夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

97 / 105

何年も掛け、夜天のウルトラマンゼロも百話近くになりました。付き合って頂きありがとうございます。今回の話でとある事に変化が訪れます。シグナム燃えます。



第89話 まぼろしの街1

 

 

 この時計欲しいのか?

 

 店先に飾ってあった時計を見ていた私に、少年は何気なく声を掛けてきた。

 ああ……私は夢を見ているのだ。これは先日あった出来事だ。買い物帰りにふと立ち寄った店での事だ。

 

 少し珍しくてな……

 

 見られて少々ばつが悪い私は、なんでもない風をして応える。それは秒針式のアンティーク調の時計だった。鈍く銀色に光るフレーム部が落ち着いた感じで良い。文字盤も手造りで職人芸を感じさせ好みだ。

 デバイスや端末にデジタル時計が付いているので無くても困らないが、私は古い騎士のせいか、こういったアナログなものが好きなのだ。

 表情に出ていたのだろうか、彼は屈託なく笑い掛け言った。

 

 買ってやるよ

 

 私は慌ててしまった。流れ的に催促したみたいではないか。それなら自分で買うと言うが、彼は聞きはしなかった。却って張り切ってしまっている。

 いい値段なので値札を見て少し固まったようだが、それでも彼は照れ臭そうに言った。

 

 昇進祝いだ。シグナムには何時も世話になってっからな……

 

 結局押し切られ私はその時計を買ってもらってしまった。包装された長方形の小箱を手渡される。

 

 す、済まんな……

 

 ひどく心が揺れ動いたが私は努めて平静を装い、それを受け取っていた。そんな私を見ても彼はとても嬉しそうだ。まさか顔に出ていたのではあるまいな?

 大丈夫だと自分に言い聞かせる。家族同然の少年にプレゼントされたのだ。別にやましい事はない筈だ。

 少し気持ちが落ち着いた私は、小箱に入った時計を無意識の内に大事に抱き締めていた。

 

 時計を填めてみる。ひどく嬉しかった。無意識に口の端が上がっているのに気付いた。慌てて口許を引き締める。

 気を取り直し、もう一度時計を見てみる。すると時計の秒針が止まっていた。

 おかしいと思い更にもう一度見ると、時計の硝子は無惨に割れ、秒針はネジ曲がり生々しい血痕が着いていた。そして目の前に血塗れの彼が倒れていた。

 

 全身の血の気が引いた。私は我を忘れて駆け寄り抱き起こしていた。抱いたその身体が、体温を失い冷たくなっていく。

 

 しっかりしろ!

 

 私は懸命に彼を抱き締め呼び掛けていた。だが彼の身体は氷のように冷えて行く。失われて行く生命の炎。どうしても止める事は出来ない。気が付くと私の眼から熱いものが流れ落ちていた。

 

 死ぬなゼロッ! 目を開けてくれ! ゼロォッ!!

 

 絶望的な恐怖と耐え難い程の喪失感。終に彼は物言わぬ骸となっていた。私は亡骸を抱いて泣き叫んでいた。

 

 何故かその時、あの女シグナム・ユーベルの顔が浮かんだ。

 自分と同じ顔をした黒い騎士甲冑の女は、何とも寂しげで愛しそうな眼差しをしていた。冷徹な表情に浮かんだ感情……それは……

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 シグナムは目を覚ましていた。カーテンの隙間から僅かに零れる青い月光が、暗い部屋を微かに照らす。見慣れた自室の寝室だ。まだ心臓が早鐘のように鳴っている。

 

「夢か……」

 

 深く深く安堵のため息を吐いていた。枕元には月明かりに鈍く光るあの腕時計もある。無論壊れてなどいないし、血痕も着いてなどいない。

 何か良くない事の前触れのような気がしたが、シグナムは微苦笑を浮かべてその考えを振り払う。

 

「夢見が悪かったからといって、何だと言うのだ……」

 

 しかし先程の生々しい夢の映像は、中々脳裏から去ろうとしなかった。そこで彼女は気付いた。

 

「……?」

 

 頬を伝うもの。烈火の将は自分が夢の中と同じく、涙を流している事に気付いた……

 

 

 

 

 

 

**************************************************

 

 

 

 

 ゼロ達八神家が時空管理局で働き始めてから、1年以上が過ぎていた。はやての回復も目覚ましく、リハビリも順調に進んでいた。杖無しでもいくらか歩けるようにもなってきている。

 この調子なら普通に立って歩く事が出来るようになるのも、そう遠い事ではあるまい。

 そして管理局の仕事の方は、バド星人以降は散発的な怪獣出現に留まっており、正式に特別捜査官となったはやてやシグナム達の補佐として、ゼロは怪獣事件以外は通常の次元犯罪捜査にあたっていた。

 だが人知れず不穏な動きが高まっていた。レティの心配の通り、新天地が見付かった事で、侵略宇宙人達は次元世界に狙いを定めたのだ。

 今は侵略の為の前段階。偵察と思しき円盤の目撃や、神隠しにでもあったかのような不可解な行方不明者の数が増えていた。そして……

 

 

 

*************************

 

 

 

 第58管理世界、次元航行船の発着場。そこに急いで向かう2人の男女の姿があった。ゼロとシグナムである。かなり慌てているようだ。

 実は最終便に間に合うかどうかの瀬戸際である。もう深夜近くで、まだ新しい発着場には殆ど人気は無い。あまり拓けていない世界なので発着場が出来たのも最近の事である。

 当然定期便も少ない。これを逃すと明日まで待たなければならなくなる。宿泊施設も周りには無い。2人共終いには駆け足になっていたが、

 

「ああっ、行っちまったか!?」

 

 ゼロは離陸する中型の航行船を見て、悔しそうに舌打ちした。どうやら間に合わなかったようだ。

 

「やれやれ……どうしたもんかな……?」

 

「かなり手間取ってしまったからな……主はやても皆もご心配されているだろう……」

 

 シグナムは残念そうに肩を竦めた。今回は2人での仕事であった。事件が立て続けに起こり、はやて達は別の管理世界でロストロギア絡みの事件にあたっている。

 此方は怪獣が潜んでいる可能性が有ったので、ウルトラマンであるゼロと、単騎で怪獣と渡り合える1人のシグナムが赴く事になった。

 だが偶々管理局の航行船の空きが無く、空きが来るのを待つより直接行った方が早いとなり、ゼロとシグナムは定期便に乗りこの世界に来ていたのだ。

 奥地の方で怪獣騒ぎとロストロギア騒ぎ両方が重なり、中々大変だったのである。

 潜んでいた月の輪怪獣『クレッセント』の群れを、ゼロは獅子奮迅の勢いでシグナムと共に撃破、ロストロギアも無事回収に成功した。

 しかしお陰で予定よりかなり時間が掛かってしまったのである。

 どうしたものか。転移魔法や転移ポートは他の世界と遠すぎる為に使えない。長時間戦闘で次元移動ブレスレットのエネルギーも使ってしまったので使用不能。

 ウルティメイトイージスも前回、迷い込んだ怪獣を元の世界に送り返した時に使用したのでまだ使えない。

 

 2人して頭を捻っていると、微かな噴射音が響いた。見ると定期便の中型航行船が降下して来るのが見える。

 

「何だ、此方が最終便か、脅かしやがって」

 

「時間は過ぎている筈だが、新規に加盟した世界だとよく遅れる事があるからな……だが有り難い」

 

 着陸した航行船のドアが音も無く開く。ゼロとシグナムはこれ幸いと荷物を持って乗り込んだ。

 雑多な雰囲気の少し古い型の航行船らしい。小型の旅客機のような機内だった。人はまばらだが十数人程が座っている。

 気のせいか照明が暗く感じられた。疲れているゼロは気にせず、空いている席に倒れ込むように座った。シグナムも隣に腰掛ける。周りを見るとみんな眠っているようだった。

 

「やれやれ……」

 

 ゼロは足を投げ出して楽な姿勢を取る。そこでふと、

 

「そう言えばシグナム……昇進した時に来た首都航空隊の話断ったんだって……? 部下も持つ事になるんだろ。勿体ねえな」

 

 首都航空隊。本局武装隊と並ぶ、時空管理局のエリート部隊である。

 シグナムはその働きと指揮官適正が有ったので、昇進した際首都航空隊から誘いを受けていたのだ。

 

「ふっ……折角だがな……今の管理世界の実情を考えるとな……」

 

 シグナムの凛とした美貌に、鋭いものが走る。

 

「怪獣、異星人絡みの事件がある……通常の次元犯罪ならまだしも、怪獣と戦っている最中部隊指揮をしている余裕など無いしな……していたら死んでいるだろう。単独で呼ばれる事も多い……そんな事では録に部下の面倒も見れまい?」

 

「そうだな……」

 

 ゼロは頷いた。歩兵レベルの平均的魔導師では怪獣に全く歯が立たない。豆鉄砲で荒れ狂う巨象にむかうようなものだ。その為高ランク魔導師が前に出る事になる。

 それでも太刀打ち出来ない個体も多い。だが単独で怪獣を撃破した事もあるシグナムは、経験も実積もあり頼りにされているのだ。

 そこで烈火の将の瑠璃色の瞳に、静かな炎が灯る。

 

「それにシグナム・ユーベル……奴を追い抜くには常に実戦に身を置いておきたいのだ……」

 

 先日見た夢の事を思い出す。ゼロは彼女らしい表明に苦笑を浮かべる。

 

「シグナムらしいな……」

 

 今は部隊指揮より、一個の剣士として腕を磨くのが己に課せられたものだと思っているのだ。

『ウルトラセブンアックス』の事があるゼロにもよく判る。彼女が部下を率いるようになるのは、シグナム・ユーベルを打倒した後であろう。

 まだ自分達の問題が解決していない今、別の世界線のように後進を見守るという考えは、今のシグナムにはまだ無い。

 今の彼女ははやてと同じく特別捜査官。その腕を必要とされる事件に呼ばれる、助っ人の凄腕剣豪というところである。

 

「流石に眠くなって来た……」

 

 納得したゼロは大欠伸する。烈火の将は少年の無邪気な動作が少し可笑しい。

 

「眠っておけ……かなりエネルギーを消耗してしまっただろう? 向こうに着いたら起こしてやる」

 

「……分かった……頼む……」

 

 ゼロはコクンと頷くと目を瞑った。あっという間に寝息を立てる。シグナムは微笑ましくなりつい微笑してしまう。その目はとても温かかった。

 早々に寝入ったゼロを横目に、少し報告書を纏めておこうと思い携帯端末を開く。しばらくキーを叩いていたが、流石に疲れを感じた。彼女も今日奮戦したばかりである。一休みしようと端末を仕舞った時だ。

 

「!?」

 

 シグナムは思わずピクンッと身体を震わせてしまった。何故ならゼロがいきなり、肩に持たれ掛かって来ていたからである。

 

「ゼッ、ゼロ……?」

 

 見るとゼロは正体無く寝こけ、シグナムの肩に頭を持たれさせていた。電車などで、たまにある光景である。慌てて起こそうとしたが、無邪気な顔で熟睡している少年を見ると躊躇われた。

 

(しっ、仕方無いなっ……疲れているのだ)

 

 自分をそう納得させ、そのまま寝かせてやることにした。動悸が少々速まってしまう。そこではたとある事に今更思い当たった。

 

(考えてみれば……久し振りに2人だけで、出先に来ているのか……)

 

 今更ながら一旦意識してしまうと頬が熱くなってしまう。2人でトレーニングをする時もあるので、今更という感じであるが、仕事先とは言え旅先で2人きりなのは初めてだ。大抵は八神家の他の者が一緒である。

 烈火の将は動揺して頭を振った。アインス辺りが見ていたら、にこやかに笑って頭を撫でようとするであろう。

 

(何を考えているのだ私は!)

 

 自分を叱責し、高鳴る鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返す。管理局では豪傑で通っている烈火の将も、中身はれっきとした女性である。しかしたいへん不器用だ。

 今だゼロへの感情をもてあまし、困惑しているというところである。

 ドキドキしながらつい、ゼロの匂いは日向の香りだな、などと思ってしまっていると、持たれていたゼロが顔を上げムニャムニャ言った。

 起きたのかとヒヤッすると、今度は反対側に持たれ寝息を立てる。シグナムはホッとするやら残念やら、複雑怪奇な心持ちを味わった。

 

(……まったく……この男は……)

 

 取り敢えず全てゼロのせいにしておく事にする。そうしないと生真面目な将の精神に悪い。

 しばらくしてようやく落ち着いたシグナムは報告書を書き上げ、シートを少し倒した。休める時に休んでおくのも仕事の内だ。向こうでも何か有るかもしれない。シグナムは静かに目を閉じた。

 

 その間にも次元航行船は、うねうねとした次元の海を進んで行く。2人は気付かなかった。この航行船が得体の知れない空間に入り込んで行くのを……

 

 

 

*******

 

 

 

「ん……?」

 

 シグナムは僅かな違和感を感じ目を覚ました。航行船が下降して行く気配が感じられる。隣を見るとゼロはまだ気持ち良さそうに熟睡していた。

 

(そんなに眠ってしまったのか……?)

 

 そんなに時間は経っていないような気がする。目的の世界には、スムーズに行っても2時間は掛かった筈だ。腕時計を見てみる。

 

「止まっている……?」

 

 例の秒針式の腕時計は止まっていた。あちこち操作してみたが、まったく動く気配はない。

 今日の戦闘で壊れてしまったのかもしれない。後で修理に出さなくてはと、ゼロを横目でチラリと見て思う。済まないと心の中で詫びた。

 そこで脳裏に、先日見た夢の光景が再び甦った。止まった時計。こびり付いた血痕。そして血塗れで冷たくなっていくゼロ……

 

(馬鹿馬鹿しい!)

 

 シグナムは不吉な考えを振り払うように頭を振っていた。まだ気にしている自分が滑稽に思える。偶々夢と同じく時計が壊れてしまっただけではないかと。そうしている内に航行船は着陸態勢に入っていた。

 

「ゼロ起きろ、もうすぐ着くぞ」

 

「ん~っ……?」

 

 取り敢えずゼロを起こす。寝惚け眼のゼロは目を擦り大欠伸をして、荷物を持って降りる支度をする。

 それから数分が経ち、航行船は発着場に着陸したようだ。微かな振動と独特の着陸音がする。

 2人がベルトを外していると、他の乗客達は無言で次々と外に出て行く。何故かシグナムは妙なものを感じた。

 乗客が申し合わせたように、同じような眠たげな目でフラフラと歩いているのだ。だがそれだけだ。

 

(気のせいか……?)

 

 他に不審な点は見当たらない。取り敢えずまだ眠そうなゼロを伴い、定期便を降りた。しかし……

 

「此処はこんな街だったか……?」

 

 シグナムは眉をひそめた。目的地の世界は拓けた世界の筈だ。確かに高層ビルが建ち並び、都会の雰囲気だが、真夜中とは言え人気がまるで無い。寒々とした街だった。

 アンバランスなのである。街並みはごく普通の都市なのに、車の姿も全く無い。街灯の灯りも心なし寒々として見えた。機械的とでも言えばいいのだろうか。温かみがまるでない。ゼロも首を捻っている。

 

「あれ……? 俺達ひょっとして、乗る便を間違えかのか?」

 

「いや……彼処から出ている便は一ヶ所しか無かった筈だ……」

 

 シグナムも訳が判らない。少なくとも他の世界に間違って来てしまったという事は無い筈である。何かの事情で別の発着場に着陸したのかもしれない。

 それならアナウンスがあって然るべきだが、2人共グッスリ眠っていたので聞き逃してしまった可能性もある。

 

「じゃあ、職員に聞いてみようぜ」

 

 ゼロは窓口に向かうが、示し合わせたように電気が次々と消え、人気が全く無くなってしまった。何時の間にか他の乗客達の姿も無い。

 それならばとシグナムは、はやて達に連絡を取ろうと携帯端末を開くが、

 

「通じない……?」

 

 同じ世界なら端末で連絡が取れる筈だが、何処にも通じない。

 

「俺のと同じく、今日の戦闘で壊れたか……?」

 

「かもしれんな……」

 

 ゼロの端末は今日の戦闘中に壊れてしまっている。シグナムの端末もそうかもしれなかった。

 仕方なくターミナルに向かうが、公衆電話の類いも車の影一つもない。途方に暮れていると、ライトの灯りが見えた。この世界のタクシーだ。一台だけ静かに此方に向かって走って来る。

 

「おっ、有り難え、乗せてって貰おうぜ」

 

「そうだな……」

 

 ゼロが手を挙げると、黒塗りのタクシーは音も無く2人の前に停車した。後部ドアが微かな音を立てて開く。乗り込んだゼロは、管理局の支部がある都市の名前を運転手に告げる。

 運転手は此方を全く振り向かず、無言で頷くと車を発進させた。バックミラーに無表情な中年男の顔が映っている。

 しばらく無人のような街を、タクシー一台だけがポツンと走って行く。本当に人気が無い。擦れ違う車も一台も無い。

 街というより、巨大な機械の中に迷い込んでしまった錯覚を覚える程だった。シグナムはやはり、街の様子を不審に思う。標識を一度も見掛けない事も不審に拍車をかけた。

 

「この街は何と言う街なのですか……?」

 

 違和感を拭えないシグナムは、運転手に尋ねてみる。すると運転手はポツリと一言だけ、

 

「街です……」

 

「いえ、だから何処の街かと……」

 

「だから街です……」

 

 取り付く島も無い。と言うより明らかにおかしかった。すると周りを見ていたゼロが、突然声を上げた。

 

「おいっ、止めてくれ、止めろ!」

 

「どうしたゼロ?」

 

 ゼロはシグナムに、周りを指し示した。見てみるとさっきの発着場だ。元の場所に戻っていたのだ。

 

「どういう事ですか?」

 

 おかしい。シグナムの問いに、運転手は表情一つ変えず質問に答えを発する。

 

「この街は何処に行っても、元の場所に戻ってしまうのです……」

 

「馬鹿な、それではこの街から出られないという事ではないか!?」

 

 質の悪い冗談にしても気味が悪い。自然語気が強まる。しかし運転手は表情一つ変えず一言だけ発した。

 

「その通りです……」

 

「なっ!?」

 

 あくまで運転手は淡々と答える。冗談を言っているようには見えなかった。尋常では無い。明らかにおかしい。その時だった。

 

「降りろ!」

 

 高圧的な声が響いた。見ると何時の間にか見慣れない白い軍服のような服を着た、数十名に及ぶ男達がタクシーの周りに立っていた。それだけでは無い。

 

「!?」

 

 男達は鈍く銀色に光る銃を、ゼロとシグナムに突き付けて来たではないか。完全に包囲されている。不味い状況だ。

 すると先頭の軍帽を被ったリーダーらしき男が、銃口を向けながら高圧的な態度でゼロを指差した。

 

「モロボシ・ゼロ……いやウルトラマンゼロ! 貴様を逮捕する!」

 

「!?」

 

 ゼロとシグナムの顔色が変わる。管理局の一部以外にその事を知っているのは、ほんの僅かだ。他に漏れる心配はまず無い。それなのに知っているのはという事は……

 突如男達の姿が異形に変化した。黒い皮膚に不気味に光る瞳の無い眼に、耳の位置に角のようなものが生えている。明らかに人間では無い。

 

「バム星人!?」

 

 銃を構える男達は人間では無かった。『四次元宇宙人バム星人』だ。

 ゼロとシグナムは一瞬目配せする。間髪入れず、2人はドアを蹴破って前のバム星人を跳ね飛ばした。

 同時に数人の星人を殴り跳ばす。だがバム星人達は怯まず銃を撃って来る。外れた光が火花を上げ、コンクリートを抉る。光線銃だ。このままでは不味い。

 飛び退いてかわしたゼロとシグナムは背中合わせになり、それぞれ『ウルトラゼロアイ』と『レヴァンティン』を取り出した。

 

「デュワッ!!」

 

 ゼロは素早くウルトラゼロアイを両眼に装着するが、

 

「何ぃっ!?」

 

 ゼロアイは僅かに音を発しただけだった。ウルトラマン形態に変身出来ない。身体に全く変化が起こらなかった。驚くゼロに、バム星人は嘲るように肩を揺らした。

 

「フフフ……この四次元空間では、お前達ウルトラマンは変身出来ん!」

 

 ウルトラマン80の時と同じであった。この特殊空間は、光エネルギーの結合を阻害する作用があるのだろう。あれから改良を重ねた筈のウルトラゼロアイですら作動しない。向こうの技術も進歩しているのだ。

 得意気なバム星人達の前に、シグナムが敢然と立ち塞がった。

 

「ゼロは駄目でも、魔法には関係有るまい! レヴァンティン!」

 

 ペンダント状のレヴァンティンを掲げた。ペンダントが片刃の長剣に変化する。だが起動はしたものの、魔力の結合が明らかに弱い事にシグナムは気付いた。騎士甲冑も形成出来ない。

 

「無論それだけでは無い、この中では魔力結合は殆ど意味を成さなくなる! 他のウルトラマン達も1人づつ四次元空間に誘い込み殺してやる!」

 

 嘲るようにバム星人は宣言した。不味い状況だった。四次元空間には、虚数空間のような特性もあるのだろう。魔導師に対抗する為に手を加えたのだ。これでは飛行魔法も魔法障壁も発動出来ない。

 数十に及ぶ光線銃が2人を狙う。完全に逃げ場を塞がれていた。周囲の建物からも狙撃手が狙っている。

 以前のウルトラマン80に逃げられた時の反省から、完全な包囲網が敷かれているのだ。いくらゼロとシグナムの技量をもってして、これだけの数の光線銃を避けきる事は無理だ。

 

「撃てっ!!」

 

 リーダー各の合図に、前面に立っていたシグナム目掛け、一斉に光線が撃ち込まれた。その時、

 

「危ねえ、シグナム!」

 

 ゼロがシグナムを抱き抱え、盾になりながら横合いに跳んでいた。だが銃撃を避けきれず、まともに被弾してしまう。

 

「ぐあっ!?」

 

 そのままアスファルトに転がってしまった。傷口からドクドクと鮮血が流れ落ちアスファルトを紅く染める。

 

「ゼロッ!?」

 

 青ざめるシグナムを他所に、バム星人は光線銃を再度向ける。絶体絶命の危機。ゼロはこの状況を前に、ヨロヨロとシグナムを抱き抱えたまま無理矢理身を起こした。

 

「止めを刺せっ!!」

 

 号令の元、光線銃の火線が2人を襲う。だが被弾する瞬間、ゼロは最後の力を振り絞り全力で跳躍した。百メートル以上の距離を一気に跳んで、包囲網を飛び越える。

 向かいのビルの壁面を蹴ると更に跳躍し、狙撃手達をウルトラゼロアイガンモードで撃ち倒す。しかし別の狙撃主からの狙撃に遭い、ビームが肩と腹を抉った。

 

「ぐっ!」

 

「ゼロっ!」

 

 蒼白になるシグナムの呼び掛けに、ゼロは固い笑みを見せるともう一度跳躍し、暗い路地裏に飛び込み疾風の如く駆ける。

 20分程も走っただろうか。何とか包囲を抜けられたようだ。だがそこでゼロは力無く膝を着き、シグナムを辛うじて下ろすとそのままアスファルトに倒れ伏してしまった。

 

「ゼロッ、しっかりしろ!」

 

「……だ…… 大丈夫だ……」

 

 強がっているものの、ゼロは重傷だった。両肩と腕は抉られ、脇腹にも被弾している。出血が酷い。10発以上食らっていた。

 そんな身体で無理矢理動いたのだ。傷口が更に開いていた。常人ならとっくに死んでいるだろう。

 シグナムは血痕を残さぬよう、着ていたコートでゼロを包んで抱えあげ、注意しながら離れた場所の倉庫に運び込む。

 

 ゼロを物陰に寝かせると、ハンカチや有り合わせの布で止血を試みる。だが重傷だ。出血が止まらない。その最中ゼロはたどたどしく口を開いた。

 

「……シグナム……怪我は……無いか……?」

 

「無い、何故庇った!?」

 

 シグナムは怒っていた。自分を庇ってゼロが怪我をするなど、我慢ならない。ゼロは力無く苦笑して見せた。

 

「あの状況じゃ……2人共食らってた……」

 

「むっ……」

 

 そう言われては返す言葉が無い。変身も出来ず魔法も使えないのでは、2人の技量でもあの一斉射撃を防ぐ事は不可能だった。

 

「それによ……」

 

「あまり喋るな、傷口が開く……」

 

 ゼロは無事な姿のシグナムを見上げ、心底ホッとした様子で微笑する。

 

「……シグナムに怪我させる訳には……いかねえよ……」

 

「……」

 

 シグナムは無言で止血作業を進めた。頬が熱くなってしまうのを気付かれないようにだ。こんな状況だというのに嬉しかった。

 

「……済まない……ありがとう……」

 

 しばらく無言だったが、辛うじてそれだけをゼロに告げた。

 

 

 

 

 

 辛うじて出血は止まったようだが、このままでは危ない。いくら超人的体力を持つゼロでも、このままでは命の危険がある。今のゼロは、生身の人間とそう変わらないのだ。

 変身さえ出来ればある程度の治癒が見込めるのだが、四次元空間のせいで変身不能。現在転移ブレスレットもイージスも使えない。

 魔法もろくに働かない。当然転移魔法も。魔力の結合を阻害するA.M.F(アンチ・マキリング・フィールド)の比ではなかった。

 通信を試みたが駄目だった。通信機も思念通話も何処にも通じない。一旦逃げられたものの、絶体絶命の状況は変わらなかった。

 シグナムは二階に上がり、小窓の端から辺りの様子を窺ってみる。近くにはいないが、大勢のバム星人達が2人を捜して彷徨いているようだった。見付かるのも時間の問題だろう。

 シグナムは頭に入れていた、バム星人の記録を引っ張り出してみる。

 

(この異相空間は、確か奴等の作った発生マシンで作られたものの筈……それさえ壊せればゼロは変身出来、魔法も使える上連絡も取れる筈だが……)

 

 だがそれが難しい。頼りはレヴァンティンのみ。向こうはかなりの人数だ。それに恐らくは戦闘用ロボット『メカギラス』も擁しているだろう。

 

「だが……」

 

 意識が半ば無いゼロを見る。顔色が悪く呼吸が荒い。早く手当てか変身出来ないと命に関わる。

 

(正夢にしてたまるか!)

 

 夢でのゼロの無惨な姿が浮かぶ。心が急速に冷えた気がした。グズグズしてはいられない。シグナム瑠璃色の瞳に、凄惨なまでの決意が浮かんでいた。

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 はやて達は提供してもらった官舎の部屋で、落ち着かない時間を過ごしていた。

 朝になり正午を回ってもゼロとシグナムが此方に戻ってこない。連絡も無い。向こうの支局に連絡を取ったが、2人は既にそちらに向かった筈との事だった。

 

「はやて、ゼロもシグナムもどうしたんだろ……? やっぱり何かあったんじゃ……」

 

 ヴィータが不安そうに聞いて来た。はやては心配する鉄槌の騎士に笑い掛ける。

 

「大丈夫……あの2人は大抵の事には負けはせんよ」

 

 だがそんな彼女も顔色が良くない。はやては自分にもそう言い聞かせていると、アインス、シャマル、ザフィーラが部屋に入って来た。まずアインスが判った事を報告する。

 

「主……やはりゼロも将も、航行船発着場に向かった後に行方が判らなくなっているようです……」

 

 あれからかなりの時間が経っている。調べて貰ったのだが、今だ2人の行方は判らない。

 まんじりとも出来ない中、はやての端末に連絡が入った。フェイトからだ。記録などから2人の行方を調べてもらっていたのである。

 

「フェイトちゃん、何か判った?」

 

 はやてはつんのめりそうな勢いで早速聞いてみる。しかしモニターのフェイトは残念そうに首を横に振った。

 

《ごめんね……此方でも判らないんだ……でも一つ気になる情報が入ったんだけど》

 

「気になる情報……?」

 

 フェイトは頷くと、リストを画面に表示した。百人以上に及ぶリストだ。

 

「これは……?」

 

《58管理世界で、ここのところ起きた行方不明者のリスト。状況がみんな同じなの……全員航行船の最終に乗る筈だった人達……でも全員そのまま姿を消している……》

 

「ゼロ兄とシグナムの時と同じや……」

 

 これは何か有る。2人は事件に巻き込まれてしまった可能性が高いとはやては思う。そこで思い当たる事があった。

 

「この状況……前に何処かで……?」

 

 頭を捻っていると、ザフィーラが何かを思い出したようだ。

 

「以前ゼロから聞いた事が有ります……四次元空間に人を引きずり込む宇宙人の話を……」

 

「思い出した! バム星人や!」

 

「そう言えば向こうの事件も少し不自然でしたね……?」

 

 シャマルが端末から事件のあらましを出す。おあつらえ向きの怪獣の出現。その前までは異変もゲートも確認されていなかった。

 

「バム星人は、ウルトラマンの変身を阻害する空間を作り出す事が出来る……これはひょっとして、ゼロ兄を抹殺する為の罠なんじゃ……?」

 

 一同の顔が青ざめた。

 

 

 

**********

 

 

 

 あれからかなりの時間が経ったにも関わらず、四次元空間の街は冷たい闇に支配されていた。永遠に夜が明けない世界。シグナムとゼロにとって死の世界だった。

 街の中央に巨大な工場が在る。中には乗客達が黙々と働いて、何かの作業をしていた。皆の目に生気が無い。催眠術か何かで操られているようだった。

 その中央に巨大な物体が鎮座している。銀色に輝くメカニカルなボディー『四次元ロボ獣メカギラス』だ。他にも何台ものメカギラスが製造中だった。全部が完成されたら恐ろしい戦力になるだろう。

 

 バム星人は派遣されているゼロ達ウルトラマンを抹殺し、此処を拠点にこの管理世界を侵略する計画であった。狙いは次元世界の資源と人員だ。

 次元世界は豊富な資源に、使い勝手のよい労働力の宝庫なのだ。資源は戦闘兵器に、人間は洗脳して奴隷にするなり、魔導師なら戦闘員にするのも良い。

 ウルトラマン、宇宙警備隊は向こうで手一杯。派遣されている数名のウルトラ戦士を片付ければ、向こうが手を打つ前に態勢を整えられると踏んだのだ。

 そしてこの世界を一大軍事基地とし、メカギラスの大軍団を製造しようというのだ。着々と準備は整いつつあった。

 

 

 

 

 シグナムは隠れていた倉庫から一旦出ていた。偵察の為である。まだあの倉庫に探査の目は届いていない。今の内だった。

 物音を立てず、ひっそりとビルの間の小路を行くシグナムは、1人で探索しているバム星人の姿を認めた。光線銃で武装している。

 

(丁度良い……)

 

 僅かながらレヴァンティンに魔力を通す事が出来る。音も無く背後に近付いたシグナムは、相手が気付く前に刃を返したレヴァンティンをバム星人の鳩尾に叩き付けた。

 

「くっ!?」

 

 硬いゴムを殴ったような感覚。バム星人は平然としている。硬い皮膚と強化服を着込んでいるのだ。非殺傷設定では無理だった。

 

「非殺傷は通用しないか……」

 

 銃声を聞かれると不味い。シグナムは光線銃を撃とうとするバム星人の気勢を制し懐に入り込む。接近戦で銃は不利だと悟った星人は、腰に着けていた棍棒状のスティックを取り出しレヴァンティンを受け止めた。

 

(やるな……!)

 

 さすがに1人でグリーンベレー50人分の戦闘力のバム星人。一筋縄ではいかない。逆に速く重い攻撃を繰り出してくる。

 だがシグナムは歴戦の戦士だ。巧みにスティックの攻撃をかわし、鋭い突きを繰り出した。レヴァンティンはバム星人の喉を見事に貫く。星人は声も無く後ろに倒れ、緑色の血を吹き出し絶命した。

 

 シグナムは死んだバム星人が持っていた銃を拾ってみる。相手の武器を使えればかなり有利になるのだが。

 

「駄目か……」

 

 引き金が引けない。バム星人以外には使えないようになっているのだ。ロックが掛かっている。これも以前80に逆に武器を奪われ、使われた時の反省だろう。

 

「どうやら四次元空間では生体センサーの類いは使えないようだな……」

 

 死んだバム星人はそれらしき機械を持っていなかった。通信機だけだ。使えないので人数に任せて探しているのだろう。それだけが救いであった。

 広域センサーを使われていたら、既に発見されている。それ故以前ウルトラマン80は身を隠す事が出来たのだ。だが今回は相当の人員がいる。人海戦術で捜されたら何れ見付かってしまう。

 

「むっ?」

 

 シグナムは近付いて来る機械音のようなものを察知した。高速で近付いて来るものがある。シグナムは咄嗟に物陰に隠れた。

 姿を現したのは、体長が3メートル程の奇怪な獣だった。街灯に銀色のボディーが鈍く光る。対人用と思われる小型のメカギラスであった。

 

 

つづく




絶体絶命の危機の中、シグナムは決死の覚悟を固める。死地を前に烈火の将は……
次回『まぼろしの街2』でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。