夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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数日遅れてますが、6月4日ははやてさんの誕生日という事で誕生日絵をこちらにもです。クールビズ仕様の10年後はやてというところで。


第88話 帝王の逆襲や(後編)★

 

 

 幼いサカタ兄妹は足取りも軽く、家への道を歩いていた。終いには小走りになっている。

 

「あの兄ちゃん達、良い人達だったな?」

 

「うんっ」

 

 嬉しそうな兄の言葉に、幼い妹はとてもはしゃいで返す。

 

「父さんと母さんを驚かせてやろうぜ」

 

「管理局の人が調べてくれるって聞いたらびっくりするよ」

 

 2人は信じなかった両親の態度が変わるのが楽しみで、早く話したくて仕方ない。住宅街にある家の前に就くとケン少年は、早速玄関のドアを開けようと手を伸ばす。その時だ。

 不意に黒い影が兄妹を被った。2人は声を上げる暇も無かった。

 

 

「ケン? アキ?」

 

 子供らの声が聴こえていた母親が、何時まで経っても入って来ない事を不審に思いドアを開けてみると、兄妹の姿は何処にも無かった……

 

 

***

 

 

 集合したゼロ達八神家は近場の喫茶店に入り、周りに人のいない奥まったボックス席に着いた。

 昼時は過ぎているので、客もほとんど居ない上、抑えた音量のピアノらしい音楽も流れているので、仕事の相談には持ってこいだ。

 飲み物と軽食を採りながら、早速情報の交換と分析に取り掛かっていた。はやてを下ろしたザフィーラも、青年姿で参加している。

 シャマルからの調査結果で、大気中に微量の放射線反応が計測されていた。次元世界ではその手の機関は現在使用されていない。向こうの乗り物、円盤の可能性が高かった。はやては携帯端末を開く。

 

「あの子達の目撃証言からすると……」

 

 ドキュメントデータを検索してみる。変な頭の形、猿か人間か分からない顔に鏡。検索キーワードを打ち込む。するとゼロが何か思い当たったようである。それとほぼ同時に、はやては流れるモニター画面に目を止めた。

 

「これかなあ……?」

 

 そこには奇怪な宇宙人が映っていた。猿と人間を合わせたような不気味な顔をし、人では有り得ない頭部をしている上、全身を鱗のようなものが被っている。

 他の者達も顔を寄せて画面に注目した。その呼び名を見たシグナムが険しい表情を浮かべる。

 

「バド星人……? 宇宙の帝王ですか……」

 

「帝王って、凄い奴がいきなり現れたって事なんですかね?」

 

 シャマルは帝王の名称に固唾を飲む。皆の顔にも緊張の色が走った。だがそこで微妙な顔をしたゼロが口を開く。

 

「あ~、その何だ……データをよく読んでみてくれ……」

 

「うん……? ほんなら……」

 

 ゼロの様子に首を傾げながら、はやてはバド星人のデータを声に出して読んでみる。他の者も目を走らせた。

 

「え~と、宇宙の帝王と名乗る……名乗る……?」

 

「ひょっとして……」

 

 ヴィータが目を凝らす。一瞬見間違いかと思ったのだ。ゼロはやれやれ顔で頷いて見せる。

 

「おうっ、誰もコイツを宇宙の帝王なんて呼んでない……呼んでるのは自分達だけだ」

 

「まさか自称帝王かよ!?」

 

 ヴィータは呆れて、つい声を上げていた。正直どれ程の強さと恐ろしさを誇る奴かと身構えていた八神家が、少々ズッコケ掛けるのは仕方あるまい。

 それでもはやて達は続きを読んでみる。データにはこう記されていた。

 

 身が軽い。姿を消せる。鏡の中に基地を造り自在に行き来出来る。等身大の時は光線銃を使うが、巨大化するとプロレスに似た技を使う。

 得意技フライングボディーアタック。しかしかわされ自爆した為威力の程は不明。

 最大の得意技は、命乞いと見せ掛けての凶器攻撃。メリケンサックを隠し持つ。最期は投げ飛ばされて頭を強打し死亡。

 

 皆の顔がどんどん引きつっていると言うか、微妙な顔になって行くのが判る。宇宙の帝王どころか、とんだ小物であるように思えた。ドキュメントデータの記述が淡々としているのが却って可笑しい。

 

「コイツ……ひょっとして弱いんじゃ……」

 

 ヴィータは呆れ半分、笑い半分で自称宇宙の帝王の感想を述べる。しかしはやての表情は却って真剣になっていた。

 

「確かにバド星人自体はあんまり強ないかもしれん……せやけど、こういう奴程何をするか判らんから却って怖いわ……」

 

「そうですね……姑息な者程卑劣極まりない真似をしたり、残酷な事を平気でしたりする……」

 

 シグナムは同意する。戦乱の中をも駆けて来た烈火の将は、小心者程残酷になれる例を嫌と言う程見てきたのだろう。はやては頷いた。

 

「自分達以外の知的生物は認めないって、相当に身勝手な連中やと思うわ……」

 

 バド星人は傲慢極まりない理由で地球に来ている。自分達以外の知的生命体全てを滅ぼす事が至上の目的。その行動原理は、傲慢さと臆病故ではないかとはやては思う。他に該当する星人は見当たらない。まずバド星人で間違いないと思われる。

 向こうの地球では太古、冥王星に文明を持った知的生物が存在したらしく、バド星人に滅ぼされたようだ。

 

「我が主、それに今回は怪獣も連れて来てるようです……」

 

 アインスは聞いてきた目撃証言を伝える。用心棒に怪獣を連れて来ているのは間違いないと思われた。

 しかし特徴をドキュメントデータで検索しても、該当怪獣が見付からない。未知の怪獣かもしれなかった。更に気になる事がはやてには有る。

 

「何より気を付けなあかんのは、爆弾やね……」

 

「それが厄介だ。奴らは星一つ吹き飛ばす爆弾を持ってる」

 

 ゼロのキツメの表情が更に厳しくなる。バド星人は以前現れた時、地球を破壊する為の爆弾を持ち込んでいる。今回も持って来ている可能性は高い。

 ゾッとする話だった。次元世界では本星にあたる星しか居住可能な星は無い。知的異星人が人類の他に存在しないとはそう言う事だ。

 だから次元世界の人々は、新たに発見された無人の次元世界に入植したりしているのだろう。

 つまりバド星人の爆弾は実質、次元世界一つを滅ぼす事が出来ると言う訳だ。しかも大きな物ではない。一抱え程の大きさだ。

 

「舐めて掛かると、スゴい汚い手を使って来るだろうから、油断は出来ないって事か……」

 

 ヴィータは苺パフェをほお張りながらも、表情を引き締める。ザフィーラもモニターの奇怪な顔に、厳しい眼差しを向けた。

 

「そうだな……手段を選ばない、外道の集団と見るべきだろう……」

 

 歴戦のヴォルケンリッターは、例え相手が弱そうだからと言って油断はしないのだ。

 はやてはデータを踏まえた上判断した。皆にこれからの方針を告げる。

 

「その屋敷がバド星人のアジトらしいし、あんまりグズグズしてる余裕も無さそうやから、直ぐ行動しよ。爆弾をもう仕掛けとるかもしれんし。シャマル、突入前に屋敷の探査をお願いな?」

 

「任せてください」

 

 シャマルが張り切って手を挙げる。『クラール・ヴィント』による探査で、状況を探ってから突入しようと言うのだ。

 レティに調査結果を告げ許可を取った八神家は、その怪しい屋敷を目指す事になった。

 

 

****

 

 

 街外れまで来た所で離れた場所に車を止めたゼロ達は、遠巻きに屋敷を観察していた。

 周りを森に囲まれた、洋風に似た様式の大きな屋敷だった。赤色の尖り屋根が燻んで、一見血のようにどす黒く見える。周りに人家は無い。

 荒れた印象があるのは長い間使われてないからだろうが、怪しい者達が潜んでいるらしいとなると、何処か禍々しい印象を受けた。

 その横でシャマルがクラール・ヴィントを振り子状の探査形態にし、屋敷の様子を探り始める。後数時間程で陽が暮れる。明るい内に突入したいところだ。

 その最中ゼロの端末に連絡が入った。レティからだ。出てみると少々困ったような顔をした提督がモニターに映る。

 

《ゼロ君、ちょっと良いかしら? まだ屋敷に入る前よね?》

 

「今偵察中のところで。レティ提督、どうかしたんすか?」

 

 ゼロは何か有ったのかと、訝しく思い尋ねた。

 

《ケン・サカタって子供に覚えは有る?》

 

「昼間話を聞いた坊主か……あのケンが?」

 

《それがゼロ君に伝えて欲しいって、あの屋敷の裏に中に入れる秘密の入り口を見付けて入ってみたら、基地のようなものを見付けた。

 案内するから、塀の前に在る女神像の下を開けてみてくれって、其処に秘密の入り口が在るから中で待ってると》

 

 レティはまったく困ったものだと、人指し指で眼鏡の位置を少しだけ上げる。

 

「あいつ……気になっちまったのか……?」

 

 ゼロは少し妙に思った。ケンには念の為自分の携帯端末の連絡先を教えてある。だったらわざわざ管理局のセンターに電話するより、直接掛けて来てもいいものだが。

 この時期次元世界では携帯端末はまだ一般化していない。当然ケン少年は持っていないだろう。

 魔力を持っていたとしても、まだ6、7才程では念話も使えるかどうか。念の為テレパシーで呼び掛けてみたが反応はない。これでは連絡手段が無い。

 

「判ったぜレティ提督。あの坊主を無事連れ戻しとく」

 

《お願いするわ》

 

 直接連れ戻すしかない。レティに請け負うとゼロは通信を切った。

 

 

 

「参ったぜ……」

 

 ゼロは事のあらましを皆に告げた。はやては厭な予感を感じる。

 

「危ないなあ……」

 

 バド星人がアジトにしているらしい屋敷に子供。鮫の目の前にぶら下げられた餌と同じだ。そこに屋敷の探査を終えたシャマルが、判った事を報告する。

 

「はやてちゃん、生体反応が屋敷の中に確認出来ました。人間の子供のようです。それに屋敷内に、妙な反応多数。これは不味いかもしれません」

 

「正確な数は?」

 

「妨害波のようなものが出ているらしくて、そこまでは判りません……」

 

 妨害波。まずバド星人が探知されないように出しているのだろう。やはり連中が巣くっているのは間違いないようだ。このままではケン少年が危ない。

 

「猶予は無いなあ……みんな、ちょう?」

 

 はやては手招きして皆を集め、何やら相談を始めた。

 

 

 

 

「ほんなら作戦通りにな?」

 

 全員が頷く。騎士甲冑を装着し武装を整える。シグナムとアインスは正面から屋敷に向かう。

 ゼロはまだ変身せず、1人指定された屋敷裏手に回る。はやてとヴィータ、シャマル、ザフィーラはまだ動かず様子見のようだ。

 

 先行のシグナムとアインスは高い塀を軽く飛び越え、敷地内に音も無く侵入した。今のところ何も異常は無い。

 シグナムは油断無くレヴァンティンを正眼に構え、アインスは両の拳を構える。しばらく様子を窺うが、屋敷に動きは無い。

 用心深く大きな扉の前まで移動する。木製の分厚い両開きのドアだ。シグナムが目で合図する。中に突入するとのサインだ。

 アインスは頷くと、扉に片手を当てる。魔力を流して電子ロックを解除しているのだ。

 扉が少し軋んだ音を立ててゆっくり開いた。2人は頷き合うと屋敷の中に足を踏み入れる。

 中は薄暗い。少しカビ臭かった。長い間放置されているのでホコリが舞う。中央に豪華な装飾を施された大きな階段がある。

 不気味な程静寂が支配していた。静寂の中、烈火の将と祝福の風の表情が引き締まる。

 

「居るな……」

 

「それもかなりの数だ……」

 

 呟き有ったと同時だった。階段踊り場と降り口、何も無い空間2ヵ所から突然白色の光が飛んだ。ビーム兵器だ。シグナムとアインスは素早く身をかわす。外れた光が壁を吹き飛ばし破片が飛び散った。

 シグナムは床を蹴ると跳躍しレヴァンティンの刃を返して、ビームが飛んで来た箇所に横殴りに叩き付ける。アインスももう1ヶ所に疾走し、拳を叩き付けた。

 

 苦悶の声が何も無い空間から漏れる。銀色の大型ビームガンを持った奇怪な怪人が姿を現し床に崩れ落ちた。バド星人だ。非殺傷設定での攻撃を打ち込んだのだ。

 だが敵は2人だけではなかった。不意にビームガンを構えたバド星人の部隊数十人がシグナムとアインスの前に出現する。

 

「現れたな、バド星人……」

 

 シグナムは厳しい眼光を周りに向ける。周囲を取り囲む異形の怪人の群れ。今非殺傷設定で倒れたバド星人達が平然と起き上がってくる。魔力ダメージだけでは倒せないのだ。

 バド星人は防衛隊の武器、ウルトラガンで倒されるような弱い相手と思いがちだが、ウルトラ警備隊のウルトラガンは、怪獣、巨大異星人に使用される強力なレーザーガン。その威力は戦車砲にも劣らないだろう。

 

 ロボットユートム、プラスチク星人、ゴドラ星人、アンドロイド兵士、数々の敵を倒してきた強力な銃である。

 逆に言えば、それだけの威力がなければバド星人を倒せないと言う事だ。一般魔導師の射撃魔法や拳銃くらいではビクともするまい。

 しかしシグナムとアインスは、些かも臆してはいない。シグナムが警告を叫ぶ。

 

「時空管理局だ! お前達は次元世界に不法侵入している! 大人しく立ち去るならば良し。しかし警告を無視して向かってくるならば容赦はしない!」

 

 向こうが警告を無視した場合、対向措置が認められている。怪獣被害を鑑みて、それ以上の驚異となるだろう異星人相手には、そうしなければ甚大な被害が出ると判断されたのだ。

 非殺傷を基本理念としている管理局としても、やむを得ない選択であった。

 しかし非殺傷設定解除には、非殺傷設定が効かない事と、必ず警告を告げる事が義務付けられている。友好的な異星人が迷い込んだ場合を考えてだ。

 これらの決定には、上でやり過ぎだや生温いなどと色々と意見が飛んだようだが、今のところ必ず警告を告げるのが定められている。

 だが傲慢の塊であるバド星人達が聞く筈もなく、全員が警告を不気味にせせら笑う。

 

「馬鹿共めが、我ら以外の知的生物の存在は許されない! 根絶やしにしてくれるわ!」

 

 やはり目的は次元世界の人間を滅ぼす事だ。狭量極まりない。バド星人達は光線銃を2人に向ける。

 だがこの状況に怯む事なく、却って高揚したシグナムは背中合わせの友に呼び掛ける。

 

「アインス行くぞ!」

 

「ふふ将……こうして背中合わせで戦うのは久し振りだな?」

 

 アインスは拳を構えつつ微笑して応えた。張り切っている。

 

「そうだな……」

 

 シグナムはニヤリと戦闘的な微笑を浮かべる。2人の周囲を囲むバド星人達は、手にした光線銃の引き金を絞った。

 

「死ねぃっ!」

 

 高出力のビームの火線が放たれた。まともに食らえば騎士甲冑をも貫いてしまうだろう。

 だが烈火の将と祝福の風はまともに食らう程ノロマではなかった。バド星人達には2人の姿が消えたように見えた。

 勿論消えた訳ではない。2人は同時に跳躍し、三角飛びの要領で壁を蹴りバド星人達の頭上に出たのだ。

 

「紫雷、一閃っ!」

 

「はああっ!」

 

 シグナムの炎の斬撃が一瞬で唐竹割りにバド星人数体を真っ二つに両断し、アインスの拳が立て続けに星人に炸裂する。両断され頭を叩き潰されたバド星人達は、幻影のような炎を発して跡形もなく消滅する。

 さしものバド星人も、高ランク魔導師の攻撃を食らってはひとたまりもない。

 しかし連中も一筋縄では行かない。その身軽さを生かし、宙を跳び交い2人に襲い掛かる。敢然と迎え撃つ烈火の将と祝福の風。戦闘が始まった。

 

 

 

 

 一方ゼロは、指定された裏手の地下入り口を見付け、暗がりの中長い階段を降りていた。確かに少年から連絡のあった通りである。

 

(何処だ……?)

 

 敵の真っ只中では迂闊に大声も出せない。ゼロの両眼が常人には視認出来ない光を放つ。透視能力を使い周囲を見渡すが、少年を発見出来ない。透視の効きが弱いようだった。

 

「シャマルの言ってた妨害波だな……妙な波動が出てやがる。取りあえずテレパシーや思念通話は通じるが……」

 

 しばらく階段を降りると、吹き抜けになっている広い空間に出た。下を見ると底が見えない程の縦穴が空いている。天然の鍾乳洞のようだ。

 それを利用して抜け道の地下道を作ったらしい。この屋敷を作らせた金持ちは変わり者だったようだ。推理小説マニアだったのかもしれない。

 階段は穴の上で橋になっている。屋敷は渡りきった向こうのようだ。ゼロが用心深く進もうとする。すると……

 

「……管理局の兄ちゃん……」

 

 声が向こうから響いた。見ると向こう側にケン少年が一人、ポツリと立っていた。

 

「お前っ、危ねえって言っただろ? こんな所に居ると何があるか分からねえ、ほら帰るぞ」

 

 ゼロはこっちに来いと手招きするが、少年は動く様子がない。ガタガタ震えて半べそをかいている。怖くて動けなくなっているようであった。

 

「今行くから、そこを動くなよ?」

 

 ゼロは一気に橋を渡ろうとする。その時だ。少年は何かに耐えきれなくなったように大声で泣き叫んでいた。

 

「兄ちゃん、来ちゃ駄目だっ!!」

 

 その絶叫と同時だった。突然橋がボキリと中央から折れた。鉄骨で頑丈に造ってあった橋が支柱もろとも積み木のように崩壊していく。

 

「クソッ!」

 

 ゼロがその超人的身体能力で脱出しようとするが、突然地響きが起こり洞窟の天井が崩落した。追い討ちを掛けるように、巨大な岩石が大量に降ってくる。数千トンにも及ぶ重量だ。いくら超人でも逃げきれない。

 

「うわあああああああぁぁぁぁ……っ!?」

 

 変身する間もなくゼロは絶叫を残し、大量の岩石と共に暗い地の底に落ちていった。遥か下で岩が激突する豪音が轟く。少年は茫然と膝を折った。

 

「ふははははっ! やった! やったぞ!!」

 

 暗がりに勝ち誇った嗤いが響く。少年の後ろに異形の怪人バド星人が現れていた。ゼロが落ちた深い縦穴を、嬉しさを隠せない様子で覗き込む。

 

「いくらウルトラマンゼロでも、不意打ちで変身する間もなく、この落盤ではひとたまりもあるまい! バド星人を甘く見たな!」

 

 バド星人は罪悪感と恐怖で、泣きじゃくっている少年を虫けらでも見る目で見下ろす。

 

「よくやったな……約束通り妹は返してやろう」

 

 ケン少年はそこでようやく顔を上げた。兄妹を誘拐したバド星人は、卑劣にも妹を盾に少年にゼロを陥れるように脅していたのだ。

 だがその為に他人を死に追いやってしまったケン少年は、とても喜ぶ事など出来なかった。身体中の震えが止まらない。そんな少年にバド星人は、ニヤリと厭な嗤いを向けた。

 

「と思ったが、お前達には死んでもらう。妹もだ!」

 

 少年の顔から血の気が引く。最初から星人はそのつもりだったのだ。

 

「だっ、騙したなっ!?」

 

「我らバド星人以外の知的生命体は全て滅びなければならない! 1人でも生かしておくと思っているのか? この世界は地下基地にセットしてある爆弾で、後2時間で跡形も無くなる。お前は先に逝け!」

 

 バド星人は冷酷にも、食って掛かる幼い少年を洞穴に蹴り落とした。為す術もなく、ケン少年は真っ暗な縦穴に落ちて行く。

 

(ごめんなさい管理局の兄ちゃん、アキごめん!)

 

 信じてくれた人を陥れ、結局妹も救えなかった。少年は絶望と後悔の中、真っ暗な闇の中をどこまでも落ちていった。

 しかし闇には、決して消える事のない光が灯っている事がある。

 

「?」

 

 硬い地面に叩き付けられる衝撃は無かった。少年は温かく鋼鉄のように逞しい腕にしっかりと抱き止められていた。そう銀色の超人ウルトラマンゼロが寸前で彼を受け止めたのだ。

 

『大丈夫か?』

 

 その目付きの悪い超人は、風貌にそぐわない温かな眼差しで少年に声を掛けた。

 

 

 

 一番の障害を取り除いたと思ったバド星人は、悠々と洞穴から離れる。少し離れた場所に、気を失っている幼い少女アキが倒れていた。

 

「さて……後はこいつを人質に使って、管理局の連中を皆殺しにしてやるか……そしてこの世界の人間を滅ぼしたら、他の人間も次々と滅ぼしてやろう。ククク……」

 

 バド星人は下卑た笑みを醜い顔に浮かべる。仲間に通信を取ろうと顔を上げた。その時妙なものが目に入った。

 暗緑色の楕円形をしたものが宙に浮かんでいるのだ。

 

「何だこれは……?」

 

 怪訝に思い、身を屈めてそれを覗き込むと……

 

「げぇっ!?」

 

 いきなりそれの中から大ぶりの石が飛んで来た。石は見事にバド星人の眉間に辺り、思わず仰け反ってしまう。間髪入れず中から人間の手がニッュと出てくると、少女を抱き抱え中に引っ張り込む。同時に暗緑色のものは消え失せた。

 

「こんな事だろうと思ったわ」

 

 暗がりに凛とした少女の声が響き渡る。見上げると六枚の漆黒の翼を広げた魔導騎士八神はやてと、少女を抱いたシャマル、ヴィータに青年姿のザフィーラが宙に浮かんでいた。

 

『残念だったな!』

 

 縦穴の底から声が響き、少年を抱き抱えたウルトラマンゼロが颯爽と上昇してくる。当てが外れて慌てるバド星人。

 はやて達は状況から、サカタ兄妹が星人に捕まっているものと推測し、わざと罠に掛かったふりをしたのだ。

 

 兄妹が人質に取られる事を考慮し、はやて達はシャマルの妨害波を利用して密かにゼロの後から侵入、隙を見てシャマルが旅の鏡でアキを奪還したのだった。

 ゼロはあらかじめ承知していたので、罠に掛かかると同時に素早く変身していたのである。

 はやては帝王を名乗る者とは思えない、姑息な星人を指差した。

 

「わざわざ次元世界にまで来て人類抹殺やなんて、大方向こうはゼロ兄達ウルトラマンがいてやりづらいから、手薄そうなこっちに来たんと違うんか?」

 

「うっ!?」

 

 するとバド星人は、ギクリと明らかに動揺したようだった。はやては子供を利用するような手口に怒りを感じ、挑発の意味もあって言ったのだがどうやら図星のようだった。非常に情けない理由である。

 どこが帝王なんだ。その場にいる者全員が呆れてそう思った。しかし自称帝王はまったく懲りなかった。

 

「おのれええっ! 帝王に逆らう虫けら共があっ! 皆殺しにしてくれるぅっ!!」

 

 帝王の威厳とやらはどこへやら、取り乱して叫ぶバド星人。それを合図に武装した仲間のバド星人の一団が駆け付けてきた。数十人はいる。

 

「縛れ! 鋼の軛!!」

 

 ザフィーラは先手とばかりに両腕をクロスさせた。地面から次々と鋭い刃が突き出し、襲い来る怪人達を串刺しにする。しかし刃の陣を突破した星人が向かってくる。その前にアイゼンを構えたヴィータが立ち塞がった。

 

「この尻頭星人! くたばれえっ!!」

 

 ラケーテンハンマーが唸りを上げ、バド星人数体が頭をかち割られ一度に吹き飛んでいた。光線銃の射撃をかわし、ヴィータは猛然と星人の軍団に切り込む。

 

「オオオオッ!」

 

 ザフィーラも続き、その剛腕を振るい星人を叩き潰す。牙獣走破の鋭い蹴りが、縦横無尽に敵を凪ぎ払った。

 

「風の御盾!」

 

 シャマルが巻き起こした数個の小型竜巻が、バド星人達を巻き上げ陣形を崩す。そこにはやてが間を開けず攻撃する。

 

「ブラッディー・ダガー!」

 

 無数の深紅の短剣が高速で飛来し、バド星人達に炸裂爆発させた。更にゼロが額から『エメリウムスラッシュ』を掃射し星人を焼き尽くす。瞬く間に駆け付けたバド星人達は全滅していた。

 

「クソッ! 援軍を……」

 

 1人残った先ほどのリーダーらしきバド星人は、残りの仲間を呼び寄せようとする。しかし応答は無い。

 

「クソッ、どうした!? 誰か応えろ!」

 

 すると暗がりからコツコツと足音が響いた。タイミングよく向こうからやって来る者がいる。醜い顔に喜色を浮かべるバド星人だったが、それは頼みの仲間ではなかった。

 

「残念だったな……」

 

「向こうは全て片付いたぞ……」

 

 それはシグナムとアインスであった。バド星人の目には、背後にズオオンッという擬音が見えそうであった。なまじ美女2人なだけに却って怖い。

 残りの星人軍団を2人だけで片付けたのだ。掠り傷一つ負っていない。さすがは一騎当千の烈火の将と祝福の風であった。

 

 バド星人は完全に追い詰められた。仲間は全滅。周りは強力な魔導師と若き最強戦士ウルトラマンゼロ。絶体絶命だ。しかし星人にはまだ切り札があった。

 

「まだまだ、これからだ! 出ろ、X(クロス)サバーガッ!!」

 

 バド星人の指令に呼応し、突然激しい地鳴りと地震が辺りを襲った。耳をつんざく叫びが地底より木霊し、何か巨大なものが現れようとしている。

 鍾乳洞が大崩落を起こす。崩れた岩が大量に降ってきた。このままでは生き埋めになってしまう。

 

「みんな外へ!」

 

 はやて達は兄妹を連れ、飛行魔法で地下を脱出する。ゼロは少年を預けると対抗して巨大化した。

 

 

 

「はやて、あれっ!」

 

 外に出たヴィータが森を指差す。見ると二つの巨大な怪物が、土砂と木々を盛大に巻き上げ地上に出現していた。更に巨大化したバド星人まで姿を現す。余波で屋敷が半壊してしまう。

 ウルトラマンゼロも鍾乳洞を派手に突き破って地上に降り立った。左腕を突き出した、得意のレオ拳法の構えをとる。

 広域結界を張りたいところだが、実は管理世界では結界は迂闊に張れない。

 地球と違い魔力資質を持つ者が多いので、下手に展開した場合多数の人間が結界内部に閉じ込められてしまうケースがあるのだ。

 アリサとすずかのような事故が多発すると言うと、判りやすいだろう。過去に出られずに戦闘に巻き込まれ死亡したケースもある。

 広域結界は魔力資質を持つ者が少ない世界では便利なものだが、魔法が普及した世界では必ずしもそうではない。

 その為管理局はこの世界で、限定的で狭い範囲のみの結界しか使用出来ないのだ。おかげでゴルザ戦でゼロはピンチに陥ったのである。此処が郊外の人気の無い場所なのが幸いだった。

 

『ふははははっ! こいつに勝てるかな? ウルトラマンゼロッ!』

 

 バド星人の勘に障る勝ち誇った声が響く。大地を割り現れたのは、針鼠のような頭部に恐竜のような姿、翼を備え左手がドリル状になっている奇怪な怪獣『宇宙忍獣 X(クロス)サバーガ』だった。しかも2匹。

 

『何だコイツらは!?』

 

 ゼロは見た事のない怪獣に一瞬戸惑った。ドキュメントデータにもない怪獣だ。『レイブラッド星人』が引き起こした『ギャラクシークライシス』に因り、他世界の怪獣も現れるようになったM78ワールドだが、Xサバーガはまだ出現していない。

 

『ふははははっ! 帝王を甘く見るな! 空間異常のせいで此方に現れた別世界の怪獣を、我等のコントロール通りに動くようにしたのだ!』

 

 とバド星人は自慢げに嗤っていると、振り返ったXサバーガはギロリと主人を睨んだ。様子がおかしい。2匹の怪獣の頭部辺りからスパークと煙が立ち昇っている。

 Xサバーガは怒ったように咆哮すると、巨大な尾を振り上げた。焦る自称宇宙の帝王。

 

『うわあっ!? 馬鹿者、敵は向こう!?』

 

 言い終わる前にバド星人は強力な尾の一撃で軽々と吹っ飛ばされていた。数百メートルは飛ばされ、岩場にガツンッと頭をぶつけて呻いている。

 

『コントロール出来てねえじゃねえか……』

 

 ツッコミを入れるゼロである。どうやらコントロール装置がもう効かなくなったらしい。『根源的破滅招来体』由来の怪獣相手には、バド星人の科学力では限界があったようである。

 しかし見境なしかと思われたXサバーガ2匹は、ゼロを血走った眼で睨み猛然と襲い掛かって来た。

 

『ちっ!』

 

 Xサバーガは『根源的破滅招来体』が亜空間ゲートの守りに付かせていた生体兵器と思しき怪獣。製造されていた同タイプが『M78ワールド』に迷い混んだのだろう。

 どうやらゼロを『ウルトラマンガイア』や『アグル』と同じような敵と判断したようだ。

 それを見たバド星人はヨロヨロと立ち上がり、頭を擦りながら距離を取って高笑いする。

 

『ふはははっ! どうやらそいつは、お前達ウルトラマンを優先的に襲うようだな? ならば私は隠れて高みの見物といこう!』

 

 情けない台詞を吐くとバド星人の姿が幻影のように消え失せる。得意の透明化で姿を隠したのだ。

 

「せっ、セコい……」

 

 ヴィータは呆れ顔をし、他の者も激しく同意するがそれどころではない。Xサバーガ2匹は左腕のドリルを高速回転させ繰り出してきた。ゼロは身をかわしドリルの猛攻を避ける。

 

「すっ、すげえ……!」

 

「おっきいっ!」

 

 大地を揺るがす巨人と魔獣の決闘。サカタ兄妹は目を丸くするが、ケン少年は何かを思い出したようで、はやて達に訴えた。

 

「大変だ! あいつ爆弾を仕掛けたって、後2時間でこの世界が無くなるって言ってた!」

 

「やっぱりな……」

 

 はやては皆に目配せし、シグナム達は頷いていた。

 

 

 

 Xサバーガ2匹は巨体に似合わぬ素早い動きで、ゼロの周りを円を描くように移動する。接近戦には微妙な距離だ。それならばまず片方をと思ったゼロは、左腕を水平に挙げた。『ワイドゼロショット』の態勢だ。

 腕をL字形に組み合わせ、左方のXサバーガに光線を放つ。眩い光の奔流が空を飛んだ。しかし……

 

『何いっ!?』

 

 Xサバーガが大地を踏みつけると、何と地面が辺りの岩盤ごと大きく捲れ上がった。巨大な地面の盾だ。忍者の畳返しのようである。

 ワイドゼロショットにより数千トン分の質量は粉々に吹き飛んだが、その間にXサバーガは素早く離脱する。それと同時にもう1匹がゼロに後方から襲い掛かった。

 

『野郎っ!』

 

 ゼロは振り向き様『ゼロスラッガー』を投擲した。しかし不意に爆発したように土煙が上がり、その姿が消え失せる。スラッガーは何も無い空間を通り過ぎてしまう。一瞬で地中に潜ったのだ。

 間髪置かず、ゼロの後方の土中からXサバーガが飛び出した。土遁の述。左手のドリルが唸る。

 とっさに体を捻って避けるゼロだが、片割れのサバーガのドリルが後ろから肩口を抉った。

 

『ぐあっ!?』

 

 さすがに避けきれず食らってしまう。しかしわずかに身を沈めたので深手ではない。怯まず、お返しと反撃の鉄拳を顔面に叩き込んだ。

 弾かれたように吹っ飛ぶサバーガ。しかしそのまま背中の翼を使い、空に飛び上がった。もう1匹も空に飛び上がる。

 2方向からの同時体当たり攻撃だ。衝撃波を伴い、音速で突っ込んでくる。寸でのところで後方に跳びかわすゼロ。

 2匹のXサバーガはかわされたと見るや、距離をとって同時に地面に降り立った。同時に右手をゼロに向ける。その手が倍ほどに膨張した。その掌中央に穴が開き、何かが一斉に飛び出してくる。

 

『何だっ!?』

 

 破壊光線か何かの飛び道具かと思いきや、大量の蝙蝠のようなものがうじゃうじゃと飛んでくる。体長数メートル程の黒い小型怪獣だ。小Xサバーガ。

 ともかく数が多い。数百はいる。ゼロに群がる小サバーガは、光に群がる蛾の大群のようだ。

 

『ちいっ!』

 

 額からエメリウムスラッシュを放ち、虫叩きの要領でまとわり付く小サバーガを撃ち落とすが数が多すぎる。2匹分である。次々とゼロの身体に小サバーガが取り付いた。

 引き剥がそうとするが離れない。一斉に発光を開始するとゼロは急激な脱力感を感じた。

 

『コイツら、俺のエネルギーを吸い取ってやがる!?』

 

 だがそれだけではなかった。取り付いた小サバーガ群が光を増すと、次々と自爆する。轟音が響き火花が散る。凄まじい爆発だ。

 

『ぐあああっ!?』

 

 自分のエネルギーを使われ、ゼロ距離で自爆されては堪ったものではない。相手のエネルギーを吸い取り、自爆攻撃をおこなうのが小サバーガの本領なのだ。

 全身からエネルギーを放出し敵を倒す技もウルトラマンにはあるが、小サバーガはそのエネルギーで自爆攻撃をしてくるだろう。巨大なウルトラマンにとって、相性最悪の攻撃と言えた。

 大型サバーガがいる状況では小さくなって対抗する事も出来ない。

 Xサバーガ2匹は、更に追加の小サバーガを繰り出す。爆発のダメージで膝を着いてしまうゼロ。このまま攻撃を受け続ければ不味い。胸のカラータイマーが赤く点滅を始めていた。

 

 

 

 狼形態になったザフィーラは、サカタ兄妹を背中に乗せ、宙を駆けていた。安全圏に避難させる為だ。爆風や降りしきる土砂の中を、蒼き守護獣は巧みに避け防御魔法で防ぎながら全速力で離脱する。

 そんな中、ケン少年は後ろを心配そうに何度も振り返っていた。

 

「どうした……?」

 

 危機を脱したザフィーラは尋ねていた。少年は表情を青ざめさせる。

 

「あの兄ちゃん居なかったけど、大丈夫だったのかな?」

 

「心配は要らない……ゼロは無事だ……」

 

 まさか今戦っている巨人が本人だと言うわけにもいかないので、そう伝えておく。その言葉にケン少年は心底ホッとした顔をするが、再び後ろを振り返った。

 

「助けてくれたあの巨人、大丈夫かな……?」

 

 遠目にウルトラマンゼロが小サバーガの自爆攻撃を食らい、大地に膝を着いている。苦しそうだった。全身から白煙が立ち昇っている。

 

「大丈夫だ……ウルトラマンゼロはあのような外道に負けたりはしない……それに主が、我らがいる!」

 

 ザフィーラは静かに、しかし頼もしく応えていた。

 

 

 

 膝を着くゼロに更に迫る小サバーガの大群。カラータイマーの点滅が早い。かなりのエネルギーを吸い取られてしまっているのだ。活動時間はわずかである。

 ここままでは……その時だ。凛とした声がゼロの耳に響いた。

 

「飛竜、一閃っ!」

 

 蛇腹状に分割した刃が、小サバーガを大蛇のごとく切り裂いた。シュランゲフォルムの愛機を振るうシグナムだ。

 

「ナイトメア!」

 

 更にアインスのレーザー状砲撃魔法が、群がる小サバーガを撃ち落とす。

 

「アイゼンッ!」

 

 ヴィータの打ち出した魔力弾が次々と黒い怪獣を粉砕する。そして6枚の漆黒の羽根を広げた魔法少女が上空に現れた。

 

「ごめんゼロ兄、探索やらで遅うなった。ちっこいのは任せて!」

 

 はやてのシュベルトクロイツが光を発し、降り注ぐ強力な魔力弾が小サバーガ数十匹を一度に撃墜、Xサバーガにも爆撃を敢行する。

 怯むXサバーガ2匹。しかし小サバーガの数は多い。態勢を立て直した群れは、はやて達にわらわらと向かってくる。だが迎え撃つ主と騎士達は怯みはしない。敢然と立ち向かう。

 

『悪い、みんな助かったぜ!』

 

 変幻自在の攻撃に惑わされていたゼロは礼を言うと、気合いを入れ直し雄々しく立ち上がった。

 咆哮するXサバーガ2匹。さすがに小サバーガは、今これ以上放出出来ないらしい。ゼロのカラータイマーの点滅が激しくなる。時間が無い。

 

『行くぜぇっ!』

 

 大地を揺るがし向かうゼロ。小サバーガははやて達が引き受けている。もうネタ切れかと思われたが、突然Xサバーガの姿がぶれて見える。ぶれて見えるだけではない。Xサバーガが8匹に増えたのだ。

 

『こいつは!?』

 

 8匹のXサバーガは、戸惑うゼロをグルリと包囲する。左手のドリルを回転させ襲い掛かってきた。

 ゼロは側転して8つのドリル攻撃をかわすと、近場のXサバーガにエメリウムスラッシュを叩き込む。

 

『何いっ!?』

 

 光のラインはサバーガをすり抜けてしまった。後ろの木々が一瞬で炭化する。

 

『2匹以外は分身かよ、忍者かてめえら!?』

 

 忍者は知っているのようだ。漫画かテレビで観たのだろう。文句を付けるゼロにサバーガ8匹は嘲笑うように空に飛び上がる。八方向からドリルを繰り出し突撃してくる。

 ゼロはスラッガーを投擲するが、攻撃がすり抜けてしまう。背後からの体当たりを食らい、ゼロは吹っ飛ばされてしまった。森の木々がマッチ棒ようにへし折れる。

 Xサバーガは、巧みに幻と実物を使い分けているのだ。

 

(クソッ、本物はどれだ!?)

 

 透視も効かない。こちらで見切るしかない。しかしカラータイマーの点滅が激しくなる。ゆっくり考えている時間も無い。

 Xサバーガの分身は、ウルトラマンガイアの眼をも欺く事が出来る。唯一水面に映らないという弱点があるが、あいにく此処には湖や沼は無い。

 

『ええいっ! 面倒だ!!』

 

 ゼロは開き直ったかのように立ち上がった。襲い来るXサバーガ8匹に対し、正面から向かう。ヤケクソになったのかウルトラマンゼロ?

 

『食らえっ!』

 

 ゼロは回転しながらスラッガーを投擲、更にエメリウムスラッシュとワイドゼロショットを同時に別方向に掃射する。8匹のサバーガにまとめて同時攻撃したのだ。

 当たらなくても構わない。見切れないのなら全部まとめて攻撃し、本物を見分けようと言うのである。

 数匹を攻撃がすり抜けるが、絶叫が上がると同時に、8匹いたXサバーガの姿が消え失せた。

 後にはスラッガーで腕を切り裂かれ、エメリウムスラッシュを肩に受けた2匹のXサバーガのみが残されている。強引な戦法だが、効をそうしたようだ。

 

『見付けたぜぇっ!』

 

 ゼロは盛大に土砂を巻き上げ、サバーガ2匹に突撃する。宇宙忍獣は即座に傷を再生すると咆哮し向かってきた。Xサバーガは再生能力が高い。

 右手のドリルを同時に繰り出してくる。しかしゼロはわずかな動きだけでドリルをかわし、その腕を取ると2匹まとめて大地に投げ飛ばす。サバーガは地響きを立てて頭から叩き付けられた。

 怒りの鳴き声を上げ立ち上がるXサバーガは、直ぐに身軽に立ち上がる。再び羽根を使い分空に飛び上がると、回転するドリルを向けてくる。

 ゼロはボクシングのダッキングの要領で、身体を低くして同時攻撃をかわすと、両手にゼロスラッガーを構えた。

 

『オラアッ!』

 

 銀色の斬撃が宙を走り、Xサバーガのドリル部分が根本から切断されていた。しかし忍獣は生体兵器故か、それでも攻撃を途絶えさせない。

 2匹の右腕が再び膨れ上がる。次の小サバーガを射出出来る準備が整ったのだ。

 

『そうはさせねえっ!』

 

 ゼロはエメリウムスラッシュを放つ。光のラインは狙い違わず、サバーガ2匹の射出口に命中した。倍以上に膨れ上がった腕が内部から光を放ち、腕が吹っ飛んだ。

 中の小サバーガがスラッシュのエネルギーで、内部自爆してしまったのだ。

 さすがに両腕を失ったサバーガ2匹は、無くなった腕を押さえ絶叫を上げる。直ぐには腕2本を再生出来まい。トリッキーな動きがようやく止まる。

 

『今だっ!』

 

 ゼロの数万トンの巨体が、重力の枷を離れて軽々と空に跳んだ。宙でアクロバットさながらに回転する。その右脚が炎のように赤熱化した。『ウルトラゼロキック』の態勢!

 

『デリャアアアアアアッ!!』

 

 急降下のゼロキックが、わずかな時間差で2匹に炸裂する。炎のキックは、Xサバーガの頭部を上半身ごと粉々に爆砕した。ウルトラゼロキック二段蹴りだ。

 Xサバーガ2匹は盛大な地響きを上げて倒れ込み、粉々に吹き飛ぶ。爆煙を背に、ゼロは地上に降り立った。

 

 カラータイマーの点滅が限界を告げている。かなりのエネルギーを吸い取られ、活動時間はそんなに残っていない。

 ヨロヨロと立ち上がろうとするゼロの背後に、何時の間にか音も無くバド星人が出現していた。

 

『ふはははっ! もうエネルギーは限界だろう! 私の勝ちだウルトラマンゼロッ!!』

 

 姿を現したバド星人は、ゼロが消耗するのを息を潜めて待っていたのだ。さすがは帝王である? その手には宇宙金属製のメリケンサックが光る。迫る凶器攻撃!

 

『舐めんな尻頭星人!』

 

 しかしゼロは軽く首を振ってメリケンサックの攻撃をかわすと、右正拳突きをカウンター気味にバド星人の顎に叩き込んだ。

 

『ぐええええっ!?』

 

 あっさり殴り飛ばされ大地に這いつくばる自称帝王。たとえエネルギーが残り少なくとも、ウルトラマンゼロの敵ではなかった。迫るゼロに、バド星人は怯えたように後ずさる。

 

『たっ、頼む、命だけは助けてくれえ!』

 

 自称帝王は敵わぬと見ると、頭を抱えて懸命に命乞いする。帝王の威厳も何も非常に情けない。

 

『うるせえ、往生際が悪いぞ!』

 

 ゼロは拳を振り上げるが、憐れっぽく命乞いをするバド星人に、どうしても拳を叩き付ける事が出来なかった。ウルトラマンは命乞いする相手に止めを刺す事など出来ない。それはゼロとて同じだ。

 甘いと言われようが、それがウルトラマンという存在であった。

 

『……二度と、こんな事をするんじゃねえぞ……それなら見逃してやる……』

 

『わっ、分かった。もう諦める……二度とこんな事はしない。だから許してくれ……』

 

 ゼロはその言葉を信じた。頷くときびすを返す。しかしバド星人が本心から改心する筈などなく、隠し持っていた大型光線銃を取り出し、ゼロの背中に向けた。

 

『甘ちゃんが、死ねえいっ!!』

 

 だが引き金に手を掛けるバド星人の目の前に、シグナム、アインス、ヴィータ、はやてが待ち構えていた。小サバーガの群れを全滅させたのである。

 

「貴様のような外道の考えなどお見通しだ! 翔けよ隼!!」

 

 怒るシグナムのシュツルムファルケンが、ものの見事に星人の胸に炸裂する。

 

「来よ、夜の帳(とばり)! 夜天の雷!!」

 

「轟天! 爆砕! ギガントシュラアアクッ! くたばれ尻頭星人!!」

 

 更にアインスの必殺の拳と、数十メートルにまで巨大化したアイゼンがバド星人に纏めて炸裂する。

 

『うっぎゃあああああああああぁぁぁぁっ!?』

 

 必殺技のコンボをまともに食らい、絶叫を上げるバド星人の巨体が綺麗な放物線を描いて空を舞った。

 

「とどめや、ラグナロク!」

 

 最後にはやての強力極まりない魔力砲撃を受け、バド星人はものすごい勢いで頭から岩場に落下した。その口からブクブクと血の泡を吹く。自称帝王の最期であった。

 だが自称帝王は往生際も悪かった。

 

『い……いい気になるなよ……私を倒しても、もう遅い……この世界は後わずかで粉々になるのだ……』

 

 仕掛けた惑星破壊爆弾の事を言っているのだ。しかし……

 

《残念でした~》

 

 シャマルのおっとりした調子の声が響く。はやての携帯端末からだ。はやてはにっこり微笑むと、端末画像を死にかけのバド星人に示す。少々ホコリ塗れのシャマルは主と同じく微笑んだ。

 

《爆弾はもう見付けました。鏡を入り口にしていた地下基地に入るのは、皆に瓦礫を除けてもらったりで、骨が折れましたけど、仕掛けた爆弾は無事回収完了です。

 レティ提督の手配で、爆弾は安全圏まで転送完了しましたよ、お尻頭星人さん♪》

 

 思いっきりバド星人に得意気な顔をして見せる。道理ではやて達が参戦するのが遅れ、シャマルの姿が見えなかった訳だ。惑星破壊爆弾の回収と処理をしていたのである。

 はやては苦笑混じりに、バド星人に片目を瞑って見せる。

 

「得意気に色々バラすから、失敗するんやよ?」

 

「所詮自称帝王ですからね……」

 

 シグナムが軽蔑感たっぷりに頷く。ヴィータは呆れたように星人を見下ろした。

 

「バド星人なんて名前、勿体ないよな。もう正式名称、尻頭星人でいいんじゃね?」

 

「レティ提督に、ドキュメントデータ変更の申請をしておくか……」

 

 アインスが真面目な顔で頷いた。もうボロクソである。最後の手段までも失敗してしまったバド星人は、最期の力を振り絞って声を発した。

 

「……しり頭星人だけは……止め……」

 

 言い終わらない内に白い炎に包まれ消滅してしまう。余程嫌だったようである。これですべて片付いた。

 

『ありがとう、みんな……』

 

 ゼロは手を振って宙に浮かぶはやて達に感謝すると、両手を組み合わせ人間形態に変化した。

 

 

 太陽が半分ほど沈み、辺りが夕陽の光に染まる。ゼロ達がザフィーラが避難させていたサカタ兄妹の元に行くと、ケン少年が涙で顔をクシャクシャにしてゼロに謝ってきた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……僕……」

 

 ゼロは泣きじゃくる少年の前にしゃがみ込むと、その頭を優しく撫でてやる。

 

「気にすんな……お前は妹の為にがんばった……俺はこうしてピンピンしてる。それに我慢出来なくて、俺に知らせてくれたろ? だから助かったんだぜ」

 

 ケンの表情にようやく安堵の色が浮かんだようであった。アキは気絶していたので、やり取りの意味が判らず首を傾げている。

 妹を助ける為に自分を陥れたとなじる気は、ゼロには無かった。知らせてくれたお陰で助かったと言うのは嘘だが、少しでも少年の罪悪感を軽くしてやりたかったのだ。

 それにあの状況で、泣きながら危機を教えようとしてくれた少年の心を、何より素晴らしいと思った。

 橙色の夕陽の光が、兄妹とゼロを温かく照らす。はやてはその光景を見て思う。

 

(ゼロ兄は、やっぱりこうなんよね……)

 

 結局のところ理由はどうあれ、ゼロは人間に嘘を吐かれ罠に嵌められ殺されるところだった。そしてバド星人を許そうとし不意打ちを食らうところだった。

 

「済まねえ……結局みんなには迷惑掛けたな……」

 

 立ち上がったゼロは皆に頭を下げる。無論無責任にバド星人を許そうとした訳ではない。爆弾処理の事も既に知っており、星人にはもう手段が無い事から、命だけは助けようと思ったのだ。

 そうは言うものの、ゼロはこれからもそうしてしまうだろう。それは甘さではなく、変えようと思ったとしても変えられない、ウルトラマンの魂のようなものだから。

 例え何十、何百回裏切られようとも……

 

 それはとても尊いものであると同時に、まだ若いゼロにとっては危ういものだとはやては改めて思った。

 

「主はやて……その分は我らが……」

 

 同じ感想を抱いたシグナムが頷いていた。彼女も不安に駈られたのだろう。あまりに他者を信じすぎるウルトラマンの少年を。はやても頷き返す。

 

「うん……私らがカバーすれば良いんや……」

 

 幸福の王子のような末路をゼロには味あわせたりはしない。人として家族として。そして……

 他の者達も頷いていた。

 

「どうした? 」

 

 首を傾げるゼロに、はやては笑いかけていた。

 

「王子様を守らんとあかんなって話や」

 

「何だよ、それ?」

 

 意味が判らないウルトラマンの少年に、はやては決意と温かな感情を込めて笑って見せるのだった。

 

 

 

 

 

 追記

 後日管理局のドキュメントデータの名称に変更があった。それには……

 

 バド星人。自称宇宙の帝王。別名、尻頭星人

 

 と記載されていたそうである。

 

 

 つづく

 

 




結界などの魔法設定は、独自のものとなります。As編以降出てこない事を自分なりに考えた結果なので、本気にしてはいけません。

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