夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第74話 泣くな!お前は男の子や

 

 

 

 

 突如ゼロの前に立ち塞がるウルトラマンレオ。その眼光に物騒な殺気が混じっているようだ。レオはゼロを指差した。

 

『貴様…… あんな子供に何をするつもりだ……!?』

 

『へっ……? 何言ってんだレオ師匠……?』

 

 ゼロはぽかんとしてしまった。訳が解らない。こうしている内にディアーチェの姿は、闇の中に消えてしまっていた。

 

『何故俺の名を知っている……? 貴様のような奴とは逢った覚えは無い!!』

 

『えっ……?』

 

 レオの鋭利な言葉に、ゼロは地味に落ち込んだ。あまりに生意気なので、見限られてしまったのかとまで考えてしまった。

 凹んで肩を落とすゼロなどお構い無しに、レオはギロリと鋭い一瞥をくれる。

 

『貴様…… 『ババルウ星人』の変身だな……? そう何度も同じ手を食うとでも思ったか!!』

 

 炎のような闘気が、レオの真っ赤な身体から立ち昇る。突き刺すような『気』がゼロの全身を叩いた。それから感じられるものは、怒りと憎しみの感情のみ。

 憎しみに燃える獅子の戦士は、まるで憤怒の形相をした、不動明王の化身のようであった。 そこでゼロはようやく気付く。

 

『ま、まさか…… 師匠の思念体っ!?』

 

 間違い無かった。光エネルギーでは無く、魔力反応が目前のレオから感じられる。エイミィから既に、思念体については聞いている。

 ゼロは自分が『闇の書』に侵入した為に、自らの思念体が出て来る可能性は想定していたが、まさかレオの思念体が現れるとは思ってもみなかった。

 最早直接関わり合いが無くとも、此処に居る者達の記憶を無差別に再生しているようだった。しかも欠片レオからは容易ならざる気配を感じる。

 

『ちいっ、まったく冗談キツイぜ!』

 

 ゼロが忌々しそうに吐き捨てると同時だった。

 

『エイヤアアアッ!!』

 

 裂帛の気合いを上げ、欠片レオは左手を突き出し右拳を引いた。『レオ拳法』の構えだ。ゼロも同じくレオ拳法の構えで迎え撃つ。

 

『ヤアアアッ!』

 

 欠片レオが、暴風の如き正拳突きのラッシュを繰り出して来た。ゼロは猛烈な攻撃を、電光の反射神経で受け止め捌く。

 思念体とは言え侮れない。巨大化こそ出来ないだろうが、等身大のレオと同等の力を持っているようだった。魔力反応も非常に強力である。レオの力を再現する為に、多くの欠片が集合したらしい。

 ゼロは顔面を狙った上段突きを巧みに捌き、その拳を掴む。反動を利用し投げ飛ばそうとした瞬間だった。

 

(なっ、何だ!?)

 

 欠片レオからゼロに、膨大な量の映像と音声が直接頭に伝わって来た。

 

(こ…… これは…… 師匠の記憶……?)

 

 ゼロの脳裡に、様々な出来事が走馬灯のように映し出されて行く。まるで実際にその場に居るようであった。

 燃え盛る惑星が見える。逃げ惑う赤い身体をした人々が紅蓮の炎の中次々と倒れ、虫ケラのように死んで行く。地獄のような光景であった。

 

(此処は……師匠の故郷、L77星か……?)

 

 死と破壊が渦巻く炎の中で、此方に手を伸ばして助けを求める人影が見える。

 

『兄さんっ!』

 

 レオと良く似た姿の深紅の身体。ゼロのもう1人の師匠『アストラ』であった。レオが手を差し伸べる前にアストラの上に瓦礫が崩れ落ち、その姿は炎の中に消えて行く。

 

 唯一人宇宙空間に逃れたレオの目前で、故郷の星が粉々に砕け散った。故郷を無くした時の記憶。恐ろしいまでの喪失感が伝わって来る。

 接触する事で、レオの記憶がゼロに直接流れ込んでいるようだった。同じウルトラマンとして、レオの記憶に感応してしまったらしい。

 戸惑うゼロの隙を突き、欠片レオは逆にその腕を掴み投げ飛ばす。ゼロは正面のビルに叩き付けられる寸前、空中で静止した。

 

『やるな… だが、甘いっ!』

 

 欠片レオは瞬時にゼロに接近し、更に拳を振るう。受け止めたゼロの脳裏に、またしても記憶の渦が流れ込んで来た。

 

 地球に来てからの記憶のようだった。死んで行く。沢山の人々が目の前で……

 胴体から真っ二つにされた同僚の無惨な死体。駆け付けた時には、赤ん坊を庇って既に息絶えていた旧友の骸(むくろ) 力及ばず、目の前で殺された友人の婚約者。ゲンは動かなくなった人々の前で茫然と立ち尽くす。

 

(これは、師匠の救えなかった人達の記憶なのか!?)

 

 記憶に呑まれ棒立ちのゼロの顔面を、欠片レオの痛烈な拳が捉えた。目から火花が飛び散りそうだった。首が持って行かれそうな衝撃。ゼロは砲丸のように吹っ飛ばされ、地上に落下してしまう。

 ブティックに突っ込み、ショー ウインドのガラスが粉々に砕け散った。それを追って欠片レオも地上に急降下する。

 滅茶苦茶になった店内から起き上がろうとするゼロに、急降下の加速をプラスした強烈な飛び蹴りを放った。

 

『クソッ!』

 

 ゼロは独楽の如く左脚を軸に身体を一回転させ、その勢いを利用した後ろ回し蹴りで蹴りを迎撃する。轟音を上げて激突する両者のキック。またしてもゼロに記憶が流れ込んで来た。

 

 少女が巨大なロボットに向かい飛んで行く。レオはロボット『ガメロット』の強力なパワーと装甲の前に手も足も出ない。

 絶対絶命の危機に落ちたレオを救う為に、少女はガメロットに特攻し爆発四散した。少女の部品が乾いた音を立て辺りに散らばる。

 ほのかに惹かれた少女はアンドロイドだっ た。レオの慟哭が響く。激しい怒りと深い悲しみが胸に突き刺さった。

 

『うわああっ! もう止めろおおおっ!!』

 

 ゼロは絶叫して、相手のボディーに正拳突きを叩き込んでいた。欠片レオは吹き飛び、店の壁をぶち抜いて道路に投げ出される。

 しかし宙で体勢を立て直し、難なく着地すると再びゼロに襲い掛かって来た。ゼロは正直腰が引けていた。

 あまりの険しい修羅の道に。まるで悪夢の中をさ迷っているようだった。だが悪夢はまだ終わらない。拳の応酬に、またしても記憶の濁流が押し寄せる。

 今度は基地内で談笑するゲンの姿が見えた。主だった隊員達で誰かの誕生日を祝っているようだった。父セブン事『モロボシ・ダン隊長』の姿もある。

 

 和やかな空気。しかしその場は一瞬にして地獄絵図に変わった。円盤生物『シルバーブルー メ』の襲来だ。

 常識を超えた速度でレーダー網を突破し、衛生軌道上に浮かぶMAC基地に直接襲撃を仕掛けて来たのだ。

 クラゲの化物ように半透明のボディーが、MAC基地を飲み込んで行く。破壊されおぞましい黄色い溶解液に消化される中、隊員達は脱出もままならず次々と飲み込まれて行った。

 誰一人助からない。阿鼻叫喚の地獄。崩壊する基地の中、ゲンに生きろと言い残し、ダン隊長も炎の中に消えた。

 

『貴様か!貴様がやったのか!?』

 

 欠片レオの猛攻がゼロに突き刺さる。拳が、蹴りが身体に食い込んだ。燃え盛るような憎悪と怒りが伝わって来る。欠片レオはゼロを仇とでも思っているようだった。

 

 ゼロはもはや無抵抗でされるがままになっている。凄惨な修羅の道程に、完全に呑まれていた。肉体を苛む痛みより、伝わって来るレオの心の痛みの方が遥かに痛かった。

 

 追い討ちを掛けるように、記憶の中の悲劇はまだ終わらない。次に一人基地を脱出したゲンが病院に居るのが見えた。

 野戦病院さながらに怪我人が運び込まれている。地上に降りたシルバーブルーメの破壊活動の被害者達だ。相当な規模の被害が出ていた。

 治療が追い付かず、待合室まで怪我人で溢れかえっている。痛みに泣き叫ぶ患者や、家族の安否を求めてやって来た人々の、様々な声が聞こえて来る。

 戦場のように殺気だった中、医師や看護師が懸命に手を尽くしても、手遅れで次々と患者は死んで行く。絶望感に襲われる程の恐ろしい光景だった。

 

 歯を食い縛るゲンの前に、1人の少年が現れる。彼の良く知っている少年のようだ。『トオル!』と呼び掛けている。

 ゲンはトオル少年と2人で、家族や友人を探しているようだった。運び込まれた中に2人の探していた人達は居なかったようだ。僅かに希望がゲン達の顔に射 すのが判る。

 そんな時に、死亡者の発表が広場に張り出された。ゲンは不吉な予感を胸にトオルと共に走る。

 

(止めろ…… そっちに行ったら駄目だ……)

 

 ゼロは欠片レオに一方的に殴られながらも、そう願わずにはいられなかった。結果は判りきっている。これはもう遥か過去の出来事なのだ。

 

 それでも願わずにはいられない。しかしゼロの願いも虚しく、ゲン達は家族の安否を求めてごった返している掲示板の前に辿り着いていた。

 息を呑んでゲンは、張り出された死亡者名簿の名前を見ている。周りで家族の名前を見付けた人々の、嗚咽やすすり泣きが聞こえて来た。

 ゲンは不安を押し隠しながらも名簿に目を走らせる。ゼロも祈るような気持ちで名前が無い事を願った。

 だが現実は残酷なまでに非情だった。ゲンの目に映る親友の名に、恋人の名。そしてトオル少年の妹の名。

 泣き崩れるトオル少年の肩を抱き、ゲンは泣く事さえ出来なかった。己の無力感、悲しみ、ブラックスターへの怒りと憎しみ。

 あらゆる感情を押し隠し、ゲンはそっと目を閉じる。涙は流れない。だがゼロには判った。ゲンは涙を流さず哭いている事に……

 記録や人伝では決して判らない、本物の痛み……

 

『何を呆けている!?』

 

 あまりの事に呆然とするゼロの鳩尾に、大砲さながらの拳が叩き込まれた。ツートーンカラーの身体が向かいの玩具屋に激突し、店を目茶苦茶にして突っ込んだ。

 店内の壁を何枚もぶち抜いて、ようやく停止したゼロは、床に尻餅を着きガックリと崩れ落ちる。散乱した玩具に埋もれ、顔を伏せたまま身動き1つしない。

 

『立てっ! この程度で終わると思うなよ!!』

 

 挑発する欠片レオは、まだ怒りが治まらないようだ。正に怒りの化身そのものだった。

 

『良く…… 判ったぜ……』

 

 俯いたままだったゼロの口から呟きが洩れた。ゆっくりと顔を上げて、欠片レオを見上げる。

 

『やっぱり…… 師匠はすげえ……』

 

 ゼロは両脚に力を込めると、瓦礫や玩具を払い退け雄々しく立ち上がった。

 

『俺がひねくれて間違った方向に行ったのに…… 師匠は無力感も、怒りも哀しみも全部力に変えて、1人戦って来たんだな……』

 

 その両眼に力強い光が灯る。ウルトラマンレオの弟子である事を、魂の奥底から誇りに思った。立ち上がったゼロは唇を親指で弾く。

 

『俺の名はウルトラマンゼロ! 師匠に鍛えて貰ったウルトラマンレオの弟子だ!!』

 

『弟子だと……? ふざけた事を言うな!』

 

 高らかな名乗りに怒りを顕にする欠片レオに、ゼロは真正面から堂々と宣言する。

 

『師匠に鍛えて貰ったこの技で、俺はアンタを眠らせてやる! それがせめてもの恩返しだ!!』

 

 再びレオ拳法の構えを取る。迷いはもう無い。青白い闘気がその身体から立ち昇るようであった。欠片レオも、相手が先程までと明らかに違うと察し、同じくレオ拳法の構えを取る。

 

『デリャアアアッ!!』

 

『イヤアアアッ!!』

 

 雄叫びと共に、2人は同時に動いていた。互いの拳がぶつかり合う。衝撃に耐えられず、足元のアスファルトに亀裂が入りクレーターが出来た。

 空かさず赤と青の拳が飛び交う。マシンガンの如き正拳突きの打ち合いだ。ゼロが赤い拳のラッシュを弾き返し、欠片レオは青い拳のラッシュを捌く。

 鋼鉄をも粉々に砕く拳の応酬に、お互い一歩も譲らない。しかしゼロの方が一瞬速かった。

 

『オラアッ!!』

 

 ボディーへの横突き、フックが深々と欠片レオの脇腹に突き刺さる。くの字に身体が曲がり掛けた。

 だが欠片レオは衝撃に堪え、右手を振り上げ手刀をゼロの肩口に降り下ろす。その手刀が真っ赤に赤熱化した。レオの切断技『ハンドスライサー』だ。

 

 ゼロも負けじと右手を赤熱化させ、『ビッグバンゼロ』 で迎え撃つ。 手刀同士激しくが激突し、鋼鉄の刃をぶつけ合ったような斬撃音が轟く。

 跳ね飛ばされたように後方に跳ぶ2人は、後の商店を蹴って高く跳躍した。欠片レオの手に何時の間にか鉄パイプが握られている。後ろに跳んだ時に、店の看板を固定していた固定具を引き千切ったのだ。

 

 欠片レオの手の中、鉄パイプが2本に別れその間に鎖が繋がる。 パイプを『レオヌンチャク』に変え、鋭い打撃を放って来た。ゼロも頭部の『ゼロスラッ ガー』を両手に持ち対向する。

 

『ヤアアッ!』

 

 レオヌンチャクが変幻自在にゼロを襲う。 風を斬り裂き、上下左右あらゆる角度から繰り出される攻撃。 音速を超え轟音と衝撃波が響く。

 欠片レオの 振るうヌンチャクは、人間には視認すら出来まい。 頭部を狙った打撃を、ゼロは首を振って避ける。直ぐ後ろの街灯がヌンチャクを受け、マッチ棒のようにへし折れた。

 ゼロはスラッガーを、すくい上げるように伸びきったヌンチャクに叩き付ける。

 

『オラアッ!』

 

 ヌンチャクの鎖が切断されていた。衝撃で只の棒になった残骸が、アスファルトに落ちる。

 だが欠片レオは動じず、スラッガーを持つ手目掛けて左右の手刀を打ち込む。スラッガーもアスファルトに乾いた音を立てて落ちた。

 その間に欠片レオはバク転で後方に飛び、ゼロから距離を取る。間合いを取ったのだ。

 

『決着を着けてやる!』

 

 左右の腕を水平に繰り出し、空手の型のようなポーズを取った。『レオキック』の態勢。 『気』の高まりと共に、真紅の身体が宙に高く跳んだ。

 

『オオッ!』

 

 ゼロもアスファルトを蹴って宙に跳ぶ。数百メートルの高みまで一気に跳躍した2人は、右脚にエネルギーを集中させた。『レオキック』 と『ウルトラゼロキック』の激突だ。

 赤熱化したキックがぶつかり合う瞬間、ゼロの身体が独楽の如くスピンする。高速回転をプラスしたキックが、レオキックを蹴散らした。ゼロキックに、きりもみキックを併せた『ウルトラゼロきりもみキック』!

 

『デリャアアアアッ!!』

 

 雄叫びと共に、きりもみキックが欠片レオの胴体に炸裂し、血のようにスパークが飛び散った。

 

『ウオオオッ!?』

 

 必殺の技を受けた欠片レオは弾丸のように吹き飛ばされ、アスファルトに巨大なクレーターを穿ち叩き付けられた。衝撃で爆発したように粉塵が舞う。

 欠片レオはクレーター中央で、仰向けに横たわっていた。最早身動き出来ない程のダメージを負ったようだ。動けない真紅の身体が光に包まれる。

 

『そうか… そう言う事か……』

 

 欠片レオは合点が行ったように呟いた。その傍らにゼロが降り立ち膝を着く。赤き戦士は自分を済まなそうに見ている少年戦士を見上げた。

 

『…… 見事な気迫と技だ…… きりもみキックと言い…… 俺の弟子と言うのは本当らしいな……?』

 

『全部師匠に教えて貰った技だ…… まだまだ今の師匠には及ばねえけどな……』

 

 ゼロは居心地が悪そうに頭を掻くが、居住まいを正す。

 

『師匠…… 俺……』

 

 何かを言い掛けるのを、欠片レオはゆっくりと首を横に振って制止した。

 

『何か言いたい事が有るのなら…… 今の俺本人に言う事だ…… 過去の俺に言ったところで始まらん……』

 

『チェッ、相変わらず師匠は厳しいなあ……』

 

 ゼロはやれやれと言った風に肩を竦める。やはり若き時でも、レオはレオであった。その前で欠片レオの身体が、淡い光に溶けて行く。

 

『さらばだ…… 俺の未来の弟子よ…… 健やかにな……』

 

 その厳つい風貌が、優しく微笑んでいるように見える。 虚空に消えて行く獅子の戦士に、ゼロは敬意を込めて深々と頭を下げていた……

 

 

 

 

 

 

 

 はやてにヴィータ、リインフォースの3人は、ゴーストタウンと化した街の上空を飛んでいた。こちらも結界内である。

 不気味に静まり返る無音の街に、はやて達の空気を切り裂く飛行音だけが響いていた。

 

「此処ら辺には、何も見当たらんなあ……」

 

 6枚の漆黒の羽根を広げるはやては、辺りを見下ろし呟いた。

 

「さっきの所だと、高町とクロノ執務官の思念体が一緒に出て来たから、やり辛いったらなかったもんね……」

 

 隣を飛ぶヴィータがぼやいて肩を竦める。今し方、2人の思念体と戦闘になったばかりである。

 

「クロノ君はともかく、なのはちゃん相手には容赦無かったように見えたけどな?」

 

 悪戯っぽく片目を瞑って見せるはやてに、ヴィータは焦ってしまう。

 

「だって…… クロノ執務官には、アタシらの事で色々駆け回って貰って恩が有るからやり辛いけど…… 高町はぶっ飛ばし易いから……」

 

 珍しくクロノには一目置いているようだが、なのはには容赦無かったようである。困った顔をする鉄槌の騎士に、はやては可愛くて仕方無いとばかりに笑い掛けた。

 

「そっかそっか…… ヴィータは、そんなになのはちゃんには気安いんやな?」

 

「そんな事無いって!」

 

 ヴィータはあたふたしている。後ろを飛ぶリインフォースは、微笑ましいやり取りに目を細めるが、表情を心配そうに曇らせた。

 

「主…… いきなりあれ程の魔法を使って大丈夫ですか…… ?」

 

 結局クロノとなのはの思念体に止めを刺したのははやてである。

 2人相手に飛び出したヴィータの援護にと、牽制するつもりで砲撃魔法を放ったのだが、勢い余って2人共撃墜してしまったのである。強過ぎる魔力故であった。まだコントロールが甘い。

 

 初陣で上手く魔法を使えたのは、融合していたリインフォースのサポートのお陰であった。

 彼女が融合能力を失った今、はやては自分自身で膨大な魔力を制御する必要がある。それでもこれだけの魔力を自在に扱うには、別にサポートが必須になるようだが。

 

「2人には悪い事したなあ……」

 

 はやては申し訳なさそうに肩を落とす。友人達を傷付けたような気がして、後味が悪いのだ。リインフォースはそんな主を気遣う。

 

「主…… あれはあくまで…… あれは!?」

 

 フォローの言葉を掛けようとした時、強い気配を感じて振り返った。薄闇の中、淡い光がゆっくりと浮かび上がり人型に凝固して行く。

 

「えっ?ゼロ兄……?」

 

 はやてはその人物を見て目を丸くした。銀色の顔、頭部の一対のゼロスラッガーに赤と青の身体。明らかにゼロなのだが、ヴィータはそのゼロを見て思わず声を上げていた。

 

「小っちぇ~っ!?」

 

 確かにゼロに違いなかったが、致命的に違う点があった。子供なのである。身長がはやてより少し高いくらいしか無い。

 今は鋭い目付きも、まだ丸っぽく柔和気味だ。人間にしてみると、9歳相当のウルトラマンゼロであった。

 

「えらい可愛いなあ……」

 

 はやてはほっこりしている。ヴィータも物珍しそうに、ちびゼロを繁々と眺めた。 幼いゼロはぼんやりとした様子で顔を上げ、無言ではやて達を見ている。その目には空虚な光が灯っているようだ。

 はやてはつい何時もの調子で少年に近寄っていた。すると幼いゼロは怯えたようにビクリと身体を震わせ、いきなり取り乱し叫んだ。

 

『寄るなあああっ!!』

 

「危ない主!」

 

 リインフォースがはやてを抱き抱え、素早く後ろに退がらせる。それと同時に緑色の光が空間を切り裂いた。幼ゼロが『エメリウムスラッシュ』をはやて達に撃って来たのだ。

 

「お前っ!?」

 

 ヴィータはアイゼンを構えて臨戦態勢を取る。やはり思念体のようだ。だが追撃して来ると思いきや、そこで幼ゼロは後方に退る。それ 以上攻撃して来ない。

 はやてを庇って立つリインフォースは、油断無く幼い幼ゼロを見据えた。

 

「お気を付け下さい…… アレも欠片です…… ゼロの記憶を元に再生した偽者…… 騙されてはいけません……」

 

 リインフォースの言葉にはやては応えず、少年をじっと見詰めた。幼いゼロの肩が震えている事に気付いたのだ。

 

(怖がっとるんか……?)

 

 そう感じたはやての前で、幼ゼロは逃げるように更に後ろに退がる。誰も近寄るなと周りを拒絶しているようだった。

 はやての脳裏に、今まで断片的に見て来たゼロの記憶が浮かび上がる。

 

「そうや…… あの子は、友達を亡くした時のゼロ兄なんや……」

 

 直感的にそう感じていた。何故確信出来るのかは解らなかったが、間違い無いと思った。はやては自分を庇っているリインフォースの肩に手を掛けていた。

 

「あの子は怖がっとるだけや…… リインフォース、ヴィータ…… 此処は私に任せてくれへん……?」

 

「主……?」

 

「はやて? あのゼロは偽者だよ!」

 

 反対するリインとヴィータに、はやては静かに首を横に振って見せる。

 

「ゼロ兄の記憶が形になったんやったら、あの子もゼロ兄の一部なんよ…… それに何やあの子を見とると、放って置かれん…… 私に任せてんか?」

 

 はやての瞳は真剣そのものであった。リインもヴィータも、彼女の真摯さに押される形で頷いていた。

 

「ありがとうな……」

 

 はやては杖型のアームドデバイス『シュベルトクロイツ』を仕舞い、幼いゼロの前に無防備な身を晒す。

 

「ゼロに…… ゼロ君……?」

 

 両手を広げ、敵意は無い事を示しながら呼び掛けた。幼ゼロは警戒しているようだったが、特に何かして来る訳では無い。

 はやては少し近寄ってみる事にする。するとそれを敏感に察した幼ゼロは、先程のように身体を震わせ再び取り乱した。

 

『来るなあっ!!』

 

 その額のビームランプから、エメリウムスラッシュがはやてに向かって発射される。緑色の光線が彼女の直ぐ側の空間を焼いた。

 

「主っ!」

 

「はやて!」

 

 飛び出そうとするリインとヴィータだが、はやては手を挙げて2人を制止する。

 

「大丈夫や…… 一発も当たらんよ……」

 

 慈母のように笑う主に、2人は何も言えなくなってしまう。はやてはまるで怖れていないようだった。両手を広げたまま、ゆっくりと幼ゼロに近寄って行く。

 

 少年は恐慌を来したようにめちゃくちゃにエメリウムスラッシュを乱射した。はやては避ける様子も無く少年に近寄って行く。緑色の光が彼女の周囲を飛び交うが、一発も当たらない。

 

『止めろ! 止めろ! 俺に近寄るなあっ!!』

 

 更に焦ってスラッシュを撃つが無駄だった。微笑む少女にどうしても光線を当てる事が出来ない。

 はやては判っていた。幼ゼロが無抵抗の相手に攻撃出来るような子では無い事を。少年の直ぐ傍まで近付くと、ニッコリ笑って手を差し伸べた。

 

『何で……?』

 

 愕然とする幼ゼロは、訳が解らなくなったのだろう。とっさに逃げ出そうと背を向ける。しかし飛び出そうとした時、ふわりと背後からはやてに抱きすくめられていた。

 

『はっ、離せっ!!』

 

 幼ゼロは無理矢理振り払おうとする。子供とは言えパワーは馬鹿に出来ない。しかしはやてはしっかりと少年を抱く。

 

「大丈夫…… 怖ないよ……」

 

 優しく耳元で語り掛けた。ハッとしたように幼ゼロは暴れるのを止める。少なくとも危害を加えられないのは判ったらしい。

 

『怖くなんかねえ!』

 

 自分に言い聞かせるように怒鳴った。はやてには強がっているのが良く判った。腕の中で少年の身体はまだ小刻みに震えている。

 

「辛い事が有ったんやね……良かったら聞かせてくれへん……?」

 

 はやては静かに囁くように尋ねていた。

 

『……』

 

 欠片ゼロはしばらく下を向いて黙ったままだ。はやては催促するでも無く、無言でウルト ラマンの少年を抱き締める。どれぐらいそうしていたか、幼ゼロはようやく口を開いた。

 

『友達が死んだ…… 俺は何も出来なかったんだ!!』

 

 血を吐くような言葉だった。はやては無言で先を促す。幼ゼロは堰を切ったように心の内を語り始めた。

 

『俺達の施設が在った地区が襲撃を受け、ほとんどの人が殺された…… 生き残りを探そうと、アイツら捕まえたカインを晒し者にして、なぶり殺しにしやがった! あいつは腕を切り落とされても、何されても最期まで黙ってた! 俺はそれを見てるしか出来なかったんだ!!』

 

 惨い話であった。はやては夢で見た場面を思い出す。怪我をしたゼロと、生き残りの子供達を救う為笑って死んだ少年の事を……

 

『カインは…… 死体さえ見付からなかったんだ……』

 

 震える幼ゼロの肩に熱いものが落ちていた。はやての目から、大粒の涙が零れている。泣けないゼロの代わりに泣いているようだった。

 少女は涙を流しながら、ぎゅっと少年を抱く両腕に力を込める。

 

「辛かったなあ…… ゼロ君よう頑張ったなあ……」

 

『俺は……』

 

 言い淀む少年の銀色の頬に顔を寄せたはやては、静かに首を振って見せた。

 

「自分を卑下したらアカンよ…… 友達もそんなん望んどらんのやないの……?」

 

 あの状況で一体何が出来たと言うのか。それは判っていても、己の無力を嘆かずにはいられないのだろう。

 これが力を追い求める原因となり、求め続けた結果ゼロは道を踏み外したのだ。何も出来ない無力感は、惨いものを見て来たはやてにも判かる。

 

「友達はゼロ君とみんなを助けたかったんや…… だから飛び出そうとするゼロ君を止めて、最期まで頑張ったんや…… ゼロ君と同じや… カイン君、最期に笑っとったな… …?」

 

『ウン……』

 

 そこで幼ゼロはようやく、おずおずしながらもはやてに振り向いた。夜天の主はその横顔に微笑み掛ける。

 

「カイン君は小さくても、ウルトラマンやったんやな……」

 

『俺はそこまで思えねえ…… 何も出来なかった事も忘れられねえ… …やっぱり俺は助けたかった…… 助けたかったんだよ!!』

 

 幼ゼロは肩を震わせ、小さな拳を握り締めた。まるで泣いているようだった。その背中がひどく小さく見える。はやてはその背中をしっ かりと抱き締めた。

 

「しゃあないかもな…… それはこれからゼロ君 が、自分で乗り越えなくちゃアカン事やから……」

 

『俺に出来るのかな……?』

 

 自信無くポツリと呟く少年に、はやてはコクリと頷く。

 

「色々辛い事が有ると思うけど、ゼロ君なら大丈夫や…… 大きくなって、いっぱい人を助けるウルトラマンになれる…… 私が保証する……」

 

『何で判る……?』

 

「それは私が、ゼロ君がもう少し大きくなった時の事を知ってるからや……」

 

『俺が大きくなった時に……?』

 

 不思議そうに振り向く少年に、はやては涙の跡が残る顔に万感の想いを込めて微笑を浮かべた。

 

「そうや…… 私は未来のゼロ君が出逢う子やか ら……」

 

『未来で……』

 

 呟いた幼ゼロは開放されたように、色の無い空を見上げた。

 

『ああ…… そうか…… 俺は夢を見てるんだ……』

 

 納得して呟く少年は、力が抜けたようにはやてに身体を持たれさせる。その身体が淡い光を発し始めた。

 

『温かいなあ…… ずっと昔に誰かにこうして貰った気がする……』

 

 少女の温もりを確認するように呟いた。するすると身体が光に溶けて行く。最期に自分を抱き締めるはやての手をそっと握っていた。

 

『ありがとう…… 目が覚めたら、また……』

 

 そう言い残すと幼いゼロは、母親に抱かれる赤子のように身体を丸め光に溶けて消えた。見送るはやての後ろに、リインフォースとヴィータが浮かび、共に幼いゼロを見送る。

 

「主……」

 

 その後ろ姿に声を掛けようとしたリインフォースは、強力な残滓の反応を捉えた。

 

(居る…… 核となる者が!)

 

 彼女の表情に、悲痛なまでの決意が浮かんでいた……

 

 

 

 

 

 

 その頃ウルトラマンレオこと、おおとりゲンは、険しい山中を風のように駆けていた。

 

(邪悪な気配が強くなって来た…… やはり大元は此方か!)

 

 ゲンは確信を強める。ある程度拓けた場所に出た所で一旦脚を止めた。端末を袂(たもと)から取り出す。

 確信を得た今、『アースラ』や他の者達に連絡を入れようと思ったのだ。だがそれをモニターしている者が居た。

 

(いかんな…… 流石は獅子の戦士と言う事か……獲物が餌に気付き、『アーマードダークネス』 と『砕け得ぬ闇』の復活には、今少し時が必要だ……)

 

 大人ディアーチェとも言うべき、あの女であった。結界内で周囲を見張っていたようだ。

 女が片手を軽く振ると、妙な形をした杖が現れる。漆黒の太くシンプルな杖だ。上部が二回りほど太くなっている。女の背丈より長い。

 一見シンプルだが良く見ると、無数のカード状のモールドがビッシリ入っている。

 

「主様から貰い受けし、悪魔が持っていた召喚の杖…… 試してみるとするか……」

 

 女はニヤリと暗い笑みを浮かべると、杖を頭上に掲げ叫んだ。

 

「出でよ! 兄弟怪獣『ガロン』『リットル』! ウルトラマンレオを血祭りに挙げいっ!!」

 

《ギガバトルナイザー、モンス・ロード!》

 

 杖『ギガバトルナイザー』が合成音を発すると共に、目映い閃光を辺りに放った。

 

 

 

つづく




次回『女だ燃えろや』

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