夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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バム星人編完結になります。
夏バテしていて遅くなりました(汗)
ウルトラマンX、ゼロ祭りでしたね。今でも出番が多いので嬉しい限りです。


第91話 まぼろしの街3★

 

 

 大型光線銃を食らったシグナムの身体が、糸の切れた人形のようにガクリと崩れ落ちる。ここまでか? だが床に崩れ落ちる寸前、彼女の目に映るものがあった。

 

(これだ!)

 

 それは通路を走っている金属の太いパイプだった。シグナムは寸でのところで激痛を堪えて踏み止まり、レヴァンティンをパイプに叩き付ける。

 金属製の管が両断された。その瞬間、切断面から爆発したように蒸気が吹き出した。ボイラーの配管か何かだったらしい。

 辺りはもうもうとした白い蒸気で覆われ、視界が真っ白になってしまう。この状況では流石に同士打ちの危険が高いので、バム星人達も迂闊に撃てない。隣に誰がいるのかも判別出来ない。

 

(今だ……!)

 

 この機を逃さず、シグナムは激痛を堪えて蒸気に紛れバム星人の囲みを抜ける事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 バム星人の足音があちこちで聴こえる。シグナムは辛うじて包囲を逃れ、入り組んだ機械類の中に身を潜めていた。

 

「……レヴァンティン……騎士甲冑閉鎖……」

 

《ja……》

 

 破損した騎士甲冑を最低限補修するが、現在の魔力ではとても全部は修復出来ない。止血と血痕を残さないようにするのが限度だった。

 

「くっ……!」

 

 痛みに脇腹を押さえる。脇腹をかなり深く抉られていた。常人なら痛みで、身動きすらままならないだろう。

 

(このままでは……)

 

 此処も直ぐに見付かる。移動しなくてはならない。だがどうしても四次元空間発生装置の在りかが判らなかった。

 

(……力が……抜けて行く……)

 

 疲労とダメージが蓄積している。一斉放火を浴び、脇腹を抉られ戦闘力は更に減じた。死闘の連続で、身体が言う事を聞かなくなってきている。

 魔力カートリッジもそんなに数は残っていない。使いきってしまったら、最早僅かな魔力すら使えなくなり即座に殺されるだろう。

 あちこちで走り回る音がする。だんだん近付いてくるようだった。

 

(移動しなければ……しかし発生装置は何処に……)

 

 いたずらに動き回っても無駄だ。こちらの狙いを読まれていた。向こうは周到だった。四次元空間発生装置を破壊されないよう、判らないような場所に隠してあるのだろう。

 完全に追い詰められてしまった。このままでは発生装置の場所すら見付けられず無駄死にだ。

 

(……どうすれば良い……どうすれば良いのだ……!)

 

 八方塞がりだった。焦燥感だけが身を苛む。それでも動かない訳にはいかない。シグナムが痛む身体に鞭打って立ち上がろうとした時だった。

 

 ……シグ……ナ……ゼ……ニ……

 

 シグナムは声を聴いた気がした。見付かったのかと思ったが、そうではない。バム星人達の声ではない。それは此処で聞く筈のない、良く知った少女の声だった。

 

「主……?」

 

 はやての声が聴こえた気がしたのだ。幻聴だと思った。疲労と傷の痛みと出血の為に、幻聴が聴こえるのだと。

 

 シグナム……ゼロニイ……

 

 しかし声は、またシグナムに聴こえた。

 

 シグナム……ゼロ兄……

 

 声が聴こえてくる。自分とゼロを呼んでいる。

 

 将……ゼロ……

 

「アインス……?」

 

 今度はアインスの声まで聴こえた気がした。そして声はアインスだけではなかった。

 

 シグナム……ゼロ……

 

 シグナム……ゼロ君……

 

 シグナム……ゼロ……

 

 今度はヴィータに、シャマル、ザフィーラの声まで聴こえた。

 

「これは……?」

 

 それは自分とゼロを呼ぶ、家族達の声であった。

 

「まだ聴こえる……」

 

 シグナムはヨロヨロとだが立ち上がった。バム星人達には聴こえていないようだ。幻聴かもしれない。しかしその声は確かにはやて達の声に聴こえた。微かに何処からか聴こえてくる。

 シグナムは惹かれるものを感じた。声の元へ行かなければと思った。理屈ではない。家族が自分を導いていると感じた。その声は必死で呼び掛ける自分達への激励に聴こえた。

 声はまだ聴こえている。シグナムは重い脚を引き摺りながら、声の導きに従って歩き出した。

 

 

 

 *

 

 

 

「シグナムゥッ!! ゼロ兄ぃぃっ!!」

 

「将ぉっ!! ゼロッ!!」

 

「シグナムッ!! ゼロォッ!!」

 

「シグナム! ゼロ君っ!」

 

「シグナム!! ゼロォッ!!」

 

 屋上に声が響き渡っていた。はやて達に手配され駐在している隊舎の屋上だ。はやてがアインスが、ヴィータがシャマルが、寡黙なザフィーラまでもが空に向かって声を張り上げ叫んでいる。

 

(届く、届く筈や! 2人の元に!)

 

 はやては声が枯れんばかりに叫び続けながら、今『ウルトラマンメビウス』となってゼロとシグナムの行方を捜している、ミライから聞いた話を思い出していた。

 

 

 

 

「僕も変身して捜索にあたるけど、四次元空間の位置は、僕らウルトラマンでも感知出来ない……間に合えば良いけど……」

 

 はやて達の話を聞いたミライは、悔しそうに拳を握り締める。発見出来る可能性は低いと言う事だった。ガックリとするはやて達だったが、そこでミライは意外な事を言い出した。

 

「一つバム星人の事件には、不思議な事があったんだ……」

 

「不思議な事ですか……?」

 

 はやては、藁をもすがる気持ちで聞き返していた。ミライは頷き、以前の事件の事を語り出す。

 

「地球に居た時、同じくバム星人の四次元空間に引き込まれた80兄さんは、四次元空間で聴こえる筈のない生徒達の声を聴いたそうだよ。それが無ければ四次元空間発生装置の在りかは判らず、変身も出来ずそこで死んでいただろうと……」

 

『ウルトラマン80』こと、ヤマト・タケシが中学の教師をしていた時の事だ。担任していた生徒達は、四次元空間に閉じ込められ行方不明となったタケシを全員で呼び続けた。

 周りに笑われても止められても、決して止めなかった。必ずヤマト先生は帰ってくると信じて……

 

「生徒達の声が聴こえたんですか?」

 

「理屈的には有り得ない……バム星人の造り出した四次元空間に、三次元の声が聴こえるなんて有り得ないからね……でも80兄さんには聴こえた……もしかしたら……」

 

 

 

 

 はやて達は力の限り叫び続ける。思念通話も全開で発し続ける。他の局員達は、空に向かって大声で呼び掛け続ける八神家に首を傾げるが、はやて達は決して止めたりはしない。

 きっとこの声は四次元空間で苦闘している筈の、シグナムとゼロに届く筈だと……

 

 

 

 

 *

 

 

 

 シグナムは誘われるままに声の聴こえる方向に進んでいた。幸いバム星人や、小型メカギラスに出会さず進む事が出来た。まるで声が危険を避けて導いてくれているようだった。

 しばらく進むと行き止まりにぶち当たった。だが声は壁の中から聴こえてくる。気になって壁を叩いてみた。音が周りと違う。

 

(空洞になっている……?)

 

 辺りを触ってみると、小さな蓋を見付けた。触れてみると蓋が開いた。中にはスイッチがある。押してみると音も無く壁が開いた。隠し扉になっているのだ。地下に通ずる階段がある。

 扉を閉め階段を注意しながら降り、どれくらい進んだだろう。気が付くと広い通路にシグナムは辿り着いていた。中心よりかなり端の方である。

 

(むっ?)

 

 シグナムは物陰に身を隠す。向こうの角にある大きな扉の前に、光線銃を構えた複数のバム星人が見張りに立っていた。厳重な警戒が取られている。声はその扉の奥から聴こえてくるようであった。

 

(彼処だ……四次元空間発生装置は!)

 

 警備態勢も含めシグナムは直感していた。

 

(ありがとうございます……主はやて……皆……)

 

 シグナムは心の中で深く感謝した。幻聴などではない。皆の想いが自分を此処まで導いてくれたのだと思った。この導きが無かったら、発生装置を見付ける事すら出来ず無駄死にしていただろう。

 しかし警戒は厳重だ。強硬突破しかない。ここが正念場だった。

 

(この身が砕け散ろうと、四次元空間発生装置だけは破壊する!)

 

 迷っている時間は無い。即決した満身創痍のシグナムは、レヴァンティンを構え猛然と飛び出した。

 

「バッ、馬鹿な! 何故此処が!?」

 

 バム星人達は驚いている。余程意外だったのだろう。この機を逃さず、シグナムはレヴァンティンを振り上げ、見張りのバム星人達の中に踊り込んだ。

 

「退けっ!」

 

 銃撃が飛び交う中、レヴァンティンが星人を叩き斬る。乱戦になっては銃は不利と、電磁スティックで応戦するバム星人達。

 

「装置に近付けるな!」

 

 スティックが唸りを上げる。剣の騎士は首を振ってかわす。外れたスティックが、コンクリートの壁の表面を易々と破砕し火花が散る。今の騎士甲冑ではまともに食らえば保たない。

 かわし損ねた攻撃が身を苛む。しかし烈火の将は痛みを感じていないかのように剣を降り下ろし、星人達を叩き斬る。

 

「はあああっ!」

 

 シグナムは気合いと共に四方から打ち込まれるスティックを跳ね上げ、目前の星人をスティックごと唐竹割りに両断した。死体となって崩れ落ちる星人の背後の開閉ボタンを押す。

 扉が開いた。シグナムは遅い来る左右の星人を斬り倒し、強引に部屋の中に飛び込んだ。

 

(あれか!)

 

 体育館程の広さの打ちっぱなしのコンクリートの部屋奥に、透明なパイプが入り組んだ銀色の妙な形をした機械が鎮座している。四次元空間発生装置だ。部屋の中にはガードのバム星人達はいない。

 しかしそこでシグナムは妙な事に気付く。見張りのバム星人達が誰も追ってこないのだ。

 

(まさか!?)

 

 発生装置の傍らから、鈍く光るボディーがのそりと立ち上がる。金切り音のような叫びが部屋に木霊した。対人用の小型メカギラスだ。

 今の戦力ではまともにやり合うのは不利と直接戦う事を避けていたが、敵は装置のガードにメカギラスを配置していた。

 

「残念だったな! 此処でメカギラスにやられて死ね!」

 

 同士討ちを避けて、バム星人達は部屋に入って来なかったのだ。小型メカギラスは金属製の顎をガチガチと噛み合わせ、シグナムに迫る。

 

(こいつを倒せなければ、発生装置は破壊出来ない!)

 

 やるしかない。小型メカギラスの敏捷性は既に見ている。ほとんどの魔力を使えないのでは、機動力は向こうが遥かに勝る。隙を突いて発生装置を壊すのは無理だ。脇を抜けようにも隙が無い。シグナムは残りの体力を総動員し、正面から立ち向かう。

 

「ちえすっ!」

 

 斬撃を小型メカギラスに放つ。関節部を狙ったが弾かれた。そんなに甘くはない。内部フレームも特殊合金な上、配線の類いは露出していない。

 更に高速で動き回る機械の獣は、本物以上の敏捷性で動き回り狙いが定まらない。逆に上顎に装備したレーザーを発射して来る。

 レヴァンティンで弾き返そうとするが、疲労と怪我の痛みで僅かに遅れた。超高温の光が薄い騎士甲冑を破り、肩を抉る。

 燃えるような激痛が走るが、意に介している暇はない。一気に懐に飛び込もうとするが、小型メカギラスはレーザーを乱射してくる。

 敵のレーザーを利用して発生装置を破壊出来れば良いのだが、電子頭脳で的確に状況を判断する小型メカギラスは、そんな下手は打ってこない。

 レーザーの弾幕の嵐。バム星人の光線銃の比ではない。食らったら今の騎士甲冑ではあっさり破られてしまう。

 シグナムはジグザグに動いてかわそうとするが、雨あられと放たれるレーザー。避けきれない。遂にシグナムの左脚を、無情にもレーザーが撃ち抜いた。

 

(くっ……!)

 

 脚をやられた。灼熱の鉄棒を突き刺されたような激痛が襲う。辛うじて床に倒れ込むのは避けられたが、機動力を失ってしまった。左脚が言う事を聞かない。これでは走り回る事すら出来ない。

 

(発生装置は目前だと言うのに!)

 

 此処で殺られては全てが終わる。メカギラスは動けなくなってしまった獲物に、金属製の尾を振り上げた。鋼鉄の鞭のような尾が襲う。

 シグナムはレヴァンティンでガードするが耐えられずに、砲弾のように吹き飛ばされ壁に叩き付けられてしまった。

 

「かはっ!」

 

 分厚いコンクリートの壁に亀裂が入る程の衝撃。血を吐くシグナム。薄い騎士甲冑の防御が追い付かない。機械の獣は止めとばかりに両耳部の発射装置を動かす。

 大型メカギラスと同じ破壊光線砲だ。今の状況で食らっては骨も残るまい。

 

(まだだ……! 今死ぬ訳にはいかん!)

 

 シグナムは身体がバラバラになりそうな激痛を耐え、右脚だけで全力で跳躍した。僅かな差で光線が壁を粉々に吹き飛ばす。

 逃げた訳ではない。剣の騎士は相手の正面目掛けて跳んだのだ。自殺行為に近い動きに電子頭脳の演算が迷ったのか、ほんの一瞬だけ小型メカギラスの動きが鈍る。剣の騎士はその一瞬に全てを懸けた。

 

「くああっ!」

 

 流星の如き突きを繰り出す。レヴァンティンの刃先がメカギラスの首と胴体の接合部に入り込んだ。しかし渾身の突きは、僅かに接合部に食い込んだだけであった。

 万事休す。メカギラスは獲物の無力を嘲笑うように、頭部の破壊光線砲を放とうとする。

 だがシグナムは食い込んだレヴァンティンを離さない。その眼に炎が灯った。

 

「レヴァンティン、カートリッジ全ロード!」

 

《Jawohl!!》

 

 薬莢が飛び出しレヴァンティンのボロボロの刀身が輝いた。全ての魔力を一気に放出したのだ。頚と胴体の接合部に差し込まれた剣が僅だが炎を発する。

 

「はああああああああああああああっ!!」

 

 シグナムは鬼神の如く吼えた。レヴァンティンが高熱を発し、特殊合金製のボディーに食い込む。

 だがそれでもまだ威力が足りない。メカギラスは振り払おうと激しく動きレーザーを放つが、シグナムは食らい付く。破壊光線はさすがに近すぎて使えないようだ。

 全身全霊を懸けて、食い込んだ刀身に全てを叩き込む。それに応えるように、レヴァンティンの僅かな炎が勢いを増していく。

 遂に刃は光をも放ち本来の炎を取り戻した。業火の剣が特殊合金製のボディーを溶解していく。

 

「紫電……一閃っ!!」

 

 必殺の斬撃は見事特殊合金製のボディーを切り裂き、その身体を袈裟懸けに両断した。ボロボロのレヴァンティンは耐えきれず、遂に真ん中からへし折れてしまう。小型メカギラスはグラリと後ろに倒れた。

 機械の塊のボディーは、そのまま背後の四次元空間発生装置に倒れ込み爆発を起こした。シグナムは爆風に飛ばされ床に投げ出される。

 

(やった……!)

 

 遂に四次元空間発生装置を破壊するのに成功したのだ。これでゼロは変身して脱出出来る筈。しかしシグナムには最期の時が近付いていた。

 

「ぐっ……!」

 

 最早身体が動かない。魔力結合は復活したものの、今までの無理が祟って残りは僅か。しかも満身創痍の身はレヴァンティンを振り上げる事すら出来ない。脚も撃ち抜かれている。歩く事すら出来なかった。

 

 そして目前にはバム星人の軍団に、駆け付けた小型メカギラスが3台。全ての銃口が床に転がるシグナムに向けられる。リーダー格らしい服装のバム星人が、言葉を発した。

 

「この状況で恐ろしい奴だ……貴様1人にここまでやられるとはな……だがそれもこれで終わりだ! 相応の報いを受けてもらおう!」

 

 もう立ち上がる事すら出来ない筈のシグナムは、それでも最後の気力を振り絞って立ち上がった。しかしそれは本当に立ち上がっただけであった。

 折れた剣を構える事も出来ない。それでもシグナムは、バム星人達を仁王立ちで睨み付けた。

 此処で死のうと最期まで膝を屈しないとの決意であった。それは剣の騎士の最期の意地であった。

 バム星人の銃口と小型メカギラスがシグナムに照準を合わせる。次の瞬間彼女の身体は蜂の巣にされ、原形も留めない程に焼失するであろう。

 

(これまでか……)

 

 逃れられぬ死を前に、シグナムの心はひどく穏やかだった。

 

(ゼロ……無事逃げおおせろよ……)

 

 これで少なくともゼロは、愛する男は助かる。それだけで充分だった。ふと填めている腕時計が目に入った。破損した騎士甲冑の下から、壊れてしまった腕時計が見える。硝子は割れ文字盤も無惨に壊れ血が着いていた。

 

(私の血だったか……)

 

 夢の事を思い出していた。ゼロの血でなくて本当に良かったとシグナムは自然微笑んでいた。しかし心残りもある。

 

(申し訳ありません……主……奴、シグナム・ユーベルを倒すと言っておきながら……私はここまでのようです……)

 

 はやての哀しげな顔が浮かぶ。誓いを守れなかったのが無念だった。そして次に浮かんだのはシグナム・ユーベルもう1人の自分。黒い女騎士の顔……

 

(そうか……奴は……)

 

 ユーベルのあの表情の意味が今なら判る。シグナム・ユーベル。彼女は紅の魔神ウルトラセブンアックスを愛しているのだ。

 

(……何故お前は……あんな外道に……)

 

 そう問うのも愚問かもしれないと思った。シグナムには知るよしもない色々な事があったのだろう。一体何があってもう一人の自分はああなってしまったのか。

 しかしシグナムに今それを知る術はない。感慨に浸るのもそこまでだった。リーダー格のバム星人が片手を挙げる。

 

「死ねっ!」

 

 処刑の合図が響く。数十もの砲門が全てシグナムに向けられた。最期の時が迫る。

 

(ゼロッ……!)

 

 最期に生涯唯一愛した男の顔が浮かぶ。そこまでが限界だった。撃ち抜かれた脚から鮮血が飛び散る。体勢が崩れた。堪えていたダメージが一斉に吹き出したようだった。彼女の身体が、遂にぐらりと床に崩れ落ちた。

 床に倒れ込む前に彼女の身体は引き裂かれてしまうだろう。逃れられぬ確実な死。意識が遠のく。

 その時だった。一対の光が何処から飛来し、唸りを上げて闇を切り裂いた。

 

「ぐあっ!?」

 

「ぎゃああっ!!」

 

「がああっ!?」

 

 バム星人達が光に次々と切り裂かれ、両断されていく。光は鋭利な刃のようであった。残りの星人達と小型メカギラスは瞬く間に光に切断されて全滅していた。

 そして床に崩れ落ちる寸前だったシグナムは、鋼鉄のような逞しい腕にしっかりと抱かれていた。

 女騎士は相手の顔を見上げた。しかし見るまでもない。この温かさと力強さ。間違えようもなかった。誰が間違えるものか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……何故……来た……? ばかものが……」

 

 鋭い六角形の眼が温かく自分を見下ろしていた。ウルトラマンゼロがシグナムをしっかりと抱き止めていたのだ。言葉とは裏腹にシグナムの目から一筋の涙が流れていた。

 

『バカ野郎! シグナムを置いてなんか行けるかよ!!』

 

 怒鳴り付けるような調子の声。しかしその声には深い労りと温かみが籠っていた。

 

「……こ……この……大馬鹿者が……」

 

『知らなかったのか? 俺は大バカ野郎なんだよ』

 

 そのアルカイックスマイルの口が笑ったように見えた。ゼロが自分を助けに来るのは自殺行為だ。四次元空間発生装置を破壊したのが無駄になる。それは判っている。判っているのだ。だが涙が止まらなかった。

 

(どうしてお前は……来てくれるのだ……?)

 

 死を覚悟した。だがゼロは来た。死を目前にした自分を救う為に来てくれた。来てくれたのだ。様々な感情がない交ぜになるが、やはりその涙は嬉しさからだった。

 

 四次元空間発生装置が破壊され変身出来たゼロは、端末に残されていたメッセージを聴きシグナムの嘘に気付いた。命と引き換えに自分を逃がす気なのだと。

 ゼロは我を忘れる程の感情のままに飛び出していた。本当なら間に合う筈がない。装置を破壊して数分と経っていないのだ。しかし間に合った。

 

『はやて達の声が聴こえたんだ……』

 

 ゼロにもはやて達の声が聴こえていたのだ。声の導きが無かったら、とうてい間に合わなかっただろう。

 

『済まねえ……こんなになってまで俺の為に……ありがとうシグナム……』

 

 バム星人の屍の中、ゼロは傷だらけの女騎士をしっかりと抱き締めていた。肩が震えていた。自身で戸惑う程に、二度と離したくないという強い想いに駈られていた。

 シグナムはその温もりにひどく安らぐ。少年の真っ直ぐな想いが嬉しかった。しかし状況はまだ悪いままだ。

 本当の戦いはこれから。変身出来たと言え、ゼロは怪我の為何時ものようには動けまい。我慢しているようだが、動きがぎこちない。エネルギーもほとんど無い筈だ。だがこの窮地でゼロは言った。

 

『シグナム、奴らをぶっ飛ばしてやろうぜ! そして必ずはやて達の元へ帰る!!』

 

「ゼロ……」

 

 その言葉に自棄になった響きはない。シグナムと心中するつもりで来たのではない。本気で勝つつもりなのだ。そして2人で皆の元に帰ると。

 

『どんな事になっても最後まで諦めない……それがウルトラマンだぜ!』

 

 ゼロの両眼が炎のように光を増す。この男ならやれるかもしれない。この状況を引っくり返せるかもしれない。シグナムは思わず微笑していた。そうだ。自分の惚れた男はこういう男なのだ。

 ゼロから温かな光が発せられ、シグナムに注がれる。メディカルパワーだ。痛みが薄まっていき、身体が軽くなっていく。

 

「止せ……余計なエネルギーを使うな……今は戦いに……」

 

 メディカルパワーの照射を拒むシグナムだが、ゼロはそれを押し止めた。

 

『余計じゃねえよ。済まねえが、シグナムにはまだやってもらいたい事がある』

 

 ゼロは申し訳なさそうに言った。勝つにはシグナムの力も必要だと。それを察したシグナムは拒むのを止め不敵に笑って見せる。

 

「心得た……!」

 

 心が沸き立つようだった。それならば自分も最後まで諦めない。ゼロと共に必ず皆の元に帰ると。

 しかしその前にシグナムは今の自分の状態に気付く。泣いてしまい、お姫さま抱っこされたままである。慌てて涙を拭う。

 烈火の将をお姫さま抱っこしたのは、後にも先にもゼロだけであろう。

 

「……判ったからゼロ……その……」

 

『どうした?』

 

 ゼロは不思議そうに尋ねてくる。烈火の将にしてみれば大事なのだ。逆はよくあるのだが。気絶したゼロを連れて帰った事もある。

 

「……降ろしてくれ……」

 

 赤面するシグナムは、俯いて呟くように言った。

 

 

 

 

 

 ゼロと辛うじて動けるようになったシグナムは、催眠術に掛けられていた人々を誘導し、基地の外に飛び出していた。

 今正気に返すとパニックに陥る可能性が高いので人々の催眠はまだ解かず、ゼロが代わりに脳波で誘導しているのだ。

 

 脱出とほぼ同時に、基地の中央が観音開きに大きく開く。雷光のような光に照らされ、中より銀色に輝くボディーをした機械の竜が3機せり上ってくる。初代とほぼ同じ姿。量産型メカギラスだ。

 そして更に巨躯の機械竜が大将然と姿を現す。量産型より一回りは大きく厳つい。装甲と火力をアップした、強化型メカギラスⅢと言ったところか。

 

 強化型はまだ動かず、量産型3機は地響きを立てて此方に向かってくる。4対1。不利も良いところだ。だがゼロは怯みはしない。

 

『シグナム、誘導権をお前に渡すから、みんなを航行船の所まで頼む! 俺はまず量産型を何とかする!』

 

「気を付けろよゼロ」

 

 決して表には出さないが、同じく満身創痍であるゼロをシグナムは気遣った。ウルトラマンの少年は判ったと頷く。

 

『おうっ、みんなを誘導したら力を貸してくれ。シグナムと力を合わせれば必ず奴らをぶっ飛ばせる。さあ勝ちに行こうぜ!』

 

 全幅の信頼であった。共に戦ってきたシグナムを、ゼロは深く信じているのだ。例えそれが共に戦う戦士としての信頼だけだったとしても、それだけで彼女には充分であった。

 

「任せておけ!」

 

 烈火の将は頼もしく請け負った。まだバム星人の生き残りが街中にいるかもしれない。コントロールを引き継いだシグナムは、人々を誘導して駆け出した。

 乗せられてきた航行船は使える筈だ。此方の航行船を流用したものである。それを確認したゼロは両手を組み合わせる。

 

『デヤッ!』

 

 質量が爆発的に増大する。身長49メートルの巨人が敢然とメカギラス隊の前に立ち塞がった。

 しかし既に胸のカラータイマーが点滅している。瀕死の重傷の応急治癒のせいで、エネルギーは残り少ない。

 

 量産型メカギラス3機は軋むような咆哮を上げ、ゼロに迫る。上顎から一斉にミサイル弾を発射してきた。凄まじい火力だ。

 

『ぐあっ!?』

 

 とっさにかわせず、ゼロはミサイルをまともに食らってしまう。1分間に2000発のミサイル弾は標的を逃さない。余波で周囲が根こそぎ吹っ飛んでしまう。

 ゼロは飛び退いてミサイルの弾幕から逃れようとするが、明らかに動きが精細を欠いている。逃れられず再びミサイルを浴びてしまう。

 堪らず膝を着いてしまう超人。3機の量産型メカギラスが一斉に襲い掛かる。動けないと思われたゼロだが猛然と立ち上がり、正面の量産型に正拳突きを叩き込んだ。

 

『うっ!?』

 

 しかしその拳は寸前で光の壁に阻まれてしまう。前面に張られたバリアーだ。今のゼロではバリアーを突破できない。量産型と言っても、初代メカギラスと同じ性能を持っているのだ。

 

『クソッ!』

 

 それならばと、左方の量産型の側面を狙って上段回し蹴りを放つが、その銀色の姿が不意に消えてしまう。別の異相空間に転移したのだ。メカギラスの特殊能力だ。

 四次元空間のみで使える能力で、三次元に引きずり出せば使用不能になる弱点がある。

 しかし今のゼロのエネルギー量では、ウルトラマン80が使用しメカギラスを三次元に引きずり出した、テレポート光線はとても使えない。まともにやり合うしかないのだ。

 背後に姿を現した量産型メカギラスは、その鋼鉄の腕をゼロに降り下ろす。飛び退いて危うくかわしたゼロは、それでも果敢に3機のメカギラスに挑む。

 だがエネルギーを食う武器を使えない状態でのパンチやキックは、ことごとくバリアーに跳ね返されてしまう。

 メカギラスⅢは自分が出るまでもないと判断してか、後方で悠然と構えている。ゼロは完全に追い込まれていた。量産型3機は完全にゼロを包囲する。

 

「ゼロッ!」

 

 そこに誘導を終えたシグナムが駆け付けた。ゼロは悪あがきするように、効果のない肉弾戦を繰り返している。あまりに真っ正直すぎる。このままでは殺られてしまう。しかしシグナムの口許が微かに笑ったように見えた。

 量産型メカギラスはもはや相手に打つ手無しと見て、まだ無駄な抵抗を続けるゼロに一斉に破壊光線を放とうとする。

 その時ゼロの眼がギラリと光を増した。そこで量産型達は気付く。何時の間にかゼロの頭部のゼロスラッガーが無い。そして足元には穴が空いている。

 量産型が気付いた時は既に遅かった。突然背後の地中から、唸りを上げてゼロスラッガーが飛び出したのだ。

 一対のスラッガーはバリアーの張られていない後ろから、2機を股間から頭頂部まで真っ二つに両断し、返す刀で残り1機の首と胴体を切断した。

 崩れ落ち大爆発を起こす量産型メカギラス。ゼロはスラッガーでの奇襲を成功させる為にわざと真っ正面から戦ったのである。

 今のエネルギー量では正面から行っても勝ち目は無いと判断し、スラッガーの奇襲作戦に出たのだ。シグナムは即座にそれを悟り何も言わなかったのである。

 しかしまだ終わっていない。メカギラスⅢが、金属を擦り合わせたような咆哮を上げて向かってくる。動きが速い。

 強烈な体当たりを食らい、ゼロは吹っ飛ばされてしまった。後方の高層ビルに叩き付けられ倒壊したビルが降ってくる。

 粉塵が立ち込める中、ビルに半分埋まってしまったゼロに、メカギラスⅢは上顎と両手に装備されているミサイル弾を一斉掃射する。

 ゼロはダメージを堪え、瓦礫を跳ね除けて横合いに跳んだ。

 しかしメカギラスⅢの火力は量産型を遥かに上回る。ミサイルの掃射はゼロが跳んだ位置まで巻き込んで降り注ぐ。

 

『うおおっ!?』

 

 ミサイルをまともに食らい、工場地帯を更地にして大地に倒れ込んでしまうゼロ。辺り一帯が焦土と化してしまっている。恐るべき火力だ。

 シグナムは援護に動かず、折れたレヴァンティンを再生していた。辛うじて飛行魔法で空に飛び上がり、戦闘とは離れた位置のビル屋上に降り立つ。

 一方のゼロはヨロヨロと立ち上がろうとする。だが足元がおぼつかない。ダメージが酷いのだ。重傷の身体に鞭打ってここまで戦ってきたが、限界が近い。胸のカラータイマーが限界を告げて激しく点滅している。

 

『こなクソオオオッ!!』

 

 それでもゼロは無理矢理立ち上がった。立ち上がると同時に、ゼロスラッガーを投擲する。スラッガーは左右から全面のバリアーの死角を狙ってメカギラスを切り裂かんと迫る。

 スラッガーが炸裂すると見えた瞬間、メカギラスⅢの姿が消え失せる。別の異相空間に転移したのだ。そしてゼロの直ぐ後ろに音も無く現れ、鋼鉄の腕で痛烈な一撃を見舞う。

 

『がっ!?』

 

 背中にまともにもらい、ゼロは大地に叩き付けられる。メカギラスⅢは、止めと巨大な脚を振り上げた。数万トンの重量が降り下ろされる前に、ゼロは地面を転がってストンピングを避け反動で再び立ち上がった。

 左腕を水平に上げる。残りのエネルギーを注ぎ込んだ『ワイドゼロショット』の態勢だ。

 

『くたばりやがれええええっ!!』

 

 L字形に組み合わされた右腕より、青白い光の奔流が放たれる。光は一直線にメカギラスⅢの側面目掛けて飛ぶ。

 しかし光の障壁がメカギラスの全方位に展開された。ゼロショットはバリアーに阻まれあえなく拡散してしまう。愕然とした様子のゼロに、Ⅲの破壊光線が炸裂する。

 

『ぐわああああっ!!』

 

 身体を引き裂くような威力に絶叫を上げ、遂に膝を着き動かなくなってしまうゼロ。量産型の破壊光線など比べ物にならない。

 メカギラスⅢは火力パワーで量産型を上回るだけではなく、全方位にバリアーを張る事が可能なのだ。万事休す。もはやメカギラスⅢを倒す手立てが無い。踞ったまま絶望した様子のゼロに向け、声が響き渡る。

 

《そこまでのようだな、ウルトラマンゼロ!》

 

 生き残りのバム星人。メカギラスⅢに搭乗しているのだ。もはやゼロに打つ手無しと、余裕の宣言であった。

 

《手こずらせてくれたが、これで終わりだ! 此処で死ねウルトラマンゼロッ!!》

 

 絶体絶命の危機。カラータイマーが限界を告げている。保って後十数秒。だが絶望にすくんでいるように見えたゼロの眼が輝きを増したように見えた。

 それに応えるように屋上のシグナムは、レヴァンティンに最後の魔力カートリッジを装填する。

 

「チャンスは一度きり……2度目は無い……レヴァンティン『シュツルムファルケン』行くぞ!」

 

《Bowgen Form!!》

 

 レヴァンティンが心得たと甲高い声で叫ぶ。シグナムは剣の鞘を出現させると、剣と鞘を組合せ長大な洋弓に変化させる。近接戦闘に特化した彼女の唯一の遠距離攻撃魔法『シュツルムファルケン』

 だが全方位からの光線技も通じないメカギラスⅢに、通用するとは思えない。しかしシグナムは最後の力を振り絞り、ギリギリと弦を引き絞ってメカギラスⅢに照準を合わせた。

 メカギラスⅢは、最後の止めを刺そうと全砲門を開く。ゼロは成す術なく砲門に晒される。一斉砲撃を受ければ今の満身創痍のゼロは保たない。

 これまでかと思われた時、シグナムからの思念通話がゼロに届いた。

 

《ゼロッ!》

 

『おおっ! 反撃タイムはこれからだぜぇっ!!』

 

 シグナムの合図に、ゼロはここだとばかりに両手を組み合わせる。その姿が光に包まれ消えていく。

 逃げられると判断したメカギラスⅢは、ミサイル弾と破壊光線を放つが、既にゼロの巨体は消え失せていた。

 しかしゼロは消えた訳ではない。ミクロ化したのだ。豆粒程に小さくなったゼロはシグナムの元へと向かう。それと同時に、シグナムの構える矢が眩い紫色の光を発した。合わせてミクロ化したゼロが鏃に乗る。

 

『今だシグナムッ!』

 

「応っ! 翔けよ隼っ!!」

 

《Sturm Falken!!》

 

 鼓膜を破らんばかりの轟音を上げて、砲撃の如き矢が放たれた。当然メカギラスⅢはそれを補足している。あの程度ではバリアーを破れない。全身をバリアーで包み込む。

 今メカギラスⅢのバリアーを破れる程の攻撃を繰り出せる者はいない。しかしそれは致命的な判断ミスとなった。

 シグナムの放った矢は音速を超え、炎となった不死鳥の如く飛ぶ。だがこれだけでは無かったのだ。炎の鳥が更に速度を増した。何かが一緒に迫ってくる。

 そうだ。ウルトラマンゼロがシュツルムファルケンの勢いに乗って一直線に向かってくるのだ。打ち出されると同時に巨大化し、身長49メートルの巨人に戻って行く。

 『ステップショット戦法』父『ウルトラセブン』が、あらゆる攻撃が通じない『クレイジーゴン』を倒した捨て身の特攻戦法だ。

 

「うわあああっ!? 」

 

 搭乗していたバム星人達が悲鳴を上げる。異相空間に逃げようとしてももう遅い。転移で逃げられないよう油断を誘う為に、ゼロは残り少ないエネルギーでまともに戦ったのだ。

 シュツルムファルケンのパワー、自身の最大スピードと巨大化エネルギー全てを載せ、炎の不死鳥と化したウルトラマンゼロはバリアーを正面から打ち破った。メカギラスⅢに頭から激突し土手っ腹をぶち抜く。

 大破したメカギラスは、火花を盛大に上げ工場に倒れ込む。内蔵武器が引火し、工場に誘爆する。

 製造途中だった量産型メカギラスをも巻き込み大爆発を起こした。バム星人基地の最期だ。火柱を上げて星人の野望は、粉々に飛び散っていった。

 

 

 

 

 黒い女騎士、シグナム・ユーベルはビル屋上で、無表情に遠目の火柱を眺めていた。その暗い瑠璃色の瞳に僅かながら、満足そうな光が浮かぶ。

 傍らの包帯を頭に巻き付けた少女は首を傾げていた。

 

「解析不能……何故アノシグナムハ死亡消滅シナカッタノカ……? アリエナイ……アノ状況デ生キ残ル可能性ハ、ゼロノ筈……」

 

 心底判らないと言った風であった。それは困惑していると言うより、機械が計測結果のエラーを告げているだけに見えた。ユーベルは無言で踵を返す。

 

「終わった……行くぞ、アギト……」

 

「了解……ロード……」

 

 包帯少女は機械的に返事をし後に続く。少女を従え闇に消え行く女騎士はポツリと呟いていた。

 

「そうでなくてはな……」

 

 寒気を覚える程、戦闘的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 *************************

 

 

 

 次元の海を飛行し、ゼロとシグナムの行方を捜していたウルトラマンメビウスは、空間異常を感じ取った。

 駆け付けてみると、空間の裂け目が出来ている。造られた四次元空間が完全に消滅したのだ。その中に一隻の次元航行船が漂っている。メビウスは船をそっと抱え上げた。

 

 

 *

 

 

《シグナム、ゼロ兄ぃっ! 良かった……》

 

 端末画面に泣くのを堪えているはやての顔が、ノイズ混じりに映っている。連絡が取れたのだ。残っていたシグナムの端末はあちこち破損してものの、何とか使用出来た。

 後ろにべそをかいているヴィータやアインス、シャマルに、ほっとした様子のザフィーラが一生懸命に此方を見ているのが判る。皆ゼロとシグナムの無事を心から喜んでいた。

 

「今ミライ殿に、そちらに運んでもらっていますので後程、では主はやて失礼します……」

 

 シグナムは頭を下げて通信を切った。すると後ろでドスンと倒れ込む気配がする。気が緩んだのか、ゼロは力なく操縦席の床に座り込んでいた。

 変身による体組織の変換である程度の傷の修復が出来たものの、重傷には変わらない。更には相討ち覚悟の特攻技を使ってボロボロである。

 

「大丈夫かゼロッ!?」

 

「た……大したこと事ねえよ……」

 

 駆け寄ろうとするシグナムに、ゼロは傷だらけの顔で笑って見せる。相変わらず意地っ張りな男であった。

 

「それよりシグナムは大丈夫か……?」

 

「お前よりはましだ……」

 

 シグナムはそう返すが、彼女も魔力も体力も尽きている。メディカルパワーでの応急処置を受けたといっても、怪我が治った訳ではない。

 

「お互い様だな……」

 

 ゼロは苦笑して見せる。シグナムもそうだなと苦笑し返した。

 

「済まねえが……少し休ませてもらうぜ……さすがにもう動けねえ……」

 

 ゼロは力なく笑う。もう指1本動かすのも億劫なのだ。通信の時は心配させないように、意地で立っていたのである。

 

「この有り様では、主はやてに心配させてしまうな……騎士として不甲斐ない……」

 

 ボロボロの自分とゼロを見て、シグナムは表情を曇らせる。2人共傷だらけだ。通信状態の悪い画面では誤魔化せたが、帰ったらはやてが惨状に卒倒しそうである。

 するとゼロはシグナムをまじまじと見詰め、真剣な眼差しでポツリと一言言った。

 

「シグナムはどんなになっても、綺麗だよ……」

 

 シグナムの頬がみるみる紅くなる。この男はと、照れ隠しに文句を言ってやろうとすると、ゼロは既に眠っていた。

 

(お前という奴は……)

 

 少し腹が立った。こちらの気持ちも知らず、それなのに自分の心をこんなにかき乱す。シグナムはざわめく気持ちを落ち着ける為に、深呼吸して一息吐いた。そして改めて、こんこんと眠るゼロの寝顔を見詰める。

 意識が無かったとは言え、告白してしまった事が脳裏に甦った。そしてこの想いは、死ぬまで胸に秘めると誓った事も……

 

(これで良いのだ……私はお前を想うだけで良い……)

 

 不器用な女騎士の密かな誓い。そこでシグナムはふと気付く。壊れている筈の時計が動き出していた。ガラスも割れ、針もねじ曲がっているが内部機構はまだ生きていたのだ。

 

(こんなにしてしまって済まない……修理に出せば大丈夫のようだ……)

 

 眠るゼロにそっと詫びる。少年の唇が目に入った。無意識に自らの唇にそっと触れる。まだ彼の温もりが残っている気がした。

 

(私はこれで充分だ……)

 

 全ての想いを胸に秘め、シグナムは想いを寄せる少年の寝顔に微笑んでいた。それは何処か物悲しい、しかし美しい微笑みであった。

 

 

つづく




※居村慎二先生の漫画でメカギラスⅡが出ているので、こちらはメカギラスⅢになってます。
それでは次回でお会いしましょう。

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