夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

98 / 105

とても前後編に収まりそうになかったので、3話構成になります。最近ウルトラマンXといい、オールCGの初代ウルトラマンといい、最近ウルトラマンがいい感じです。


第90話 まぼろしの街2★

 

 

 

 現れたのは、小型の肉食獣を思わせるフォルム。恐竜ヴェロキラプトムを彷彿させる、体長3メートル程の小型メカギラスだった。動きが非常に俊敏だ。対人用に高速機動タイプに造られているようだった。

 シグナムが倒したバム星人の死体を見ている。恐らく異常を検知して、仲間のバム星人に連絡を取っているのだろう。此処に留まるのは危険だった。

 シグナムは物音を立てないよう注意しながら、小型メカギラスから離れる。念の為距離を取っていたお陰で、此方にはまだ気付いていないようだ。眼からサーチライトのような光を発し辺りを照らしている。

 

(奴の索敵範囲、性能が判らない以上、迂闊に近付くのは考えものだな……)

 

 このまま離れようとするシグナムだが、小型メカギラスの眼の輝きが不意に増した。シグナムの隠れている方向に首を向け、金属を擦り会わせたような機械音を発する。サーチライトが、隠れている場所をピンポイントで照らし出した。

 

(しまった。見付かったか!?)

 

 何かのセンサーに引っ掛かってしまったらしい。小型メカギラスは肉食獣特有の素早い動きで疾走し、シグナムに迫る。

 人の走る速度より遥かに速い。時速百キロ以上は出ている。いくらシグナムでも、飛行魔法をも封じられた今の身では逃げ切れない。

 機械の獣の上顎の発射口から、レーザー光線が発射される。

 身を低くしてかわしたシグナムは、アスファルトを蹴って間合いを一気に詰め、レヴァンティンでボディーを横殴りに斬り付けた。

 

「くっ!?」

 

 鋭い金属音が響き火花が散る。レヴァンティンが跳ね返されてしまった。紫電一閃などの魔法を使った技なら両断できただろうが、今の状態では特殊合金製の装甲を抜けない。

 小型メカギラスは再度レーザーを放つ。横っ飛びにかわしたシグナムの元いた場所が、爆発したように粉々に吹っ飛んだ。

 更に悪い事に、遠くから此方に向かってくる気配がする。通信を受けバム星人達が集まってきているのだ。

 

(長居は無用だ!)

 

 シグナムはレーザーをかい潜って跳躍し、壁面を蹴って背後のビルに設置されている非常階段に飛び乗った。その階段の固定具と上部をほぼ同時に両断する。

 支えを失った数トンもの鉄材が、メカギラスに降り注ぐ。轟音が響き機械の獣は下敷きになった。

 その隙にシグナムは全力でこの場を離れる。これで逃走時間を作れた。その途中後ろを見てみると、無傷のメカギラスが非常階段を除けて起き上がってくるところだった。 やはり特殊合金製のボディーは、並大抵の攻撃では傷ひとつ付かない。

 

(やはりあれしきでは参らんか……)

 

 万全の状態ならともかく、現時点で小型メカギラスに正面から当たるのは無謀だった。

 

(不味いな……)

 

 状況は更に悪くなった。バム星人の軍団に対人用メカギラス。シグナムの表情が厳しさを増していた。

 

 

 

*******

 

 

 

 シグナムは偵察を終え、ゼロを隠している倉庫に戻っていた。結果は絶望的なものだった。

 あれから探索の目を掠め街を偵察して回ったが、一定の所まで行くと元の場所に戻ってしまう。街から出られない。あの運転手の言う通り、この街は外部と閉じた空間なのだ。助けは到底望めない。

 

 街の中心部にそびえ立つ、基地と思しき巨大な建物に目星を付けたが、武装した200人は下らないバム星人達が警備している上、先程の小型メカギラスが3台も守りに着いている。見付からないように忍び込むのは不可能。

 捜索に回っている者達まで戻って来られたら、更に倍以上。状況は正に絶望的だ。

 

(手段は一つ……私が敵の基地に奇襲を掛けて、直接四次元空間発生装置を破壊するしかない)

 

 シグナムの表情が険しくなる。侵入出来ないのなら速攻の奇襲で行くしかない。撹乱しながら基地の何処かに在る装置を探す。速攻に全てを懸ける。

 しかしこの方法はシグナムの生死を省みない上、装置を見付けられない可能性もある。分が悪いどころではない。賭け以下だ。

 いくら歴戦の騎士でずば抜けた腕を持つシグナムでも、重火器で武装したバム星人の大軍団と、小型メカギラス相手にほとんどの魔法を使えない状況で挑むのは自殺行為と言えた。

 更には向こうの切り札、大型メカギラスの存在。例え魔法が使え、バム星人の部隊と小型メカギラスを全滅させられたとしても『ウルトラマン80』のサクシムウム光線をも跳ね返すメカギラスには、シュツルム・ファルケンも通用すまい。

 しかしそれでもやらなければ、ただ死を待つだけだ。

 シグナムはまず現状の戦闘力を確認する。魔力カートリッジを利用して、辛うじて第一段階の騎士甲冑を纏う事は出来るようだった。しかし通常の半分以下の強度しかない上、長時間の使用は厳しい。

 そして魔力を使う必殺技の使えないレヴァンティンだけが頼り。今使えるものはこれだけだ。

 

(私は帰れないかもしれない……)

 

 愛機を調整しながら、シグナムは心の中で呟いていた。弱気になった訳ではない。永年の戦闘経験に裏打ちされた、冷徹なまでの計算の結果だった。

 あまりに戦力差が有りすぎる。並大抵の者なら、突入する前に何も出来ず殺されるだろう。

 今のシグナムは、何度死亡消滅しようが復活出来た頃とは違うのだ。リンクを完全に断たれ、はやてが居ない状況で深刻なダメージを負えば、そのまま消滅死んでしまうだろう。

 死の恐怖を感じていないと言えば嘘になる。以前は死など恐れはしなかった。元々使命の為なら死を恐れるような彼女ではなかったが、それは勇気ではなく戦闘マシーン故だったのかもしれない。

 今のシグナムは死を怖いと思っている。だが彼女が怖いのは死ぬ事より、主であるはやてや仲間達を悲しませたくないからだ。

 今の皆との生活を何より大事に尊く思っているからだ。二度と皆に会えないのは寂しく哀しいからだ。

 それは最早彼女が戦うだけの魔法プログラムではない事を示していた。

 しかしそれで戦えないという事は無い。座して死を待つくらいなら、最後の最後まで戦い抜く。それがヴォルケンリッターの将、剣の騎士シグナムだった。

 

(ゼロ……)

 

 シグナムは意識の無いゼロに振り返った。少年の顔は血の気が引き青白くなっている。苦しそうな呼吸が微かに響く。

 時間が分からないので正確なところは不明だが、あれから十数時間以上は経過している。ろくな治療も受けられぬままで、明らかに容態が悪化していた。常人ならとっくに死んでいるだろう。

 このままではいくら超人のゼロでも保たない。そしてぐずぐずしていれば、何れシグナムも狩り出され、重傷のゼロ共々殺されるだろう。

 むざむざ死ぬつもりはないが、独り突入するシグナムの生還率はゼロに近いと言うよりほぼゼロだった。

 

(主はやて……皆……)

 

 シグナムの脳裏に敬愛するはやて、それに家族に友人達の顔が浮かぶ。

 

(主はやて……最後まで諦めるつもりはありませんが、おそらく私は生きては帰れないでしょう……皆……その時は……)

 

 心の中で家族と友人達に頭を下げていた。すると噎せる音が耳に入り、シグナムは現実に立ち戻る。

 見るとゼロがぼんやりと目を開けていた。また噎せると苦し気な声を発する。

 

「……シ……シグナム……」

 

 一旦意識を取り戻したのだ。だが目の焦点が合っていない。出血と痛みで朦朧としているようだったが、シグナムを辛うじて見上げる。

 

「ゼロ、大丈夫か?」

 

 駆け寄るシグナムに、瀕死のゼロは弱々しく笑って見せた。

 

「な……なに……これくらい……どうってことは……それよりシグナムは……大丈夫か……? 怪我をしてるんじゃ……」

 

 先程の小型メカギラスとの戦いで少し怪我を負っていたのだ。シグナムは努めて頼もしく微笑んで見せる。

 

「なに、掠り傷だ……心配するな」

 

「……無理……す……」

 

 そこまで言ったところで、また意識を失ってしまった。止血した布に、また血がじくじくと染み出してきていた。

 光線銃の銃撃は内臓にまで達している。光線銃をまともに10数発は食らっているのだ。今は超人的体力が辛うじて命を保たせているに過ぎない。

 

「ばかものが……私を庇って……そんな死に掛けの身で私の心配など……」

 

 シグナムは再び傷口が開いた箇所の布を縛り直す。それでも出血が完全には止まらない。布から血が滲み出している。チアノーゼも起こしかけていた。瀕死の容態だ。

 ゼロは一瞬の躊躇いもなく自分の盾となった。例え見知らぬ者だったとしても、ゼロは躊躇なく盾になっていただろう。この少年はそういう男であった。

 そうでなければ間違いなく、自分はあの時光線銃で蜂の巣にされて死んでいただろう。

 

「お前は何時もそうだ……何時も誰かの為に傷付いている……」

 

 シグナムは思わず目頭が熱くなってしまった。この少年を死なせてはならない。ゼロはこれからも多くの命を救う者だ。

 だがそこまで思ったところで、彼女は首を横に振っていた。もっと強い己の心の底から湧き上がるもの。

 

「いや……そうではない……そうではないのだ……私はお前に生きていて欲しいのだ……」

 

 多くの命を救うから、死んでほしくないのではない。烈火の将でも、ヴォルケンリッターのリーダーでもなく、管理局員としてでもない。シグナムという一個人がこの少年を死なせたくないのだ。

 

「お前は私が守る……!」

 

 シグナムは誓いと共に、両の拳を握り締めていた。そしてそれには、自分の命が代償になるだろう。それ程絶望的な状況だった。

 

(これが最後かもしれない……)

 

 その事実にシグナムは、胸が締め付けられるような想いに駆られてしまった。もう二度とゼロと会う事も話す事も出来ないかもしれない。

 

「……」

 

 傍らに片膝を着くと、意識の無いゼロを改めて見詰める。そして横たわる少年の前髪を、そっと無意識にかき上げていた。今までの事が脳裏を走馬灯のように過った。

 

「お前と出会ってから、もう数年にはなるな……」

 

 聞こえていないのは判っている。しかしシグナムは語り掛けずにはいられなかった。その声がひどく穏やかなものになっている。

 

「覚えているか……? 初めて出会った時の事を……」

 

 最初のゼロとの出合い。闇の書が発動し、ゼロとはやての元に自分達が初めて現界した時の事……

 

「私は最初お前を怪しい奴だと思っていた……酷い事もした。だがお前は快く許してくれたな……」

 

 自分の感情を確かめるように、今までの事をゼロに語りかける。喋る事で気持ちの整理を付けているようだった。

 

「それからお前と共に数々の戦いに赴いた……素晴らしい戦いばかりだったぞ……」

 

 何と心が熱くなる戦いばかりだった事か。それは歴代のマスターの命令通りに動いていた時には、決して味わえなかったもの。

 永い時の中を戦い続け、残るのは澱(おり)のような淀みと身にこびり付いた血と、無限地獄の中の無力感だけだった。

 しかしはやてとゼロの元に来てからの、世界を名もなき命を守る為だけに非道な邪悪と戦う日々。それは以前彼女が心の中で望んでも、決して得られなかったものだった。

 

 シグナムは屈み込み、少年の顔を間近で見詰める。何故自分は堰を切ったように、取りとめの無い思い出話をしているのだろう。そう思っても止まらなかった。口は感情のままに、今まで胸に溜まっていた言葉を吐き出し続ける。

 

「お前が眩しかった……何の見返りも求めず、他者の為にボロボロになっても守り戦い抜くお前が……私もお前のようになりたいと思った……」

 

 彼女は知っている。どんなに傷付こうが、最後まで命を守る為に戦う少年が歩んできた道を……

 どんなに傷付こうが殺されかけようが、自らを盾に人々を守り抜く身を案じ胸が張り裂けそうになった。

 どんなに口が悪かろうが態度が悪かろうが、その奥底に秘めた勇気、無償の愛、眩しかった。底無しの闇のようだった人生の中で、はやてと並んで自分に温かな光と誇りをくれた少年……

 

「そんな中でお前の強さ、優しさ、奥底の弱さも知った……何時からだろうか……お前から目が離せなくなったのは……

 私は古い騎士だから、自分の心に戸惑い蓋をしてきた……それでもどうしようもなく、お前から目が離せなくなっていたよ……」

 

 怖いもの知らずに見えるゼロも、恐怖に竦む事もあった。共に戦っている内に普段悪ぶっていても、本当は繊細で優しい心を隠す為なのだとシグナムは何時しか悟っていた。

 弱点になってしまう程の優しさと、未熟な青さを危なっかしくも微笑ましく思い支えたいと思った。はやてとも密かに誓った。

 

「お前が笑うと私も嬉しくなった……お前が泣くと私も哀しくなった……」

 

 闇の巨人にされ、儚く散っていった母子を想い自分の無力さに嘆き、土砂降りの中慟哭する背中に胸を締め付けられた。

 シグナムはあの時、その背中を抱き締めてやりたいと思った。実際は肩に手を掛けるのが精一杯だったが……

 

「私達の過去を知って、お前は我らを抱き締めてくれたな……温かかった……主とお前の優しさが身に染みた……」

 

「誰かに温かく抱き締めて貰うなど、永い時の中で無かったからな……触れあう前に剣で立ち塞がる者全て、薙ぎ倒して来たからな……今でもあの温もりは忘れられない……」

 

 温かな春の日差しに包み込まれるような感覚。あの時シグナムは紛れもなく幸福だった。

 

「私達が超獣と戦って力を使い果たし危機一髪の時、お前は駆け付けてくれたな……そして満身創痍の私達の為に泣いてくれた……」

 

 あの時は照れてしまい、つっけんどんな態度を取ってしまった。しかし真っ直ぐな少年の想いは何よりも嬉しかった……

 

「私が闇の書の真実を知って、動揺して途方に暮れた時にお前は言ってくれたな……俺が居ると……どれ程心強かったか判るか……?

 私は皆のリーダーとして、強く在るべきとずっと自らを律して来た……

 心細いなど、間違っても口に出来なかった……

 あの時私は正直零れ落ちそうになる涙を、そっと堪えたのだぞ……」

 

 誰にも言えなかった心の動き……全てがまやかしと知り、崩れ去りそうだった心に伸ばされた不器用で優しい手……

 

「私達が復活した時、お前は泣いてくれたな……幼児のように震えて私を抱き締めてくれた……嬉しかった……」

 

 其処に存在する事を確かめるように、自分を抱き締める少年。温かいものが胸を満たした。落ち着くまでその背中をずっと撫でてやっていた。その時抱いた想い……

 シグナムは愛しげにゼロを見下ろした。しばらくの間女騎士は、少年を無言で見詰め続ける。その胸に去来するもの。今まで認めようとしなかった感情。

 一つ一つを振り返り、ようやくシグナムは自分の正直な気持ちを認めた。

 

(やはり……そうなのだな……)

 

 明確な答えを出した自分の心に従い、彼女は意を決して口を開いた。

 

「……そうだ……私はお前を……モロボシ・ゼロ……ウルトラマンゼロ……お前を……愛している……」

 

 初めて自分の素直な気持ちを告げた。無論聞こえていないのは判っている。これが不器用な彼女なりの精一杯だった。

 烈火の将は死を前にして、自分の心がひどく素直に静かになった気がした。心の奥底に仕舞っていた感情をようやく口にしていた。今まで気付かないふりをして来た感情を……

 これが最期になるかもしれない予感が絶望的な状況が、彼女の心の枷を解き放ったのかもしれない。

 

「私は剣しかない不粋な女だ……プログラムの身ではお前の子も産んでやれんだろう……そしてこの手は過去の罪で汚れている……こんな女に惚れられても迷惑でしかないな……?」

 

 シグナムは哀しげに、そして自嘲混じりに微笑み掛ける。判っている。ゼロはそんな事は絶対に思わない事は。だがどうしても自虐してしまう。そして何より……

 

「それにお前に告げるつもりは無い……確信がある訳ではないが、主はやても幼いながらにお前を想っておられるかもしれん……主が想われているかもしれない男に告げるなど、そんな事私には出来ん……」

 

 まだ幼いはやての好意がどんな種類のものなのか、シグナムには判らない。それでも烈火の将には主を差し置くなどという真似は出来なかった。

 

「私はこの想いを胸に抱いたままにする……私はただ、お前と主はやての傍らに寄り添えればそれで良い……それだけで……」

 

 シグナムは想いを押し込めるように、自らの胸を押さえていた。彼女は1人の女である前に、哀しい程騎士だった。せめて想いだけは胸に……それがシグナムなりの想いの形であった。

 

(主はやて……申し訳ありません……)

 

 心の中でそっと敬愛する主に頭を下げていた。想うだけでも罪悪感を感じてしまうシグナムだったが、それすら放棄して死路に向かうのはあまりに哀しすぎた。

 永い時の中、主を転々としてきた。せめて惚れた男は生涯唯一人。その魂に惹かれた唯一人の男。烈火の将最初で最後の恋であった。

 

 自らの想いを全て吐き出し、将は安堵したように息を吐く。その表情は晴れ晴れとしていた。そしてその翡翠色の瞳に不退転の決意が漲る。

 

「必ずお前を、生きて主はやての元に帰す……!」

 

 シグナムは意識を失っている少年の顔を再び見詰めた。

 

「ゼロ……主はやてと逢えて、皆と逢えて良かった……主の元に来てから、誇りある騎士として生きられて良かった……そして……」

 

 一旦言葉を切る。そして想いを寄せる少年を愛しげに見詰め、万感の想いを載せて言葉を告げた。

 

「ゼロ……お前に逢えて良かった……」

 

 シグナムはゼロに顔を近付ける。お互いの息が掛かる程の位置。意識の無いゼロの顔が間近に在る。己の中に愛する者の面影を刻み付けようとしているようだった。そこでふと思い出した事がある。

 

「ゼロ……私にもベルカの儀式をしてくれないか……?」

 

 冗談めかして言う。以前ベルカの戦士を送り出す儀式で、ヴィータと2人でゼロの頬にキスをしたのを思い出した。

 ほんの軽口だった。反応する筈のない少年を覗き込み苦笑すると離れようとする。

 その時ゼロが苦し気に寝返りを打った。その拍子に間近にあったシグナムの唇に触れていた。2人は口付けする形になっていた。

 

「!?」

 

 まるで彼女の本当の願いに応えるように、シグナムとゼロは唇を合わせていた。シグナムはあまりの事に動けない。否、動きたくなかったのかもしれない。

 

(温かい……)

 

 身体に光が溢れたようだった。刹那の一瞬。シグナムは今は全てを忘れ、光に身を委ねていた。

 どれ程そうしていただろう。実際はほんの僅かな時間であったが、女騎士には甘やかで無限にも等しい幸福な時間だった。

 

 シグナムはようやくゼロから顔を離す。事故とは言え、ゼロとキスをしてしまった。実感が湧くと赤面して顔が火照ってしまう。永い時を戦いだけに明け暮れてきた彼女の、ファーストキスだった。

 

(申し訳ありません、主はやて……)

 

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、はやてに詫びておいた。もう一度律儀にはやてに詫びると立ち上がり、永年の愛機を抜いた。

 魔力カートリッジをロードさせると弱々しくもベルカの魔方陣が煌めき、その身にインナーのみの騎士甲冑が纏わる。

 

「騎士甲冑も、これが限界か……」

 

 少しは攻撃を防げる筈だが、光線銃やレーザーの直撃には保たないだろう。だが無いより遥かにましだ。後はレヴァンティンだけが頼り。

 刃に使える魔力を回せば、バム星人の強化服は切り裂ける。だがそれが今の精一杯だった。しかもこの四次元空間で魔法を無理矢理使うと、魔力を恐ろしく消耗する。

 

 A.M.F干渉空間で魔法を使う高等技術の応用だが、消耗は比ではない。

 敵の武器すら使えない今、純粋な白兵戦のみでバム星人と渡り合うしかない。絶望的な状況だがシグナムは怯まない。一歩たりとも退きもしない。

 そっと自分の唇に触れる。先程の温もりが残っている気がした。身体中に力が溢れているようだった。ゼロに力を貰ったとシグナムは思った。

 

 ゼロへのメッセージを端末にいれておく。逃げろと。自分は上手く身を隠すので、エネルギーを充填できたら助けに来てくれと入れておいた。捕らえらてれいる人々の救助も頼むと。

 身を隠すのくだりは嘘だ。恐らく死力を振り絞って四次元空間発生装置を破壊出来ても、その時シグナムは無事ではあるまい。

 しかも破壊出来る確率は一分あるかどうか。成功しても力を使い果たした彼女は、残りのバム星人かメカギラスに殺されるだろう。

 そう言わなければゼロは必ず助けに来てしまう。今のゼロには変身出来ても、まともに戦えるだけのエネルギーは無い。

 一旦逃げてエネルギーを蓄えなければ、逆にゼロはメカギラスに殺されてしまうだろう。少年の性格を読んだ心遣いだった。

 妙なところで察しの良いゼロのこと、朦朧としていなければシグナムの決意を感じ取っていたかもしれない。意識が無くて幸いだった。

 

 シグナムはゼロを抱き抱え、念の為更に倉庫の奥に隠す。一見しては判らないように、周りに段ボールの箱を積み上げておく。

 

「お前は生きろ……! 主はやてを皆を頼む……!」

 

 シグナムは別れ際に、愛する少年をありったけの想いを込めて抱き締め最後の言葉を告げた……

 

 

 

 *

 

 

 シグナムは永の愛機を片手に、ゴーストタウンよのうな四次元空間の街に立った。

 ゼロにはウルトラゼロアイを着けさせ、布で縛って固定してきてある。これなら四次元空間発生装置を破壊出来れば、そのまま変身出来るだろう。

 

(主はやて……おそらくこれが私の最後の戦いでしょう……不義理をお許しください……しかしゼロだけは……ゼロだけは必ず主の元に帰してみせます!)

 

 敬愛する主の優しい微笑みが浮かぶ。その顔が哀しげなのはシグナムの決意を察してか……

 

(アインス、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、テスタロッサ、そしていずれ産まれるツヴァィよ……後は頼む……!)

 

 皆への最後の言葉。それは遺言だった。愛機が主人の戦意に応えるように淡く輝きを放つ。シグナムは走り出した。目指すは四次元発生装置が有ると思しき、バム星人の本拠地。

 

「行くぞレヴァンティン! 地獄の底まで付き合ってもらうぞ!!」

 

《ja!!》

 

 主人の戦意に応え、レヴァンティンは望むところだとばかりに頼もしく叫んだ。

 シグナムは駆ける。疾風のように冷たい異界の街を駆ける。八重桜色の髪が闇になびく。その姿は戦場を駆ける修羅の如く。しかし凛と美しかった。

 

 突入前に出来る限り部隊との遭遇は避けたが、基地を前に遂に気付いたバム星人の一隊が前に立ち塞がった。

 星人達は一斉に光線銃を乱射する。剣の騎士は攻撃に怯む事なく、レヴァンティンで銃撃を弾く。神業であった。

 

「それしきで、ヴォルケンリッター烈火の将を止められると思ったか!?」

 

 シグナムは吼える。閃光のような抜刀が闇を切り裂き、星人が体液を吹き出し次々と倒れ伏す。しかし相手も一筋縄ではいかない。正確な銃撃が騎士甲冑を削り取り、身を傷付けるがシグナムは怯まない。

 

「はああああっ!」

 

 地を蹴って弾丸のごとくバム星人部隊に迫ると、白刃が煌めく。一呼吸の内に六人の星人が胴体を両断され、声を上げる間もなく崩れ落ちた。

 

 シグナム白刃の舞は止まらない。舞いが止まった時、自分は死ぬであろうと烈火の騎士は悟っていた。

 

(このシグナム、刀尽き矢折れようと修羅の如く戦ってやる!)

 

 小隊を蹴散らしたシグナムは躊躇なく、真っ直ぐに基地に向かう。狙いは小型メカギラスが配置されていない裏手側入り口だ。

 それでもバム星人の部隊が入り口を守っている。光線銃の一斉射撃が襲う。

 

「剣の騎士シグナム、押し通るっ!」

 

 シグナムは避けない。特攻さながらに火線の中をひた走る。凄まじき剣捌きで光線銃の銃撃を弾きながら部隊の真ん中に踊り込んだ。

 だが無事では済まない。銃撃がその身を抉る。騎士甲冑が破れ鮮血が飛び散るが、意に介さず剣を振るう。

 接近戦にスティックで迎撃するバム星人達。修羅と化したシグナムの剣が唸る。攻撃をかい潜り、目前の数人を斬り倒して強引に基地内に侵入した。

 全部に構っていられる余裕は無い。目標は四次元空間発生装置の破壊のみ。

 内部は想像以上に広く複雑に入り組んでいたが、グズグズしている暇はない。時間を掛ければ掛ける程装置の破壊は難しくなる上、瀕死のゼロが発見されてしまう可能性もある。

 

「くっ……」

 

 シグナムは走りながら表情をしかめる。騎士甲冑を貫かれた箇所から血が滲んでいる。薄いとはいえ、甲冑のお陰で深手まではいかないが浅くもない。ダメージが蓄積する。

 だが休む間はない。追ってくる守備隊と、内部守備のバム星人達が次々に襲ってくる。

 通路が狭ければ常に1対1に持ち込めるのだが、通路は広く多数と一度にやり合わなければならない。小型メカギラスも通れるようにだろう。

 そして光線銃は実弾銃と違い、跳弾を気にしなくて良い。味方に直接誤射しない限り自在に撃ってくる。こちらの利点はほとんど無かった。不利は承知。烈火の将はレヴァンティンを、鋭い気合いと共に振り上げた。

 

 

 

 

 

 バム星人の基地近くのビル屋上に人影が在った。ポニーテールに括った八重桜色の髪が、冷たい異界の風になびく。

 黒い騎士甲冑。久々に姿を現したシグナム・ユーベルであった。無言でバム星人の基地を見下ろしている。その後ろ姿に話し掛ける者がいた。

 

「ロード……アノシグナムノ生存確率ハ0……発生装置破壊二成功スル確率モ0パーセント……辿リ着ク前二死亡消滅スル……」

 

 機械的な辿々しい片言だった。ユーベルの傍らに同じ黒い騎士甲冑のインナーを着た10才程の少女が立っている。しかしその姿は異様だった。

 頭から包帯を巻き付け、顔半分も包帯で隠れている。包帯の隙間から覗く片目はひたすら虚ろだった。感情というものがまるで感じられない。

 感情以前に、人格というものまで感じられなかった。人というより人形のようだ。

 

「そうか……」

 

 シグナム・ユーベルは包帯の少女を短く一瞥すると、下の騒ぎを冷徹な瞳で見下ろした。

 

 

 

 

 

「はああああっ!」

 

 飛び交う銃撃の中シグナムは駆ける。光線銃が更に甲冑を破り身体を抉るが怯まない。怯む訳にはいかない。バム星人を気迫で切り捨てる。

 続々と襲い来る星人を気迫で圧倒する。鬼神の如き強さであった。だが代償は少なくなかった。騎士甲冑はあちこちが破られ血が流れている。それでもシグナムは駆ける。戦い続ける。

 

「退けっ!」

 

 レヴァンティンが敵の血で緑色に染まっていた。そして彼女自身も自らの血で朱に染まっていく。修羅の如く疾走するシグナムは、剣を振るい続ける。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 昔の戦闘マシーンの彼女に立ち戻ったかのようだったが、その心に去来するものは戦いの高揚感でも、冷徹な騎士の使命感でもない。愛する者を守りたいという、一途で激しい想いだけだった。

 

 目の前のバム星人を切り捨てると、背後から数人がスティックを振り上げ襲い掛かってきた。痛みで反応が僅かに遅れてしまう。

 僅かに身体を捻るが、電磁スティックがシグナムの脇腹に打ち込まれる。騎士甲冑を抜いて身体に衝撃と電流が走った。

 

「ぬううっ!」

 

 シグナムは身を焼く電撃に耐え、スティックを持つ腕を切り飛ばし、レヴァンティンでバム星人の喉を纏めて切り裂く。絶命した星人達は、床に崩れ落ちる。シグナムの通った後には、バム星人の屍が連なっていた。

 シグナムは脇腹を押さえ壁に寄り掛かった。苦痛に凛とした美貌が歪む。

 

「肋をやられたか……」

 

 口元からも血が流れていた。呼吸が荒くなっている。もうどれぐらい敵を斬ったのか覚えていない。左腕の感覚が鈍くなってきていた。身体中に痛みが走る。確実に戦闘力が落ちていく。レヴァンティンもあちこちが刃こぼれしていた。

 無理もない。最初から全開状態で、優れた兵士のバム星人と戦い続けているのだ。いくらシグナムでも限界がある。魔力も四次元空間で無理に使い続けている為に、どんどん消耗していく。

 僅かな間に魔力カートリッジを、レヴァンティンに補給する。そうしなければ、四次元空間では僅かでも魔力を使えない。

 満身創痍のシグナムに、バム星人達は容赦なく向かってくる。きりが無い。このままではじり貧だが、止まる訳にはいかない。身体に鞭打って再び走り出す。

 

(何処だ……発生装置は……?)

 

 痛みを堪え基地内を駆けるシグナムだが、今だ四次元空間発生装置の位置を特定出来ない。向こうも破壊されるのを警戒してか、慌てて警護に人員を回すような下手な行動をしていない。

 装置も見付かりにくい場所に設置しているのだろう。奇襲による撹乱で下手な行動を取るのを狙っていたのだが、バム星人は周到だった。あてが外れた。これでは装置を発見出来ないまま無駄死にだ。

 追い打ちを掛けるように更に大勢のバム星人の部隊が目前に現れる。探索に回っていた部隊も戻っているのだろう。

 一旦退いて別の通路に飛び込もうとするが、後方にもバム星人の部隊が駆け付けたていた。向こうは同士打ちを避け、距離を取って銃撃態勢に入る。逃げる隙が無い。

 

「鼠がっ、死ねぇぃっ!!」

 

 一斉射撃がシグナムに浴びせられた。騎士甲冑が更に削り取られ肉を抉る。鮮血が飛び散った。騎士甲冑を貫いた射撃が身を削る。

 

「ぐっ!」

 

 このままでは騎士甲冑を完全に破壊され蜂の巣だ。しかし此処は一本通路のど真ん中。何処にも逃げる場所も隠れる場所も無い。

 周りはパイプが走る、分厚いコンクリートらしき壁。壁を切断して脱出しようとしても、その間に銃撃を受けてしまう。

 更に悪い事に、此方に近付く機械的な足音が聴こえてくる。小型メカギラスだ。

 

(不味いっ!)

 

 銃火の中、シグナムの流れるような眉が激痛と焦りに寄せられる。避けてきた小型メカギラスバムまで来られては万事休す。

 星人は満身創痍の女騎士に、大型のライフルのような光線銃を持ち出してきた。容赦なく放たれる死の光。それは万全の騎士甲冑であったとしても、耐えられない程の高出力だった。

 

「ぐはっ!」

 

 一直線に放たれた銃撃は、甲冑を易々と貫いて身体に食い込み、シグナムは為す術もなく崩れ落ちていった。

 

 

つづく




次回『まぼろしの街3』でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。