると、更識が笑いながら扇子を持って立っていた。

その顔には笑みを浮かべていて、楽しそうにしていた。

 

「更識か? どうした?」

「いやぁ~。お兄ちゃんの様子を見に来てさ」

 

何が楽しいのかはわからないが、更識は楽しそうに扇子を開いた。

久しぶりに見た扇子には、「健康第一」と書かれていた。

 

「ISに問題ないなら問題があるのはお兄ちゃんだよ!」

「……その言い方はなんかイヤだな」

 

俺に問題があるって……いや問題だらけだが……

 

「まぁまぁ。ISに問題はないんでしょ?」

「……そうだが」

「ならお兄ちゃんの体を調べてみようよ」

「あぁそう言うこと……ってお前なんだその手は」

 

体を調べるのは賛成だったが……そう言っている更識の仕草が変だった。

仕草というか……手……手つきの動きが怪しい。

両手を前へと突き出して、左右の指先をワキワキとさせている。

何というか……見えない眼前の物体を揉んでいるような仕草だ。

 

「……大丈夫痛くしないから」

「……何なんだそれは?」

 

手をワキワキとしながらにじり寄ってきている更識に半ば呆れつつ、俺は守鉄を解除し、ISスーツ姿になった。

ちなみに整備室は原則ISスーツでなければいけない。

だから俺もスーツを着用しているのは当然だった。

 

「とう!」

 

とか言いながら俺に向かって突進してきた。

俺はそれを回避する。

欲望向きだしのように突進してきた更識を投げる。

何というか……熟練者らしくない素人丸出しの動きだった。

空中に投げ飛ばされた更識はそれを物ともせずに普通に着地していた。

 

「一体何がしたいんだ?」

「ちっ、つまんない。まぁ悪ふざけはここまでにして。検査室に行こ♪」

「検査室だと?」

 

検査室とはフィジカル・データを取るための施設である。

簡単に言えば……まぁ身体データを取るための場所だ。

無論IS学園の施設なのでISのデータを取るのに特化している。

 

「ISに問題がないならお兄ちゃん自身に問題があるって事でしょ? だったら身体データを取ってそれに合わせてみたら?」

「一理あるな」

「お兄ちゃん、ISの整備はばっちりだけど……自分の事はとことんだめだね」

「……やかましいわ」

 

その台詞には若干の悲しみが含まれていて……俺は強く返すことが出来なかった。

 

「とにかく、いこ? ちょうどISスーツ着てるから検査には好都合だし。箒ちゃんもこの前したんだよ?」

「箒? 篠ノ之さんか? そう言えば篠ノ之さんとタッグを組んだと言っていたな」

 

この前撫子ポニーとタッグを組んだと言っていたのを俺は思い出していた。

何で更識が撫子ポニーと組んだのかはわからないが……こいつのことだから何か考えてのことだろう。

 

「まぁね。とにかくいこ? ISの自動調整機能が働いているはずなのに違和感があるのはおかしいんだから、調べないと。思わぬ事故になりかねないよ?」

「……それもそうだな」

 

更識に言うとおりだったので、俺は素直に頷いた。

そしてISスーツの、まま検査室へと向かう。

 

「オープンゲット!」

 

検査室の開閉パネルに触れながら、何か死ぬほどくだらないことを言っている。

圧縮空気の抜ける音が響き、ドアが斜めに開く。

 

「それじゃ……ぬいでもらおっかな?」

「何故脱ぐ必要性がある? ISスーツで検査できるだろうが」

「ちぇ、ばれた」

 

コンソールを呼び出しながら、更識はそうやって笑う。

何が楽しいのかわからないが、鼻歌を歌いながら操作を行う。

 

「よし準備完了。お兄ちゃん、準備して~」

「あぁ」

 

俺は更識の言葉に従い、スキャンフィールドに立つ。

そして立つと足下からリング状のスキャナーが垂直に浮き、俺の全身を緑のレーザーが通り過ぎていく。

 

「……こ、これは!?」

「どうした?」

 

更識が驚愕の声を上げるが……その言葉にからかいというか悪戯心の響きがあったので、俺は呆れつつ声を掛ける。

 

「……お兄ちゃんの……って……大きいんだね」

「……おいちょっと待てや」

 

その言葉に俺は寒気が走った。

追求しようとしたのだが……r自分で言ってて恥ずかしかったのか、更識がそれはもう顔を真っ赤にさせていたので、俺は仕方なく攻撃をするのを中止した。

 

「恥ずかしいなら馬鹿なことを言うな」

「……ごめん」

 

さすがに更識も自分で馬鹿なことを言ったと思ったのか……反省しているようだった。

検査自体は二分という……あり得ないほどの短時間で終了する。

そしてそのデータを見た瞬間、更識が驚愕したのを、俺は見逃さなかった。

 

……なんだ?

 

「それじゃ守鉄にデータを送っておくね。調整は……自分で出来るよね?」

 

だが更識が直ぐに立て直し、俺にデータを送ると言ってくると、あまり深く追求する気になれなかった。

気にはなったが、本当にまずいことならば言ってくると思い、俺は気づかなかったふりをする。

 

「あぁ。そこら辺は問題ない」

「さすがだね♪」

「あまり長くなかったとはいえそれなりの期間整備兵として仕事をしていたんだ。これくらいどうって事はない」

 

実際かなりの訓練も行っているのでその程度朝飯前だ。

しかも守鉄はラファールリヴァイブだからなおさらだった。

 

「助言と協力感謝する。戻ってもう一度整備をしてくる」

「わかった。怪我しないようにね?」

「了解」

 

俺は更識にそう言いながら検査室を後にした。

 

 

 

「……」

 

お兄ちゃんを見送った後、私は数枚のディスプレイを表示し、データを見つめていた。

今さっき取ったばかりのお兄ちゃんの身体データだった。

 

一体……これは

 

表示されたデータ。

身体能力や、ISの適性などが表示されている。

身体能力は箒ちゃん同様……それ以上の数値が示されていた。

そこまでは箒ちゃんと一緒だった。

箒ちゃんも自己鍛錬を行っているので、身体能力は私よりも年下だというのに高い数値を出している。

そしてIS適性。

箒ちゃんは入学当初「C」だった数値が先日取ったデータでは「S」になっていたのだ。

それはいい。

まだ憶測の域を出ないけど、何となくわかっている。

だけど……お兄ちゃんのデータには問題があった……。

 

適性……「D」

 

お兄ちゃんとISの適正値は最低ランクの次に下の「D」だった。

これではISを動かすどころか、起動させるのがやっとのはず……。

なのにお兄ちゃんがISを起動させ、しかも今では己の体と同じように動かしている。

 

そう言えば最初の授業で……運転に慣れていなかったって言うけど……

 

最初このIS学園で行った飛行訓練で、まともに飛ぶことすら出来なかったという。

それはこの適性値の低さを物語っているのかもしれない。

 

じゃあ……入学当時の記録は?

 

適性値は訓練によって多少の底上げをすることは出来る。

ならばもしも入学する時に取った値よりも今の評価が上なら……まだ希望があった。

だからその入学の時のデータを閲覧しようとするのだけれど……。

 

『Not Found』

 

データが……ない?

 

生徒会長の権限で、生徒の記録は閲覧することは可能のはずなのに……お兄ちゃんのデータは何故かなかった。

意図的に隠したのか……消したのか……。

 

……嫌な予感がする

 

適性値の低さ……。

これが何を意味するのかはわからないけど……私には何故か不吉に思えて仕方がなかった。

 

 

 

「で? 調子はどうだ?」

「相変わらずだめだ。何とかしたいんだけど……あまり日数もないし」

「だなぁ」

 

互いに夕食を済ませた夜。

俺は簪ちゃんとのコンビを組もうと奔走している一夏をねぎらっていた。

と言っても別段何かをするわけでもなく、話を聞くだけだが。

 

援護できないのが、悲しいな

 

俺の役目はIS整備技術を使用してのIS制作のバックアップだ。

一夏が簪ちゃんとタッグを組まない限り、俺の出番はなかった。

 

「まぁそれでも何とかご飯を一緒に食べる位の仲には……なったはずだ」

 

自信なさげだな

 

今日の昼休みに、一夏が簪ちゃんを抱きかかえて食堂まで連れて行ったという噂で持ちきりだったが……、どうやら本当のようだった。

だが自信なさげなところを見ると、仲良く談笑しながらご飯を食べることは出来なかったのだろう。

やはり簪ちゃんの攻略はまだ難しいのだろう。

 

「とりあえず頑張ってくれ。俺としても簪ちゃんを手伝って上げたい」

「会長の妹だからやっぱり昔のことも知ってるのか?」

「あぁ」

 

一夏の言葉で思い出す……まだ父が生きていた頃に訪れた更識の家。

そこで出会った二人の少女。

昔はあんなにも仲が良かったというのに……。

 

「助けて上げたいんだよ……二人を……」

 

何が原因で二人が不仲になったのかはわからない。

だけど……家族がいるのにふれあえない……わかり合えないのは悲しいことだから……。

会話することもせず、顔を合わせることもない……。

互いにまだ生きていると言うのに……。

 

家族であるはずなのに……家族でない……。

 

あれほど仲の良かった姉妹が……それでいいはずがない……

 

 

 

「俺と……――じゃないんだから……」

 

 

 

「? 何か言ったか護?」

「あ……いや何でもない」

 

口から出ていた思い。

あの時……父が行った行為は……

 

 

 

一体……どんな思いで行ったのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

「え~ISでも格闘を行うのは有効な攻撃手段の一つである。格闘において重要なのは、「お重さ」、「速さ」、「流れ」などであり……」

 

五時限目の授業で、私……更識簪は、最後列でぼ~っとしていた。

今行っている授業はすでに頭に入っているのでそこまで真剣に聞いていなくても問題はない。

……脳内に入っていて真剣になる必要性がないからこそ……別のことに意識が傾いてしまう。

 

織斑一夏……かぁ……

 

突然男のIS操縦者として出てきて、専用機を用意された状態でIS学園へと入学してきた転入生。

そしてその専用機を開発していたのが、私の専用機の開発も行っていた倉持技研で……未だに私の専用機は完成していない。

だからこそ、ぽっと出で出てきて、私を追い詰めた彼を憎んでいた。

けど……

 

悪い人じゃ……ないんだよね……

 

何故か後日行われるタッグマッチのタッグを組んで欲しいと言われて、それからずっとつきまとわれている。

言い方はひどいかもしれないけど、実際そうなので気にしない。

今日も食堂で二人で昼食を取ったりもした。

その時、恥ずかしさを隠すために、彼のご飯に大量の七味唐辛子を掛けたのに……彼は文句を言ったけど、そこまで怒っていなかった。

そして……そんな風に行動した自分に、自分自身がびっくりしていた。

 

私……どうしたいんだろう?

 

正直言ってわからない。

織斑君のことも……自分自身のことも。

 

こんな事は初めてで……全然……わかんない

 

そして不意に、織斑君の笑顔を思い出してしまう。

私は思わず変な声を出しそうになって必死になって自制した。

 

「? お~い、簪?」

 

どう知ればいいのかな?

 

「……何を?」

 

わかんない……。私がどうしたいのか……

 

「……」

 

私は……織斑君と……タッグを組みたいの?

 

「……わからないならやってみようぜ?」

 

……確かにやってみればいいかもしれない。けど……

 

「わかんないままにしておくのも良くないと思うぜ? 物は試しだ。タッグ、組もうぜ、簪さん!」

 

「……やってみようかな」

 

何故か……そんな一言がぼそりと……私の口から出ていた。

その瞬間……

 

「よっしゃ!!!!」

 

……え?

 

そこでようやく私は意識が浮上した……というかどういう状況下を認識した。

まだ夕焼けにはなってないけど、もうそろそろ日が傾き始める時間だった。

そしてその私の目の前で……ガッツポーズをしている……織斑君の姿が……。

 

…………え!? な、なに!?

 

「今やるって言ったよな! よっし! それじゃあ急いで職員室行くぞ! タッグマッチのパートナー申請だ!」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

織斑君に手を引かれるままに、私は教室を後にした。

そしてようやく気づく。

五時限目が終わったことにも気づかず、ぼ~っと考え事をしていると。いつものように織斑君がやってきて、私に話しかけてきたって事に……。

そしてそれに返答してしまっていたのだ。

 

やってしまった!?

 

そうは思うのだけれど、自分の手を引く織斑君の手の大きさと暖かさに何が何だかわからなくなってしまって……私は為すがままにパートナー申請の用紙にサインをしていたのだった。

 

「よし! それじゃ早速訓練しようぜ……っと、まずは機体調整しに行こうか? 俺の白式もそろそろみたいからさ」

「う、うん」

 

そのまま整備室へと行く羽目になってしまう。

けど……男子更衣室へと向かっていく織斑君の背中を見ていると……何故だろう?

あまり悪い気がしない……それどころか、何故か胸の鼓動が高鳴っていた。

 

 

 

『作戦成功! いつでも動けるように準備しておいてくれ!』

 

でかした一夏!

 

俺は第一アリーナで、更識、撫子ポニーと訓練を行っていると、携帯に届けられた一通のメールを守鉄が受信し、それをみて心の中でガッツポーズをしていた。

どうやら簪ちゃんとタッグを組むことに成功したようだった。

これでようやく動く事が出来そうだった。

作戦の手はずとしてはまず真っ先に整備室にてISの整備および調節を手伝う手はずとなっている。

まだ帰寮時間までは十分にあるので、二人はこのまま整備室へと向かうことになるだろう。

ならば俺に招集が掛けられるのも十分にあり得る。

そう判断すると、撫子ポニーと訓練を行っている更識へと向けるが……。

 

「反応速度が遅いよ~。それじゃ散弾タイプの攻撃は全部回避できないよ」

「は、はい!」

 

ものごっつ真面目に訓練している二人を見ていると、声を掛けられるのはためらわれてしまった。

また、更識は簪ちゃんのことを心底心配しているので、その事を話すと集中力が途切れてしまうかもしれない。

だから俺は更識のIS、ミステリアス・レイディにメッセージを残し、アリーナを後にした。

そして守鉄を除装し、軽く汗を流していると通信があった。

 

『護、済まないんだけど整備で手伝って欲しいことがあるから今すぐ第二整備室に来てくれないか?』

 

出番か……

 

俺はすぐさまそのメールに返事を送ると、第二整備室へと足を運んだ。

そして第二整備室へと入ると、すでに簪ちゃんは打鉄弐式を呼び出していた。

打鉄の発展型後継機と言う話だったが、だいぶフォルムは変わっているようだった。

スカートアーマーは機動性重視の独立型、碗部装甲もよりスマートになっており、肩部ユニットもシールドではなくブースターが搭載されている。

どうやら防御型の一式とは違い、弐式は機動性に特化したISのようだった。

そしてその周りにいる一夏と……女子の方々。

まず簪ちゃん、そして布仏本音さん……。

この子が来るのはすでに更識より通達済みであったが……やはり女性が苦手な俺にとっては辛い。

しかも整備室は原則ISスーツ着用のため……体のラインが剥き出しでより目に毒だった。

 

「お、護。きてくれたか」

 

二人だけじゃなく、周りも水着みたいな格好をしている女子だらけの空間というのに、一夏は平然としていた。

たまに本気でこいつのこの大胆不敵さというか……鈍感さを羨ましいと思う。

 

「あぁ。友人の頼みだしな」

 

俺と一夏は大根演技にならないように留意しながら言葉を発した。

俺が手伝うことはとっくの昔に決まっていたが、それでも簪ちゃんに知らせるわけにはいかなかったからだ。

そして簪ちゃんもそれどころじゃないのか、俺と一夏の掛け合い事態にはあまり注目していなかった。

 

「……こ、こんにちは」

「門国さんこんにちは~。放課後振りですねー」

「ど、どうも」

 

俺に対して複雑な感情のこもった表情をしながらも、簪ちゃんが挨拶をしてくれる。

のほほんさんに関しては、生徒会と言うことでそこそこ話せるようにはなったが……やはりちょっと怖いというか……何というか。

 

「お疲れ様です。それで……手伝ってくれとのことでしたが、どういったことを? それとこの打鉄に酷似しているISは?」

 

さらりと、全く知らないような口調で愛用の工具箱を置きながら、俺は簪ちゃんに質問した。

すでにどんな機体か知っているが、本来ならば知らないはずなのでこの質問をしないわけにはいかない。

 

「え、えっと……この子は打鉄弐式で、私の専用機です」

「打鉄弐式? となると打鉄の後継機ですか? それにしては随分と形状が……」

「一式と違って、弐式はラファールリヴァイブの汎用性を参考にした、機動特化型の機体です。お、織斑君が、その二つの機体の整備なら……門国さんが得意だって言うから来てもらいました」

 

……織斑君って言うときなんか顔赤らめてなかった?

 

どうやらこの天然ジゴロの俺の友人はまた一人、ハーレム軍団の団員を追加したみたいだった。

何というか……ここまで女を引きつけると魅力と言うよりも魔力や呪いの類じゃなかろうか?

 

まぁいい

 

「この前部屋で言ってたろ? 自衛隊でISの整備兵やってたって。自衛隊って主に打鉄とラファール使用してるとも言ってたから、護なら力になってくれるんじゃないかと思って」

「なるほどな。……見てもよろしいですか?」

「は、はい、お願いします」

 

簪ちゃんに許可をもらい、俺は工具箱からいくつかの工具を取り出した。

そして眼球保護用のゴーグルを着用する。

 

いくら打鉄の後継機、ラファールの汎用性を参考にしているとはいえ、ここまで別の形になっているISの整備は不安だが……まぁ何とかしよう

 

妹に頼まれた事をようやく果たせると思い、そして何より簪ちゃんのために、俺はすぐさま整備に取りかかった。

 

 

 

「……す、すげぇ」

 

俺は思わず口から胸の内の言葉をこぼしてしまっていた。

俺の目の前で護があらゆる工具を用いて高速に……簪のIS打鉄弐式の整備を行っているのを見ていた。

その手先の動きは……まさに職人の腕だった。

 

「装甲の様子はこんな物か……。ブースターの出力と機体の重さ、簪さんの身体データを元にすると……とりあえず出力調整はこんな物。特製は機動性だから少し高めに設定して……」

 

自分の手に触れるパーツと、空中投影ディスプレイに表示されたデータを見ながら、目にもとまらぬ速さで整備を行っている。

その姿を簪、整備課ののほほんさんも呆気にとられながら見つめていて……それどころかいま整備室にいる全ての人間が護の整備の様子を見つめていた。

それほどまでに……その整備の速度も、緻密な技量も圧倒的だったからだ。

 

「装甲が打鉄と違って全体的に薄めで……大体こんな物か」

 

ほとんど遅滞もせず、そして不安を一切感じさせずに、護が手を止めて機体の整備をやめた。

開いていた装甲を閉じて、念入りに装甲が閉まっているかを確認している。

 

「よし。こんな物だろう……って何だ一夏? ぼけっとして?」

 

ようやく俺たちの……周りの様子に気づいた護が俺に声を掛けてくる。

だけど直ぐに返事をすることは……誰にも出来なかった。

 

「何だ呆け……って何?」

 

俺が呆気にとられているのを見て、周りにも目を向けた護が、ようやく自分が整備室全ての人間に注目されていた自分に気がついた。

女性が苦手な護が、整備室中の女子に注目されて驚いていた。

そして直ぐに俺へと近づいてきた。

 

「な、なんだこれ? どういう事だ?」

 

ひそひそと、場の雰囲気に呑まれてしまっている護が俺に説明を要求してくる。

それに返答しようと俺が声を出す前に……意外な人物から声が上がった。

 

「す、すっご~~~い!」

 

「へ?」

「へ?」

「……はい?」

 

突然声が上がったその方向へと目線を向けると……そこにはだぼだぼの裾をぶんぶんとからは考えられない速度で……それでも遅かったが……振り回しているのほほんさんがいた。

 

「の、のほほんさん?」

「ほ、本音?」

 

そんな普段とは違って興奮気味ののほほんさんに、俺だけでなく護と簪も驚いているみたいだった。

しかしそんな周りの事など気にせずに、のほほんさんは普段の三倍以上の速度で詰め寄り……それでも遅い……興奮気味に声を上げる。

 

「門国さんって整備本当にすごかったんですねー! まさかあんな速度と精度で整備を行えるなんて思っても見ませんでしたー!」

「え、えっと……はぁ……」

 

にじり寄ってくるのほほんさんから徐々に徐々に逃げるように……腰が引けている護。

しかしその分のほほんさんもにじり寄っているので……二人がだんだんと遠くへと向かってしまう。

ぼ~としていた俺たちだったが、このままだと護が遠くに行ってしまいそうだったので、すぐさま行動した。

 

「本音、落ち着いて」

「あぅ」

 

簪に襟元を掴まれてしまったのほほんさんが苦しそうにしていたが、それで正気に戻ったみたいだった。

ちょっと苦笑しながら護に頭を下げた。

 

「興奮しちゃいました~。ごめんなさい」

「あ、いえ別に……」

 

謝罪された護は困惑していた。

まぁ普段と違った動きをされて戸惑ったのと、今の状況がよくわかっていないのだろう。

 

「しっかしすごいな護。のほほんさんほどじゃないけど……俺もびっくりしたぜ? なんだあの速度?」

「そうか? 別にあれくらいどうと言うことはないだろう?」

 

その台詞に、こちらの話に注目していた整備課の生徒達が、一斉に驚きの声を上げた。

それがまた結構な数の人がいたので……護がさらに腰を引かす。

 

「……普通じゃないですよ。今の整備」

 

簪も整備課ほどじゃないにしろ、護の言葉に驚きを隠せないのだろう。

そんな言葉を漏らしていた。

 

「はぁ。ですがまぁ……一応自衛隊で相応の訓練と整備を行っていたので……。どちらかというとその時俺に整備の技術を教えて下さったあの人の方がすごいかと」

 

先輩かな?

 

確かにこれほどの整備技術を独学で身につけた……ということはあり得ないだろう。

だがそれにしたってこれはいくら何でも常軌を逸していた。

俺だけならともかく……普段あれほどのほほんとしているのほほんさんや、周りの整備課の人たちが驚愕しているのだから。

だけどそれを本人はすごくないと言い張っていて……。

 

「それにしたってすごいですよ~。私にはまねできないな~」

「そうでしょうか? 今のは特別すごいことはしていないので」

「でも、今の速度ってそんな簡単に身につけられるのか?」

「まぁ~訓練が半端なかったからな」

 

腕組みをしながら護が考え込むと……途端に顔色を悪くした。

と言うか、あまり思い出したくないのかもしれない。

 

「そ、それよりも、とりあえず整備を終えたので確認をお願いします」

「あ、はい」

 

護の整備技術に驚いてしまったけど、もうタッグマッチまで時間が無いんだ。

護の一言で俺たちだけでなく、周りの人たちも思い出したようでまた整備室が騒がしくなる。

そしてとりあえず駆動系に異常が無かったので、俺たちは外のアリーナへと向かったのだった。

 

 

 

「ありがとうございました!」

「やーねぇ。別にそこまで堅苦しくしなくても」

 

本日も一緒に訓練を行った箒ちゃんが、訓練終了と同時に剣道と同じようにしっかりとしたお礼を私にしてきた。

 

別にタッグマッチのパートナーなんだからそこまでしなくても

 

「いえ、礼を欠いては剣士とは言えません」

「剣士……」

 

きりっと凜とした表情で真面目に言う箒ちゃんに、私は苦笑せざるを得なかった。

 

まぁそれがこの子のいい所なんだろうけど……

 

「とりあえず汗かいちゃったし、シャワーにいこっか?」

「え、でも私は……」

「いいから……いこ♪」

 

そう言いながら私は箒ちゃんの手を取り、半ば無理矢理にシャワー室へと連行していく。

その時、箒ちゃんの顔が一瞬沈んでしまったのを、私は見逃さなかった。

そして手を引いている私のことをちらっと見てくるその仕草は……私じゃない誰かを見ている気がして……。

 

そう言えば箒ちゃんも姉妹仲が良くないんだっけ?

 

お兄ちゃんからそんな話を聞いたのを私は思い出していた。

そんなことを思いつつ、私は箒ちゃんを連れてシャワー室へと入る。

 

「到着♪」

「む、無理矢理すぎですよ」

「いいじゃない別に? せっかく仲良くなったんだから裸の付き合いしましょうよ?」

「え、遠慮します」

「箒ちゃんのケチ~」

 

そんなことを話ながらスーツを脱ぎ捨てて、互いにシャワーを浴びる。

 

「いい気持ち」

「……」

 

シャワーを浴びても、箒ちゃんは沈んだままだった。

簪ちゃんとの関係が悪化しているからか……私は放っておくことが出来なくて。

 

「箒ちゃんって……束博士の事、敬遠してる?」

「……」

 

突然ナイーブな話題を振っちゃったけど……特に拒絶の意識は感じられなかった。

なので私はさらに話を続けようとした……。

 

「……嫌いなわけではないんです」

「……そうなの」

 

だけど言葉を発する前に箒ちゃんに遮られてしまった。

箒ちゃんの言葉が必死だったから……私はとりあえず聞き役に徹した。

 

「嫌いじゃないんです。専用機だって……私のわがままでしかなかったのに用意してくれて……感謝だってしてます……けど……」

「……うん」

 

私としても、姉妹のいる身だから人ごとじゃなかったから……真剣に言葉に耳を傾けた。

箒ちゃんが少しでも……軽くなるように。

 

「わからないんです……」

「わからない?」

 

その言葉は……意外でも何でもなくって……。

私も一緒だったから……。

 

「姉が何を考えているのかわからなくって……だから……」

「怖い……のかな?」

「……」

 

その沈黙はほとんど答えで……。

仕切りパネルから見える、箒ちゃんの顔は苦渋で歪んでいた。

それを少しでも軽くして上げたかった……。

私にも希望があるって……簪ちゃんと仲直りできるって……思いたかったからこその行為だったかもしれない。

けど……言葉を発せずにはいられなかった。

妹を持つ……姉として……。

 

「わからないのは怖い……ね。でも私だって怖いのよ?」

「……え?」

 

私の言葉が意外だったのか……箒ちゃんが弾かれるように私へと視線を投じてきて……。

そんな箒ちゃんに微笑みながら、私は言葉を続けた。

 

「私も、妹が何を考えているのかわからないの。だから……私も怖いの。きっとあなたのお姉さんもそうだと思うわ」

「……」

 

いつからだろう。

簪ちゃんとほとんど顔もあわさず、言葉も交わさなくなったのは。

きっと……当主に任命されたのがきっかけだったと思う。

あの時私は責務で忙しくてそんなことを考えている暇もなかった。

気がついたら簪ちゃんとの仲は……。

だから私もわからない。

簪ちゃんが何を考えているのか……。

 

でも……それでも……家族だから……姉妹だから……

 

確かにわからない。

わからないから怖いし、わかろうとするには勇気がいる。

自分が傷ついてしまうかもしれない、相手が傷ついてしまうかもしれないと思うと、足がすくんでしまう。

だけど……

 

「でもね、大丈夫」

「な……何がですか?」

 

私に縋ってくるような目をしている箒ちゃんのその顔は本当にわからないことが怖いと思っている感じだった。

それを少しでも和らげるように……私の思いが少しでも軽くなるって信じて……私は言葉を発した。

 

「きっと、あなたのお姉さんはあなたを大切に思ってくれているから……。だって……」

 

私だって……そうなんだから……

 

簪ちゃんが大切だ。

わからなくても……怖くても……。

大事な家族で、大事な、大事な……妹だから……。

 

「だから……怖がらないで……」

 

箒ちゃんを勇気づけるように、優しく告げる。

直ぐに返事はしてくれなかったし、これだけで抱えた問題が解決するほど甘くはないだろうけど……それでもきっと、前に進んでくれるって信じて……。

 

私は箒ちゃんに笑いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




タッグマッチまでが遠いぜ……
がんばりまっす!



しかし休日もなんだかんだで忙しいな
掃除とかで

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