第67話 来たのは誰や(前編)★
夢を見とりました……
1人の男の子の夢……
私は夢の中で、その男の子になっているのです……
男の子の目に映る、街を焼き尽くし天まで届きそうな怖い程の炎……銀色の顔をした人達の無惨な死体の山……
あちこちで耳をつんざく爆発が起こり、地獄のような有り様の中、沢山の怪物達が気味の悪い嗤い声を立てて行進するように歩いています……
怪物達は死そのものが具現化したもののように、ひどく恐ろしくおぞましく見えました……
その中の先頭の怪物が、大きな鋏のような手で何かをぶら下げています……
それはまだ小さい子供でした……男の子と同 じ……私と同じくらいの年の銀色の顔をした男の子が、怪物達に捕まっていたのです……
それを見た私、男の子はその子を助けようと、隠れていた半壊している建物から飛び出そうとしました……
でも夢の中の男の子は酷い怪我をしていて、満足に動く事も出来ません……
それでも男の子は、這ってでもその子を助けようと痛みを堪えて体を起こします……その時男の子の頭の中に、声が響きました……
《来るな……ゼロ……ッ!》
それは捕まっている子からの言葉でした……
《ふざけるな……っ! 今俺が行く……!》
警告を男の子は聞きません……その子を見捨てるくらいなら、死んだ方がましやと男の子は思っているのです……
でも出て行けば、男の子は確実に殺されてしまうでしょう……それでも男の子はズルズルと、這って前に進もうとします……
でも泥沼の中でもがいているように、重傷を負った体は思うように動いてはくれません……
それでも進もうとする男の子の頭に、再び捕まっている子からの声が響きました……
《馬鹿……っ! 今ゼロが出て来たら……他の子達はどうなる……っ!?》
男の子はハッとして後ろを振り向きました……其処には男の子より更に小さな子達が、 身を寄せあって恐怖に震えていたのです……
男の子とその子で怪物達から逃れ、ようやく此処まで避難させて来た子達でした……
愕然とする男の子に、再びその子からの言葉が伝えられました……
《その子達を……頼む……》
その声は明らかに怖くて震えとりました…… でもその子は絶対に助けを求めようとはしません……
その子の透き通るようなエメラルドグリーンの目には、恐怖を上回る強い意思が灯っていました……
「ん~~……?」
私八神はやては目を開けました。ぼんやり見慣れた天井が見えます。
隣を見ると、のろいウサギを抱えて無邪気に眠る、ヴィータの可愛らしい寝顔が見えました。 ようやく自分が部屋のベッドで寝ている事を 自覚します。
枕元の時計を見ると、何時も起きる時間の30分程前でした。
「……夢……?」
ベッドから体を起こし呟いてしまいます。夢にしては妙に生々しかったようでした。それに夢の中に出て来た人達は、ゼロ兄と同じウルトラマンの人達に見えました。
どうもハッキリしません。どうしてあんな夢を見たのでしょう。前にもゼロ兄の故郷の夢を見たような気もしますが、あんなシーンは無かった思います。
色々考えてみたんですが、結局よう解りませんでした。
目が冴えてしまった私は、ヴィータを起こさんように身支度を済ませ、そっと車椅子に乗ります。
もう胸が痛くなったりしません。『闇の書』 の呪いが解けたお陰で、身体の調子がとっても良いのが自分でも判ります。
最近体から活力がぐんぐん湧いて来る気がするのは、気のせいでは無いでしょう。身体が元に戻ろうとしとるようです。
でも心にポッカリ穴が空いとる心持ちなんは、みんなには内緒です……
車椅子を操作して、朝食の準備の為キッチンに向かいました。部屋に入ると隣のリビングの床で、狼ザフィーラが丸くなっとるのが見えます。
「おはようございます……主……」
音で判っとったようで、直ぐに顔を上げて渋い声で挨拶して来ました。
「ザフィーラ、おはようさん」
近寄って、モフモフの蒼い毛皮を撫でて私も朝の挨拶です。その感触をまったり味わっとると、
「おはようございます……我が主……」
銀色のロングヘアーが、カーテンの隙間から射し込む朝日にキラキラ反射します。銀髪をふわりとなびかせた、紅い瞳の綺麗な女性『リインフォース』が静かにリビングに入って来ました。
家に帰って直ぐに買って来た、私とお揃いの白のリブセーターとパープルのタイトスカートが、美人さんのリインに良う似合ってます。
「おはようさんリインフォース、今日は早いなあ?」
「どうも今朝は早く目が覚めてしまいまして……」
リインは薄く微笑んでいます。『夜天の魔導書』の管制人格やったリインフォース。私が物 心ついた時から、ずっと傍に居てくれた子……
とんでもない事件も終わって、今はひとまず平和な日々。ずっと一緒やったのにずっと会えへんかった、私の融合騎リインフォース……
思いがけない奇跡が重なって、消えてしまう筈だったリインを助ける事が出来ました。これで後は……
そんな事を思っとりますと、静かな家にガチャリと玄関のドアが開く音が響きました。私は一瞬ゼロ兄が帰って来たのかと思ってまいましたが、
「おはようございます……主はやて……」
廊下を静かに歩いて入って来たのは、スポーツウェア姿のシグナムでした。薄く汗をかき、頬が少し上気しとります。早朝トレーニングの帰りです。
「おはようさんシグナム、今日も早いなあ?」
私は期待が外れて、ちょう曇りそうになる表情を改め明るく挨拶しました。あかんあかん。主の私が景気悪い顔してたらみんな気にするわ。
シグナムはリインとザフィーラにも声を掛けると、汗を洗い落としにお風呂場に向かいます。でもその後ろ姿に、少し元気が無いようでした。何時もならゼロ兄と一緒に行っとりましたから……
「ゼロ兄……どんぐらい掛かるんやろな……?」
シグナムの後ろ姿を見送りながら、つい口に出していました。ゼロ兄が故郷に帰ってから、 もう2週間以上が経っています。
改めて実感してしまい、自然ため息を漏らしていました。こんなに長くゼロ兄の顔を見とらんのは初めてです……
「お寂しいですか……? 我が主……」
リインが心配して声を掛けて来ました。あかんあかん心配を掛けてもうた。さっき気を引き締めたつもりやったのに。
「大丈夫や、もうすぐゼロ兄は帰って来るよ」
私は笑顔を浮かべて、張り切って腕捲りして見せました。大丈夫……ゼロ兄は必ず約束を守ってくれる筈です。
ただ時間の感覚が違うんで、物凄く時間が掛かるなんて事が……またや、あかんあかん!
私は不穏な考えを振り払い、部屋のカーテンを開けようとサッシに車椅子を進めました。
自分に喝を入れる意味も含めて、一気にカーテンを開けます。(リモコンですけど)眩しい朝の光が目に飛び込んで来ました。
「あれ……?」
私は庭の光景を見て、思わず目をゴシゴシ擦ってしまいました。
何故なら庭に置いてあるオープンテラスの椅子に、何や格好つけたように片足を上げて立っている、紙袋を沢山下げたウルトラマン姿のゼロ兄が居たからです。
「ゼロ兄ぃっ!?」
「ゼロ……っ!?」
「ゼロ……?」
素っ頓狂な声を上げてしまうはやて達に向かい、ウルトラマンゼロは不敵に片手を挙げて見せた。
『みんな待たせたな、今帰ったぜ……』
本人は決めたつもりのようだ。強いて言うな ら、『ビートスター』で『エメラナ姫』の危機に駆け付けた時と同じ感じだが、『イージス』 ならぬお土産らしき紙袋を大量に抱えた姿は、家に帰省した人のようで色々台無しであった……
「ゼロ兄ぃっ!」
はやては考える前にサッシを開けて飛び出していた。次の瞬間、その体がふわりと宙に舞う。転んだ訳では無い。文字通り少女は宙を飛んで、ゼロの胸に飛び込んでいた。
『うおっ!?』
突撃してくるはやてを、ゼロは慌てて受け止める。意表を突かれたようだが、しがみつく少女を片手で軽々と抱き上げる。
『危ねえぞはやて……って言うかそのままで飛べるのか? 何時の間に……?』
はやては驚きを隠せないゼロの首根っこに掴まりながら、満面の笑みを浮かべた。
「まだまだやけど……リインに教わって魔法の練習を始めたんよ……ビックリしたか?」
『ま……まあ……かなりな……』
僅かな間の少女の変化に、ゼロはかなり所では無く驚いてしまった。そんなウルトラマンの少年にはやては悪戯っぽく笑い掛ける。
「ところでゼロ兄、何時から此処に居たん?」
『うっ……』
言葉に詰まるゼロは、決まりが悪そうに明後日の方向を見上げた。
『……ほんの……5分前だ……』
と銀色の無表情顔にも関わらず、丸判りな澄まし顔で言う。バレバレである。実際はかなりの間待っていたと思われる。
劇的な再会とやらを目論んで、誰か起きて来るのを待っていたようだ。ご苦労な事である。
2人の再会をほっこりして眺めていたザフィーラとリインフォースだったが、ザフィーラが思い出したように一歩前に歩み出た。
「ゼロ……ともかく早く家に入れ……誰かに見られるぞ……?」
『おっと、それもそうだな……』
例え本物と思われなくても、朝っぱらから着ぐるみを着てうろついている不審者と思われる可能性が大である。それはとても恥ずかしい。
ゼロは急いで『ウルトラゼロアイ』を外して人間形態になると、はやてを車椅子に戻し紙袋をリビングに置くと、律儀に玄関に回り家に入った。
その様子を眺めるはやては、何だかさっきまで不安に駆られていたのが馬鹿みたいだと、とても可笑しくなってしまった。
「あははっ、まったく……ゼロ兄はしょうもないなあ。改めてお帰りなさいゼロ兄……」
「お、おう……ただいま……」
クスクス笑いながら出迎える小さな家主に、ゼロは照れ臭そうに帰宅の挨拶をする。はやての笑顔を見て、ゼロは改めて帰って来たのを実感した。八神家は彼にとって、既にもう一つの我が家であった。
「ザフィーラ、リインフォース……今帰ったぜ……」
ゼロは片手を挙げ、少し気恥ずかしそうに2人にも挨拶する。こう言う空気はこそばゆいようだ。
「良く帰ったなゼロ……」
「お帰り……ゼロ……」
普段それ程表情を変化させない2人も、表情を綻ばせて少年を出迎えた。そこでゼロはリインを見ると、
「リイン、お前の身体の事だが……色々聞いてみたんだが……少なくとも命に関わる害は無いだろうって事なんだが……」
「そうか……済まないな……手間を掛けさせたよ うだ……」
ウルトラマンの因子が融合した件についてだ。心配で色々聞いて来たのだろう。頭を下げるリインに、ゼロは肩を竦めた。
「いや……それは別に良いんだけどよ……前例が無い事だから、何か身体の調子がおかしかったりしたら言ってくれ、相談してみるからよ」
何かしらの変化が起きる可能性が有るかもしれないとまだ心配なのだ。
「判った……今のところ特に異常は無い……身体機能が正常に機能し始めているのが異常と言えるが、他には無い……力も弱体化したままだ…… 私の魔導の全ては主に受け継がれている……」
リインははやてを見下ろし薄く微笑する。彼女の強大な力は、その殆どが失われていた。受け継いだ小さな主は頷く。
「頑張らんとなあ……」
自分に言い聞かせるように呟いていると、パタパタと誰かがリビングにやって来る足音がする。
「あら……みんな今日は早いのね?」
「何……朝っぱらから騒いでんだ……?」
朝食の手伝いに起き出したシャマルと、騒がしさに目を覚ましたヴィータが、眠い目を擦りながらやって来たのだ。ゼロは片手を挙げた。
「よおっ、シャマル、ヴィータ今帰ったぞ」
「ゼロ君っ!?」
「ゼロォッ!?」
見慣れた少年の顔を見て、シャマルとヴィータは素っ頓狂な声を上げていた。眠気も吹っ飛んだようで ある。
「ゼロ君……お帰りなさい……」
シャマルは最初は驚いたものの、柔らかな笑顔を浮かべて迎えてくれた。
「ゼロッ、お前っ!」
ヴィータは照れる少年に駆け寄っていた。ゼロは寂しかったのかと、両手を広げて迎え入れようとしたが、
「ぐはああっ!?」
腹に強烈な頭突きの一撃を食らって、悶絶してしまった。完全に不意を突かれた格好だ。
「遅くなった罰だ……」
ニヤリと顔を上げて笑うヴィータに、ゼロは腹を押さえながら苦笑するしか無い。今日はよく突撃される日である。
「悪かったよ……ただいまヴィータ……」
「お、おう……判ればいいんだよ……」
偉そうにふんぞり返るヴィータであった。照れ隠しなのは判っている。ゼロも何だかんだ 言って子供、ヴィータには弱い。
弟のように思っていた『ナオ』と重ねている部分もあるが、目付きがあまり良くない所や性格が似ているヴィータを、本当の妹のように感じているのだ。
はやてには初っぱなから、妹扱いは拒否られている……
頭突きから立ち直ったゼロは、持っていた紙袋を一旦リビングのテーブルに置く。
「いやあ……何か人間形態に慣れてきたせいか、風呂に入らんと落ち着かねえ……まずはひとっ風呂浴びてくるぜ」
善は急げとばかりに、ドタドタと風呂場に駆け出した。走りながらもう服を脱ぎ始めている。まるで子供であった。
「まだお風呂沸かしとらんおっ?」
「シャワーだけで充分だって」
はやての呼び掛けにゼロの声だけが応える。やれやれ……と苦笑するはやてだったが、何か忘れている気がした。
「我が主……どうかなさいましたか……?」
気付いたリインが尋ねるが、はやては額に指を当て、
「いやな……何か忘れとる気が……?」
う~んと頭を捻ったのと同じ時、ゼロは服を脱衣所に脱いで素っ裸になると、勢い良く浴室の戸を開け放っていた。久し振りではしゃいでいた彼は、完全に周りの確認を怠っていたのである。
「いっ!?」
声を出して固まるゼロの目前に広がる、色んな意味でピンク色な光景……
八重桜色の髪をかき上げシャワーを浴びている、グラビアモデルも目じゃないスタイルの女性の姿。
見事に盛り上がった双丘……引き締まって括れたウエストに艶やかなおし……
烈火の将シグナムの見事な裸体がゼロの目に飛び込んで来た。
ギョッとする少年を見て、シグナムの目が驚愕で見開かれ、更に目前に晒されたモノを目撃し、その顔が見る見る内に真っ赤に染まった……
「きゃああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!?」
絹を引き裂くような乙女、シグナムの悲鳴が八神家に響き渡った。
「あっ……」
そこでシグナムが風呂に入ったままだった事を思い出したはやては、納得したようにポンッと手を叩いていた。
*
「その……悪かった……ついはしゃいじまって……一声掛けるのを忘れてた……」
ゼロはリビングに正座で座らされ、シグナムにひたすら頭を下げていた。烈火の将は顔を茹でタコのように真っ赤にし、説教の真っ最中である。
「まっ……まったく…お前と言う男は……あれほど風呂に入る時は一声掛けろと……」
一応入浴の際は、一言掛けるのが八神家のルールである。こういう事が無いようにだが。
正座させたゼロにクドクド説教するシグナムの横で、はやてにヴィータ、シャマルは肩を震わし、必死で笑いたいのを堪えている。
ザフィーラは下手に口を出すと拗れそうなので無言。リインは興味深そうにシグナムを見ている。
「まあまあシグナム……その辺でええやないの? ゼロ兄も反省しとるし……」
はやてが助け船を出してくれた。尤も笑いを堪えているので、口許が怪しく目尻に涙が浮かんでいたが……
「コホン……分かりました……主はやてが、そうおっしゃるのであれば……」
シグナムはようやく矛を収める気になってくれたようである。ゼロは足の痺れを堪えて居ずまいを正した。
「悪かったシグナム……それと……今帰った……」
「う、うむ……良く帰ったな……」
シグナムはまだ顔が赤いものの、少々つっかえながら応えてくれた。
しかしゼロは神妙な顔をしながらも、網膜にバッチリとシグナムの肢体が焼き付いてしまい、少々困惑していた。そんな事は露知らず、シグナムは何かぶつぶつ口の中だけで呟いている。
(みっ、見られた上に……ゼッ、ゼロの〇〇〇を……まともに見てしまった……)
他の男のなら何とも思わないだろう。しかし武闘一辺倒で実は純情な女騎士に、ゼロのは少々刺激が強過ぎたようである。
(しっ、しかし……前は状況と痣に気を取られて見過ごしていたが……かっ、身体付きは確かにウルトラマンの時と同じだった……そうなるとウルトラマン形態の時は、ゼロの全裸を見ている事になるのでは……!?)
すごくしょうもない事を気にしてしまう。それは言ってはいけない事ではないだろうか。何だかんだでしっかり見ていたようである。
思い出してしまい頭から湯気が出そうになっているシグナムの肩に、労るように優しく手が置かれていた。リインフォースである。
「長生きはするものだな……武骨で男顔負けの将の、あんな可愛らしい悲鳴が聞けるとは思わなかったよ……」
「なっ!?」
微笑むリインは至って真面目だ。からかっているのでは無く素で言っているのである。どうやら素は天然らしい。思わず絶句してしまうシグナムであった。
*
ゼロはようやく風呂に入ってサッパリし、 久々に皆と揃って朝食を食べていた。
ご飯にお味噌汁に焼き魚、2週間振りの日本の朝食に舌鼓を打ち、三杯目のお代わりを頼むゼロだが、ふと違和感のようなものを覚えた。しかし原因が何なのかまでは判らなかった。
人心地ついたゼロは、お土産をテーブルに広げて見せる。結構な量であった。
「珍しいお菓子やねえ……?」
はやては箱に入っているサブレらしきお菓子を摘まみ、しげしげと見詰めた。変わった飛行機の形をしている。袋を見ると、『ガンフェニックスサブレ』と書いてある。ゼロは頭を掻き掻き、
「いや……俺ん所は土産物らしき物は有ってもサイズがデカイし……あんまり人向きの物がねえから……メビウスの友達を送り届けるついでに、メビウスが地球に居た時代の土産物を手当たり次第に買ってみたんだが……」
「へえ~、流石怪獣や宇宙人が沢山居る世界のお土産やねえ……珍しいもんが揃っとるなあ……」
はやては興味深そうに、ゼロが買い込んできたお土産を眺めたり触ったりしている。
ガンフェニックスサブレに始まり、GUYS饅頭に隊員が食べるレーションのパック、ウルトラ兄弟の人形から怪獣の縫いぐるみ、ガンフェニックスの玩具まであった。
ヴィータは『ルナチクス』の縫いぐるみが気に入ったようで、しきりにいじり回している。ヒロトを送り届け、ミライがGUYSメンバーに挨拶に行っている間、GUYSJapan直営店に行って買って来たのである。
「まあ……その……何だ……親父がお世話になった人達には、ちゃんとお土産を持って行けと言われてな……」
ゼロは決まりが悪そうに肩を竦める。父セブンに言われてのようだ。道理でゼロにしては気が効いている。
「でも……ほんまに思てたより早く帰れて良かったわ……」
はやては本当に嬉しそうだ。表面にあまり出ない者も居るが、それは八神家全員の心の声でもある。この少年が居ると色んな意味で飽きない。一気に家が賑やかになったようである。
だがそこではやては意味ありげに微笑んだ。穏やかな笑みに関わらず妙に怖い。
「いや……ほんま直ぐにとか言っといて、10年後ぐらいに帰って来て「早かっただろ?」なんてオチやったら、大ひんしゅくもんやからなあ……?」
「まったくです……もしそうだった時は切腹ものでしたね……? その時は私がレヴァンティンで介錯してやる所でしたよ……」
シグナムがニタリと怖い笑みを浮かべて待機状態のレヴァンティンを握り、不穏な合いの手を入れる。さっきのお返しでからかっているのかと思うとそうでもない。目が本気だ。
ゼロは背筋がゾッとして、背中に嫌な汗をかいてしまった。実は結構危なかったのである。
『ダークザギ』との戦闘と、ヒロトを送り届ける為に使った『ウルティメイト・イージス』 はエネルギーを完全に使い果たし、使用不能になってしまった。回復にはそれなりの時間が必要と思われる。
その為次元移動の為の改良型ブレスレットや、その他の装備の申請に科学技術センターに行った時の事である。
何万年以上も生きるウルトラ族のこと、職員に『他の人達の装備も有りますし、10年のお急ぎコースでいいですよね?』などと言われていたのである。
危うく頷きかけたゼロだったが、10年後に戻った場合、とても酷い目どころか命の危機に遭いそうな予感を覚えた。
『10日でやってくれ!!』
職員に慌てて発破を掛けたものである。危なかっ た……と冷や汗をかくゼロであった。
『ウインダム』の縫いぐるみを撫でていたはやては、思い付いたように手をポンッと叩く。
「私はこれから病院で検査やけど、ゼロ兄も帰って全員揃った事やし、改めてお正月を祝おうやないの? 帰りに買い出しやね」
「「おお~っ!」」
ゼロとヴィータは揃って歓声を上げ目を輝かせる。皆も喜んで賛同した。
年末年始は管理局での聞き取りや精密検査などで慌ただしく、落ち着いたのも正月過ぎだったので時期を逃した形になり、まだまともに祝っていない。
なのは達から温泉旅行に誘われていたのだが、それも結局行けなかった。
「それじゃあ、俺はフェイトとなのはの所ににお土産を届けて来るぜ」
この辺もセブンに言い含められたようだ。と言う訳で、各自夕食の正月祝いまでに、それぞれの用事を済ませる事になった。
*
病院へ行くはやてには、シグナムにヴィータ、シャマルが付き添い、挨拶回りのゼロにはリインフォースとザフィーラが着いて行く事になった。
リインは、なのはとフェイトには迷惑を掛けたので、改めてしっかり礼を述べるのが筋と言い出したのである。ザフィーラは2人のお守りと言う訳だ。
よく道に迷うゼロと、まだ地理に明るくないリイン だけでは目的地に着けるか非常に怪しいのである。
買い出しはそれぞれが分担して買って来る手筈だ。出発間際ゼロは自信満々で宣言する。
「大丈夫だザフィーラ、リイン、もう迷う事はねえ! 大船に乗ったつもりで俺に任しときな!」
お土産袋をぶら下げて、新たに身に付けた子犬フォームザフィーラとリインに、頼もしく請け負うのであった……
*
一方はやて達はバスを降り、病院に向かって並木道をのんびり歩いていた。1月の並木道は寒々しいが、シャマルに車椅子を押してもらうはやてはそんな事は関係無く、とてもニコニコしている。
「はやて、嬉しそうだね?」
隣を歩くヴィータが笑い掛ける。はやては頬を染めて笑った。
「だってこれでみんな揃ったやないの…… ヴィータも嬉しいやろ? ゼロ兄が居らんで寂しがっとったやな いか?」
「べっ……別に寂しがってなんか……」
図星を指されてあたふたするヴィータに、シャマルとシグナムの追撃が飛ぶ。
「ヴィータちゃん、ゼロ君と本当の兄妹みたい だもんね……」
「お前、ここの所ずっと詰まらなそうにしてい ただろう……?」
ヴィータは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
「うっせえなあ……シャマルもシグナムも……」
ぶつぶつ文句を垂れてはいるが、やはり嬉しいらしく何時もよりムキにならない。
「まあ……ゼロは危なっかしいかんな……またアタシが面倒見てやんねえと……」
照れを誤魔化そうと偉そうなヴィータに、はやてはクスクス笑ってしまうが、ふと心配になった。
「3人共……ちゃんとなのはちゃん達の家に着いたやろか……?」
ゼロ達3人の現状がとても気になった。
*
「ゼロ……此処は一体何処なんだ……?」
リインフォースは困惑して、先頭を歩くゼロに声を掛けた。周りを見ると、駅前に在るなのはの実家『喫茶翠屋』に向かうどころか、海が見えて来ているではないか。
「おっかしいなあ……?」
ゼロは途方に暮れて頭を捻った。困り過ぎて首の角度が90度近く傾いている。案の定しっかりと道に迷ってしまったようである。『光の国』に帰って、却って迷子癖が酷くなってしまっていた。
「わりい……迷った……」
真剣な顔をして誤魔化すしか無い、哀しいウルトラマンゼロであった。大船では無く泥船だったようである。
こんな調子では何時まで経っても目的地に辿り着けない。ザフィーラもここまで迷うと家に帰るならともかく、初めて行く場所に案内するのは厳しい。
あまりに自信満々に先を行くゼロを、つい信用してしまったのが運の尽きだったようである。
ゼロは自分の判断で行くのは諦めて、誰かに道を聞こうと辺りを見回した。すると向こうから、編み笠を目深に被り錫杖を携えた修行僧が歩いて来るのが見える。
この辺りでは珍しい。宗派の本山近くの街ではよく見掛ける光景ではある。
「あの……すんません……」
ゼロが近付いた時、その修行僧は被っていた編み笠をおもむろに上げた。その顔を見たゼロは驚いて目を丸くしてしまう。
「しっ、師匠ぉっ……ウルトラマンレオッ!?」
「こんな所で何をしているのだゼロ……?」
剣豪の如き研ぎ澄まされたオーラを放つ、眼光鋭い精悍な中年男性。『ウルトラマンレオ』のもう一つの姿『おおとりゲン』その人であった。
つづく
現れたおおとりゲンに、動き出す不穏な影達。
次回『来たのは誰や(後編)』