IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣   作:刀馬鹿

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両手に花

「では本日はこれで。突然おじゃましてすいませんでした」

「いやぁ。お気になさらずに。IS学園のおかげでこの街もすごく活気になりましたので。学園側から直々に会議を申しつけてくれて、しかも元世界チャンピオンである織斑千冬さんに来ていただけるなど、オーナーとして栄誉極まりないです」

「はぁ……どうも」

 

…………どうしてこうなった?

 

俺はIS学園にほど近い街、駅前の『レゾナンス』のオーナーの部屋にいた。

ちなみにこの場には俺以外にオーナー、織斑教官、山田先生、そして更識がいた。

 

えっと……俺は……とりあえず更識を待っていて……

 

一夏とシャルロットさん、そして鈴音さんと買い物に来た俺だったのだが、鈴音さんが急用にてこれなくなったために、三人で回ることになりそうになった。

四人ならばまだしも、三人……俺と一夏とシャルロットさんと買い物なんて冗談ではなかった。

一夏の事を好いているシャルロットさんの邪魔をする気はない、そして悪趣味もしていない。

だから俺は妹分の更識に連絡を取り、うまく口を合わせてもらって生徒会の仕事が入った事にして抜け出した……まではよかった。

更識が街に出てくることになって、俺はその更識を待っていると、何故か更識だけでなく、教官と山田先生まできたのだ。

しかもただ来ただけでなく、後日開催されるISの大会当日に混雑が予想されるこの街の、警備や誘導といった当日の会議が開催された。

教官や山田先生、そして生徒会長の更識がいるのはわかるのだが、ただの雑用でしかない俺が果たして必要なのだろうか? と思わなくもないが、すでに連れてこられた以上抵抗のしようがない。

俺は仕方なく俺にも意見を求められるので、それを自衛官として無難に受け答えし、会議を進め……今終わったところだった。

 

「では本日はこれにて失礼いたします。当日もどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

そう言って、レゾンナンスから退出した俺たち。

建物からしばし離れた瞬間に、俺は更識に詰め寄った。

 

「……どういう意図があったんだ?」

 

突然のことで頭が回らなかったが……今になってようやく動いた自身の対処能力のなさを恨めしく思いつつ、俺は更識へと問い詰める。

 

「別に大した意図はないよ? どうせ外に出るなら外での仕事も終わらせようと思って」

「それが今回の会議と言うことか?」

「そういうこと♪」

 

それは確かにその通りだった。

外に出るならば確かに他の仕事も併用した方が効率はいい。

特に学園の外に出るのならば、休日が望ましいことは事実だ。

平日では基本的に放課後になり、放課後は基本的に15時以降だ。

先方の予定が会えばそれで問題はないが、選択肢が多いに越したことはないだろう。

 

「だったらもっと事前に連絡してくれ。私たちにだって予定はあるんだぞ?」

「う……それは本当にすいませんでした」

 

あ、結構急遽な事だったのね

 

教官が更識に怨めがましい目線と声を上げると、素直に更識が謝罪を入れていた。

どうやら教官達……つまり先生方も、予定外なことだったようだ。

 

「ま、まぁまぁ織斑先生。確かに急なことでしたけど、別に今日の仕事は急いでいる物ではありませんでしたし、今の会議だってやらないといけないことだったんですから」

 

一応必要だったこととはいえ急に決まってしまったこの会議に対して更識に苦情を言う教官。

そしてそれをフォローする山田先生。

 

……接しにくいな

 

先日の文化祭よりまだそんなに日が経っていない。

その文化祭で知った……俺の予想ではだが……、山田先生の俺に対する接し方というか……その気持ち。

俺の推理があっているとは限らないし、かなり自意識過剰な考えだが……山田先生の男性に余り慣れていないという事を差し引いても、山田先生が俺に何か特別な感情を抱いているのは、あっていると思う。

更識が婚約者でないと知ったときの喜びよう。

そしてこけそうになった所を助けた俺から、離れようとしなかったその仕草……。

文化祭の日に、亡国企業とか言う所から襲撃があってその事に関して余り深く考えている時間がなかったために……今どう接していいのかわからない。

そうしていると、俺の方へと山田先生が向き直った。

気づかぬうちに注視していたらしい。

 

「あ、あの……門国さん? 何かようですか?」

「!? え、いえ。その……何でもないです」

「そ、そうですか」

 

俺の返答に残念そうにする山田先生。

それがわかりながらも、如何せんどう接していいのかわからない。

 

……ど、どうすれば!?

 

 

 

 

 

 

「で、実際何が目的なんだ?」

 

お兄ちゃんと山田先生が、私たちの前方でまるで初な乙女のようにぎくしゃくとしているその後方で、私は織斑先生に詰問されていた。

織斑先生に隠す必要性もなく、また隠し通せるとは思っていないので、私は素直に考えを口にした。

 

「お兄ちゃんが山田先生に対してどう思っているのか知りたくって無茶な事をお願いしました」

 

そう、今回私が山田先生と織斑先生をお呼び立てしたのはそれが大きな原因だった。

山田先生がお兄ちゃんにそう言った感情を抱いているのはなんとなくわかっていた。

だけどそれに大してお兄ちゃんがどう思っているのかまではまだ分かっていなかったのだ。

だからこそ今回私は半ば無理やりとも言える方法で、山田先生とお兄ちゃんが共に行動する状況を作り出したのだ。

無論二人きりにすると何が起こるのか分からないので私も同行する形でだ。

そうすればお兄ちゃんと山田先生の観察もできるし、過度な状況になることを防ぐことができる。

更に私もお兄ちゃんにアピールできるので、一石三鳥と言える。

 

一度にいくつもの結果を残すのは効率的だよね~

 

「……まぁ確かに無茶な事ではあったが。しかし、いいのか?」

「? 何がですか?」

「いや、私たちを誘わなければあいつと二人きりで出かけられたんじゃないのか?」

 

あぁそういうこと

 

わざわざ心配そうに言ってくれた織斑先生に私は内心で感謝した。

織斑先生も、憎からず思っているであろうお兄ちゃん。

なんで織斑先生が山田先生をお兄ちゃんとカップルにさせようとしているのか、私にはわからないけど、それでも私はそれを妨害する気はなかった。

 

別に私はオンリーワンじゃなくてもいいしね

 

お兄ちゃんが幸せであるならば私はそれで言いのだ。

もちろん私のことを女として()して欲しいし、私もお兄ちゃんを()したい。

けどだからって何も私だけを愛する必要性はないのだ。

 

「別に問題ありませんよ」

「……ほぉ。何故だ?」

 

私が不適に笑いながら織斑先生にそういうと、私の内心をある程度読み取ったのか、織斑先生が不適に笑った。

そんな織斑先生に、私は振り向きつつ、こういった。

 

「恋は障害が多いほど燃えるんですよ? それに、私、負けるつもりはないですし、この程度でお兄ちゃんとの絆がどうにかなるなんて思ってないですから♪」

 

ナンバーワンの座は……譲るつもりはないけどね♪

 

その私の言葉で、どこまで私の内心を察したのかはわからないけど……織斑先生は苦笑していた。

 

 

 

 

 

 

「では済まないが私はこれから会議があるため学園に戻るぞ」

 

「はい!」

「了解です☆」

「はっ。了解いたしました」

 

学園に戻る教官に、三者三様の言葉を返し、俺と更識そして……山田先生は教官を見送った。

時刻はまだ昼前だ。

今から学園に戻ると言うことはおそらくお昼の後の午後から会議が始まるのだろう。

俺は山田先生に視線を向ける。

俺が顔を向けたことで、山田先生がビクッと身構える。

それを見て俺は何となく小動物が怯えているのを連想してしまい、心の中で苦笑した。

 

少し肩の力を抜くか

 

「山田先生はお戻りにならなくても大丈夫なのですか? 自分と更敷の買い物に無理して付き合っていただく必要はないですよ?」

 

なるべく優しく、そして山田先生が邪魔ではないと伝わるように言葉を選ぶ。

その意図を察してくれたのか、山田先生は若干慌てながら言葉を返した。

 

「だ、大丈夫です! 今日は一応オフですし、急ぎの仕事だってありません!」

 

勢いよく返事をして、その勢いのままに俺へと接近してくる。

そんなもんだから顔が目と鼻の先に……。

 

「や、山田先生?」

「あ、す、すいません!」

 

そう言って大急ぎで俺から離れていく山田先生。

その顔が真っ赤になっているのは俺の気のせいではないと思う。

 

「……とりあえず時間も時間ですし、ご飯でも食べにいきません?」

 

この場の空気を変えるためか、少々大きな声で、更敷がそう提案してくる。

渡りに船だったので提案に乗ろうとした俺だったのだが……。

 

「……更敷?」

「なあに? お兄ちゃん?」

「なんか不機嫌じゃないか?」

 

声は普段通りだし、表情だって笑顔なのだが……身にまとっている雰囲気というか威圧感からいってオーラだろうか? が、明らかに普段通りではない。

 

「別に私はいつも通りだよ?」

「しかし……」

「それよりお腹空いたしご飯にいこうよ♪」

 

ガシッ

 

「お、おい」

 

そう言いながら更敷が俺の腕に抱きついてくる。

そうなると当然……そこそこ、いや大分?…… 大きな更敷の胸が腕に当たる。

 

「……だからお前は。嫁入り前の女がこんな軽薄な行動を」

「前も思ったけど、その考え方古いよ? 仲のいい男女が腕を組むなんて今じゃ普通だよ? 折角のオフなんだから楽しまないと。ね、山田先生?♪」

「え?」

 

自分に話題が振られると思っていなかったのか、山田先生が素っ頓狂な声を上げて、更敷へと視線を投じて一瞬固まった。

 

ん? なんだ?

 

なんだかわからないが山田先生が一瞬固まり、すぐにむっとした顔になった。

むっ、と言っても端から見たらわからない程度だ。

表情というより、雰囲気がむっとしている感じだった。

山田先生の視線の先、更敷の顔へと俺も目を向けるが、頬を若干赤くしながら笑っている。

何かしたのかわからないが、更敷がそこまで失礼なことをするとは思えないのだが。

そう考えていると、すぐに俺の腕から体を離し、次いで俺の手を握って先に進む。

 

「お、おい」

「時は金なり。時間は有効に使いましょう」

「その通りだが」

「ちなみにお兄ちゃんの奢りね♪」

「……了解」

 

出しに使った手前、あまり強くでられない。

まぁたかだか三人程度の食事代なぞたかが知れている。

 

「山田先生もいきましょう! お兄ちゃんの奢りですよ!」

「い、行きます!」

 

何故にそんなに気合いが入っている?

 

更敷に促され、山田先生が力強く返事をして、更敷とは逆の方……つまり俺を挟む形で並んだ。

その背中には異様な気迫が……。

 

「……負けませんよ」

「望むところです♪」

 

……何を?

 

二人の会話がわからない。

が、何故か聞くのは憚られて、俺はまるで二人に連行される宇宙人のように引きずられていった。

 

 

 

レゾナンスのイタリア料理屋で昼食を済ませ、俺、更敷、山田先生は色々な物を見て回っていた。

その際、更敷が先ほどの出しに使った代償として、そんなに高くないが決して安くはない、腕時計を俺に買わせた。

給料を貰っているし、普段から世話になっているのも確かなので別に構わなかったが。

それに……

 

「ありがとう、お兄ちゃん……。大切にするね♪」

 

買った物が入っている袋を胸で大事そうに抱えながら笑顔で言われたら、その程度安い物だろう。

そして更敷にプレゼントをしたことで、俺は一夏の誕生日プレゼントのことを思い出した。

 

……そう言えば何を買おうか?

 

はっきり言って何も考えていない。

別に男友達なので何を送っても構わない……少なくとも女性にプレゼントを贈る時ほど気を遣わなくてもいいだろう……だろうが。

 

どこかにいい店はない物だろうか?

 

「どうしたんですか? 何か捜し物ですか?」

 

俺が辺りを見渡しているのを見て、山田先生が俺に親切にもそう話しかけてくれる。

 

「いえ。実は一夏の誕生日が近い物でして。友人として何を買えばいいのか悩んでまして……」

「織斑君の誕生日近いんですか?」

「えぇ。今月末の27日です」

「大会の三日後ですか」

 

大会……、学年合同タッグマッチのことである。

 

学年合同タッグマッチ

文字通り学年の枠を越えた二人一組のパートナー同士の対決である。

各専用機持ちの実力向上を考えての大会である。

先日も襲撃を受けたため、それを配慮してのタッグマッチ形式になった。

というのも理由の一端だが、やはり連携力というのはどこにいても欠かせない要素であるのでそれをはぐくむという意味合いももちろんある。

 

……一夏誰と組むんだろうな

 

専用機持ち同士のタッグマッチなので、当然専用機同士が組むことになり……当然一夏も参戦することになるだろう。

が、そうなるとそれぞれ専用機を持っている一夏ハーレム軍団が黙っていないだろう。

またぞろハーレム軍団の争いになりそうだ。

 

……巻き込まれないようにしないとな。……そういえば

 

そこまで思考がいってから、俺は身近にいる専用機持ち更識へと目を向ける。

当然更識もタッグマッチに参戦することになるだろうが、誰と組むのだろうか?

 

「……タッグマッチかぁ」

 

その更識は、何かぶつぶつと呟きながら思案に躍起になっていた。

それがもしも動きを止めている状況……イスに座っているとかならば問題ないのだが今は歩いている状況だ。

もしも誰かにぶつかったりしたら……

 

ドンッ

 

「きゃっ!?」

 

やれやれ

 

案の定、人とぶつかり体勢を崩している。

裏の名家の当主として相当な力量を有している更識らしくなかった。

が、とりあえず今はどうでもいいので俺はその更識を抱き留める。

 

ポン

 

「お、お兄ちゃん!?」

「大丈夫か?」

 

倒れかけたのを助けたからか、更識が珍しく動揺している。

すっぽりと俺の腕の中で収まった更敷。

顔を赤らめて縮こまってしまっていた。

 

……珍しいな

 

武芸者と言ってもいいほどの腕を有している更敷が、ここまで無防備になっているのは珍しかった。

更にここまで感情を発露させるのも珍しい。

基本的に感情なんかは表に出さないようにしているというのに。

 

「立てるか?」

「あ、うん! ごめんね」

 

……どうしたんだ?

 

いつもなら何かからかってきそうだというのに。

何もせずに離れるというのは実に珍しいことだった。

が、俺も少々他の事を考えていたために余りその事を深く考えられなかった。

 

何というか……女らしくなったなぁ

 

幼少時に会った更識楯無。

当時は六花という名だったが……家を継いで楯無と名を改めた更識。

再会しても、幼少時のイメージが強すぎて余り女と見ていなかったのだが……今抱き留めたことで改めて認識した。

 

成長したんだな……

 

抱き留めた服越しに感じた、更識の体。

無駄なく鍛えられつつも、筋肉で強ばらず、何というか……女性独特の柔らかさというか、男の俺とは全く違った感触だった。

しかも体重が軽かった。

更識のことだから無駄なダイエットなどはしてないだろうが、それでも軽く感じられた。

当たり前なのだが、成長していることを今ようやく認識した。

 

 

 

更識……六花も、女になっているのだと

 

 

 

まぁだからといってこいつを女とは感じないのだが

 

幼少時のイメージが強すぎるために、今改めて認識した女だという考えも薄れてしまう。

 

 

 

本当はそれだけでは……なかった(・・・・)のだが……

 

 

 

「ごめんね。ちょっと考え事してて」

「お前があそこまで呆けるのは珍しいな。何を考えていたんだ?」

「えっと……せ、整備のこととか?」

 

……言いにくい事みたいだな

 

言い淀み、明らかに考えていたこととは別のことをしゃべった更識を見て、俺は直ぐに話題を変える……というかその話題に乗ることにした。

別に無理して聞く必要性はない。

 

「整備か……数ヶ月前まで自衛隊でISを整備していたのが遠く感じるな」

「ISの整備? 門国さん、整備も出来るんですか?」

 

山田先生も雰囲気を察してか、俺の話題を繋げてくれた。

俺はそんな山田先生に感謝しつつ、さらに言葉を続ける。

 

「えぇ。も、というかもっぱら私は整備をしていました。整備兵でしたから」

「そうなんですか?」

「はい。一般兵装はもちろんISの整備も任されていましたので、最低限の知識はあります」

「謙遜だなぁ、お兄ちゃんは。部隊内じゃ一番の整備だったんでしょ? もっと誇ろうよ」

 

ようやく調子を取り戻したのか、更識がニマニマしながら俺にそう言ってくる。

その事に多少安堵しつつ、俺はその言葉に呆れながら言葉を返す。

 

「一番かどうかは知らないが確かに信頼されていたが……どうしてそれをお前が知ってるんだ?」

「私の所にもそう言った情報は入ってくるんだよ? 何せ私は当主ですから」

 

答えを言っているようで答えを言っていない更識。

確かにこいつの力を使えば、俺が整備を行っていたことを知ることなど造作もないだろうが。

 

「でもさ……」

「ん?」

「整備の腕はすごいのかもしれないけど、もう少し自分の体をいたわってよ。まだ完治してないのに、放課後とか自分のISの整備してたでしょ?」

 

 

 

素直な思いを言う。

怪我がまだ治りきっていないのに、無理をしてまで整備を行っていることを、私は知っていた。

するとお兄ちゃんは少し驚いて……そして直ぐにやれやれっていうか、仕方ないな、みたいな顔をして私の方へと顔を向ける。

 

「やれやれ。どうして知ったのやら……まぁいいか。整備をするのは当然だろう」

「そうかもしれないけど……」

「訓練後は単純な整備しか行っていない。それこそ誰にでも出来るレベルの簡単な整備だ。自分の得物の整備も出来ない人間に、得物を使う資格はない」

 

厳しいとも取れる、お兄ちゃんの意見と確固たる意志が籠もった言葉を放つ。

 

「でもそうすると織斑君もそうならない? あの子まだ整備室知らないかもしれないよ?」

「そうだな……。そう言う意味ではあいつはだめだと思う。確かにISには自動調整機能や、自動整備機能も付いているが、本当の意味で得物と一体化するには少しでも自分でいじらないといけないからな」

「……厳しいね」

「当然のことだろう? 俺たちは遊びでISという兵器(・・)を使用しているわけではない。操作ミス、整備ミスというくだらない言い訳をしていい立場ではない。ましてや軽々しくアレを使うなど……本来ならばあってはならないことだ」

 

さすがお兄ちゃん。整備士だっただけあって意見も厳しいね

 

確かにお兄ちゃんの言うことはもっともだった。

何せISというのは現行兵器を全て無力化した存在。

ほぼ生身に近い形で、威力で戦車の主砲を凌駕し、速度で戦闘機を超越し、防御で多重複合装甲すらも越境した。

間違いなく史上最強の兵器であり、武器なのだ。

だけどそれだけすごい物だと、それ相応に複雑、多様化している。

お兄ちゃんは単純な、簡単な整備と言っていたけど、それだって戦車や戦闘機なんかを整備している整備士では手も足も出ないほど高度な知識と腕を要求される。

だからこそ高校と同じ位置づけにあるIS学園にも整備課という課がある位なのだから。

 

まぁでも確かにその通りだけど

 

確かに整備課は存在するけど、それに甘えていい訳ではない。

整備は勉強さえすれば誰にでも出来る物だってもちろんあるのだ。

仮に整備出来なくても掃除というか……汚れをふくこと自体は誰にだってできる。

人馬一体という言葉があるけど、お兄ちゃんは地でそれをいきそうな勢いで整備を行っているのだ。

おそらく、学園内では一部の人間を除いてお兄ちゃんと同等の整備が出来る子はいないはず。

 

「だからそう言う意味で俺は学園が苦手とも言える。確かにまだ学生なのだが……それにしたって兵器を扱っているという自覚が希薄すぎる。そこらをもっとどうにかしないといけないと思うが、それでも学生は学生らしくていいと思ってもいて……そこら辺の線引きが難しいな」

「……ごめんなさい」

 

そんなお兄ちゃんの意見は、学園を運営している側の人間である教師……つまり山田先生にとっては痛い言葉でしかなかった。

隣りで聞いていた山田先生はお兄ちゃんの言葉に傷ついてがっくりと肩を落としている。

それを見てお兄ちゃんが慌てた。

 

「え、いえ! 決して山田先生が悪いと言っているわけではありません。あくまでも学園全体の問題であると思っておりまして!」

「でも、その学園を運営しているのは私たちで……。本当にごめんなさい」

「え、えっとその……さ、更識!?」

 

あわてふためくお兄ちゃんが私にヘルプを頼んできたけど、すでに私は少し遠くへと離れていた。

そして頭上のプレート……トイレの案内板を指さしてにこやかに笑う。

 

裏切り者!!!!

 

といっているのが表情で感じ取れたけど、無情にも私はその場から離れ、雑踏へと紛れる。

これで当初の予定を果たすことが出来た。

 

観察観察~♪

 

二人きりにするのに少々不安は残るけど……微妙な空気にしてから離脱したので大丈夫だろうと、私はそう自分を納得させた。

でもとりあえず離れておかないと気づかれてしまいそうだったし、また嘘はよくないので、私はそのまま早足でトイレへと向かった。

 

 

 

「失礼しました門国さん。その……お見苦しいところを」

「いえ、こちらこそ。失礼なことを言って申し訳ありませんでした」

 

更識が無情にも離脱してから、俺の拙い言葉でどうにか山田先生に復活してもらった。

端から見たらどういう絵図だったかは……考えたくない。

更敷がトイレに行った以上、あまりここから離れるわけにもいかないので、手近の店を物色する。

そこで先ほど更敷に腕時計を買ってあげたことを思い出した。

 

なのに一緒に行動している山田先生に何もないというのは……あまりよくないよな?

 

こういった経験は皆無だが、さすがにそれぐらいのことはわかる。

教師に生徒が個人的に贈り物を送るのは、あまり褒められたことでもないかもしれないが、そこは割り切っておくことにする。

が……

 

な、なんて話しかければいいんだ?

 

妙齢の女性と二人きり、という状況が俺の心を波立たせる。

別にこれが初めてというわけではない。

今まで部屋に女性と二人だけ、という状況もあった。

主に整備室でIS操者と打ち合わせないし会議で、だが。

色気の欠片もない。

さらにいえばそれはあくまでも会議であって、決してこういうプライベートな時間ではなかった。

だからそれらの経験はほとんど意味はなく、どうすればいいのか全く持ってわからない。

が、話しかけないとこのまま互いに話さない、気まずい空間になるのが目に見えていたので、勇気を振り絞って俺は話しかけることにした。

 

「山田先生」

「は、はい!?」

 

突然話しかけられて、山田先生が慌てながら返事をくれる。

が、かなり勢いよく振り返ったものだから足が絡まってしまい、転びそうになった。

なんとなく予見していたので、俺は慌てることなく山田先生の肩を抱き留めた。

そしてすぐに姿勢を直して離れる。

 

「失礼しました」

「こ、こちらこそごめんなさい!」

 

以前にもこんな事があった気がしたが、その時よりも緊張してしまう。

あの時はまだ山田先生を女として極力意識しないようにしていたのだが、山田先生が抱いているかもしれない感情に気づいてしまった今となってはだめだった。

 

……思春期の少年か俺は

 

何というか……余りにも女性との接し方を知らない自分が悲しかった。

 

「な、何を見てらっしゃったのですか?」

 

さらに気まずくなってしまった空気を払拭しようと俺はすぐに山田先生へと話しかける。

声が若干裏返りそうになっていたが、山田先生も慌てていたのか、特に何も言わなかった。

 

「へ? えっと、あれを見ていました」

 

そう言って山田先生が指差したのは一軒のぬいぐるみ屋だった。

 

「ぬいぐるみ?」

「はい。このクマさんがかわいいなって。えっと、ヘチャクマ?」

 

どうやら山田先生も初見のキャラクターだったようだ。

抱きかかえるくらいのサイズの大きさのそのぬいぐるみは、童顔で身長が低く見えてしまう……もっといえば年下に思えてしまう……山田先生が持っていると、なんかすごい和んだ。

自然と柔らかな表情になってしまう。

 

「買いましょうか? そのぬいぐるみ」

 

 

 

「え?」

 

門国さんのその申し出に、私は思わずきょとんとしてしまう。

そうしてわたしが呆けていると、門国さんは私が持っているのとは別のぬいぐるみを手にとり、値段を調べていた。

 

「……五桁か。まぁ結構でかいしな」

 

とか独りで呟きながら勝手に決めてレジへと向かっていく。

 

「ち、ちょっと待ってください!」

 

そんな門国さんを私は大急ぎで止めた。

 

「ど、どうして門国さんがそんなことをするんですか!?」

「なんだかんだで、ストーカー事件のお詫びとか何もしていませんでしたし、それに自分が入院していたときも、何度もお見舞いにきてくださったじゃないですか。そのお礼です」

「で、でも!?」

 

確かに門国さんの言うとおり、入院中とかにお見舞いはよく行ったけど、それはあくまでも私を庇って怪我を負ってくれた門国さんに対する私からのお礼であって……。

ストーカー事件はむしろは私が迷惑をかけてしまったし。

それなのにその行為のお礼をされてしまっては、あべこべっていうか……本末転倒で。

っていうか病院……

 

その時……私の脳裏にあの時の記憶が……おでこにキスをしたことがよぎった……

 

!?!?!?!?!!?!?

 

「別に深く考えくていいですよ。確かに山田先生としてはそうかもしれませんが自分は嬉しかっ……どうしたんですか?」

 

突然離れて慌てだした私に、門国さんが頭に?マークを浮かべる。

だけど私はそれどころではなかった。

 

思い出さないようにしていたのに!!!!

 

完全に自爆だった。

あの時の行動は今をもってしても、なんであんなことをしたのかわからない。

魔が差したというのかもしれないけど……それだけであんなことをしてしまったのは初めてだった。

 

まぁ……男性とこんなに親しくしたのは初めてだけど

 

私は目の前の人物に視線を向ける。

門国護。

自衛隊に所属し、年齢も二十歳と……最初こそもっとも身近な男性と言えた、織斑一夏君よりも年齢的により身近になってしまった存在だった。

 

年齢の為か……生徒と見ることも出来なくて

 

年齢だけじゃなく他にも何度も助けてもらったりしてしまって、気になる存在になってしまって。

だから今日こうして門国さんと一緒に買い物に出かけられたのは喜ばしいことなんだけど……。

 

だからって物を買ってもらうのは違う気がする!

 

ということで必死に止めようとするんだけど……。

 

「門国さん。本当にお礼なんていいですから。そもそも私の命を助けてくれたお礼なのに、そのお礼をされたら私の立つ瀬がありません!」

「ですが……それだと自分の気が済まないのですが……」

「いいですから! とりあえず戻しましょう!」

 

このままだとこのぬいぐるみをそのままレジへと持って行きそうだったので、私はぬいぐるみの足を持ってどうにか門国さんの動きを止めた。

だけど門国さんもぬいぐるみを離そうとしない。

 

「いえ、ですが……」

「ほんとうに……い・い・で・す」

 

ミチミチミチ

 

二人して意地になってぬいぐるみを引っ張り合う。

そのためにぬいぐるみからあまり穏やかじゃない音が響いていたのだけれど……半ば興奮していた私たちにはそれに気づかずに……。

 

ブチッ

 

「「あっ」」

 

見事に私が掴んでいたぬいぐるみの右腕の付け根辺りが破けてしまった。

予想していなかったこの状況に……二人して固まる。

 

「……あの、お客様? その……そう言った行為は困るのですが」

 

当然お店が黙っているわけもなく、一人の女性の店員さんが私たちに近寄ってくる。

その顔は一応体裁として笑顔を保っていたけど……その顔は若干歪んでいて……。

 

「す、すすすすすいません!」

「も、申し訳ありません。きちんと弁償させていただきます!」

 

私たちは二人して慌てながら店員さんに頭を下げたのだった。

 

 

 

ふむ、なるほど。お兄ちゃんとしてはほっとけない感じの人になっているのかな?

 

少し離れた場所から……具体的には建物の二階の吹き抜けから、一階のぬいぐるみ売り場にいるお兄ちゃんと山田先生を観察しながら、私はそう内心で呟いた。

お兄ちゃんは女性を苦手なのは間違いなく、当然それは山田先生も同じはずなのだけれど、それ以上に庇護欲を感じさせられてしまっているようだった。

何度も救っている内に年下……というか妹みたいに思っているのかな?……に見えてしまったのか、緊張はしているみたいだけど、会話が成立していた。

 

まぁそれでも体が接触していないっていうのが大きいんだろうけど

 

確かに山田先生は見た目っていうかその童顔のせいで年下に見えてしまうかもしれないけど、体つきは間違いなく女らしい。

いやらしい目線を向けているっていうことはお兄ちゃんに限ってあり得ないだろうけど……間違いなくお兄ちゃんからしたらもっとも意識している()かもしれない。

結局破れてしまった物をお兄ちゃんが購入することで目処が付いたようだった。

だけど別に問題はない。

最低限の家事スキルを持っているお兄ちゃんなら、ぬいぐるみを縫いつけることくらいは簡単だろう。

破けてしまったと言ってもそこまでひどい訳じゃなさそうだし。

店員さんも気を遣ったのか、ラッピングをして肩の破れが見えないように包装していた。

それを山田先生は胸に抱きかかえながら大事そうに抱えていた。

その顔には恥ずかしそうにしながらも、しっかりと笑顔が刻まれていて……。

 

これはちょっとまずいかも……

 

情報を入手することには成功したけど……どうやらうかうかしているわけにはいかないようだ。

だけど負けるつもりはさらさらない。

山田先生が女としてお兄ちゃんに迫るならば私は女で、妹として迫ればいいのだ。

 

妹ってのがちょっと悔しいけど……それでもそれで負けたら悔しいからね

 

敵の戦力を改めて分析した私は、今後どうやってお兄ちゃんを攻めていこうか、対策を考えながら、二人の元へと向かった。

 

 

 

 




ぬいぐるみにしたけど……どうでした?
いやね。貴金属類でもいいかなと思ったんですけど……な~んかただの知り合いって言うか、教師に送るのはあまりにも「重い」かな? とおもって却下して、鉢植えとかいいかなと思ったけど「安すぎる」し、じゃあ何が言いかね? と思っていたらなんかふっと、手足を前に突き出した決行ででかい……女性の上半身を隠せるくらいの……クマのぬいぐるみを両手で抱きかかえている山田先生の構図が頭に浮かびまして……
だってなんかすごく……かわいく思えたから……あとなんて言うの? こう……横から見るとぬいぐるみで胸が溢れているっていうか潰れているのを想ぞゲフンゲフン

まぁそんなわけで、シャルロットと蘭の両手に花状態での買い物の最中、護さんも両手に花でキャッキャウフフしてましたよな、話と相成りました。
展開速いかもしれないけど次は原作七巻へと突入します~

もっとも書きたい話が目前だぁ~

こうご期待!

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