夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第71話 胡蝶の夢や

 

 

 

 

 私、リインフォースは僅かな冷気を感じ、ふと目を覚ました。見るとベッドの掛け布団が一部めくれている。寝返りを打った拍子に乱して しまったのだろう。

 1月の朝は寒い。ベッドから起き出して部屋のカーテンを開けると、外はまだ薄暗かった。まだ かなり早い時間帯だ。

 目が冴えてしまった私は身支度を整えると、物音を立てないように静かにリビングに降りてみた。まだ皆寝ているのか、家の中は静まり返っている。狼ザフィーラも今日は別の場所で寝ているのか、姿が見えない。

 リビングのカーテンを開け、主が起きてきた時に寒くないようにエアコンのスイッチを入れる。徐々に部屋が暖まってくる中ソファーに腰掛け、微かに明るくなってきた東の空をぼんやり眺めていると、少し眠気が襲って来た。

 まだ体調が万全ではないせいか……私はしばし目を閉じる。そのまま心地好いまどろみに身を任せた。

 

 『防衛プログラム』を切り離した代償は、実際相当なものだ。そのままならこの身を維持出来るのは、精々数ヵ月くらいだった筈だ。

 だが身体機能が正常に働き始め、私はこうして無事で居る。消滅する危険は無くなっていた。本当に今こうしていられるのは奇跡だった。

 少し前なら考えられない事だ。永遠のような戦いの日々を過ごし、終には闇の中で唯一人絶望に暮れるしか出来なかった頃の私には……

 共に過ごす騎士達にも苦労ばかり掛けて来た……

 だが優しき我が主と、異世界から来た少年との出会いが、その悲しみを変えてくれた……闇の書としての運命も呪いも終わらせてくれ た……

 2人が居なければ、我らは今頃正真正銘の悪魔に取り込まれ、全ての世界に呪いと災いを撒き散らしていただろう。意思も無くした屍、悪魔の一部として……それは最悪の末路だろう……

 

 しかし……私はふと思う事がある。こうして目を閉じていると、今の夢のような日々が実は本当に夢ではないかという考えが浮かぶのだ……

 目を開けたら其処には誰も居ない、見慣れ過ぎた真っ暗な闇だけが広がっているのではないか? 騎士達は変わらず戦いの中で、もがき苦しんでいるのではないか?

 そして私は今の幸福がただの夢だった事に気付き、愕然と膝を折るのだ……

 今でも目を開けるのが恐ろしい時がある。もし本当に目の前に闇が広がっていたら……? そう思ってしまうと、居ても立ってもいられなくなる。無理矢理まどろみの中から抜け出し、恐る恐る目を開けた……

 

「!?」

 

 私の目に映ったのは真っ黒な闇だった。本当に今までの事は夢だったのか? と一瞬心が凍ってしまう気がしたが、良く見るとその闇には皺があった。布のようにザラザラしている。

 

「リイン、どうした……?」

 

 聞き慣れた少年の声が耳に入って来た。少しハスキーな、何処となく繊細さも感じさせる声……

 

「……ゼロか……?」

 

 私を心配そうに覗き込んでいるのは、黒い妙な服、道着と言うらしい服を着ているゼロだった。何の事は無い。ゼロの黒い道着を間近で見て、勘違いをし てしまったのだ。私は苦笑していた。

 

「早いな……今朝もおおとり殿と修練か……?」

 

 取り繕った問い掛けに、ゼロは一瞬困ったような顔をして私を見るが、1枚のメモを懐から取り出して見せた。

 それには太く堂々としたこの世界の文字で、『少し気になる事があるので出掛けて来る。夜までには戻る』と簡潔に書かれていた。

 

「お陰で今日の修練は休みだ。俺は目が覚めちまったから、ちょっと走って来ようと思ってな……」

 

 私は少し気になった。あのおおとり殿の事だ。何か訳が有るのではないだろうか。

 

「何だろうな……気になる事とは……?」

 

「さあな……やっぱり地球の景色が懐かしいから、その辺を見て回ってるんじゃねえか? まあ何か有るとしても師匠の事だ、ハッキリしたら教えてくれるさ……」

 

 ゼロは少々ふざけた調子で応えるが、実際は何か有るのではと感じているようだ。しかしそこで彼は、再び困ったような顔をして頭を掻いた。

 

「……その……何だ……大丈夫かリイン……? 何処か痛いとかないか……?」

 

「……?」

 

 私はゼロの言っている意味が良く解らなかった。多分さっきの恐れの感情が態度に出ていたのだろうと思う。

 

「……少し……昔を思い出していた……」

 

 私は心配そうな少年に苦笑して見せた。ゼロは私の言葉を聞いて、何とも哀しげな顔をする。彼は私達の過去を、我が主と共に見ている。それを思い出してしまったのだろう。

 人より遥かに高い知性を持つ彼は、我らの過去を全 て記憶しているのだ。しかしそれはゼロのような人物には堪えるのだろう。

 一見態度や口調で悪く見られがちだが、性根が驚く程善良なゼロは人の悪意に戸惑う事がある。

 彼らウルトラマンはひどく善良だ。人知を超えた力を持っている故か、数万年以上の永きを生きる生命故なのか、その精神レベルは高い。

 持った力に見合うだけの崇高な精神を備えているのだ。しかしその代わり彼らはひどくお人好しである。時には弱点になる程に……

 本来何の関わりも無い地球を、いや……宇宙に生きる名も無き生命を、文字通り命懸けで永きに渡り守り抜いて来た話を聞いてそう感じた。

 

「ゼロのような種族にしてみれば、大した長さでは無いのだろうがな……」

 

 私は苦笑混じりにそんな事を言ってみる。彼らにしてみれば、我らの過ごした千年近い時間は一時だろう。

 世の中は広い。無限にも感じた時を、人生のほんの幾らかにしかならない者も居るのだから…… するとゼロはゆっくと首を横に振っていた。

 

「いや……そんな事はねえよ……俺も人の時間を体験して来たからな……その永さは気が遠くなるだろう……人の時間ってやつは濃密だからな……」

 

 実感を込めて私の言葉を否定する。軽くなど思えないとの素直な気持ちが嬉しかった。だがそこでゼロは、また困ったような顔で私を見る。

 先程からどうしたのだろうか? するとゼロは言いにくそうに、ようやく口を開いた。

 

「……リイン……その……何だ……お前泣いてる ぞ……?」

 

 私はハッとして頬に指を当てた。指先が温かいもので濡れている。流れ続ける涙だった。あれだけの事で、夢ではと怖れただけで泣いていたと言うのか……

 何とも涙もろくなってしまったものだ。涙など等の昔に渇れ果てたと思っていたが、我が主とゼロに逢って以来、涙もろくなってしまったらしい……

 

「リイン……」

 

 ゼロは心配そうな顔をする。私は涙を拭った。少し気恥ずかしくはあったが、

 

「少し……怖くなってしまってな……」

 

「怖いか……?」

 

 神妙な顔をするゼロに、先程感じた不安をポツリポツリと話していた。誰かに聞いて欲しかったのだ。

 

「私は怖いのだろう……今の生活を失う事が…… 本当の私は夢を見ているだけなのではないかと……騎士達は今だ苦しみの中に在り、私はまた何も出来ず闇の中に取り残されているのではないかと……情けないが、これが今の正直な気持ちだ……」

 

 話を黙って聞いていたゼロは、しばらく沈黙し俯いてしまった。いきなりこんな話をされて困ってしまったのだろうか……

 するとゼロは俯いたまま私に近寄り、静かに両肩に手を置いた。顔を上げる彼の目から、ポロポロと光るものが零れ落ちていた。

 

「……リイン良く今まで頑張ったなあ……辛かっただろうになあ……もう大丈夫だ……みんなリインと一緒だからな……クソッ……止まらねえ……!」

 

 逆ギレ気味に涙を流しながら、涙声でつっかえつっかえ言葉を発する。まだ涙腺に慣れてないせいも有るだろうが、ゼロはとても涙もろい。

 だがお陰で、恐怖で凍り付きそうになった心が温まってくる気がした。すると……

 

「そうやね……私らがリインフォースを独りになんてさせへんよ……」

 

 不意に声がした。振り返ると、車椅子に乗った我が主が穏やかに微笑んでいた。

 

「主……聞いておられたのですか……?」

 

「はやて……」

 

 ゼロは私の肩から手を離すと、ゴシゴシ涙を拭う。鋭敏な五感を持つ彼も、私に気を取られ気付かなかったようだ。主は照れたように微笑された。

 

「あははっ、ごめんな? ちょう早く目が覚めて来てみたら、聞こえてしまったんよ……」

 

 車椅子を操作して近寄られ、屈み込む私に手を伸ばし頬に触れられた。主の小さな手が温かい……

 

「……私にも覚えが有るんよ……」

 

 主は少し哀しげに目を伏せられた。

 

「朝起きて……目が覚めた時……今までの事は全部夢やったんやないかって……本当の私は前みたいに独りぼっちで……」

 

 その言葉は少し震えているようだった。

 

「ヴィータがたまたまトイレか何かで居なかった時なんて、居ても立っても居られなくなって……みんなが本当に居るか確めた事も有ったんよ……目が覚めたら消えてしまう夢……そないな事を考えてしまう時があるんや……」

 

 困ったように苦笑を浮かべられる。私を元気付ける為に言っておられるのだろうが、複雑な想いが込められているようだった。

 主が生まれてから傍らでずっと成長を見守って来た私には、その想いが判る気がした。ご両親を亡くされてからの主が、いかに孤独を抱えて来られた事か……

 不安に駈られた事も一度や二度では無いのだろう。それは哀しい事だ。

 ゼロは主の告白に胸が詰まっているようだった。また泣きそうになるのを懸命に堪えている。主は改めて私を見詰められた。

 

「せやからリインフォース……安心してええんよ……」

 

 涙の痕を優しく撫でられ、温かな笑みを浮かべられた。プログラム体であるこの身には縁遠いが、母というものを小さな主に感じられる気がする……

 

「怖なったら何度でも確かめればええんや…… 必ずリインの傍にはみんなが居るよ……」

 

 主は慈母のように微笑むと、半泣きのゼロに頷いて見せた。彼は心得たと、

 

「おうっ、こうやってな!」

 

「ゼロッ?」

 

 軽々と私と主を纏めて抱え上げソファーに座ると、私を膝に乗せその上に主を乗せる。以前主の意識の底で出会った時と同じだった。

 

「どうやリインフォース? ゼロ兄のみんな纏めて抱っこや。好きなだけ確かめてな。ゼロ兄は巨大化すれば全員纏めて抱っこ出来るんよ。 あれ……? 何か前にも同じ事を言ったような……? まあええか」

 

 私に背を預け少し首を捻りながらも、楽しそうに笑って此方を見上げられる。以前の事が頭に残っておられるのだろう。思い出しているゼロは苦笑している。

 

「はい……」

 

 確かな温もりに包まれ、じんわりと温かなものが心を満たした。温もりもだが、何よりその優しさが身に染みる。私は幼児のように頷きながら心の中で呟いていた。

 

(この命……生き残った意味が有るのなら……立ち塞がる危険から主達を、この身に代えても守り抜く……!)

 

 主達の前途に立ち込める不吉な暗雲の存在……私はそれらから主達を守る為に生き残ったのではないか。この時私は、悲壮なまでに固く心に誓っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 早朝の切り裂くような冷たい大気の中、『ウルトラマンレオ』こと『おおとりゲン』は、都市部から離れた山頂にて静かに風の中佇んでいた。

 ゲンは目を閉じ心気を研ぎ澄ます。大気に『気』を同化させ、己を宇宙と一体と成す『宇宙拳法』の極意だ。ゼロでもまだまだ及ばぬ領域である。

 今誰か見ている者が居たならば、佇むゲンが大気に溶けて行くような錯覚を覚えたであろう。彼は今宇宙そのものであった。

 しばらくの間石仏のように微動だにしなかったゲンの両眼が、カッと鋭く見開かれる。

 

「やはり何かおかしい……」

 

 静かに呟いた。彼は海鳴市に来てからここ最近、妙な不自然さを感じる事があったのだ。それが何なのか調べようと思ったのである。

 超能力の類いでは無い。ウルトラマンとしての超感覚には何も引っ掛からなかった。不自然さを感じ取ったのは、戦いの中で自然身に付いた戦士の勘であった。

 自然と一体化する事によって、僅かな歪みを探っていたのである。歴戦の彼ならではだ。

 

「杞憂であれば良いが……何か起ころうとしているのかもしれん……もう少し探ってみるか……」

 

 ゲンは呟くと下山しようとするが、ふと思い出したように脚を止めた。

 

「一応アースラに報せておくか……」

 

 手を翳すと空間モニターが空中に開かれた。リンディから渡されていた端末である。 アースラは『ダークザギ』の残したゲートや、『闇の書』消滅余波の観測などで、まだ衛星軌道上で監視作業にあたっている。

 向こうと繋がると少し眠たげなエイミィと、 早朝からシャキッとしているクロノがモニターに映し出された。丁度交代時間で起きているようだ。

 

《あっ……おはようございます、おおとりさ ん……》

 

《何か有りましたか?》

 

 エイミィとクロノの対照的な声が、静かな山頂に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 上下の区別がつかない薄闇の空間が広がっている。『ディアーチェ』『レヴィ』『シュテル』の名を持つ、はやて、フェイト、なのはにそっくりな謎の少女達が根城にしている結界である。

 その中に深淵の闇を凝縮して固めたような物体が浮かんでいた。破片を寄せ集めたような物体は、既に大型トラック程の大きさになっている。

 形を取り戻しつつある破片は、巨大な顔のように見えた。暗黒の鎧『アーマードダークネス』の破片を集めたものである。

 ディアーチェ達3人が今まで密かに集めたものだ。形を取り戻す度に禍々しさが増していくようだった。不気味な軋み音が徐々に高くなっている。

 暗黒の鎧を前にした3人の前に、1人の女が現れていた。はやてを大人にしたと言うより、ディアーチェを大人にしたようなあの女である。

 

「何いっ? 結界がもう限界だとぉっ!?」

 

 ディアーチェが女に食って掛かっていた。女は不遜 に腕組みしながら3人の少女達を見下ろす。

 

「そうだ……我の力でも、これ以上鎧の気配と欠片の発生を抑えるのは限界だ……気付かれたふしも有る……流石はウルトラマンレオと言う事だ……」

 

「これでは、まだ足りないのですか……?」

 

 シュテルが冷やかな視線を向ける。女は小馬鹿にしたように鼻で嗤った。

 

「うぬらが思ったより、鎧の欠片を集めるのに手間取ったからな……他の部分を呼び集めるにはもう少し量が必要だ……奴等も介入して来るだろう……『砕け得ぬ闇』の探索は我がやるが……そちらはやれるか……?」

 

「誰に向かって言っておる!? 我は闇統べる王なるぞ!」

 

 ディアーチェはニヤリと女と同じく、不遜な笑みを 浮かべ見せると、レヴィとシュテルに振り返った。

 

「理のマテリアル、星光の殲滅者『シュテル・ ザ・デストラクター』! 力のマテリアル、雷刃の襲撃者『レヴィ・ザ・スラッシャー』! 奴等を出し抜き『皇帝の鎧』をこの闇統べる王 『ロード・ディアーチェ』の前に集め、『砕け得ぬ闇』共々復活させるのだ!!」

 

「おお~っ! 任せてよ王様!」

 

「承知しました……」

 

 頼もしく応える2人。気勢を上げて盛り上がる少女達を、女は一瞬侮蔑したように見た。

 

「ならばうぬらには、我の知恵と力を貸してやろう……」

 

 そう言うと、何とも暗い笑みを口許に作った。ディアーチェ達はその笑みに、ひどく陰惨なヒヤリとしたものを感じずにはいられなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 ゼロ達は午前中家事を一通り済ませて昼食を食べた後、各自の用事に出掛ける予定である。

 はやてはリインと一緒に魔法の修練に、今日はヴィータが着いて行くと言い出した。努力してみる気のようである。

 ゲンが留守で今日の特訓が休みになったので、ゼロとザフィーラはお米などの重量物の買い出しを済ませておく事にした。

 シグナムは講師をしている道場に顔を出しに、シャマルは町内会の集まりである。

 

 各自出掛ける準備をする中、ゼロはコートを取りに行こうとしていたリインを、こっそり呼び止めた。玄関口で、はやてと喋っているヴィー タをチラリと見る。

 

「ヴィータは少し素直じゃねえだけで、本当は優しい子なんだ……少し待っててやってくれな?」

 

「判っている……済まないな気苦労を掛けて……」

 

 リインは微笑を浮かべて気使いに感謝した。ゼロは一見ガサツそうだが、根が繊細なので意外に気を回す。本質を全員に見抜かれているとは思っていないゼロは、照れ隠しで得意気に胸を張る。

 

「べっ、別に大した事じゃねえよ。それより此方に来て覚えたんだが……ああいう奴の事をツンデレって言うそうだぜ?」

 

 リインに小声で説明するのであった。何故かその時出掛ける支度をしていたヴィータは、聞こえていないにも関わらず、猛烈に 『ゼロにだけは言われたくない!』と叫びたくなる衝動に駈られた。

 

 

 

 

*****************

 

 

 

 

「テスタロッサ……?」

 

 道場へ顔を出した帰り道、シグナムは子犬アルフを連れて散歩をしているフェイトと道端でバッタリ出会していた。

 

「あっ、シグナム……こんにちわ」

 

「お出掛けかい?」

 

「ああ……今家に帰る所だ。テスタロッサ達は散歩か……?」

 

 声を掛けて来る2人に、シグナムは微笑して応える。フェイト達もそろそろ戻ろうとしていた所なので、途中まで一緒に帰る事になった。

 

 並んで歩きながらフェイトは色々話し掛け、 シグナムが応える。2人共波長が合うようで会話が弾んでいた。

 その内会話の内容はゼロの話題になっていた。フェイトにしてみれば、ゼロの事はほとんど知らないので興味津々である。

 

「そうなんですか……ゼロさ……ゼロのお母さんは私達と同じ人間なんですね……元々人間が進化したのがウルトラマンなんですか……」

 

 フェイトは興味深そうにシグナムを見上げた。身長差があるので自然こうなる。

 

「そうだ……ゼロはウルトラマンと人間とのハーフと言う訳だ……」

 

「ハーフ……」

 

 フェイトはポツリと呟き、何故か遠くを見詰める眼差しになった。シグナムはフェイトがゼ ロに尊敬の念を抱いているのは知っている。

 恩人のゼロをシグナム達が騙すか脅していると思い込んでいた時、普段の彼女に似合わぬ怒りの感情を顕にした事でもそれは判った。

 

 今のフェイトにしてみれば、憧れのヒーローが思ったより自分に近い存在だと知って嬉しくなった、そんな所だろうとシグナムは思った。

 何とも子供らしいとフェイトの横顔を見ると、ふとそれとは別の感情が混じっているような気がする。しかし気のせいだと思った。魔導師としては優れているが、やはりフェイトはまだ子供なのだから。

 別の世界に行き掛けたフェイトは、アルフに 声を掛けられ我に還ると気を取り直し、

 

「そう言えばシグナムはゼロさ……ゼロと一緒に住んでいるんですよね……?」

 

「……ゼっ、ゼロとと言うより、我ら全員一緒で大所帯だがな……それがどうした?」

 

 他人に聞かれたら誤解されそうな質問に、シグナムはあたりさわりの無い答えを言っておく。するとフェイトは何の気なしに、

 

「まさか……お風呂でバッタリなんて事……有る訳ないですね?」

 

「ぐっ!?」

 

 シグナムは思わず咳き込んでしまった。完全なる不意討ちである。ある意味フェイトが一矢報いた瞬間かもしれない。

 

「シグナム? どうしました?」

 

「いや……何でも無い……少し風邪気味らしい……」

 

 苦しい言い訳をしておく。一瞬あの事を誰かから聞いたのかと思ったが、素直に心配そうなフェイトを見る限り偶然のようだ。

 

「でも……シグナムなら、そんな事になっても平気そうですね? 私だったら耐えられないかも……」

 

「あっ、当たり前だ……ヴォルケンリッターの将は、それしきの事で動じん……!」

 

 自分で振っておいて赤くなっているフェイトに、シグナムは特に力を込めて断言しておいた。前の事は無かった事にしたいらしい。

 顔が赤くなっていたが、どうやら気付かれたなかったようだ。だがまだ序の口だった。フェイトは申し訳無さそうに苦笑いする。

 

「本当にシグナムには悪い事をしました……こんなにしっかりした人を、ゼロさ……ゼロをたぶらかす……その……」

 

 そこで言いよどんでしまう。シグナムは苦笑した。

 

「何だ? 遠慮するな、良いから言ってみろ」

 

「はい……その……Hなお姉さんだと思っていたなんて……」

 

「何だそれは……?」

 

 意味が判らないシグナムに、フェイトは最初に出会った時の幻覚を事細かく説明した。

 

「ゴフッ!?」

 

 またしても咳き込んでしまった。まさかあの時ゼロに絡み付く破廉恥女に見えていたとは。正しく本人とは真逆である。

 またしてもフェイトにしてやられたのかもしれないが、シグナムは辛うじて取り繕う事に成功した。鉄の精神で平静を保った烈火の将は、軽く咳払いする。

 

「まったく……迷惑な話だ……ベルカの騎士に対する侮辱だな……まあ奴はゼロに粉々にされたから良しとして話は戻るが……ゼロはテスタロッサのような子供の裸体を見ても何とも思わんから安心しろ……」

 

 してやられたお返しとばかりに、人の悪い冗談を返しておく。アルフは思わずプッと吹き出してしまった。

 フェイトはまだあまり凸凹の無い自分の体と、シグナムの出る所は出過ぎている体を見比べ、ズ~ンと凹み掛けてしまう。

 

「大丈夫、フェイトはこれからだよ!」

 

 アルフが励ましてくれた。その言葉で、確かにと復活を遂げたフェイトは未来へ希望を託す。

 

「そっ、その内……大きくなって見せます……! 多分……」

 

 少し自信無さげに宣言するが、母親からしてグラマーになる可能性は高いと思われる。

 

「フッ……その前に次の模擬戦で、私から一本でも取れるようにする事だな……?」

 

 以前約束した決着の件は、模擬戦という形で先日行っている。結果はフェイトの完敗であった。流石に万全のシグナムには歯が立たなかったのだ。

 それでも見るべきものがあったと、シグナムは確かに思ったものである。これからの伸びしろが楽しみだ。

 

「次こそは一本取ってみせます……!」

 

「楽しみにしておこう……」

 

 顔を真っ赤にして気負うフェイトに、シグナムは澄まし顔で返事をしておくのだった。

 

 

 

 

 シャマルは町内会の会合を終え、足取りも軽く道を歩いていた。 帰りにご近所の奥様達と、お茶とパンケーキの美味しい店で楽しくお喋りし、またしても余 計な知識を増やしたシャマルである。

 

「リインフォースは、お料理は腕を上げて来てるのよねえ~」

 

 他の家事はあまり得意ではないが、何気に料理は向いているリインは、シャマルにはありがたい。どこぞのリーダーとアタッカーは、大して戦力にならないので尚更である。

 

「色々余裕が出来たし、ここは私もお料理の腕を上げなくちゃねっ。ヴィータちゃんとシグナムを唸らせなくちゃ!」

 

 ヴィータ達が聞いたら、裸足で逃げそうな事を呟いた。別の意味で唸りそうだ。

 愉しく特製メニューの内容を考えながら道を歩いていたシャマルは、不意に立ち止まっていた。

 

「何? この気配は!?」

 

 両指にはめている『クラール・ヴィント』が強い反応を示していた。容易ならざるものを感じたシャマルは、物陰に走ってデバイスを起動させようとする。すると周囲の景色が突如として色を失った。

 

「これは結界!?」

 

 辺りを見回すと、通行人の姿が次々と消えて行く。危険を感じたシャマルは騎士服を纏い、クラール・ヴィントを起動させた。

 

「これは……? 街中に次々結界が出来ている!?」

 

 センサーが異常を捉える。ともかく此処から脱出しようと足を踏み出すと、その前に立ちはだかる人影があった。

 

「なのはちゃん?」

 

 それは白いバリアジャケットを纏い、『レイジングハート』を携えたなのはであった。

 

「なのはちゃんも、この異常に気付いて来たの?」

 

 シャマルは何の気なしに声を掛け近寄ろうとする。するとなのははいきなり、レイジングハートを此方に向けて来るではないか。

 

「えっ? ちょっと、なのはちゃん……?」

 

 訳が判らないシャマルは慌てて呼び掛けるが、なのははデバイスを鬼気迫る様子で構える。

 

「見付けました! 闇の書の守護騎士の人ですよね!?」

 

「なっ、何言ってるのなのはちゃん? シャマルなんですけど……?」

 

 なのはは話を全く聞いていないようで、桜色の魔力弾を周囲に作り出した。明らかな攻撃態勢だ。

 

「今度は負けません!」

 

 シャマルはやる気満々のなのはを前に、ジリジリと後退さる。

 

「わっ私、ひょっとして、もの凄おくピンチ……?」

 

 血の気が引いた顔で、余裕が有るんだか無いんだか微妙な台詞を漏らした。

 

 

 

つづく

 




次回『欠片無法地帯や』

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