夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第78話 悪魔はふたたびや

 

 

 

 ゲンを両断せんと襲う、青い光輪の包囲陣。上空からも死の刃が次々と降って来る。脱出路は完全に塞がれていた。

 触れる物全てを切断しながら迫る死の刃。ゲンは自然石のように動かない。光輪がその体をバラバラに切断しようとした時、携えていた錫杖が動いていた。

 

「いやああっ!!」

 

 錫杖が超スピードで飛来する光輪を、ことごとく打ち落として行く。錫杖の動きが恐るべきスピードの為、視認出来ない程だ。

 残りの光輪を僅かな体重移動で体をかわし全て避けきる。恐るべき技量であった。『凶剣怪獣カネドラス』のドラスカッターの攻撃を、全て見切った彼ならではと言えよう。

 

「むっ!?」

 

 避けきった筈の光輪が消滅せず、一斉に光を増す。次の瞬間纏めて大爆発を起こした。辺り一帯が根刮ぎ吹っ飛ぶ程の爆発。

 魔力の刃を時間差でバーストさせたのだ。フェイトの攻撃魔法と同系統の魔法である。

 

 しかしゲンは冷静に、巻き込まれる前に上空高く跳躍していた。爆風より一瞬早く近場の木の幹を蹴って、爆発の更に範囲外に逃れる。

 猿(ましら)の如く木々を渡ったゲンは、無傷で地面に着地していた。遠目に吹き飛んでしまった森の一部が映る。危ない所であった。するとゲンのテレパシー回線に、無邪気な調子の女の声が響いた。

 

《アハハハッ、アンタ凄いなあ。大した事無かったら細切れにしてやったのに、変身もしてないのに全部避けるんだ……もっと遊びたいところだけど、怒られるから今日はこの辺で退く事にするよ……》

 

 レヴィと声質が似ているような気がしたが、決定的に何かが違うようだった。無邪気な狂気とでも言えばいいのだろうか。肝心な部分が抜け落ちているようであった。

 そこで思念通話はプッツリと途絶える。もう気配の欠片も無い。かなりの遠距離からの攻撃だったようだ。既に遠くへ離脱したのだろう。

 ゲンはくっきりした眉をひそめ、上空を見上げた。

 

「やられたな……」

 

 どうやらディアーチェ達の、逃走時間を作る為の襲撃だったようだ。既にマテリアル達は何処かに逃げ延びていた。

 

 

 

 

 ディアーチェ達はまんまとゼロ達を巻く事に成功し、高速であの女の指定した場所目指して一直線に飛んでいた。

 

 幾つかの山を飛び越えると、夜の闇の中に静かに凪ぐ海上に出る。更にしばらく行くとその沖合いに、禍々しい気配を放つ赤黒い球体が浮かんでいた。

 その前にあのディアーチェ似の女が、不遜に腕組みし浮かんで待っている。

 

「おおっ! これぞ正しく『砕け得ぬ闇』『U-D』 だ!!」

 

 球体を前にしたディアーチェは、喜びの声を上げていた。その気配に覚えが有る。まだ完全に甦っていない記憶に、確かに訴えるものがあった。

 懐かしさとでも言うのだろうか。レヴィとシュテルも同様のようで、黒い球体に懐かしげな瞳を向ける。

 

「見惚れている暇など無いぞ……? 何れ嗅ぎ付けられよう……復活の儀を始めよ……」

 

 女は感激を押さえきれない3人を横柄にたしなめると、右掌を黒い球体に向けた。球体に僅かに変化が起こる。

 本来なら復活の為の調整には、機材を使っての細かな調整が必要な筈だが、女は自らの演算能力だけで全てを賄えるようだ。

 

「ウ……ウム……」

 

 ディアーチェも両手を球体に向けた。自らの魔力を放出する。記憶は完全に戻ってはいなかったが、方法は体が覚えていた。

 注ぎ込まれる魔力。ディアーチェに合わせ、女は複雑な調整を自らの頭脳だけで行う。呼応して黒い球体を囲むように、天と地を貫く赤い魔力の柱が立った。

 

 

 

 

 

 

 ディアーチェ達が『砕け得ぬ闇』の復活作業に入った頃、ウルトラマンゼロとはやて、リインフォースはゲンと合流していた。まだ他の者は合流するのに時間が掛かる。

 

 恐らくディアーチェ達に一番近い場所に位置する筈のゼロ達は、直ぐにでも後を追いたいところだが、妨害波動が出ているらしく、アースラでもディアーチェ達の逃走先が判らないのだ。

 

『不味い感じだな……早くあいつらを見付けねえと』

 

 はやるゼロを、ゲンは不動の巌の如く静かに諌める。

 

「焦るなゼロ……焦れば敵の術中に嵌まるぞ……」

 

『でも師匠、だったらどうしたら……? 』

 

 するとゲンは、はやてとリインフォースを見やった。

 

「無闇やたらに探し回るより、ここははやてちゃん、リインフォース達魔導師の意見を聞いてから動くのが得策だ……」

 

『そうか……』

 

 ゼロは納得する。ここは魔導師である彼女達が適任だ。そこではやてはゲンに、教師に意見するように手を挙げた。

 

「おおとりさん、まず、こうしたらどないでしょう? まず、アースラに妨害範囲を調べて貰うんです」

 

「ふむ……早速問い合わせてみよう……」

 

 ゲンは頷いた。一見意味が無さそうな提案だったが、意図を察したゲンは頷いていた。ゼロも成る程と思う。

 

「そうか、向こうを正確に追えなくても、妨害範囲が判れば、それなりに絞り込めるって訳か……』

 

 当ても無く探し回るより遥かに良い。まずは一つずつ情報を集め、様々な角度から検証しようと言うのだ。やはり彼女の判断は頼りになる。はやては頷くと傍らのリインフォースに尋ねた。

 

「それとリイン、王様が言う『砕け得ぬ闇』を復活させるとしたら、どないな手順が必要になる思う?」

 

 何か合っているので、ディアーチェを王様と呼ぶ事にするはやてである。確かにそう呼ばないと怒りそうだ。

 リインフォースは形の良い顎に手を当て、しばし思案する。

 

「そうですね……彼女達は恐らく私達と同じ魔法プログラム体で間違いないと思うので、再起動させるには外部からのプログラム操作に、魔力の供給が必須の筈です……」

 

 その判断は的確だ。伊達に管制人格として生み出された訳では無いのである。その辺りの知識も詳しい。リインは続けて、

 

「何らかの手段で探知の眼を妨害しているようですが、結界は使っていないようです……魔導師に視認されたら誤魔化せませんから…… それですと人目は誤魔化せません……街中や人目につく場所とは考え辛い……海鳴山中は今皆が散らばっていますから、邪魔が入る危険がある……となると……」

 

『海、沖合いの方か!』

 

 ゼロは得たりと手を打った。ゲンは更に付け加える。

 

「それにあの子達はかなり急いでいたようだった……遠回りしていない可能性が高い。最後に見た進行方向と併せれば、ある程度予測は付けられそうだな……」

 

「可能性は高いと思います……」

 

 リインは賛成する。ウルトラマンの頭脳なら、かなり正確な逃走経路を算出出来るだろう。

 早速ゲンは高度や進行方向、速度などから逃走方向を計算する。そしてアースラから送って貰ったデータと推理、ゲンの計算を元に大まかな位置を割り出し た。

 それでもかなりの広範囲になってしまうが、出鱈目に探すより遥かに良い。

 

『行くぞ!』

 

 ゲンは獅子の瞳を繰り出した。等身大の『ウルトラマンレオ』に変身する為である。ゼロより活動時間が短いので、ここまで温存して来たのだ。その分のエネルギーも回せる。

 

「レオオオオォォッ!!」

 

 再び爆発的な青い光に包まれ、真紅の超人 『ウルトラマンレオ』がゼロ達の前に降り立つ。4人は上空に舞い上がり、ディアーチェ達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

「スゴい魔力だね、シュテルん……」

 

 後ろで復活の様子を見ているレヴィは、目を輝かせてシュテルに同意を求めた。いても立っても居られないようだ。強大な力の気配とでも言うべきものが、その場を支配しつつあった。

 

「当然でしょう……闇の書の防衛プログラムと同等か、それ以上の力を持っているのですから……」

 

 シュテルは静かに復活の儀式を見守りながら応える。クールな彼女だが、その態度に何処と無く興奮した様子が窺えた。レヴィと同じく『砕け得ぬ闇』の復活に高揚しているらしい。

 しかし闇の書の防衛プログラム以上の力を持つとは、とんでもないものが潜んでいたものである。ハッタリなどではない。

 まだ完全ではないが、自らの記憶に依る事実を冷静に述べただけであった。

 

 その間にもディアーチェと女の作業は続いている。力の気配が強くなる度に、赤黒い球体に泡立つような変化が現れた。魔力が更に高まる。

 作業は復活の最終段階に入っていた。ディアーチェは渾身の力を込め、最後に必要な魔力を撃ち込む。

 

「甦れ!『砕け得ぬ闇アンブレイカブルダーク』『U-D』よ! 震える程暗黒ぅぅっ!!」

 

 両手を広げ、陶酔したように厨二台詞を叫んだ。その瞬間、目映いばかりの閃光が海面を照らす。 思わず目を瞑るディアーチェ達。球体は爆ぜるように爆発し、辺りに赤い閃光を撒き散らした。

 

「おおっ!!」

 

 ディアーチェは光の中、無理矢理目を開け声を上げる。閃光が徐々に収まり、赤き光の粒子がキラキラと辺りを被う中、その中央に何かが実体化しようとしていた。

 

「『U-D』の復活だ!」

 

 レヴィとシュテルも、その光を囲むように集まった。まるで待ち焦がれた主人を迎えるように。そして遂に『砕け得ぬ闇』が、3人の前に姿を現して行くが……

 

「なっ!?」

 

 ディアーチェはひどく驚いて、つり目を丸くしてしまった。

 

「これが『砕け得ぬ闇』……?」

 

 レヴィはポカンとしている。シュテルはじっとそれを見詰める。そう思うのも無理は無い。巨大ロボットでも戦艦でも無く、全く禍々しくも無い。見た者十人中、十人がこう思うだろう。

 

 幼女だと。

 

 そう緩くウェーブした長い亜麻色の髪の、白と紅の独特の服を纏った幼い少女が其処に浮かんでいた。顔立ちは整っているが、何処かおっとりして見える。

 『砕け得ぬ闇』などと言う、物騒な名前が全く似つかわしくない少女である。

 

「『砕け得ぬ闇』が、これだと!? そんな馬鹿なあぁっ!?」

 

 予想と180度違う『砕け得ぬ闇』の前で、 ディアーチェはオーバーに絶叫していた。これでは塵芥(ちりあくた)への威厳もへったくれもあったものでは無い。

 だが目の前に居るのが、ぼんやりとした幼い少女なのは変わらない。年齢はディアーチェ達より下であろう。

 マテリアル達に元々実体は無く、はやて達のデータを元に実体化した為に少女の姿だが、『U-D』は元からこの姿らしい。

 

「むう……すこぶる納得は行かんが……こ奴が 『砕け得ぬ闇・アンブレイカブル・ダーク』『U-D』である事に間違いはないようだ……」

 

 認めるしか無いディアーチェは、自分を納得させるように呟いた。姿形こそ想像と全く違ったが、要は中身であると。

 ディアーチェはおもむろに彼女『アンブレイカブル・ダーク』『U-D』に近寄った。レヴィとシュテルも彼女を囲むように近寄る。

 

「さあ……『U-D』よ……我と共に来い!」

 

 ディアーチェが傲然と手を突き出す。すると突然近付く者に反応するように、突如として少女 『U-D』の背から、赤く燃え盛るように輝くものが展開された。

 

 その様子はまるで、巨大な炎の翼を広げたが如し。正にそれは『砕け得ぬ闇』の証し『魄翼 (はくよく)』だ。

 ディアーチェがその禍々しいまでの美しさに一瞬見惚れていると、突如として魄翼が鋭い刃と化しディアーチェ達に一斉に襲い掛かった。

 

「何ぃっ!?」

 

 攻撃されるなど夢にも思っていなかったマテリアル達が、気付いた時にはもう遅い。魄翼は3人の脇腹を同時に突き刺してい た。

 

「ぐはっ!?」

 

「うっ!?」

 

「ぐっ……?」

 

 ディアーチェ達は同時に苦悶の声を上げてしまう。一方あっさり魄翼の攻撃を回避していたあの女は、苦しむディアーチェの後ろに悠々と移動していた。

 

「くっ……ぬし……これは……どう言う事だ……?」

 

 女は彼女に顔を近付けて、侮蔑するように笑みを浮かべて見せる。

 

「ふふふ……『砕け得ぬ闇』は、誰とも関わる気は無いと言う事よ……仲間も例外無くな……そして暴走の挙げ句自壊する……その前に我が有効に使ってやろう……」

 

「なっ……? ……貴様……知っておって……こんな……最初から……それが目的か……っ!?」

 

 ディアーチェは痛みを堪えながら、怒りの眼差しを向ける。全てを承知の上でやらせていたのだと悟った。怪しいとは思っていたが、結局まんまと乗せられてしまった形だ。

 

「それでは……こちらも、有り難く頂いていこう……」

 

 女が手を翳すとその上に、シュテルが持っていた最後の『アーマードダークネス』の欠片が転移されて来た。

 

「きっ……貴様……っ!」

 

「暴走状態の『砕け得ぬ闇』とコントロール不能の『アーマードダークネス』……この2つを併せると、愉快な事になろうな……我に代わっての回収作業ご苦労だった……フハハハハッ ……!」

 

 そう言い残すと、女は幻のように消え失せてしまった。歯噛みするディアーチェだったが、まだ危機は終わってなどいない。

 『U-D』は魄翼の一部を更に巨大な光の刃に変化させ、彼女らを貫かんと迫る。初撃でダメージを受けてしまったディアーチェは満足に動けない。巨大な刃が彼女を貫かんとした時だ。

 

『ウオオオオオオッ!!』

 

 突然裂帛の気合いが暗い海上に轟いた。刃に貫かれる寸前のディアーチェを、横からひっ拐った者がいる。魄翼は何も無い空間を突き刺していた。

 

「お前は!!」

 

 鋭い六角形の眼が闇に光る。ディアーチェを抱き抱えているのは、『ウルトラマンゼロ』だ。

 おかしな状況だが、ディアーチェはまずレヴィとシュテルの安否が心配だった。2人の居た筈の方向を見ると姿が消えている。

 

「……レヴィ……シュテル……!?」

 

 いや、消えてはいない。その上空に2人を両脇に抱えている真紅の超人の姿が在った。『ウルトラマンレオ』その人である。こちらも間一髪で2人を救出したのだ。

 その後ろから駆け付けるはやてとリインフォースの姿。『U-D』復活阻止には間に合わなかったが、運良く発見する事が出来たのだ。ゼロはディアーチェを抱き抱えたまま『U-D』に問う。

 

『お前が『砕け得ぬ闇』なのか……? こいつらは仲間じゃないのかよ!? 何でこんな事をする!?』

 

 問いに彼女は茫洋とした表情でぼそりと答えた。

 

「……私に関わらないでください……」

 

 再び魄翼の刃を、ディアーチェを抱えるゼロに向ける。

 

『止めろ!』

 

 ゼロは魄翼の攻撃を避けながら呼び掛けるが、『U-D』 は攻撃の手を緩めない。燃え盛るように輝く翼は、凶器となってゼロ達を襲う。

 レオも流石にレヴィとシュテルを抱えていては、攻撃を避けるしか無い。

 

「リイン!」

 

「はいっ、主」

 

 はやてとリインフォースは、バインド魔法を使用して『U-D』を抑えようとする。光のリングがその四肢を縛り付けるが、彼女は易々と魄翼でバインド魔法を砕いてしまった。

 桁違いの魔力量だ。その余勢を駆って、再び魄翼の槍をゼロ達に飛ばしてくる。

 

(こいつは、見境なしなのか!?)

 

 姿形が少女なだけで、中身は破壊兵器そのものなのだろうか。ゼロは『エメリウムスラッシュ』を放とうとするが、

 

(違う?)

 

 僅かに違和感を感じ止めていた。何かに引き摺られているような感じがしたのだ。そして何よりその表情を正面から見たゼロは……

 

『お前……』

 

 声を掛けようとするが、魄翼が更に大きく膨れ上がった。レオはいち速く危険を察する。

 

「皆一旦退がれ!!」

 

 ゼロ達は咄嗟に急加速して後方に退避する。それと同時に、リング状の凄まじいばかりの魔力砲撃が周囲に一斉にばら蒔かれた。

 

 海水が巻き上げられ衝撃波が襲い、魔力爆発の残煙が辺りに立ち込める。その中に紅い翼を広げた『U-D』がぽつねんと浮かんでいた。

 その足元に魔方陣が煌めく。その小さな口が、最後に何か言葉を発したようだった。

 

「ごめんなさい……さよなら……みんな……」

 

 その消え入りそうな声は、ゼロの耳にハッキリとそう聴こえた。 ディアーチェ達を見る『U-D』の茫然とした表情が崩れる。

 そしてその小さな姿は、その場からかき消すように消えてしまった。

 

 完全に見失ってしまったようだ。だが今はディアーチェ達が心配である。ゼロが確認してみると、3人共かなりのダメージを負っている。後一歩遅かったら、身体に風穴を開けられていただろう。

 

「……U-……D……」

 

 負傷したディアーチェはゼロの腕の中、消え去る彼女に手を伸ばしていた。それは、掛け替えの無い者を求める手であるように思えた。ゼロは『U-D』が消え去った空を見上げ呟いていた。

 

『何でお前はそんな顔をしてるんだ……? 暗闇で泣いてる子供じゃねえかよ……』

 

 ゼロが見た『U-D』の顔は、今にも泣き出しそうだった。嫌だ嫌だと訴えかけているように見えた。

 はやてもその顔を目撃して思う。あの表情には覚えがある。何もかもを拒絶して、独り殻に閉じ籠っていた頃の自分だと……

 

 

 

 

 『U-D』は何もかもを拒絶するように、一直線に暗い空を飛んでいた。 誰も来られない場所に、誰も傷付けないで済む場所にと彼女は願う。

 しかし破壊衝動が強くなっている。もう保たないだろう。本来彼女は他人を傷付けられるような質では無かった。

 だが身を焦がす程の破壊衝動が、彼女を苛み駆り立てる。全てを破壊するようにプログラムされた存 在。なのに何故自分には心が在るのか。矛盾した存在だった。

 

 今の自分の心を暗喩するような暗い海の上を、『U-D』 はこの世のあらゆるものから逃れようとするように飛び続ける。

 そうしていれば、何れ誰も居ない所に着けるとでも言うように。だが魔の手はその背に既に掛かっていた……

 

「そろそろ……鬼ごっこは終いにして貰おうか……?」

 

 不意に上空から声が降ってきた。『U-D』がギクリと上を見上げると、あのディアーチェに似た女が、不遜に腕組みして宙に浮かび此方を見下ろしてい る。

 

「誰……? 私に近寄らないで……」

 

 『U-D』は必死で湧き上がる衝動を堪えようとする。だが無駄だった。彼女の身体はごく自然に動いていた。破壊衝動の前に彼女の意思は、濁流に押し流される木の葉のように飲み込まれて行く。

 その背から魄翼が伸びる。紅く燃えるように輝く翼は異形の巨大な腕となり、一直線に女を破壊しようと伸びる。

 

「!?」

 

 破壊衝動に飲み込まれる中、『U-D』は有り得ないものを見て目を見張っていた。何故ならば、魄翼が女を粉砕しようとした時、全く同じ異形の腕がそれを阻んだからだ。

 女を守るように『U-D』の前に立ち塞がるのは、1人の少女であった。16、7歳程に見える緩いウェーブの亜麻色の髪の少女。

 

「あっ、あなたは……?」

 

 『U-D』はその少女を驚いた目で見詰める。何故なら少女が服装も含めて、自分に非常に良く似ていたからだ。まるで自分を成長させたかのように。

 少女は同情すら混じった眼差しで『U-D』を見下ろした。

 

「ごめんなさい……せめてディアーチェの役に立って下さい……」

 

 ペコリと頭を下げると少女の魄翼は、圧倒的パワーで『U-D』の魄翼を粉々に破砕した。まだ完全になっていないとは言え、防衛プログラム以上のパワーを持つ彼女を遥かに上回っている。

 

「すいません……あなたとは年期が違うのです……」

 

 少女が再度申し訳無さそうに頭を下げると、彼女の魄翼が数百メートルにも渡って展開し、四方からU-Dを完全に捕らえてしまう。

 

「あああああああっ!?」

 

 『U-D』の全身を強烈な衝撃が走る。破壊不可能の筈の彼女の身体が、身動きも抵抗すら出来ない。完全に自由を奪われていた。

 

「破壊は出来なくとも、封じる手段は有るのです……体内の『永久結晶エグザミア』にショックを与えました……ごめんなさい……」

 

 少女の謝罪の言葉に、『U-D』はヨロヨロと顔を上げる。その瞳に恐怖の色が射した。目前に不気味な黒い塊が出現していた。

 

 

 

 

 

 

「くっ……離せっ……!」

 

 ディアーチェはゼロの腕の中で力無く身を捩った。 痛みに表情を歪ませる。まだ満足に動けないようだ。

 他の2人も同様で、レオに抱えられて手足を力無くバタつかせていた。まるで襟首を摘ままれて暴れる子猫のようである。

 

『じっとしてろ、ったく……怪我してんだから無理すんな……大丈夫か?』

 

「てっ、敵の情けなど受けん……!  ……これしきの破損、直ぐに回復するわっ……! 無礼者 がっ……!」

 

 ディアーチェは王としてのプライドに懸けてヘナヘナ暴れるが、怪我をしていては抵抗もままならない。子猫が駄々をこねているようだ。それでもゼロを睨み付けようとすると、

 

「ご無事で、主はやて!?」

 

「はやてぇっ!」

 

「はやてちゃん」

 

「はやて……!」

 

 シグナム達やフェイト、なのは達全員が駆け付けたのだ。流石にディアーチェは顔色を無くす。

 此方は3人共まだ満足に動けない。対して向こうはウルトラマンも含めて魔導師が全員。これでは戦う事も逃げる事すらも出来ない。絶体絶命であるように思えた。

 

「きっ……貴様らなどに……断じて屈したりはせんぞ……!」

 

 にも関わらず、ディアーチェは啖呵を切る。当てにしていた『砕け得ぬ闇』にやられ、大勢の敵に囲まれていると言うのに、いっそ見事な程の意地の張りようだ。ゼロは却って感心した。

 

『良いからじっとしてろよ……みんな別に何もしやしねえって……』

 

「何だと……?」

 

 ディアーチェは暴れるのを止め眉をひそめる。するとレオに抱えられていたシュテルが、痛い筈だがクールフェイスのまま口を開いた。

 

「……王……此処は私にお任せを……管理局並び に、ウルトラマンの皆さん……提案が有ります……」

 

 王の返事を待たずに切り出した。文句を言いかけるディアーチェだが一旦黙る。任せる事にしたようだ。どうやらおバカさんでは無いらしい。クロノが代表して前に出る。

 

「話を聞こう……」

 

 シュテルはレオに、子猫のように抱えられた体勢のまま提案を切り出した。

 

「このままでは砕け得ぬ闇『U-D』は暴走し、大変な事態になってしまいます……そこで情報の提供と協力する代わりに、今私達の身の安全と行動の自由を保障し、我らが盟主『U-D』を助ける為に助力を要請します……」

 

「盟主だって……? 『U-D』を救うとは……? 君達は逆にやられてしまったんじゃないのか……?」

 

「思い出したのです……彼女は私達の盟主……言っておきますが、此処に居る魔導師全ての火力でも、『U-D』を破壊するのは不可能です……このままだと彼女は暴走し、全てを破戒し尽くすでしょう……」

 

 どうやら『U-D』の攻撃を受けたショックで、完全に記憶を取り戻したようだ。

 

「彼女の制御には我々の力が必要になります…… ウルトラマンなら破壊出来ると思われるかもしれませんが、『アーマードダークネス』の事も有りますから、彼らはそちらに手を回す余裕は無いでしょう……どうですか……?」

 

 滔々と此方の重要性を説いてみせる。ウルトラマンの戦力もしっかり織り込んでいた。

 

「利害の一致と言う訳か……」

 

 クロノは冷静に状況を踏まえて応えた。確かに理に叶っている。

 

「はい……『U-D』を放って置くと闇の書以上の被害が出るのは間違いありません……事はこの世界だけでは済まないでしょう……『アーマードダークネス』も併せて……管理局としては見過ごせないと思いますが……?」

 

「イタイ~」

 

 流石は『理』を司るマテリアル。中々の駆け引きである。ディアーチェは顔をしかめながらも悪い笑みを浮かべた。

 

「ふっ……シュテルよ……言うではないか……」

 

「痛い~っ」

 

「お褒めに預かり光栄です……これくらい言っても大丈夫でしょう……この人達はウルトラマンも含めて甘い……きっと条件を呑んでくれます……」

 

「痛い~っ」

 

「お前は……少しは空気を読め……!」

 

 さっきから端々で呻くレヴィを、ディアーチェは叱っておいた。痛いのにご苦労様である。

 

『まったく……』

 

 ゼロは苦笑するしか無い。ここまで図々しくされると、いっそ笑える。クロノも状況抜きにして、やれやれと苦笑していた。

 

「判った……君達が他に迷惑を掛けないと言うのなら、意思を尊重して艦長に話を通してみよう……」

 

「判りました……」

 

 クロノはやはり話が判る。だがこの時ディアーチェ達の中で、こんな会話が有ったりする。

 

《おい、シュテル……あんな約定など守る気は無いぞ……?》

 

《王……これも方便です……後で何とでも……今 は『U-D』を救う事が先決です……》

 

《ふっ……流石は我が両腕よ……》

 

《エヘン……ゲホゲホッ……》

 

《僕はあ~っ? 痛たたっ》

 

 などと不穏な会話をしていりするのだが…… まあそれはともかく、リンディに連絡を取り許可を取ると、一旦作戦の練り直しでアースラに全員で赴く事になった。

 

 

 

 

 

 

 闇の欠片が再び大量に発生していた。

 

 『砕け得ぬ闇・U-D』の復活に呼応して、その数を更に増したようであった。

 先程の位置から真逆、今度は別の山中上空に、捕らえられ宙に固定された『U-D』が居た。その小さな身体に、渦巻くように魔力が集合して行く。

 それは魔導師が発する魔力など問題にもならない量だ。暴走状態のリインフォースをも上回る程に魔力が上昇して行く。膨大な力のチャージを終えようとしているのだ。防衛プログラム以上の力を。

 その白陶器のような白い肌に、呪いのような禍々しい紅い紋様が浮かび上がっていた。

 

 その様子を傲岸と見下ろすのは、あのディアーチェ似の女ともう1人、『U-D』と似た少女達2人であった。少女は傍らの女に声を掛ける。

 

「ディアーチェ……そろそろ頃合いです……でも、本当に良いのですか?  マスターは『アーマードダークネス』を持って来いとしか言われていません……」

 

「気にするな……少し奴らをからかってやるだけだ…… それで死ぬようならそれまでよ……では、そろそろ此方も始めるか……ユーリ欠片を……」

 

 ユーリと呼ばれた少女は、奪って来たアーマードの最後の欠片を背中の異形の腕で取り出す。女が手を軽く振ると大型の魔方陣が現れ『アーマードダークネス』の巨大な仮面部分が転送されて来た。

 少女は欠片をアーマードの仮面に嵌め込む。最後の欠片はパズルのピースのようにピタリと嵌まり、最初から砕けていなかったかのように完全に一体化した。

 

 完全な『アーマードダークネス』の奇怪な仮面がそこに出来上がっていた。凶悪なまでに悪魔じみた仮面だ。軋むよう異音が一際高くなる。闇の気配が濃さと重さを増したようであった。

 

「さあ、皇帝の鎧よ! 今再び甦るのだ!!」

 

 黒い仮面に闇の色をした放電現象が起きる。仮面が咆哮したかのようであった。辺りを不気味な軋み音が包み込んだかと思うと、眼には見えない波動を全方位に向けて一斉に吐き出した。

 

 それに呼応するように彼方から、無数の闇の気配が集まって来る。少女は思わず固唾を呑んだようだ。黒い仮面の周りに何かがまとわり始めていた。闇の粒子とでも言うべきものが集まっているのだ。

 『ダークザギ』の作ったゲートを越えて、魔鎧装が再び集結している。闇の粒子は押し寄せんばかりに数を増し、黒い仮面を中心に黒き鎧武者のような姿を形作って行く。

 

 牡牛の如き巨大な角が形成され、深淵の闇を凝固させたような鎧の各部が本来の姿を取り戻す。その全身に燃え盛るような深紅の模様が刻まれる。

 

 そして掲げた手に三ツ又の巨大な槍、『ダークネストライデント』が現れた。槍を携えた禍々しい姿が、深い森の中重々しく立ち上がる。

 皇帝の鎧『アーマードダークネス』再びの顕現であった。

 

 

 

つづく

 

 




次回『蘇る魔鎧装や』

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