夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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色々忙しく、此方では4月に公開のウルトラ10勇士を観れないかもしれません。(涙)
しかし10勇士だとゼロが自在にシャイニングになれるようですね。反則だなあ。
時系列的に10勇士は、夜天で最終回後辺りになるかと思います。本編でシャイニングの力を自在に使えたら強すぎますからね。


第86話 少女達の願い春の桜吹雪や(後編)

 

 

 

 それは顔が長かった。間抜けな程長かった。確かに巨大だ。だがその巨体に恐怖心を覚える前に致命的な点があった。顔が全く怖くないのである。

 巨大な瓢箪をぶら下げた間抜け面のそれ……

 愉しげな声と酒の匂いにつられてそれは歩き出した。ヒョコヒョコと千鳥足で……

 

 

 周囲に肉や野菜が焼ける良い匂いと、スパイスの香しい香りが漂っていた。クロノが独り、キャンプ用の大型鉄板で懸命に焼き物と格闘しているところだ。通り掛かったゼロはその良い匂いに引き付けられる。

 

「よう、クロノ美味そうだな。独りでやってんのか?」

 

「言い出しっぺのエイミィが、何処かへ行ってしまったんだよ……」

 

 クロノはやれやれと肩を竦めた。苦笑するゼロだが、そこで表情を改める。

 

「色々バダバタして後回しになっちまったけど……親父さんの事済まなかった!」

 

 ゼロは深々と頭を下げていた。何故ゼロが謝るのかと一瞬クロノは思ったが、直ぐに察した。彼は守護騎士達の家族の一員として、遺族であるクロノに謝罪しているのだと。

 

「聞いたよ……みんなは俺が里帰りしていた時に、もう謝罪しに行ったそうだ……だから俺も……」

 

「良いって言ったんだけどね……」

 

 クロノは苦笑する。実際彼の父クライドを殺したのは『ダークザギ』だ。しかしそもそもの原因を作ったのは自分達だと、はやてはアインスと守護騎士達と供に、クロノとリンディに謝罪しに行ったのである。

 ゼロもはやてと同じだ。守護騎士達家族の罪は、自分達も背負うと決めている。だから何を言われても短慮を起こしたりしない。

 クロノと一緒の仕事の時は他に誰かが居たので、中々言い出せず機会を窺っていたようだ。

 それが判ったクロノは、頭を深く下げ微動だにしないゼロの肩を優しく叩いていた。

 

「判った……君の謝罪も受け入れるよ……」

 

「ありがとうクロノ……」

 

 ゼロは改めて深々と頭を下げた。本人は自己満足だと思っているが、お人好し故であった。本当に済まないとの気持ちからだ。

 悪ぶってはいても、やはりゼロは根が善良過ぎる程お人好しである。全身全霊で我が事のように謝罪しているのだ。

 それを察したクロノは、再び頭を下げたままのウルトラマンの少年に頭を上げるように促す。

 

「いいんだ……頭を上げてくれ……それにね、更に確信を得た事が有るんだ……」

 

「確信……?」

 

 ゼロは顔を上げ、少年の顔を見る。クロノは自嘲気味に目を伏せ口を開いた。

 

「恨みが全く無かったと言ったら嘘になる……執務官目指してがむしゃらに進んだのも、何処かに恨みの感情も有ったんだろう……でもね思い知ったよ……憎しみの連鎖は馬鹿げてる。何も生まないってね……」

 

 その言葉は上っ面ただけでは無い。深い実感が籠っていた。

 

「それを教えてくれたのは他でもない、今回の事件だったんだよ……」

 

「今回の事件……?」

 

 ゼロは意外に思い聞き返していた。クロノは父の身体をした魔神の言葉を思い返す。

 

「勝手に人によって造られ害悪とされる……造られた方は何と思う。そして身勝手な人間をどう思う……ザギが闇の書に関してふと洩らした言葉だよ……

 同じく人により造られたザギの言葉は、人間への断罪の言葉だったんだんじゃないかと思う……そして僕は過去の闇の書のデータを見てそれを痛感した……」

 

 クロノはあの時のザギの言葉を改めて反芻する。

 

「ザギは言ってみれば意思を持ったロストロギア……全てのロストロギアの代弁だったのかもしれない……人に造られしものの……」

 

 ザギを造り上げた来訪者の星は既に無く、僅かに逃れた彼等は既に実態を持たない存在だ。ザギは管理世界でのロストロギアそのものである。

 

「データで見たけど、ザギは恐怖への産物だね……スペースビーストに脅え、せっかく『ウルトラマンノア』によって救われた世界を自分達で滅ぼす事になってしまった……

 ロストロギアもそうだ。戦争に勝つ為に、他者への脅えに、他への恐怖が恐ろしい破壊兵器を産んだ……そして幾つかの世界は来訪者の星と同じく滅んでしまった……」

 

「血を吐きながら続ける、哀しいマラソンか……」

 

 ゼロは以前、父ウルトラセブンより聞いた言葉をポツリと呟いていた。

 

「言い得て妙だね……」

 

「親父からの受け売りだけどよ……」

 

 クロノはピタリと当て填まる言葉に感心して頷いていた。自滅の道しか無い死ぬまで踊り続ける哀れな道化師。

 

「だから僕らはそれを断ち切らなければいけない……また旧世代のように繰り返しちゃいけないんだ……その為の時空管理局……創設時の理念を貫きより良い世界を目指すのが僕達の使命……例えままならなくても、思うように行かなくとも僕はそうしたい……」

 

 時空管理局も必ずしも理想通りにとは行かない。巨大な組織故の弊害も確かにある。だがそう言うものだと諦めて流されたりはしない。これから変えて行く。そんなクロノの覚悟が伝わって来るようだった。

 

「クロノ……」

 

 ゼロは思う。このような人々が居る限り、心に光を持つ人々が居る限り、自分達ウルトラマンは共に戦えると。クロノは少し照れたのか、オーバー気味に出来上がった焼きそばを豪快に紙皿に盛り渡す。

 

「さあ、深刻な話しは終わりだ。さあ食べてくれ、士官学校特製焼きそばだ」

 

「おうっ! 此方のも食ってくれよ。もうすぐ出来るからな」

 

 ゼロは大盛りの特製焼きそばを受け取り、早速景気良くかっ込んだ。日本の焼きそばとはまた趣の違う、スパイスの効いた独特の味。

 

「美味い!」

 

 ゼロは満面の笑顔で焼きそばを頬張った。

 

 

 

 

「この匂いは……」

 

 何時ものように構ってきて、頭を撫でてくるなのはに文句を言っていたヴィータは、花見の席で嗅ぐのは珍しい匂いを嗅ぎ付け文句を言うのを止めた。なのはも判ったようで、首を傾げる。

 

「カレーの……匂い……?」

 

「だよね……?」

 

 2人のやり取りを微笑ましく見ていたユーノも頷いた。匂いに引き寄せられ3人はトコトコ匂いの元を辿ってみる。少し歩くと離れた場所で、ゼロとミライがしゃがみ込んで何かやっているのが見えた。

 

「ゼロ、ミライさん、それひょっとしてカレー?」

 

 ヴィータが声を掛けると、ゼロはバツの悪そうな顔をする。

 

「見付かっちまったか」

 

「やっぱり匂いで判ってしまうね」

 

 ミライは苦笑した。見るとキャンプ用ガスコンロを使い、大鍋でカレーを作っているところだった。シンプルな豚肉に野菜のカレーだが市販のルーではなく、色々拘っているらしくとても良い匂いがする。

 しかし花見でカレーを作るとは、やはり何処かズレているウルトラ戦士2人であった。

 

「メビウ……ミライ先輩特製、GUYS Japan特製カレーだぜ」

 

 ゼロは自分の事のように得意気に話す。ヴィータは違和感を感じた。何だろうと考えると思い当たる。

 

(あっ、ミライさんの事、先輩って言ってらあ)

 

 目上の者だろうが、基本タメ口のゼロが先輩を付けているのだ。からかってやろうかと思ったヴィータだったが止める。

 

(考えてみれば、ミライさんが居なかったらアタシらどうなっていたか……)

 

 それは想像したくもない事である。メビウスが『光の国』に援軍を頼んでいなかったら『ダークザギ』は倒せなかった。

 ゼロも恩義に感じているのだろう。感謝も含めて先輩なのだ。その辺りも察してヴィータは聞き流す事にする。

 話はカレーに戻るが、ユーノは以前ミライがカレーを食べた時の反応を思い出した。感極まって落涙していたものである。

 

「ミライさんには、思い入れのある食べ物なんですか?」

 

「うん……僕にはとても懐かしいものなんだ……地球に居た時に、大切な仲間に教わったんだよ……」

 

 ユーノの問いに、ミライはひどく懐かしそうな表情を浮かべていた。もう会う事は出来ない素晴らしき仲間達。正体を知っても尚、共に戦ってくれた掛け替えのない戦友達。

 

「先輩……」

 

 ゼロは心中を察し声を掛けていた。ヒロトを送り返した時が永の別れだったのだ。元の世界では既に数千年の時が流れている。リュウ達GUYSメンバーは既にこの世に居ない。

 

「確かに皆にはもう会う事は出来ない……でも僕の胸の中にはリュウさん達は生きている……どんなに時が経とうともそれは変わりはしない……」

 

 ミライは力強く微笑んでいた。その笑顔は強がりなどでは無い。本当なのだろうとゼロは自然に思えた。どんなに時が過ぎても途切れはしない絆。何と素晴らしいものか。

 自分達もそう在りたいとゼロは思った。何れミライと同じ事を味わう事になる筈だ。数万年以上を生きるウルトラマン。はやても守護騎士達も先に居なくなるだろう……

 守護騎士達の転生機能は、防衛プログラムを切り離した際失われたと聞く。もう不老不死ではない。はやてが死ねばもう再生は出来ない。皆が居なくなるその時、自分は果たして耐えられるのか……

 

「何だしんみりして、ゼロらしくないぞ?」

 

 ヴィータはからかうように、元気が無くなったゼロの顔を覗き込む。

 

「そっ、そんな事ねえよ……」

 

 ゼロは内心の揺れを見透かされるのを恐れ、ぶっきらぼうに返す。するとヴィータはニッコリと微笑んだ。深い微笑みだった。

 

「大丈夫だよ……みんなそう簡単にゼロだけ置いてったりはしないよ……」

 

 ゼロはハッとする。千年近く不老不死のまま人の生き死にを見てきたヴィータには、ゼロの気持ちが判ったのだろう。似合わない事を言ったと思った鉄槌の騎士は、照れ隠しで胸を張る。

 

「ありがとよヴィータ……」

 

 胸を張るヴィータの頭を、ゼロは兄が妹にするように優しく撫でていた。鉄槌の騎士は照れ臭そうな顔をする。それをなのはがじっと見ていた。

 

「なっ、何見てんだよ!? 」

 

「私にも素直に撫でられてよお~っ」

 

「やなこった!」

 

 微笑ましそうかつ、ゼロに羨ましそうな視線を注ぐなのはに、ヴィータは文句を垂れていた。

 

 

 

 

 カレーは後は煮込むだけになったので、ゼロは少し桜並木を見て回ろうと1人ゆっくりと歩き出した。すると後ろから息せき切り走って着いて来る者がいる。フェイトだった。

 

「どうしたフェイト?」

 

 追い付いた彼女は、ゼロの前に立つと呼吸を整える。深刻な話かと思ったが、その表情は晴れやかでとても嬉しそうであった。

 

「どうしても報せたい事があって……」

 

「報せたい事……?」

 

 不思議そうなゼロに、フェイトは落ち着く為かもう一度深呼吸すると口を開いた。

 

「私……リンディ提督の……リンディ母さんの子供に……ハラオウン家の子になります」

 

「そうか……」

 

 ゼロは思い返す。フェイトに言った事を。とことん話し合ってみろと伝えた時の事だと察する。自分も光の国に帰った後、父セブンと色々な事を話した。それが一番だと思ったからだ。

 そして彼女は考えた末に、リンディ達に自らの不安と姓への拘り、心の内を全て打ち明ける事を決心し、納得するまで話し合ったのだ。それは家族への第一歩でもあったろう。

 

「私の今の素直な気持ちをリンディ母さん達に話しました……この家の子になりたいって……リンディ母さんは、姓も捨てる事はないって、そして私を抱き締めてくれました……クロノもエイミィも、本当の兄さんと姉さんだと思えって……」

 

 フェイトは涙ぐみながらリンディ達との顛末を語った。彼女は遂にハラオウン家の娘になる事を決心したのだ。

 

「ゼロありがとう……」

 

 感謝を込めて少女は頭を上げる。ゼロはとても慌ててしまった。

 

「俺はとことん話し合ってみろと言っただけだぜ……? 余計な事だったかもな……リンディさん達なら、俺が何か言わなくても大丈夫だったろうし……」

 

 困り顔でそう言うしかない。決めたのはフェイトだ。自分は助言しただけ、結局決めるのは本人なのだと。そんな照れ屋な少年にフェイトはクスリと笑ってしまうが、そこで表情を改めた。

 

「すいません……私の事ばかりで……それにゼロにはまだ謝っていない事が有ります……」

 

「えっ? 別にフェイトに謝られる事なんか……」

 

 覚えが無いゼロは首を傾げる。フェイトは首を振った。

 

「あの時……私が『ヤプール』に騙されてプレゼントを持って行った時の事です……」

 

「ああっ」

 

 思い出したゼロはポンッと手を叩いた。だがあれはプレシアを乗っ取っていたヤプールの仕業だ。フェイトに罪など無いと思っている。彼女は全くの被害者だ。

 

「いや……あれはフェイトは何も悪く……」

 

「いえっ、どうしても謝りたかったんです……本当にすいませんでした」

 

 ゼロの言葉を遮り、フェイトは地面に頭がくっ付きそうな勢いで首を垂れ深々と謝罪した。ずっと気になっていたのだろう。あの時フェイトは罪悪感で酷い有り様だった。

 管理局への入局に執務官候補生と慌ただしく、ゼロと仕事が同じになる機会も無く、他に人が居る状況では言い辛かったので先伸ばしになっていたのだ。ゼロと同じだ。

 結果的に少女を苦しめていたと思ったゼロは、居たたまれなくなり同じく頭を下げていた。

 

「悪かった……俺が正体を隠す為に、結局フェイトを苦しめちまった……済まねえ!」

 

「えっ? そんな……私こそ……」

 

 逆に謝られてしまい、フェイトも慌てた。これでは逆である。ゼロは本気で自分が悪いと思っているのだ。まったく、見てくれとは逆な男である。

 

(そう……ゼロはこういう人なんだよね……)

 

 フェイトは染々思うと共に、頭を下げ合う自分達が可笑しくなってしまった。クスクス笑うフェイトに、頭を上げたゼロも何だか可笑しくなってしまう。

 

「これじゃあ前と同じだな?」

 

「謝り合ってばかりですね……」

 

『冥王事件』の解決後にもこんな感じだった。それを思い出した2人は苦笑する。ゼロはやれやれと頭を掻いた。

 

「あいこって事だな? ははっ」

 

「そうしましょう……ふふっ」

 

 フェイトは頷く。謝り合ってばかりの自分達が滑稽に思えた。顔を見合せ2人は笑い合っていた。

 ひとしきり笑った後、ふとフェイトは思い出したようにゼロを見上げた。

 

「1つ不思議な事が有ったんです……」

 

「不思議な事……?」

 

 何だろうと思うゼロに、フェイトは自らの疑問を聞いて貰う。

 

「闇の書の中に閉じ込められた時の事です……私ははやてと同じく夢を見ていました……其処にはプレシア母さんもリニスもアリシアも居て……」

 

 懐かしそうな哀しそうな顔。彼女にとっては望んでも絶対に得られないものだ。

 

「母さんは優しくて、リニスは私の記憶のままで、アリシアは可愛くて……でも私は夢の中じゃなく、この世界に、みんなの居る此処に帰って来たいと思いました……あのまま夢の中に留まったら、母さん達は絶対に喜ばない……

 そして私は今まで何処かでアリシアのクローンである事に引け目を感じていましたが、アリシアにありがとうとごめんねをちゃんと言えて、私はようやく母さんの娘でアリシアの妹フェイト・テスタロッサになったんです」

 

 フェイトはしっかりとゼロの目を見詰め、己の素直な心境を語った。彼女は確かに自分の道を歩み出したのだ。過去の夢ではなく確かな現実の未来へと。

 

「でもそこで、1つだけ解らない事が有るんです……」

 

「解らない事?」

 

 ゼロにはここまで話を聞いて、特に不思議な点など感じられなかった。

 

「アインスさんから聞きました……闇の書の見せる夢は人の一番柔らかくて脆い部分を捕らえるって……でもおかしいんです。あの時、あの人の干渉を受けていた闇の書はもうおかしくなっていたと……

 もうその時のアリシアは、私の作り出した夢ではなく、人を闇に引き摺り込もうとする邪悪そのものだったと……

 間違っても私を現実に戻そうとはしなかった筈だったそうです……それなのに夢の中のアリシアは私を励まし送り出してくれました……何故だったんでしょう?」

 

「……」

 

「最後にアリシアは言ってました……私にはこれからも大変な事が待ってるけど、私はずっと見守っていると……本当に幻だったんでしょうか……?」

 

 つまりフェイトが見た夢は本人の作り出したものではなく、人を闇に引き込む夢魔そのものだったと言う事だ。ゼロはしばし考えてみた。すると1つ思い浮かんだ事が有る。

 

「そうだな……俺にも解らねえけどよ……ひょっとしたら本当のアリシアが、妹を助ける為に天国から来てくれたのかもしれねえな……」

 

 自然にその考えが浮かんでいた。本当のところは判らない。だが不思議とそう思えた。

 M78ワールドにも不思議は多い。死んだ筈の人間と会ったという話も聞いた事が有る。ひょっとしたら……

 

「お姉ちゃん……」

 

 フェイトの紅玉色の瞳から、知らず涙が零れていた。小春日和の空にアリシアが、プレシアとリニスと一緒に微笑んでいる気がした。

 

 

 

 

 

 

「グレアムのおっちゃん! リーゼロッテ、リーゼアリア!」

 

 フェイトと別れたゼロは、3人の姿を見付けて声を掛けた。グレアムは染々と桜を見ながら杯を飲み、リーゼ姉妹も同じく桜を見上げ感慨に浸っているようだった。丁度酌に来ていた他の局員も離れている。

 

「ゼロ君か……」

 

 グレアムはやって来た少年に微笑み掛けていた。リーゼ姉妹は深々と頭を下げる。

 

「3人共よく来てくれたな」

 

「はやてにね……押し切られたのだよ……」

 

 ゼロはそうだろうなと思う。本当なら断ろうとしていたのだろう。冥王事件の事後処理で駆け回っているのだ。それだけの被害が出ている。まだ処理にはかなりの時間を要するだろう。

 

「必ず来てくれなければ駄目だとね……はやては物腰は柔らかだが、妙に押しが強い」

 

「まったく……私らも丸め込まれてたよ」

 

 ロッテは同じく苦笑していた。アリアも同じく苦笑する。グレアムは座り込んだゼロにジュースを渡した。有りがたく頂く。

 

「落ち着いて話をするのは初めてだね……? 君のお父さん、ダンさんとはかなり話をしたよ」

 

「ははっ、難しい話は親父達に任せてっからなあ……」

 

 ゼロは砕けた調子で笑った。まあまだ高校生くらいの彼には、色々荷が重い。管理局の一部の人々との交渉、話し合いは他のウルトラ戦士があたっている。この辺りは大人の仕事と言う訳だ。

 グレアムは年相応の少年のように軽いノリのゼロに、済まなそうな表情を向ける。

 

「この間は大変だったろう……? 大丈夫だったかね?」

 

『ファイヤーゴルザ』戦の時の事を言っているのだ。あの戦闘はグレアム達も見ている。仕方ない事とは言え、協力して貰っている味方が同じ管理局に攻撃を受けたのだ。申し訳無いと思ってしまう。

 

「あれくらい、何て事ねえよ」

 

 ゼロは腕をグルグル回して、何とも無い事をアピールして見せた。グレアムにはそれが、心配させないようにとの気遣いだという事は判っている。

 いくら超人でも痛みも何も感じないロボットなどではなく、彼らは喜び悲しみ痛みを感じる自分達と同じ生命体なのだと。

 

「君達ウルトラマンは、まだ怖れられている所もある……やはり『ダークザギ』の影響は拭いきれない……だか徐々にだが人々の中に、あの巨人達は味方ではないかという考えが芽生え始めているようだ……君の頑張りがあったお陰だよ……」

 

「へへっ、だったら良いな……今ははやて達がフォローしてくれるから、そうでもねえしよ」

 

 照れ臭いゼロである。超越的存在が何処からともなく現れ、巨大な怪物を圧倒的力で倒し何処かへ去って行く。それだけならもっと疑われているだろう。

 しかしボロボロにりながらも人を守ったゼロの姿は、一部の人々の心に確かに響いていた。他のウルトラ戦士達も同様だ。今は小さくとも何れ……

 まだ照れているゼロに、リーゼロッテが話し掛けて来た。

 

「そう言えば聞いてると思うけど、私らこれまでの事謝りに行ったんだけどさ……はやて……私らが謝りに行った時、何て言ったと思う?」

 

「大体見当は付くな……」

 

 ゼロは苦笑していた。グレアム達がはやてに謝罪しに来たのは聞いているが、細かいやり取りまでは聞いていない。

 

「今までありがとうございます。これからも沢山お世話になりますよって、だってさ……」

 

 ロッテは苦笑していた。リーゼアリアも苦笑を浮かべると、片割れの言葉を続ける。

 

「で、此方が謝るとね……過ぎた事を気にしても仕方ない、それよりもこれ作って来たからって、沢山のお弁当を出して来てさ……」

 

「ははっ、本当にはやてらしいな……」

 

 ゼロはその光景を容易に想像力出来、思わず笑っていた。はやては他人を恨むような子ではない。グレアムには逆に感謝し罪悪感を少しでも軽くしようと、これからもお世話になりますと言ったのだろう。

 

「ゼロと言い、はやてと言い……何なんだろうね……」

 

 その声には深い自責の念が感じられる。それに比べて自分達は……そんな想いからの言葉だった。グレアムもリーゼ姉妹も『ダークザギ』の記憶改竄により良いように踊らされていた。

 それは仕方ない。次元世界全ての人間達がそうだったのだ。天災に巻き込まれたのと同じだろう。だがやはりそれだけでは割り切れないのだ。グレアムは深くため息を吐く。

 

「私達は結局良いように踊らされてしまっただけだった……」

 

「それってよ……天災に後悔してるのと同じじゃねえかな……? 俺達だって踊らされていたのは同じだぜ」

 

 ゼロはグレアムの悔恨に反論していた。あの状況で抗う事など不可能だった。次元世界全ての人間が、ザギの記憶改竄の影響下にあったのだ。

 ゼロ達も最後までザギのシナリオ通りに踊らされていた。メビウスがいなかったら終わっていた。どうしてグレアム達を嗤えるだろう。

 

「はやても根を詰めすぎなおっちゃん達に、気分転換させたかったんだろう……」

 

「そうだな……そういう子だ……」

 

 グレアムは頷いた。リーゼ姉妹も同じく頷く。それでも彼らの瞳から、悔恨の色が無くなる事は無い。贖罪の意味も含めてこれからも奔走するのだろう。

 ゼロも自分が同じ立場だったらそうするだろうと思う。だがこれだけは言っておきたい事があった。

 

「俺も昔酷い下手かました事が有ったから、あれだけどよ……俺達ウルトラマン。おっちゃん達と一緒に頑張らせてくれよ。頼りにしてるからよ」

 

 グレアムに右手を差し出した。グレアムは頷くとその手をしっかりと握り締める。

 

「ありがとうゼロ君……」

 

 グレアムは微笑していた。少しは重荷を軽く出来たろうかとゼロは思う。そこにリンディとクロノもやって来て、場は賑やかになった。

 

 

 

 

 

 

「ん~と……気が付いたら孤独や……」

 

 なのは達ともいったん別れ、今は守護騎士達も全員バラけている。皆管理局に上手く溶け込んできたのを感じ嬉しくなる。母親の気分と言うやつだ。

 それでも賑やかな場所で、ポツンと独りは寂しいなと少し思ってしまう。つい数年前の自分を思い出してしまうからだ。

 前とは違うのに何かの折に、どうしても孤独な時の自分を思い出してしまうのは、それだけ孤独な時間が長かったという事だろう。

 アインスにも話した事が有ったが、今でも本当に皆が存在するのかつい確めてしまう事が有る。そんな事をつらつら思っていると、

 

「誰が孤独だって?」

 

「ゼロ兄……」

 

 振り向くとゼロが立っていた。はやては不覚にも目頭が熱くなってしまう。

 

(タイミング良過ぎや。あかんっ、いくら何でも今は……)

 

 何時誰かが来そうな今の状況では、はやての性格上それは出来ない。誤魔化して陽気に振る舞おうとすると、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「はやてちゃん、ゼロ君ごめんなさい、遅くなっちゃった」

 

 石田先生だ。当直明けで今頃になってしまったのだろう。

 

「石田先生いらっしゃい」

 

「先生っ」

 

 はやてとゼロは手招きして先生をシートに座らせる。丁度ヴィータも来たので、ゼロは2人で先生に料理を持って来る事にした。ついでに出来上がったカレーを全員分持って来る事にする。

 はやては守護騎士達に思念通話を送って、集合するように伝えた。

 

 ゼロとヴィータが料理を持ちきれない程抱えて行くと、はやては石田先生と何やら真剣な話をしているらしかった。ゼロとヴィータは少し待つ事にする。

 しばらくすると2人で笑い合う。良い頃合いだと思ったゼロとヴィータは料理を持って行く。丁度守護騎士達も集まって来た。八神家全員集合だ。ゼロとヴィータは全員にカレーを配る。

 

「美味しいっ、花見言うより、キャンプみたいやね」

 

 はやてはミライ特製カレーに舌鼓を打った。それぞれカレーを堪能する。

 

「外で食べるのも有るけど、本当に美味しいなこれ」

 

 ヴィータも気に入ったようで、あっという間に平らげてしまうとお代わりをしに駆け出して行く。アインスとシャマルは仲良く並んで座りカレーを食べている。

 

「お酒を飲んだ後のカレーは美味しいな……風の癒し手……」

 

「本当ね、美味しいわあ……」

 

 2人共至福の表情である。シグナムはまたアインスが変な事を言わないか、警戒しているようだが大丈夫そうだ。

 何とも穏やかな空気が流れていた。皆は石田先生と談笑している。その中で新たに八神家に加わったアインスは、先生と色々と話している。シグナムは心配したが、大丈夫なようだ。

 そんな中ゼロは立ち上がり、はやてに声を掛けた。

 

「はやて、眺めの良い所で桜を見てみねえか? ちょっと行って来る」

 

「うん……」

 

 皆に断るとゼロは、はやての車椅子を押して眺めの良さそうな場所に移動する。2人の周りを微風に飛ばされた桜の花弁がたおやかに舞う。

 はやてはその光景にしばし見惚れた。小春日和の陽射しが心地好い。桜の幻想の中を進んでいるようだった。一番現実離れしている、車椅子を押すウルトラマンの少年に、はやてはふと聞いてみる。

 

「どないしたんゼロ兄? 私だけ誘って……」

 

 結構唐突に思えたのだ。ゼロは少し照れ臭そうに笑う。

 

「去年は俺が慣れてなかったせいで、花見に連れて行けなかったからな……せめてもと思ってな……」

 

 去年はこんな良い場所に来れるコネも経験も無かった。それを後ろめたく思っていたのだろう。はやては微笑んでいた。

 

「そっかあ……去年は2人だけやったもんな……」

 

 最初は2人だけだったのが、守護騎士達が来て賑やかになった。そして今はアインスも居る。なのは達友人達も居る。この僅かな間に色々な事が有った。

 

「ちょっと前までは想像も出来んかったなあ……」

 

 ゼロとの出会いは、想像を遥かに超えた物語の始まりだったのだとはやては思った。孤独だった少女は家族を得て、友人を得て今大きく羽ばたこうとしている。

 ゼロはそれを感じ取り感慨深い。そこでさっきはやてが、石田先生と真剣そうなやり取りをしていたのを思い出す。

 

「石田先生と何の話をしてたんだ? 結構真面目な話をしてるように見えたぜ」

 

「うん……お互いあかんかった所の反省をし合った感じやね……そして石田先生のようなお医者さんを見習って、これから頑張りたいって伝えたんや……」

 

 はやては苦笑する。先生には治療に前向きではなかった事を謝った。石田先生は、初めての受け持ち長期患者である事もあり空回り気味だった事を謝罪したのだ。

 だが今のはやては判る。先生の諦めない姿勢は、彼女の中に確かに刻まれていた。誰かを助ける為に頑張る。それは先生から教わったのだ。

 

「正直治ると思っとらんかったんよ……」

 

 はやては自らの足を擦る。全く動かなかった足が少しづつだが動くようになっていた。不思議な感覚だった。物心ついた時には既に動かなかった足が動こうとしている。

 

「それで治療にも身が入らんかったから、先生には迷惑掛けたんよね……ゼロ兄もごめんな……何時も治癒能力当てて貰っとったのに……」

 

「気にすんな……俺が不甲斐なかっただけだぜ……」

 

 ゼロは実感を込めてそう返す。ウルトラマンは神ではない……その言葉を痛感する。

 

「そんな事あらへん……そんな事絶対無い!」

 

 はやては強くゼロの言葉を否定した。

 

「ゼロ兄が来てから、私の世界は変わった……みんなも来てくれた……病気が治らん思ってた時だって、ゼロ兄達が居るから精一杯生きよう思えたんや……」

 

 はやては思う。最初にゼロが現れた時、亡くなった両親からの最後の贈り物のような気がしていた。そして彼は彼女の閉じた世界を開け放ってくれたと。

 

「だったら嬉しいな……」

 

 ゼロは素直に嬉しかった。それはウルトラマンにとって、最大級の喜びであった。他者の為に奔走する無私の少年。その屈託のない笑顔を見てはやてはドキリとし、もじもじしてしまう。

 

「それにゼロ兄が一生傍に居てくれる言うからなあ……いやあ、この歳で早くもそんな事になるなんて照れるわあ……もう少し大きくなるまで待っててな?」

 

 冗談めかした調子で、片目を瞑って見せた。

 

「おっ、おう……? 待ってて……?」

 

「しっ、知らんわ」

 

 はやては顔を真っ赤にしてそっぽを向く。何かぶつぶつ、「また、やってもうたあ……」などと呟いているようだ。何故か胸がざわざわするものを感じるウルトラマンの少年であった。

 

 

 

 

 

 

 開始から2時間程が経過し、花見の席は盛り上がっていた。既に出来上がっている者もいる。その中で代表的な者がいた。

 

「ヴォルケンリッタアアアッ! ちょっといらっしゃあああいっ!」

 

 ワイン瓶片手に手招きする眼鏡の女性。レティ提督である。

 

「ウルトラマンゼロも此方来なさああいっ!」

 

「げっ!?」

 

 はやてと戻って来たゼロは、たいへん焦った。周りの局員がえっ?という顔をする。一緒に居る石田先生も妙な顔をした。するとレティはグイッと酒を呷りつつケラケラ笑う。

 

「冗談に決まってるでしょう? アハハはっ!」

 

 ゼロは頭が痛くなった。普段の理知的な、仕事に厳しい提督は何処に行ったのやら。普段結構怒られているゼロにとっては意外やら何やらである。

 それでも冗談で済ませてくれてホッとする。ウルトラ心臓に悪いが。古い付き合いのリンディ曰く、笊(ざる)らしい。しかし見事に絡み酒である。

 

 仕方なくレティの元に行くと、早速シグナムとシャマルも飲まされた。アインスもさっきの通りだ。別に陰湿な訳ではない。

 さあ呑みなさいのカラッと明るい絡みだが、陽気な酔っ払いのおばちゃんと化していてシグナム達も振り回されている。

 ザフィーラは狼形態を維持し、何気にレティの飲みなさい攻撃を巧みにかわしていた。チャッカリと言うより、もしもの時のガードの為である。守護獣の使命感故だ。

 ゼロが他人事のように、みんな大変だなと思っていると、レティが並々とワインを注いだコップをずいっと押し付けてきた。

 

「さあ、ゼロ君も一杯行きなさい!」

 

「おっ? それじゃあ……」

 

 ゼロの外見年齢15、6歳。本来の年齢に準じて設定している。まあ良いかと不良ウルトラマンならではの思考でコップ酒を受け取ろうとすると、シャマルがそれを止めていた。

 

「レティ提督……ゼロ君は種族的にはまだ未成年なんですよ? ちょっと不味いのでは?」

 

「人間に換算するとまだ15、6……流石にどうでしょうか……?」

 

 シグナムも難色を示す。しかしレティは酔っぱらい特有のノリでケラケラ笑う。

 

「あら、でも5000年以上生きてるんでしょう? 良いじゃない! 皆より年上なんでしょ? そんな事言ってたら、成人になっても未成年って事になるじゃない。それじゃあ後1000年は飲めないわよ! 大丈夫大丈夫!」

 

 屁理屈と言えば屁理屈だが、何とも微妙な話ではある。流石にヴィータは勧められていないが、その理屈ならば自分も飲んでも良い事になるのだろうかと少し悩んだ。

 結局その場は、せめてゼロの人間体が飲める年齢になるまでは止めておこうという事で、なんとか収まった。

 しかし逃れられない者が居る。ウルトラマンメビウスこと、ヒビノ・ミライである。

 

「ミライ君は大丈夫ね? さあグイッと行きなさあい!」

 

「そうですか……それじゃあ……」

 

 ミライはワインが波々と入った紙コップを受け取る。しかし地球に居た頃は設定年齢18歳だったので、アルコールは飲んだ事が無い。それではと素直にコップに口を付けた時である。

 

「!」

 

「!」

 

 ミライはハッとしたように後ろを振り向いた。ゼロも同様に反応する。その場に居るシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラもピクリと反応した。2人は顔を見合せると、ご機嫌なレティに断りを入れる。

 

「すいません、その前にちょっとトイレに行って来ます」

 

「俺も付き合うぜ、ミライ先輩」

 

 レティが何か言う前に、ゼロとミライは猛然と駆け出して行った。

 

「何? 2人共そんなにトイレに行きたかったのお?」

 

 更にワインを水のように流し込みながら不満げなレティを、守護騎士達はまあまあと宥める。シグナムは酔っ払いの相手をしながら、その後ろ姿に向け呟いていた。

 

「そちらは頼む……」

 

 さて、ミライに酒を飲ませ損ねたレティは、取り敢えず帰って来るまでとまた酒を開ける。今度は日本酒になっていた。お酒大好きな提督は、日本酒も気に入ったらしい。もう1人で半分以上空けている。

 ふとレティは風のようなものを感じて上を見上げた。すると其処には、とっても鼻の下の長い間抜けな巨大な顔が在った。

 

『愉しそうだな?』

 

 その間抜け面は酒臭い息を吐いて、野太い声で言った。レティが飲み過ぎたかなと思った時、目映い閃光が走ったかと思うとその間抜け面は影も形も無くなっていた。

 

「あらあ……確かに間抜けで大きな顔を見たような……?」

 

「気のせいですよ、気のせい! さあもう一杯行きましょう!」

 

 首を傾げるレティに、シャマルは並々と酒を注いだ。まあ良いかと飲んべえ提督は酒をあおった。

 

 お察しの通り、顔を出したのは『酔っ払い怪獣ベロン』であった。偶然近くにゲートが開き、紛れ込んだらしい。宴会の空気に反応して来たようだ。

 ベロンは顔を出した直後、巨大変身したウルトラマンゼロと、ウルトラマンメビウスに首根っこを掴まれて摘まみ出されたのである。気付いていた守護騎士達は騒ぎにならないようフォローしてくれたのだ。

 花見会場から追い出したベロンを、仁王立ちのゼロとメビウスが睨み付けていた。

 

『おうっ、送ってやっから、さっさと元の世界へ帰れ!』

 

 一喝するゼロだが、ベロンは既にベロンベロンに酔っていた。腰の巨大瓢箪(ひょうたん)の酒をあおりながら絡む。

 

『やかましい~っ、おらは気持ちよく飲んでんだ~っ、向こう行けっ小僧共、ひっく~っ!』

 

 ジタバタ手足を振って手が付けられない。これでは楽しんでいる皆に迷惑だ。メビウスはやれやれと酔っ払いを見下ろした。

 

『ゼロ、気付かれると騒ぎになる。せっかくのお花見が台無しだ』

 

『だな、となると……』

 

 ゼロとメビウスは頷き合うと、2人してその怪力でベロンを持ち上げた。

 

『何すんだ? 降ろせええっ!』

 

 ジタバタ暴れるベロンを無視し、2人の巨人は一斉に飛び立った。少し行くと山中に湖が在る。幸い辺りに人影は無い。

 

『セアッ!』

 

『オラァッ、酔っ払い目を覚ましやがれえっ!』

 

 湖上空に来たゼロとメビウスは、容赦なくベロンを湖に叩き込む。派手な水飛沫を上げ、ベロンは見事に頭から突っ込んだ。

 

『へっーくしょいいいっ! 冷てえええっ!!』

 

 野太い声で悲鳴を上げるベロン。4月の水は冷たい。どうやら酔いが覚めたようだ。『ウルトラマンタロウ』がキングブレスレットをバケツにして水をぶっかけ、ベロンの酔いを覚ました時と同じと言う訳だ。

 

『花見が終わったら、僕が送り届けてくるよ。ちょっと用事も有るしね』

 

 メビウスは呆然としているベロンを横目に、朗らかに笑ったように見えた。

 

 

***

 

 

 宴もたけなわな中、花見は終わりを告げようとしていた。夜勤明けで来ている局員達もおり、寝てしまっている者もいる。日も落ちてきている。エイミィーと美由希の挨拶で締め、宴は終わった。後は片付を残すのみだ。

 

「さて……後片付けや」

 

 指示を出すはやてに、アインスは大量のゴミ袋を軽々と持ち上げる。守護騎士全員の武器を使えるらしいが、基本専用武器を持たず、己の拳五体を武器とする彼女はパワフルだ。

 

「燃えるゴミは此方ですね……?」

 

「うん、纏めて置いとくと、後で車が回収して行ってくれるそうやから」

 

 その様子を見て、シグナムが渋い顔でアインスに声を掛ける。

 

「アインス……酔いはもう覚めたのか……?」

 

「もう大丈夫だよ……」

 

 アインスは微笑んだ。足取りもしっかりしている。シグナムは妙な気がした。此方を慌てさせた後、アインスは至って普通に花見を楽しんでいたように見えたのだ。

 

「ふふふ……」

 

 アインスは意味ありげに微笑むと、ゴミ袋を担いで先に行ってしまう。釈然としない烈火の将なのである。そんなシグナムに首を傾げるゼロだった。

 

 各自片付けをしていると、はやてを呼ぶ声がする。アースラクルーのアレックスだ。

 

「さっきメンテスタッフのマリーから連絡が有ってね、シュベルトクロイツの部品交換終わったって」

 

「はい、ありがとうございまーす」

 

 はやてはペコリと頭を下げお礼を言う。

 

「では後程私が取りに行ってきます……」

 

 狼ザフィーラが請け負った。現在はやては、シュベルトクロイツと夜天の書を使っている。現代のミッド式デバイスでは、はやての魔力が強過ぎて直ぐ壊れてしまうのだ。

 その点夜天の書専用デバイスであるシュベルトクロイツはピッタリ合う。特性はそのままに中身を大分変えて、最新型にして使っているのだ。これは守護騎士達のアームドデバイスも同様である。しかしその分調整が大変だ。

 

「マリーさん、メンテスタッフさん達には何やお土産持ってあげなあかんな……」

 

「お世話になりっ放しですからね……」

 

 シグナムもメンテスタッフの苦労を察し同意すると、もう1つの事を聞く。

 

「後はやはり魔力制御ですね……どうしてもそれだけでは主の強大な魔力を制御するのは難しいです……ユニゾンデバイスの進捗の方はどうですか?」

 

「うん……アインスとマリーさんと相談して、設計から考えているんやけど……中々難しいよ……でもやっぱり私が自分で作らなあかんと思うし……」

 

 アインスはコクコク頷いている。彼女が一から作ればもっと簡単なのだろうが、はやてはそうしたかったのだ。だからアインスは手伝いと助言である。

 

「貴方を守る新たな同士が生まれるのです。喜ばしいですね……」

 

 微笑するシグナムだった。その頑張りも好ましい。アインスも頑張るはやてに慈しみを込めて声を掛ける。

 

「我が主……それまでは官給品と併用してしのいで行きましょう……」

 

「うん、頑張る」

 

 小さくガッツポーズして張り切るはやてである。

 

「まあ、完成したら我が家の末っ子になるのは間違いないですね」

 

 シャマルはその時を想像し、とても嬉しそうだ。

 

「アタシより年下ねっ?」

 

「楽しみだぜ……」

 

 妹が出来ると張り切っているヴィータと共に、ゼロも新しい家族の誕生に思いを馳せた。まだ設計段階では、かなり先になるだろうが。

 こうして八神家初の花見は、少々邪魔が入り掛けたものの、無事に終わったのであった。

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 その夜。月光に照らされ、見事な夜桜が夜に浮かび上がっている。昼間花見をした場所だ。その上空を3つの小さな影が飛んでいる。

 騎士甲冑姿のはやてと、バリアジャケット姿のなのは、フェイトだ。夜間の魔法戦技の合同練習のようである。

 

「はやてちゃん、今日の模擬戦は負けないよ?」

 

 なのははやる気満々ではやてに宣言する。前回は負けてしまったようだ。フェイトも感心しつつも、しっかりやる気なようだ。

 

「はやての飲み込みの早さは凄いね……でも今日は負けないよ」

 

「ふふっ、伊達にアインスの指導を受けとる訳やないよ?」

 

 はやてにしては珍しく、友人達に不敵な台詞を言っていた。歴戦の先生に教わっているのだ。下手をかましたら申し訳が立たないと思っている。

 3人は訓練を開始した。最初はデバイスを使わずに高速飛行の練習だ。

 

 はやてはまだ空気が冷たい、春の夜空を切り裂いて飛びながら思う。これから先何が待っているのか。それは誰にも判らない。恐ろしい敵の存在。必ずしも楽しい事だけではないだろう。だがはやては進む。愛する家族達と共に。

 

「ドライブ・イグニッション!」

 

 3人の魔法少女達の声が揃って夜空に響いた。

 

 

 

 

つづく

 


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