ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 1-8

 

 

「……これでわかったでしょう?」

 

 不意に、凛とした声が薄暗い工場に響いた。その場にいた男達全員がその声の方へと目を向ける。

 

「今川さん、結局あなたは利用されていただけ。そして自分達の思い通りに動かないならば、あなたのことなどなんとも思わないような連中なのよ、こいつらは」

「誰だてめえ!」

「安心しなさい、警察じゃないわ。今川さんを探す依頼を受けた、ウドの探偵よ。少なくとも彼と、それから風使いの柏って人には会ってるはずなんだけど」

 

 男達の視線が風使いのところへと集まった。ややあってその男が「ああっ!」と声を上げる。

 

「昨日今川のアパートを嗅ぎ回ってた砂使いのウドの女!」

「やっと思い出してくれたみたいね。……まあいいわ。あんた達への用は後よ。

 今川さん、選択しなさい。ここでこいつらに命を奪われるのか、こいつらと一緒に外道へと堕ちるのか、それともさっき私が言ったことを信じて自首するか。3つ目を選ぶなら、私がなんとかしてあげなくもないわ。もっとも、それ以前にあなたを待っている彼女のことを本当に思うのなら、迷う余地もない質問だと思うけど」

「おいこのアマ、何をごちゃごちゃと……」

「黙れッ! あんた達には話してない!」

 

 空気を切り裂くような鋭い一言は、相手を威圧するのに十分過ぎた。一瞬相手もそれに気圧され、口を噤む。

 

「どうするの、今川さん!」

「ち、ちくしょう!」

 

 穂樽に詰め寄られ、半ばパニック状態の今川は逃げるように駆け出した。だが当然のように相手方もそれをみすみす見逃すはずがない。彼目掛けて魔術を行使してそれを食い止めようと準備する姿が窺える。

 

「蜂谷さん! セシル!」

 

 叫びながら、穂樽も砂塵魔法を展開させた。今川を守るように魔力によって砂を集積させ、即席の防壁を作り上げる。相手の魔炎魔術がその壁に命中して爆ぜ、続けて魔風魔術がその壁を打ち砕く。だが今川の元にまでそれが届くことはなかった。

 

「ハチミツスマッシュ!」

 

 その間に穂樽側も反撃に出ていた。蜂谷が両掌に作り出した魔水を叩きつけ、相手側に広範囲の攻撃を加える。犯人グループにいた蜂谷同様の水使いが辺りに防御の魔術を展開し、それを凌ぐ。が、蜂谷の魔術の威力が上回ったか、相手の何人かが吹き飛ばされた。さらに直後。

 

「はああーっ!」

 

 目の前に浮かび上がった魔法陣目掛けてセシルが回し蹴りを放ち、そこから魔炎魔術が放出される。蜂谷ほどの範囲はないがその分威力は見るからに強大。狙われた相手は攻撃系の魔術使いでなかったのか、それとも魔術の防御は不可能と判断したか。慌ててその場を飛び退いたが、地面に着弾した魔術の衝撃で宙を舞い、壁へと激突した。

 その間に今川は穂樽の傍へと駆け寄っていた。庇うように相手との間に蜂谷が割って入る。

 

「俺はどうすれば……!」

「彼と一緒に行って! 弁魔士よ、彼女のことまで含めて全て任せて大丈夫だから! 蜂谷さん、手はずどおりにお願いします!」

「わかった、気をつけろよ!」

 

 廃工場を後にしようとする蜂谷と今川目掛け、相手側は追撃の魔術を放とうとする。させまいと、今度は穂樽が広範囲に砂塵を展開させて相手を威嚇するように攻撃した。相手側は防御するか物陰に身を隠すかしてそれをやりすごす。

 

「ちくしょうが! 今川に自首させるとかふざけたことぬかしやがってこのアマァ!」

「アマじゃありません! バタフライ法律事務所の弁魔士、須藤セシルです! あなた達も無駄な抵抗はやめて、出頭してください! 弁護します!」

「弁魔士だぁ!? お呼びじゃねえんだよ! 探偵と弁魔士風情がでしゃばった真似しやがって……。たかがウドの女2人、やっちまえ!」

 

 その一声で魔術対決の火蓋は切って落とされた。

 圧倒的数の優位、加えて相手が女という慢心。それが犯人グループに根拠のない自信を与えていた。二手に分かれた穂樽とセシルの元へ、散発的に炎や風、雷といった魔術がとんでくる。2人はそれを物陰でやり過ごし、あるいは防御に魔術を発動し、どうにか直撃を免れる。個人の質こそはっきり言って大したことはないが、如何せん数が多いと穂樽は内心歯噛みしていた。

 

「へへっ! どうした探偵の姉ちゃんよ! さっきまで勢いよかったのに防戦一方じゃねえか! 昨日仕留め損ねた分、今日はたっぷり遊んでやるぜ!」

 

 そんな穂樽の心を煽るような挑発の後、火球が飛んできた。瞬間、穂樽の顔が露骨に引きつる。

 

「……あんた、私をあの時3階から吹き飛ばした奴?」

「そういうこった! おら顔出しな! 俺様直々の魔炎魔術でまた吹っ飛ばしてやるからよ!」

 

 よく穂樽はクールだと言われる。確かにセシルのような天真爛漫な性格からは程遠いことは自覚している。しかしそれは手際がいいとか仕事をそつなくこなすとか、そういう意味で言われていると思っている。

 そしてどちらかといえば、クールというその言葉と裏腹、彼女は意外と頭に血を上らせやすかった。故に、ここまであからさまな挑発を受けてそれを受け流すことなど出来なかった。

 

「上等よ! やれるもんならやってみなさい!」

 

 叫んだ瞬間、物陰から人影が現れる。声の方向からその辺りと事前に狙いをつけていた魔炎使いはためらわずに火球を放った。狙いは違わず、それに命中して吹き飛ばす。

 

「馬鹿が! ざまあみやがれ!」

 

 確かに穂樽は血を上らせやすい。だがそのことも無論自覚している。すなわち、そんな彼女が無策で姿を晒すなど、あろうはずがなかった。

 

「馬鹿はどっちか、その目で確かめるがいいわ!」

 

 魔炎使いの男にとっては、今川がいないはずなのに幻影魔術をかけられた気分だったであろう。吹き飛ばしたはずの相手が、先ほどと違う物陰から再び姿を現したのだから。しかも今度は魔術を行使し、砂を操り自分目掛けて叩きつけてきた。何が起こってるかを理解する間もなく魔炎使いは吹き飛ばされ、壁へと激突、卒倒した。

 

「これで昨日の眼鏡の借りは返させてもらったわよ」

 

 種を明かせば何ということはない。穂樽の魔術は砂塵魔術。暗がりで姿が確認しにくいことを利用し、砂の塊を人型状に作り出し、(デコイ)として利用した。相手はそれに見事引っかかった、というわけだ。

 

 そうしている間に、セシルも離れたところで相手を数名蹴散らしていた。通常ウドは一種類の魔術しか使用出来ないが、規格外の能力を持つ「100年に1人の逸材」とまで謳われるセシルはそんな常識を打ち破り、複数の魔術の使用を可能としている。そしてその魔力も桁違いだ。穂樽でさえ質は大したことがないと思うような相手に、セシルが遅れを取るはずがない。

 

「な、なんだこいつら! つええ!」

「ボス! どうします!?」

「うろたえるんじゃねえ!」

 

 穂樽も既に次の相手に取り掛かり、ノックアウトさせている。味方の数が着々と減っていき、相手も焦り始めたようだった。だが、ボスと呼ばれた男は何か策があるのか、落ち着いた様子で部下達へ指示を飛ばしている。

 

「……おう姉ちゃん達、甘く見てたことは撤回しよう。あんたらなかなかの使い手だ」

「それはどうも。だったらさっきこの子が言ったとおり出頭してくれないかしら? そうすれば多少は酌量の余地が出るし、何よりこれ以上無駄な魔術戦争をせずにすむわ」

「残念ながらそれはできねえな。……そして姉ちゃん達もそのまま帰すわけにはいかねえ!」

 

 物陰からボス、と呼ばれた男の様子を窺う。どうやら魔力を込めた両拳同士を叩き付けたようだった。その男を中心に地面に魔法陣が描かれ、光が増していく。

 

「な、なっち! もしかしてあれ……!」

 

 セシルが叫んだ。同時に穂樽も直感する。まずいかもしれない、と。

 

「行くぜ! メタモロイド、ゴー!」

 

 ここは廃工場。金属を分解、収拾してロボットを作り上げる金属機動具(ディアボロイド)生成魔術使いにとって、発動条件は十二分に揃った環境だ。工場内にあった金属が軒並み分解され、再形成されてボスの男の周りへと集まっていく。

 魔術発動者の男を取り込み、造り上げられたのは全長10メートルはあろうかという、巨大な恐竜のようなディアボロイド――形状から厳密に言えばメタモロイドだった。後ろ足2本で立ち、それより小ぶりな前足が胴から2本。特徴的な長い尻尾と、牙こそないものの獰猛な古代の獣を思わせる風貌は、魔術を知らない人間から見たら畏怖そのものであろう。廃工場の天井を突き破り崩落させつつ悠然と立ち、足元の獲物へと狙いを定める。

 

「出た! ボス自慢のメタモロイド!」

『ハッハッハ! 覚悟しな、姉ちゃん達!』

 

 喝采を上げ、得意げに余裕を見せ始めた相手に対し、だがセシルは全く動じた様子はなかった。

 

「相手がこの程度の大きさなら……十分勝てる!」

 

 自身の生成できるディアボロイドはこの相手の倍以上、優に20メートル前後のサイズまで造り出すことが可能。故にサイズ差で勝てると自信に満ち溢れた表情でセシルは上着のポケットからリップスティックを取り出した。ところが――。

 

「待ちなさい! ディアボロイドは禁止って言ったでしょ!」

 

 叫びつつ、穂樽は相手のメタモロイドへ魔術で砂の塊を叩き付けた。だが効果は全くといいほどなかったらしい。

 

『んー? 何かしたか、探偵の姉ちゃんよお!』

 

 メタモロイドが巨大な足を上げ、穂樽を踏み潰さんと下ろした。どうにか穂樽はその場から離れて攻撃を回避する。

 

「なっち、そんなこと言ってる場合じゃないよ! セシル達の自然魔術じゃどうしようもないって!」

 

 反論しつつも、目の前の魔法陣に回し蹴りを打ち込んでセシルも魔炎魔術を機械の恐竜へと放つ。しかしやはりダメージは期待できない。

 

『さーて、出頭しろとか言ってたおふたりさん、そっちこそ抵抗やめてくれるんなら命までは取らねえでお前らを可愛がるだけで済ませてやってもいいぜ? そこそこの美人とかわいいお嬢ちゃんの2人だ、楽しめそうだしな。まあ断ったとしても、痛い思いをしてもらった上で可愛がってやるだけなんだけどよ!』

「……最低ッ!」

「不潔です! 汚らわしいです!」

 

 穂樽とセシルの抗議の声を無視し、勝利を確信する敵のボスは下卑た笑い声を上げた。

 しかし実際問題としてこのままでは圧倒的に不利だということは穂樽は重々承知している。罰金は嫌だがこんな連中に捕まっていいようにされるよりは遥かにマシだろう。クインには踏み込む前に連絡していたが、まだ到着する気配はない。こうなったら背に腹は変えられない。

 

「セシル、さっきの禁止令は撤回するわ!」

「やった! それじゃあ……」

「ただし! 金属収集はあんたの目に付く範囲限定!」

「そ、そんなのまともに生成できないよ! 相手にこの辺りのはもう使われちゃってるんだから!」

 

 確かにセシルが本気を出せばキロ単位で離れた場所からも金属を集めることが可能であろう。事実、過去にカナダの実家を破壊されて怒りに身を任せた彼女が、周囲に金属が皆無な状況からディアボロイドを生成する様子を穂樽は目の当たりにしたことがある。

 だがそれをやって都市部から金属を収集、結果インフラに打撃を与えたなどとなったら。バタ法のバックアップがないと明言されている以上、どれだけの罰金を請求されるか考えたくも無い。

 

「じゃああんたの全力の6……いや、5割! それでこいつと同じサイズのは作れるでしょ!?」

「サイズとしては作れるかもしれないけど……。多分金属が足りなくて質量不足だよ! パワー負けするハリボテになっちゃうと思う!」

「質量不足のハリボテ……。上等、それでいいわ! 対抗できるサイズなら今すぐ作りなさい!」

「でもきっと勝てないよ!」

「勝てなくていい、要は負けなきゃいいのよ! 私を信じなさい!」

 

 セシルはまだ不満そうであったが、穂樽に「信じろ」とまで言われたらもうそれに従うしかない。ディアボロイド魔術発動の時間を稼ごうと、穂樽は躍起になって砂塵魔法を放って相手の気を引いている。覚悟を決めたセシルは「Whatever will be, will be(なるようになる)!」と自分に言い聞かせるように叫びつつ、掌にリップスティックで魔法陣を描いた。

 

「セシル、ディアボロイド、ゴー!」

 

 左手を天に向けて突き上げ、高らかに叫ぶ。複数の魔術を操る彼女が最初に発現させてもっとも得意とする、金属の巨人を作り出す魔術。廃工場内ならず、その周囲からも集められた金属はまずは彼女の周りを覆っていく。次いでそれは根幹である頭部、胴体を作り上げ、そして四肢を構成しようと形作っていった。しかし――。

 

『やっぱりこれじゃダメ! なっち、金属が足りないよ!』

 

 既にコックピットというべきか、ディアボロイドの操縦スペースに埋まったセシルが外部へと悲壮感溢れる声を上げた。四肢がまだ骨組みの段階で、肉付けが全く出来ていない。だが金属の収集ペースは落ちつつあり、彼女の5割の力ではこの近くからはもう集め切れないことを表していた。

 しかし穂樽はそれを聞いても動揺はしなかった。むしろ逆、口の端を僅かに上げる。

 

「いいえ、それでいいのよ。足りない分は……!」

 

 魔力を込め、穂樽は額の前に両手を構える。そして、セシルが作り上げているディアボロイド目掛け、その腕を振り下ろした。

 

「ホタル、ディアボロイド、ゴー! ……なんてね!」

 

 地面を突き破り出現した大量の砂の塊は、穂樽の指示に応じて骨組み状態であるディアボロイドの四肢に張り付いていく。それまで心許なかった両腕と両足が見る見るうちに穂樽の砂塵魔術によって補強されていった。

 

『なっち! これなら……!』

 

 かつての同期の意図を察し、セシルはその砂の四肢の外部を自分のディアボロイド魔術で覆い補強、さらに行動に支障がないようにその上から補助を施していく。

 かくして、セシルと穂樽の共同作業によるディアボロイドは完成した。即席の連携、しかも本来セシルが造るサイズの半分以下。それでもこれだけで、メタモロイドを造り出したことで勝利を確信していた相手の動揺を誘うには、十分過ぎる効果があった。

 

『な……! ディアボロイドだと!? 俺がこの辺りの金属はほとんど使ったってのに!』

「行け! セシル!」

 

 穂樽の呼びかけに呼応するように、セシルを乗せた全長10メートル弱の金属の巨人は地を踏みしめて駆け出した。自身の重量に加速を上乗せして、狼狽したせいか対策を打てずにいたメタモロイド目掛けて肩口から激突する。

 質量不足、という事前のセシルの評価と裏腹、威力は十分だった。重さの乗ったショルダータックルは相手のメタモロイドを薙ぎ倒し、しかし勢い余ってセシルのディアボロイドもバランスを崩す。だが、傍目からみていた穂樽はこれならやりあえる、と思っていた。

 

「よし! パワーは負けてない! いける……!」

 

 彼女が独り言を溢した直後、メタモロイドが尻尾を振るう。バランスを崩していた金属の巨人はそれに足を払われ、完全に転倒してしまう。

 続けて獲物を貪ろうかという勢いで金属の獣が飛びかかった。間一髪、セシルのディアボロイドは上体をよじらせて踏み付けをかわし、反撃に肘を打ち込む。数歩たたらを踏んで相手が離れ、その隙にセシルは自分の愛機をどうにか立ち上がらせる。が、見るからに普段より動きが悪い。

 

「セシル!? どうしたの!?」

『多分普段と違って無茶な造り方をしたせいだと思うけど……。あんまり言うことを聞いてくれない……! パワーは負けてないけど、細かい動きが……!』

 

 軋むような音を上げつつ、ディアボロイドはなんとか立ち上がった。だがその間に先ほど数歩分体勢を崩したはずの相手が完全に立ち直っている。

 

『へっ! ヒヤリとしたが所詮は付け焼刃だったようだな!』

『そんなことない! セシルとなっちの2人の力を合わせて作り上げたディアボロイドだもの! 負けるもんか!』

 

 ディアボロイドの腕とメタモロイドの前足が組み合う。純粋な力比べ。一見華奢に見える相手のメタモロイドの前足だが、セシルのディアボロイドと互角のパワーらしい。全力で生成さえさせてあげられるならあの程度あっさりと捻り潰せるのに、と穂樽は歯噛みした。しかし、下手をすれば災害級となる魔術行使の代償と引き換えに作り出させるには余りにリスク、というか発生する罰金が大き過ぎる。だがなんとか無難な落としどころで済ませた。あとはこれでクイン達警察が到着するまで時間を稼げれば、と穂樽は願う。

 

「ああっ!?」

 

 ところが、その願いを打ち砕くような目の前の衝撃的な光景に、彼女は悲痛な声を上げた。力比べに負けたのか、ディアボロイドの左腕が肘から先を捻じ切られていたのだ。人間なら流れるはずである血液の代わりに、自分が補強した砂が流れ出ている。

 追撃とばかりにメタモロイドがその巨体を預けるように背中口からディアボロイドへと激突した。巨体が一瞬中に浮いて穂樽の横を吹き飛んでいき、地揺れと轟音と共に地面に倒れこむ。

 

「セシル!」

『だ、大丈夫! まだ大丈夫!』

 

 ディアボロイドの上体を起こしつつ、セシルは外へと声を投げかけた。しかし当人の主張と裏腹、もはや不利な状況に陥ったことは穂樽もわかっていた。

 

『とどめだ! 行くぜ!』

 

 相手側もそのことは重々承知しているらしい。開いた距離を詰めつつ、その加速の勢いを乗せて体当たりを仕掛けてくるつもりだ。メタモロイドが駆け出す。どうにかしないと、と考える穂樽の横を、受けて立つとばかりにセシルは強引にディアボロイドを立ち上がらせ、走り出した。

 

「待ちなさい! 無策じゃ……!」

『大丈夫、絶対勝てる! 私となっちのディアボロイドが……負けるわけ無い!』

 

 彼女特有の、まっすぐな言葉だった。無茶を言った自分を信じてくれたという気持ちはありがたいほど伝わる。だがそんな感情論か根性論でどうにかなるほど、もはや楽観的な状況ではない。正面からぶつかれば十中八九当たり負けるであろうことは、穂樽には容易に想像がついた。

 ならイチかバチか。自分にやれる限りで、やれることをやるしかない。そう思い立った時には、穂樽は駆け出していた。鉄の巨人と併走しつつ、魔力を高める。既に魔術を多用し、体も疲労の色が濃い。体力づくりのためにジムに通っていた時期もあり体力に自信が無いわけではないが、それを越える運動量に息が上がり足がもつれそうになる。それでも穂樽は懸命に走りつつ、魔力をこめた両手を額の前にかざした。

 

「はあーっ!」

 

 気合の声と共に両腕を振り下ろす。呼応するように彼女の足元から砂の塊が飛び出し、相手のメタモロイドの地面につこうとする足を直撃した。しかしそれでも相手の勢いは止まらない。が、穂樽の狙いはそこではない。

 

「これで……どう!?」

 

 右手を大きく振る。地面に散らばった砂とその下の地面が蟻地獄よろしく渦を巻き始める。そこに踏み込んだ鉄の恐竜は、今度こそ渦巻いた砂と細かい砂の粒によって、僅かに足をとられてよろめいた。それでも、まだ加速の勢いを止めきれない。

 それなら、と数歩先の踏み出す足を狙おうとする穂樽。だがそれを邪魔するように――。

 

『ちょこまかと! 目障りなんだよ!』

 

 相手のメタモロイドが地面へと尻尾を叩きつける。穂樽からは随分と距離があったが、それでも飛来する礫が顔と体にぶつかる。腕で庇ったものの、頬を掠めたせいで一筋血が流れ落ちた。

 

「くうっ……!」

『なっち! このォー!』

 

 仲間を傷つけられたセシルの怒りが乗り移ったかのように、ディアボロイドの目が一度光った。右肩を突き出し、ショルダータックルの体勢。対するメタモロイドも背を見せ、先ほど同様の体当たりを狙っているとわかる。両者が激突するまで互いにもう一踏み込みの間合い。

 今さっき受けた体の痛みを耐え、両者が激突するより早く穂樽は腕を振るって魔術を行使した。踏み出されるメタモロイドの足元に砂が集まり、バランスを崩しにかかる。連続の足元へ向けての攻撃に今度こそメタモロイドの加速が落ちた。

 

「あと少し……!」

 

 転倒させられればベスト、それが無理でももう少しバランスを崩させれば激突の際の勢いを殺せる。ありったけの魔力を注ぎ込んで巨大な足をよろめかせようと穂樽が砂を操る。しかし、その気配がもうない。ダメか、と穂樽が諦めかけたその瞬間――。

 

 不意に、不自然に、メタモロイドの足首が折れ曲がった。彼女の魔術ではこれまで本体へのダメージはおろか、接地の邪魔をするのがせいぜいだったのに、である。

 だが穂樽は原因を考えるのを後に回した。相手は加速の勢いを殺されたどころか、既によろめき倒れかけている。

 

「セシル!」

『てやああああーッ!』

 

 おそらく穂樽が考えていたであろう事を、セシルも察した。これまでのタックルから、足元に崩れた相手へ重量を乗せて肘を落とす形に切り替える。

 エルボードロップ。肘にディアボロイドの全重量を集中させたその一撃は、地面と挟まれる形となった相手の胴体を見事に抉った。鋼の恐竜が断末魔の悲鳴よろしく、金属同士が激しく打ち鳴らされる音を響き渡らせる。とうとう限界を迎えたか、相手のメタモロイドは霧散し、その使い手は呻きながら転げるように放り出されていた。

 一方セシルのディアボロイドも攻撃対象が消え去ったことにより、肘から地面へと激突。攻撃の勢いで肩口が裂け、補強していた砂がこぼれ始める。同時に相手を撃破したと判断した彼女は自分の意思でディアボロイドを解除し、激戦を終えた地面の上に倒れこむように両膝をついた。

 

「大丈夫、セシル!?」

 

 まだ先ほどの痛みの残る体を引き摺るように、穂樽はセシルの元へと駆け寄る。

 

「だ、大丈夫……。ありがとうなっち。相手のバランス崩してくれたおかげで、なんとか勝てたよ……」

「いえ、でもあれは……」

「そこまでだ、てめえら!」

 

 満身創痍の2人にその言葉が降り注いだ。相手グループはボスをはじめとしてほぼ無力化されていたが、まだ戦闘向き魔術が使える人間が数名残っていたらしい。その残党が全て攻撃の矛先を2人へと向けている。

 

「散々好き勝手暴れやがって……。ボスまでやっちまうとは恐れ入ったぜ。だがもう限界のようだな。覚悟しやがれ!」

 

 戦闘の意思を見せているのは3名、数こそ多くないが今の手負いの穂樽とセシルでは分が悪い。せっかくディアボロイド戦を制することが出来たと言うのに万事休すか、と穂樽が奥歯を噛み締めた、その時。

 

「覚悟するのはお前らの方だ!」

 

 よく通る女性の声だった。直後、薄暗かった工場内が強い照明によって一気に照らし出される。その照明の前、盾を構えた大人数の部隊と、真ん中に拳銃を片手に煙草を咥えて蒸かしながら立つ女警部がいた。その姿を見て、2人の表情が明るくなる。

 

「クイン警部!」

「無駄な抵抗はやめな、宝石店の強盗犯さん達。もう証拠はあがってる。少なくともあんた達が派手にディアボロイドでやりあってるのは遠くからでも見えたからな。魔禁法一条、並びにディアボロイド製造の九条違反の現行犯だ。それから……」

「この……!」

 

 説明を続けるクインを無視し、犯人グループの1人が魔術を行使しようとしたその瞬間、だった。

 それまで下を向いていたはずのクインの拳銃の銃口が相手に向くと同時、発砲音が響き渡る。放たれた弾丸は相手が魔術を使用するより早く片足を撃ち抜いていた。男は悲鳴を上げて撃たれた箇所を押さえながらその場でのた打ち回る。まるで西部劇の早撃ち(クイックドロー)を見たかのような錯覚に、穂樽もセシルも思わず両手を上げて無抵抗の意思を示しつつ、呆然とその光景を眺めていた。

 

「公務執行妨害も追加だ。加えてさっき言ったとおりお前らには先日の宝石店の強盗傷害容疑もかかってる。今の奴みたいに足に風穴空けられたくなかったら大人しく従いな! 今日のあたしの運勢は12星座中最悪だからね、間違って手元狂って急所撃っちまっても責任持てないよ!」

 

 有無を言わせないクインの口調に、とうとう犯人達も抵抗を諦めた。彼女が連れてきた隊員達が次々と犯人の身柄を確保していく。

 そんな中、クインは悠然と穂樽とセシルの元へと歩み寄った。既に銃はホルスターに収められ、彼女は咥えていた煙草の煙を吐いてから話を切り出す。

 

「まあ、ご苦労さんってところかな。連絡ありがとよ」

「いえ、こちらも丁度危なかったので助かりました。……それで、蜂谷さんと今川は?」

「最寄の署に自首してきた、ってのは聞いた。ここへの踏み込みより時間は早いからな。表向きはその今川から情報を得てここを突き止めた、ってことになってる。……しっかしディアボロイドはまずかったな。ありゃあたしでも庇いきれない。形式上、そこまでにはならないと思うけど、九条違反の罰金だけは払って聴取は受けてくれよ」

「よかった。セシルにかなりセーブさせましたからね。この子が本気でやったら都市部が大変なことになりかねないですよ」

「同意。ちっとは使いどころ考えな」

「今日のは使わないとどうしようもなかったですよ! それに先に出してきたのは向こうです!」

「それでも九条は違反だな。ま、諦めてくれ。そんじゃ優遇車両にご案内してやるよ」

 

 優遇車両ってパトカーだろ、とか、一服もさせてもらえないだろうに何が優遇車両か、と穂樽は突っ込みたかったが、さすがに疲れていたためにそんな元気もなかった。

 ひとまず犯人グループはまとめて逮捕、加えて自分が依頼を受けた今川は考えられる限りもっとも理想的な形で救い出すことが出来た。ディアボロイドの戦いという予想外の展開はあったものの、どうにかうまくいったことに、穂樽は胸を撫で下ろさずに入られなかった。

 

 同時に、ふと彼女は思い出す。あのディアボロイドの戦いの最後、自分の砂塵魔術では相手の足を破壊することなど到底出来なかったはずだ。なのに、相手は確実にバランスを崩した。あれは、一体なんだったのだろうか。

 考えようと思ったが、うまく頭が働かない。とにかく疲れた。結果的にうまくいっているのだから、細かいことはいいかと、穂樽はその考えを思考の中から排除し、クイン曰く「優遇車両」に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 大捕り物が終わった廃工場から離れた屋根の上。影に紛れるように立っていたその女性は、今回の主役であった女性2人の安全が確保されたのを確認すると、僅かに口の端を上げた。

 

「今回も少し手伝っちゃったか。ま、セシルんのためだからいいけど。……それにしてもなっち、随分と信頼されてるんだなあ。ちょっと嫉妬しちゃうかも」

 

 クスリ、と彼女は小さく笑った。髑髏のマークの上に「GO TO HELL」と書かれたジャンパーを羽織った彼女は、落ちたら大怪我をしかねない屋根の上という異様な場所にいながらも、そのジャンパーのポケットに両手を突っ込み、平然としていた。

 

「なっちもお気に入りだけど、やっぱセシルんには全然叶わないなあ。……ま、セシルんのことは、私が守ってあげるからね」

 

 悪魔のようにも見える笑みを残し、突如として彼女の姿が消えた。後には静寂と、初めから何もいなかったかのような夜の闇が広がるばかりだった。

 




「ホタル、ディアボロイド、ゴー!」と「ハチミツスマッシュ!」と「出頭してください、弁護します!」が書きたかった。反省はしていない。

ディアボロイド戦についてはセシルが本気を出せば勝てるレベルの相手なので、あくまで実力セーブで金属収集を抑えつつ、かつ穂樽の援護を受けて互角より若干不利に戦う、というコンセプトで書いています。
セシルが本気で発動するごとに建造物がどんどん犠牲になる魔術ですし。

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