IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣   作:刀馬鹿

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終幕

「なっ!? 何をしているんですか門国さん!?」

「どうした?」

「お、織斑先生……門国さんがシールドエネルギーの展開を変更しています」

「なんだと!?」

 

私は目の前の机に表示されている、あまりにも信じがたいデータを織斑先生に見てもらう。

門国さんがやったのは、体中を包む膜のように展開されているシールドエネルギーの展開の仕方を強制的に変更するという、命知らずな行動だった。

しかもそれによって第一形態ではあり得ないと言ってもいい単一仕様能力(ワンオフアビリティー)が発動していた。

 

『前羽命守』と言う名の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)が。

 

「何を考えているんだあのバカは!?」

「門国さん! 聞こえますか門国さん!」

 

私は必死になって呼びかけてみるけれど、ISが私の通信を受け取ってくれず、門国さんに通信が届いていなかった。

 

「無駄だ。山田君」

「どうしてですか!?」

「今、やつは目の前のことしか考えていない。おそらく通信が聞こえていたとしてもあいつが今の行動をやめる事はない」

「で、ですがもしも敵の攻撃が掠りでもしたら……」

 

シールドエネルギーなしでISの攻撃をまともに受けられるはずがない。

下手をすれば命を落とす事だって……。

 

「!!! 失礼します!」

 

私は学園の規則を破る覚悟で、ヘッドセットを手に部屋を飛び出した。

 

ここからだめで、外に出て言えばもしかしたら!!!

 

その思いで飛び出すのだけれど……結局は門国さんを窮地に追いやってしまった。

 

 

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

 

そう言って俺は腹部に傷を負っている護を庇うように、護の前で止まった。

腹部だけでなく、所々にひどい火傷の後があり、満身創痍だった。

 

「起きたか……一夏……」

「あぁ、だいじょ―――」

「俺の事はいい。速く敵を倒せ」

 

気を失うほどの激痛が護の体を駆けめぐっているだろうに、護はそんな素振りを全く見せず、俺に先へ行くように促してくる。

 

「だ、だけど……」

「お前の大事な友人達もほとんどがもうぼろぼろだ。俺はいったん撤退するから向こう……彼女たちの元へと行って安心……させてやれ」

「……わかった! すまない護!」

 

 

 

苦渋の決断だったのか、渋面のまま一夏は己のISを走らせて、一夏ハーレム軍団の元へと向かっていく。

そして、そのまま戦端が開かれた。

 

……まずい

 

しかし今の俺にその事を気に掛けている余裕はなかった。

腹部に刺し傷、体の各部に重度の火傷。

はっきり言って結構な重傷だ。

 

『門国さん! 無事ですか!?』

「無事でしたか……山田先生」

『私の事なんてどうでもいいです! 速くこちらへ』

 

通信越しに慌てる山田先生の声がひどく遠く聞こえる。

どうやら冗談抜きでまずい状態なのかもしれない。

だがこのまま気を失えば海へと真っ逆さまだ。

そうすれば確実に死ぬ。

だから俺は最後の力を振り絞って、何とか旅館の中庭へと守鉄を着地させた。

そして地面へと着地した瞬間に、守鉄が限界を迎えて強制解除されて、待機状態の手甲グローブへと変化した。

どうやら限界を超えてまで活動を行い、俺の命を守ってくれたようだ。

ステータス画面を見ると、守鉄のダメージレベルはCを越えていた。

ほとんどの装甲を失い、ほぼコアだけの存在となってしまったといっても過言ではない。

であるにも関わらず、守鉄は俺を海に落とさないために無理をしてくれたのだ。

 

やるべきことを行うときに背中を押してくれて……そして俺の願いを叶え、こうして命を守ってくれた……

 

ありがとう……守鉄……

 

「門国さん! しっかりしてください!」

 

俺が心の中で守鉄にお礼を言っていると、いつの間にか山田先生が俺の目の前にいた。

というか俺はいつの間にか仰向けに寝ており、山田先生が俺の顔をのぞき込んでいた。

 

っていうか寝かされたのまるで気づかなかった……

 

本格的にまずいかもしれない。

 

「門国さん! しっかりして……私が……馬鹿なことしたから」

 

ポタ

 

へ……?

 

うつむけた山田先生から涙が垂れてきて、俺の手をぬらした。

感覚どころか、今自分がどうなっているかもわからないほど危うい状態で、何故かその涙の感触だけははっきりと知覚できた。

 

「き、気にしないで……ください」

「気にします! 私が外に出てこなければ……」

「落ち着け、山田君」

 

そうして二人で話していると、俺たちの元へ教官がやってきた。

その顔には厳しい表情が浮かんでいて、恐怖してしまう。

 

「申しわ……け、ありませ……、教官…。どくだ…んこう…どうを」

「しゃべるな」

 

教官は問答無用で俺を黙らせると、俺の腹の傷の具合を調べる。

が、その険しい表情が無くならないところを見ると、あまり芳しいとは言えないのかもしれない。

 

「……門国。はっきり言ってまずい容態だ……だが……」

「わかって……います」

 

俺は教官が言いづらそうにしている事を先回りして返答した。

おそらく救急車は呼べないと言っているのだろう。

何せ今は作戦行動中だ。

学園とはいえIS学園は準軍隊と言っても過言ではない。

そんな軍隊と言える学園が活動を行っている場に、一般人を呼べるわけがない。

命に別条がないとはいえ、一夏の時も教員による治療が行われただけで終わったのはそういう理由があるからだ。

そしてそれは俺も例外ではない。

 

「で、ですが織斑先生! このままでは……門国さんは!?」

「確かに余り良くないが……かといって規則を破る事は出来ん」

「ですが……!?」

 

さらに教官へと詰め寄ろうとした山田先生の腕を、俺は血で赤く染まった手で触って止めた。

教官だって辛いに決まっている。

それなのに教官を詰め寄るのはおかしい。

そんな事は山田先生もわかっているだろうが、それでも気が動転しているのかもしれない。

 

「いい……です。俺、は……自衛…官……です…から」

「!?」

 

そう、俺はれっきとした自衛隊の人間だ。

その人間が国民を……人民を救うことなど当然の事でしかないのだ。

絶句した山田先生に微笑みかけて、俺は教官へと視線を向けた。

 

「……死ぬなよ」

「……りょう……か…い」

 

その言葉を最後に、俺の意識は闇へと飲まれていった……。

 

 

 

これは後日に聞いた話だが、俺とバトンタッチした一夏は何故か第二形態へと移行した専用機のIS、白式第二形態で辛くも軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の機能停止に成功し、無事に作戦を成功させたらしい。

そしてすぐさま病院へと搬送された俺は峠を越し、彼岸の向こう側へと渡る事はなかった。

 

 

 

どうやら死ぬ事はなさそうだな……

 

臨海学校が終え、学園へと帰ってすぐに私は門国が搬送された病院へと足を運んでいた。

手術の結果はすでに連絡されており、峠を越したという事も知っていたが、さすがにあのバカ者の顔を見るまでは安心できなかった。

個室のベッドで静かに横たわるその顔に苦悶の色はなく、穏やかに眠ったその表情を見て、私はほっと息を吐いた。

 

「門国さん……」

 

責任を感じてか、山田君はほっと安堵しながらも傍らのイスに腰掛けたまま、じっと門国の様子を見つめていた。

その様子に苦笑しながら、私は一度病室を出ると、通話可能エリアへと向かい携帯の電源を入れて、とある番号を呼び出した。

 

プルルルルル

 

ガチャ

『もしも~し、ちーちゃん? どうしたの?』

「束……」

 

私は古くからの友人であり悪友、篠ノ之束の声を聞いて脱力してしまう。

余りにも普段通りなことに……若干の憤りを感じながら、だが。

 

『いやぁそれにしても白式には驚いたよ。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて』

「まるで白騎士のようだな。コアナンバー001にして初の実戦投入機、お前が審決を注いだ一番目の機体にな」

『うふふ、懐かしいね』

 

電話口から聞こえてくる束は普段通りの陽気な声だ。

昔からこいつにとっては私と一夏、そして妹の篠ノ之箒以外どうでもいいと言った嫌いがあった。

それをどうにか私が矯正させたのだが……今回はそれではだめだったようだ。

 

「いくつか例え話がしたい」

『およよ? ちーちゃんが? 珍しいね』

「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件……」

 

束は答えない。

だが、私は構わずに話を続ける。

 

「暴走事件に際して新型の高性能機を作戦に加える。それによって妹は華々しく専用機持ちとしてデビューというわけだ」

『へぇ。不思議なたとえ話だねぇ。すごい天才がいるものだね』

「あぁ。すごい天才がいた物だ。かつて十二カ国の軍事コンピューターを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した、天才がな……」

 

そう、束は間違いなく天才だ。

だからこそISを独力で開発し、そして今も改良を行っている。

だから……。

 

「さらには、その暴走したISに本来ならば搭載されていないはずの格闘装備をインストールさせる事も、その天才にとっては三時のおやつ前、と冗談を言えるほどに簡単な事だ……」

『……』

 

これにも束は答えなかった。

そして先ほどとは違い、その沈黙は回答を意味する物であり……。

 

「……束」

『……なにかなちーちゃん?』

 

「あいつは……門国護は私にとってお気に入りであり、一夏にとっても大事な友人だ。そして門国は人間だ。以後こういう行動はやめてもらいたいな……」

『……………ねぇ……ちーちゃん』

「……なんだ?」

 

質問に答えずに束が話しかけてくる。

その声はいつものような陽気な感じのしない物で……私は回答を求めずにその問いに返事をしていた。

 

『今の世界は楽しい?』

「そこそこにな」

『そう……。――――――』 

 

束はなにかを呟いて通話を切った。

いつも私が先に切るというのを待つ束にしては珍しい事であった。

 

これであいつの事を興味対象外と認識してくれればいいのだが……

 

どうして束が門国を狙ったのかはわからない。

そもそもどうして殺そうとしたのかも謎だ。

他の事に興味を抱いてくれればあいつも安泰なのだが……。

私は息を吐き出して、後頭部を背後の壁へと押しつけるようにして壁に寄りかかる。

吐いた溜め息は、病院内を流れる風にすぐにかき消されていった。

 

 

 

「護!!!」

 

ここが病院であり、病室であるにもかかわらず、感情が抑えきれなかったのか若干荒々しくドアを開けて、一夏が俺の病室へと入ってきた。

 

「ここは病室だぞ?」

「あ、すまん」

「まぁ俺は別にいいけどな。看護婦さんに怒られるぞ」

 

冗談混じりにそう言って、俺はわざわざ見舞いに来てくれた友人、一夏を歓迎した。

 

「体の調子はどうだ?」

「まぁまだ腹の傷が完全にふさがっていないが……夏休み中盤くらいには完治しそうだ」

「……長いな」

「まぁしょうがない。腹に風穴が空いたんだからな」

 

そう言って俺は怪我を負った腹部を軽くさすって見せた。

服の上からでは全くわからないが、それでもほとんどふさがっている。

先日の事件から数日。

最初こそ意識不明にまで陥ったがどうにか生きながらえていた。

ちなみに面会謝絶だったために一部の人(・・・・)以外の面会は今回が初めてだった。

 

「今はどちらかというと毎日が暇でしょうがなくてな。そっちの方がよほど問題だ」

「俺が毎日きて話し相手になるさ」

「馬鹿野郎。病室で男と二人になってもむさいだけだって。高校一年の夏休みは一度きりなんだからしっかり遊べ。ちょうど遊び相手がいるだろう……後ろに……」

 

俺は視線を一夏から、病室のドアの方へと向ける。

するとドアが若干だけ開いており、その隙間から何人かの視線を感じたのだ。

来た人物が一夏である事を考えれば一夏ハーレム軍団だろう。

だが、何故病室に入ろうとしないのか?

 

「あ、そうだ。俺だけじゃなくてみんなもきてくれたんだぜ? っていうか何で誰も入ろうとしないんだ? 箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラ」

 

ビク×5

 

五者ともそれぞれビクッと反応してそのままだったが、やがて観念したのか憮然とした表情をしながら病室へと入ってくる。

 

「……こんにちは」

「ふ、ふん! 今入ろうとしていた所よ」

「しょ、庶民の病院という物がどんなところか観察していたのですわ!」

「お、お邪魔しますね……門国さん……」

「し、失礼するぞ……」

「……………いらっしゃい」

 

五者五様な反応をしながら五人の美少女達が俺の病室へと入ってくる。

黒髪ポニーテールの大和撫子、篠ノ之箒。

ツインテールでまな板娘、凰鈴音。

金髪ロングのお嬢様、セシリア・オルコット。

金髪ボーイッシュ、シャルロット・デュノア。

銀髪ちびっ子の軍人、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

こうして改めて見てみると……相変わらずものすごい美少女達だよなぁ……

 

レベルの高さに改めてびっくりしてしまう。

街を歩けば十人中十人、誰もが振り返りそうな容姿をしている。

 

で、そんな美少女達の心を掴んで離さないのが、友人のイケメン野郎織斑一夏……

 

これほどの美少女達に猛烈とも言えるアピールをされているのに全く気づかない鈍感朴念仁。

もしも友人でなければぶん殴っているかもしれない。

 

「おい、みんな。まず護に言う事があるだろう?」

「「「「「うっ」」」」」

 

……言う事?

 

一夏にそう言われて全員がうめき声を上げる。

何を言われるかわかったもんじゃない俺としては戦々恐々とするしかない。

だが、一夏がわざわざこうして促すという事は俺にとってまずい事ではないのかもしれない。

 

「……そのですね……」

「な、なんていうかぁ……」

「そ、そうですわね……」

「えっと、その……」

「………つまりだ」

 

「……はい?」

 

「「「「「今までごめんなさい!」」」」」

 

 

「………………………はいぃ?」

 

 

何故か全員に一斉に頭を下げられて、俺は戸惑う事しかできなかった。

 

「今までその……疑っていてすみませんでした」

「わ、悪かったわよ……。ごめんなさい」

「も、申し訳ありませんでしたわ」

「門国さん。本当にごめんなさい」

「…………………わるかった」

 

「………………………………はぁ。別にいいですけど……」

 

俺としてはまず、どうして俺に謝罪する事にしたっていうか、その経緯が気になるのだが……。

その後一夏に話を聞いてみると、一夏を守るために独断行動を行った事、そして山田先生を守るために命をかけた事で見直されたらしい。

一夏にはその件で随分と礼を言われた。

だが、一夏を含めた全員に、防衛するときに使用した『前羽命守』に関しては怒られた。

いくら何でも命知らずな事をしすぎたらしい。

まぁ確かに死んでもおかしくないような行動ではあったのだが……。

 

「門国」

「? 何でしょう?」

 

みんなで楽しく話をしているそんな中で、何故か病室に入ってからほとんど口をきかなかった、銀髪ちびっ子のラウラが俺にものすごい目つきで睨みつけながら、俺に声を掛けてきた。

横の方でいつものように一夏の朴念仁が発動してそれに対してハーレム軍団が攻撃を行っているのだが、俺とラウラの場だけが異様に冷たいというか緊迫していた。

横はラブコメでこっちは修羅場《愛の要素一切なし》。

なんか罰ゲームみたいだ……。

 

「聞きたい事がある」

「はぁ?」

 

 

 

「臨海学校の時、貴様は確かに独断行動をしないと言ったにも関わらず、やってきたな。あれはどういう事だ?」

 

私は先日から気になっていた事を思いきって本人に聞いてみる事にした。

独断行動と言い、自分の意志で教官の命令を遵守すると言ったにも関わらず、この男はその後に『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の防衛戦に加わったのだ。

それが不思議でならなかった。

最初から私たちの後方援護のためにいたのかもしれないが、それでも不思議だった。

 

「……どういう事って…………それはまぁ……やはり友人を傷つけられ―――」

「門国」

 

この期に及んでもごまかそうとする門国に、私は言葉をきつめにして再度問いかけた。

私の本気がわかったのか、門国は苦い顔をしながら溜め息を吐くと、私の目を真っ直ぐに、そしてなによりも真剣に受け止めてこう言った。

 

「確かに独断行動は褒められて物ではありませんが、それでも……それ以上に、俺がやらなければならない事だと思ったから行動したまでです」

「……なら何故私たちと一緒に作戦を行わなかったんだ?」

「私は幼少時より武道をたしなんでまして、しかもそれが防衛に関するばかりで攻めが得意ではありません」

 

攻めが苦手?

 

その言葉に、私はセシリアと門国の模擬戦の事を思い出していた。

あの時、攻めが苦手という門国の言葉通り、門国は一度もセシリアに攻撃を行おうとしなかった。

突然話とは別のことを語りだしたことに首をかしげそうになったがそれでも遮るのがはばかられて私は黙って話を聞いた。

 

「そして父は、人を守って私の前で死にました」

「? 人を守って?」

「はい。それから私も父のように……誰かを守りたいと思うようになり、自衛隊へと入隊し……ひょんなことからISを動かせてしまったわけです」

 

苦笑しながら、そして遠くを見つめるような目をしながら、門国が昔を思い出すようにそう語る。

何故か……その横顔がとても美しい物に見えてならなかった。

 

「自衛隊に入ったのはあくまで自分の信念を履行する手段の一つでしかありません。だからあの行動は自衛官としての門国ではなく、門国護個人として行動を行った結果です」

「個人で……?」

「はい」

 

再度私の目を見つめて話すその表情は真剣そのものであり……凛々しく見えた。

 

「頼まれもしないのにか? 一夏は……おそらくお前がこんな怪我をしてまで庇って欲しいなど思っていないはずだぞ?」

 

そう、一夏は優しいから。

誰にでも優しいから……門国にも怪我を負ってまで自分を守って欲しいなんて思っていないはずだ。

それは同性であり、それに仲がいい友人として門国もわかっているはずなのに……。

 

「? 何を馬鹿な事を」

「何?」

 

私のその言葉に最初こそきょとんとしていたのだが、直ぐに私の言葉に笑みを浮かべてそう言ってきた。

その事にむっとしてしまう私だったが、門国のその笑みが……余りにも優しくて……綺麗だったのもだから何も言えなくなってしまった。

 

 

 

「頼まれてから動いたのでは遅すぎる。それに……俺以外に誰がやるんだ?」

 

 

 

!?

 

普段、年下である私たちにも敬語を使う門国が、珍しく素の口調で語りかけてきた。

そしてその事以上に、その言葉は確かな意志と力が込められていて……。

私は自分の目が節穴だったことを悟ってしまった。

そしてこの言葉が、ただ一夏を守るという一人のためだけに向けられた言葉ではなく……自分が出来る限り……いや限界さえも超えて誰かを守ってみせると言葉が……態度が……表情が語っていた。

 

……負けたか

 

私はこの男に、信念を持っていることと、覚悟という面で負けていることを悟った。

私は試験管から生まれた人間で、生まれたときから軍にいた。

だから私が軍にいたのは必然であり当然とも言えた。

だけどこいつは違う。

自分の信念を貫くための手段として自衛隊へと入った。

別に自分が軍にいたこと……居続けたことに自分の意思がなかったとは言わない。

だけど、この男の意志や覚悟を……越えられるような物を持って軍にいたかどうか問われると……応えることができないかもしれない。

 

『もっと視野を広く持て。一つの事実だけが全てだと考えるな。そうでなければ単一思考になってしまうぞ』

 

その通りですね……教官

 

臨海学校で教官から言われた言葉が脳裏をよぎる。

あのとき私は、それを受け止めることができなかったけど……。

 

今なら素直に受けとめられる

 

こいつが……ただ守ることに対して懸命に行動をしていることを知ったから。

 

だけど……

 

だが、かといってこいつのことを完全に認めたわけじゃない。

こいつには信念や、覚悟……信念を貫き通す覚悟といったことでは負けているかもしれない。

 

だけど私にだって負けないと思えるものがある!

 

軍人としての技量。

ISの操縦技術。

そして……。

そこで、私はそれとなく……私の嫁、一夏のことを見つめる。

 

 

一夏のためなら私はなんでもできるという私なりの覚悟がある!

 

この男……門国とは違い、究極の一を私は持っている!

 

こいつが量で来るならば、私は絶対的な質を持って立ち向かって見せる!

 

 

誰に言うのでもなく、私は胸の内で密かにこの男のことを私の好敵手として認めて、認識を改めたのだった。

 

 

 

それから一時間ほど、一夏とそのハーレム軍団と話をして、彼らは帰寮時間があるからと、IS学園へと帰って行った。

看護婦さんが飛んでくるのではないかとヒヤヒヤするほどバカ騒ぎをしてしまったが、それでもこの一時間は、楽しい物であった。

途中で銀髪ちびっ子がものすごく真剣な表情で質問してきたのでそれが少々疲れたというか……怖かったというか……。

俺はゆっくりとベッドから立ち上がって、窓際へと歩き、赤く染まった夕焼け空を眺めた。

 

まぁ一番面白かったのは一夏が壊した旅館の事だったが……

 

一夏が俺を助けるために部屋から直接ISで出撃したために、治療室の屋根が破壊されてしまったためにその事で教官から大目玉を食らったらしい。

旅館の人はさすが毎年IS学園に臨海学校宿泊施設として利用されているために、慣れた物だったらしく、からからと笑ってすませたらしいが。

 

っていうかそれだと毎年旅館の一部が壊れるような事をしてるって事なのか?

 

………考えなかった事にしよう。

………………まぁ途中、いつものように一夏の鈍感朴念仁が発動して、病室が半壊するような危機になったのは肝を冷やしたが……。

それでもこんなにバカ騒ぎしたのは久しぶりだった。

少なくとも俺がIS学園へと編入してからは無かった事だった。

 

…………よく考えればISを動かしてもう早一ヶ月以上か

 

自衛隊での作戦行動中に偶然動かせてしまった事でIS学園へと編入する事になり、そこからがいろいろと大変だった。

 

男のIS操縦のデータ収集ならびに、世界でも希少なISを使うことのできる男である、織斑一夏の護衛を行うためにIS学園へと編入した……。

女性だらけっていうか99.9%は女子の学園へ編入して、そこに勤めていた教官と再会を果たして個人的に特訓を行ってもらい……、イベントではことごとくなんかの妨害や騒動が起きて大変だったし、なぜか昔の知り合いの更識に再会し、そして女性関係でえらい目にあったり……。

 

主にストーカー嫌疑が……だが……

 

そして最後に臨海学校。

軍用IS暴走事件に対応し友人が負傷。

それの敵討ちに向かったハーレム軍団の後をつけて、敵が抜けたところをフォロー。

そして敗北。

 

まぁ……信念を貫き通せたからよしとしよう

 

他にもいろいろと大変だったが……まぁ過ぎた事なのでいいとしよう。

入院している以上、俺は学園に行く事が出来ないので、このまま夏休みへと突入する事になる。

 

っていうか夏休みって俺にもあるんだな……

 

てっきり自衛隊への帰投命令が下されると思っていたのだが、IS学園生徒である内は学生扱いをしてくれるらしい。

つまりは夏休みを謳歌する事が出来るみたいだ。

 

っていっても半分ほどベッドでの生活になるがね……

 

夏休みは一夏は家に帰ると言っていたがそんなに遠くでもないので護衛に支障はないだろう。

アパートを借りようかとも思ったが、そこまでの必要はないと教官に言われたので俺も夏休みの間は普通に生活をしていいらしい。

 

まぁでもとりあえず……怪我を直してからだな

 

まだふさがりきってない腹の傷をなでながら、俺はベッドへと潜り込んでゆっくりと目を閉じた。

 

結局敗北し、腹に風穴を開けたが……俺は父のように誰かを守る事が出来たのだろうか……

 

父の死に顔。

今際の際とは思えないほどにすがすがしい表情をしていた。

 

あの死に様の様に……俺も逝けるだろうか……

 

 

父のように……胸を張って逝く事が……

 

 

 

 

 

 

そのとき、私のことを誇りに思っていただけますでしょうか? ……父上

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

「門国さん?」

 

学園で今日の仕事を大急ぎで終わらせた私は、門国さんが入院している病院へと足を運んでいた。

あの日……臨海学校の二日目から今日まで、出来る限りお見舞いに来ていた。

確かに門国さんは自衛官なので国民を守る義務があるのかもしれないけど……それでも、門国さんが入院した傷の原因は間違いなく私も関わってしまっている。

あんまり気にするのは良くないし、門国さんも気にしないでと言ってくれているけど……それでも気にせずにはいられなかった。

だからこうしてお見舞いに来ているのだけれど……。

 

反応がない?

 

いつもならば直ぐに返事をしてくれるのだけれど、今日はそれがなかった。

どこかに出かけているのかもしれない。

面会時間終了がもう迫っているので、あえないけれどそれでもお見舞いの品である本を何冊か持ってきたので、それだけでも置いていこうと思ったので悪いとは思ったのだけれど、私は思いきって病室へと足を踏み入れた。

すると何故返事がなかったのか、理由がわかった。

 

「……寝てる」

 

そう、部屋の主である門国さんは、ベッドに横たわって静かに寝息を立てていた。

人の寝顔を見るのはあまり言い趣味とは言えない。

 

けど……本を置いていかないといけないし……

 

何故か動機が収まらないというか……胸が何故か高まっているのだけれど……何でかそれに言い訳がましいことを思いつつ、私は室内へと入ってい、ベッドのそばのイスへと腰掛けた。

時刻はすでに夕暮れ時。

室内は照明がついていないために部屋は夕焼けで真っ赤に染まっていた。

もちろん……門国さんの寝顔も。

 

……か、かわいい寝顔ですね

 

そう、意外と言うべきなのか……門国さんの寝顔をとてもかわいらしいって言うか……物静かに眠るその表情は何故かとても愛くるしく感じる物だった。

私は小学校を除いて、中学は女子中学校、高校はIS学園へと入学したので、男性と触れ合ったことがほとんどない。

織斑君がある意味での初めての異性といってもいいのかもしれない。

けど彼はまだ高校生。

確かに身体は成長してきて大人になりつつあるけど、それでもまだ子供のようなものだ。

 

でも……門国さんは…………

 

目の前で眠る男性の門国さんは、織斑君よりもさらに特殊なケースでIS学園へと編入してきた人。

他の生徒のみんなと違って年が20歳。

その年齢差からか、生徒というよりも弟とか……より身近な異性に思えてしまう。

 

……助けられてばかりだけど

 

資料を運んでいてこけそうになったとき、臨海学校でのビーチバレーでこけそうになったとき、臨海学校の夜で酔いつぶれてしまった時……。

 

み、三つ目のことはかんがえたくないよぉ……

 

そして……ISに攻撃されたのを庇ってくれたとき……。

 

その事を思うと胸が締め付けられる思いだった。

私は悪いと思いつつも、門国さんの掛け布団を一部のけると、門国さんの右手に触れた。

 

火傷の痕……

 

そう、その右手には軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の攻撃で灼かれた火傷の痕が残っていた。

最新医療で治療を行ったのでほとんど残っていなかったけど、それでも完全に消す事は出来なかったので、痛々しい傷跡が腕に刻まれていた。

腕だけじゃない。

体のあちこちに同じような火傷の後、そして何よりもおなかのナイフの刺し傷……。

 

生徒に助けてもらうなんて……

 

情けない気持ちで一杯だった。

でもそれ以上に……

 

門国さんが私を救ってくれた事が……嬉しかった……

 

教師として不謹慎かもしれない。

確かに年が近いのであまり生徒と言う感じはしないけど、それでも生徒である事に代わりはない、門国さんに救ってくれた事が……嬉しいなんて。

 

な、何だろう……この気持ち……

 

とても……胸が熱かった……

 

胸だけでなく頬も熱くて……

 

れ、冷房が効いていないのかもしれない……。

けどそんな事ない。

夏なので肌寒くならない程度に冷房はきちんと効いている。

暑いと感じるのは……私がそう感じるからで。

そうして自分の体の熱さに意識を取られていると、ふと、門国さんの……唇に何故か目がいってしまった。

 

トクン

 

胸の奥で心臓の鼓動が早鐘のように鳴っているのがわかる。

夕方で静かな時間のためか、外の音よりも自分の心臓の音のほうがよっぽど大きくはっきりと聞こえたし、感じることができた。

耳どころか顔も首さえも赤くなっている気がする。

 

……門国さん…………

 

どうしてかはわからない。

けど私はまるで吸い寄せられるようにして門国さんの顔へと、自分の顔を近づけていく。

そして……

 

チュ

 

 

 

………………………………………………………………………おでこにキスしちゃった……

 

 

 

 

何となく憧れていた事ではあった。

好きな人とのキスって言うのを。

けど寝ている人の唇を奪うのはやっぱり良くないし……。

 

そ、その……するならやっぱり門国さんから……

 

何となくそんな事を想像してしまう。

二人で見つめ合って。

そして好きな人と抱きしめたって……

それから…………その…………接吻というのを……。

 

な、なにを想像しているんでしょうね!? 私!?

 

「こ、これはお礼です!!!」

 

急に恥ずかしくなってしまった私は、言い訳がましくそんな事を言うと……逃げるように病室を出て行ったのだった。

 

 

 

「おぉ~。やまぴ~だいた~ん」

 

私はとある場所からとある場所を見る事の出来る位置で、そのとある場所の中で起こった出来事を見て驚愕していた。

 

「すごいね~。わたしには~できないなぁ~」

 

突発的に見えなくもなかったけど、それでも実行に移せた事をここは褒めるべきなのかなぁ?

 

「ともかく、これは報告しないと~いけないかなぁ~?」

 

とある場所からとある人物が逃げるように出て行くのを見ながら、私は携帯を開いたのだった。

 




次の話で第一部終了です

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