あれから数ヵ月の時が経っていた。季節はもう春である。生命の息吹が産声を上げる季節。門出の季節。それに呼応するように、はやての身体は順調に回復していた。
アインス、ヴィータ、ザフィーラに付き添われ、海鳴大学病院に診察に来ていたはやては、石田先生に診察を受けているところである。
「うん凄いわよ、はやてちゃん。本当にどんどん良くなってる」
石田先生は、はやての華奢な足の細かな反応を触診し終えると、小さな患者に目を細めて笑い掛けた。
「ほんまですか?」
はやては嬉しげに、確認するように聞き返していた。
「足の感覚も大分戻って来てるんじゃない?」
「戻って来てますねえ……」
はやては確かめるように、自らの華奢な足をさする。自分でも回復が判る程だ。改めて実感が湧く。
「うん、この調子で行けば、きっと直ぐに全快しちゃうわね。でも早過ぎる気もするけど……」
少々訝しむ石田先生だった。これ程の回復を見せる患者を今まで見た事がない。
「あははっ……きっと石田先生のお蔭ですよ」
はやては笑って誤魔化すしかないのである。まさか闇の書の呪いが解けたのと、ウルトラマンの超能力によるものと言う訳にもいかない。
今の彼女は、生命体として最上級の回復力を示しているのだ。まさか先生も呪いと超能力も関与しているとは思わないので、染々と微笑み首を横に振っていた。
「ううん……はやてちゃんが頑張ったからよ」
何処かで諦めていた以前と違い、治療に前向きになったお陰だと先生は思った。それはとても喜ばしい事だと。治療には何より、本人の治りたいという意志が必要な事を石田先生は知っている。
「発作も無いから明日からは復学も出来るし、制服とか用具とかもう揃ってる?」
「はい、もうバッチリと」
はやては嬉しげに返事をした。そうなのだ。明日からなのは達と同じ、聖祥大附属小学校に通う事となったのだ。
魔法、管理局の事もある。なのは、フェイト、更には事情を知るアリサ、すずかが通学している聖祥小学校に通うのが一番良い。管理局の仕事にしてもフォローが利く。
私立なので色々融通も利くのだ。足が完治するまで車椅子通学のはやての為に、教室を一階にしてくれた程である。グレアム提督が手続きをしてくれたのだ。
石田先生は勿論魔法、次元世界の事は知らないので、純粋にこういう融通が利くのは私立ならではだから選んだのだなと思う。それよりも先生にとっては、はやてが復学出来るまでになった事が感慨深い。
「立って歩けるようになるにはもう少し時間が掛かるし、リハビリはきっと大変だと思うけど……一緒に頑張ろうね?」
「はいっ」
はやては心の底からの返事を返していた。もう以前の全てを諦めていた孤独な少女ではない。やるべき事もある。やる気が伝わったのか石田先生は自然微笑んでいた。そこでふと、
「ああ、そう言えばゼロ君、シグナムさんシャマルさんはお元気?」
最近顔を見ていないなと思ったのだ。はやては満面の笑みで応えていた。
「はいっ、めちゃめちゃ元気です」
*
時空管理局本局の人事部提督執務室。デスクに腰掛け、眼鏡を光らせて目の前の3人を見回す理知的な女性。レティ提督である。その前にシグナム、ゼロ、シャマルの3人が居た。仕事を終え報告に来たのである。
「ではレティ提督……私達はこれで失礼します……」
シグナムは騎士らしく、頭を礼儀正しく下げ代表して挨拶した。
「うん、ごめんね。結局探索に時間が掛かって、夜通し勤務になっちゃったけど色々助かったわ……お疲れ様」
レティ提督は烈火の将と湖の騎士、それにウルトラマンの少年に温かく微笑み労いの言葉を掛けた。怪獣騒動があり、ゼロも変身し怪獣を撃退したのだ。
「いえ、ありがとうございました」
シャマルが頭を下げるとゼロは、まだ暴れ足りないと言う風に腕捲りして見せる。
「これしき、何でもねえよレティ提督。まだまだいけるぜ」
「若いからそんな事が言えるのよ……おおとりさん達にも聞いているけど、最初の頃地球に来たウルトラマンの方達は無理を重ねてボロボロになっていたそうじゃない……そんな事をうちでさせる訳にはいきません。変身後の休養はしっかり取って貰います!」
「判ったよレティ提督……」
ピシャリとやられてゼロは、苦笑して頭を掻くしかない。どうもゼロはリンディやレティといった、子供を持つ母親の女性に頭が上がらないようだ。
シグナムとシャマルはそんなゼロを見て、くすりとする。こうして見ると、年相応の少年だ。
「シグナムも今日明日は休養で明後日には、ヴィータと一緒に武装隊に出向だったわね?」
「はい……今日には追って連絡が有る筈です……」
「あまり無理はしなくて良いのよ? 嘱託魔導師は仕事は選べるんだから……」
守護騎士達及びはやて、アインスは何れ正式に管理局に入局するにしても、今は嘱託魔導師だ。別に無理をする必要はない。別の世界線のように、罪を犯しての奉仕職務に就いている訳ではないのだ。
「その辺りは大丈夫です……主のお世話に無理の無い範囲で仕事を受けていますし、嘱託の内に仕事に馴れておきたいというのも有るので……」
シグナムは心使いに感謝しつつ理由を述べた。それに今は、出来るだけ実戦に身を置いておきたかった。主を守る為にも腕を鈍らせたくないのだ。
レティはそれなら良いと頷くと、今度はシャマルに予定の確認を取る。
「シャマルは明後日に、ザフィーラを連れて来て支局の仕事ね。後アインスは技術局のマリーの方にと伝えておいて。知恵を借りたいそうよ」
「はい、アインスに伝えておきます」
アインスはその知識を買われ、特別捜査官補佐以外にも本局技術部へよく呼ばれている。伊達に夜天の書の管制人格だった訳ではない。古代ベルカの技術顧問のような事も出来る訳だ。
「ゼロ君は明後日アースラに、クロノ執務官と一緒にね」
「了解したぜ提督」
ゼロは嗜められても血の気が多いので、闘志満々で即答である。
「それじゃあ今日明日はゆっくり休んで。はやてちゃんによろしくね」
「お疲れ様でした」
「それじゃ提督お先っ」
シグナム、シャマル、ゼロはそれぞれレティに挨拶すると、執務室を後にした。
*
「ふう……局のお仕事ってやっぱり色々肩が凝る事が多いわね……」
エレベーターで転移ポートに向かう道すがら、シャマルは少々所帯染じみたと言うか、新人OLのように肩を叩いた。
「お前は内勤や医療班への出向が多いからな……気苦労も多いだろう……まあ色々と重宝されていると聞いたが?」
今まで就職した事が無いので、色々気を使うのだろう。その点シグナムやゼロ、ヴィータは現場仕事、荒事専門の助っ人なので、あまりその辺りは煩わしくはない。
「そうなのかな……? お仕事はちゃんと出来てると思うんだけど……」
勤めるのは初めてでも、仕事に関しては優秀である。補助と癒しを本領とする湖の騎士には、医療班は天職と言えるだろう。
「シグナムは、新人なのにもう現場で頼りにされてるからな。最後の方にはみんな敬語になってたぜ」
ゼロはからかい半分、感心半分でシグナムの現状を話す。シャマルはやっぱりと、少し嬉しそうな顔をした。守護騎士リーダー烈火の将は、そうではなくてはと思うのだ。
「そんなつもりは無いのだがな……」
少々不本意な烈火の将である。古武士のような佇まい、並みの男など及びもつかない腕前と来ては、美貌の女騎士と言うより歴戦の豪傑、剣豪と言う言葉がぴったりだ。
戦いっぷりを見た局員達がそうなるのは、無理からぬ事である。潜って来た修羅場の数が違う。
「そう言うゼロは、意外に溶け込んでいるな……? もっと暴れるかと思っていたぞ……たまに食って掛かりそうになっていたがな……」
今度はシグナムが、お返しとばかりにゼロの事をからかって持ち出す。するとゼロは決まりが悪そうに肩を竦めた。
「まあ嘱託だしな……現場の連中は実力主義だし、俺には判り易い……それにあの時は一応我慢したろ? 俺が無茶するとみんなに迷惑が掛かる……」
やはり八神家を危ぶむ者も居る。自分が下手な事をして風当たりが強くなるのは避けたかったのだ。キレ掛けたのも闇の書の事で、守護騎士達が心無い言葉を投げ掛けられた時である。
シグナムとシャマルは、喧嘩っぱやい少年の我慢に微笑んでいた。
これ以上突っ込むとヘソを曲げそうなので、シャマルは話題を変えてやる。
「そう言えばシグナムは最近、なのはちゃんと一緒になったんでしょ?」
「ああ……あの子は武装隊の士官研修生な上、対怪獣戦の経験者だからな……一緒になる事がある……この間初めてゆっくり話をした……」
「どんな話?」
「取り立てて深い話をした訳ではないが、人となりはわかった……ゼロの言った通りの子だったな……」
「良い子だろ? ああ見えて根性スゲエんだぜ」
「ふっ……超獣やビーストとやり合い、暴走したアインスに独り立ち向かった程だからな……」
シグナムは同意して頷いていた。確かに年相応のところは有るが、芯がしっかりしていると言うか、いざとなると肝が座っている。言うなれば漢女である。
「ヴィータちゃんは相変わらず、なのはちゃんに突っ掛かってばっかりだけどね……」
苦笑するシャマルの言葉に、シグナムは顔を合わせた時の2人のやり取りを思い返し苦笑する。
「私は何だかんだであの2人、仲が良いと思うぞ……?」
「確かにな……見ててほっこりする」
ゼロも何かとかまおうとするなのはに、わあわあ文句を言うヴィータを思い出し微笑していた。じゃれあっているようで微笑ましいのである。
そんなこんなでゼロの初戦を除き、各自順調に管理局で仕事を始めていた。
フェイトは執務官候補生として正式に管理局に入局し、アースラに配属されている。ユーノは入局こそしていないが『無限書庫』の司書を任されている。
今回のように、あれからも怪獣は散発的にだが出現していた。対怪獣戦を何度も経験している八神家は、頼りにされているのだ。
嘱託の特別捜査官補佐としてゼロも共に出動し、ウルトラマンゼロに変身、既に数匹を撃破もしくは元の世界に送り返している。他のウルトラ戦士達も同様だ。
次元世界の人々は、現れる怪獣とウルトラマン達に戸惑っている最中と言うところか。
「そう言えばヴィータとアインス、ザフィーラは主はやてと一緒だったか……?」
ヴィータで思い出したシグナムは、シャマルに確認の意味で訊ねていた。
「うん、一緒に病院に行ってる筈よ」
*
はやての診察を待つ間、子犬フォームのザフィーラは、同じく病院に来ていた中学くらいの少女達に揉みくちゃに撫で回されていた。ご近所の顔見知りである。
それをニヤニヤしながら見ているヴィータと、微笑ましそうに見ているアインスである。
しかしザフィーラ本人は非常に困っていた。2人共犬好きなようで、もうさっきから離してくれない。流石に耐えきれなくなり、ヴィータとアインスに思念通話で訴えた。
《むおっ? ヴィータ、アインス……何とか此処を抜け出せないか……?》
《我慢しろ。ご近所の方達との親交を深めるのも良い事だぞ?》
《蒼き狼よ……まあ良いじゃないか……お前のそんな姿が見られて私は嬉しく思う……》
ヴィータはニヤニヤしながら、アインスは素で嬉しそうにザフィーラにとって非情な言葉を思念通話で返す。
《試練だなっ……むぐっ!》
そう言われてはザフィーラも逃げる訳には行かない。守護の獣はとても律儀なのだ。ここで逃げ出しては申し訳が立たないと。そして過剰なまでのスキンシップに耐えるのである。
するとザフィーラを撫でている少女がヴィータに何の犬種か聞いてきた。
「ザフィーラって何の犬種だっけ?」
訊かれたヴィータは首を捻り、ザフィーラに訊ねていた。今まで気にした事もないので判らない。
《そんな産まれる前の事を覚えている訳がないだろう……むむっ?》
ザフィーラはごもっともな返事を返す。ヴィータは今度はアインスに尋ねてみる。祝福の風は少し考えた後に、ポンッと手を叩いた。
「うん……ザフィーラは確か、ベルカイェーガーハウンドだった筈だ……」
「成る程……ベルカイェーガーハウじゃなくて……ベルカイェーガー犬です」
「聞いた事無い犬種ねえ? 珍しいって事ねっ? おおっ、よしよしっ」
ザフィーラの苦悶の声を他所に、ヴィータは小春日和の晴れた空を見上げ両手を挙げて伸びをする。アインスも同じくのんびりと空を見上げた。
「ふああ……何だか良い陽気だなあ……」
「まったくだ……」
2人はほのぼのと、のほほんと呟いていた。ザフィーラはまだ解放して貰えそうにない……
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次の日。休みだがゼロは少し本局に用事があって、クロノの元に来ていた。用事を話しているとクロノの端末に呼び出しランプが点り連絡が入る。フェイトからだった。
「花見……?」
すずかの伝で見事な桜が咲いている場所を確保出来るので、アースラクルーやお世話になった人達を呼んで、盛大に花見をしようという事になったらしい。日程は次の土曜日。
「花見か……そう言やあ、去年は人が多くてはやてが大変だから、ちゃんと花見をしてなかったな……」
ゼロは去年の事を思い返す。花見が出来るような場所は混雑が激しい。あれだけ人が多くては車椅子のはやては大変である。去年はそれで断念したのだ。
「僕は土曜はデスクワークだから、少しくらいの外出なら大丈夫だ……」
「家も土曜は全員休みだから大丈夫だな。よしっ、クロノ本格的な花見を堪能するとしようぜ」
ゼロは俄然張り切っている。全力で花見を楽しむ気だ。何処かズレている気もするが……
「僕もあまり判ってないからな……教えてくれるかい?」
「任せておけって!」
胸を叩いて威勢良く請け負うゼロだった。だがこの男に教わって、果たして大丈夫なのだろうか。クロノはゼロの地球の知識がまだ怪しいのを知らない。まあクロノなら途中で気付くであろう。
「後は誰が来るんだ?」
「なのは達は発案者だから当然として、後は艦長にレティ提督にグレアム提督、リーゼ姉妹にユーノ、ミライさん、アースラクルーに武装隊、それに魔法関連の事を知っている向こうの人達だそうだよ……そうそう、はやての主治医の先生にも声を掛けるそうだ」
「大所帯ってやつだな……良しっ、土曜は存分に地球の風流を味わうぜ!」
無駄に気合いを入れるゼロである。クロノは苦笑するしかないのであった。
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「もう~っ、私の居ない間に、そんな愉しそうな事お~っ!」
買い物から家に戻ったシャマルは悶えていた。別に変な意味ではない。自分の居ない間に皆で、はやての着せ替えならぬ、届いた聖祥小学校の制服の試着を始めようとしていたからである。
ゼロは用事が有ると出たきり、まだ帰って来ていない。
「シャマルは制服オーダーする時の、サイズ合わせで見たろ?」
ヴィータは不満そうなシャマルを見て面倒くさそうに返答するが、湖の騎士は頬を膨らませる。
「だって家で見るのは、また違うんだもん」
もんじゃねえよ、年考えろよ年と言おうとするヴィータの言葉は、はやてによって辛うじて遮られた。
「まあ調度着替えるところやから……よいしょっと」
制服に袖を通しながらシャマルを宥める。その様子を眺めながら、シグナムは表情を曇らせた。
「しかし心配ですね……学校に行っている間、何もお手伝いが出来ませんし……」
「我が主本当に大丈夫ですか……? 何でしたら私がこっそり着いて行きますよ?」
アインスが極端な事を言い出す。心配なのは判るが、それでは不審人物として通報されてしまうのではないだろうか。
「う~ん、まあ心配要らへんよ。元々大抵の事は一人で出来るんやし」
「まあそうかもしんないけど……」
ヴィータもやはり心配である。寂しさもあるのだろう。
「なのはちゃんやフェイトちゃん、アリサちゃんすずかちゃんも一緒やし、頑張って小学生やってみるよ」
笑顔で小さくガッツポーズをして見せる主に、皆は心の底からエールを送る。そうしている間に、はやては最後に胸元のリボンを締めた。
「う~ん……これで完成かな?」
白を基調とした制服姿のはやてが其処に居た。栗色の髪が制服によく映える。元が可愛らしい美少女なので、白い制服がとても似合っている。
「ああ~、やっぱり可愛い……」
シャマルは目をキラキラさせて見入っている。シグナムも自然表情を綻ばせていた。
「ああ……良くお似合いです……」
「我が主……とてもよくお似合いでず……」
アインスは感極まって、落涙までしてしまっている。
「はい、鏡」
「はやてちゃん、ご感想は?」
ヴィータが持って来た姿見に映った自分を見て、はやては少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに口を開く。
「うん……すずかちゃん達とお揃いや……」
胸がいっぱいで、自分でも芸が無いなと思うような感想を言っていた。友達と同じ制服を着て学校に行く。それは想像以上に胸を沸き立たせた。
やはり自分は学校に行きたかったのだなと、改めてはやては思った。病気が治らないと思っていた頃は縁の無いものと自分に言い聞かせ、諦めていたのが今はよく判る。
「ご立派です我が主……」
狼ザフィーラも染々とした様子で、主の制服姿を彼らしい言葉で賞賛する。
「おおきにな……」
はやてはザフィーラの蒼い毛並みを撫でていた。家族に祝福される幸せを噛み締める。撫でながら、まだ帰って来ない少年の事を思い浮かべていた。
「ゼロ兄早く帰って来ないかな……?」
そう呟いた時、インターフォンがタイミングよく鳴った。だがゼロなら鳴らす訳がない。鍵を開けて入って来る筈だ。ならばお客さんであろう。
「はい、は~い」
近所の人かと思いシャマルが玄関のドアを開けると、其処には30台程にも50代程にも見える、緑系の服を着た年齢不詳の優しげで上品な女性が立っていた。
シャマルは不思議な感覚を味わう。初めて逢ったにも関わらず、何処かで逢った気がする。不思議な女性だった。
永く生きて来たシャマルが、何故か母親というものを連想していた。女性は頭を深々と下げると自己紹介する。
「初めまして、マリーと言う者です」
「あっ、どうも……」
ボ~としていたシャマルは我に帰り、慌てて頭を下げる。お世話になっている、技術部マリエル技官の愛称と同じだなと思う。
女性は日向のように微笑むと、とんでもない台詞を言い出した。
「ゼロの父セブンの叔母で、ゼロの大叔母に当たる者です……ゼロがお世話になっています」
「マリーさん、ゼロ君の大叔母って事は……まさか『ウルトラの母』さんですかぁっ!?」
シャマルはびっくりして、思わず素っ頓狂な声を上げていた。母の事はゼロから聞いて知っている。『光の国』銀十字軍のトップ、ウルトラの母が訪ねて来たのだから無理もない。それも普通に玄関から。
「どうしたシャマル……? 妙な声を出して……」
「どないしたん?」
何事かと皆玄関に集まって来た。シャマルはあたふたしながらも、辛うじて目の前の女性を皆に紹介する。
「こっ、こちら……マリーさん。ゼロ君の大叔母さんのウルトラの母さん、マリーさんです!」
「えええっ!?」
全員の目が、揃って見事に丸くなった。
***
「帰ったぞお~」
帰って来たゼロが玄関のドアを開けると、見知らぬ靴がある。お客さんかとリビングに上がったゼロの目に、ソファーに座って見知らぬ中年女性の話を真剣に聞く皆が入った。何気なく客に声を掛ける。
「いらっしゃ……えっ? ウルトラの母あっ!?」
気付いて鋭い目を丸くし、シャマルと同じく素っ頓狂な声を上げていた。
「久し振りねゼロ……元気にしていた……?」
ウルトラの母マリーは立ち上がると、慈しむように甥の息子、姉の孫の手を取る。ゼロは照れ臭そうだ。
「どっ、どうして此方に……?」
「ちょっとアインスさんの体調を見にと、あなたの様子を見に来たのよ」
その眼差しは孫を慈しむ祖母のようである。ゼロは亡くなった姉の孫にあたる。本当の孫のように思っているのだろう。ゼロは照れ臭いのか落ち着かない。
「そっ、そうか……で、アインスは大丈夫なのか?」
「今のところ特に問題は無いわ……時々様子を見に来るわよ」
「そうか……」
ゼロはホッと息を吐く。ウルトラの母がわざわざ来たので、何か有ったのではないかと思ったのだ。母はにっこり微笑むと改めてゼロを見詰める。
「うん……人間体の顔色も良いわ。しっかり食べてるようね? でも数ヶ月前にかなりのダメージを受けたようね……?」
会った瞬間、ゼロの細かな体調チェックをしたようだ。ファイヤーゴルザ戦のダメージの事をピタリと当てる。流石はウルトラの母である。
その後も細々とした話をゼロと交わした母は、いとまを告げる。
「じゃあ、ゼロの顔も見れたし、そろそろお暇するわ」
「えっ、もう帰るのか……?」
その表情が少し寂しそうになる。もう田舎に帰ってしまう祖母を慕う孫のようだった。
「他にも寄る所も有るし、向こうも色々忙しいからね……」
ウルトラの母ははやて達にチラリと視線をやる。全員が頷いていた。ゼロは妙な気がしたが、特に何も無いようなので気のせいかと思う。
そしてウルトラの母は風のように帰って行った。見送った後ゼロは、何気なくはやてに訊ねていた。
「何話したんだ?」
はやてはにっこり笑みを浮かべて見せる。
「……うん……色々とね……それよりマリーさんって、何かお母さんって感じやね……」
「まあ銀十字軍のトップで、ウルトラ戦士皆のお袋みたいなもんだからなあ……」
やはり皆にもそう思えるのかと感心していると、シャマルがはやての着ている制服を示す。
「そうそうゼロ君、どう? はやてちゃんの制服姿」
「おおっ! そう言えば。良く似合ってるぞはやて。可愛いな」
突然の母の来訪にびっくりしたので、気付くのが遅れた。ゼロは素直な感想を述べる。ここまで回復したかと思うと感慨深い。
「そ……そう……?」
はやては照れて赤面してしまい下を向いた。そのまま明日の学校の話となり、結局ウルトラの母の話はそこで終わった……
**************************************************
そして土曜日。皆の願いが届いたのか、空は綺麗に晴れた。風は少し冷たいが日射しは暖かく、絶好の花見日和だ。
辺りは満開の桜の木が数多く生え、薄ピンクの花弁が華やかに場を彩っている。見事なものであった。
すずかの伝で使わせてもらう場所は私有地らしい。他に花見をしている者はいない。だからと言って閑散としている訳ではない。
結局アースラクルー、武装隊も含めて、総勢50人近く集まっていた。カラオケも持ち込まれ、もう飲み始めている者もいる。
幹事のエイミィとなのはの姉美由希が挨拶し、乾杯の音頭をリンディがとる。今集まっている人々は、全て時空管理局と次元世界について知っているのでその事にも触れる。
後で来る石田先生だけ知らないが、その辺りはとある会社の行事という事で秘密にする事になっている。
「乾杯っ」
ビールの入ったコップを掲げたリンディの合図に、皆一斉に乾杯を唱和する。わいわいと早速あちこちで始まった。
賑やかである。満開の桜の花が咲き誇り、花弁がひらひらと春の穏やかな大気を舞う光景は、何とも華やぐものだった。それに人々の愉しげな様子が加わり、ちょっとしたお祭り騒ぎである。
賑やかに花見を堪能する中、何処か愁いを帯びた少女の透き通った歌声が桜並木に溶けるように解けて行く。フェイトだ。
歌が上手い。見事なものであった。拍手喝采の後、シグナムは歌い終わったフェイトの歌を誉めていた。意外にシグナムは良い歌を聴くのは好きならしい。無骨一辺倒ではなかったようだ。
また聴かせてくれるよう頼むと、フェイトは照れながらも了承していた。
フェイトと話を終えたシグナムが、少し風に当たろうかと思った時だ。透明感のあるシンセ音が流れ、エレキギターの激しい前奏が流れる。
見ると先程からミライと一緒に姿が見えなかったゼロが、勧められるままにマイクを手にした所である。少々困惑していたようだが、ノリと勢いのままに歌い始めた。
「fly high!」
ゼロに歌が歌えるのかと思っていたシグナムの耳に、何処か哀愁を帯び情熱的な歌声が響いてきた。烈火の将は桜の樹に身を預け、ゼロの歌に聴き入る。
それは一人の戦士が悩みながら旅をし、守るべきものを見付け闘志を燃やす。そんな姿を連想させる歌であった。
自分自身の戦いが込められているようだ。どれだけ苦しい状況に陥っても前に突き進もうとする強い意志が感じられる歌。
シグナムはふと、これからのゼロを示しているようだと思う。だが自分にも当てはまるようだった。もう1人の自分。恐ろしい腕を持つ『シグナム・ユーベル』打倒を誓う身としては。
烈火の将は目を閉じ、少年の唄に聞き入る。熱唱、囁くような台詞の部分。ゼロは自在にそれらを情感たっぷりに唄う。シグナムはその唄に身を委ねた。
ゼロの歌が終わった。ノリの良い曲なので盛り上がっている。武道館満員にできるぞ! などと言ったメタな声を受け、ゼロは照れ臭いのかそそくさとマイクを次の者に渡してその場を離れると、余韻に浸るシグナムの姿を見付けて此方にやって来た。
「何かノリでつい、引き受けちまったよ……」
ゼロは頭を掻き、つい言い訳じみた事を言ってしまう。照れ屋の彼らしい。シグナムは微笑し少年の唄を誉めていた。
「良い歌を聴くのは好きだ……ゼロ……お前の歌は人を奮い立たせるものが有るな……テスタロッサにも言ったが、良かったらまた聴かせてくれるか……?」
「しっ、仕方ねえなあ……気に入ったってんなら、また聴かせてやるよ……」
ゼロは誉められて少し照れ臭そうだったが、承知していた。そこでシグナムは、ふと気になった事を聞いてみる。
「しかし……堂に行ったものだったな……歌の指南を受けた事でもあるのか?」
音程も正しく、基本がしっかりしていたように思えたのだ。フェイトは魔法の師匠でもある『リニス』に教わったそうだが。ゼロも誰かに教わったのではないかと思ったのだ。歌を誰かに教わるゼロ。正直意外である。
するとゼロは遠い目で、桜の花弁が舞う空を見上げた。懐かしむような申し訳ないような、哀しそうでもある複雑な表情。少しして自嘲気味にシグナムを見やり、ポツリと口を開いた。
「親友にボイスって奴が居てな……そいつに教わったんだ……俺と同い年で音楽教師をしてる……」
ゼロと同い年と言う事は高校1年程。それで音楽教師とは優秀なのだろう。
「あいつにも、迷惑かけちまったなあ……」
ゼロは再び深くため息を吐いていた。それは後悔してもしきれない友への謝罪……
「修行が終わって光の国に帰った時よ……あいつ……俺が『プラズマスパーク』に手を出すのを止められなかったって、気付いてやれなかったってしきりに謝るんだよ……」
ゼロは思い返す。罪を許され『光の国』に戻ったゼロを一番に待っていたのはボイスだった。彼は親友を抱き締め、済まない済まないと繰り返し何度も謝った。
ゼロはそれは此方の台詞だと返すが、ボイスは首を静かに振り否定していた……
肩を振るわせる友を宥めながら、ゼロは改めて自分が如何に周りに心配を掛けていたか思い知ったものだ。
ゼロは満開の桜の木の樹の根元に座り込み、膝を抱えていた。申し訳なさが甦り居たたまれなかったのだ。
「思い知ったよ……こんなにも心配掛けていたのにも気付かなかった……情けねえ……色んな人に迷惑を掛けたんだよなあ……」
膝に顔を埋め独り言のように呟いていた。シグナムはそんな少年を見て、無性に哀しくなってしまう。烈火の将は、膝を抱えるゼロの肩を力付けるように叩いていた。
「これから恩を返して行け……友に誇れるようにな……」
慰めの言葉ではない。同情でもない。甘やかしでもない。同調して優しい言葉の一つも掛けられない自分を、シグナムは自覚している。たが不器用な彼女なりの精一杯の激励であった。
「ありがとよシグナム……やっぱりシグナムは優しいな……」
顔を上げたゼロは、感謝を込めて礼と素直な気持ちを告げていた。
「なっ、何をまた馬鹿な事をっ!?」
ストレートな言葉にシグナムはドキリとしてしまい、弾かれたように後退り反射的に否定の言葉を返していた。鼓動が高まっているのが自分でも判る。
「俺が落ち込んだ時……何度も励ましてくれた……危ない時も空かさずフォローしてくれる……本当にシグナムには世話になってばっかりだな……」
ウルトラマンの少年には、彼女の言葉の奥に込められた優しさが判っていた。改めて烈火の将に感謝の言葉を送る。
(何でお前は……そうなんだ……)
自分が絶体絶命の時来てくれたのは、本当に打ちのめされ、どうしたら良いか分からなかった時に俺が居ると励ましてくれたのはお前だと不器用な女騎士は思うが、口には出せなかった。
少年の真摯な眼差しと言葉に、シグナムは背を向け顔を明後日の方に向ける。その顔が赤いのは、果たして酒のせいか……
「わっ、私は優しくなどない……優しいのはお前だ……私などよりずっと……」
顔を背けたまま治まらない高鳴る鼓動を誤魔化すように、シグナムは辛うじてそう返していた。他人の為に何時もボロボロになるまで戦っているのはお前だと。
「んっ、んな事ねえよっ」
ゼロは焦る。2人の間に、何ともむず痒い空気が流れたようだった。シグナムは言葉に詰まり、ゼロの顔をまともに見られない。するとである。いきなり後ろから2人の肩が抱かれた。
「将ぉ……ゼロぉ、どうした?」
「アッ、アインス!?」
シグナムはギクリとする。アインスが真後ろに立っていたのだ。話に集中して2人共、全く気付かなかった。シグナムはアインスの様子に眉をひそめる。
「お前……酔っているな?」
「酔ってなど……いないぞ~っ、将ぉ……」
どうもレティに飲まされたようだ。足元が少々怪しい。明らかに酔っている。レティは底無しなので、まともに付き合うと身が保たないのだ。
アインスは酔っていないアピールをすると、立ち上がったゼロの正面にふんすっとばかりに立ち、肩をガシッと掴んでいた。
「ゼロぉ~っ、将は昔からこんな感じだからなあ~、でもとても一途だし可愛い所も有るんだぞ? 主共々くれぐれもよろしく頼む~っ」
「なっ、何を言ってる!?」
まるで嫁に貰ってくれと言っているような感じである。シグナムはたいへん慌ててしまった。ゼロは異様な迫力に押され頷いていた。
「おっ、おう、判った」
「お前も下手に安請け合いするな!」
訳も判らず引き受けたゼロを、シグナムは顔を真っ赤にして一喝していた。ウルトラマンの少年は目をパチクリさせキョトンとするしかない。アインスはそんな2人を愉しそうに見ている。
酔っ払いンスのお陰で色々グダグダである。そんな3人の周りを優雅に花弁が舞う。
満開の桜の中、様々な話し声と酒と食べ物の香り。宴会独特の賑やかな匂い。それに誘われて、お呼びでないものが近付いていた。
つづく
※ボイスはライブステージ、ウルトラファミリー大集合に出たゼロの親友です。ブルー族でスーツも有ります。
次回後編でお会いしましょう。