夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第84話 勇士の証明や(後編)

 

 

 

「苦戦しとる!?」

 

 はやては息を呑んだ。大画面のモニターに、大地に踞ったまま無抵抗でファイヤーゴルザの攻撃を受ける、ウルトラマンゼロの姿が映し出されていた。

そして巨人と巨獣に、雨あられと撃ち込まれる地上部隊からの魔法砲撃。

 ファイヤーゴルザはびくともせず、踞るゼロへ執拗な攻撃を続けている。ゼロはゴルザの攻撃と砲撃魔法の前に為す術もない。

 

「どうしたんだゼロ!?」

 

 ヴィータはつい画面に向かって叫んでいた。やはりはやての想像通り、ゼロもファイヤーゴルザ共々攻撃を受けているのはともかく、ゼロが全く反撃する様子が無いのがおかしい。

 すると、黙ってモニターを見ていたシグナムが口を開いた。

 

「恐らくあの下に逃げ遅れた人々が居るのだ……今の状況では動く事が出来ないのだろう……」

 

「酷いよ……! 人を助けようとしてるのに攻撃するなんて!」

 

 フェイトは今にも泣き出しそうな顔で、ついシグナムに詰め寄っていた。なのはも心配のあまり落ち着かない。

 

「仕方あるまい……人は正体の知れないものには、拒否反応を示す……今は怪獣でパニック状態でもある上、ダークザギの記憶が鮮明な者も居るだろう……一概に彼等を責められない……」

 

 シグナムは状況を冷静に説明した。自分達も最初ゼロの事を異形故に怪しんだ。自分達を棚に上げて、局員達を非難するような事は言えなかった。

 

 だが冷静に見えるシグナムも、白くなる程拳を握り締めている。共に戦い苦楽を共にして来たのだ。平気な訳がなかった。

 自分でも戸惑う程の怒りを感じていた。憤りとゼロの身を案じ、胸が張り裂けそうな想いに駆られるが表には出さない。

 

(ゼロ……)

 

 自分達があの場に居れば……烈火の将は、感情を押し殺しペンダント状の愛機を堅く握り締める。

 アインスもシャマルもザフィーラも、固唾を呑んでゼロを見ていた。アインスは心配で画面のゼロを凝視し、シャマルなどは泣き出しそうになっていた。

 無言の狼ザフィーラは一見変わらないように見えたが、歯を食いしばって耐えている。

 そんな中だった。モニターを見ていた局員達の一部が軽口を叩くのが耳に入った。

 

「化け物同士潰し合ってくれれば、こちとら楽だよな」

 

「確かにな……あんなのとやり合うのは勘弁して貰いたいしな。せいぜい殺し合って貰いたいもんだ」

 

「!」

 

 それを聞いたヴィータは完全にキレた。怒りのあまり瞳孔が開く。何も知らない故の言葉だったが、彼女には聞き逃せなかった。

 

「てめっ……!?」

 

 飛び出そうとするヴィータを、察したシグナムが押しと止めていた。

 

「我慢しろヴィータ……!」

 

「離せ! アタシは家族を侮辱されて黙っていられる程、ご立派な奴じゃねえ!」

 

《堪えろ……! ゼロ達ウルトラマンの正体は一般には秘密だ……感情的になると怪しまれる可能性がある……ゼロ達の不利益になるかもしれんぞ!》

 

 収まらないヴィータに、シグナムは思念通話で言い聞かせる。幸いざわついているので、鉄騎の憤りの声は誰の耳にも入っていない。

 

「うっ……」

 

 ゼロ達の迷惑になると言われては、ヴィータも引き下がるしかない。渋々ながら矛を納める。だが収まらない者が居た。

 

「違います! ウルトラマンゼロは悪い人なんかじゃありません!」

 

 局員達の前に飛び出したフェイトだった。肩を震わせ、目に涙を溜めて局員達に向かって叫んでいた。どうしても我慢出来なかったのだ。

 まさか大人しいフェイトが食って掛かるとは思わなかったので、周りも止め損なった。

 

「お嬢ちゃん……あんな化け物の味方をするのか? 止めとけ止めとけ」

 

「私は助けて貰いました! ウルトラマンゼロが居なかったら私はとっくに死んでます!!」

 

 フェイトはポロポロと悔し涙を零しながら訴えていた。悔しさと悲しさで止まらなかった。彼女とて理屈では判っていても、感情が収まらなかったのだ。

 子供に泣かれ局員達も困ったようだ。気まずい空気が流れる。すると彼女の肩をポンッと叩く者がいた。

 

「フェイト落ち着け……」

 

「クロノ……」

 

 クロノだった。黒衣の少年執務官は困り顔の局員達に目を向ける。

 

「この子は以前あの巨人……ウルトラマンに助けられたとおぼしき事が有ったもので、感情的になっているんですよ……お騒がせしました。失礼します……」

 

 軽く頭を下げると、まだ収まらないフェイトの手を引き皆の所に連れて行く。不自然にならない程度の範囲で彼女が怒る理由を軽く述べておく。上手く場を収めてくれたようだ。

 

「……ごめんクロノ……どうしても我慢出来なくて……」

 

 フェイトは涙を拭って謝った。クロノは実の兄が妹に向けるように微笑する。彼女の気持ちは良く判る。彼とて良い気分である筈もない。

 

「それは判る……彼を知る者は皆同じ気持ちだ……でも今はゼロの無事を祈ろう……」

 

「うん……」

 

 フェイトはモニターに目を戻す。ウルトラマンゼロはこの間にも、ひたすらゴルザと局員の攻撃に耐えていた。目を背けてはいけないとフェイトはその姿を見詰める。

 元気付けるようにその手を、なのはがしっかりと握っていた。

 

「なのは……」

 

「応援しようフェイトちゃん!」

 

 頷き合った2人はモニターを凝視する。他の局員達はいざこざよりも、モニターの光景に釘付けになっていた。

 

「おい……あの巨人……あのままだと本当に殺されちまうんじゃないのか?」

 

 流石に皆もゼロが全く無抵抗なのを不審に思ったようだ。ゴルザの破壊音波光線が連続してゼロの背中に炸裂し、豪脚が雨あられと背中を踏みつけにする。

 周囲の建築物が余波で吹き飛び、アスファルトが霰の如く飛び散る。更に鋭い爪の生えた脚がゼロの脇腹に深々と打ち込まれた。いくらウルトラマンでも耐えきれない。

 

『ぐはあっ!』

 

 苦悶の声を上げ、ガクリとゼロの体勢が崩れる。だがそれでも其処を退かない。見ている者達が思わず顔を背けたくなる程の凄惨な光景になっていた。

 ゴルザはそれだけでは飽き足らず、その頭を猛然と蹴り上げ数万トンの重量を乗せ後頭部を踏み付ける。ゼロの顔がアスファルトに叩き付けられそうになった。だが気力を振り絞り持ち堪える。地下に衝撃が及んでしまうからだ。

 何時の間にか局員達から、軽口や話し声が止んでいる。呑気に観戦して笑う事が出来る雰囲気ではなくなっていた。

 ゼロの漏らす声が段々弱くなっていく。正視に耐えない。それは血反吐を吐いてなぶり殺されようとしている人間そのものに見えた。

 

「どうして動かない!? 本当に殺されるぞ!」

 

 見ていられなくなった一部の局員達から、思わず声が上がっていた。フェイトとなのはは互いの手を握り締める。そうしていないと、耐えられなかった。

 八神家の面々も必死で堪える。例え決まりを無視して今から飛び出したとしても、到底間に合わない。

 拳を握り締めるヴィータの手を、はやてが励ますように力付けるように握っていた。鉄槌の騎士は堪らず小さな主に訴える。

 

「はやて……ゼロが……ゼロがっ!」

 

「大丈夫や……」

 

 はやては慈母のように微笑みヴィータを、耐える家族達を元気付けるように見回した。

 

「ゼロ兄は絶対大丈夫や……せやから、みんな今は応援しよ?」

 

 その落ち着き払った柔らかな言葉と物腰を、ヴィータ達は心強く思う。主が落ち着いているというのに、守護騎士たる自分達が動じる姿を見せる訳にはいかないと。

 無論内心は違うのだろう。ヴォルケンリッターはそんな主の姿勢を組み、深く頷くと苦闘するゼロを心の中で応援する。

 そんなはやて達を余所に、異様な状況に戸惑いざわめく局員達。すると……

 

「お前らの眼は節穴か……?」

 

 後ろから野太い声が響いた。見ると還暦程の仏頂面の偉丈夫が立っている。

 

「警備隊長……」

 

 ウルトラマンメビウスが、本局でダークメフィストⅢ(ドライ)と戦った時協力した、あの本局警備隊長であった。

 

「あの巨人は何かを守っている……恐らくあの下に逃げ遅れた市民が居る……」

 

 警備隊長は厳つい顔を更に厳つくして、モニターのゼロを見上げ、独り言のように呟いていた。

 

「アイツもどうやら、あの巨人……ウルトラマンメビウスと同じのようだな……」

 

「隊長は信用するんですか?」

 

 意外に思ったらしい局員の1人が尋ねていた。警備隊長はギロリと鋭い一瞥を相手にくれる。

 

「俺はただあの巨人……ウルトラマン達の行動を見ているだけだ……」

 

「行動……?」

 

 首を捻る局員の近くに居た、中年男性の局員がポツリと口を開いていた。

 

「そう言えば……あの時本局が沈んでたら……此所に住んでる俺の家族が皆死んでたんだよな……」

 

「あっ……」

 

 先程の軽口を叩いた局員がハッとした顔をする。隊長はクロノに一瞬視線を送った。クロノは静かに黙礼する。

 

(ありがとうございます……ヒビキ隊長……)

 

 ヒビキ隊長は口の端だけで、クロノに向けフッと微笑して見せたようであった。

 

 

 

 

 魔導師達の砲撃が、踞るウルトラマンゼロと攻撃を加えているファイヤーゴルザに飛ぶ。荒れ狂う巨獣はびくともせず、対するゼロはボロボロだった。

 その最中、ゼストは通信端末を使い連絡を取っていた。良く見知った恰幅の良い、顎髭を生やした中年男性が空間モニターに映る。

 入局以来の親友で魔導師でこそないが、その管理手腕を買われ地上本部で出世し高官になっている『レジアス・ゲイズ』だ。

 

「レジアスどう言う事だ!? 報告書にはあの巨人は味方の可能性が高いとあった筈だぞ! 迂闊だ! 市民の避難も完全には完了していない! 下手に刺激してどうする!?」

 

 ゼストの言葉に、レジアスは苦渋に満ちた表情を浮かべた。

 

《上の決定だ……得体の知れんもの同士が争っているのだ……当然の判断だろう……》

 

 そうは言うものの、レジアスも上の決定が短慮に過ぎると思っているようだ。ゼストと同じく、敵対行為を示していない巨人を下手に刺激するのは下策だと思っていた。

 それに彼には心配事があった。だが私情を挟む訳には行かない。そういう立場なのだ。

 

「くっ……!」

 

 ゼストにも親友の苦悩が判る。彼だけの判断で、攻撃を中止させる程の権限は今のレジアスには無い。友を責めるのは筋違いだった。

 詫びを言い通信を切ったゼストは、今だ攻撃を受け続けているウルトラマンゼロを見上げる。何かを庇っているように見えた。

 

「ゼスト隊長……あの巨人を攻撃するのですか……?」

 

 戻ったクイントが歩み寄り、厳しい表情で質問して来た。命令に納得行かないようだ。

 

「上はあの巨人も危険だと見なしたようだ……」

 

「私にはあの巨人が敵とは思えません。あの時庇われなかったら、私は死んでいました!」

 

 クイントは確信していた。あれは偶然ではない。明らかにあの巨人は明確な意思を持って自分達を助けたのだと。

 クイントの訴えにゼストはしばし黙る。彼は盲目的に上に従うタイプではない。自分がおかしいと思った事には徹底的に意見し、自らの判断で動く。

 だが正直今は、あの巨人をどう判断するかは決めあぐねているというのが正直な気持ちだった。本局から回されてきた報告書でしか知らないのだ。

 正体不明。何処から来て、いかなる生物なのか。何を考えて行動しているのか。その行動原理は? 全てが不明なアンノンウン。

 あの『ダークザギ』と本当に違うのか。あの魔神の影響は強い。ゼストの思考は当然のものと言えた。その時である。

 

《……誰か……頼む……下に人が……逃げ遅れた人達が地下街に閉じ込められている……少なくとも十人……!》

 

 その場に居る魔導師全員の念話回線に声が響いた。それは少年の声に聴こえる苦しそうな声だった。クイントもメガーヌも、部下達も驚いたり妙な顔をしている。他の部隊の局員達も同様なようだ。

 

「念話とは違うようだ……あの巨人が送って来ているのか?」

 

 ゼストは攻撃に晒され踞る巨人、ウルトラマンゼロを改めて見上げた。魔導師のものとは違うものだ。魔力とは無関係なもの。状況から見て、考えられるのはあの巨人しか居ない。

 

「ゼスト隊長!」

 

 クイントはゼストに向かって、決意を促すように呼び掛けていた。

 

「そういう事か……」

 

 ゼストは得心が行った。あれだけ優勢に戦っていた巨人の突然の戦闘中止行為。そして巨人は今も怪獣と管理局の攻撃に無抵抗で耐えている。

 無様かもしれない。格好良さとは無縁かもしれない。だがその必死な姿に、ゼストは懐かしいものを感じた気がした。管理局に入局したての頃の気持ちとでも言うものを……

 

「ゼスト隊長。本当です! あの巨人の真下に生命反応! 逃げ遅れた市民が居ます!」

 

 デバイスで地下をサーチしたメガーヌが、結果を伝える。それを聞いたゼストは決心した。

 

「俺が行く……人命を救うのは管理局員の勤めだ……!」

 

「本当に信用出来るんですか!?」

 

 他の部下が不安そうに声を上げるが、ゼストは重々しく古武士のような風貌を向ける。

 

「例え信用出来なくとも、助けを待つ人々を救うのは管理局員の勤めだ……メガーヌ、指揮はお前に任せる……後の者は援護を頼む……!」

 

 愛機を一振りし、敢然と前に歩き出す。彼は何より人々の為に働く時空管理局員である事を誇りに思っている。清廉な程に。

 助けを求める人々が居るなら、それを看過する事は断じて出来ない。ゼストとはそういう男であった。するとそれに続く者がいる。

 

「隊長、お供します!」

 

 クイントが両手のリボルバーナックルを翳して、不敵に微笑んで後に続いていた。

 

「確実に10人以上は要救助者は居ます。隊長1人では難しいですよ」

 

 メガーヌもおっとり微笑んで、クイントの後に続く。

 

「隊長! 水臭いですよ!」

 

 他の隊員達も続いていた。流石は長年ゼストの元で事件に挑んで来た猛者達だ。人命救助の為なら危険も厭わない。ゼストは頼もしき部下達に感謝する。

 

「良く言ってくれた……ゼスト隊はこれより閉じ込められた市民の救助に向かう!」

 

 隊長の指示の元、砲撃が飛び交う中部隊は前進を開始する。ゼストは再びレジアスに連絡を入れた。

 

 

 同時刻レジアスはモニターで食い入るようにゼロの様子を見ていた。眉間に深く皺が寄っている。知らぬ内に呟いていた。

 

「どうして動かん……? 何を考えている……?」

 

 そこにゼストからの連絡が入った。レジアスはモニターを開く。

 

《レジアス、あの巨人が逃げ遅れた市民を庇っている! 生命反応を確認した。これよりゼスト隊は救助に向かう。砲撃を一旦でも良いから、止めさせてくるよう上に掛け合ってくれ!》

 

「そう言う事か……」

 

 レジアスは得心が行った。改めて無抵抗で攻撃に晒されている巨人を横目で見やる。

 

(何故お前はそこまでする……? 何の関わりも無い筈の世界の人間を何故そんなになってまで……?)

 

《レジアス! 報告書によれば、あの巨人には時間制限が有るのだろう? 巨人の胸の器官らしきものの点滅が速くなっている。頼む!!》

 

 ゼストの焦りを隠せない叫びがモニターから聴こえる。レジアスの脳裏を様々なものが巡った。これまでの苦悩。ままならない現実。ある筋からの誘い……

 

「判った……指示を仰いでいる時間は無い。儂が攻撃中止を伝達させる! 中将には後で掛け合おう……」

 

 レジアスは今は全て振り払い承知していた。自分でも何故そうしようと思ったのか判らない。勝手に命令を下した事になる。後で問題にされ責任を取らされるかもしれない。しかし彼の腹は決まっていた。

 

《済まんレジアス……ゼスト隊、救助に向かう!》

 

 ゼストは長年の友に、感謝を述べ通信を切った。レジアスは地上本部中将の元へ回線を繋ぐ。その最中彼はふと、モニターのウルトラマンゼロに視線をやった。

 

「おかしな奴め……まるで新米局員だな……」

 

 厳つい髭顔から、ついそんな呟きが漏れていた。

 

 

 

 

 ゼスト隊はファイヤーゴルザに気取られないように、壊れた建物や瓦礫沿いに踞るゼロに接近する。幸いゴルザはゼロへの攻撃に夢中で気が付いていない。

 レジアスが指示を出してくれたお陰で、武装局員からの攻撃が一旦止んだようだ。余波での残煙をも隠れ蓑に、ゼスト達は前に進む。

 首尾良くウルトラマンゼロの巨体の下に着いたゼスト隊だったが、流石に各自不安がその表情に浮かぶのは無理からぬ事だ。怪獣の攻撃の衝撃と轟音。だがそこでゼスト達は気付く。

 

「巨人の下には衝撃が殆ど無い?」

 

 クイントは周りを見渡した。周囲は空襲を受けたように酷い有り様なのに、巨人の下には何も被害が無い。しかし今は時間との勝負。まずは閉じ込められた人々の安否を確認しなければならない。

 

「エネルギー障壁のようなものが、巨人の下に張ってあります。それが衝撃と崩落を防いでいるようです。お陰で地下に閉じ込められた救助者はまだ無事です」

 

 地下を調べていたメガーヌが、細かいサーチ結果を告げる。

 

「中には入れるのか?」

 

「問題有りません。今障壁の一部が開かれたようです」

 

 ゼストは眼前の巨人を見上げる。頷いたように見えた。ゼロがバリアーの一部を解除したのだ。そしてゼスト達の念話回線に再び声が響く。

 

《頼む……! 俺もそんなには保たなっ……ぐっ!?》

 

 ゴルザの破壊音波光線が再び直撃した。ゼロは呻き声を漏らし姿勢を崩し掛ける。バリアーが不安定になったようだが辛うじて持ち堪えた。

 

「良しっ、瓦礫を除けるぞ! 巨人ももう限界のようだ!」

 

 ゼストの槍とクイントの拳が瓦礫を吹き飛ばし、地下の入り口を露出させる。ゼスト隊は地下街に突入を開始した。

 

(頼むぜ……!)

 

 ゼロは崩れ落ちそうになる身体に鞭打って、懸命にファイヤーゴルザの攻撃に耐え続ける。

 

 

 

 

 中に入ったゼスト隊は、通路を塞いでいる瓦礫をデバイスで除けながら奥に進む。数ヶ所同じ事を繰り返し、閉じ込められた人々が居ると思しき場所に着いた。

 中に離れるよう声を掛け、最後の入り口を塞いでいた瓦礫を吹き飛ばす。

 

「時空管理局です! 救助に来ました! 怪我をされた方はいますか!?」

 

 クイントが呼び掛けると、奥に一塊になっていた埃塗れの人々が此方を向く。安堵の表情が浮かんでいた。全員無事なようだが、何人か怪我を負ったらしい者がいる。

 すると無事な1人が前に出て来た。埃塗れの眼鏡を掛けた十代前半のショートカットの少女だ。

 

「骨折した人や怪我人が居ます。応急措置はしましたが、早く病院に」

 

「オーリス!?」

 

 理路整然と話す少女に、ゼストは見覚えが有った。名前を呼んでいた。

 

「ゼストおじさん?」

 

 少女もゼストを見て驚いた顔をする。見覚えが有る筈だ。何度か会った事もある、レジアスの1人娘オーリスだった。去年管理局に入ったばかりで、佐官研修に此方に来ていたそうだ。

 結果的に親友の娘を救いに来る事が出来た。だが感慨に浸る暇は無い。ゼストは部下達に指示を出す。

 

「各自怪我人の運び出しと、避難誘導を急げ!」

 

 地下街を支えるバリアーが軋んでいるようだった。パラパラと細かな破片が天井から落ちて来る。ゼロがダメージを負っているので弱くなっているのだ。猶予は僅かだとゼストは判断する。

 

「ゼストおじさん。私にも手伝わせてください! 私も局員の端くれです」

 

 オーリスが手伝いを名乗り出た。自分で動けない怪我人が半数以上いる。絶望的な状況の中、応急手当てをして頑張って来たのだ。流石はレジアスの娘だと感心するが、感心するのは後だ。ゼストは承知していた。

 

「判った。急げ!」

 

 オーリスは埃塗れの顔で頷き、怪我をしてゼストの部下に背負われている母親の子供を抱き上げた。

 

 

 

 

「見ろっ! 一部の隊が向かうぞ!」

 

 モニターを見ていた局員達がざわめいていた。

 

「本当に逃げ遅れた市民を庇っているらしい……あれはゼスト隊だ!」

 

 その間にも巨人ウルトラマンゼロは攻撃を耐えている。誰の目にもゼロが限界なのは明らかだった。カラータイマーが激しく点滅している。

 皆固唾を呑んで状況を見守っていた。はやて達も同様だ。するとクロノが皆に歩みより、はやてに耳打ちしていた。

 

 

 

 

 全く抵抗しないゼロを攻撃するのに飽きたのか、ファイヤーゴルザは止めを刺すべく巨大な顎をバクリと開いた。その口内がオレンジ色に激しく発光する。

 今まで吸収した攻撃エネルギーをも集めた、必殺の破壊光線を放とうというのだ。今の状況で食らったら、ゼロはひとたまりも有るまい。そして地下に張っているバリアーも保たないだろう。

 

(クソオッ……!)

 

 絶体絶命の危機。このままでは地下の市民、ゼスト隊もろとも全滅だ。カラータイマーが喘ぐように点滅を繰り返す。その時、ゼロの頭に女性の声が響いた。

 

《巨人っ、ウルトラマン! 逃げ遅れた市民を救出した! 今から退避する!》

 

 クイントからの念話だ。眼下の地下から、市民を連れたゼスト隊が次々と姿を現した。間に合ったのだ。子供と母親を肩に担いだクイントが目で合図する。

 外に出た人々はウルトラマンゼロを間近で見て、驚いたようだ。オーリスも驚いている。人々の表情に恐れの色が浮かぶのは仕方無い事か……

 そこでファイヤーゴルザは、ゼスト隊と助け出された市民に気付いたようだ。動かないゼロよりそちらを消し飛ばそうと思ったのか、回り込んで来ようとする。

 だが踏み出そうとしたその脚を、ゼロの巨大な手がガッチリと掴んでいた。

 

『させる……かよ……!』

 

 ウルトラマンゼロの両眼が鋭く輝きを増す。ゼスト隊はその隙に市民を連れ、全力で離脱を開始する。

 

『ウオオオオオオオオッ!!』

 

 ゼロは雄叫びを上げた。激痛に耐え、ありったけのパワーを絞り出す。ゴルザの巨体が宙に浮く。脚を掴んだまま、ジャイアントスイングの要領で怪獣を大きく振り回す。遠心力をたっぷり載せて投げ飛ばした。

 ゴルザは数キロは飛ばされ地響きを立て、河原に頭から突っ込み大地に叩き付けられる。市街地からようやく離す事が出来た。

 

『よくも良いようにやってくれたな! 2万倍にして返してやるぜ!!』

 

 ようやく立ち上がったゼロは、2本指を翳して威勢良く啖呵を切るが、余裕はまるで無かった。無論やせ我慢である。ダメージが酷い。無理をしたせいで、全身がバラバラになりそうな激痛が襲っていた。

 活動時間も後僅かだ。喘ぐようにカラータイマーが点滅を繰り返す。保って後1分!

 ファイヤーゴルザは立ち上がると怒りの咆哮を上げ、ゼロに襲い掛かる。

 

『オラアッ!』

 

 ゼロの右手刀が炎と化した。『ビッグバンゼロ』が唸りを上げて、ゴルザの肩口に降り下ろされる。岩がぶつかり合ったような轟音が響く。だが巨獣の巌のような体表は全くダメージを受けていない。

 

(ぐっ……! 駄目だっ……身体に力が入らねえっ……)

 

 激痛にゼロの動きが、油の切れた機械人形のように止まってしまう。最早まともに動ける状況ではないのだ。

 ゴルザは咆哮を上げると剛腕にものを言わせ、ゼロの横っ面を殴り付ける。まともに食らったゼロは横っ飛びに吹き飛ばされてしまった。

 だが倒れる寸前、コンクリートを削って辛うじて持ち堪える。今倒れたら二度と立ち上がれそうにない。

 軋む身体を気力で動かし一旦後方に跳んで距離を取ると同時に、頭部の『ゼロスラッガー』を投擲する。

 白熱化し刃が唸りを上げて飛ぶ。火花が散り、鈍い轟音が響く。ファイヤーゴルザの強固な身体はスラッガーを跳ね返してしまったのだ。

 

『クソッ!』

 

 カラータイマーの点滅が限界を告げている。時間が無い。

 ゼスト達が安全圏に離脱したのを横目で確認すると、激痛を堪え両手をL字形に組み合わせた。必殺の『ワイドゼロショット』の態勢だ。

 

『くらええっ!!』

 

 空間を焼き尽くし、一直線に放たれる光の奔流。ファイヤーゴルザは避けもせず、真っ向からワイドゼロショットを受けた。

 爆砕されるかと思いきや、身体中の血管状器官が紅く発光し、ゼロショットが全て巨躯に吸い込まれてしまう。光線を吸収してしまったのだ。

 間髪入れず、ゴルザは開いた顎からオレンジ色の破壊光線をお返しに吐く。ゼロショットのエネルギーを加えた恐るべき威力だ。

 

『くっ!』

 

 寸でのところでゼロは破壊光線をかわした。堤防が地面ごとごっそり抉れ、後ろの林地帯が根こそぎ消失してしまう。

 ゼロはよろけながらも頭部の『ゼロスラッガー』2本を取り外し、胸部太陽エネルギー集光アーマーにセットした。ゼロの光線技で最大の破壊力を誇る『ゼロツインシュート』の態勢だ。

 

『くたばりやがれぇっ!!』

 

 スラッガーから放たれる青白い光の激流。強力極まりない威力に、反動で身体が後ろに持っていかれそうになる。今の弱った身体には拷問に等しい。ゼロは必死で大地を踏み締め、反動に耐える。

 だがゴルザはツインシュートのエネルギーをも吸収、ゼロショットと同じく破壊光線に転換して口から放出して来た。

 

『ぐおおおっ!?』

 

 自らのエネルギーをプラスされた破壊光線をまともに浴び苦しむゼロ。身体が焼ける。ブスブスと肉が焦げた。このまま食らい続ければ保たない。だがゼロはツインシュートの放出を続けた。

 

『俺のエネルギーを、全部吸収出来るかあっ!!』

 

 生き残り勝負だ。ツインシュートと、破壊光線が互いの身体を行き交う。満足に動けない今、ファイヤーゴルザを倒すにはこれしかなかった。

 ゼロのエネルギーが勝てばゼロの勝ち。ファイヤーゴルザがツインシュートのエネルギーを全て吸収してしまえばゴルザの勝ち。

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 ゼロは力の限り吼えた。残りのエネルギーを全てツインシュートに注ぎ込む。身体はボロボロでも、闘志は逆に炎と燃え上がった。戦意に応えるように両眼が激しく輝きを増した。

 ゴルザの破壊光線も勢いを増す。どちらが先に限界に達するかの勝負。目も眩む光線の応酬が辺りを照らす。近寄れない程の高エネルギーが周りを焼いた。河の水が余波で沸騰し水蒸気がもうもうと立ち込める。

 仁王立ちの巨人と巨獣は、互いに一歩も退かず光の応酬を続ける。ゼロのカラータイマーが限界を告げ、激しく点滅する。後20秒!

 その時ゴルザの様子がおかしくなった。身体中に血管のように走っている器官が異常発光し始めたのだ。破壊光線を吐きながら、苦しそうに身を震わせる。

 口から吐く光が異常に増大した。しかしそれは自らの意思ではない。止められないのだ。身体に亀裂が入る。遂に亀裂から光が次々に吹き出し始めた。エネルギー吸収容量を超えたのだ。

 

『消し飛びやがれええええええっ!!』

 

 ゴルザの身体の亀裂が更に広がった。堪らず絶叫を上げる巨獣。青白い光の激流がその巨躯をぶち抜いた。身体に風穴を開けられたゴルザは、強烈な光を発し粉々に吹き飛んだ。

 火柱が吹き上がり、黒煙が上がる。人々を無事避難させたゼスト隊にもそれが確認出来た。その中に辛うじて立つウルトラマンゼロの姿。

 胸のカラータイマーが赤く点滅している。あちこちが焦げ、汚れて元の赤と青の体色が燻みふらついている。満身創痍だった。クイントはその姿を見上げ、泣きたくなる衝動に駆られた。

 

「無理をして……頑張ったね……」

 

 何故か娘達と重なって見えた。非常に若いどころか、まだ子供なのではないかとふと思ったのは、子を育てている母親の勘か……

 

 ゼロはゼスト隊を見下ろすと、弱々しくだが右手を挙げ頭の横に翳す。それは感謝を込めた敬礼だった。

 ゼストも自然敬礼を返していた。全員ではないが、クイント以下数人が敬礼を返す。ゼロは照れ臭そうに肩を竦める。不意にその身体がぐらついた。

 

(うあっ……)

 

 限界だった。ガックリと大地に膝を着いてしまう。最早飛び上がる事も出来ないのだ。ゼロは力無く腕を全面でクロスさせる。巨体が光に包まれ、ウルトラマンゼロは幻のように消失した。

 

 

 

****

 

 

 

 消え去る寸前、現場から離れた位置にテレポートしていたゼロは人間体に戻っていた。しかし満足に動ける状態ではない。辛うじて立っているのが精一杯だった。

 言う事を聞かない身体を引き摺って、ヨロヨロと転移ポートの在る施設まで向かおうとするが、何かに掴まっていないと歩く事すらままならない。

 人目に付くのは躊躇われた。本局所属の嘱託魔導師。それも先程試験を受けたばかりの人間が、地上本部のお膝元で怪我をしているのはかなり不自然だ。

 

 物陰で少し休む事にした。ゼエゼエと肩で荒く息を吐いめいると、近場で声がする。そっと覗いてみると、先程頼みを聞いてくれた管理局員の男性が居た。

 眼鏡を掛けた少女を連れている。閉じ込められていた1人だとゼロは思い出す。そこに父親らしき恰幅の良い中年男性がやって来ていた。

 男性は少女を抱き締める。少女は気丈な質らしく、今まで我慢していたものが溢れたのか、ついに父親の胸で泣き出していた。

 

「……良かった……」

 

 ゼロはその光景を物陰から見て微笑んでいた。それだけで全て報われたと思った。緩みそうになる涙腺を我慢し再び歩き出す。

 だがいくらも歩かないところで脚がもつれた。もう態勢を戻す力も失われていた。あっと思った瞬間、倒れる寸前の彼を両脇から力強く支える者がいる。

 

「シグナム……ザフィーラ……?」

 

 シグナムと青年姿のザフィーラだった。2人はゼロを両脇からしっかりと抱え上げる。

 

「大丈夫ゼロ君?」

 

 シャマルも居た。ゼロに駆け寄って来る。直ぐに怪我の具合を調べ始めた。

 

「酷いっ……!」

 

シャマルはズタズタの背中を見て、その惨状に涙を浮かべていた。内出血で赤黒く腫れ上がり、酷い火傷も負っている。目を背けたくなる程だった。

 

「……た……大した事ねえよ……それより何で……此所に……?」

 

 心配させないよう痛みを堪え、平気な事をアピールし質問する。今の皆は此所には来れない筈。シグナムがゼロの疑問に答えてやる。

 

「確かに我らは今、魔導師としては戦闘に参加する事は出来ない……だが迎えに行くくらいは問題ない……クロノ執務官が許可を取ってくれたのだ……あれでは満足に動けまいとな。ぞろぞろ皆で行くのも目立つから、我ら3人で来た……」

 

「……済ま……ねえ……」

 

 ゼロは深く感謝した。感激のあまり涙腺が緩みそうになるが、激痛で紛らわせられたのは幸運だろうか。強がりでも言うかと思ったシグナム達は意外そうだ。

 

「……ウルトラマンは独りじゃ戦えないってのを……痛感したぜ……あの部隊が俺の頼みを聞いてくれなかったら、本当にヤバかった……」

 

 痛感していた。誰も仲間が居ない状況での戦いは、何と辛くて寂しく大変だった事か。ゼスト隊がいなければ死んでいただろう。

 弱々しく苦笑するゼロだが、応急の治癒魔法を施すシャマルが眉根を険しく寄せる。

 

「酷い怪我よ。早く本局の医務室に。レティ提督が手配してくれてるわ」

 

「これくらい何でも……ぐっ!?」

 

 強がるゼロだが痛みで顔をしかめてしまう。ザフィーラはそんな少年を気遣った。

 

「大丈夫か……?」

 

 背中どころか全身がズタズタだ。あれだけの攻撃をまともに受け続けたのだ。ゼロはザフィーラに笑って見せる。

 

「へへ……攻撃をまともに食らい過ぎちまったからな……でもこれしき……」

 

「喋らないで。肋が折れてる。折れた肋骨が内蔵に刺さってしまうわ」

 

 シャマルは看護師のように注意する。常人ならとっくに死んでいるレベルの怪我なのだ。

 

「……せっかくの管理世界での初陣だって言うのに……格好付かねえなあ……」

 

 ゼロは弱々しく自嘲した。シグナムは、心配させまいと軽口を叩く少年を諌める。

 

「喋るな……傷に響く……」

 

 今の彼を情けないなどと言う輩が居たら、絶対に許さん。叩き斬ってやると烈火の将は内心思うが、それは流石に言葉に出さず、

 

「格好悪くなど無い……良くやった……お前の必死に人を助けようとする姿は何より人々に刻まれた筈だ……いずれ人々も判ってくれるだろう……」

 

 残された人々を守る為、敵にも味方である筈の人々にまで攻撃されようが決して動かなかったゼロの姿は、必ず人々の胸に残ると。今は判って貰えなかったとしても、何れ……

 

「ゆっくり休めゼロ……」

 

 シグナムは満身創痍の少年を労り、優しく微笑んでいた。

 

(次はお前に、あんな想いを味あわせたりはせん!)

 

 心の中では、壮絶なまでに堅く誓うのだった。

 

 

 

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 待っていたはやて達に迎えられ、本局の設備の整った医務室に運び込まれたゼロは治療を受け、上半身と頭を包帯でぐるぐる巻きにされうつ伏せに寝かされていた。

 常人ならとっくに死んでいるレベルの怪我を負っていたのだ。今はウルトラマンとしての超人的体力が身体を回復させている最中である。

 どれくらい寝ていたのか、ふとゼロは目を覚ました。枕元に付いているデジタル時計を見て、丸々1日以上寝ていたのを知った。

 お陰でまだ痛みは有るが、かなり回復して来たのを実感する。ウルトラマンならではだ。

 

「やれやれ……早速病院送りかよ……」

 

 自嘲気味にため息を吐いているとドアが開き、車椅子のはやてが1人入って来た。その表情が暗い。顔色も悪かった。心配させてしまったかとゼロは片手を挙げた。

 

「ようっ、はやて……」

 

 掠れた声で声を掛ける。それを聞いたはやての表情が明るくなった。

 

「ゼロ兄っ、目が覚めたん!?」

 

 勢い良く車椅子を動かしベッド脇に着けた。うつ伏せのままのゼロは、顔をはやてに向け笑って見せる。

 

「今さっきな……悪い……心配掛けたみたいだな……? はやて1人か……?」

 

「みんなも居るよ……今は書類書きに、一旦レティ提督の所に行っとるんや」

 

 はやては心底安堵した様子を見せる。ゼロは深刻になり過ぎないようにと、おどけた調子で情けない顔をした。

 

「全く……ドジ踏んじまったぜ……師匠達なら、もっと上手くやったんだろうけどよ……」

 

「もうっ、ほんまに心配したんやからっ」

 

 はやては横を向いて拗ねたふりをする。怒って見せたのだろうが可愛いらしい。

 

「悪い悪い……次は大丈夫だからよ」

 

 軽い調子で謝った。努めて何でもない事をアピールする。だがはやては乗って来ず、向こうを向いたままだ。機嫌直せよと声を掛けようとしたゼロだが、そこで彼女の肩が震えているのに気付いた。

 

「良かった……」

 

 はやての目からポタポタと涙が溢れていた。それだけでは収まらず、肩を震わせ大泣きしてしまう。今まで堪えていたものが吹き出したようだった。

 少年を前に泣きじゃくる少女は守護騎士達の頼もしき主でもなく、強大な魔力と聡明な頭脳で状況を打破する魔導騎士でもなく、年相応の小さな女の子であった。

 

「ったく……はやては我慢し過ぎだ……」

 

 ゼロは見当が着いた。今まで皆に心配掛けまいと大丈夫なふりをして、ずっと不安に耐えていたのだろう。守護騎士達の母親を密かに自負する少女故であった。

 ゼロは苦笑すると手を伸ばし、そっと少女の流れる涙を拭ってやる。

 

「ひぐっ……怖かった……ほんまに怖かったんや……みんなして寄ってたかって、ゼロ兄に酷い事するんやもの……!」

 

 はやては泣きながら訴えていた。『ダークザギ』にゼロが刺された時の事を思い出してしまったのだろう。あの時の喪失感と恐怖を。ゼロは安心させるように、少女の頬を撫でてやる。

 

「俺は不死身のウルトラマンゼロだぞ……これくらい何でもねえ……」

 

「うん……うん……」

 

 はやてはその手を取り、確かめるように何度も頷いていた。ゼロは少女の華奢な手を力無く握り返す。

 

「言ったろ……? はやてが婆ちゃんになって、天国に行くまで側に居るってよ……それまでは絶対にくたばったりしねえよ……」

 

「うん……うん……」

 

 あの日の約束を改めて告げる少年にはやては、泣きながらひたすら頷き続ける。安堵の涙に嬉し泣きが加わり、一向に止まらなかった。

 

(ゼロ兄はいっつも反則や……)

 

 微笑みを浮かべながら、はやては涙を流す。泣き笑いの表情になっていた。ゼロはそんな少女に、傷だらけの顔に温かな微笑みを浮かべて見せる。

 

「今度は……はやて達が俺を助けてくれるんだろ……? 頼りにしてるぜ……」

 

「うん…今度は……私らがゼロ兄を守るからな……」

 

 はやては自らに誓って、その腕をしっかりと押し抱いていた……

 

 

 

 

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 山中に鼓膜を震わす巨獣の咆哮が木霊した。森の悪霊の化身の如く、禍々しい巨大な怪物がそびえ立つ。『復活怪獣タブラ』人間を補食する凶悪な怪獣だ。

 今正に獲物を追い詰めていた。年老いた老婆と幼い男の子がタブラの足元に倒れている。老婆は脚を怪我して動けないのだ。

 老婆は孫を逃がそうとするが、男の子は頑として聞かなかった。

 

「早くお逃げ! 私は置いて行きなさい!」

 

「やだっ! お祖母ちゃんを置いて行くなんてやだ!」

 

 男の子は泣きながら祖母を引っ張って行こうとする。だが哀しいかな、彼の小さな体ではそれは不可能だった。タブラの凶悪な牙が迫る。生臭い息が2人にかかった。獲物を捕食すべく巨大な顎が開かれる。その時だ。

 

『デリャアアアッ!!』

 

 闇夜に雄々しき雄叫びが木霊すと同時に、巨大な拳がタブラの顔面に炸裂し、巨体が吹っ飛んでいた。そして2人を守るように大地に降り立つ巨大な青と赤の超人。ウルトラマンゼロだ。

 危機一髪のところを救われた老婆だったが、ゼロの巨体を見た瞬間更に恐慌を来していた。

 

「悪魔だ! 悪魔の巨人がまだ戻って来た! 息子と嫁だけじゃ飽きたらず、今度は孫を殺しに来たのか化け物めっ!!」

 

 老婆は心底怯えた様子で幼い孫を庇って抱き締めていた。この地方には過去『ダークザギ』が現れた事があったようだ。

 ゼロは浴びせられる恐怖の声に一瞬哀しそうに俯いたが、それでも2人を守ってタブラに向かう。震える老婆と孫の元に、上空から降りて来る者達がいた。

 

「時空管理局です。救助に来ました!」

 

 はやて達八神家の面々だ。シャマルが2人を抱えて空に飛び上がり、安全な場所まで連れて行く。はやて、シグナム、ヴィータ、ザフィーラの4人はゼロの元へと向かう。

 タブラは1匹ではなかった。少なくとも6匹以上はいる。ゲートを伝って群れが現れたのだ。相手は人食い怪獣。必ず此処で食い止めなくては大変な事になる。

 

 はやて達はウルトラマンゼロと共に、敢然と怪獣の群れへと立ち向かう。はやては一番後ろに位置し長距離砲撃。ザフィーラは主の防御。シグナムとヴィータはアタッカーとして前に出るフォーメーションを組み、ゼロに合図する。

 ゼロは頼もしそうに皆に頷くと、サムズアップして見せた。

 

 

 

 

「お祖母ちゃん……あの巨人は悪い巨人じゃないよ……」

 

 シャマルに抱えられた男の子は、祖母に自分の感じたままを伝えていた。

 

「だって……とっても優しい目をしてたもん……」

 

 素直な言葉に、シャマルは嬉しげに目を細める。そして男の子は後ろで響き渡る、雄々しい巨人の雄叫びを聴いた。

 

 

 

つづく

 

 

 




※警備隊長。並行世界のダイナのヒビキ隊長のイメージです。

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