ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 1-2

 

 

 八橋がファイアフライ魔術事務所を訪れた翌日。遅い起床の後、午前9時半という時間に朝食を済ませた穂樽は食後の一服をしつつ、仕事用の携帯をいじっていた。

 

「ニャ、穂樽様、女子力高いなら洗い物手伝ってニャ」

「一服中。それにそれはあなたの仕事」

「理不尽ニャ! ニャンで私が小間使いみたいニャことしニャくちゃいけニャいのニャ!」

「使い魔だからでしょ。あとニャーニャー聞き取りにくい」

「ニャー! ひどいニャ! そして煙草臭いニャ!」

 

 喚き散らす使い魔のニャニャイーを無視して、穂樽は眼鏡のレンズ越しに携帯の画像をぼんやりと眺める。そして煙を吐き出しながらポツリと呟いた。

 

「これが噂の『彼』、か……」

 

 預かった携帯のデータの復元には成功した。依頼人のプライバシーを侵害するようで少し気は引けたが、重要資料であることは事実なためにPCにバックアップを取ってある。さらに、外出時も情報を得やすいように、ある程度のデータは仕事用の携帯とタブレットPCにも移しておいた。

 その携帯の画像の中で、見るからに仲良く笑い合って写る一組の男女がいた。片方は昨日尋ねてきた依頼人、八橋貴那子。そしてもう片方が、彼女の記憶からすっぽりと抜け落ちてしまった「彼」――復元したデータから推測した名は、今川有部志(いまがわゆべし)

 彼には失礼だが特にかっこいい、というわけでもない顔立ちの男性だなと穂樽は思っていた。男好きの元同僚に見せれば「全然イケメンじゃないけど、まあギリギリオッケーって感じ?」とかよくわからない評価が下るだろう、などとふと考える。

 

 穂樽は画像の他に電話帳やメールの復元もしていた。その消された電話帳のデータやメールの内容から「彼」の名前がおそらく今川であろうことを突き止めたのだ。他にも主にメールでのやり取りから色々得られた情報はある。八橋と同じ大学の2年生、しかし学年は一緒だが年は1つ上ということ。バイオリンを演奏する趣味があること。八橋との仲は悪くなく、むしろ良好すぎるぐらいだったこと。

 はっきり言って、ここまでの情報があればあとはそれほど大変ではないだろう。復元したメールや画像を見ることで八橋の記憶が蘇る可能性がある。

 しかし、どうしても穂樽にはひっかかる部分があった。確かに名前、顔、さらに依頼人の八橋と同じ大学というところまで絞り込めれば見つけ出すこと自体は簡単ということもありうる。だがそれだけで解決しない問題があるのではないかと考えていた。

 

 既に穂樽はある仮説を立てている。そしてそれを証明するように、復元できた番号に間違い電話を装ってかけてみたところ繋がらなかった。聞こえてきたアナウンスの内容から既に解約済み、と考えられた。携帯を解約までしているということは、何か裏があるとも考えられる。

 

 ゆっくりと煙を吸って吐き出しつつ、「だとすると……」と、昨日八橋の前でこぼした独り言と同じ言葉を穂樽は口にした。

 

「ニャ? 穂樽様、昨日依頼人の前でもそれ言ってたニャ。ニャにがだとするとニャ?」

 

 主の独り言を聞きとがめたニャニャイーが横から口を挟んできた。顔を動かさず、穂樽はニャニャイーの方へピースサインのように指を2本立てて見せる。

 

「この一件、確実に消えているものが2つあるわ。1つは今川に関する物的な存在証拠。もう1つはその今川を記憶しているであろう八橋さんの記憶。1つ目はある程度誰でも消すことが出来る。彼女の携帯さえ手にできれば消せるわけだから。それでもプレゼントその他があるとすると、そこまで消すのは難しくなる。でも彼女との仲が良ければ良いほど、その難易度は下がる」

 

 指を1本折り、人差し指だけを残した状態で穂樽は続ける。

 

「2つ目、こっちが問題よ。八橋さんの記憶。裏は取れていないけど、病院での診断を信じるなら彼女は記憶喪失とはいえない。それに私の見立てでは彼女は嘘をついてもいない。そもそも、今川に関する部分だけが綺麗に抜け落ちているという点が解せない。……でも復旧したメールから、あることがわかった。それで私はひとつの仮説を立てた」

「仮説ニャ?」

 

 手を元に戻し、煙を一度肺へと通してから穂樽は先を述べた。

 

「まず、このデータの消え方は自然に消えたものではない。明らかに人為的なもの……付け加えるなら今川に関する部分だけが消されているのだから作為的なものよ。そしてさっきも言ったとおり、彼女との仲が親密であればあるほど、携帯に触れられる機会は増える。

 次に記憶。彼女の記憶の抜け落ち方は通常では考えられない。そこで出てくる可能性が……魔術よ。幻影魔術使いであるなら、記憶の改ざん、あるいは部分的な消去は不可能ではないはず。無論、使い手の能力差にもよるし、被対象の抵抗度合いにもよるとは思うけどね。そして……今川はウドだと復元したメールから判明してる」

「ニャ!?」

「1つ目の条件と2つ目の条件を同時に満たしうる恋人の存在……。仮説。彼女から今川有部志という存在を消し去りたい人物は、他ならぬ今川本人ではなかったのか」

「ニャンでそんニャことする必要があるニャ?」

 

 肩をすくめ、そこまではわからないと穂樽はジェスチャーを見せた。しかし変わらず難しい顔のままその先を続ける。

 

「見当はつかないわ。まあケンカ、という線はないわね。写真とメールの内容からして仲はかなり良好。彼は彼女にバイオリンの演奏が本当に楽しみだとか言われるほどの仲だからね。消されていた最後のメールの付近も、不穏な内容は無いわ。そもそもケンカならわざわざここまで手の込んだことをする必要が無い」

 

 あるいは、と一度挟んで煙を吸って吐き出しつつ、穂樽は表情を硬くしてその先を続ける。

 

「……それも全て演技、彼女に下心あって近づいて、何かを奪い去って記憶と自分に関する情報を消した、とも考えられる。でも彼女に確認した限りでは所持金、口座の残高、記憶にある限りの貴重品は失ってない。大学の重要な研究データ、ということもあるけど、彼女は教育学部で理系ですらないからその線は考えにくい。……まあ何を奪ったのかすらも記憶から消している、という可能性も否定出来ないからこれは断言出来ないわね」

 

 もっとも、その可能性は低いと思うけど、と彼女は心の中で1人呟きながら煙草の火を揉み消した。復元したデータの中の2人はまごうことなく恋人同士、と捉えられた。これが演技だとするなら、今川という男は相当の詐欺師であろう。最後の煙をため息と一緒に吐き出す。

 

「でも今川だと断定出来るのかニャ? 他の人が消したということもあるんじゃニャいかニャ?」

「勿論それも考えてる。そもそも今川がウドだとはわかったけど、どんな能力を使えるのかまではわかってないし。それにここからは全く姿の見えない第三者なら、もう完全にお手上げよ。ただ、携帯が解約されている、となるとやはり彼は何かしら関わっているんじゃないか、と見るのが妥当とも考えられるけど。あとは……。いえ、やっぱりなんでもない」

 

 穂樽は八橋本人だけの問題、ということも考えた。だが、まず彼女の自作自演で冷やかし、というのは昨日話したときに嘘をついていないだろうと推察できたために早々と可能性から消去していた。

 次に、あまりに嫌な記憶だったためにデータなどを全て消去後に自己防衛的に記憶に蓋をするように消してしまった、ということも考えていた。穂樽は医学関係に明るくないが、そういう現象が起こる場合はある、と聞いた覚えがあったからだ。だがそれにしても思い出そうとしたときにもっと拒絶反応が出るだろうし、そもそもここに来ようとまではならないはずだと選択肢から除外していた。

 

「つまりわかったのは八橋が探してる相手の名前が今川だってことぐらいかニャ?」

「ほとんどそうよ。でもそれだけでも十分過ぎるほどの情報だと思うけどね。依頼はあくまでその相手を探すこと。彼女の記憶云々の話は二の次……。複雑な事情があるかもしれないけど、身も蓋もなく言ってしまえば私の勝手なお節介よ」

 

 もう1本煙草を吸おうかと箱に手を伸ばしたが、穂樽はそれをやめた。代わりに車のキーとライターと共に煙草を箱ごと手に取って立ち上がり、外出用のカバンの中へと放り込む。

 

「お出かけかニャ?」

「ええ。ここで考えてても結局は推測の域を出ない。あいにく私は安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)じゃないから、基本は足で稼がないとね。今川の情報をもう少し集めておきたいから、2人の通う大学まで聞き込みに行ってくるわ」

 

 手早く荷物をまとめ、身だしなみを一応チェックしてから穂樽は居住区入り口の扉へと手をかける。

 

「ニャニャイー、留守番お願いね。八橋さんが来る夜8時前には帰ってくるから」

 

 了承の言葉か、あるいは何か文句を付け加えられたか。背後から聞こえた使い魔の言葉を適当に聞き流し、穂樽は居住スペースを後にし、事務所の外への扉を開いた。

 

 

 

 

 

 八橋が通う大学は都心部からは外れるものの都内であり、駅からのアクセスもよく、電車による移動も便利そうだった。学生にとっては助かる環境だろうと思う。

 キャンパスの中は学生特有の明るい雰囲気で溢れていた。思えば自分もそんな風に大学に通い、そして妻のいる教授に届かぬ思いを抱いた、などということを穂樽はふと思い出していた。が、思い出すと同時に顔に苦いものが浮かぶのを自覚している。

 今になって思えば若気の至りだった、で笑い話にしてしまったっていい。しかしどうにもまだ完全に吹っ切ることが出来ずにいるのも事実だ。結果、仕事で身を忙殺させることで自然と恋自体から距離を置いている。今はそれでいいと思いつつも、人はいつか変わらなくてはならないときが来るともわかっている。だとすると、いつまでもこうしてはいられないかもしれないとも思うのだった。

 まずい、と彼女は直感する。どうにもネガティブな方向に物事を考えてしまう。気持ちを紛らわせるために反射的に右手はカバンの中で煙草を探していた。だがここはキャンパスの中。喫煙スペースは限られるか、下手をすれば無い可能性もある。それに自分は八橋の依頼のために情報収集に来たのだと言い聞かせ、キャンパス内の見取り図へと目を移した。

 

 今川有部志という名前はわかったが、学部まではわからない。総務に尋ねたところで関係者でなければ教えてくれないだろう、ということは過去の経験から容易に想像がつく。

 なら別口から当たればいい。メールの情報から、今川はバイオリン演奏という趣味があることはわかっていた。

 この大学には音楽専攻の学科はない。それに、今川のメールにはあくまで趣味ということが強調されており、その関係の学部学科ではなく、弾く機会があるにしても部活かサークル単位であろうと考えられた。まずは部室の集まっている部室棟に行き、バイオリンを使うであろう規模の大きな部活、具体的には管弦楽部辺りにあたるのがいいと穂樽は判断する。

 

 サークル棟はキャンパスの外れにあった。開け放たれた窓からは楽しそうな談笑の声が聞こえ、ベランダで練習しているのだろうかトランペットの音も耳に入ってくる。

 入り口を入ったところで、思わず穂樽は僅かに眉をしかめた。彼女が大学在学中から思っていたことだが、やはりこのサークル棟というものはある種の無法地帯となっていることを知っている。ロビーのソファがあるスペースにはどこのサークルか、男子数名がゲラゲラと笑い声を上げつつ話をしているのが目に映った。飲んでいるのが酒でなくジュースなのはせめてもの救いだろう。授業はどうしたと突っ込みたい穂樽だったが、コマの空き時間ということもありうる。無視して中に入っていこうとしたところで、だが思いとどまったようにその足を止めた。

 

「あ、君達、ちょっといいかしら?」

 

 不意にかけられた声に、男子学生と思われる連中は会話を止め、声をかけてきた穂樽の方を振り返った。

 

「なんすか?」

「管弦楽部かオーケストラ部か、そんなサークルの部室ってどこにあるかわかる?」

「オケ部の部室? 2階だっけ?」

「ばーか、3階だよ。確か3階の階段出て左手側だったと思いますけど」

「そう、ありがとう。助かったわ」

 

 どうにも心の中でよろしく思っていないせいか、少々ぎこちない笑顔だとは自覚しつつも、穂樽は営業スマイルを返して感謝の意を表し、階段の方へと歩き始めた。男子学生連中はまた談笑に戻ったようだが、声のボリュームというものを考えていないのか、穂樽にも聞こえるぐらいの声量で話を再開する。

 

「今のうちの学生? 院生かな? ちょっと年いってる気もするけど、結構美人じゃね?」

「そうかあ? なんか格好も眼鏡も野暮ったくね? あ、お前そういうちょっとダメな感じの女の方が好きだっけか」

「そうそう。美人は3日で飽きるって言うじゃねえか。ちょっと微妙かな、ってぐらいが1番いいんだよ」

「わっかんねえなあ、お前の感覚」

 

 そんな話が笑い声と共に穂樽の耳に届く。「ダメな感じ」や「微妙」という単語に思わず反応してしまって眉間にシワが寄り、右手もいつの間にかグーを握り締めていた。「聞こえてるわよ!」と怒鳴り返して砂塵魔術で生き埋めにでもしてやりたいところだったが、魔禁法違反になるのは御免被りたい。どうにか自制し、階段を昇っていく。

 言われたとおり3階の左手側の部室の表札を調べていくと「管弦楽部」という文字を見つけた。中からも声が聞こえてくることから、人がいるのがわかる。

 穂樽がドアをノックすると「はい?」という声と共にドアが開いた。応対したのは20歳前後のポニーテールがよく似合う活発そうな女子。さらに部屋の中には眼鏡をかけた痩せ気味の男子と少し太めの男子2名が椅子に腰掛け、何やら音量を絞ってクラシックを聞きつつ譜面を手にしているようだった。

 

「ここ、管弦楽部さんの部室で合ってます?」

「ええ、合ってますよ。何か御用ですか?」

「ちょっと人を探していて……。バイオリンを弾いていると聞いたので、もしかしたらこちらの部員さんかと思って」

「はあ……。あ、廊下、人の邪魔になるとあれなんで、入っちゃっていいですよ」

 

 女子部員はそう言うと穂樽を招き入れて音楽を止める。合わせて男子部員2人も彼女の方へと視線を移してきて、なんだか邪魔をしてしまったようで申し訳ない気持ちと注視されることから少々気まずさを覚える。部屋の中は決して広くはなかったが、それなりに片付いていて無法地帯、というイメージを持っていた彼女にとっては少々意外だった。

 

「椅子、どうぞ」

「ありがとう」

「で、なんでしたっけ? バイオリンを弾いてる人を探してるとか?」

「ええ。この人なんだけど……」

 

 穂樽は前もって八橋の携帯から移しておいた、今川が1人だけ映っている画像を仕事用の携帯に表示させて部員に見せる。が、3人とも首を傾げて反応は薄い。

 

「今川有部志さんって言う2年生なんだけど、知りません?」

「今川……そもそもその苗字うちの部にいたっけ?」

「うちのパートに今川いるけど、ホルンだし女子だな」

「その人、兄弟は?」

「さあ……。でも確かいないって言ってたと思いますよ。姉だか妹はいるって言ってた気もしますけど」

 

 男子部員の片方と話している間に、女子部員は棚の中を何やら探し始めていた。もっとも頼れそうな1人が会話に参加してくれていないのが不安ではあったが、穂樽は先を続ける。

 

「ともかく、この画像の人に見覚えありません? バイオリンが趣味って話だから、ここなら何かわかると思って」

「って言ってもなあ。俺達金管だし。下柚木(しもゆぎ)、お前顔広いんだからわかんだろ?」

 

 眼鏡の男子部員は女子部員の方を向きつつそう尋ねる。下柚木と呼ばれた女子は「あたしだって弦のことまでは自信ないわよ」と返し、探し物を続けていた。

 

「今彼女が言った通り……弦の人のことは、正直把握しきれてません」

 

 小太りの方の男子部員がここで初めて口を開いた。その内容を訝しむように穂樽は問いかける。

 

「把握しきれてない、って……同じ部活じゃないの?」

「同じ部活ですよ。ただ、この部、幽霊部員除いても80人以上いますから」

 

 思わず「80人!?」と穂樽は驚きの声をこぼしていた。そこで「まあこれでいっか」という声と共に女子部員が何かを手に戻ってくる。

 

「さすがに名簿だと色々プライバシーあるから外部の方に見せられないですが、これなら大丈夫だと思います」

 

 そう言いつつ、女子部員が手渡してくれたのは何やらパンフレットのようなものだった。

 

「パンフレット?」

「はい。前回の演奏会のです。ここに部員の名前載ってるんで、確認していただければ今川さんという人がいないのはわかるかと」

 

 言われて穂樽はバイオリンのところにある苗字欄を追い始める。が、彼女の言うとおり確かに今川はいない。

 

「確かにいないわ。……でも、バイオリンだけで随分いるんですね」

「部員多いことがうちの強みですから。ファースト8プル、セカンド7プルはこの辺りじゃトップクラスの人数ですよ」

「管にしたって三管編成なら部員だけで余裕だし、OBOGに頼めば倍管もいけるもんな! ブルックナーもマーラーもどんと来いってんだ!」

「……どっちも曲によるだろ」

 

 眼鏡の男子部員がなにやら得意げにそう言ったところに小太りの方が突っ込みを入れた。が、なんのことやらさっぱりな穂樽は「はぁ……」と適当に返すしかない。

 

「……とにかく、この部には私が探している今川さんはいないみたいです。それで、ここの他にバイオリンを演奏するような部活やサークルってあります?」

「さあ……。どうだろ?」

「うちら金管畑だしなあ。弦の連中に聞けばわかるかもしれないけど、同好会クラスの小さいサークルになっちゃうともうわかんないだろうし」

 

 話を聞く限り、ここにいる3人は楽器が全然違うためによくわからないということらしい。だとするとこれ以上話を聞いたところで有力な情報は期待出来ない。そもそもパンフレットを見る限り探している人物の名がないのだからこれ以上の長居も迷惑になるだろう。

 

「わかりました。貴重な時間を割いていただき、ありがとうございました。もし他の部員の方で何かわかる方がいらっしゃるようでしたら、こちらに連絡いただけますか?」

 

 穂樽はこの中でもっとも話が通じそうな女子へと名刺を差し出す。受け取った女子は「え!? 探偵だって!」と驚きの声を上げた。

 

「すっげえ! 魔術探偵所って、じゃあウドの探偵さんってことですか!?」

「え、ええ。まあ……」

「あたし小学校の時にちょっと魔術使いの人に会っただけだから、なんか憧れちゃうんですよ! 魔術で殺人事件から難事件までなんでも解決、とかやってるんですか!?」

「そんな便利なものじゃないですよ。それにそういう事件はまず警察行きで、探偵って言っても今やってる人探しとか浮気調査とか、そういう地味なものばかりですから……」

 

 そう説明するが、それでも大学生にはあまり馴染みがないからか魅力的な職業に感じられるらしい。3人とも目がさっきまでと違うように感じる。

 

「と、とにかく……。何かありましたらそちらの連絡先にお願いします。……あとお仕事の依頼のある方、特にウドの方で困っていることがある方などいらっしゃいましたら、うちを紹介していただければ同じウド同士話しやすいこともあると思いますので」

「お、ちゃっかり宣伝。お姉さんしっかりしてる」

 

 茶化されたことに若干顔は引きつったが、どうにか堪えて穂樽は立ち上がろうとした。そこで手にまだパンフレットを持ったままだったと気づく。

 

「あ、パンフレット……」

「持って行って大丈夫ですよ。余りはまだありますし、もしかしたらお仕事の手助けになるかもしれないでしょうから」

 

 気を利かせてくれた女子部員に再度礼を述べ、今度こそ穂樽は管弦楽部の部室を後にする。廊下に出たところでなんだか少し疲れたようにも感じていた。ウドだからと邪険に扱われることはなかったが、やはり名刺を出す瞬間は若干の不安がある。かつては名刺を出しただけで「ウドに話すことはない」と冷たくあしらわれたこともあった。自身がそう言われるのもつらいが、聞き込みが出来なくなることもつらい。それ故名刺を出すタイミングを計り、ある程度の情報を聞き出して帰り際に差し出すという我ながら小賢しいことをしたと穂樽は思っていた。

 おそらく疲れの原因はそこだろう。とはいえ、ウドの力になりたいと思っている以上「魔術探偵所」の名を変える気もない。ジレンマだな、と常々思っていることが心に浮かぶ。

 少し気を晴らしたいと思うと同時、無意識に右手がカバンの中を漁ろうとしていることに気づいた。煙草はここでは吸えない。どうせサークルの方から攻める線が消えた以上、ここに長居するのも無用だろう。時間も昼時に差し掛かりつつある、一服と昼食にするのがいいかと思う。

 しかしそれで帰ってもまだ八橋が来る時間には随分と余裕がある。それまで無為に過ごすよりも、多少なりとも集められそうなら情報を集めておいた方がいいだろう。

 

「……何でも屋受付嬢に話を振ってみるか」

 

 独り言を呟き、階段を降り終えてサークル棟のロビーへ。そのまま足を進めて入り口に近づいたところで、ふと穂樽は思い出したようにロビーの方を振り返る。既に先ほどまでいた男子学生4人の姿は見当たらなくなっていた。

 

 




管弦楽部員のモブとして登場させた下柚木は厳密にはオリキャラではなかったり。
小説版に登場したセシルの小学校6年生の時の同級生、下柚木果穂という裏設定で書いています。
「小学校の時にちょっと魔術使いの人に会っただけ~」というのは一応セシルを指してることになっています。
まあ本編に関わらない裏のお遊び的な要素です。

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