IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣   作:刀馬鹿

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文化祭

う~~~~~~長い~~~~~~

 

私は人で出来た列……行列に並びながら、心の中でそう唸っていた。

わかりきっていた事ではある。

今年入学してきた、世界でも珍しい男のIS装者の織斑一夏君。

彼が執事をするなんて話を後輩から聞いてやってきたのだけれど……みんな同じ事を考えていたので、長い行列が出来てしまっている。

もう一時間ほど並んだだろうか。

 

長い~~~~

 

一時間なんて、遊園地では当たり前だし、それに今日はお祭りなのだ。

わがままを言ってみんなの楽しみに水を差すなんて事はしないけど、ただでさえ少ない時間がこうして削られていくのでどうしても焦ってしまう。

 

1、2、3、4……まだ一杯いる

 

人数を数えて、数えるのが面倒になったのでやめた。

それほどまでに織斑君は人気なのだ。

それもわかっていた。

私も織斑君の事はかわいいし、かっこいいと思っていた。

後輩から隠し撮りの写真をもらった位で、他のみんなには内緒で財布の隠しポケットに常時忍ばせるほどなのだ。

だからなおさらこの待つだけの時間が口惜しかった。

そう思いながら私がいらいらしていると……

 

「失礼いたします」

「えっ?」

 

ふわっと……まるで柔らかい風が私の顔のそばで吹いて、そちらの方を向くと、黒いスーツでビシッと決め、真っ黒な髪をオールバックで整えている男性が、手に紙コップを持って立っていた。

先ほど吹いたと思った風は、その紙コップを差し出したときに起こった風なのだと気づく。

差し出されたそれを、私は思わずといった感じに受け取ってしまった。

 

「お待たせして申し訳ありません、お嬢様」

「……え、いえ……別に」

 

嫌味が全くしない程に、恭しく男性が私に頭を下げるので、私はしどろもどろと要領を得ない返事をしてしまう。

そうして頭を上げた男の人を、私はじっくりと観察した。

私よりも身長が高く、その佇まいには落ち着きがあり、目にした人を安心させるような、そんな頼りがいがあるという感じの雰囲気がある。

黒いスーツが見事に決まっており、その柔和な笑顔が、私の心をなだめてくれた。

 

「本日のご来店は、織斑一夏をご指名でよろしいでしょうか?」

「は、はい」

「お待たせして申し訳ありません、なにぶん、大勢のお客様が織斑一夏を指名しておりまして……もう少々お待ち下さい」

「は、はい、わかりました」

「そちらの紅茶は当店からの心ばかりのお詫びの気持です。よろしければ、お飲み下さい。では……失礼いたします」

 

そう言って男の人は再び頭を下げると、他の順番待ちの人の所に行き、同じように紅茶を渡して、お詫びをしていた。

 

あの人って……門国護……さんだったよね?

 

私はたった今紅茶をくれたそのスーツの男の人、門国護の後ろ姿を見つめていた。

織斑君に遅れる事約二ヶ月、自衛隊に所属していた人が偶然ISを動かしたという事がニュースで話題を呼んだ。

何せ世界で二人目の男のIS操者なのだから。

だけどその門国護は、入学早々、ストーカー事件の容疑者となり、私もその記事を信じていた人間だったのだけれど……。

 

……そんな感じがしない?

 

何というか……その仕草には全くいやらしい感情がでていなかった。

私はそれなりに自分のスタイルに自信を持っている。

そうなると街中で歩いていると、男の人の不躾な目線を感じたりするのだけれど、今私を見ていた、さらには他の子に話しかけている門国護さんには全くそう言った物が含まれていなかった。

他の子も私と同じように思っているのか、呆気にとられたように彼の事を見つめていた。

 

ストーカーって噂だったけど……?

 

確かに被害者の山田先生がストーカーじゃないと言っていたけれど……後ろから抱きしめている写真を見ていたせいで、私は信じていなかった……。

 

たった今本人を目にするまでは……

 

 

 

……かっこいい

 

 

 

自衛隊に所属し、数年の実務と経験を持っていて年上である門国さんには、織斑君と違って、まさに大人の魅力という物が備わっていて……。

私はそれとなく、廊下と教室を行き来する門国さんの事を目で追っていた。

 

 

 

 

 

 

時が経つのは速い物で、やってきました文化祭。

一般公開はされてない関係上、派手な……派手すぎる演出はそこまで無いものの、年に一度のお祭りという事、さらに噂のイケメン、織斑一夏の争奪戦も含まれているとあって、なんか学校全体に異様なオーラが漂っていた……。

具体的には……

 

「一組で織斑君が執事になって……ご奉仕してくれる!?」

「燕尾服で……や、やばい位にかっこいいって話よ!?」

「さらにゲームで勝てば写真を撮ってもらえる! ツーショットで!」

「あぁ!? 神様はどうしてこう私に苦難を与えるのよ!!! 何でよりによってこんな大事な日に、店番なのぉぉぉぉぉ!!!???」

 

……という感じである。

まぁそんな訳で我がクラス、一年一組は朝から大盛況であり、上記の事から長い行列が出来るほどであった。

 

「一夏! 七番テーブルがお前を呼んでいるぞ! 速くいけ!」

「おう! これ持って行ったら行くよ、ラウラ」

「一夏! 一番テーブルさんが一夏を指名してるよ! 早く行って!」

「お、おう! わかったシャル!」

「一夏さん! こちらの二番テーブルもですわ!」

「わ、わかった!」

「おい一夏! 五番テーブルから苦情が来たぞ! もたもたしてないでさっさと行け!」

「いや箒? 俺の体は一つなんだけど……」

 

一夏は燕尾服で執事として奉仕。

他の接客は、いつもの織斑ハーレム軍団、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒがなんと……メイドとしてウェイトレスをしていた。

ウェイトレスをするのが意外とは言わないが……篠ノ之箒さんなんかがよくぞメイドのウェイトレスを承諾した物だと思った。

まぁそれでも……一夏が指名されるたびに不機嫌になっているのが目に見えているのだが……。

それだけでなく、この店にくる客全員を一夏が捌いていると言っても過言ではないので……今の彼はまさに修羅場であった。

 

お疲れ様だな……一夏

 

まぁ~アイドルといっても過言じゃない一夏が執事服でご奉仕といったら飛びついてくるに決まっている。

そんな一夏を横目に見つつ、俺はさらに接客をこなしていた。

 

「お待たせいたしました。紅茶とケーキのセット、二つになります」

「は、はい」

「アリガトウゴザイマス」

 

俺は先ほど酔狂な事に、一夏ではなく俺に注文してきた一年(・・)女子のオーダーを運んでいた。

 

なんかカチンコチンに緊張しているが……何故? 片方の子なんて、なんか発音が明らかに変なんだが?

 

まぁそれを言い出したらそもそも何故、俺に注文をしてきたのか不思議に思うのだが。

色々と疑問に思いつつも、俺はそれを態度に出さずに執事としてしっかりと仕事をこなす。

 

「お砂糖とミルクはお入れになりますか? よろしければこちらで入れさせていただきます」

「「は、はい! よろしくお願いします!」」

「かしこまりました。それでは、失礼いたします」

 

綺麗にハモっている二人の女子に驚きつつ、それを表に出さないで俺は紅茶に砂糖とミルクを、静かにカップに入れる。

その間、一心に俺の方を見つめる女子二人。

 

……変なことしたか?

 

何度か任務で、SPのまがい物みたいな事をした際に、こういった事はたたき込まれているので問題はないと思うのだが……。

 

「それでは、失礼いたします。また何かありましたら、何なりとお申し付け下さいませ。お嬢様」

 

そう言って俺は恭しくお辞儀をし、席を離れて裏方へと回った。

 

「何かする事はありますか?」

「あ~! いいところに来てくれました門国さん! 申し訳ないんだけどもう一回外のお客さんにサービスして上げてきて! このままだと暴動が起こりそうで怖い!」

「了解しました」

 

裏に入ってそう指示を出してくれたのは隣の席の田村さんだった。

発案者ということで彼女は店の責任者という立場になっている。

 

「護、お疲れ」

 

紅茶を持って外へ出ようとした俺に、同じく裏に入ってきた一夏がそう声を掛けてきた。

手にはいま下げてきた食器を手にしている。

 

「お前が一番大変だろう一夏?」

「まぁ大変だけどさ。それにしても護、普段と違って女子と普通に接してるな? それに奉仕って言うか仕草も様になっているし……」

「制服を着ているからだろう。仕草がまともなのは執事モドキの任務があって、その時にたたき込まれただけだ」

 

没落したとはいえ、まだ一応貴族のような感覚がある……俺にはないが……ということで、高貴な人を相手にするのはもっぱら俺だった。

その際に粗相のないように、こうして給仕のことをたたき込まれたのだ。

 

「そんな任務もあるのか? っていうか制服?」

「正装というか……自衛隊ならば自衛隊服があるし、飲食店ならウェイターの服装とかがある。そう言った制服を着ていると気持ちが引き締まるからな。女性でも一応普通に接する事が出来る。それに救助活動も行う人間が、怪我人を相手に女性という事で慌てていたらどうしようもないだろう?」

 

自衛隊服、道着、スーツ、作業着等々、そう言った制服を着ているときはそれに気持がシフトするのでそこまで気が動転しない……学生服は除く……のだ。

救助活動も行う人間が、女性とはいえ怪我人に触れられないでは話にならない。

そう言った事あるので、オフでなければ俺はある程度ならばそういった事を抑制できる。

今回もスーツを着ていて執事になりきっているので、あまり気にせずに活動ができた。

 

「ふ~ん。そう言うもんか?」

「そういうものなんだよ。単純だよな我ながら」

「こら~! 油売ってないで仕事して!」

「そんな暇はないよ!」

 

男二人で談笑していると、怒られてしまった。

俺らは慌ててそれぞれの仕事へと戻った。

一夏は店の中の客の奉仕、俺は廊下の一夏待ちのお客様に対する奉仕と……男が二人と会って物珍しいのか、俺ら二人は結構忙しかった。

一通り廊下の客の相手をして、教室へと戻ってくると……。

 

「皆さん! お疲れ様です!」

「あ! ヤマチャン! やっほ~!」

「どうしたんですか? 見回り?」

「はい。見回りついでに自分のクラスのを見に来ました! 調子はどうですか?」

「もう、絶好調!」

「これは一位間違いなしだよ!」

 

山田先生が来たのか?

 

裏で仕事をしていると、店が騒がしくなって、そちらの方に目を向けると、そこには山田先生がいた。

普段通り柔和な顔をしていて、女子に囲まれていた。

相変わらず生徒と仲が……

 

「で、ヤマピー? 本音は……どっち?」

「……っ!? な、何がですか?」

「あ、今一瞬息を呑んだよ! これは何かあるね!」

「はくじょーするんだヤママヤン!」

「え、ちょ、皆さん!」

 

……慕われているようで何よりです

 

生徒に囲まれて……楽しそうにしている山田先生に心の中で合掌した。

そうしていると田村さんが出動し、山田先生に群がっていた女子達を仕事に戻した。

囲まれている間に何かされたのか……山田先生の顔がほんのり赤い。

俺はそんな山田先生に内心苦笑しつつ、ねぎらいの意味も込めて、紅茶を持って向かった。

 

「お疲れ様です、山田先生」

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、山田先生」

 

そう言って私に近寄ってきたのは、まごう事なき……先日の衣装合わせで思わず見とれてしまった、スーツ姿の門国さん、その人だった。

 

「か、門国さん!?」

 

しかも先日と違い、今日はワックスか何かで髪型がオールバックになっていて、雰囲気も違うし……すごく……かっこいい。

 

「見回りご苦労様です。よろしければ紅茶を飲んでいかれませんか?」

 

そう言って私に、空いた席を勧めてきてくれる。

本当だったら断って、仕事をしないといけないのだけれど……。

 

「あ、ありがとうございます」

 

いつもと違う雰囲気の門国さんからの申し出を断れず……私は門国さんがわざわざ引いてくれたイスに腰掛けた。

その私の目の前で、門国さんがお茶を注いでくれる。

といっても安物の紅茶でしかないのだけれど……。

 

それでも……いいですけど

 

別にそこまで銘柄にこだわっているわけではないので、私はそんな事を気にせず、門国さんが出してくれた紅茶を口にする。

すると……とてもほっとするというか……心が安らかになる味が口に広がった。

 

「……おいしい」

 

私は思わず、半ば呆然としながらその紅茶を味わった。

朝から仕事で走り回っていたので、今日初めて心からやすらげていた。

 

「それはよかった」

 

そう言ってにっこりと門国さんが笑った。

それが普段とは違って、余りにも自然に……今まで見た事もないようなとびきりの笑顔だったので、私は思わず面食らってしまった。

 

そう言えば……いつもよりも態度が柔らかい?

 

別に普段が硬いと思っているわけじゃない。

ただいつもと違ってすごく普通に接してくれているので驚いてしまった。

 

「何か……いつもと雰囲気が違いませんか?」

「そう思います? 一夏にも言われましたよ」

「一夏君もですか?」

「えぇ。まぁ種明かしをしますと……制服とかそう言った物を着ると気が引き締まるので、女性ともある程度ならば問題なく接する事が出来ます。自衛隊で仕事をしていたときも女性の救助とかありましたからね」

 

あ、そうか

 

門国さんのその言葉に、私は納得した。

こうして学園にいると門国さんがどういった人間か忘れてしまいがちだけど、門国さんはれっきとした自衛官なのだ。

ならば救助活動なんかを行っていても全く不思議じゃない。

確かに自衛隊の軍服なんかを着ていると、嫌でも自分がそう言う立場の人間だという事がわかる。

それと同じ事だと言っていた。

 

……かっこいい

 

だから……なのかな?

普段よりも普通に見えるって言うか……より格好良く見えた。

普段自分が接する年齢の高校生達。

その彼女たちよりも人生を歩んできている……さらには軍隊という厳しい場所で生活してきた門国さん。

それ故の他の子達とは違う、落ち着きとすごく決まっているそのスーツと仕草から、目が離せなかった。

 

ドクン ドクン

 

自然と心臓が高鳴り、頬も上気しているのがわかる。

周りの音も聞こえなくなってきて……本当は文化祭の仕事で忙しいはずの門国さんも、何故か私にいろいろとしてくれて……すごく嬉しかった。

けど……

 

すでに婚約者が……いるんですよね

 

更敷楯無さん。

この学園の生徒会長で、裏の名家の一つ。

元裏の名家であった門国さんとは旧知の仲。

更識さんは門国さんに甘えて、門国さんが普通の態度で接する事の出来る唯一の女の子。

 

……勝ち目なんて無いですよ

 

思わず溜息を吐いてしまう。

そんな私を……。

 

「……どうしました山田先生?」

 

執事口調とは違った、普段通りの門国さんの声音。

執事としてでなく、門国護として、門国さんが心配してくれた。

その優しさが嬉しくて……苦しくて、私は思わずいってしまった。

 

「こ、婚約者」

「?」

「こ、婚約者って言う話は本当なんですか?」

 

自らを苦しめるとわかっても……私は聞かずにはいられなかった。

これでもし……本当だと……肯定されてしまったら……。

そう思うと怖いけれど、それでも私は聞きたかった。

 

 

 

負けたくないから……

 

 

 

「あ~本当に職員室にも出回ってるんですね。そのデマ」

「……え?」

 

デマ?

 

「もう完璧に完全に誤解を解くタイミングを逃してしまったので放置しているのですが、その話はデマ……とは言い切れないですが、嘘です」

「……言い切れないってどういう事ですか?」

「確かにそう言った話を互いの父親が言った事は事実ですが、飲み会の席での冗談に近い話で、しかも私の父親が死んだので事実上なかったことになっているんです」

「ほ、本当ですか?」

「嘘を言ってどうするんですか」

 

苦笑しながら門国さんがそう笑ってくれて……。

私は自分の頬が赤くなって……喜色満面の笑みになってしまった。

思わず飛び上がりそうになってしまう。

 

「……山田先生。そろそろお仕事の戻られた方が?」

「あっ!? そ、そうですね!!!」

 

でも私は先生で今はまだ仕事中。

少しとはいえ休憩できたけれど……出来ればもっとこうしていたかった。

 

けど私は先生ですからね

 

本当に、すごく残念で仕方がなかったけど、私は門国さんに退室の旨を伝えて席を立つ。

それに一番知りたかった……本当に嬉しい事がわかったのだからこれ以上望むのは贅沢だと思う。

だから私は急いで席を立った。

いや正確には立とうとした。

 

ガタッ

 

「きゃっ」

 

少々慌てていた事もあってか、私はイスに躓いて思わずバランスを崩してしまう。

そんな私を……。

 

ボフッ

 

「大丈夫ですか? お嬢様」

 

執事になりきった……もはや執事その物と行ってもいいほどの自然体で、門国さんが私の事を受け止めてくれた。

普段なら、赤面していそうなほどの密着なのに、門国さんは編然としていて……。

それに対して私は門国さんの胸に顔を埋めてしまっているような状態なので……顔どころか体全体が熱くなってしまっていた。

そしてその慌てた私を、全くの自然体で門国さんが立たせてくれて……。

普段なら大あわてになっているはずの門国さんが、こうして私の事を普通に支えてくれる事に……顔が真っ赤になったのがわかる。

そしてそのまま思わず私は上を見てしまう。

 

「? どうしました?」

「あ……ぅ……」

 

見上げた先には、凛々しいと行ってもいいほどの表情をして、私を心配そうに見つめている門国さんがいて……。

思わず普段見えないその門国さんの顔をみつめてしまう。

そうしていると……。

 

「はい、そこまで」

 

その声と供に、私の顔と門国さんを隔てるように、私の視界に紙のような物が差し込まれた。

近すぎてピントが合わなくてよく見えないけど、シルエットで何かがわかった。

扇状に広がった扇子だ。

 

「山田先生。急ぎすぎても危ないですし、ゆっくりと立ち上がってお仕事に戻って下さいね?」

「は、はい」

 

そう言って、不気味なほど綺麗な笑顔で、私が立つのを手伝ってくれたのは……生地会長の更識楯無さんだった。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です」

「ならよかった」

「……更識」

「何? お兄ちゃん?」

「なんだその格好は?」

 

突然闖入してきたのはこの際どうでもいい。

更識のことを考えれば闖入潜入侵入乱入……そんな事など容易だろう。

だが……

 

何故ウチのクラスのメイド服を着用しているんだ?

 

それが不思議でならない。

いやまぁそれも言ってしまえば「更識だから……」で片付いてしまうのだが……。

 

「失礼な事考えてない?」

「いや。そんな事は考えていないぞ」

「ふ~ん」

 

俺に詰め寄ってくる更識に呆れながら俺はさらっと更識の姿を見てみる。

まぁ顔立ちは間違いなく美人の部類なので似合っている事は似合っている。

だが、この不遜というか……自身たっぷりなメイドはいないような気がしないでもない。

 

「それよりも山田先生。そろそろ見回りに戻らないといけないんじゃないですか?」

 

俺との会話をさっさと切り上げて、更識がまるで急かすように山田先生にそう言う。

普段ならば余りにも急かすようなその言葉に、少し言葉を挟む俺だったが……冷静に分析したい事もあったので、俺は何も言わなかった。

 

それに助かったのも事実だしな……

 

いくら制服を着て……鎧をまとっている……とはいえ、それでも限界がある。

実際、あと少しでも更識の介入が遅かったら、下手をすれば突き飛ばしてしまっていたかもしれない。

 

 

 

女性に……ふれるのが怖くて……

 

 

 

「あ、そ、そうですね」

 

それを聞いて山田先生も慌てた様子で……恥ずかしさも合ったのだろうが……俺から大急ぎで離れて教室から出て行ってしまった。

出て行ったときの山田先生の顔が真っ赤だったのは俺の見間違いではないだろう。

 

そして……その顔が喜びに満ちあふれていたのも……。

 

………………そう言う事なの……か?

 

先ほどの質問、その時の山田先生の気の沈み方、そしてそれを答えた時の山田先生の反応。

そして俺に向けてきたその表情が、どうしても今の自分の考えが妥当だと……思えてしまう。

 

「? どうしたのお兄ちゃん? 黙って」

「いや……ちょっと考え事をな……」

「…………それは私の格好のことを言う前に考える事なの?」

「ん?」

 

先ほど更識の格好に関しては言ったはずなのだが……そう言う事ではないのだろうか?

 

そう思って改めてみてみると、更識の来ているメイド服は確かにクラスの物だったが、所々が違っていた。

ベースは間違いなくクラスのメイド服だが……所々に更識なりのアクセントを加えたようでクラスのメイド服を着たものよりもさらに更識に似合っていた。

そのアクセントも多少しかないはずなのにまるで『メイド服に似せた別の服』と思えてしまう。

まぁ更識という素材が言い女の子が着ているのが大きいのだろうが。

 

「うまい具合にメイド服を改造したな。しかも不自然さが無い」

「……わざと言ってる?」

 

………………あぁそう言う事か

 

確かに失念していた。

メイド服で登場したというのに驚き、さらに自意識過剰とも取れる推理を行っていたので、すっかり忘れていた。

俺は一度咳払いをして再度更識へと目を向ける。

 

「よく似合ってるぞ」

「うふ♪ そうかな?」

「あぁ。あんまりメイドって感じがしないな」

「褒めてるの?」

「お前らしいと言ってるんだ」

 

この言葉に嘘はなかった。

生来の性格から言って更識がメイドというのは余りにも似合わない。

生徒会長という役柄状もあるだろうが、こいつは自ら動くないし、人を引っ張っていくタイプの人間だ。

偏見かもしれないが、人からの命令を受けて働くメイドというのは、更識には似合わない。

 

「でも……私」

「ん?」

「お兄ちゃんのメイドさんにならなってもいいかな?♪」

「……また冗談を」

「む~。本気で言ってるのに」

 

冗談にしか聞こえず、さらにうすら怖い事を言う更識に俺は苦笑を禁じ得なかった。

こいつがメイドになろうものなら、何もかも振り回されそうな気がしてならない……。

いつの間にか主従の立場が逆転していそうだ……。

 

そんな状況はごめんだ……

 

そしてそんな状況でもなんだかんだで許容してしまいそうな自分がいた……。

 

「それで、何を考えていたの?」

「…………普通聞くか?」

「だって、小難しそうに考えてたんだもん。悩み事?」

「…………いや」

 

この考えを悩み事、というのは失礼に値する事はわかっていた。

だがそれでも、俺にはどうしたらいいかわからなかった。

 

 

 

女性という物が、どういった存在なのか……わからないから……

 

 

 

だからだろうか……普段ならば絶対に相談しそうにない事を、更識に言ってしまったのは。

 

「……山田先生のあの仕草は……。その自意識過剰かもしれないが……俺の事を特別な目で見ていると思っても……いいのだろうか?」

「…………」

 

そうとしか思えない……とまでは言わないが……確信に近い気がした。

婚約者の事を確認してきたときのあの悲しそうな表情も、それがデマだと知ったときのあの嬉しそうな表情。

それもただ嬉しそうと言うだけでなく、とびきりの笑顔で……

 

そして……

 

腕の中で真っ赤になったけど、隠しているつもりだったのかもしれないが……喜んでいた。

普段というか山田先生の性格上、男性の腕の中に入ってしまったら慌てて離れていきそうな物……実際、以前に階段で転げ落ちそうになった山田先生を救助して、驚いてから冷静に戻った山田先生は大あわてで俺から離れた……だが。

 

それをいうなら俺も突き飛ばしそうになるのを必死にこらえていたんだがな……

 

まぁその後大あわてで離れてしまった反動で、滑って転びそうになったが……。

 

「これを聞くのはなんかもしれないが……どうおも――ってなんだその表情は?」

「……別に」

 

一人であ~でもないこ~でもないと考えて更識の方を見てみると……なんかものすごく憮然とした表情をしている更識がいた。

 

「……私のは気づかないのに」

「? 何か言ったか?」

「何でもないよ」

 

? 何なんだ?

 

「ところでお兄ちゃん。お願いがあるんだけど……いいよね?」

 

その言葉は疑問系で合ったにも関わらず、凄まじいほどの威圧感を伴っており……更識の願いを聞き入れる事しかできないと思ってしまうほどに……強制力の籠もった言葉だった。

 

「……なんだ?」

 

だから俺は、更識の言葉に逆らわずに更識の指示を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

はぁ~。嫌になっちゃうなぁもう

 

私のお願いを聞いて、お兄ちゃんが私の指示に従って、移動を開始した。

その間のお兄ちゃんのお仕事は私が受け持つのだけれど……表では笑顔を振る舞いつつ、私は心の中で溜め息を吐いていた。

 

ある程度はわかってたし、おじさまの話で少しは事情もわかったけど……こうも予想通りになるなんてね

 

さっきのお兄ちゃんの発言を思い出し、私は心の底から溜め息を吐いた。

お兄ちゃんは確かに女心をそこまで理解している訳じゃないし、女の子の事をあまりわかっていないけどもバカじゃない。

あそこまで露骨な行為を向けられて気づかないほど、鈍感でもない。

まぁその好きという行為がどれほど純粋かにもよるかもしれないけども。

 

好意(・・)は気づく……ねぇ

 

思わず私は苦笑してしまう。

それをうっかり表に出してしまって、私が接客していた子達が?マークを浮かべてしまうけど、私は何でもないといってその子達の元を離れた。

突然の出入りでクラスの子達が驚いていたけど、それでも人手不足から歓迎されていた。そうして仕事をしつつ、お兄ちゃんの困った欠点について考えてる。

 

 

 

あいつは……愛情というのを知らないんだ

 

 

 

あの日のおじさんの言葉。

確かにその言葉とお兄ちゃんの生い立ちを鑑みればわからないでもなかった。

父親は早くに死んでしまい、母親は病弱でろくに子育てが出来ない。

お兄ちゃんの子育てをしたのは母親……おじさんの妹であるおばさまの付き人がしたのだけれど、その人はあくまでも武皇家の従者だったという事……。

 

 

 

そして従者という以上に……おばさまのことを愛していた人間だった……

 

 

 

そう考えると……お兄ちゃんも不憫だね……

 

愛を知らぬが故に、それに気づかない、気づけない……。

そんな欠点を抱えて出来てしまった一人の青年。

 

 

 

だから私の愛情には気づかない……

 

 

 

ものすごく複雑な気分だったけど……私のこの気持ちが「恋」ではなく「愛」だとわかって、私は不謹慎というか……複雑ながらも嬉しかった。

 

さて……お兄ちゃんも配置についたみたいだし、私もそろそろ行動しようかな

 

配置についたというメールが来たので、私も行動を……織斑君を拉致する。

 

「お・り・む・ら・く~ん!」

 

 

 

 


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