夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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弟70話 美しい女の意地や

 

「ブリューナク!」

 

 空に浮かぶ騎士服姿のはやてが、金色の杖型デバイス『シュベルトクロイツ』を振り上げると、白色の砲撃魔法数発が放たれた。白い光は宙に浮遊する光る的2つに命中、的を消し飛ばす。

 

「お見事です主……」

 

「はやてちゃん凄いわっ」

 

 はやてから少し距離を取って浮かんでいるリインフォースは微笑し、シャマルは目を細めて手を叩いた。

 3人が浮かぶ空は普通の空とは微妙に違う色合いをし、地上に広がる景色はくすんだ色をし色身が無い。 シャマルが張り巡らした『封鎖領域』結界内である。

 

 はやての魔法特訓の真っ最中だ。特訓を始めてから既に1週間以上が経っていた。はやてたっての頼みで、魔法の指導を行うリインフォースである。シャマルはそのサポートだ。

 はやては広域攻撃を得意とする、後方支援タイプ魔導師である。その膨大な魔力を使って、大規模な魔法攻撃を行う事が出来るのだ。

 リインフォースの力をも受け継いだ今、攻撃力で言えば小型水爆並みの破壊力を個人で有しているに等しい。これ程の火力を持つ魔導師はほぼ居まい。

 はやては早くこの力を万全にしたかった。やはり影で暗躍し、ゼロ達を圧倒的な力で打ちのめした『ウルトラセブンアックス』達の事が頭にあるのだ。

 既にアックス出現の事は聞いている。今だ目的は不明だが、何れ自分達の前に立ち塞がると予想はしている。その時までに出来るだけの事をしておきたかった。

はやては最初にアックスの話を聞いた時の事を、しっかり覚えている。面白半分で沢山の命を奪おうとするやり口を……

 その悪意が何れ自分達の元にやって来るだろうという不吉な予感。だがそれ以上に、命を軽んじるアックス達に対する憤りと、絶対に負けないという誓い。それは八神家全員の意思でもある。

 それにはまず手にした力を生かせなければならない。それだけの確固たる決意で、はやては魔法の特訓に挑んでいた。

 

「我が主……少し肩の力を抜いてください……焦りは禁物ですよ……? 何事も積み重ねです……」

 

 そんな主の心中を見越して、リインは注意を促す。物心つく前からはやてを見守って来た彼女には、主の気負いがちな所もお見通しだ。

 見透かされたはやては赤くなってしまった。そこで頃合いも良かったのでシャマルがニッコリ笑い提案する。

 

「はやてちゃんもリインフォースも、少し休憩しましょう?」

 

 放って置くと無理をしかねない。はやてもいささか焦り気味だったのを自覚した。

 

「確かに生兵法は怪我の元言うしな……少しずつでも確実にやね……」

 

 素直に地上に降りて休憩する事にした。持って来た保温ポットのお茶を3人で飲みながら、 はやては『ウルトラマンレオ』こと『おおとりゲン』に着いて行ったゼロ達の事が気になる。

 傍らでフウフウお茶を飲んでいるリインにそっと視線をやると、昨晩ゼロとした話を思い起こした。

 

 

***

 

 

《じゃあ、ずっとヴィータとリインはあんな感じなのか?》

 

 引き続きテレパシーで話すゼロに、はやては困ったよう表情を曇らせた。

 

《そうなんよ……シグナム達に聞いたら、2人は昔から折り合いが悪かったみたいなんよ……》

 

《喧嘩でもしてたのか……?》

 

《そう言うんとは違うみたいや……上手く行ってない言うか……ヴィータがリインを避けとる感じやね……リインは仲良くしたがっとるみたいやけど……》

 

 はやてはチラリと、ゲンと話しているヴィー タと俯き加減のリインに視線をやった。心配そうである。

 

《私が仲良くせなあかんよ、言うのは簡単なんやけど……それやと根本的な解決にならんしなあ……それで今まで見守ってたんやけど、結局今もあんな感じや……》

 

 流石に八神家の小さなママさんを密かに自認するはやても、2人の事で困っているようだ。ゼロは少々考えるが。

 

《そう言う事なら、俺が明日それとなく聞いてみるぜ。な~に、俺とヴィータは似たようなタイプだからな……話しやすいだろ?》

 

《ほんなら頼むわゼロ兄……》

 

 正直困っていたはやては、ゼロに任せる事にしたのだった。確かにヴィータはゼロが一番話しやすいだろう。そんなやり取りが昨晩有ったのである。

 

(ゼロ兄大丈夫やろか……?)

 

 はやては少々心配になり、心の中でのみコッソリ呟いた。

 

 

 

 

 海鳴市の外れに在る山岳地帯。1月の山中は寒々しく、動物達のほとんどは冬眠時期であまり姿は見えない。辺りは先日の大雪で白く染まっている。

 その中の森にポッカリとした広場が在った。軽くサッカーでも出来そうな程の広さがある。 周囲の地形の厳しさから、とても常人が入って来れる場所ではない。人工的に造られたものではな く、自然に出来たものだ。

 たまに森にはこのような場所が偶然出来る事がある。以前にゼロが見付けた場所だ。はやてを連れて訓練風景を見せた事もあり、シグナムも何度か連れて来ている。今でも本格的な鍛練の時に使っているのだ。

 

 その広場中央、修行僧姿のおおとりゲンに、空手着、道着を着たゼロ、騎士服のシグナムにザフィーラ、それに私服のヴィータの姿があった。

 ゼロは黒い道着だけで裸足の格好だ。ゲンが地球に居た時、特訓に着ていたものと同じタイプの道着である。

 ゲンが道着を着ていたのを知らず、今までスポーツウェアで鍛練していたゼロに、ゲンが与えたものだ。

 ゼロは格好いいと嬉しそうではあるが、さっきからしきりに突きを繰り出したりして体を動かしている。動いてないと寒いのだ。父親譲りであまり寒さに強くないので仕方がない。

 しかしゲンはさほど厚着とは思えない修行僧姿にも関わらず、平然としている。 そのゲンの前に筋骨隆々の褐色の肌の青年、人間形態のザフィーラが対峙していた。

 

「ではゲン殿……行きます……!」

 

 ザフィーラは拳を構え、気合いと魔力を全身に充足させる。ヒグマが二本脚で立ち上がったような迫力があった。ゲンは頷き、

 

「手加減は無用だ……遠慮なく打ち込んで来るのだ……」

 

「おおっ!!」

 

 ザフィーラは吠えた。ゲンは変身していない。対してザフィーラは騎士服を纏い全力で向かう。

 瞬時に間合いを詰めた守護獣は拳を繰り出した。有り得ない風切り音を発して、鋭い拳打がゲンに飛ぶ。獣の筋力を持つザフィーラの拳は、スピードも破壊力も常人の比ではない。

 更に強化魔法をも付与された拳は当たれば岩をも砕き、人体を簡単に粉砕する程の威力を持っている。

 しかしゲンはザフィーラの怒濤の勢いのラッシュを、紙一重で全てかわして行く。最小限の動きのみで攻撃を避ける彼は、最初の位置から動いていなかった。

 避ける動作1つ取っても無駄が無い。避ける動作が大きいと、それだけ次の動きが遅れ隙が大きくなるが、ゲンはミリ単位で攻撃を避けていた。

 

「ウオオオオッ!!」

 

 まともに攻めても当たらないと判断したザフィーラは、パンチのラッシュをフェイントに凄まじいまでの回し蹴りを放つ。 ゲンは頭部への蹴りを、僅かに首を捻ってかわす。

 そこでザフィーラはそのまま回転し、後ろ回し蹴りを放った。同時に『鋼の軛』を発動しゲンの足元に鋭い刃を出現させる。

 足元から襲う刃に弾丸の如きキック、逃げ場は無い。両方が当たると見えた瞬間、ザフィー ラは凄まじい勢いで地に叩き付けられていた。 大地にめり込む程の衝撃だ。

 

「ぐはっ!?」

 

 ザフィーラは息が詰まり呻き声を上げる。シグナムは身を乗り出していた。

 

「お見事……!」

 

 賛辞の声を上げる。ゲンは攻撃が当たる瞬間、僅かな脚捌きだけで鋼の軛を全てすり抜け、キックを弾くとその反動を利用して地面に投げ飛ばしたのだ。鮮やかな早技であった。

 永い時の中でも、これ程見事な体術を目にした事は無い。流れるような一連の動作であった。

 キックを弾くのも打撃の方向を掌打で逸らしただけで、力は使っていない。どれ程の研鑽の結果なのか。それが判るシグナムも大したものだが。

 

「ありがとうございました……」

 

 ザフィーラはヨロヨロと体を起こしながらも、しっかりと立ち上がり頭を下げる。ゲンは鋭い相貌に微かに笑みを浮かべた。

 

「良い技と気迫だ……次っ!」

 

「ではおおとり殿……ご指南願います……」

 

 代わって前に出たシグナムは『レヴァンティン』を正眼に構え、ゲンに向かい合う。対するゲンは手にしている錫杖をゆったりと構えた。

 

(何という威圧感だ……!)

 

 シグナムは改めてゲンと正面から対峙し、その迫力に呑まれそうになるがそこは歴戦の騎士である将、自らも剣気を研ぎ澄まし負けじと威圧を放つ。

 

「ハアアアアッ!!」

 

 鋭い気合いと共に、シグナムは疾風の如く飛び出した。小細工は無用と、真っ正面からレヴァンティンを降り下ろす。

 手加減抜きの斬撃だ。全力で当たらねば非礼にあたるとシグナムは判っている。ゲンは初撃を風のようにふわりと避けた。

 しかしシグナムは外れた剣を返し、すくい上げるように斬撃を見舞う。二段構えの剣技だ。相当の使い手でも反応出来ない程の高速の技。

 当たるとシグナムが確信した瞬間、ギィンッと鋭い金属音が響く。レヴァンティンをゲンの錫杖が弾き返していた。

 

「なっ!?」

 

 シグナムは驚いた。ゲンの持っている錫杖は一部金属を使っているだけの木製の棒である。彼女は錫杖ごと両断するつもりで斬撃を放ったのだ。

 魔力強化をもされたレヴァンティンの攻撃を、ゲンは只の棒で防いだ事になる。超能力などで強化はしていない。純粋な技のみで防いだのだ。ゼロでもこんな真似は出来ないだろう。

 

「まだまだぁっ!」

 

 だがシグナムも只者では無い。直ぐに態勢を立て直し、嵐のような斬撃を繰り出した。愛刀が冬の太陽の光を反射して煌めく。

 常人では視認する事すら出来ない、超高速の斬撃だ。 ゲンは動じない。錫杖でことごとくレヴァン ティンの斬撃を弾き受け流す。シグナムが打ち込み、ゲンが攻撃を捌く、そのやり取りが続く。

 

「ちぇすっ!」

 

 攻めあぐねていた烈火の将は、必殺の気迫を込めて鋭い突きを繰り出した。ゲンは僅かに後方に退がり突きをかわす。間合いが開いた。シグナムはこれを待っていた。

 

「レヴァンティン!」

 

《SchlageForm!》

 

 主の指示にレヴァンティンはカートリッジを排出し、心得たとばかりに刀身を蛇腹状に分割する。分かれた刀身は元の数十倍もの長さとなって、大蛇の如くのた打ちゲンに襲い掛かった。

 その周囲をレヴァンティンの剣の陣が取り囲み、大蛇が獲物を絞め殺すかの如く一気に狭まって行く。次の瞬間ゲンの居た場所が砕け散り、 土砂が高く舞い上がった。

 

「シグナムやり過ぎなんじゃ……?」

 

 あまりに容赦ない攻め。実戦そのものだ。 ヴィータは思わず引いてしまうが、シグナムは土煙の中に突っ込んで行く。

 これでやられるような相手では無いと判っているのだ。駆けながらレヴァンティンの鞘を取り出し、煙の中に投擲した。

 唸りを上げて飛ぶ鞘が土煙の中に突っ込むと、中で何かにぶつかったような音がする。やはりゲンは無事で鞘を弾いたようだ。

 シグナムは大地を強く蹴ると、飛行魔法を発動させ高速で土煙の中に飛び込んだ。

 

「紫電……一閃っ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、剣形態に戻した炎の魔剣を横殴りに叩き付けた。威力こそ調整してあるが、その斬撃は鋼鉄をも両断する。

 

「おおっ!!」

 

 固唾を飲んで見ていたゼロ達3人は、驚いて声を上げていた。土煙が晴れると、レヴァン ティンの燃え盛る刀身の上に立つゲンの姿が現れたのだ。

 

「何と!?」

 

 シグナムも驚いてゲンを見上げている。彼女の腕には、ゲンの重さが全く感じられない。まるで羽毛か空気のようだった。

 

「エイャアアッ!!」

 

 ゲンの気合いが響いた瞬間、レヴァンティンは蹴りで跳ね飛ばされていた。地面に愛刀が突き刺さる。同時に痛烈な錫杖の突きがシグナムの腹に打ち込まれた。

 

「ぐっ……!」

 

 騎士甲冑を抜いて衝撃が襲う。発剄の一種だろう。だが重火器をも寄せ付けない騎士甲冑を抜くとは恐るべき技だ。

 衝撃にシグナムは膝を屈しかけたが、不屈の心で大地を踏み締め素手で構えた。闘志はまるで衰えていない。武器を失っても尚反撃を狙う。ゲンはそんな烈火の将を満足げに見据えた。

 

「流石はヴォルケンリッターの将……見事な攻撃に気迫だ……私は今の一撃で仕留めるつもりだったが、見事凌いだな……良し、ここまで!」

 

「……おおとり殿……お手合わせ感謝します……」

 

 激戦を終えたシグナムは、肩で息をしながらも深々と頭を下げた。後ろに退がった彼女とザフィーラにゲンは、

 

「2人共、千年近い実戦経験が有るだけあって中々のものだ……それだけの腕に魔法が有れば、まずどんな魔導師にも遅れは取るまい……? 並の怪獣にも対抗出来る筈だ……」

 

 シグナムはゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ……今の腕では主を守りきれません……対抗出来るくらいでは駄目なのです……必ず倒さねばならない相手が居る故……それにおおとり殿に比べれば、私などまだまだひよっこ同然でしょう……」

 

 脳裏に自分と瓜二つの女剣士を思い浮かべる。まるで太刀打ち出来ない程の恐るべき敵。対抗出来る力を付けなくてはならない。

 それに永い戦いの日々を経てきた自分達も、1万年以上を生きて来た『ウルトラマンレオ』 にしてみればまだまだ若造だと痛感する。だがそれは新鮮な感覚でもあった。

 

「盾の守護獣として……己の不甲斐なさを痛感しているが故です……」

 

 続いてザフィーラは静かに語るが、その言葉には強い決意が見て取れた。『闇の書』発動の際、皆を守れなかった自分を恥じているのだ。

 

「ウム……決意は判った……ならば私も協力は惜しまん……2人共まだまだ強くなれる!」

 

 ゲンは力強く頷いた。本気で強くなろうとする者に、惜しみ無い助力をするのが彼なのだ。シグナムもザフィーラも変身もしていないゲンに打ちのめされた事より、自分達がまだまだ強くなれるという言葉が何より心強かった。

 

「じゃあ、次は俺の番だな?」

 

 ゼロが指をポキポキ鳴らしながら前に出た。今度はゼロの番である。人間形態で組手をするのは今日が初めだ。

 ゲンの前に立つと、半身で左腕を突き出し右拳を引く『レオ拳法』独特の構えを取った。正式には『宇宙拳法』なのだが、最早レオ独自の流派となっている今、ゼロは敢えてレオ拳法と読んでいる。

 

「来いゼロ……!」

 

 ゲンも同じくレオ拳法の構えを取った。同じ構えだが、此方はまるでどっしりとした自然石のような風格を感じさせる。鋭い眼光がゼロを捉えた。

 

「行くぜぇっ!」

 

 ゼロは先手必勝と先に仕掛けた。正拳突きの連打を打ち込む。だがラッシュはことごとく打ち落とされていた。

 

(ウルトラ念力で強化した拳が!?)

 

 鋼鉄をも砕く拳が通用しない。しかもゲンは念力を使っていないのだ。ゼロは一瞬驚くが、師匠であるレオなら不思議では無い。

 ゼロはならばと休む暇を与えず、顔面を狙った上段突きに脇腹を狙った横突き、要するにアッパーとフックを交え、徹底的に拳打で上半身を攻める。

 されどゲンは動じない。ゼロの剛の攻めに対し、柔の技で巧みに攻撃を受け流す。達人の手並みであった。

 ゼロは休み無く攻撃を繰り出しながら、違和感のようなものを感じていたが、それが何故なのか判らない。気にしている余裕も無かった。

 

(まあいい、それよりも!)

 

 ゼロは不意を突くように前蹴りを放つ。突き主体の攻撃からの瞬時の切り替え。だが当たらない。ゲンは滑るように半円を描いて体を捌く。

 それでもゼロの動きは止まらない。更に前に出ながら、横に移動したゲンへ連続しての左足での回し蹴りだ。師はまたしてもヒラリとかわす。

 ゼロは休み無く蹴りを繰り出しながら、ゲンを執拗に追う。手数で圧倒するつもりなのか、唸りを上げるゼロの蹴りは鉈の如くゲンに向かって飛ぶ。

 

 流石にもて余したと判断したゼロは勝負に出た。大振りの上段回し蹴りで距離を取ると、大地を蹴って高く跳躍したのだ。

 並外れた超人的バネに念力をも併用したジャンプは、軽く十数メートルを超えていた。空中で体を回転させる。 生身での『ウルトラゼロキック』だ。

 しかしこのタイミングで出すにはまだ早い。当たれば必殺だが、その分隙も大きい。 ゲンはその隙を見逃さず、地を蹴り弾丸の如く跳び上がる。此方もゼロ並みに高いジャンプだ。

 

「タアアアッ!!」

 

 必殺キックの態勢に入る直前のゼロの蹴り脚に、ゲンの鋭い蹴りが激突した。バランスを崩されたゼロは吹き飛ばされてしまうが……

 

(掛かった!)

 

 ゼロは吹き飛ばされた反動と念力の応用で素早くゲンの背後に回り込み、その僧衣をガッチリ掴んでいた。

 相手を逆さに持ち上げ、頭から地面に叩き付ける『ゼロドライバー』の体勢だ。ゼロキックはこの布石だったのだ。

 

「貰ったああっ!!」

 

 ゼロがやったと確信した時、不意に天地が逆転した。逆に自分の体がゲンによって、ぐるりと引っくり返されていたのだ。

 

「うわあああぁぁぁぁっ……!?」

 

 驚く間も無く四肢をガッチリ極められたゼロは、そのまま頭から地面にズドオンッと轟音を上げて叩き付けられてしまった。

 

 

 

 

 

「お~い、生きてるかゼロ?」

 

 ヴィータは見事に頭をめり込ませて、地面に逆さまに突き刺さっているゼロに声を掛けた。少々笑える光景である。するとビクビクと体が動き、ゼロは頭を抜いて顔を上げた。

 

「ぺっ、ぺっ! チクショウやられたか……!」

 

 口に入った土と雪を吐きながら悔しがる。真っ黒になってしまった顔を、強者3人抜きしたにも関わらず涼しい顔をしているゲンに向けた。

 

「ウルトラマン形態だと、もう少し食い下がれてた筈なのに、何で人間形態だとあっさりやられちまったんだ……?」

 

 しきりに首を捻る。これが違和感の正体だった。ゲンの動きに思うように着いて行けないのだ。納得が行かない弟子に対して、ゲンは表情を厳しくした。

 

「ゼロ……それはお前がまだ、人間形態を使いこなせていないからだ……」

 

 レオは厳しい特訓を全て、人間おおとりゲンとして乗り越えて来た。それをウルトラマンレオとしての自分にフィードバックさせ、数々の死闘に勝ち抜いて来たのである。ゼロとは年期が違う。

 

「ゼロ……お前はウルトラマン形態に頼り過ぎのようだな……?」

 

「頼り過ぎ……?」

 

 思ってもみなかった部分を指摘され戸惑うゼロに、ゲンは更に辛辣に続ける。こういう時彼は実に容赦ない。

 

「大方何かというと変身していたな……? その気持ちは甘えに繋がる……俺も以前お前の父セブンに厳しく諭されたものだ……」

 

「親父に……? 師匠も……?」

 

 道に迷った挙げ句変身して帰ろうとした事もあり、『ウルトラゼロアイ』を奪われた時は動揺しまくったゼロには、思い当たる事ばかりである。

 

「変身さえすれば負けないというのは驕った考えだ……人の身で全力を尽くせない者には何も出来ん……その事を肝に命じておけ!」

 

 ギリギリまで変身してはいけない、力を無闇に使ってはならない。ゼロも聞いた事のあるウルトラマンとしての心構えだが、ゼロは鼻で笑っていたクチである。

 振るえる力が有るなら使えばいいとシンプルに思っていたが、色々と身につまされた今、師匠の言葉が身に染みるゼロであった。

 

 

 

 

 

 しっかりと絞られた後も各自指導を受け、皆夢中で体を動かしていた。何時の間にかヴィータも混じっている。ふと気が付くと太陽が傾き始めていた。

 

「良し……今日はここまでにしておくか……」

 

 ゲンが特訓に精を出すゼロ達に声を掛けた。流石に全員疲れて息を吐いている。経験のあるゼロはともかく、守護騎士達もちゃんと着いて来ていた。

 生半可な魔導師なら、等の昔にダウンしている内容である。歴戦のヴォルケンリッターならばこそ着いて来れたのだ。

 

「早く帰らないと、晩ご飯に間に合わなくなるぞ?」

 

 結局特訓に混ざったヴィータは、お腹がペコペコで情けない声を出した。シグナムは苦笑する。

 

「ならば……転移魔法で戻るとするか……」

 

 レヴァンティンを掲げ、術式を発動する準備をしようとするとゼロが手を挙げた。

 

「俺は走って帰る事にするぜ、ヴィータ協力してくれ」

 

「協力……? 走って間に合うのかよ?」

 

 心配そうなヴィータに、ゼロは任せろと胸を叩いて見せる。

 

「心配すんなって、必ず飯前には辿り着いてやるって! 重し代わり頼むぜ?」

 

「しょうがねえなあ……」

 

 ヴィータは苦笑して騎士甲冑を解くと、ゼロの背中にズンッと飛び乗った。腕組みして背中に乗っているので、おんぶと言うより騎馬戦のようだ。

 ヴィータは誰かの微妙な視線を感じた気がしたが、それはともかくゼロは発進準備完了と片手を挙げる。

 

「晩飯には戻る。くれぐれも車には気を付けるぜ師匠っ!」

 

「車……?」

 

 ゲンは怪訝な顔をした。ゼロは呆れたように眉をしかめた。

 

「駄目だぜ……? 車の恐ろしさは師匠が一番良く 知ってるんだろ? 俺なんて何時襲われてもいいように、常に気を配ってるんだぜ」

 

 ゼロは得意顔である。ゲンは、ああ……と呟くと苦笑を浮かべた。

 

「何だゼロ……お前まだ、あの冗談を真に受けていたのか……?」

 

「へっ……? 冗談……?」

 

 ゼロの目が点になっていた。弟子のポカンとした顔を見て、流石にゲンも吹き出しそうになる。本当に軽いジョークだったのだ。

 

「だからあれは冗談だ……当時ひねくれていたお前を軽くからかっただけだ……」

 

「からかっただけぇぇっ!?」

 

 ゼロは地球に来てからの、自分の阿呆みたいな行動の数々を思い返した。他から見ればとんだ間抜けだったろう。

 

「うそ~ん……?」

 

 思わずそう口走っていた。皆は笑いを堪えるのに苦労したものである。しばらく後になって、とある青年のせいで同じ台詞を吐く羽目になるのをゼロは知るよしも 無い。

 

 

 

 

 

 

 茜色に染まる空の下ヴィータを背負ったゼロは、川沿いの土手をほとんどダッシュで駆け八神家を目指していた。すると背中のヴィータがふと、

 

「なあゼロ……おおとりさんて良い人だよな……」

 

 空を見上げながらしみじみ呟いた。ゼロは顔をしかめていた。

 

「どこがだよ……? スゲエ厳しいし……純粋な青少年をからかいやがって……」

 

 まだ根に持っていて不満げに文句を垂れる が、ヴィータは笑って宥める。

 

「おおとりさんは今居ないから、そう尖んなよ。確かに厳しいけど、一緒に居て判るんだよ……アタシ達にも本気で付き合ってくれてるのが……」

 

 途中で混ざりたくなったヴィータの気持ちを察して、ゲンは招きしっかりと指導してくれた。一見厳しいが細やかな心使いが感じ取れた。

 指導も行き届いたもので、無闇に厳しい訳では無い。 伸ばす点を指摘するのも上手かった。ヴィータは何度も頷かされたものである。ものを教わるなど何時以来だろうと感慨深かった。

 

「……俺も……師匠には感謝してる……」

 

 ゼロはポツリと漏らした。やっと素直になったようだ。黙って聞くヴィータに視線を一瞬合わせる。

 

「俺が故郷を追放されて、師匠達に世話になってったって話は覚えてるよな……?」

 

「うん……」

 

 ゼロは磁気嵐が吹き荒ぶ、荒涼とした惑星の風景を思い出しながら自嘲を浮かべた。

 

「……あの頃の俺は……何時も苛々してた……何度も逃げては捕まったり、師匠達に当たり散らしたり……しょうもねえよなあ……そんな俺を見捨てもせず、師匠はみっちり鍛え上げてくれた……」

 

「やっぱ感謝してんだ……?」

 

「当たり前だ……でもな……それだけ恩があるの に、まだ礼の一言も言ってねえんだよな……」

 

 ゼロはため息を吐いた。ヴィータはしばらく黙って俯いていたが、顔を上げて少年の横顔を見る。

 

「……アタシも……同じだよ……」

 

 噛み締めるように呟いた。つくづくこの少年は自分に似ていると思った。肝心な所で素直になれない。

 

「アタシとあいつの事気付いてんだろ……?」

 

「あっ、ああ……」

 

 ゼロは決まりが悪そうに応える。どうやらヴィータと、その事で話すつもりだったのはバレバレだったようだ。

 

「……前の主の時まで、アタシはこんなクソみたいな人生さっさと終わればいいと思ってた……」

 

 ヴィータは胸のつかえを吐き出すように、ポツリポツリと話し始める。ゼロは黙って相槌を打つ。

 

「年中イライラきて……周りに当たり散らして……あいつが悪い訳じゃないのに……誰かのせいにしないと立っている事も出来なかった……」

 

「そうか……」

 

 ゼロはヴィータのわだかまりが判った気がした。

 

「こんな人生なのも全部あいつのせいだって、ずっと八つ当たりしてたんだよ……悪い事した……謝んなきゃいけないって判ってんだけど……」

 

 自己嫌悪でヴィータは再び俯いてしまった。ゼロの背中に顔を埋める。少年にはそんな彼女の気持ちが良く判った。

 そんな自分が恥ずかしく、顔向け出来なかったのだろう。それは此方も同じだった。ヴィータの気持ちを汲んで、ゼロもしばらく黙って走っていたが、

 

(これじゃあ、俺もヴィータも駄目だ!)

 

 色々考えた末ある決心をする。心は決まっていた。

 

「なあヴィータ……俺も師匠に素直に謝って礼を言うから、ヴィータもリインに素直になってみないか……?」

 

「えっ……?」

 

 ヴィータは顔を上げ、戸惑いを隠せないようで再度聞き返すが、ゼロは実の兄のように優しく微笑みを浮かべた。

 

「俺もその……何だ……頑張るから、ヴィータもやってみろって事だ……」

 

「……やってみろって言ったって……」

 

 ヴィータは困ってしまいぶつぶつ呟いている。するとゼロはいきなり走るスピードを上げた。凄い勢いだ。追い抜かれたスクーターのおばちゃんが目を丸くしている。

 

「まあ、今直ぐって訳じゃねえよ! 時間が掛かっても良いから、何時か言えるように努力してみようって事だ!」

 

 ゼロなりに考えた結論だった。こういうタイプは素直になろうと決めるだけで、一大決心なのである。

 

「ちぇっ、何時かかよ? 頑張るって割りには目標が甘いぞ?」

 

「悪いが、俺も今直ぐとかは無理だ!」

 

「何だよそれ? あははははっ」

 

 正直に白状するゼロに、ヴィータは大笑いしてしまった。ウルトラマンの少年は背中の小さな騎士にニヤリと笑って見せ、更に走るスピードを上げる。もう見慣れた街並みが見えてきた。はやて達が待つ家までもう少しだ。

 

「行くぜぇっ、ラストスパートだぁっ!!」

 

「急げゼロっ! 今日ははやて特製カレーだぞ!!」

 

「おおっ、チクショウ腹減ったあっ!!」

 

 茜色に照らされる街並みの中、2人は愉しげに騒ぎながら自宅目掛けて駆けて行った。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 其処には上下の区別が無かった。色の無い空間。一種の結界である。その淀んだ空間の中で、3人の少女達が黒い塊を前に何かを話していた。

 

「王様、これが『皇帝の鎧』の欠片?」

 

 青い髪をツインテールに括ったフェイトそっくりの少女『レヴィ』がわくわくした目で、目の前の黒い塊を眺めている。

 

「そうだ……フフフ……『皇帝の鎧』とは、『闇統べる王』たる我に相応しい……そうは思わんかシュテル……?」

 

 王と呼ばれるはやてそっくりの少女『ディアーチェ』は不遜に塊を見上げた。黒い塊は何か巨大な物の破片であるらしい。禍々しい気配を放っているようだった。

 

「そうですね……しかし王、この欠片をもう少し集める事が出来れば、鎧自身が残りの欠片を引き寄せ完全になると、あの女は言っていましたが……」

 

 なのはとそっくりの少女『シュテル』は表情の乏しい顔を、隣で胸を張っているディアーチェに向ける。

 

「王……あの女の事を信用して良いものでしょうか……?」

 

 シュテルは慎重な質らしい。鎧の事を教えた女を疑っているようだ。ディアーチェは不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

「構わぬ……奴が何か企んでいようが、利用してやるまでの事よ……ハッハッハッ!」

 

「王様、何か判らないけどスゴい!」

 

 ふんぞり返るディアーチェに、レヴィは喜んで手を 叩く。シュテルはそこまで判っているのならと、ホッとしたようだ。するとレヴィが何か思い出したようで、紙袋を取り出した。

 

「あっ、そうそう……王様、シュテるんこれ食べようよっ」

 

 ゲンから貰ったお菓子である。ディアーチェはそれを見て顔をしかめる。

 

「要らぬ! そんな敵からの施しなど、王たる我が食せるか!」

 

「そう……残念、じゃあシュテるん2人で食べよう?」

 

 レヴィは早速お菓子を、作り出した力場の上に広げた。ビスケットやチョコレート、キャンディーなど色鮮やかなお菓子が沢山ある。

 

「これは……興味深いですね……」

 

 シュテルは無表情ながらも、何処と無く軽い足取りでやって来てお菓子を摘まむ。ふと視線を感じて後ろを見ると、ディアーチェがこちらの様子をチラチラ見ている。

 

「王……」

 

「なっ、何だ? 我は何も言ってはおらぬぞ!?」

 

 シュテルに声を掛けられ、ディアーチェは慌てて否 定の声を上げた。まだ何も言っていないのだが…… シュテルは鮮やかな色の、赤い包みのチョコレートを掲げて見せる。

 

「これは言ってみれば、レヴィが敵から奪った戦利品……献上品になります……」

 

 ものは言い様だが、プライドの高いディアーチェの自尊心には上手く作用した。

 

「ならば仕方ないな! 献上品を受けるのは王たる者の務めだ」

 

 ちゃっかり受け取った。はやてにそっくりだが、不遜な言動といい態度といい、中々面倒くさい人物のようである。

 『皇帝の鎧』を前にお菓子を食べる3人は、無邪気そのものだ。しかしそんな3人とは真逆に、鎧は不気味に軋み音を上げている。邪気が強くなっているようだった。

 

 『皇帝の鎧』……かつてある強大な力を誇った者の為に鋳造された暗黒の鎧。

 その名は『アーマードダークネス』……

 

 

 

つづく

 

 




次回『胡蝶の夢や』

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