遅くなりました。ウルトラシリーズから取っているので、サブタイトルのネタがどんどん減って行きます(汗)
春からはやては学校へ行き、学業とリハビリに支障のない程度に嘱託魔導師として順調に経験を重ねていた。他の八神家の者も同様である。
そして無事半年の嘱託期間を終えはやて達八神家は、ゼロと敢えてはやての使い魔として動く事を選んだザフィーラを除き、正式に時空管理局員となった。
なのはとフェイトも仮配属期間を終え、正式に入局している。
本局で辞令を受け取ったはやて達八神家は、制服や色々な備品を支給されたところである。一番乗りで着替えたはやてが、待っていたゼロと狼ザフィーラの前に車椅子で現れた。
「へえ……似合ってるぞ、はやて可愛いな」
「主……良くお似合いです……」
「あっ、ありがとうなゼロ兄、ザフィーラ……」
2人は本局の蒼い制服に着替えたはやてを見て、素直な感想を伝える。はやては照れて顔を赤くした。
(何かここのところ、似合う言われてばっかりやな……それにゼロ兄、可愛い可愛いって狡いわあ……)
何ともこそばゆいはやてである。ゼロは自分が誉められるのは素直ではないが、人を誉めるのに躊躇いが無い。そこに執務官の黒い制服を着たフェイトと、武装隊の白い制服を着たなのはが顔を出した。
「おっ、2人共良い感じだな。可愛いぞ」
「なのはちゃんも、フェイトちゃんも格好いいなあ」
ゼロとはやては新入社員ならぬ、新入生のようなピカピカの2人に目を細めた。
「にゃはは、ありがとうございます。はやてちゃん可愛いー♪」
「そう……かな……?」
なのはは慣れない制服に少々緊張気味ながらも、はち切れんばかりのやる気と希望が見て取れる。微笑ましい。フェイトはひたすら照れている。
ゼロとはやては、そこでフェイトがツインテールを辞めて、髪を下ろした事に気付く。
「フェイトちゃん髪を下ろしたんやね。大人っぽ~い」
「おうっ、良く似合ってるぞ」
「ほっ、本当……? あっ、ありがとうございましゅ……」
赤面するフェイトは辛うじてそう返すが、噛んでいるのはご愛敬だ。そこに着替え終わった女性陣がやって来た。揃いの蒼い本局制服である。はやてとゼロは、また素直な称賛を贈る。
「うん、2人共格好ええなあ……」
「シャマルもアインスも仕事の出来る女って感じだな。すげえ格好いいぞ」
「うふっ、ありがとう、はやてちゃん、ゼロ君」
「ありがとうございます我が主、ゼロ……」
シャマルは少女のように嬉しげにクルリと回って見せ、上に着ている白衣を翻す。アインスは微笑を浮かべ、珍しげに繁々と着ている制服を見る。制服など着るのは初めてなのだ。
「ヴィータも、武装隊のやつじゃないのは新鮮だな……似合ってるし可愛いぞ」
「ほんま、可愛いなあ」
ヴィータも誉められて満更でもなさそうだが、ネクタイを窮屈そうに緩めた。
「武装隊のが気楽なんだけどね……制服は窮屈だし」
武装隊所属のシグナムとヴィータは普段、赤い武装隊の服だ。ネクタイは無しの動きやすい服装である。直接前衛で出る烈火の将と鉄槌の騎士は此方の方が良いのだろう。
ゼロは管理局制服は、初代ウルトラマンが所属していた科特隊のスーツみたいなものだろうと思った。ぶつくさ言うヴィータをシグナムが嗜める。
「こら、緩めるな。どのような服でもベルカの騎士には些末な事だが、騎士としてだらしない格好をする訳にはいかないだろう……公の場では此方を着なくてはならない。ヴィータこれも慣れだぞ……」
「へいへい……」
ヴィータはまた説教が始まったなと、聞き流しコースである。シグナムが真面目に聞けと更に注意するしようとすると、ゼロがまじまじと彼女を見詰めた。
「そう言うけどよ……シグナムも制服良く似合ってるぞ……シグナムの綺麗さが際立つ……」
「ぐっ!?」
クソ真面目な表情である。シグナムは思いっきり噎せてしまった。本当にてらいが無い。ツンデレだが、人を誉めるのに躊躇が無いのである。
「ばっ、馬鹿者っ、世辞を言うなゼロ……」
「いや、でもほんまやよ?」
はやてがニコニコ笑って賛成する。焦るシグナムは何とか態勢を立て直し、コホンッと咳払いした。
「主もお戯れを……」
「いや……俺は思ったまんまを言っただけだなんが……?」
ゼロは心外だと返す。無自覚の止めである。シグナムは頬が急激に熱くなるのを自覚した。慌てて瞬間湯沸し器のように赤くなる顔を逸らす。
この少年ごく自然に、こう言う台詞をぬけぬけと吐いてしまう質である。何しろ敵の女性にも綺麗だ、などと言ってしまうくらいなのだ。困ったものである。父親譲りであろうか。
咳をして誤魔化すシグナムを他所に、なのはがヴィータの制服姿に感極まっていた。
「ほんとっ、ヴィータちゃん可愛いね!」
「だああっ!? 高町、鬱陶しい!」
ヴィータは頭を撫で回されキレる。もう恒例行事になってきた感がある。皆でわいわいやっているとレティ提督から連絡が入った。早速仕事らしい。それもゼロを含めた八神家全員だ。
通常の次元犯罪では八神家全員が揃う事はあまり無い。桁外れの魔力を持つはやてを筆頭に、単騎で大軍に匹敵する戦力のシグナム、アインス、ヴィータといった一騎当千の強者に、強力な防御と格闘力のザフィーラ、索敵補助に長けたシャマルが揃うと死角無しの、ほぼ無敵状態なので揃う必要が無いのだ。
しかし対怪獣戦となると、揃った八神家は管理局の切り札的存在となる。今回はそれに加え、若き最強戦士ウルトラマンゼロ。これは怪獣絡みかもしれない。ゼロの鋭い相貌が更に引き締まった。
*
「調査ですか……?」
もう八神家には、お馴染みとなった人事部執務室。はやてはレティに聞き返していた。やり手の提督は眼鏡越しに少女を見て頷いた。
「第21管理世界で、数日前に何か巨大な飛行物体の目撃があったのよ……勿論此方の航空機などではないわ。まだ発見されていないけど、恐らく何処かにゲートが在る可能性が高い」
「飛行物体……」
はやてはピンと来たようだ。レティは少女の察しの良さに満足げに頷くと話を続ける。
「それにマントを着た、奇怪な顔をした化け物を見たって言う証言があるのよ……それに巨大な影を見たという目撃証言も」
「奇怪な顔か……」
ゼロは反芻するように呟いていた。マントを着た化け物。それだけなら獣を元に造った誰かの使い魔の可能性も有るが、未確認飛行物体に巨大な影。合わさるとなると……
「時期が時期だけに気になるのよね……」
レティは資料を見ながら呟いた。『ダークザギ』のゲートが出来てから半年余り、今までは紛れ込んだ怪獣の事件のみだったが、そろそろ新天地に気付いた跳ねっ返りの連中が動き出す頃合いかもしれないと。
無数の文明が存在し、侵略や惑星の奪い合いが日常化しているM78ワールド。他者を滅ぼす事が至上の凶悪極まりない種族や、勢力を広げようとする戦闘種族が次元世界を見過ごすとは思えない。必ずその手を伸ばして来るだろう。
連中、異星人が単純に破壊を撒き散らす怪獣より厄介なのは自明の理だ。それは皆も同感であった。
「判りました。特別捜査官候補生八神はやてと一同、調査に向かいます」
はやては、皆を代表して返事をしていた。
*
ゼロと八神家は、転移ポートを乗り継いで目的の第21管理世界に降り立った。
住人は多い。十数億は人間が住んでいる比較的発達した管理世界である。都心は近未来的なビルが建ち並んでいるが、中心部から離れると自然や田園風景が拡がっている。はやて達の住む97管理外世界に似ているようだ。
現地の管理局に挨拶を済ませて情報を貰ってから車を借り、ゼロ達だけで目撃証言のあった場所に向かう事となった。
特別捜査官候補生は、特別捜査官より権限は劣るが、独自の捜査権限を持っている。基本現地の局員から情報を貰い独自に動くのだ。お陰で一般には正体を隠しているゼロも、ウルトラマンとして動きやすい。
大型のワゴン車に乗った八神家の面々は、シグナムの運転で現場へと向かう。尤も免許を取ってさほど経っていないので、運転する彼女の表情が少々険しくなるのである。
「だっ、大丈夫かシグナム?」
後ろのゼロが少々心配そうに声を掛けた。まだ車に対する不信感が拭えないのだ。シグナムは視線はそのまま、肩越しに微笑して見せる。
「問題ない……主も乗っておられるから安全運転だ……アインスも居るしな」
「ゼロ任せておけ……」
「大丈夫やゼロ兄、2人共反射神経も運動神経も凄いんやし」
助手席に座る祝福の風は頼もしく請け負い、はやても安心させるように励ました。遅れてアインスも免許を取っているので、交替で運転するのだ。
「そっ、そうだな……」
取り敢えず安心するゼロである。しかし反射神経や運動神経は凄くとも、シグナムとアインスが免許取り立てなのは変わらないのだが、その辺りは敢えて突っ込まないヴィータとシャマル、ザフィーラであった。
ちなみにシャマルは車庫入れが苦手で、まだ免許を取りに行っていない。
「はやて、やっぱり宇宙人なのかな……?」
ヴィータが隣のはやてに尋ねてみる。夜天の主は少し考えると、首を横に振って見せた。
「確かに状況はそれっぽいけど、先入観は禁物やと思うんよ……結論は色々調べてからやね」
視野を狭めない為だろう。ヴィータは感心しつつ更に尋ねる。
「でもやっぱり宇宙人だったら、どんな奴だろう?」
「そうやね……推測するなら、ゲートが開いてそう経ってないのにもう此方に来たいう事は、強引な連中かもしれへんなあ……でもそれだけに何をするか判らんから怖い気がする」
「おお~っ、はやて、何かテレビに出てくる刑事みたいで格好いい」
「おだてても、帰ってからの手作りアイスくらいしか出えへんよ?」
「やった~っ!」
ほのぼのしたやり取りに目を細めるゼロだったが、はやての推察は的を得ていると思う。判断能力に優れ、思慮深いはやてらしい。
この半年場数と経験を踏み、それに磨きが掛かったようだ。やはり彼女は図抜けたものを持っている。他の者も同様な感想のようだ。しきりに頷いている。
そんなやり取りをしながら、2時間程掛けて現地に到着した。自然が豊かな土地だが、田舎という訳ではない。避暑地であるらしく、近くには高級住宅や別荘などが在る。軽井沢のような場所と言うと判り易いだろうか。
まだ陽は高く観光客などの人通りも多いが、得体の知れないものが彷徨いていると思うと、日常風景が違ったもののように見えた。
「何や、不気味なものを感じずにはいられんなあ……」
「今のところクラール・ヴィントのセンサーには何も感じません」
「自分の嗅覚にも何も……」
既に周囲を探査していたシャマルと狼ザフィーラは、異常の無い事を報告する。
「俺の超感覚にも引っ掛かるものは無いな……」
最後にゼロの報告を聞いて、はやてはこれからの方針を決める事にする。
「それじゃあ、手分けして調査を始めよか? 一通り終わったら、3時に一旦集合しよ」
了解した皆は、手分けして調査を開始する。シャマルとヴィータは、未確認飛行物体の目撃された場所に、残りの者は周囲の聞き込みをする事になった。
現場の森林地帯に着くとシャマルは『クラール・ヴィント』のセンサーで辺り一帯を探り始める。ヴィータはボディーガードだ。
ゼロ達は更に二手に別れて、聞き込みを開始する。狼ザフィーラの背中に乗ったはやてはゼロと、シグナムはアインスと聞き込みに向かう。
シグナムとアインスは、まず地元の住人に話を聞いてみるがどうもハッキリしない。化け物の話も噂話の域を出ないようだった。
何度目かの空振りの後道を歩いていると、シグナムは隣を歩くアインスが染々とした顔をしているのに気付いた。
「どうしたアインス……? 何か珍しいのか?」
するとアインスは薄く微笑し、辺りを見渡すと口を開いた。
「何か感慨深いのだ……」
「感慨深いか……」
永い付き合いだ。シグナムは友の理由を察する。
「まさか私が人々を守る為に、事件を捜査しているとは……少し前までは考えもしなかったよ……」
「それは私もだ……そうか、お前は療養もあって、技術部勤めが多かったからな。まともな捜査は初めてか……」
シグナムも同意する。はやての元に来るまでは人々を守る為に行動したり戦った事など無かった。それよりも主の命令が優先されたのだ。
今の状況が嬉しいのだろうと思われたが、アインスは哀しげな眼差しを友人に向ける。
「魔鎧装事件の時、敵に言われたよ……正義の味方にでもなったつもりかと……」
アインスは擬態したアパテーを通して言われた、もう1人のディアーチェの台詞を思い返す。シグナムは黙って相槌を打つ。
「私は罪を背負っている……そんな風に思い上がる事は出来ない……」
俯いた表情に陰が射す。実際は彼女自身も被害者に過ぎないのだが、そうは割り切れないのだ。だが次に顔を上げたアインスの表情に力強いものが現れていた。
「だが人を命を助ける為に少しでも力になれるのなら、なりたいと思う事は悪くないのではないかと思う……」
その眼差しは以前の悲嘆に暮れてばかりだった彼女とは明らかに違う。一度は犠牲になろうとしたアインスだったが、周りの人々に支えられこのように考えられるようになったのだ。それが判るシグナムは頷いていた。
「そうだな……」
何時も沈んだ顔をしていた友人の変化。それはとても喜ばしい事だ。シグナムは自然微笑みを浮かべていた。アインスは午後の晴れ渡った空を見上げる。
「永く生きるものだな……人生は何があるか判らない……」
「全くだ……」
シグナムもその通りだと染々思う。はやての元に来てからの波瀾万丈でいて、それでも安らかな日々を思い返す。心から敬愛する主の少女と、色々と自分をかき乱すウルトラマンの少年。動悸が速まった気がした。
するとアインスは、友の心の内を知ってか知らずか柔らかに微笑んだ。
「何時もやり込められてばかりだったが、将の弱点も見付けられたしな……」
「弱点だと? 何の事だ?」
覚えが無いシグナムは眉をひそめる。
「ふふっ……」
訝しむシグナムに、アインスは意味ありげに微笑して見せると、向こうを指差した。
「将、それより次の目撃者の所に着いたぞ。さあ仕事だ」
「むう……」
釈然としないものを感じならがらも、シグナムは張り切っているアインスの後を追った。
巨大な影を見たと言う頑固そうな老人に、2人は話を聞いてみた。老人はむすりとした表情を崩さぬまま力説する。
「儂はハッキリこの眼で見た……! 頭が沢山の針の山みたいになっている怪物だった。左手が槍かドリルのようで羽根も生えていた。間違いない!」
老人は山に山菜採りに出掛けた時、偶然地面に潜って行く巨大な生物を見たそうだ。
「針鼠のような頭部に……左手が槍かドリル、それに羽根ですか……」
改めて特徴を確認するシグナムに、アインスは紅い瞳を向ける。
「将……やはりこれは……」
「うむ……」
2人はその具体的な描写に、確かな真実を感じた。話だけではどの怪獣か判らないが、潜んでいるのは間違いないと直感する。
暴れたり動き回ったりもしていないのが不気味だった。その後目撃情報は無い。身を潜めているのだ。自らの意思か何者かの思惑か、目的があって潜んでいるのではと思える。
礼を述べ老人の元を辞した2人は、はやて達と合流すべく道を急いだ。
*
一方のゼロとはやて、狼ザフィーラは、今のところ何の手懸かりも掴めぬままであった。怪人を見たという通報は匿名だったので、何処まで本当なのかハッキリしない。
何件目かの空振りの後道を歩いていると、不意にゼロが表情を引き締めた。ザフィーラの両耳が同時にピクリと立つ。
「2人共どないしたん?」
はやてが様子に気付いて声を掛けると、ゼロはさり気なく後ろを一瞥する。
「さっきから誰か着けて来てやがる……」
「お気を付けください主……」
ゼロとザフィーラは、後を着けて来る何者かの気配に気付いたのだ。
「何者やろか?」
はやてはゴクリと無意識に唾を飲み込みながら、努めて普通に尋ねた。ゼロも気付かぬふりを続けながら、
「判らねえが、そのまま気付かないふりをしてろよ……俺が取っ捕まえてやる。ザフィーラ、はやてを頼む」
「任せろ……」
ザフィーラは頷いた。ゼロも頷くと背後に気を配る。背後で此方を窺っている気配を確かに感じた。
2人と1匹は何事も無かったように、しばらく道を進む。次の路地を入ったところでゼロの姿が唐突に消えた。尾行者がそれに気付いた時。
「わっ!?」
尾行者の目の前に突然ゼロが降り立った。一瞬目を離した隙を見計らい、超人的な跳躍力で飛び上がり尾行者の前に現れたのだ。
「誰だ!? 星人の手さ……?」
威勢良く啖呵を切ろうとしたゼロの台詞が、ピタリと止まる。
「お前ら……?」
腰を抜かさんばかりにびっくりして尻餅を着いているのは、はやてより幼い年齢の少年と更に幼い少女の2人であった。
*
「通報して来たのはお前らだったのか……?」
ゼロの問いに少年と少女はコクリと頷いた。兄妹らしい。兄がケン、妹がアキと言った。ケン少年は少し緊張した面持ちで質問する。
「あんたら、時空管理局の人だろ……?」
「おうっ、調査に来たんだ」
嘱託のゼロはジーンズに上着を羽織った私服だが、はやては本局の蒼い制服を着ている。それで判ったのだろう。だがそれとは別に、2人の目には猜疑の色が有るようだった。少年は不貞腐れたように口を尖らせる。
「俺らみたいな子供が報せたって判ったら、帰るのか?」
「なんでだよ? しっかり調べるに決まってる」
ゼロは心底意外そうに返した。兄妹には予期せぬ返事だったらしい。2人共戸惑っている。
「だって……誰も信じてくれなかったから……」
周りに言っても誰も信じてくれなかったのだろう。この世界にはまだ一度も怪獣や宇宙人が現れた事がないし、ゲートも確認されていない。
ゲートの事や他の世界に現れた怪獣の情報は伝わっている筈だが、自分達には関係無い事だと思っているのだろう。いわゆる平和ボケと言うやつだ。
だからこの兄妹の訴えは、嘘か見間違いという事にされてしまったのだろう。ゼロにはこの兄弟が嘘を吐いているとは思えなかった。
「俺は、お前らの言う事を信じるぜ」
ゼロは兄弟に笑い掛ける。ケンは不思議そうな顔をした。
「何で……? 誰も信じてくれなかったのに……」
「だって見たんだろ?」
「うんっ」
「それで充分じゃねえか?」
ゼロは屈託なく笑った。例え見間違いだったとしても、調べるのは悪い事ではない。何も無ければそれが一番だ。この兄妹も安心出来るだろう。
その意外に人懐っこい笑顔に、初めて兄妹に笑顔が浮かぶ。初めて他人にそう言って貰えたのだ。
子供達が信じてくれと言うのなら、自分は最後まで信じよう。ゼロはそう思った。はやてとザフィーラも頷く。少年は改めてゼロを見上げ、感心した顔をする。
「兄ちゃん、テレビに出てくるヒーローの悪のライバルみたいな感じなのに、良い人だなあ……」
ゼロはズッコケていた。子供は正直だ。止めを刺すように妹が訳知り顔で続ける。
「お兄ちゃん、ああいう人は子供には優しかったりするんだよ」
「そっか」
「もう好きに言ってろ……」
ゼロはもう苦笑するしかないのである。はやては肩を震わせ、懸命に吹き出すのを堪えている。ザフィーラも口許が少し怪しい。
「まあ……2人共、その怪人を見た時の細かい状況を教えてくれへん?」
何とか耐えたはやては、兄妹に質問してみる。色々と安心したのか2人は滑らかに話し始めた。
「街外れに大きな屋敷が在るんだ……どっかの金持ちが建てたそうだけど、何年か前に死んじゃって今は誰も住んでない」
「おっきいんだよ」
アキが両手を広げて、屋敷の大きさをアピールする。
「其所にこの間妹と探検しに行った時に、屋敷に向かう怪しい奴を見たんだ。頭からマントみたいなのを被った奴でさ……こっそり見張ってたら、門の前で消えちゃって……それで塀の隙間から中を覗いてみたんだ……」
少年は少し心配そうに相手の様子を窺う。ゼロ達は頷いて先を促した。
「そしたら庭に同じようなマントを被った奴らがいっぱい居て、屋敷の中に入って行く……それで窓から見えたんだけど、屋敷の中の大きな鏡の中に皆入ってそのまま消えちゃった……」
「ほんとなんだよ。いっぱい居たのに鏡に入ってみんな居なくなっちゃったの!」
怖さを紛らわす為か、アキは興奮気味に懸命に同じ事を訴える。
「その時マントが捲れて、そいつらの顔が見えたんだ……」
話が核心に近付いた。ゼロ達は固唾を呑む。
「牙が生えてて、人間か猿か判らない顔をした化け物だった……変な頭の形してるし、すごく気持ち悪かった……あいつら絶対人間じゃない!」
幼い兄妹はその時の光景をしっかり思い出してしまい、細かな震えが止まらないようだ。相当に怖かったのだろう。
「偉いぞ……よくそこまで確かめたな……」
ゼロは腰を落とすと、力付けるように兄妹の頭を撫でていた。とても頼もしく安心するものを感じ、2人は誇らしそうな顔をする。何時の間にか震えも止まっていた。
だがそこでウルトラマンの少年は真剣な表情をする。
「だがな……次はそういう事は止めとけな? 危ないからよ。ああいう連中は何をするか判らねえからな。今度おかしな奴を見掛けたら、近寄らないで管理局に報せるんだぞ?」
「判った……」
「うんっ」
純粋に身を案じてのゼロの言葉に、兄妹は素直に頷いていた。
*
「お前ら、気を付けて帰れよ」
「うんっ、ありがとう。兄ちゃん達頑張れよ」
「ばいばい~っ」
手を振りながら帰って行く兄妹を見送りながら、ふとはやては気になってゼロに訪ねていた。
「なあゼロ兄……もしもあの子達が、嘘を吐いていたらどないするん?」
「信じてくれって言うんだ……俺は信じるぜ……嘘だったとしても何か理由が有る筈だ」
ゼロは屈託なく笑って見せる。ゼロらしいと言えばゼロらしい。しかしはやては、あまりに疑う事を知らない少年が心配になってしまった。不安に駈られと言っていい。
確かにあの子達が嘘を吐いているとは思えない。しかしゼロは例え相手が嘘を吐いても信じるだろう。
人間は必ずしも善人だけではない。小賢しい人間も多い。他者を利用する事しか考えない人間だっているのだ。
ゼロだけではない。ウルトラマン全般に言える事ではないか。
『幸福の王子』はやてはゼロを見て時折、以前読んだ童話を思い出す事がある。
ある街に自我を持った、豪華な装飾を施された王子の像が建っていた。街の貧困で苦しんでいる人々を見かねた王子はツバメに頼んで、自身に着いている宝石や金箔を剥がして、困っている人々に分け与える話だ。
全て分け与えた王子は終いにはみすぼらしい姿になり、心無い人々に溶鉱炉で溶かされ、ツバメは街に残って奔走した為に衰弱して死んでしまう。
最後に熔け残った王子の鉛の心臓と、ツバメの死骸はゴミとして捨てられてしまう。他者の為に身を犠牲にした王子とツバメの行為は誰にも顧みられず無意味とされた。
最後に神の救いにより、王子とツバメは天国で永遠に幸せになりましたで終わりだったが、はやては釈然としないものを感じたものだ。
神に認められても、結局人間は誰も王子達を気にも掛けなかった。助けられた筈の人々が何もしなかったのも納得出来なかった。
それでも王子とツバメは何の後悔もせずこの世から消えた。彼ら自身は満足だったのだろう。その時はもやもやしたものが残った。
その後ゼロと出会い、彼の人となりその行動をずっと見てきたはやては、ゼロが幸福の王子と重なって見えた。
他者の為に命を削り、身を削ってボロボロになろうと、何の見返りも称賛も求めず戦い守り抜く。
たとえ王子達のように打ち捨てられ、誰にも省みられなくとも……
それでも彼らウルトラマンは信じ行動し続けるのだろう。例え何十、何百回裏切られようとも。その先には果たして何が待っているのだろう……?
(そんなん、あんまりやないか!)
心の叫びだった。ゼロが命を削って守り抜いた挙げ句、守った筈の人間に裏切られ王子とツバメのように死んで行く。想像しただけで身が切られるようだった。
せめてそうなるのを食い止められるような人間で在りたい。はやては強く思った。
「主……」
ザフィーラがひっそり声を掛ける。彼もはやてと同じような想いを抱いたのだろう。
「私らは、最後までゼロ兄の味方でいような……」
「守護獣の名に懸けて……」
守護の獣は静かに簡潔に、しかし硬い誓いを込め主の言葉に同意の返事をしていた。
「どうした2人共?」
はやて達の様子を妙に思ったゼロが声を掛ける。
「ううん……何でもあらへんよ。そろそろ時間や。待ち合わせ場所に行こう」
はやてはキョトンとしているゼロに、にっこり微笑み掛けた。
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『管理局が来たか……』
尊大な声が部屋に響いた。マントを被った怪人が傲然と立っている。
その部屋は妙な造りをしていた。パイプや機械が壁に埋め込まれ、部屋自体見た事のない光沢を放つ金属で出来ているようだった。
怪人は管理局が調査を始めた事を、察知したようだ。
「愚か者共が……返り討ちにしてくれる……宇宙の帝王の恐ろしさ思い知るがいい……フハハハハッ!!」
高嗤いが木霊す。不気味だった。異様な雰囲気と併せ、背筋が寒くなるようだった。だがそこはかとなく、小物くさいものが感じられのは何故だろうか。
つづく
幸福の王子。小説版メビウスでも触れられてます。