「説明を要求する」
「? 何の?」
「今朝、全校集会で言っていた俺を生徒会に入れる事についてだ!! 他にももろもろ!!!」
思わず声を荒げる俺だが、目の前にいる更識は平然としており、いつも通りの悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
場所生徒会室。
時間は放課後の一夏との決闘後。
なんでか知らないが、放課後に一夏が、文化祭での出し物の提案書を教官に提出しに行って、帰ってきたと思ったらこの、俺の目の前にいる女の子、更敷楯無に連れられて帰ってきたと思ったらそのままアリーナに直行。
そして試合を終えて、今俺はこうしてここにいた。
ちなみに対戦相手である一夏は、意識を失ったために現在は保健室にいる。
「全校集会でいったことって……そのままだよ? 生徒会の雑務として入っていただきます」
「だから理由をだな……」
「織斑君との会話を聞いてたでしょ? それならすでに門国さんはわかってると思ったんだけど……」
「ぐっ」
確かに、すでに事情が半ばわかっていた俺は口を紡ぐことしかできなかった。
一夏もそうだが、なぜ俺を生徒会に入れようとするのかというと、試合前に更敷と一夏が話していた内容の『部活動から苦情の対処』が全てを物語っていた。
生徒である一夏がいつまでたっても部活に入ろうとしない。
一夏としては、ISの訓練もあるし、部活の全てが女子のみの構成となっているので、どこにも入ることができないのだろう。
だが、一夏ではなく、女子たちの視点で考えれば、自分たちの部活に入ってくれれば、アイドルとも言える一夏を部活で独占することができるのだ。
そうなればどこの部も自分の部活動に入ってほしいと思うのは必然だろう。
それに対処したのが、一夏強制入部の話なのだろう。
純粋なる勝負での決着ならば、少なくとも今以上に苦情が来ることはないだろうから。
そして……。
「そしてその案を採用すると、もう一人の男である、門国さんを放置しているのもおかしいからついでに門国さんは生徒会に入れる事にしました」
「……人の心を読むな」
「あはっ。だってわかりやすい表情してるんだもん」
からからと笑いながら、更識は口元を扇子で隠した。
扇子から除いているその目は、なんか他にも怪しい事を考えてる目をしていて……。
「……何を企んでいる?」
「ん? 大丈夫だよ? 門国さんに直接被害はないし」
「直接ってどういう意味だ!? 何を企んでいる?」
「失礼だなぁ……私はそんなに信用ない?」
「……お前のその悪戯精神に関してだけはな」
ここでどんなに言葉で詰め寄っても、こいつはさらりとかわすのだろう。
それに今から行動を起こすとなると、一番仕掛けを施しやすいのは間違いなく文化祭でだ。
そうなると、文化祭に罠(企み)があるとわかっていればそう怖いものでもない。
「失礼な事考えてない?」
「……いや」
「もう、失礼だなぁ。一応女の子が苦手な門国さんの事
「? どういう事だ?」
「もしも部活に入ってって言われたら……どこに行くの?」
う゛っ……
その更識の言葉に、俺は固まった……。
そうか、そう言う事もあり得なくもないのか……
今まで全く考えに入れていなかったが、俺が部活に誘われる可能性もありえなくはないのだ。
まぁ可能性としては限りなく低いだろうがそれでもありえないとは言い切れない。
そしてもしもその状況に陥ったら……、俺は教官に戦いを挑んで果てる事になってでもこの学園を退学するように行動を起こすかもしれない。
「……理解できた?」
「アリガトウゴザイマス」
実ににこやかに、もう能面のように怖い笑みですごんでくる妹のような存在に、俺は渋々頭を下げた。
やり口が強引だし、事前に話してはくれなかったが、こいつは俺のためにちゃんと行動を起こしてくれたのだ。
……それは素直に感謝しないといけないな
しかし恥ずかしいので面と向かって言う勇気もなかった。
「それに関しては理解した」
「それ?」
「俺を生徒会に入れるという事に関してはだ」
「? 他には?」
「何故俺が放課後に一夏と決闘をするような状況にしたんだ?」
そう、それが不思議だった。
どうしてわざわざ俺と一夏を戦わせるような事をしたのか?
さらにはその内容というか、決闘を行うという事を何故リークしたのか?
いやリークなんて大層なものでもないが、それでもなぜわざわざ観客を呼び集めたのか?
「それなら簡単だよ。門国さんの実力を示しておこうと思って」
「? 俺の実力を?」
「うんそう。後は打鉄からラファールに変わっていたから少しでも実戦経験を積ませた方がいいと思ったからね」
「……装甲が変わったばかりでまだなじんでいない俺にか?」
その心遣いはありがたかったが、それでも守鉄は装甲が変わったばかりで、しかもその変わってからの初運転だったのだ。
慣熟訓練も全く行っていないのに、奇跡的に何の問題も起きなかったが、それでもどんな齟齬が生じてもおかしくはなかった。
「そこら辺は門国さんがどうとでもすると思って」
「おいおいおいおい。その程度の理由かよ……」
「だって信じてるもの」
「……何をだ?」
そこだけはまじめな表情で言った更識の変貌ぶりに少し意表を喰らって、俺は一瞬口ごもった。
そんな俺に……。
「お兄ちゃんが、誰にも負けないって……」
そんな言葉が……帰ってきた。
「……」
それに対して俺は何も言えなかった。
先ほどまでのふざけた感じは一切なかった。
だがそれは一瞬でなりを潜めて、笑顔になると……。
「それにしても見事だったね。さすが守る事に特化した家系で戦国さえも生き抜いた門国家。古式空手の
…………ほう……
再度の切り替わり方に驚きつつも、俺はあの土埃の舞う中での攻防を完璧に見抜いた、目の前の女の子に感心した。
さすが対暗部用暗部という裏の実行部隊の家の当主を襲名した人物。
生半可な実力ではないという事だろう。
「本来は……戦国時代なんかでは『徹し』ではなく、白刃流しから逆手に持った
古式空手の白刃流し。
これは要するに、攻防一体の技で、手を内側にねじりきってそれを回転させて腕を外側、つまりは普段の腕の状態に戻す事で敵が振り下ろしてきた白刃、つまりは剣などの武器を流し、そのまま勢いを乗せて拳で相手を殴るというものである。
空手は素手で真剣を持った相手を相手にする武術。
要するに刀を相手に、「払って」「拳で突く」では遅いので、腕一本でその二つを同時に行うという技だ。
一撃必殺の武士の剣術に素手で挑んだ、古式空手の神髄の技の一つである。
次に俺が一夏を一撃で昏倒させた技『徹し』
これは骨法と呼ばれる武術の技で、相撲や忍術と同じ源流を持つと言われており、日本最古の拳法とも言われている(諸説あり)。
骨法の骨とは物事の本質を意味し、古来日本の考え方、物事の
今でこそ『コツ』というとちょっとした小手先のテクニックと解釈されがちだが、古来日本ではそう呼んでいた。
その骨の集合体であるのが骨法と言う武術。
そしてその武術の技の一つ『徹し』は簡単な話で、一夏の顎に添えた手に、自分の全ての力を乗せてそれを突き込んだ技だ。
これは脳を揺さぶる特殊な掌法だ。
つまり俺はISを行動不能にしたのではなく、それを操る操者の意識を刈り取ったのだ。
いくらISといえども、操縦者が昏倒してしまっては何も出来ない。
まぁ要するに裏技を使ったとも言えるのだ。
戦国時代。
守るといっても何もそれが攻撃をしないという事では無いのだ。
味方を守るには追っ手を倒さなければいけない。
かといって長い時間を掛けるわけにはいかない。
だから先ほど言った連続攻撃での一撃必殺で、俺の先祖は追っ手を何人も葬って、主君を守ってきたのだ。
ふたを開けてみればその程度なのだ。
正直訓練さえ積めば誰でも出来る。
「謙遜だなぁ……。ISの速度で動いた敵をきちんと捕らえて、しかもその速度で振り下ろされた武器を、徒手格闘術で捌くなんてこと、私にだって出来ないよ?」
「それこそ謙遜だろう? 生徒会長。学園最強なんだろう?」
「そうだけどね。会長にも苦手な事はあるんです。他にもきちんと移動してたよね?」
「……そこまで見ていたとはな」
先ほど以上に、俺は感心した。
そう、上記の攻撃はあくまで攻撃してきた相手の武器が
物質としてあるのならば、それを腕で払う事も出来るが、一夏の零落白夜は残念な事にエネルギー兵器だ。
物質ではないので腕を使って払う事は出来ない。
なので俺は、宙に浮いているというISの利点を使用し、触れ合う腕と剣の交差点を軸にして、若干横にスライドしたのだ。
つまり、俺は白刃流しで攻撃を避けたと見せかけて、実はきちんと機動による回避行動を行っているのだ。
腕は意外性による目くらましが目的である。
それを余すことなく見抜いた事を改めて感心した。
からからと笑い口元を扇子で隠したその表情からは、よく読み取れないが、それでもこいつなら軽くやってのけそうだ。
「だがおそらくこの攻撃はもう通用しないだろう」
今回この『徹し』が何故通用したのかというと、単純に徒手格闘術に関する知識をISが所有していなかったからだ。
普通に考えて、というか今まで徒手格闘術でISを操った者はいない。
その弊害で、白式は俺の『徹し』を脅威と認識する事が出来なかったのだ。
だが、俺の徒手格闘術が操者を一撃で昏倒させる事が可能である、と言うデータが今回出来てしまった。
ISは常に『コア・ネットワーク』という特殊な情報網でつながっている。
元々宇宙用に開発されたISには互いの一を恒星間距離においても正確に把握する必要があったからだ。
そしてこの機能は相互位置確認以外にも、情報共有のためのシステムでもある。
そしてその情報共有が行われているISに、俺は『徹し』で一夏を昏倒させたのだ。
おそらく情報共有が行われて、徒手格闘術でも
『徹し』を確実に決めるためにはまず相手の顎に手を添える必要性がある。
つまり手を添えた=『徹し』という可能性は極めて高い。
今後は手を添えたらIS自身が何らかの対策を行う事になるだろう。
「っていうか話を逸らすな。どうして俺の実力を見せる必要があった?」
そこまでいって、そしてだいぶ思考を巡らせて漸く俺は話が逸らされている事に気がついた。
だがそれでも更識の態度に変化はなかった。
「うふふ、内緒」
「あのなぁ……」
「門国さんが正式に生徒会に入ったら教えてあげる♪」
妙に芝居がかったウィンクと供に、そんな事言ってこの会話を終了させた。
さらに問い詰めようとしたのだが、それでも更識はのらりくらりと会話を躱していき……、最後というか切り札で、更識は仕事があるといい、俺は生徒会室から文字通り追い出された。
結局聞き出せなかったか……
格闘術に長けていても、尋問や駆け引きが余り得意でない俺には、対暗部用暗部の長の更識に口で勝てるわけがなかった。
若干口惜しい気分だったが、それでも俺の事を思って行動を起こしてくれたのも事実なので、一応礼儀として、ドアの前で軽く頭を下げて、俺は一夏のいる保健室へと足を運んだ。
何とかなったね
私はお兄ちゃんが去ったことを気配で確認すると、一人になった生徒会室で深いため息をついた。
何故織村君とお兄ちゃんと試合をさせたのかというと、お兄ちゃんの実力をみんなにしってもらうためだった。
最初の実習で余りにもへたくそな操縦をしてしまいそれが定着していたお兄ちゃんの評価をどうにかして上げなければいけなかったからだ。
学生だけでなく……外の連中に対しても牽制になるからね
織村君もそうだけど、お兄ちゃん自身も貴重な存在なのだ。
世界でたった二人の男のIS繰者。
だけど今までのお兄ちゃんは弱者という事で認識されている。
だからここで、そう簡単には捕獲する事が出来ないという事を、世に知らしめておく必要性があったのだ。
そうすればそう簡単には、お兄ちゃんに手を出そうとは思わないだろう。
……それにしても、私だけ敬語を使わないんだよね……おにいちゃん
夏休み最終日と、先ほどの会話。
他の子は敬語を使い、私だけは素の口調。
織村君は男の友人だから当然だけど、この敬語を使わないというのは少々悲しい事実だった。
本当にいつまでたっても、妹としてしか見てくれないお兄ちゃんには呆れが出てしまう。
他の子と違って敬語を使わずに自然体で話すのは……お兄ちゃんが私のことを『女』として見てくれていないからだと思うと……暗い気分になってしまう。
でもそれだけ心許せる相手ってことなんだろうけど……
それだけ他の子よりはリードしているのだろうけど。
それでも私の心は複雑だった。
「たっだいま~」
私がそうして悶々としていると、先ほどお兄ちゃんが出て行った扉から、本音が生徒会室へと入ってくる。
ダボダボの制服で袖の裾がだいぶ余っているいつもの服装。
私の幼馴染の一人で生徒会書記。
また更識家の使用人の家系で、お兄ちゃんと同じクラス。
「お疲れ様。集めてきてくれた?」
「うん~。集めてきたよ。えっとね~」
そう問うと、本音は私が依頼した調べ物の報告を上げてくれる。
本音に調べてもらったのは、お兄ちゃんこと、門国護のことだった。
「えっとね~、やっぱり~、臨海学校からっていうかー、その日から門国さんの評価はだいぶ上がってます~」
……やっぱりね
予想通りの報告に私は少し複雑な気分だった。
本音の報告は予想通りで、お兄ちゃんこと門国護の評価は上昇傾向にあった。
年上ということ、そして本人が女性との人付き合いが苦手ということで、友好な関係を築くこともできない。
そして会話をすることもないので、どんな人間かも掴めるわけがない。
そんなときに起こったのが、山田先生に対するストーカー事件である。
そのために、一気に奈落の底へと落ちて行ったお兄ちゃんの株価。
だけど、私はあえてこの時この事件に介入しようとは思わなかった。
……底辺まで落ちたのなら後は上がるだけだし。それに……お兄ちゃんの魅力に気付きにくいからね
そう。
評価が最低まで行ったらそれ以上下がることはない。
そしてさらにストーカー事件の容疑者ならば、誰もお兄ちゃんに異性として目を向けることがないと思ったからだ。
「おもに~おりむ~とでっちゅ~とらう~VS千冬せんせ~とやまやませんせ~と門国さんが、臨海学校でびーちばれ~を行って、その時に誤ってやまやまの胸を掴んじゃって~」
……おにいちゃん………
すでに報告を聞いているので知っているけど……再び聞いても呆れてしまうような事をしている。
「そのとき~、盛大に鼻血を吹いて~みんながあれ? って思ったみたいー」
胸を鷲掴みしてしまったとはいえ、水着越しに掴んで鼻血を盛大に吹いて、あまつさえ失神してしまったことによって、さすがにおかしいと思ったみたいだった。
いまどき青少年でも鼻血を吹きそうにないことをして、今年で成人を迎える……先生よりも身近な大人の男が盛大に鼻血を吹いて卒倒したのだ。
その事でおかしいのではないのかとみんなも思ったみたいだ。
そしてまた、ストーカー事件や臨海学校で、一切のいいわけをしなかったのが好印象に受け取られていた。
「あと~、おりむーのために身体を張っていることをみんなみちゃって~」
臨海学校での『
その時一般生徒は室内待機となっていたが、それでも何かが起こっていることは誰もがいやでもわかる。
そして、織斑君が復活した時に部屋の屋根を突き破った。
その時の轟音と震動は、当然室内待機している生徒たちにもわかることで……。
でも誰も外に出ることはなかった。
室内待機を命令されているから出ることはできない。
だけど白銀の光を帯びて飛んでいく織斑君のことを、部屋の窓から見た子は大勢いた。
『
「最後に~、腹部を真っ赤に染めて帰ってきている~門国さんの姿を少数とはいえ~みた子がいるみたいです~」
そう、それが決め手となったのだ。
室内待機とはいえ、織斑君が怪我を負ったこと位は誰もが知っていた。
そしてその織斑君を守るために専用機組が出陣したことも知っていて。
そんな情報が飛び交っている中、轟音がなって織斑君が飛び出していき、そしてそれに入れ替わるように怪我を負って腹部を真っ赤にしてふらふらと帰ってきているお兄ちゃんの姿を目撃した。
おまけに空で二人が会話を行っているのを見た子がいた。
一切の言い訳をしない。
鼻血を吹いて失神。
さすがにこれだけの証拠があっては誰もお兄ちゃんのことをストーカーと思えなくなってしまったみたい。
さらに命をかけてまで何かを行っている事がそれを加速させて……。
また、必要以上に話さない……実際は女の子との会話が苦手なだけ……寡黙な雰囲気を醸し出すお兄ちゃんが魅力的に見えたみたいだ。
けど……。
でもそれはあくまでまだ一年生だけ
そう。
これだけの話があっても自分が実際に見なければ信じれらないのが人間っていう生き物。
一年生はある程度誤解を解いていたみたいだけど、上級生、つまりは二年、三年はまだお兄ちゃんがストーカーであると思っていた。
それが崩れる前に、私はお兄ちゃんを生徒会……つまりは手元に置くために、織斑君の強制入部法案を出したのだ。
まぁそれだけじゃないけどね♪
多くの人が望む
さらに私が考えているあの策を行えば……。
「あ~、かいちょう~、なんか悪い事考えてる~?」
その言葉に、私は自分の感情が表情にでているのがわかって一旦顔を引き締めた。
でも先の事……学園祭で私がしようとしている事を思うと、どうしても頬がゆるんでしまう。
「なにするの~?」
報告も終わり、いつも本音が座る席に座りながら、私にそう問うてくる。
私はそれに扇子を開いて答えた。
『妙趣』
優れた趣という言葉を書いたその扇子を、私は口元に持って行ってクスクスと笑う。
「うふふ。面白い事よ♪」