IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣   作:刀馬鹿

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衣装合わせ

「知り合いじゃなくて婚約者だよ♪★」

「え?」

「「「「「え?」」」」」

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 

その言葉に、一夏たちだけでなく食堂にいた他の女子達も驚きの声を上げた。

俺は最後の最後で詰めを見誤った己の不覚さを……激しく呪った。

 

 

 

翌日

 

「聞いた!? あの話!」

「聞いたよもちろん! 門国さんと生徒会長が婚約者だって話でしょ!?」

「そんな!? 私たちのお姉様が!!!」

「確かにそうだけど……でもなんか二人ってただならぬ関係っぽいよね?」

「だね。門国さんが織斑君以外で、普通に話してるところ初めて見たし」

「生徒会長もなんかすごくなついてるって言うか……甘えてる感じするし」

 

………………い、いづらい……

 

噂は千里を走ると言うが……翌日の朝には、昨夜の更識の婚約者発言は学校中の噂となっていた。

そして当事者の一人である俺は注目されるのは至極当然の話で……。

しかし話が話だからか……俺に問いかけようとする子は少なかった。

 

……困った子だ

 

俺は昨夜に婚約者と公言した、更識に対して心の中で溜め息を吐いた。

ちなみに、更識……六花が言った事に嘘はない。

確かに俺、門国護と、更識六花(・・)との間で婚約が交わされた事は嘘ではない。

しかしその正体は、酒の席で互いの父親が酔っぱらって呑んでいたときに冗談で言い出した事であり、正式な婚約ではない。

しかもその後、俺の父が死んだ事によって完璧に白紙になったといってもいいはずなのだが……。

 

何故今更そんな事を?

 

と少し不思議に思ったが、それでも相手が更識だと言う事で直ぐに結論が出た。

 

場を面白おかしくしたかったから……だろうな

 

ほぼこれで間違いないだろう。

元凶である更識は、あの後も手を離そうともせず俺の腕に抱きついて……食事が終わったらさすがに離してくれたが……いた。

その時場が……というか辺り一帯が大騒ぎになっていたので、なんか奇妙な恐怖を感じたので、俺はその場で声を上げる事もせず、また訂正もせずに部屋に帰還した。

今の状況を鑑みれば……言った方が良かったのかもしれないが、しかしあの時は真面目に女子達が異様なほど興奮していたので、声を上げる事が出来なかったのだ……。

 

女って……怖い……

 

とそんな益体もない事を思っていると……。

 

「おはよう~」

「あ、織斑君おはよ!」

「ね~ね~。会長と門国さんの婚約話って本当なの?」

「え? いやどうだろう? 昨日部屋に戻ってたらもう護寝てたから、聞くに聞けなくってさ」

 

教室の前のドアを開けて、一夏が登校してきた。

そして俺と同性の友人、またルームメイトという事でさっそく女子達が一夏の元へと群がっていく。

さすがに慣れているのか、特に慌てずに冷静に応えている。

 

……さすが一夏。順応性は伊達じゃないな!

 

いつもなら俺にも挨拶をしに来てくれるのだが、今日は気を遣っているのか、俺に声を掛けてこなかった。

 

「何を騒いでいる! もうHRが始まる時間だ! 席に着け!」

 

そうして女子達が俺の噂でキャーキャー言っていると、我らが教官、織斑千冬様がクラスへと入ってくる。

そしてその瞬間には皆が一斉にさっと、自席へと向かっていた。

 

「まったく……おい門国」

「はっ!」

 

普段ならば直ぐにHRに入るというのに、今朝に限って俺に声を掛けてくる教官。

俺は即応し、つい癖で敬礼をしながら立ち上がった。

 

「まったく。職員室でも貴様の噂で持ちきりだぞ。少しは自重してくれ。こうしてバカ共を手なずけるのも大変なのだぞ?」

「はっ! 申し訳ありません!」

 

職員室でもっすか!?

 

その事実に思わず膝から崩れ落ちそうになるのを、俺はどうにかこらえた。

そして直ぐに教官に着席を促されて……そのまま俺は頭を抱えた。

 

む、無駄に話が広がっている……

 

噂千里を走る。

というか距離は短いのでその分恐ろしいほどの速度で話が出回っている気がする。

光速のような速さである。

 

……どうしたものか

 

ここまで広がってしまったこの話を、どうやって収集つけるべきか……朝のHRはそればかり考えていて、ちっとも頭に入ってこなかった。

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

「む、これで午前の授業は終わりか。昼はきちんと食べて頭に栄養を回しておくように。では午前の授業を終える」

 

無事に午前の授業が終了し、教官が持っていた教科書類をまとめて、教室から出て言った。

その瞬間に……目線が俺に集中した……。

錯覚であってほしかったが……なんか女子たちの目が爛々と輝いて見えるのは……。

 

俺の気のせいではないと思う……

 

「「「門国さん!!!!」」」

「はい!?」

 

予想通りというのか……教官の姿が見えなくなった瞬間に、教室中の女子達が一斉に動き出し、俺の方へと向かってくる。

大半の女子が好奇心というか……そういう感情なのだが……一部目が血走っている気がするのは俺の気のせいだろうか?

 

「お昼一緒に行かない!」

「織斑君も一緒に行くから! 怖くないよ!」

「!? 俺もかよ!?」

 

何故かとばっちりというか飛び火した一夏が悲鳴を上げた。

どうやら一夏も聞いていなかったようだ。

そしてその反応を女子達が不満げに反応した。

 

「たまには私たちとも一緒に行こうよ!」

「そうだそうだ! 専用機持ち組で固まられたら入りにくいじゃない!」

 

そんな感じで、普段ご一緒しない女子達が異様な連係プレーを発揮して……。

一夏の方もあっという間に囲まれて……俺もあわせて仲良く食堂まで連行されそうになったその時……。

 

「お邪魔します」

 

そう言って優雅というか……静かに入ってきたのは、更識だった。

その手には、なにやら重箱五段が入っていそうな包みを持っており……しかもそれが両手に一つずつで×2。

 

「たまには教室で食べましょ。きっと楽しいわよ。それに特別メニュー作ってきたから」

 

突然闖入してきた生徒会長に呆気にとられていると、それには目もくれずに更識はてきぱきとイスと机を用意した。

俺と一夏だけでなく、他の女子達にも声を掛けてあっという間に二桁近い人数が集まり、イスに腰掛けた。

 

「いったいどうしたんだ?」

 

突然、何の前触れも為しにやってきて俺も当然驚いているので、更識に声を掛けてみる。

 

「ん? お弁当作ったから。二人のために特別に」

「二人……ですか?」

「そうだよ織斑君。まぁ他の子達も食べて欲しかったから多めに作ったんだけど」

 

そう言いながら包みの中に入っていた皿は箸を並べて、その重箱の蓋を開けると……。

 

「うわ、超豪華……」

 

誰かが思わずといった感じにそう呟いていた。

そう、中身は伊勢エビ、ホタテ、なんか高そうな牛のたたき、鶏肉とゴボウとにんじんの和え物といった……見るからにそこらのスーパーではお目にかかれないような、最高級の素材を使っているのが見るだけでわかった。

 

「これ、どうやって作ったんですか?」

「ん? 早起きしてよ?」

「いや、そう言う意味じゃなくて」

 

女子の疑問に答えるが、その言葉は女子の期待していた返事ではなかった。

こいつは昔から何でも……大概の事は努力すればどうにか出来る何でも出来る天才の人間だ。

そのために他の人間も頑張れば出来ると思っている節が無くもない。

まぁ実際、こいつは努力の人間なので、出来ても不思議ではないが……。

 

「門国さん」

「……あ?」

「はい、あーん♪」

 

腕を組んで昔の事を反芻していると、更識が声を掛けてきてそれに反応すると、開かれていた口に料理を入れられた。

それはレンコンで牛の挽肉を挟んで焼いた料理で……しっかりと味付けされた牛肉に、レンコンの、サクサクっとした食感が舌に楽しい一品だった。

 

「どう? おいしい?」

「ふむ。……料理うまくなったな」

 

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!」」」」」

 

「うぉっ」

 

突然の怒号に、俺は思わず身体をびくつかせてしまった。

 

「う、噂は本当だった!?」

「門国さんと会長は……本当に婚約者!?」

「死んだ! 私たちの希望という名の神は死んだ!?」

「会長ずるい! 完璧超人で美人でしかも彼氏を飛び越して婚約者持ちなんてずるい!」

「天は二物を与えずなんて、所詮は持たない物の言い訳なの!?」

「うふふ。そんなことないわよ。まぁでも婚約者として、女を磨かないとね☆」

 

そう言って嬉しそうにほほ笑む更敷。

それを周りの女子が羨望のまなざしで見つめていた。

 

おいおい、すごい話になってるぞ

 

あまりに話が飛躍しすぎていて、俺はもう頭を抱えるしかない。

先ほどは突然すぎて思わず料理の感想を言ってしまったが、それも良くなかったかもしれない。

 

やれやれ……さすがにここらで本当の事を言った方がいいだろう。

 

そう思い、婚約者の話は誤解なのだと……そう口を開こうとしたその瞬間……。

 

「ところで……そう言えばこのクラスの文化祭の出し物って……執事喫茶だったよね?」

 

まるで俺が口を開くタイミングを、そして俺が何を言おうとしているのか完全に読んでいたかのように……更識が口を開いた。

そしてその話題は女子達が目下相当楽しみにしているイベントであり……話題を変えているのが丸わかりだったが、それに女子たちは喰いついた。

 

「そう! そうなのですよ! 一夏君と門国さんのダブル執事喫茶!」

「私他のクラスの友達にこのこと話したら心底悔しそうにしていました! もう、ほんと~~~~~に楽しみなんですよ!」

「うふふ。言い着眼点してるね。誰の発想?」

「はい! 私です!」

 

そう言ってビシッ! と右手を勢いよく挙げる、俺の隣の席の田村さん。

ものすごくうきうきしていて……随分と楽しみにしている事が伺えた。

 

「ナイスだね田村さん。おねえさんが褒めて上げよう♪」

「あ、ありがとうございます!」

 

内ポケットから取り出した扇子をパッと開いて、更識が楽しそうにそう口にし、その冗談に乗って田村さんがへんてこな敬礼をしながらそれに応える。

ちなみに本日の達筆は『愉快痛快』だった。

 

……何種類あるんだ?

 

「衣装とか決まってるの?」

「もうばっちりです! 演劇部の子が昨晩必死に縫ってくれたのでもう執事服だけはできあがっているんです!」

 

そう言う田村さんが、朝から休み時間はほとんど机に突っ伏して寝ている、演劇部の子の方に目を向ける。

その視線に気づいてか、演劇部の……だれさんだったか覚えてない……人が、机に突っ伏しながらも右手を上げてビシッ! と華麗にサムズアップをして応えていた。

 

……タイミングを逸した

 

そんな風にキャイキャイと、女子達がものすごい勢いで盛り上がるものだから、俺は婚約者発言を撤回できる雰囲気ではなくなってしまった。

 

……逸したのではなく外されたのか?

 

クラスの女子と楽しそうにおしゃべりをする更識へと、俺はさりげなく目を向ける。

その横顔は、いつものように笑顔を浮かべていて……残念ながらその内面を読み取る事は出来なかった。

 

……俺のためにか?

 

婚約者という事を公言しておけば、あまり女子達が近寄ってこなくなるという事を見越しての行動なのだろうか?

生徒会に入る以外にも何かしらしてくれるつもりだったのかは謎だが……あり得なくもな……

 

「ちなみに、衣装合わせってするの?」

「はい! 本日の六時間目のLHR(ロングホームルーム)で行う予定です!」

「その時新聞部の薫子ちゃん呼んでいい? こう……ゴニョゴニョゴニョとかどう?」

「か!? 会長!? もう最高のシチュエーションですね! て、天才だ!」

「他にも、ゴニョゴニョゴニョ……とか」

「「「「キャァァァァァ!」」」」

 

……あり得なくもない……………………かな?

 

女子達の反応を鑑みるに、ろくでもない事を言っている事だけは確かだろう。

しかもさすが更識。

俺がある程度の読唇術と、聴覚が強化されているとわかっているので、俺に極力聞かれないように、体ごと俺に背を向けて話している。

そんな状況で話をしているのに、聞くわけにもいかず……俺は女子達の黄色い声を聞きながら茶をすする。

 

「…………すごい事になってるな、護」

「……奇遇だな。俺もそう思っている」

 

もはや蚊帳の外と言っても過言でない子の状況で……俺たち二人は、子の後に控えたLHRで何をさせられるのか……想像する事しかできなかった。

 

 

 

「ではこの時間は文化祭の話し合いの時間とする。すまない山田君。この後来客を出迎えなければいけないのでこの時間は任せたぞ」

「はいわかっています。お任せ下さい!」

 

六時間目の始め、そう言って山田先生に全てを託して、織斑教官は教室から出て行った。

そしてその瞬間に……女子達が狩人へと変身した!

 

「「「「「織斑君! 門国さん!」」」」」

「「は、はい!」」

 

一部を除くクラス全員の女子達に詰め寄られて、俺たち男二人組は直立不動で返事をする。

あまりにも禍々しいオーラを全身に漂わせ、一部は目が血走っている女子達もいるから抵抗なんぞ出来ようもなかった。

 

「「「「衣装が出来たので試着して!」」」」

「イエッサー!」

「イエスマム!」

 

男二人それぞれに返事をして……いつの間にか用意されていた携帯用試着室? 男二人で入っていった。

何故試着室が用意されたのかというと……。

 

「「「「は、恥ずかしいし……やっぱりサプライズ的に見たいし!」」」」

 

らしい……わ、わけがわからん

 

「なんかすごい事になってるなぁ……」

「あぁそうだな……。っていうかなぜわざわざ教室でこんな物用意してまで着替えるんだろうな? 更衣室で良くないか? しかもカーテンまで閉めてるし……」

「俺もわからないが……女子っていう生き物が何を考えているのか、俺にはよくわからんよ」

「……そうだな」

「……お前はもう少しわかるように努力した方がいいぞ?」

「? なんでだ?」

「……夜道に気をつけてな。後ろから誰かに刺されないように」

「???」

 

 

更衣室でむさ苦しくも、男二人で入った俺と一夏は、ぼそぼそと、外の女子に聞こえないように小声で話していた。

すると何故か……

 

ガタン!

 

「アミ! しっかりして! まだ倒れてはだめ!」

「だ、だめだわ。二人で更衣室に入って小声で会話なんて……も、妄想するしかないじゃない!」

「は~、は~、は~、は~(シャカシャカシャカシャカ!!!!! カキカキカキカキ!)」

「な、なんて言うペン速度! さすが漫研の期待の星!」

「新刊でたらまた買うからよろしくね! 今回はどっちが受け!?」

「……門国さんのへたれ受け」

「あ、あえてへたれ!? だがそこがいい!」

「も、もう皆さん! この時間は一応授業ですよ! あんまり騒がないで下さい!」

 

ガラッ!

 

「毎度ありがとうございます! 新聞部の黛薫子で~す! 織斑君と門国さんの執事姿の撮影に来ました!」

 

…………………………外の会話が純粋に怖いです……何を言っているのでしょうか……

 

男二人でげんなりとしながら……俺と一夏は執事服へと着替える。

途中慣れない衣装に四苦八苦しながらも、何とか着終え、最後にネクタイを絞めようとした。

 

「出来たかな?」

 

俺がネクタイを締め終える前に、一夏が着替え終えてそんな声を上げた……。

その瞬間……

 

ピタッ バババババ! スチャスチャスチャ ゴソゴソゴソゴソガチャン!

 

「「「「………………」」」」

 

女子達の喧噪が一瞬でやみ……なんか凄まじい音が教室に響いた。

 

というよりも、最後の異様な音……何を構えた? 何を?

 

「「…………」」

 

一瞬で静まりかえり、あげく待ちかまえられて、男二人は固まった。

しかし外の空気が脱走する事を許してくれるオーラではなく……。

 

「……さきでてるな」

「あぁ。わかっ……」

 

わかったと言い終える前に、一夏が自分で絞めた紐ネクタイが間違った結び方をされている事に気づく。

しかしそれを訂正し終える前に、一夏は先に更衣室から出て行き……

 

「こんな感じだけど……大丈夫なのか?」

 

「「「「キャァァァァァ!!!!!」」」」

 

「うおっ!」

 

予想された女子達からの黄色い声に、俺は耳を塞いだ。

 

「お、おぉぉぉぉお、おり、おりむ……」

「しっかりして! ろれつが回ってないわよ!」

「いい! 織斑君の執事姿すっごい、いいよ!」

 

バシャバシャバシャバシャ! ピロリロピロリンピロポロリン

 

黄色い声が聞こえた後、直ぐ様に凄まじいまでのフラッシュと供に、カメラのシャッター音が一斉に鳴り響いた。

カーテン越しでさえの光景を容易に想像できて、俺は心の中で溜め息を吐く事しかできなかった。

俺はネクタイを結び、終えてスーツに異常がないかを確認し、外に出た。

 

シャッ!

 

「お! もう一人の執事! 門国さんとう……じょ……」

 

女子の一人、以前クラス対抗戦で司会を担当した黛薫子さんがそう口にするが……それが徐々にしぼんでいき、そして動きを止めた……。

 

「「「「「………………」」」」」

 

む、無反応? なにか盛大に着方を間違えたか?

 

以前にもきたことがあるから問題がないはずなのだが。

一夏の時と違って、何の反応もしない事に俺は頭でハテナマークを浮かべる事しかできない。

 

「お、護かっこいいな。俺のはなんかいかにも執事っぽい感じの服だけど、護のやつみたく普通のスーツっぽく見えるのもいいな」

 

一夏が空気を読まず、俺の姿を見てそう口にした。

ちなみに余談だが、俺の服装は普通のスーツのような執事服で、一夏のはまさに執事服という燕尾服仕様である。

 

「そうか? よくわからないが……あ、一夏ちょっとこい」

「? どうした?」

 

何故か静まりかえった教室で、俺はその事を疑問に思いつつも、先に先ほどの問題点を解決する事を優先した。

一夏を手招きして、紐ネクタイをきちんとした結び方に直して上げる。

 

「まったく、子供じゃないんだからきちんと服を着ろ」

「わ、悪い……結び方がわからなくって」

 

手招きして俺が一夏のネクタイをきちんとした結びに治す。

その瞬間……。

 

カシャ

 

一枚のフラッシュがたかれ……俺と一夏を一瞬まぶしく照らした……。

 

バッ!

 

そのフラッシュに、一同の視線が集中した……。

その先にいたのは……

 

「ふ………………ふふふふふふふふふふふ」

 

手にしたそれはもうごっつい一眼レフ……推定値段……十万以上を構えている、黛薫子さんの姿が……。

 

「撮った…………撮ったわ! 私は撮ったわ!!!!」

 

そして、そのカメラを高々と掲げ……高らかにそう宣言した。

 

「「「「「「ナニィィィィ!!!!????」」」」」」

 

そしてその一言に、クラスの女子が一斉に反応した。

 

「ほ、本当に撮れたんですか!?」

「新聞部でも指折りの私の撮影スキルを舐めないで欲しいわね!」

「そ、そのカメラデジカメですか!? で、データを!?」

「残念! 今回はたっちゃん……生徒会長の依頼でフィルムカメラだから、この一眼レフはフィルムカメラよ!」

「焼き増しを!!!!! 焼き増ししてください!!!!!」

 

ただ一人……俺たちの何かを撮れたという少女……黛薫子を中心にして、周りの女子達が、ものすごい勢いで騒ぎ出した……。

どんな事が起こっているのかわからないが……とりあえずデットヒートしているのだけは理解できた。

 

「護……」

「何だ一夏……」

 

そんな中置いてけぼりの俺と一夏。

黄色い声が木霊するこの教室で……何故か互いのか細いとも言える声ははっきりと聞く事ができた。

 

「……俺、やっぱり女の子を理解するのってきっついわ」

「…………そうだな……前言を撤回する」

 

半ば途方に暮れながら、俺はそう返した。

 

ちなみに、着替えようとしたらそれをクラス一丸になって拒否され、挙げ句の果てに様々なポーズを撮られ、さらにはいくつかの女子からのリクエストで、何故か俺と一夏が抱き合っているような写真まで撮影が行われた。

しかも黛さんが持ってきていた簡易撮影用機材を用いての本格作業でだ……。

そしてそれを止めるはずの山田先生は……。

 

「そ、その…………先生も写真の焼き回しをお願いしたいんですけど……」

「わかってます! 山田先生! もう最高画質、そして最高の物をお届けする事をお約束します!」

 

興奮冷めやらぬ…………というかさらにヒートアップしていく黛さんにクラスの女子達。

その黛さんに唯一の援軍であるはずの山田先生は何故か終始、頬を赤らめながら俺たちを見つめていて……一向に止める気配が無い。

俺と一夏は最後の望みとして、一夏ハーレム軍団の四人にアイコンタクトを送るのだが……。

 

「……ば、ばかばかしいな! 男がこのような格好をするなど!」

「でも篠ノ之さん。そう言う割には目を離さないし、とめないよね?」

「そ……それは……い、一夏が変な事をしないように見張っているだけで!!」

「そ、そうですわ! 私たちは一夏さんと門国さんの言動を見張っているのです! と、ところで話は変わりますけど……写真の焼き増し私にもお願いしたいのですけど……」

「あ! ずるいよセシリア! そ、その……僕の分もお願いしたいなぁ……」

「嫁の写真を撮るなら私に許可を取って欲しかったが……まぁ許そう。そ、その代わり……わ、私のも頼む……」

「…………私も、お願いします」

「あっはっは。みんな素直だね! 了解! 期待してて!」

 

だめだこいつら! 速く何とかしないと!!!!!

 

唯一と思われた援軍も、すでに買収されていた……。

断ろうにも全員の目が血走っており、しかもドアと窓、それぞれにすでに門番がいて逃げ出せるような雰囲気でもなく……。

 

「ちなみに門国さん」

「はい?」

 

男二人で頭を痛めていると、他の興奮しまくっている女子を置いておいて、黛薫子さんが俺に話しかけてきた。

そしてポケットから何か紙のような物を渡してくる。

 

「これは?」

「たっちゃんから門国さんに渡してって言われたもの」

 

笑顔でそんな不吉な言葉と供に、呪われた札を手渡される。

俺はそれをおそるおそる開く。

するとそこには……

 

 

『本日放課後、生徒会室に来るように。雑務をこなしていただきます

生徒会長 更識楯無

 

 

P.S. 自己紹介考えておいてね♪ 後、来なかった場合……私が泣いちゃうぞ☆』

 

 

と、生徒会出頭命令が記されていた。

 

ジーザス……

 

不吉な事しか書かれていない、その内容に俺は頭を抱えた。

 

自己紹介とか……何させるつもりだよ。しかも泣くとか……

 

もうその二つだけでどうなるかわかったものじゃない。

しかも目の前の魑魅魍魎というか……地獄絵図。

 

もう……いや……

 

………………そしてこの日、最終防波堤の教官もいなかったために、この苦痛にも似た時間は六時間目一杯まで繰り広げられる。

さらに余談だが……後日、この写真を巡ってオークションが開かれ……法外とも言える値段で取引されていた現場を、悪鬼となった教官が押さえて一悶着あった……とかなかったとか……。

しかしこれは現時点ではまだ先の話であり、俺と一夏は知る由もなかった。

 

 

 

そろそろ六時間目が終わる頃か……

 

私は来賓を出迎えるためにLHRを抜けだし、応接の準備を整えて、来賓用の出入り口当辺りで待機していた。

本日六時限始め辺りに来るはずだった来賓が未だに来ていなかった。

少し前に遅れるという連絡があり、そろそろ来る事合いだった。

そう思っていると、来賓用の門に黒塗りの車がやってきて、警備員の詰め所に何かを着き出していた。

おそらく来賓の証明書だろう。

それを見せ終えて、こちらにやってくる黒塗りの車。

私はそれが門に来たときから姿勢正しく起立しており、そしてそれがその私の目の前に止まった。

 

ガチャ

 

後部座席から音を立ててドアが開かれ、中の人物が日の下に出てくる。

私はその人物を見つめ、口を開いた。

 

「お待ちしておりました」

「織斑先生。わざわざの出迎え、誠に恐縮です……」

 

私の挨拶に、丁寧に感じる仕草で、その人物は頭を下げた。

白髪の入り交じった髪。

顔は不作法や不快感を与えない程度に整えられているが……そのほとんどが素の顔だというのがわかるほどに年月の流れを色濃く映し出していた。

しかしそれとは裏腹に、その体躯とその身を纏う雰囲気は以前見たときから全く衰えていなかった。

 

「……お久しぶりです、武皇(たけのう)陸将」

「それは私も同じですよ。織斑先生。お元気そうで何よりです」

 

現在の自衛隊……陸、海、空の全てを、事実上束ねているその人は、私にそう気さくに笑いかけてくれた。

 


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