夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第72話 欠片無法地帯や

 

 

 

 

 『それ』は闇の奥深くに閉じ籠っていた。誰にも関わらず触れず、全てから自分を遠ざける為に……

 

 『それ』は永遠にこのままで居るつもりだった。しかしある日突然閉じ籠る日々は終わりを告げてしまう。

 

 『それ』は深い眠りの中で恐れた。もし自分が完全に目覚めてしまったなら……

 『あの中』から吐き出された身は不安定だ。もし誰かが自分を目覚めさせようとしたら…… それは最も恐れる事だった。

 永久である『それ』は、自らを滅する事さえ出来ない。『それ』は願う。眠りの中で……

 

(お願い……私を放って置いて……)

 

 だがその願いを踏みにじるように、暗黒より再度復活せんとする、『それ』と同じく不滅の魔鎧装の気配は強まっていた……

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 人気の無い険しい森の中を進む、1人の僧侶の姿が在った。『ウルトラマンレオ』ことおおとりゲンである。

 下草や木の根が入り組んだ道なき道を、彼は平地を歩むが如く無造作に歩いていた。獣道である。常人ならまともに進む事も出来まい。何かを探るように感覚を研ぎ澄まし、黙々と歩いている。

 どれ程進んだ頃だろうか。鬱蒼と繁る木々に陽光が遮られた森の奥深く、ゲンは僅かな異常を感じて立ち止まった。

 

「やはり……」

 

 編み笠から覗く瞳が鋭い光を放つ。空間の綻びであった。ゆらゆらと陽炎のように、僅かに空間が揺らいでいるのが感じ取れる。それと同時にタイミング良く 『アースラ』から連絡が入った。エイミィからだ。

 

《おおとりさんの心配通りでした! 街中に無数の結界や魔力反応が次々と現れました! まるで溢れかえっているようです。やっぱり何者かが今まで反応をカモフラージュしていたみたいです!》

 

 アースラの観測機器で捉えた情報を伝える。 ゲンからの連絡を受け、今朝から張っていたのだ。次に空間モニターに映るクロノは、自らのデバイスを確認する。

 

《僕も今から下に降ります。今皆にも連絡している所ですから、おおとりさんも気を付けてください。誰かそちらにやりましょうか?》

 

 クロノの提案にゲンは少し考えた。

 

「そうだな……敵の出方次第では周りに被害が出る可能性がある……結界を張れる者を誰か寄越してくれるか……?」

 

《分かりました。ではユーノをそちらに向かわせます》

 

 向かわせるのはゲンの正体を知っている者が良い。ウルトラマンの事はアースラでも一部の者だけが知っている状況だ。ユーノなら適任であろう。

 

「ウム……頼む……君も気を付けてな……」

 

 通話を終えるとゲンは、森を音も無く駆け出した。生い茂る木々も獣道も苦にしない。その姿は疾風の如き速さとなり、一陣の風となって見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああぁぁっ!?」

 

 シャマルのあられもない悲鳴が響き渡った。なのはの『アクセルシューター』十数発が一斉に襲う。

 あられもないと言うと、色っぽい方面を想像しがちだが、本人にとっては洒落にならない状況である。

 桜色の魔力弾は、辺りの建物を巻き込んで破壊しながらシャマルを追尾する。滅茶苦茶であった。

 小型の竜巻状魔法障壁を張り、辛うじてアクセルシューターを弾く事に成功したシャマルは、爆煙を煙幕代わりに飛行魔法で距離を稼ぐと再度呼び掛けてみる。

 

「ちょっと、なのはちゃん? 一体どうしたの!?」

 

 しかしなのはは聞く耳持たんとばかりに『レ イジングハート』を構える。

 

「お話し聞かせて貰います!」

 

「ちょっ? それってお話しする態度じゃ ……」

 

 青くなるシャマルになのはは、問答無用とレイジングハートを砲撃形態バスターモードに変形させる。

 

「話を聞いてってばああぁぁっ!」

 

 言うが早いが躊躇なく砲撃魔法『ディバインバスター』をぶっ放した。

 

「きゃあっ!?」

 

 桜色の光の奔流が放たれ、周りの建物ごとシャマルは吹っ飛ばされた。華奢な身体が建物の破片と一緒に、木の葉のように宙を舞わされる。

 なのはは容赦しない。更に連続して砲撃を撃ち込んで来る。辺りの壁は根こそぎ吹っ飛び、家屋は崩れ酷い有り様になった。しかし、

 

「居ない!?」

 

 粉塵が晴れた後にシャマルの姿は無かった。 瓦礫に埋もれてもいない。なのはは油断なくデバイスを構え辺りを見回す。

 

「逃がしませんよおぉぉぉっ……出て来てくださあああいぃっ……! お話ししましょおおおおぉぉぉぉ……!」

 

 説得力ゼロな呼び掛けである。寸での所で逃れていたシャマルは、直ぐ近くの瓦礫の陰に身を隠していた。

 

(こ……怖いわ……)

 

 背中に嫌な汗を掻く。まるで自分がホラー映画の登場人物になったようでおぞ毛を震わせるが、そこである事に気付いた。

 

(おかしいわ……? 変なのは明らかだけど…… なのはちゃんの砲撃が何時もより弱いような……?)

 

 後方支援が主な担当のシャマルは、なのはの戦闘の様子も良く観察していた。参謀の役割も兼ねる彼女は、戦況を一歩離れた視点で分析する必要もある。

 シャマルが計測したなのはの戦闘力より、今のなのはは劣っているように見えたのだ。残念ながら本当に少しだが……

 

(偽物……? でもそれでも私より遥かに戦闘力は上ね……)

 

 シャマルは苦笑いを浮かべた。本物でも偽物でも、補助系の自分には荷が勝ちすぎる相手である。まともにぶつかり合っては勝ち目は薄い。

 

(とても見逃してくれそうには無いわね……)

 

 シャマルは思案する。街中に次々と発生している正体不明の結界に、様子がおかしいなのはの出現。早く皆と合流した方が良さそうである。

 

「でも、それにはまず、この場を切り抜けない と……」

 

 呟いた瞬間、直ぐ側を桜色の砲撃が貫いた。更に次々と次弾が撃ち込まれる。

 

「見付けました!」

 

 発見されてしまったのだ。なのはは砲撃を連射しながら、低空飛行で迫って来た。湖の騎士は慌てて物陰から飛び出す。そのまま低い高度を維持し、建物の間をぬってなのはの追撃から逃れようとする。

 

(幸いこの辺りは家のご近所、地の利はこっちに有る!)

 

 シャマルは後方から迫るなのはに一瞬視線をやり、普段は穏やかな表情を引き締める。スピードを上げると、低空で近場の細い路地に飛び込んだ。直後に先程居た場所が砲撃で吹き飛ばされた。間一髪である。

 

「待ってくださあああいいいぃぃぃっ!」

 

 路地をアクロバットさながらに飛行するシャマルの背後から、何時も通りのなのはの声が聞こえる。だが何時もと同じ調子なのが却って恐ろしい。

 更になのはの飛行速度は速い。じりじりと距離を詰められつつあった。

 

(火力も速度も、防御も向こうの方が遥かに上……私が勝っているのは地の利と探知能力、それと経験くらいね……なら!)

 

 シャマルは気を抜いたら激突しそうな速度で路地間を飛び、なのはを引っ張り回す。命懸けの鬼ごっこだ。

 湖の騎士は、入り組んだ路地を出鱈目に飛び回る。彼方の路地に飛び込んだかと思うと、次に逆戻りするといった具合にまるで法則性が無いように見えた。

 

「チョロチョロと……」

 

 なのはは苛立って後を追う。するといきなり横の路地からシャマルが飛び出して来た。不意打ちを狙ったようだ。繰り出された『クラール・ヴィント』のペンダルワイヤーが絡み付こうとするが、

 

「こんな物ぉぉっ!」

 

 なのははアクセルシューターを射出し、ワイヤーを吹き飛ばす。シャマルの攻撃は僅かにジャケットを掠っただけに終わってしまった。

 不意打ちに失敗したと見るや、シャマルは全力で逃げに入る。追い付かれそうになると、足止めに再び竜巻状の防御魔法を繰り出して時間稼ぎを試みるが、なのはは物もとせず追って来る。

 シャマルは反撃を諦めたのか、ひたすら細い路地を逃げ続ける。地の利を生かして撒こうとしているのか。その後を白い砲撃魔が執拗に追う。

 

「逃がしません……!」

 

 なのはは再びアクセルシューターを放つ。辺り構わずの砲撃だ。

 

「あうっ!?」

 

 シャマルを追う桜色の魔力弾。ギリギリで避けたところで、塀に炸裂した砲撃が爆発し破片が彼女を直撃する。

 衝撃で失速し地面に激突しそうになったシャマルは、何とか踏ん張り持ち堪えた。騎士服の裾が地面を擦る。

 

「しぶとい……それなら!」

 

 なのはは険しい表情を浮かべると、追うのを止め地面に降り立った。

 

 

 

 

 

(追って来ない? 諦めたの?)

 

 シャマルはそれに気付きホッと一息吐こうとした。だが安心するのは早かった。突如轟音が響き渡り、目前の塀が吹き飛んだ。反応する間も無かった。

 

「ああっ!?」

 

 桜色の狂暴な光の奔流が襲う。シャマルは瓦礫と共に吹き飛ばされ、塀に背中から叩き付けられてしまった。

 

「ゲホゲホッ!」

 

 息が詰まる。肺の中の空気を、根こそぎ吐き出してしまったかのようだ。噎せて路面に踞るシャマルの前の塀には、大きな穴が穿たれていた。

 間の家屋や塀を一直線にぶち抜いて、向こう側が覗いている。其処にデバイスを構えて仁王立ちの白い少女の姿。

 業を煮やしたなのはが、ディバインバスターで間の障害物ごとシャマルを狙い撃ちしたのだ。 恐ろしく強引で力押しのやり方だが、それが功をそうしシャマルを捉える事が出来たのだ。

 自らが作った破壊孔から、なのはがユラリと獲物に近寄って行く。シャマルはまだ動けない。踞ったまま苦しそうに顔を上げた。

 

「……もう逃げられませんよ……? さあ……お話ししましょう……」

 

 なのははそう言いつつ、レイジングハートをシャマルの頭に突き付ける。言葉とは真逆に、ゼロ距離から砲撃を放つつもりらしい。すると湖の騎士はため息を吐いた。

 

「はあ……やっぱりあなた、なのはちゃんじゃ無いわね……? あの子は優しい子だから、こんな酷い真似はしないもの……」

 

「私は高町なのはです! 酷いのはどっちです か!? いきなり襲って来ておいて! 観念してください!!」

 

 なのははやはり聞く耳持たない。突き付けたレイジングハートに光が集中する。だがシャマルは恐れず顔を上げると、得体の知れない少女を見据えた。

 

「確かにあなたが本物でも偽物でも、まともに戦ったら私に勝ち目は無いわ……」

 

「やっとお話ししてくれる気になりました……?」

 

 無邪気な笑みを浮かべるなのはに、シャマルは静かに首を振って見せる。

 

「なのはちゃんの戦い方は、魔法を覚えてからまだ日が浅いせいもあり、力押しの傾向がある……あなたも同じだったわ……」

 

「何を……?」

 

 訝しげに眉をひそめた瞬間、なのはは身体に違和感を感じ辺りを見回した。

 

「こっ、これは!?」

 

 突然なのはに、細長い鋼線が一斉に巻き付いた。まるで蜘蛛の糸に捕らわれたようにがんじがらめにされる。丁度この路地を中心に、塀や電柱に鋼線が蜘蛛の巣のように張り巡らされていたのだ。

 

「クラール・ヴィントの結界……気付かれないように、少しずつ作り上げていたのよ……」

 

 路地を出鱈目に逃げ回ると見せ掛けて同じ場所を回って結界を作り上げ、この場所に誘導するのがシャマルの狙いだったのだ。

 この路地は一見入り組んで見えるが、輪になっている箇所が幾つかある。それを利用し逃げると見せ掛け、誘い込む事に成功したのだ。

 クラール・ヴィントの限界距離を測ってのギリギリの戦法である。補助系と言えど、今までの経験は伊達では無いのだ。

 

「これくらい何でも有りません!」

 

 なのはは縛られた体勢から魔力弾を精製し、ワイヤーの結界を破ろうとする。誘導弾が鋼線を切断す る。このままでは逃げられる。だがシャマルは動かない。

 

「あなたの火力では私を倒せませんよ!」

 

 なのはは次々とワイヤーを切断しながらにこやかに笑う。確かにシャマルの攻撃ではなのはの硬い防御を抜けない。

 

「それはどうかしら?」

 

 シャマルは前面に暗緑色のゲートを展開させた。彼女の転移魔法『旅の鏡』だが、なのはは嗤う。

 

「今それは通用しませんよ! 弱点はとっくに判ってるんです!」

 

 旅の鏡は決して万能では無い。ゼロが何度か食らっているので誰にでも効くと思われがちだが、実はバリアジャケットを纏った魔導師には通用しない。フィールドに阻まれてしまうのだ。更には動き回る相手にも当てるのは難しい。

 

「そう……だからね……」

 

 その意味ありげな表情になのははハッとする。彼女の白いバリアジャケットの背中の一部が僅かに裂けていた。

 確かに無傷のバリアジャケットは抜けない。ただし少しでも破損していれば話は別だ。

 逃げ回る途中での不意打ち。気付かれないようにジャケットに傷を付けるのが目的だったのだ。失敗したと思いきや、旅の鏡を当てる為の布石だったのである。

 

「ごめんなさあああいっ!!」

 

 シャマルは修復や反撃の隙を与えず、一気に右手をゲートに突っ込んだ。

 

「かはっ!?」

 

 なのはの身体がビクンッと跳ね上がる。旅の鏡を食らった少女は、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。

 本来は魔導師の『リンカーコア』を取り出す魔法だが、取り出しはしなくともコアにショックを与え、一時的に相手を昏倒させることが可能なのだ。

 

 シャマルは倒れた少女を見下ろし、ようやくホッと息を吐く。クラール・ヴィントを解除して助け起こそうと手を伸ばした時、不意になのはの身体が光り出した。

 

「これは……?」

 

 少女は光りの粒子となって消えて行く。シャマルは目を見張った。

 訳が分からずオロオロしていると、先程からずっと呼び出しが掛かっている事に気付いた。 アースラからだ。今まで気付く余裕も無かった。慌てて空間モニターを開く。

 

「たたた大変なんです! なのはちゃんなのか、そうじゃ無いのか良く判らない子が、光になって空に!?」

 

 モニターのエイミィに説明しようとするが、焦って支離滅裂になってしまっている。

 

《安心してください、それは……》

 

 エイミィは困惑するシャマルを宥めて、説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

「思念体ですか……?」

 

 色の無い街の上空を飛ぶ白いバリアジャケットの少女、高町なのはである。彼女は今エイミィから事の次第を聞いた所だが、いくぶん自信無さそうに聞き返した。

 初めて聞く言葉なので仕方がない。小学生には専門用語過ぎる。

 

《思念体はね……この場合は簡単に言うと、人の想いが魔法と反応して本物みたいになってしまったもの、って言うと判るかな?》

 

「あっ、それだと何となく分かります」

 

 自分なりに納得して頷くなのはに、エイミィは現在分かっているだけの情報を伝える。

 

《ついさっき、シャマルさんがなのはちゃんの思念体と戦ったんだって。原因は不明だけど、街のあちこちに思念体と結界が現れてる…… そっちは大丈夫?》

 

「平気です。目の前でこんな事件が起こっていたら見過ごせませんよ。任せてください」

 

 なのはは頼もしく請け負った。少女だが男前である。連絡を受け協力を申し出たのだ。 一通りの説明を聞き終えたなのはは、近場の結界に入り込んでみる事にした。

 

「う~ん……?」

 

 しばらく探し回ったが、それらしきものも見付からず首を捻った時である。レイジングハートが警告を発した。

 

《Since a magic reaction》(魔力反応来ます)

 

 見ると色の無い空を飛行する人影を見付けた。なのはは上昇し、接触を試みる。

 

「すいませーんっ!」

 

 取り敢えず声を掛けてみた。すると人影はハッとしたように空中で停止した。

 

「オリジナル……高町ナノハ……!」

 

「えっ? あなたは!?」

 

 なのはは自分の名を呟いた少女を見て驚いた。何故なら少女が自分とそっくりだったからである。

 目付きが少々鋭く吊り目気味でショートカット、バリアジャケットは濃い紫を基調としているがデザインは全く同じだ。

 シュテルである。彼女はあくまで冷静かつ丁重に頭を下げる。

 

「お初にお目に掛かります……星光の殲滅者…… シュテル・ザ・デストラクター……貴女に敬意を表して名乗っておきます……」

 

 礼儀正しく名乗る。慇懃無礼な感じでは無く、礼儀正しい質のようだ。その名に思い当たったなのはは顔色を変える。

 

「シュテル……? それって、ヴィータちゃん達が言ってた、私達の偽物の1人?」

 

「……? 何の事です……? 私は貴方達と一度も出会った事はありませんが……?」

 

 シュテルはあまり表情こそ動かさなかったが、不審そうに小首を傾げた。嘘を吐いているようには見えない。意味も無いだろう。

 

「違うの……? じゃあやっぱり思念体?」

 

 なのはは訳が分からなくなった。それならシグナム達が戦った連中とは関係無いという事になる。

 そうなると自分の思念体と言う事になるが、目の前の少女はなのはとは別の明確な意志と人格が有るように思えるのだ。訳が分からない。

 首を捻るなのははふと、シュテルが何かを持っているのに気付いた。一抱えは有りそうな金属らしい黒い塊である。フィールドで包んであるようだ。

 

「あの……街中に結界を張っているのはシュテルちゃん……? その持ってる物は?」

 

 なのはの問いに、シュテルはゆっくりと首を横に振って見せた。答えるつもりは無いという意志表示だ。

 

「オリジナル……ナノハ……貴方を前にすると心が踊るのです……存分に戦いたい所ですが、今はそんな暇は無い……退いて貰いましょう……!」

 

 レイジングハートと同型デバイス『ルシフェリオン』をいきなりなのはに向けた。間髪入れず射ち出される紅蓮の魔力弾『パイロシュー ター』なのはのアクセルシューターと同系統の魔法だ。

 なのはもとっさにアクセルシューターを放って、紅蓮の魔力弾を迎撃する。

 

「ちょっと待って! 一体何が目的なの!? 私は戦いに来た訳じゃ無い!」

 

 なのはの呼び掛けにシュテルは応えない。パイロシューターが撃ち落とされたと見るや、続けざまに砲撃を放つ。

 

「ブラストファイヤー……!」

 

 放たれる紅蓮の砲撃。なのはに匹敵する勢いだ。なのはは仕方無くディバインバスターを放つ。2つの砲線が空中でぶつかり合った。

 互角に見えたが、なのはの方が押され気味だ。シュテルの砲撃には炎の属性がプラスされている。火力はなのはを上回っているようだ。

 

「だから待って!」

 

 なのはの再度の呼び掛けを黙殺し、シュテルは再び砲撃態勢に入った。彼女に流星の如く光が集まって行く。

 

「集束魔法!?」

 

 なのはは目を見張る。明らかに自分の最大の砲撃魔法『スターライトブレイカー』と同じ集束魔法であった。此方も対抗せざる得ない。

 なのはとシュテル、2人に周囲の残存魔力が光となって集まって行く。チャージが臨界に達し、2人は同時に叫んでいた。

 

「疾れ明星! 全てを焼き尽くす炎と変われ! 真ルシフェリオンブレイカーッ!」

 

「全力全開! スターライトブレイカァァァッ!!」

 

 桜色と紅蓮の凄まじいばかりの光の奔流が激突した。目も眩む閃光と轟音を放って反応し合い、大爆発を起こす。

 

「きゃあっ!?」

 

 爆風に怯むなのは目を庇う。魔力爆発の影響で、辺り一帯に爆煙が立ち込めた。しばらくして煙が薄れ視界が開けて来ると、シュテルの姿は何処にも無かった。

 アースラに問い合わせても見失ってしまったらしい。なのははシュテルの事もさる事ながら、彼女が持っていた物が気になった。

 

「逃げたのは、あれを持って帰る為だったのかな……?」

 

 冷徹そうに見えたが、本当ならなのはと戦いたいように見受けられた。言葉や態度の端々にそれを感じられる。退いたのは別に目的が有るのは間違いないようだ。

 

「一体何をするつもりなんだろう……?」

 

 なのは今だ残煙が残る、色の無い空を見上げポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 一方魔法特訓の最中だったはやて達の元にも、アースラから連絡が入っていた。はやては説明を聞いた後首を傾げる。

 

「一体何が起こっとるんや……?」

 

「一体何なんだ……?」

 

 ヴィータも続く。するとリインが思い詰めたような表情で口を開いた。

 

「心当たりが有ります……」

 

「リインフォース……?」

 

 はやてはリインの容易ならざる様子に心配して声を掛ける。彼女は内心を押し隠すように説明を始めた。

 

「恐らく……砕けて散った『闇の書の闇』……その残滓が再び復活する為に、この地に散った記憶を集めて呼び起こそうとしているのです……」

 

「何やて!? 防衛プログラムは、『ダークザギ』もろとも消滅したやないの?」

 

 はやては驚いた。ヴィータも驚きを隠せない。リインは沈痛な面持ちで視線を落とした。

 

「多分……ザギを滅する方に集中した為に、僅かに欠片が残ってしまったと思われます……」

 

 深刻な事態のようだ。闇の書の闇がまだ残っていたのだから。はやて達は真っ青になるかと思いきや……

 

「ほんなら後始末は私らがやらんとな、なあヴィータ?」

 

「うんっ!」

 

 はやては頼もしく笑ってデバイスを振って見せ、ヴィータは即答して腕捲りする。リインは正直戸惑った。

 

「我が主……?」

 

「そう言う事や、危ないから帰れ言うんは無しやよ?」

 

 リインの言わんとしていた言葉を先回りしたはやては、悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 

 同じくアースラから異常事態の連絡を受けたシグナム、フェイト、アルフら3人はそれぞれ騎士甲冑にバリアジャケットを纏い、海鳴市上空を飛んでいた。

 近場に発生した結界を調べる為である。結界なので今の所一般人には何の影響も無いが、今後何が起こるか分からない。

 辺りはもう暗くなって来ている。街の灯りが灯る中、3人はどんよりと色の無い結界内に侵入し、辺りの魔力反応を探る。

 しばらく探索を続けていると、少女アルフが何か気配を感じ取ったらしく、向こう側のオフィス街を指差した。

 

「あっちから何か来るよ!」

 

 シグナムとフェイトは油断無く各自の愛機を構えた。その目にビルの谷間を、高速で飛行し横切る者が映る。

 

「奴は……!」

 

 その人物を見たシグナムの目が、激しい怒りに染まっていた。冷静な彼女にしては珍しい。その人物を見て、フェイトとアルフは驚いた。

 

「えっ!?」

 

「何だいアイツ? フェイトとそっくりじゃな いか!?」

 

 髪の色こそ違うが、フェイトと瓜二つの少女レヴィだ。シグナムは最大速度で、レヴィの進路の前に飛び出していた。

 

 丁度レヴィは首尾よく『アーマードダークネス』の欠片を見付け、ホクホク顔で帰る所であった。すると突然目の前に、抜刀の構えで立ち塞がる女性が現れたではないか。当然シグナムである。

 

「わああっ!?」

 

 ビックリしたレヴィは、慌てて急制動を掛けて空中で停止する。つんのめり気味だ。危うく激突する所である。

 

「何してるんだ!? 危ないじゃないかあっ! 僕は急には止まれないんだぞ!!」

 

 肝を冷やしたレヴィは怒って文句を付けるが、シグナムは訴えを無視する。怒りのあまり無表情になりながら、その瞳に燃え盛るような怒りが燃えていた。

 

「よくもヌケヌケと姿を現したな……雷刃の襲撃者と言ったな……? 此処で会ったが百年目だ!」

 

「えっ? 何で僕の格好いい別名を知ってるん だ……? お姉さんと会うのは初めてだよ?」

 

 キョトンとした表情をするレヴィに、シグナムの怒りは頂点に達した。

 

「貴様ぁっ! あれだけのことをしておいて惚けるつもりか!? ふざけるなあぁっ!!」

 

 怒れる烈火の将は、抜き打ちに怒りの斬撃を放つ。電光の如き居合いである。

 レヴィは寸での所で避ける事に成功したが、シグナムの勢いは止まらない。円を描くように回転し、続けざまに斬撃の嵐を見舞う。

 

「何言ってるんだよ? 知らないってばあっ、 ひゃっ!?」

 

 レヴィは必死で斬撃の嵐を避ける。ひっくり返ったり逆さまになったりと、本人は必死だがコントのようである。

 

「もう頭に来たぞぉ! 僕を怒らせた事後悔するんだね!!」

 

 怒ったレヴィはスピードを生かして後方に下がり間合いを取ると、前面に水色の魔法陣を展開する。

 

「僕を怒らせた事を後悔させてやる! 行くぞぉっ! 光翼斬っ!!」

 

 レヴィの身の丈より大きな光輪数個が、凄まじいスピードで射ち出された。まるで巨大な回転ノコギリの刃が迫って来るようだ。それに対しシグナムは動かない。おもむろにレヴァンティンを水平に掲げた。

 

「レヴァンティン……!」

 

《explosion!》

 

 業火の剣と化した愛刀を横凪ぎに鋭く払う。光輪はその剣圧の前に後方に弾かれる。外れた光輪がビルを直撃し、上部が一部ザックリ無くなってしまった。

 

「シグナム……模擬戦の時より凄い……」

 

 フェイトはシグナムの一連の動作を見て感嘆する。今もまともに行ったら歯が立たないが、今の剣の騎士は更に進化していた。

 この1週間ゲンの指導を受け、飛躍的なレベルアップを遂げていたのだ。元が恐ろしく強い上に、ウルトラマンレオの的確な教えは短期間でも成果を上げつつあった。

 考えてみればいい。千年近く技を磨いて来た者が、数千年以上技を磨いて来た戦士に教えを受けているのだ。生半可な者など及びも付くまい。

 しかしレヴィは怯まない。やんちゃな笑みを浮かべると、愉しくて仕方ない様子で武者震いした。

 

「お姉さん強いなあ~っ、良ぉ~し! 僕も本気を出すぞぉっ!!」

 

 『バルディッシュ』と同型のデバイス『バルニィフィカス』を両手で構える。その足元に水色の魔法陣が浮かぶ。明らかに今までと目付きが変わった。

 バルニィフィカスが余剰魔力を噴出し変形を始める。シグナムもレヴァンティンを正眼に構え、迎え撃たんとしたが……

 

「あれれれぇ~っ!?」

 

 突然レヴィは素っ頓狂な声を上げ、攻撃を止めてしまった。身構えていたシグナムは思わずカクンッとしてしまう。

 後ろで戦いを見守っている形になっていたフェイト達の目に、レヴィが抱えていた黒い塊『アーマード ダークネス』の欠片が地面に落ちて行くのが見えた。

 レヴィは欠片の事をすっかり忘れて必殺魔法を放とうとし、うっかり落としてしまったのである。

 

「わああっ!? 『アーマードダークネス』 が! 王様に怒られるぅっ!!」

 

 うっかり少女は大慌てで降下し、ギリギリの所で欠片をキャッチした。ぷひ~と、冷や汗を手で拭い安堵の息を吐く。

 その様子を見て、フェイトとアルフは思わず吹き出しそうになってしまった。シグナムも何だか気が抜けると同時に、明らかな差異をレヴィに感じる。

 

「お前……奴では無いのか……?」

 

 以前戦った雷刃は壊れたような不気味な明るさだったが、この子は微笑ましい。やんちゃ坊主のようで、どうも憎めないのだ。

 

「だから僕はお姉さんと会うのは初めてだってば! でも守護騎士だって事は知ってるんだぞ!」

 

 レヴィはプンスカと言う言葉ピッタリな感じで抗議するが、意味深な台詞を最後に吐いた。

 

「お前…一体何者だ……? 思念体にしてはおかしい……この結界もお前の仕業だな? それにその破片……『アーマードダークネス』とは何だ……?」

 

 シグナムはレヴィに剣の切っ先を突き付け問い質そうとする。すると彼女は明らかにしまった! という顔をした。

 どう考えても致命的に不味い台詞である。子供番組の悪役でも、今時こんな失敗はしない筈である。落ち込むかと思いきや、レヴィは逆に開き直って偉そうに胸を張った。

 

「運が良かったねお姉さん……鎧を集め終わったら、改めて相手になってあげるよ! スラッシュスーツ、パージ!!」

 

「ぬっ!?」

 

 レヴィの掛け声と同時に、その身体から閃光と衝撃波が辺りに撒き散らされた。バリアジャケット強制解除の際のエネルギーを、閃光弾のように使用したのだ。

 光に気を取られたシグナム達の隙を突き、軽装となったレヴィは矢のように飛び出し逃走する。驚異的なスピードだ。フェイトの『ソニックフォーム』と互角以上の速度である。

 

「ハッハッハッ! さらばだ明恥くん、また会おう!!」

 

 何処で覚えたのか、漢字が間違っている捨て台詞を残して飛び去って行く。

 

「ソニックフォームまで……」

 

「あの子一体……?」

 

「テスタロッサ、アルフ、驚いている場合ではない! 追うぞ!」

 

 驚いているフェイトとアルフに、シグナムは発破を掛けレヴィの後を追う。アルフも慌てて後に続く。

 我に帰ったフェイトも、今日は驚いてばかりだなと思いながら後を追おうと、ソニックフォーム形態をとろうとするのと同時だった。

 

「わあっ? また!? そこ退いてぇっ!!」

 

 前方を逃走するレヴィの前に、不意に人影が現れたのだ。止まり切れないと判断した彼女は、その人物の頭をベコッと蹴ってそのまま逃走する。

 ソニックフォームで追い付いたフェイトは、ハッとした。何故なら空中に浮かび、頭を擦っているのはウルトラマンゼロらしかったからである。

 

「ゼロさ……ゼロ……?」

 

 フェイトはまだ、さん付けしそうになるのを訂正して、恐る恐る呼び掛けてみた。何故ハッキリゼロと言い切れないのかと言うと、見慣れない鎧のような物を着込んでいたからである。

 スッポリとバイザー付きのヘルメットを被り、上半身にはゴツゴツした鎧が装着されているが、それ以外は明らかにゼロだった。

 

『誰だ……お前は……?』

 

 ゼロらしき人物は押し殺した声を発し、バイザー越しにフェイトを睨み付けた。睨み付けられた上、お前呼ばわりされフェイ トはショックを受けてしまう。こんなゼロを見たのは初めてであった。

 

『よくも俺の頭を踏み付けにしやがったな…… 餓鬼がっ!』

 

 ゼロは酷く怒っているようだが、大概酷い。普段から態度が良い訳ではないが、今は悪いを通り越して粗暴そのものである。

 

「あのう……」

 

 フェイトは正直ちょっと所では無くショックを受けていたが、それでもめげずに話し掛けようとする。するとシグナムがそれを制止した。

 烈火の将は改めて、目前のウルトラマンゼロらしき人物を観察し眉をひそめる。

 

「その鎧は確か……『テクターギア』だった な……? それは『時の庭園』での戦いで『ウルトラキラー』に粉々にされたのを、この目で見ている……新しく持って来たとも聞いていない……となると……」

 

「まさかゼロさんの思念体!? 何でウルトラマンのゼロさんが……?」

 

 予想外の出来事に混乱するフェイトの前で、 テクターギアゼロの両眼が底冷えする光を放った。

 

 

 

つづく

 

 




次回『過去へのレクイエムや』

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