夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第7話 赤い靴はいて…なかったねや ★

 

 

 ある午後の昼下がり『ウルトラマンゼロ』こと、モロボシ・ゼロはとても困っていた。

 

 今日はやては夕方まで検査があるので、その間の時間潰しにと何気なく散歩に出たのが運の尽き。ものの見事に、またしても道に迷ってしまったのである。

 

 只の方向音痴では……と言う声が聞こえて来そうだが、ゼロにも言い分はある。

 日常的に空を飛んで移動していた者が、ある日から地上を歩いてのみ移動しなければならなくなった。そんな奴がいきなりそんな状況に慣れろと言われても無理がある。

 

 以前『ラン』と融合していた時は『ジャン ボット』に乗って移動していたので、あまり不自由は感じなかったが、いざ飛行手段が無くなると非常に不便だ。どうしても飛んでいた時の癖が抜けず、目的地に向かうのに道に関係無く直進し、却って訳が解らなくなるのを何で責められようか! と思うゼロだが、はやてには生暖かく微笑まれた上、今の所賛同者は1人も居ない。

 

 そんなしょうもない事を考えながら歩いていてふと気付くと、まったく人気の無い廃業して放置された工場区画に入り込んでいた。

 

何処をどう歩いたら、こんな町外れの寂れた場所まで来れるのだろう。ここまで迷ってしまうと、いっそ見事だった。 しかし本人には笑い事では無い。最早自分がどの辺りに居るのかも定かではなく、道を訊ねようにもひとっこ1人見当たらない。

 

「だああああっ! やってられるか、ゴチャゴ チャしやがってえっ!!」

 

 ゼロは地団駄踏んで天を仰ぎ吼えた。ついに我慢の限界に達してブチキレたようだ。地面を蹴って猛然と走り出す。絶対に他人に見られない場所に向かう為である。

 

 頭に来たゼロは、変身して空を飛んで病院まで戻るつもりなのだ。思いっきり超能力の無駄遣いもいい所なのだが、ブチキレた頭にはそんな事知った事か! である。

 

 無闇にウルトラマンの力を使ってはいけないなどとは考えない。この辺まだまだ青いと言うか、ガキんちょである。

 走り回って上手い具合に、周りが高い塀に囲まれている廃棄物置き場だったらしい場所を見付けた。ヨッシャア! とばかりに飛び込み、内ポ ケットから『ウルトラゼロアイ』を取り出す。 装着しようと翳したゼロの前に、

 

「!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 金色のブローチのような物を掲げ、何かぶつぶつ言っている金髪の少女が立っていた。はやてやなのはと同い年位に見える。掲げたブローチから声が聞こえて来た気がしたが、玩具か何かだろう。

 ゼロは寸での所でゼロアイを止めた。まさかこんな所に人が居るとは思ってもみなかったので非常に焦る。

 

(あ……危ねえ~、危うく人前で変身する所だったぜ……)

 

 背中に変な汗をかいてしまったが、それでも最悪の事態は避けられたのでホッと胸を撫で下ろした。

 ただでさえ、正体バレた記録ぶっちぎりNo.1 の道をひた走る身としては、これ以上のポカは避けたい所である。

 

 ふと、目の前の少女も何故か危なかったと言うような表情をしている気がしたが、気のせいだと思い、これ幸いと道を訊ねてみる事にする。

 

「悪い……道を教えて貰いたいんだが……」

 

「……すいません……道を教えて欲しいんです が……」

 

 2人の声がダブっていた。どうやら少女の方も迷子だったらしい。それを悟ったゼロの表情が、捨てられた子犬のようになってしまってい た。

 

「ぷっ……」

 

 金髪の少女『フェイト・テスタロッサ』は整った顔に、寂しげな無表情を張り付けたまま、思わず吹き出してしまった。

 

 

 

 

 その日フェイト・テスタロッサは使い魔である、狼と少女2つの姿を持つ『アルフ』と共に 『ジュエルシード』の探索を続けていた。

 途中で効率を重視し2手に別れたまでは良かったのだが、この世界に来てまだ日が浅いフェイトは道が解らなくなってしまったのである。

 

 念話と言う魔法を介しての通信を使えばアルフは直ぐに駆け付けてくれるだろうが、迷子になった自分が少し恥ずかしく、このまま探索を続ける事にした。

 

 アルフとは精神がリンクしているので、その内合流出来るだろう。そう判断し、人気の無い廃工場に入る。

 人口知能搭載で会話も可能なインテリジェン スデバイス『バルディッシュ』を起動させ、探索を再開しようとした時、少年が凄い勢いで駆け込んで来た。

 

 その少年が妙な眼鏡を取り出した所で眼が合った。フェイトより年上の彼は、ひどくギョッとしたようだ。まるで絶対に見られてはいけない場面を見付けられたように。

 尤もそれはフェイトの方も同じで、危うくバリアジャケットを纏うのを見られてしまう所だった。それに比べれば少年の方は大した事では無いだろうと彼女は思う。

 

 犯罪者? それで自分が居た事に驚いたのかと思ったが、フェイトは少年に悪意のようなものは感じなかった。少々目付きが鋭いなと思った位である。

 

(……誰も居ないと思った所に私が居たから…… 驚いただけか……)

 

 フェイトはそう判断した。今まで限られた人間以外とはほとんど接した事が無い彼女には、 この状況はかなり気詰まりだった。

 そこで誤魔化す意味も含め、道でも聞いて早くこの場から離れようと思い、

 

「……すいません……道を教えて欲しいんです が……」

 

「悪い……道を教えて貰いたいんだが……?」

 

…見事に2人の言葉がハモった。どうやら少年も迷子だったらしい。その事と迷子の子犬のように途方に暮れた表情をする少年に、不覚にもフェイトは吹き出してしまった。

 

 

 フェイトは真っ赤になってしまった。頭から湯気でも出そうである。初対面の相手を笑ってしまったからだ。

 根が真面目な彼女はどうしたらいいか解らず、意味不明なポーズを取りアタフタしてしまう。中々愉快な光景だったが、もうこの場所に居る事に耐えられない。

 

「ごっ、ごめんなさいっ、し、失礼しましたっ」

 

 ツインテールを振り乱し頭を下げると、きびすを返して後も見ずに駆け出したが……

 

(えっ……?)

 

 力を入れた筈の膝は、彼女の指令に応えず力無くカクンッと曲がり、そのまま地面にへたり込んでしまった。脚に力が入らない。

 

「……な、何……?」

 

 フェイトは身体の不調に焦った。此方の世界 にやって来てから彼女はほとんど休まずに 『ジュエルシード』の探索を続けて来た。食事もろくに採っていない。気持ちに余裕が無いからだ。

 

 少しでも早く『ジュエルシード』を集めたいフェイトは、今日も体力を消耗する『探索魔 法』を連続して使っており、消耗した所に急に 走り出したせいで脚に来てしまったのだ。

 

(探索魔法の使い過ぎ……? こんな事じゃ母さんに逢わせる顔が……)

 

 フェイトは自分の不甲斐なさを呪うが、もう少し回復するまで立ち上がれそうにない。 無理をし過ぎてしまったのである。

 

「おい、お前、大丈夫かよ!?」

 

 心配したゼロが駆け寄って来た。フェイトは焦り、

 

「だ……大丈夫です……何でも有りません……」

 

 平気な風を装おうとするが、地面にへたり込んだままでは説得力はまったく無い。ゼロは呆れてフェイトを見下ろし、

 

「何言ってやがる? 全然大丈夫には見えねえ よ……お前顔色悪いな……ちゃんと飯食ってるのかよ?」

 

 そう言いながらゼロは彼女をひょいと抱え上 げた。子犬を抱き上げるかのように軽々とである。

 

「えっ……? あの……」

 

 フェイトは一瞬自分がどうなったのか解らな かった。少し間を開けてようやく気付く。自分がお姫様抱っこと言うヤツをされている事に。 彼女の顔が恥ずかしさで赤くなっていた。

 

「あの……降ろして下さい……」

 

「いいから無理すんな……」

 

 フェイトは身を縮こませて頼むが、ゼロは軽く流して彼女を運び、手頃な場所を見付けると座らせてやる。

 

「ちょっと見せてみな?」

 

「えっ……?」

 

 ゼロは言うなり、返事も待たず少女の手を取った。フェイトはさっきからどう反応したらいいのか解らない。

 そんな彼女の反応はお構い無しに、ゼロは握った手から相手の体調を超感覚でチェックする。その結果に眉間に皺を寄せ、

 

「お前……疲れ過ぎだぞ……飯もろくに食ってないだろう? 貧血気味でもあるな……このままだと身体壊すぞ?」

 

「は、はあ……」

 

 フェイトは有無を言わせぬ忠告に神妙に頷くしか無い。本人も判ってはいるのだが、張り詰めた今の状況では食欲も湧かず、探索では無理を重ねてしまう。悪循環であった。

 

 そんな事をつらつら考えていたフェイトの手に、ゼロがもう片方の手を添え両手で包み込んだ。

 

「……あのう……?」

 

 意味が解らず首を傾げるフェイトにゼロは、真剣な表情を向け、

 

「今から呪いを掛けてやろう……」

 

 いきなりとんでもない事を言い出した。え えーっ!? とフェイトは青くなってしまう。

 話すだけならある程度日本語は判るが、万全では無いので、バルディッシュの翻訳機能を使っているのだが、誤変換では無いようである。 するとゼロは、はて……? と首を傾げ、

 

「ああ、悪い間違えた……元気の出るおまじないってヤツだ。日本語は微妙な使い方の言葉が結構あっからな……」

 

 真逆の間違いに気付いて、照れ隠しでぶっきらぼうに訂正しておく。それならフェイトにも判る。どうやらこの人も此処に慣れてないらしいと思った。

 

 気を取り直したゼロは、目を瞑ると無言にな る。フェイトは何だか解らない。この世界に基本魔法は存在しない筈なのは判っているので、マッサージでもするのだろか? と思っていると……

 

(あ……?)

 

 フェイトは自分の身体の中に、優しく温かいものが流れ込むのを感じた。

 

(……何だろう……? とても温かい……魔法とは違う……?)

 

 まるで温かな光が身体に満ちて来るような感覚だった。ひどく気持ちが安らぐ。穏やかな日溜まりでまどろんでいる気がした。

 

 魔法にも治癒魔法の類いは有るが、ゼロのそれは別物である。自分の生命エネルギーを相手に送り、生体活動を活性化させるものだ。 以前『ウルトラマン80』が使用して、重傷の生徒を救った『メディカルパワー』の縮小版と言った所である。

 

 はやての回復の助けになればと、人間体でも使えるように練習し、何とかここまでものに出来たのだ。お陰で疲弊していたフェイトの身体は元気を取り戻して行く。

 

(……力が湧いて来る……何故……? この世界の何かの治療……? この人は何者だろ う……?)

 

 フェイトは初めての感覚と不思議な治療に戸惑いながらも、心地好い安らぎを感じていた。身体の復調リラックス、この効果で当然復活する自然の欲求は仕方の無い事である。

 

ぐう~っ

 

 見事に彼女の可愛らしいお腹の虫が鳴り響いた。

 

「!?」

 

 フェイトの顔色が今日1番で真っ赤になる。 耳まで真っ赤になっていた。さっきから恥ずかしい所ばかり見られてしまっている。もう消え入りたいような気持ちであったが、

 

「良し! いい音だ。後はしっかり飯食うんだぞ?」

 

 ゼロは握っていた彼女の手をポンッと叩いて笑う。その屈託の無い表情を見てフェイトは何だかホッとし、恥ずかしさも気にならなくなった。

 

(……不思議な人……)

 

 フェイトがそう思った時である。ゼロの後方から高速で迫り来る影が在った。

 

「フェイトォォォォォッ!!」

 

 怒りに燃え盛る声を発し、その影は有り得ない速度で疾走して来たかと思うと、その勢いで強烈なドロップキックをゼロ目掛けて放って来た。

 

 気付いたゼロは咄嗟に避けようとしたが、避けるとこの子に当たると思い、結局尻にモロに食らってしまった。

 

「おわあっ!?」

 

 衝撃で数メートルはぶっ飛ばされてしまう が、ゼロは尻を押さえながらも素早く起き上がった。

 

「てめえ! いきなり何しやがる!?」

 

「うるさい、それは此方の台詞だよ! アンタフェイトに何をした!? 変質者ってヤツだね! 只じゃ置かないよ!!」

 

 怒りに燃える瞳でゼロを睨み付けるのは、肉感的な身体に露出の多い服を着た、野性味溢れる16歳程の少女だった。 彼女の名は『アルフ』少女と獣、2つの姿を 持つフェイトの使い魔である。

 

 どうやらゼロが、フェイトに良からぬ事をしていると勘違いしたらしい。対してゼロは一瞬変質者の意味が解らなかったが、雑誌やテレビなどで見たのを思い出し、

 

「ふ……ふざけんな! だ、誰が変質者だ!? 俺は下半身裸じゃねえぞ!!」

 

 それも変質者には違いないが、微妙にハズレだ。その言葉を聞いたアルフは更に誤解を深め、顔を怒りで真っ赤にする。それは無理も無い。立派なセクハラ発言である。

 

「かっ、下半身……裸って……殺す!!」

 

 使い魔の少女は、牙のような犬歯を剥き出し拳を構えた。一触即発状態だ。その時フェイトが間に割って入っていた。

 

「アルフ駄目……! 勘違いしないで……この人は私を介抱してくれてただけだよ……」

 

「えっ……?」

 

 フェイトの言葉に目を丸くするアルフだった。

 

 

「ごめんよ! 本当に、ごめん!」

 

 アルフは地面に頭がぶつかりそうな勢いで頭を下げて来た。経緯を聞いた彼女は反省しきりである。

 主を助けてくれて人物に、問答無用でドロップキックをかました上に変質者呼ばわり、申し訳無さすぎて頭を上げられないアルフだった。

 

 散々なゼロであったが潔く謝られ、アルフが本当にフェイトの事を心配しての行動なのは判ったので許す事にする。尻は痛かったが。2 人で仲睦まじく話すのを見て、姉妹か何かだろうと思った。

 

 フェイトとアルフは何度も頭を下げてお詫びをし、ゼロは気にするなと宥め2人と別れを告げる。まだ頭を下げているフェイト達に背を向けた所で、まだ道に迷ったままだったのを思い出した。

 

(あのドロップキック女なら、道知ってるか……?)

 

 振り向くとドロップキック女ことアルフが、路上にへたり込んで情けない声を出している所だった。此方には2人共まだ気付いていない。

 

「フェイトォ……駆けずり回って、もう限界だ よ~、何か食べて帰ろうよ……」

 

 ゼロはその様子を見て、彼女も無理をして来たのが何と無く判った。

 

(お前もその子と同じか……しっかり食うんだ ぞ……)

 

 心の中でエールを送る。フェイトは少し可笑しそうにすると、へたり込んでいるアルフに手を貸そうと手を伸ばす。

 

「……そうだね……何か食べて帰ろうか……」

 

「本当かい!?」

 

 アルフは意外そうな顔をするものの、嬉しそうに立ち上がった。食べ物と聴くと元気が湧いて来るタイプのようだ。

 

「珍しいねフェイトがそんな事言うなんて…… 良し! 何か美味しい物を食べよう!」

 

 勢い込んで手をポケットに突っ込んで財布を探るアルフだったが、如何にもしまった! と言う表情を浮かべた。

 

「ごめんよフェイト……お財布忘れて来たみた い……フェイトはお金持って来てるかい?」

 

「ごめん……私も今日は持って来て無いよ……」

 

 首を横に振るフェイトに、アルフはガックリと肩を落とした。その時タイミング良く。

 

グググ~ッ!

 

ぐう~っ

 

 フェイトとアルフのお腹の音が見事にユニゾンした。2人共気不味そうに顔を見合わせる。見兼ねたゼロはツカツカと歩み寄っていた。

 

「オイ2人共、袖すりすりするのも何かの縁て言うからな……着いて来な、飯ぐらい奢ってやるよ」

 

 微妙に間違ったことわざで声を掛けた。フェイトとアルフは戻って来たゼロの言葉に戸惑っている。特にアルフは申し訳無さそうに上目使いでゼロを見上げ、

 

「そんな……悪いじゃないか……アタシにあんな事されたのにさ……」

 

 まだ気にしている。ゼロは肩を竦めて苦笑し、

 

「困っている奴は普通助けるものだろ? 特に人間はそうだろう……? 当たり前の事だ。気にする事はねえよ……」

 

 ゼロははやての事を想う。途方に暮れていた自分に手を差し伸べてくれた優しい少女を。彼女から貰ったものは誰かに分けるべきだ。

 それが人の営みや繋がりと言う、人間を構成するのに必要不可欠なものだとゼロはそう思って いる。

 

「取って置きの店に連れてってやるよ、さあ行 くぜ!」

 

 拳を掲げ勢い良く2人を促した。フェイトとアルフは、ゼロの強引さと負い目とで押し切られ着いて行く事にする。

 空腹も後押しした。 意気揚々と工場跡から出ようとするゼロだったが、不意に2人に振り返り、

 

「で……此処は何処か知ってるか……?」

 

 と照れ臭そうに頭を掻いた。フェイトとアルフは心の中で、

 

(色々残念だ……)

 

 思ったとか思わなかったとか……

 

 

 

つづく

 

 

 




次回『ミロガンダが秘密や』取り敢えずお話が動く所までは纏めて投稿しようと思います。と言っても後3話くらいですが。

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