夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第73話 過去へのレクイエムや

 

 

 

 

 街中に張られた結界内。ぼんやりとした街灯りに照らされる上空で、シグナム、フェイト、 アルフの3人は『テクターギア』を纏ったゼロらしき者と対峙していた。

 シグナムは向こうの気配を探る。明らかな魔力反応を感じ取った。

 

「やはりな……ゼロに魔力は無い……『闇の書』 解放の際、自身を魔法プログラムに変えていたせいか……? 理由はともかく、思念体であるのは間違いない……」

 

 驚いているフェイトに説明していると、欠片ゼロは苛立ったように肩を怒らせた。

 

『何ゴチャゴチャぬかしてやがる!? 舐めてんじゃねえぞ! お前ら綺麗な面してるからって、良い気になってんじゃねえ!!』

 

 凄む様はまるで街のチンピラのようだ。聞いた者が思わず震え上がりそうではある。だが実際聞いた方はと言うと……

 

「えええっ!? そ……そんな……ききき綺麗だなんて……」

 

 欠片ゼロは恫喝のつもりだったようだが、フェイトはあたふたして顔を真っ赤にしている。グニャグニャだ。

 何しろ内容が悪口になっていない。間接的どころか、ストレートに誉めている事になっている。アルフも流石に照れていた。

 

「……テスタロッサ……照れている場合ではないぞ……?」

 

 動揺しまくっている少女を、シグナムが年長者らしく注意した。我に還ったフェイトは頼もしき女騎士を見上げる。

 

「流石はシグナム……私は慣れてないから、つい……」

 

 反省しつつ、シグナムの揺るがなさに感心した。自分が多くの人達と接するようになったのは最近の事もあり、誉められるとどうしたら良いか分からないのだ。 相手が思念体とは言え、ゼロでは尚更である。

 

「…………あっ、当たり前だ……例え誰に言われようが……ベルカの騎士に容姿など些細な事に過ぎん……」

 

 誇り高き女騎士は、自分の凛とした美貌を誉められても嬉しくないのだろう。フェイトは感心を通り越して尊敬した。

 お陰でシグナムの返事に微妙な間が明き、何故か顔を背けながらだった事に気付かない。

 一方無視される形になった欠片ゼロは、馬鹿にされたと思ったらしく怒りを顕(あらわ)にした。

 

『ふざけやがって……! ぶっ飛ばす!!』

 

 拳を振り上げ突っ込んで来た。見境なしだ。本人なら絶対に出来ない。苛立ちや怒り、憎しみと攻撃性だけが具現化したようであった。

 シグナム達は散開して攻撃を避ける。アルフは飛び退きながら驚いた顔をした。

 

「本物じゃないのは分かったけど、何だいあのゼロは!? まるでゴロツキじゃないか!」

 

 見た目は少し取っ付き難くても、気さくで人の良いゼロしか知らなかった彼女らにはショックだろう。シグナムは欠片ゼロから目を離さず、

 

「恐らく……故郷を追放され、荒んでいた頃のゼロの記憶から再生された思念体だろう……」

 

「追放……?」

 

 思わぬ言葉にフェイトは繰り返してしまう。ふとテクターギアを着せられたゼロが、荒涼とした大地に寂しく立ち尽くす姿が一瞬脳裏に浮かんだ気がした。

 

『チョロチョロしやがって!』

 

 攻撃を避けられた欠片ゼロは更に激昂し、瞬時に加速すると一番近場のシグナムに殴り掛かった。凄まじい速さだ。

 欠片ゼロのパンチに対しシグナムは、『レヴァンティン』を炎の剣とし対抗する。エネルギー波で赤熱化した拳と、炎の剣が激突した。

 

『デリヤャアアアッ!!』

 

 ゼロの雄叫びと共に、シグナムの身体は後方に軽く吹っ飛ばされていた。

 

「シグナムッ!?」

 

 声を上げるフェイト。だが剣の騎士は裾をふわりとなびかせ宙で一回転し、何事も無かったように態勢を立て直した。吹き飛ばされたように見えたが、自ら跳んで衝撃を逃がしただけのようだ。

 

「思念体と言え、流石にゼロと言う事か……パワーは桁外れだな……」

 

 シグナムは衝撃の大きさから、欠片ゼロの戦闘力を正確に読み取る。今の攻撃を受け流す事が出来たのは、彼女の腕ならばこそだ。生半可な腕なら、今の一撃で防御ごと砕かれ倒されている。

 

『野郎っ!』

 

 攻撃を見事に受け流された欠片ゼロは、忌々しそうにシグナムを睨む。それに対し烈火の将は、涼しげな表情を浮かべた。

 

「何をそんなに苛立っている……?」

 

『煩せえっ! 俺は苛ついてなんかねえ!!』

 

 問いに欠片ゼロは、噛み付くように怒鳴った。シグナムは相手の眼を真っ直ぐに見据える。

 

「友を救えず……故郷を追放されて悔しいのか……?」

 

 静かな問いだったが、図星を突かれた欠片ゼロの両拳が、砕けんばかりに握り締められていた。

 

『何で……貴様が知っている……?』

 

 殺気が溢れ出るような低い声だ。ゴーグル越しに両眼が鬼火の如く光る。凄まじいプレッシャー。猛獣でも震え上がってしまうだろう。しかしシグナムは殺気を微風のように流した。

 

「お前自身から聞いたのだ……」

 

『ふざけた事抜かしてんじゃねえっ! どいつもこいつも俺の邪魔をしやがってぇっ!!』

 

 欠片ゼロは怒りのままに吠えた。拳を無茶苦茶に振り回し3人に殴り掛かる。勇ましいものでは無い。それは傷付いて辺りに当たり散らす、駄々っ子そのものであった。

 だが質が悪い事に只の駄々っ子では無い。超人の駄々っ子だ。相手にとっては危険極まりない。相手が避けようが関係無く凶器の拳を振るう。

 勢い余って向かいの高層ビルに突っ込み、ぶち抜いて反対側に出ると再び3人に向かって来る。人間サイズの暴走ミサイルの如しだ。

 3人がそれを避け、欠片ゼロは辺りを滅茶苦茶に破壊しながら後を追う。どんどん見境が無くなっていた。

 

『弱ければ何も守れねえっ! 力が無けりゃ、何1つ守れやしねえんだぁっ!!』

 

 心の中の苛立ちや憤りを全てぶつけるように、欠片ゼロは荒れ狂う。最早シグナム達の存在すら眼に入っていないようであった。

 穴だらけにされ支柱を破壊された高層ビル群が倒壊し、轟音を上げて地面に叩き付けられる。粉塵が舞う中、ようやく暴れるのを一旦止めた欠片ゼロは3人を見下ろした。

 

『……弱い俺には何1つ守れねえ……嗤えよ! 何も出来ねえ無様な俺をよぉっ!!』

 

 自らを嘲笑って、虚しく肩を揺らした。何とも物悲しい、乾いた響きの嗤いだった。

 

「そんな事……そんな事無いよっ!!」

 

 フェイトは思わず叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。荒れ狂う欠片ゼロの姿がもがき苦しんでいるようで、痛まし過ぎて見ていられなかった。

 

「ゼロは私を助けてくれたよ! 絶望して死を待つだけだった私に希望を、前に進む強さをくれたよ! 母さんの仇を討ってくれた! 沢山 の人達を、世界を守ったよ! ゼロは最初から最後まで、私をずっと助けてくれたんだよ!!」

 

 精一杯心の内を叫んだ。彼女は知っている。ボロボロになっても、力を奪われても尚戦い抜いた少年の事を。感情が激した少女の瞳に光るものが見える。アルフも続いていた。

 

「ゼロのお陰でフェイトは笑えるようになったんだよ! ゼロは無力なんかじゃ無いっ!!」

 

 2人の真摯な言葉をぶつけられ、明らかに欠 片ゼロは動揺したようだった。だがそれを否定するように激しく頭を振る。

 

『嘘っぱちだ! 俺にそんな事が出来る訳がねえっ!!』

 

 頑なに信じようとはしなかった。自分が嫌いなのだろう。駄々っ子のような欠片ゼロに、シグナムが叱り付けるように叫ぶ。

 

「嘘などでは無いっ! お前が歩んで来た道の確かな証だ!」

 

『黙りやがれえええぇっ!!』

 

 欠片ゼロは喚き散らし、再びシグナムに襲い掛かった。凄まじい拳のラッシュ。赤熱化したパンチが唸りを上げるが、

 

『なっ!?』

 

 その拳はことごとく空を切っていた。シグナムは上体を逸らしただけで、攻撃の全てを避け切っていた。掠りもしない。

 今現在のゼロと暇さえ有れば手合わせして来た彼女にとって、修行もしていない欠片ゼロの攻撃は、パワーだけで避けるに容易いものだった。

 

『そ……そんな馬鹿な……!?』

 

「今のお前はこんなものでは無い……!」

 

 唖然として自分の拳を見る欠片ゼロに、シグナムは凛と呼び掛ける。

 

「聞けゼロッ! 主はやてが安らぎを与えてくださったように、お前は我らに本当の誇りをくれた。歴代のマスターの戦う道具でしかなかった我らに、本当の騎士の誇りをくれたのだ……」

 

 シグナムはひどく優しく微笑みを浮かべた。その瑠璃色の瞳から、一筋光るものが流れ落ちたように見えた。八神家に来てからの戦いが胸に去来する。

 心が磨り減るだけだった以前と違い、何と胸が熱くなる戦いばかりだった事か。それだけにシグナムも、欠片ゼロを黙って見ていられなかった。

 

「分かるか……? お前の戦う姿が……何の見返りも求めず、大義名分も関係無く人々を……命を守る為だけに戦うウルトラマン……お前の姿がいかに私の魂に響いたか……正直私はお前に羨望を覚えた……」

 

『俺に……?』

 

 まだ信じられないと言うように呟く欠片ゼロを、シグナムは真っ正面からしっかりと見据えた。

 

「私はずっと見て来た……お前は苦難を乗り越 え、人々を守る真の戦士となる為、足掻きながらも前に進もうとしている……これからも多くの命を救うだろう……」

 

『俺は……』

 

 欠片ゼロは自問するように呟き、動かない。 否、動けなかった。

 

「そうだ。本当のお前は只のゼロでは無いっ! ウルトラマン、ウルトラマンゼロだ!!」

 

 それは共に戦い、間近でゼロを見続けて来たシグナムの、掛け値なしの素直な想いだった。フェイトはそれだけゼロと共に戦って来たシグナムが、正直少し羨ましかった。

 

『お……俺は……?』

 

 混乱する欠片ゼロに向かい、シグナムは業火の剣と成したレヴァンティンを向ける。

 

「お前の悪夢、今我らが終わらせてやろう! テスタロッサ! アルフ!」

 

「はいっ! ゼロ今目を覚ましてあげる!」

 

「はいよっ!!」

 

 フェイトは『バルディッシュ』を、身の丈より巨大な『ザンバーフォーム』に変型させて振りかぶり魔力を集中させる。

 アルフは心得たと拘束魔法バインドを繰り出した。リング状態の拘束が欠片ゼロをがんじがらめに縛り付ける。

 

「長くは保たないよ!」

 

 欠片ゼロは全身に力を込め、バインドを引き千切ろうとする。拘束リングがギリギリと軋んだ。流石にパワーは並外れている。

 だがその隙を見逃さず、白き女騎士と黒衣の魔法少女は、まっしぐらに空を翔けた。

 

「眠れかつてのゼロッ! 紫電、一閃っ!!」

 

「ごめんねゼロ……疾風迅雷! ジェット・ザンバアアァァッ!!」

 

 炎の魔剣と電光の大剣が、同時に欠片ゼロのボディーを見事に捉えていた。

 

『グアアアアアアアァァァッ!!』

 

 渾身の斬撃を浴び、絶叫する欠片ゼロの身体が宙を舞う。テクターギアが粉々に砕け散り、見慣れたウルトラマンゼロの、銀色の素顔が露になった。

 辛うじて制動を掛け空中で停止したものの、胸を押さえてガクリと頭を落とす。最早戦闘不能なのは明らかだ。すると、よろめくその身体が淡い光を放ち始めた。

 

『そうか……俺は……俺の記憶の一部……』

 

 欠片ゼロは光となって拡散して行く自分の手を見て、得心して呟いた。3人にはその厳つい顔が、晴れ晴れとしたものに見えた。欠片ゼロは拡散しながら、改めてシグナム達を見回す。

 

『……今の俺は守れているのか……?』

 

「ああ……この世界……数多の世界で多くの人々 を、命を救っている……」

 

「これからも、きっとそうだよ……」

 

「アタシらが保証するよ」

 

 シグナムとフェイト、アルフの温かい言葉に、欠片ゼロはゆっくりと頷いた。

 

『そうか……今の俺は、色んな人達に助けられているんだな……』

 

 彼女達の言葉から、それを感じ取ったのだろう。独りだったなら、こんな真摯に呼び掛けてくれる者など居ない。シグナムは頼もしく頷いた。

 

「もしお前がまた間違えそうになったら、我らが必ず止めてやろう……今のようにな……」

 

 並みの男より男らしい言葉に、欠片ゼロは苦笑したように見えた。

 

『ありがとよ……あんたらが居てくれれば俺は大丈夫だな……今の俺に伝えてくれ……皆を大切に……頑張れよってなってな……』

 

 そう言い残すと欠片ゼロは、光の粒子となって蛍火のように虚空に消え失せた。後には何も残っていない。シグナムは欠片ゼロが消えた空を、まだ見詰めているフェイトの肩を叩いた。

 

「失望したか……? ゼロが思ったより未熟で不完全で……」

 

 問い掛けにフェイトは振り向くと、ふわりと微笑んで首を横に振って見せた。

 

「いえ……そんな事無いです……何か嬉しくなりました……ゼロも私達と同じなんだなって……」

 

 あれだけ言えなかったゼロの呼び名を、すんなり口に出来るようになっていた。

 

「そうか……」

 

 シグナムはその返事に微苦笑を浮かべると、今度は澄まし顔になる。目が少々悪戯っぽい。

 

「だが、今の言葉をゼロ本人には言うなよ……? 照れ過ぎるとどうしようも無くなって、3日は使い物にならんからな……」

 

「そうなんですか……?」

 

 真面目くさった顔で冗談? を言うシグナムにフェイトは吹き出しそうになった。烈火の騎士は苦笑し、

 

「まあ……それはともかく、今の状況を早く止めないと大変な事になりそうだ……『アーマードダークネス』なる物の事も気に掛かる。急ぐぞ!」

 

「はいっ!」

 

「はいよっ!」

 

 3人は欠片ゼロの消滅と共に消えて行く結界を抜け、次の魔力反応へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「ぶい~っくしょんっっ!」

 

 ゼロは一発派手なくしゃみをかましていた。日も完全に傾き、街灯が照らす街を行き交う人々の一部の視線が、一瞬だけ少年に注がれる。

 

「どうしたゼロ……風邪か……?」

 

 先頭を歩いている筋骨粒々の青年、ザフィーラが振り向いて声を掛けた。

 

「いや……何か、ひどくこっ恥ずかしい事を、誰かに言われた気がしてな……」

 

 ゼロは鼻を擦りながら首を傾げた。ザフィーラは意味が分からず微妙な表情をするが、再び探索に集中する。無論2人共連絡を受け、買い出しを中断して魔力反応を追っている所である。

 ゼロも超感覚を駆使し、異常を探るのを再開しようとした時だ。人混みの中に見慣れた姿を見付けた。

 

「ん……? はやて……?」

 

 見るとはやてらしき紫系のコートを着た少女が、食い入るように店のショーウィンドを覗き込んでいる。ゼロは何の気無しに近付いていた。

 

 

 

「ふむ……」

 

 はやてでは無く『闇統べる王』こと『ロード・ディアーチェ』は、真剣な顔でショーウィンドの中のものを見詰めていた。すると……

 

「どーした? これ欲しいのか?」

 

「いや……我は別にいいのだが、あの2人が欲しがると思ってな……」

 

 ごく自然に話し掛けられ、釣られて応えてい た。うっかり乗ってしまったディアーチェはハッとする。

 振り向いた彼女の目に、つり目気味の少年が立っているのが映った。此方が見ていたショーウィンドの中を、同じく覗き込んでいる。

 ディアーチェの目が大きく見開かれ、見る見る内に真っ赤になる。非常に不味い所を見られた。そんな感じである。

 

「きききっ、貴様はウルトラマンゼロォッ!?」

 

「何を今さら……どうしたはやて?」

 

 まだはやてだと思い込んでいるゼロの後ろから、ザフィーラの鋭い声が飛んだ。

 

「ゼロッ、そいつは主では無いっ! 車椅子に乗っていないだろう!!」

 

「へっ……? あっ、そう言えば……」

 

 お約束で一度は間違えた(はやてが知ったら、流石に怒られそうである)ゼロは、改めて目の前の少女を確認しようとすると、不意に辺りの景色が色を無くした。

 人でごった返していたアーケード街から人の姿が消え、瞬く間に無人のゴーストタウンと化す。ディアーチェが結界を張り巡らしたのだ。

 

「ハァッハッハッハアッ!」

 

 ゼロが気を取られた隙に、ディアーチェは高笑いしながら高く跳躍していた。宙を跳ぶ彼女の身体を、はやてのものと色違いの同型騎士服が包み、6枚の暗紫の翼が広げられる。

 ディアーチェは『シュベルトクロイツ』と同型の杖に『夜天の魔導書』と似た本を携えて街灯の上に飛び乗ると、ゼロとザフィーラを傲然と見下ろした。

 

「フフフ……小手調べのつもりだったが、よくぞ見破った塵芥(ちりあくた)!」

 

 不適に笑う。とても偉そうだ。しかしゼロは胡散臭そうにディアーチェを見上げた。

 

「それにしちゃあ、妙にビックリしてなかったか……? それにさっき見ていたあれ……」

 

「たわけが! 我が言っておるのだから間違い無いわぁっ! 頭が高い! それとさっきの事は忘れんかあっ!!」

 

 ディアーチェはゼロの言葉を慌てて遮って否定する。ゼロはそうは思えない。どう考えても誤魔化そうとしているとしか……釈然としないが取り敢えず聞いてみる。

 

「お前は誰だ……? 何ではやてとそっくりなんだ?」

 

 何時もならもっと乱暴な口調で怒鳴り付けてやる所だが、はやてと瓜二つの少女相手ではどうも調子が出ない。

 

「ひれ伏すがよい塵芥! 我は闇統べる王、ロード・ディアーチェ! 紫天の王にして、この世に闇をもたらす者よ!!」

 

 不遜な笑みを浮かべるディアーチェに、ザフィーラは拳を握り締めていた。

 

「この気配……貴様『闇の書の闇』の構造体 か……? 主の姿と能力を元に、実体を持ったと言う事なのか……?」

 

「フフフ……その通り……実体を持ったからには、この世全ては血と破壊の闇に呑み込まれのだ。ハァッハッハッハアッ!!」

 

 ディアーチェは得意気に嗤うのだが、どうもゼロにははやてが厨2病に罹かったようで、何とも反応し辛い。気は進まなかったが、

 

「え~とだな……そーいう訳にも行かねえんだ……諦めろ」

 

「王たる我に指図する気か小僧っ!」

 

「小僧って……お前より俺の方が絶対年上だぞ?」

 

「うっ、煩いっ! お前とは何だ、この無礼 者ぉっ!」

 

 やり取りがどんどん底レベルになって行く。ザフィーラはちょっと頭が痛くなった。

 頭に来たディアーチェは、憤りをぶつけようと、杖エルシニア・クロイツを掲げた時、思念通話が入った。

 

《この場は退け、闇統べる王……我が手を貸そう……》

 

 はやてと言うより、ディアーチェをそのまま大人にしたような、あの女からだった。

 

《無用だ! 王である我に、敵に背を向けよと抜かしおるか!?》

 

《今の状況で本気で勝てると思う程愚かならば、我は構わんが……?》

 

 冷静に指摘され、ディアーチェはきつく奥歯を噛み締めた。不味い所を見られて、少々頭に血が昇っていたと自覚する。

 此処でやられては意味が無い。正面からやり合うのは戦力を整えてからだ。ディアーチェはそう判断を下し、自分を納得させた。

 

「決着は次だウルトラマンゼロッ! 闇の真髄を見よ『インフェルノ』!」

 

 掲げたエルシニア・クロイツから、闇色の魔力弾が次々に放たれ2人を襲う。

 

「ちいっ!?」

 

 ゼロとザフィーラはとっさに飛び退いて攻撃をかわす。魔力弾は周囲に着弾し、建物が吹っ飛んだ。砕けたガラスが飛び散り爆煙が立ち込める。

 それを目眩ましに、ディアーチェは空に飛び上がりこの場から離脱する。

 

「逃がさん……!」

 

 ザフィーラは後を追おうと飛び出し、ゼロは変身しようと、内ポケットから『ウルトラゼロアイ』を取り出した。

 

「むっ……?」

 

 飛び上がろうとしたザフィーラの前に、数十個もの光が現れた。光の塊は集合して1つの大きな塊となると、人の形を取って行く。

 

「何だあ? あいつは!?」

 

 ゼロは出現した者を見て驚いた。それは一見ザフィーラの特徴を備えた者だった。しかし大きい。身の丈が3メートルを優に超えている。

 同じような蒼い騎士服を纏ってはいるが、瘤のように盛り上がった筋肉の塊のような躰は、濃い獣毛で覆われていた。

 顔に至っては、狼と人間が混じり合ったような奇怪な風貌をしている。獣人狼男。そんな形容が相応しい姿だった。

 

「まさか、ザフィーラの思念体かぁっ!?」

 

 あまりの違いに、ゼロはビックリしてしまう。ザフィーラは異形の獣人を冷静に観察した。

 

「恐らく……俺の記憶から再生した欠片が、何らかの要因で1つに集合したようだ……」

 

「よし、なら俺も!」

 

 加勢しようとゼロアイを装着しようとするゼロだが、ザフィーラはそれを止めた。

 

「こいつの相手は俺がする……ゼロは奴を追 え!」

 

 ゼロは守護の獣の横顔に、激しい闘志を感じ取る。かつての自分の集合体。自らが決着を着けけなければと思ったのだろう。

 

「判った……此処は任せたぜ!」

 

 ザフィーラの心中を察したゼロは頷くと、猛然と走り出した。ウルトラゼロアイを両眼に装着する。

 

「デュワッ!」

 

 目映い光に包まれて、ウルトラマン形態となったゼロは、ディアーチェを追って空に飛び上がった。それを確認したザフィーラは、鋭い牙を剥き出す欠片ザフィーラに拳を構える。

 

「来いっ!」

 

 魔獣は餓えた獣のように低い唸り声を上げた。直ぐに襲って来るかと思いきや、自らの鋭い爪の生えた手を見詰める。

 

「……カ……渇キガ……止まラン……コノ牙ガ…… コの爪ガ……血ヲ欲ッシテいル……!」

 

 歪に変形した口のせいで上手く喋れないのか、ぐもった声で物騒な事を口にしている。

 

(遥か昔の自分の集合体か……それとも我が身に潜む獣の本能か……? いずれにせよ!)

 

 ザフィーラは全身の無駄な力を抜き、ゆっくりと呼吸を相手に合わせた。向こうはかつての自分自身、出方は判っているつもりだ。欠片ザフィーラは目前の本当の自分を、凶暴な濁った瞳で睨む。

 

「ダ……誰ダお前ハ……っ!? 俺ハ何故……此処ニ居る……!? オ前ノ存在は……不快……不快ダ! 死ネエィッ! テオオオオオッ!!」

 

 狂ったように咆哮し、魔獣は鋭い爪を振り上げ襲い掛かって来た。ザフィーラは横に飛び退いて鉈のような爪をかわすが、

 

「速い……!? グッ!」

 

 かわした筈の爪が肩を浅く抉っていた。凄まじいスピードだ。明らかに基本スペックはザフィーラを遥かに上回っているようだ。

 複数の欠片が集まる事により、戦闘力が飛躍的にアップしたらしい。つまり多数の自分自身と戦うのと同じなのだ。

 

「死ネ……! 死ネェッ! 死ネエエエッ!!」

 

 牙を剥く欠片ザフィーラの足元に、魔方陣が浮き上がる。同時に無数の巨大な刃がアスファルトを突き破ってザフィーラを襲う。『鋼の軛』

 規模も威力も本家より遥かに上だ。逃げ場は完全に塞がれている。四方から迫る死の包囲陣。

 

「ウオオオオオオッ!!」

 

 ザフィーラの雄叫びが響く。鋭い回し蹴りに、刃は彼の体に触れる前に粉々に砕かれていた。破片が飛び散る中、ザフィーラは弾丸の如く飛び出し、魔獣の顔面に痛烈な蹴りを叩き込む。『牙獣走破』

 

「ゲハアアアァッ!?」

 

 牙が数本へし折れ、欠片ザフィーラは苦痛の声を上げた。しかし構わず凶暴な爪を繰り出し、ザフィーラを引き裂かんとする。

 守護の獣は怯まない。ギリギリのタイミングで爪の攻撃をかわすと、がら空きになった腕の付け根に拳の一撃を打ち込んだ。

 流石に欠片ザフィーラは怯み後退する。肩を押さえ、血走った眼をザフィーラに向けた。

 

「バッ……馬鹿ナッ……!? 何故俺ノ魔導が通ジん!?」

 

 距離を取ったザフィーラは、静かに武骨な拳を翳す。

 

「真の主の元……ウルトラマンゼロと共に、守る為の拳を数々の悪鬼相手に振るい、ゲン殿に教えを受けている今の俺には、そんなものは通じん!」

 

 今のザフィーラには、相手の攻撃をハッキリと見切る事が出来た。どんなにパワーやスピードが有っても、ゲンの技に比べればどうと言う事は無かった。

 無駄が多いのが分かる。明らかに自分がレベルアップしているのを、ザフィーラは強く感じた。

 

「認メん! 認メンゾオオオッ!!」

 

 逆上した魔獣は、魔力全てを集中して突進して来る。駐車車両や標識を蹴散らす様は、まるで暴走トラックだ。

 ザフィーラは避けず、真っ向から迎え撃つ。気迫を魔力を、己の全てを拳に込め、魔獣と化したかつての自分に向ける。

 

「何より守護獣として、この拳は確かな未来を守る為の拳! この拳が未来を拓き、心を守る事が出来る盾と為さん! 守護の拳受けてみろおおぉっ!!」

 

 ザフィーラの拳が炎と燃えた。空を切り裂き唸りを上げるその拳は、まるで『レオパンチ』 のようであった。

 拳が真っ正面から、降り下ろされる爪を拳ごと打ち砕き、深々とボディーに突き刺さる。瞬間爆発したような衝撃が魔獣の体内を駆け巡った。

 

「ガアアアアアアァァァァッ……!?」

 

 断末魔の叫びを上げ、欠片ザフィーラの巨体が吹き飛んだ。消滅するようにその躯が光の粒子となり闇に消えて行く。

 ザフィーラは手向(たむ)けのように、欠片が消えた場所に拳を掲げた。

 

「……戦う定めも……過去の自分にも背は向けん……この身を盾に守り抜く……過去の自分に誓おう……」

 

 消えたかつての自分達に向け、改めて誓いを新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

『クソッ、何処へ行った!?』

 

 ディアーチェを追うウルトラマンゼロは、商店街でその姿を見失ってしまい、辺りをキョロキョロ見渡した。

 その超感覚で行方を探る。右前方にビルの谷間を抜ける風切り音を捉えた。ディアーチェの飛行音だろう。

 

『そこか!』

 

 先回りして捕まえようと、ビルをグルリと回り込む。予想通りディアーチェの姿を見付けた。

 

(やり辛えが……まずは捕まえてみないとな……)

 

 ゼロがタイミングを計って飛び出そうとした時だ。

 

『待て……!』

 

 聞き慣れた声が聞こえ、何者かがその前に立ち塞がった。手を翳して、ゼロの行く手をを阻む。

 

『師匠っ! ウルトラマンレオッ!?』

 

 ゼロの前に突如出現した超人。獅子の鬣(たてがみ)を思わせる雄々しい風貌をした真紅の戦士。 『ウルトラマンレオ』であった。

 

 

 

つづく




次回『泣くな!お前は男の子や』

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