IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣   作:刀馬鹿

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臨海学校 初日夜

臨海学校初日。

時刻はすでに夜の八時。

大広間三つを繋げた大宴会場で、夕食を取り終えてそしてその後に風呂に入り終えた俺は、ゆっくりと自室へと向かって歩いているところだった。

夕食のメニューは刺身、小鍋、山菜の和え物、赤だし味噌汁にお新香。

どれも新鮮な物ばかりで思わず舌鼓を打ってしまいそうになるほどうまかった。

俺はただひたすらに、五感の内の一つである味覚のみを鋭敏にし、聴覚と視力などを最小限に絞り、端の方で食事を終えた。

 

何故かというと、俺はまだストーカーモドキであるからだ……

 

先日のストーカー事件のせいでろくに動く事も出来はしない。

さっさと食事を終えて部屋に帰りたかったのだが……余り早すぎても何かしていると疑われそうで仕方なく俺は端の方で静かに食事をしていた。

 

しかも昼間に……あんなことが起こってしまっては……

 

自由時間である昼間。

ストーカー事件で女子生徒に嫌悪されている俺は、あえて敵の陣地に乗り込んでその間の身の潔白を証明する作戦に出たのだが、それを気に掛けてくださった山田先生が俺に声を掛けてくれてビーチバレーをするハメになったのだが……。

その後にバランスを崩してこけそうになった山田先生を助けようとしたら……。

 

誤って……胸を掴んでしまうとは……

 

そう、誤ってその時にもっとも女性を象徴しうると言ってもいい胸を掴んでしまって……。

そして俺はそれで血が上ってしまって卒倒した。

 

……気がついたら部屋で、食事の時間になって一夏が起こしてくれたが……

 

俺が卒倒した後に……どのような事が起こったのかなど想像もしたくない……。

幸いと言うべきか、教職員は別室にて食事を行っているらしく、山田先生の姿が見えなかったのが救いだった。

もしもいたら……おそらく俺はまた卒倒しているだろう。

 

……気が滅入る

 

まぁそんな事が起きたものだから、俺のストーカー疑惑が加速した事は考えるまでもないだろう。

そのために俺は五感の味覚と嗅覚以外のほとんどをシャットダウンしてどうにか食事を行っていた。

 

その間周りがどんな会話をしたのかわからない。

だがとりあえず一夏関係で騒いでいたのは確かだろう。

その様子を見ていないが教官がわざわざ別室から叱りに来たぐらいだ。

おそらく最愛の弟がらみだろう。

 

素直じゃないなぁ、教官も

 

食事を終えて、湯で暖まった体を潮風で冷ましつつ、俺はゆっくりと帰還していた。

一夏はどうやら用事があるらしく先に上がってしまったので、海を一望できる露天風呂を満喫できて幸せだった。

 

「あれ護? 今上がったのか?」

「ん? 一夏?」

 

そうしてのんびりと廊下の窓から見える夜の海を眺めながら歩いていると、前の方から一夏が歩いてきているところだった。

しかも行き先からいってどうも再び風呂に入る様子だ。

 

「どうしたんだ? もう一度風呂に行くのか?」

「あぁ。千冬姉とセシリアにマッサージしてたら汗かいちゃってさ。千冬姉に汗臭いから風呂入ってこいって言われて」

 

マッサージも出来るのかこの子?

 

炊事家事万能にマッサージ付き。

イケメンで万能とは。

これで本当に少しでも女心を理解できれば完璧だろうに。

 

「? どうしたんだ黙って?」

「いや、何でもないさ。俺は部屋に戻っているぞ?」

「わかった、後でな」

 

そうして廊下で別れる。

一夏がいないというのならば部屋に一人でいる事になるが、まぁ少なくとも海や食事の時のように疑いの眼差しを向けられる事はないだろう。

もう女子達は各々の部屋に戻っている。

ようやく安堵出来ると思いながら意気揚々と部屋へと入ったのだが……。

 

「ようやく戻ってきたか」

「「「「「えっ?」」」」」

「……はい?」

 

俺と一夏の部屋としてあてがわれた教員エリアの最奥には、何故か知らないが一夏ハーレムが全員集合していた。

 

「……何故ここに皆さんが?」

 

余りにも理解しがたいこの状況に俺は聞かずにはいられなかった。

教官と金髪ロングがいる事はわかってはいたが……。

だが、教官がニヤニヤ笑っているところを見ると間違いなく元凶ないし犯人は教官だろう。

 

「別に。一夏にマッサージをさせていたら聞き耳を立てている小娘どもがいたからな。招き入れて説教していただけだ」

「ビール片手に……ですか?」

 

俺は教官が片手に持っている星のマークがきらりと光る缶に、目を向けつつそう問うてみたけれど……。

 

「ビール? 何を言う。これは泡の出る飲み物だ」

 

あっさりとそれを否定して、缶の中身を呷った。

規則と規律に厳しく正しく、厳戒態勢の教官にしては珍しい。

しかも手回しがいいというのか、前面居座る女子五人の手にはそれぞれ冷蔵庫に入っていたであろうジュースが封を開けた状態で手にしていた。

おそらく口封じだろう。

 

でも何でここで飲み物を……? あぁ。そう言う事か

 

そこで俺は五人の女子が見慣れた女子である事に気づいて、思わず口を開いた。

 

「弟はお前らにはやらん、とでもいったんですか?」

「「「「「~~~~~っ!!!」」」」」

 

どうやら大正解らしい。

その場にいる全員が顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

その様子を見て、教官が大爆笑した。

 

「くくくくく。お前らの気持ちはどうやら丸わかりらしいな。まぁこいつにわかったところで何の得にもならないだろうが」

 

教官のその口調は実に「面白いおもちゃを見て楽しむ人」でしかなく、随分と愉快そうにしている。

恥ずかしかったらしく五人全員から睨まれたのだが、頬を真っ赤にしているその目線は、ちっとも怖くなかった。

 

まぁ女性ばかりのこの空間は恐ろしいが……

 

というか本音を言うと今すぐに出て行ってほしい。

 

「まぁいい。私からは以上だ。せいぜい頑張るんだな。さぁ部屋に戻れ。今度は門国と話がある」

 

……話って何ですか!?

 

突然の事で俺は思わず固まってしまう。

だけど、教官が手にした缶を軽く振ったのを見て、その内容がわかった。

 

あぁ、本当にやるんですか?

 

前回の買い物の時に買わされた酒類。

一応と思い持ってきたが、どうやら正解だったようだ。

 

っていうか仕事は?

 

「この男と二人になるというのですか!?」

 

教官の本日のお仕事は終了したのか心配していると、泡食ったように銀髪ちびっ子娘が大声を張り上げていた。

 

「? 何か問題でもあるか? ここからは大人の時間だ」

「こんな男と二人きりでいるなど……私は反対です!」

「何をそんなに……あぁ。お前まだ門国がストーカーだと疑っているのか?」

 

銀髪娘の剣幕に、教官はその剣幕の原因を言い当てて見せた。

まぁこの銀髪ちびっ子に至ってはそれだけでなく先日の金髪カール娘との試合も、俺を嫌う原因となっているが……。

 

「疑うも何もそれ以外にも、この男にはまるで覇気が感じられません。教官自らが指導しているにも関わらず、その成果がまるで見られない!」

 

うわぁ~~~~~その通りだから何も言い返せない……

 

事実俺のISの技量は結局ほとんど向上していない。

まぁ普通に動かせるようになってはいるがそれでも他の子の成長速度と比べるとだめな子である。

 

「意識が甘く、軍人とも思えないその軟弱な姿。そして先日の山田先生のストーカー事件。さらには昼間の件も! こんな程度の低い男を何故教官がそこまで――」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「っ!?」

 

銀髪娘の声を遮り、教官の怒号が部屋内部に響き渡る。

その声に、そしてその総身から溢れる怒気に、その場にいる誰もが言葉を発する事が出来なかった。

 

「貴様はどうしてそう選民思想が抜けないのだ? 前にも言ったはずだぞ? 選ばれた人間気取りでいるなと」

「そ、それは……」

「もっと視野を広く持て。一つの事実だけが全てだと考えるな。そうでなければ単一思考になってしまうぞ。いいからもう出て行け」

「っ!?」

 

追い払われるようなその言葉に、ラウラが息をのむ。

この子の教官に対する崇拝っぷりは端から見ててわかるくらいだから、ショックだったのだろう。

挨拶もせずに立ち上がり、部屋の入り口で佇む俺を睨みつけて、荒々しく部屋を出て行ってしまった。

その目に、悔し涙を浮かべながら……。

 

「待って! ラウラ!」

 

同室の子である金髪ボーイッシュのシャルロットが銀髪娘の後を追い、それについていくように他の子達も部屋を出て行った。

後には妙に静まりかえった俺と教官だけが残された。

 

「やれやれ。少し言い過ぎたか?」

「やれやれ……は俺の台詞ですよ教官。これ以上あの銀髪の子の神経を逆なでしないでください」

 

溜め息混じりに苦笑いする教官を見て、俺はがっくりと肩を落とした。

先ほどの涙と睨み方。

間違いなく俺が悪者になっている。

まぁ彼女からしたら愛しの教官に寵愛を受けている風に見えるのかもしれない。

 

「しかしまぁ……貴様も自業自得とはいえ、苦労するなぁ」

「……それをあなたが言いますか教官? 今の一件は間違いなく教官にも責任がありますよ?」

「ほう? そもそもストーカーに間違われるような事をしたのは貴様だぞ? それに昼間の件もあるしな」

 

ぐっ! 痛いところを……

 

それを言われたら何も言えず、俺は再び肩を落とす。

それ楽しげに見ながら、教官は自分の前の床を手で叩き俺に座れと促した。

それに従い、旅行バッグからタオルで厳重に防御しておいた酒を持って教官の前へと座る。

ちなみにグラスも持ってきていたりする。

 

「しかしまぁ……ストーカー事件の時に思ったが、相変わらず不器用な生き方をしているな貴様も」

「……そうですね。否定できません」

 

教官のその言葉に、俺は苦笑せざるを得なかった。

持ってきたグラスを教官に手渡し、そのまま静かにブランデーを注ぐ。

そしてそのお返しなのか、教官がもう一つのグラスに俺の分を注いでくれたので俺はそれに礼を言って受け取った。

 

「確かに年上で肩身も狭いだろうが、もっと少し堂々としていろ。海に来てまで昼寝する必要はあるまい? いくら女子達を安心させるとはいえ。せめて一泳ぎすればよかっただろう?」

「……そうかもしれませんが、まぁやはりあの重圧の中で泳ぐのはちょっと」

「やれやれだな」

 

心底呆れた、とでも言いたげだった。

俺としてもそう思うので苦笑いするしかない。

 

「まぁ、あまり時間もないがのんびりするとしよう」

 

溜め息を吐きつつ、苦笑しながらそういう教官にはちょっとどんよりとした空気が漂っていた。

確かに、若さ溢れる年頃の乙女達の就寝見回りは熾烈を極めるのだろう。

 

「お仕事お疲れ様です」

「あぁ、全くだ。若い女子のバカどもを手なずけるのは実に面倒だ」

「あの~織斑先生? いらっしゃいますか?」

 

そうして乾杯をすると、遠慮がちに部屋をノックしながら誰かがそう言ってきた。

口調と声がどう考えても山田先生だ。

おそらく自分たちの部屋にいなかったから隣の部屋であり、一夏の部屋でもあるここにいると思って来たのだろう。

 

……うわっ顔合わせづらい

 

昼間の……胸をわしづかみにしてしまったことがあって、今顔を合わせたら俺はどうなるかわかったものではない。

 

「あぁ山田君か。入ってきてくれ」

「? はい失礼します」

「え、ちょっと教官!?」

 

一夏がいると思ったのか、遠慮がちに山田先生が部屋へと入ってくる。

 

っていうかわかっているはずなのにあなたどうして山田先生を招き入れてるんですか!?

 

しかもここは一応俺と一夏の部屋なのだが……。

そうして俺が戸惑っていると、無情にも部屋のドアが開き入ってきたのは、胸のサイズ故に窮屈そうに浴衣を着ている山田先生だった。

 

「って!? 門国さん!? ど、どうしてここに!?」

「どうしても何も、ここはこいつの部屋だぞ山田君」

「……お疲れ様です」

 

ニヤニヤ笑って楽しんでいる教官に心の中でため息をつきつつ、俺は極力山田先生を見ないようにして返事をする。

顔を見ていないので何とも言えないが、その声色や声の響き方から判断するに、山田先生も平静ではないようだ。

 

……まぁそうだろうけど…………

 

故意ではないとはいえ、彼氏でもない男に胸を鷲掴みされて普通でいられるような性格ではないだろう。

しかも聞いたところによると山田先生は今のところ男性経験……というか男と付き合ったこともないらしい。

この性格……っていうか容姿とか顔とかで、よくぞ今までだれも男が声をかけなかったものである。

 

「あ、そ、そういえばそうでしたね。って! それよりも織斑先生! もう見回りの時間ですよ!」

「何だもうそんな時間か? 他の先生方は?」

「え? まだ見回りをしてませんけど……」

「ならいいじゃないか。とりあえずこれを飲んでからで」

 

結局……飲むことは飲むんですね……

 

まぁ俺も飲酒は趣味のひとつなので人のことを言えた義理ではないのだが……しかし仕事中に飲むのはどうだろうなぁ、と思う俺だった。

まぁそれでも飲みたいときに飲めないというのは確かに辛いものがあるし、それに完全に仕事をほっぽらかすような人ではない。

 

「で、ですが織斑先生!」

「まぁそう堅い事を言うな山田君。ちゃんと仕事はする。お、そうだ」

 

なんか悪巧みでも考えましたか?

 

何でかまるで新たなおもちゃを見つけた人の悪い笑み、っていうかいたずらっ子の笑みを浮かべる教官に俺は薄ら寒い予感を抱かずにはいられなかった。

そし、それは違えることなく的中した……。

 

「山田君。君も一杯どうだ?」

「な!? 何を言ってるんですか!?」

「別に酔いつぶれるほど飲めと言ってるんじゃない。ただ一杯一緒にどうだ、と言っているだけだ」

 

いや、結局言ってる事は変わってないですからね?

 

「……わかりました」

 

どうやら飲まないと仕事をしてくれないと悟ったのか、渋々と、そして憮然としながら山田先生が部屋へと足を踏み入れて、少し離れて俺の横に座った。

その様子をニヤニヤと、笑いながら教官は見届けて、部屋に備え付けであった湯飲みを持たせて、目一杯ブランデーを注ぐ。

 

「では、昼間のビーチバレーの健闘に乾杯」

「「ぶっ!?」」

 

教官の意外な口撃に、俺と山田先生は思わず吹き出しそうになってしまった。

まぁまだ口に何も含んでいなかったので汚いものをぶちまけなくてすんだが。

 

「えほっ、けほっ。お、織斑先生!」

 

やはりというべきか、一番のダメージを負ったのは山田先生だった。

そして事件を思い出してしまった俺も、酒を入れてないにも関わらず頬が上気しているのがわかる。

そんな俺たちを教官は面白そうに笑いながら見つめていた。

 

「ん? 何か間違っていたか?」

「間違っていたか? って、そう言う事じゃなくてですね!」

「門国も黙ってないで何か言ったらどうだ? 感想とか」

「織斑先生!!」

「わかったわかった。私が悪かった」

 

すでに少し酔っているのか知らないが、両手を芝居のように挙げながら降参の意図を示す。

だけどそれでも山田先生はご機嫌斜めらしく、かわいらしく頬をふくらませていた。

 

「しかし、まさか本当に体質が治っていないとは思わなかったぞ門国」

「……そう簡単に治す事は出来ませんよ」

「体質……ですか?」

「えぇ。まぁ。余り女性と接した事がなかったためか、女性が得意でなく……。特に……女性と触れあうのも苦手でして……」

 

昼間のように、……余りにも直接的に触れたりするとああなったりする。

が、今回は間違いなく過去最高の出血量だろう。

鷲掴みしたのは……初めてだし。

 

体の拒否反応……なんだろうな。もしくは予防線か……

 

「こいつは自衛隊時代からそうでな。間違って女の入浴姿とか見た場合の処理も大変だった」

「誤解招く言い方やめてください。確かに見ましたがあれは教官が入浴時間を間違えたせいですよ?」

 

ちなみに、この体質を何故教官がしているのかというと、入浴の交代時間を教官が間違えてしまい、俺が一人で入っていた風呂に教官が誤って入ってきた事があり……その時も俺はぶっ倒れた。

 

「そうだったんですか」

「とはいえ……昼間に私がした事はとてもではないですが、許される事でもありません」

 

俺は確かに山田先生を護る、というか怪我させないために咄嗟に手を差し伸べたのは事実だが、それでも俺が事故とはいえ触れてしまった事は、褒められた事ではない。

俺は一度正座をして山田先生に向き直ると、深々と土下座をした。

 

「本当に、申し訳ありませんでした」

「そ、そんな! 頭を上げてください門国さん。あれがわざとだったなんて、私は全く思ってませんから。それに、事故ですし」

「ですが」

「そこらでやめろ門国。また前の店の時のように互いに頭を下げ合う状態になるだけだ」

 

俺が山田先生の言に返そうと思ったら、教官が先に俺の言葉を封じてしまった。

そしてその教官の台詞で、水着選びの事を思い出したのか、山田先生が何も言ってこなくなった。

顔を上げていないので何とも言えないが、おそらく顔を真っ赤にして恥ずかしがっているに違いない。

 

「別にそこまで気にしなくていい門国。お前も山田先生も、互いに異性の経験が無いのだ。むしろお前が揉んでやらなければ当分揉むやつがいなかったんだから、ちょうど良かったじゃないか」

「「ぶっ!?」」

 

余りにも……あれな教官の発言に、再度俺と山田先生がむせる。

もうすでに酔っているのかわからないが、だんだん言っている事が過激になっている気がする……。

 

「もう! 織斑先生!」

「何だ? 男性との交際関係がないのは事実だろう?」

「そうですけど……もう少し言い方を考えてください」

「……本当に申し訳ありませんでした」

「何で門国さんが謝るんですか!?」

「いえ……その……まだやはり罪の念が……」

「もう!! 気にしなくていいです! ちょうどお酒があるんですから、これで互いに流しましょう!」

 

顔を上げると、そこには顔を真っ赤にした山田先生が湯飲みを俺の方に突き出しており……。

俺としては流してはまずいと思ったのだが、しかしここで会話の流れを断ち切っておかないと、またぞろ教官が何を言い出すのかわからないので、俺は山田先生の優しさに心の中で謝りながら、自身が持っているグラスを軽く打ち付けた。

 

「ふむ、では改めて」

「「「乾杯」」」

 

教官はグラスの半分ほど、俺は舐めるように飲むために口を湿らす程度。

そしてここで驚いたのは、なんと山田先生が一気に杯を呷った事だった。

 

「おぉ? すごいな山田君」

「いやすごいって……ポールジローの濃度は……50度近くですよ……」

 

山田先生がどれほどお酒に強いか知らないが、それでも50度近い酒の一気飲みは純粋に危ない……。

飲み終えると同時に、山田先生が顔をうつむける。

俺は内心ビクビクしながら見守っていると、ガバッと顔を上げた。

 

「おいしいですね。これ」

「え……えぇ、まぁ。そこそこいいお酒ですし」

「もう一杯いただいてもいいですか?」

「構わんぞ。もっとやれ山田君」

 

……何を考えているんですか? 教官?

 

止めように止める前にすでに山田先生の湯飲みには酒が注がれた後で……。

それからしばらくその状態が続くと……。

 

「それでね。私はみんなにいったんです……。門国さんはストーカーじゃないって。そしたら皆さん、『脅されてるの?』って本気で心配してくれて……そんなに頼りなく見えてるんでしょうか私……」

「……はぁ」

 

約十分後。

見事にできあがってしまった山田先生。

何でか知らないが、愚痴を言い始めてしまって……しかも焚きつけたっていうか元凶とも言える教官が……。

 

「見回りに行ってくる。山田君の事は任せる」

「いや任せるって教官!? 山田先生も仕事があるんじゃないんですか!?」

「私がごまかしておく。お前は山田君の事を頼んだぞ」

 

と、先ほど出て行ってしまった……。

 

どうすればいいのですか教官!?

 

「何とかしようと頑張ったんですけど……どうにも出来なくて……私はやっぱりだめな先生です!!」

「いえ、決してそのような事は……って、あぁもうこれ以上お飲みにならない方が……」

 

しかし俺の制止もむなしく山田先生はさらにっていかもはやラッパ飲みで飲み始めている。

しかも酔ったせいで自分の状況……状態が掴めていないらしく、服装も格好も気にせずに飲んでいる。

そのおかげで見えそうになるので、俺はすぐさまピントをぼやかした上に、顔以外に見ないようにした。

 

「ともかくもうこれ以上飲んではいけません」

「何でですか~……おいしいのに」

「だめです。もう、とりあえず落ち着いてくださ!?」

「うふふ~。暖かい……」

 

何とか酒瓶を奪取できたのだが、なんとその隙を突いて山田先生が撓垂れかかってきた。

そうなると俺の体に女性的部分が当たるわけで……。

 

ギャァァァァァァァァァァ!!!!

 

一瞬……心の奥底に、恐怖が宿ったが、かといってそれで振り払うわけにも行かなかった。

 

「門国さんは私の事どう思っているんですか?」

「ど……どう……どうって、立派な先生であると思っております!!!」

「……本当ですか?」

「本当です。とりあえず横になられた方が……」

「う~。そうします」

 

何でか知らないが俺の言う事に素直に従ってくれた山田先生だったが、するとどういう訳か、あぐらを掻いて座っている俺の足を枕にして横になってしまった。

 

「……は?」

「スゥ~、スゥ~」

 

それを止める事も出来ず、しかも横になった瞬間に冗談抜きで寝てしまった。

しかも何でか知らないが、俺の足を片手で握りしめているために動く事も出来ない。

 

……なにこれ?

 

思わず思考が停止してしまいそうだが……ここで停止してしまってはまずい。

とりあえず俺は動ける範囲で、証拠隠滅(酒)を行う。

幸いにして開けた酒瓶は一本のみでそれはすでに空。

グラスも手の届く範囲においてあったので、それらも回収してひとまず鞄の中に入れて隠す。

窓を開けていたのは運が良かったと言える。

そのうち臭いもどうにかなるだろう。

そして最後に、俺は予備のバスタオルで山田先生のはだけた浴衣を隠し、漸くひとまず一息を着く事が可能となった。

 

が……

 

「……どうすればいいの?」

 

ガチャ

 

その俺に答えるように、部屋のドアが開いた音が響く……。

 

誰が入ってきたかわからないが、この状態はいろいろとまずい!?

 

再び変態扱いされてしまう!

が、動きを止められてしまっている俺には……入ってきた人物を止める手段を持ち得てはいなかった。

 


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