夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第66話 帰還-リターン-

 

 

 衛星軌道上に係留中の次元航行船アースラでは今、珍しい客達を迎え入れていた。 迎えるリンディは少々身が引き締まる思いである。

 並みの客人では無い。次元世界のこれからに関わる客である。現れた客達の姿に最初リンディは戸惑った。

 それは彼らが全く人間と変わらない姿で現れたからである。そう客とはウルトラ戦士達であったのだ。

 説明を受け納得したリンディは、4人を応接室に招いた。皆民族衣装に似た服を着ている東洋人の男性達だ。年齢にかなり幅があるように見えた。

 

「ようこそいらして下さいました。『時空管理局』所属アースラ艦長リンディ・ハラオウンです」

 

 リンディはウルトラ戦士達に丁重に挨拶し、右手を差し出した。男性達は皆一礼し、その中の1人、還暦程の髪を後ろで縛った男性が代表して手を差し出した。

 

「ゼロの父で『光の国・宇宙警備隊』所属『ウルトラセブン』です。この姿の時は『モロボシ・ダン』と呼んでいただければ……」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、リンディの手をしっかりと握った。続いてダンの後ろに立っている爽やかな笑顔の中年男性が名乗る。

 

「同じくゼロの叔父で『ウルトラマンタロウ』 『東光太郎』です」

 

「『ウルトラマンレオ』……『おおとりゲン』 です……」

 

 精悍な表情をした中年男性が、眼光鋭く自己紹介する。

 

「僕は『ウルトラマンメビウス』『ヒビノ・ミライ』です」

 

 最後に優しげな青年が、人懐っこい表情で挨拶した。人間形態のウルトラ戦士達の揃い踏みである。彼らからリンディに直接会って話をしたいとのコンタクトが有り、アースラに招く事になったのだ。

 『アストラ』と『メロス』は、『ダークザギ』の置き土産のゲートの調査を行っている。

 強大な力を持った未知の巨人種族。まともに顔を合わせるのは初めてだ。緊張が高まるのは仕方ないと言える。4人に席を進め、紅茶を出したリンディは居ずまいを正し、

 

「それで……お話しとは……?」

 

 次元世界初のウルトラマンとの会談が始まった。

 

 

 

 

 

 

「……ん………?」

 

 ゼロは身体に違和感を感じ目を開けた。近未来的な造りのツルリとした天井が見える。ベッドに寝ているらしいとぼんやりと思った。

 どうやら医務室らしい。 身体に目をやると違和感の正体が判った。腕に付けられたチューブである。輸血の為のものだ。

 ベッド脇の医療機械らしきものから、赤いものがチューブを伝っているのが見える。上半身にはコルセットのようなギブスが付けられていた。ザギにやられて骨折した肋骨の治療であろう。

 人間形態のゼロの身体は人間そのものなので、一般的な治療が効く。

 

「……此処は……?」

 

 ザギを倒し地上に降りた後の記憶が無い。首を捻っていると部屋のドアが静かに自動で開き、八重桜色の髪をポニーテールに括った凜とした女性が入って来た。

 

「ゼロ、目が覚めたのか……?」

 

 シグナムである。様子を見に来たのだ。ゼロが目覚めたのに気付き声を掛けて来た。

 

「シグナム……此処は……痛ぇっ!?」

 

 上半身を起こしたゼロは、鈍い胸の痛みに呻き声を上げてしまった。シグナムは苦笑して、胸を押さえて顔をしかめる少年を支えてやる。

 

「いきなり起き上がろうとするからだ……肋骨が数本折れているのだぞ。血も足りない状態で輸血を施している所だ。艦長殿の好意でな……此処はアースラの中だ。お前は限界まで力を使い果たして倒れたのだぞ……」

 

「倒れちまったのか……アースラの中……みんなはどうした……?」

 

 見張りも拘束もされていないし、シグナムも1人で普通に歩き回っているようだ。濡れ衣も晴れている。好意で休ませて貰っているのは本当だろう。

 それでも皆の事が気になった。不安げな顔をするゼロにシグナムは微少して見せる。

 

「案ずるな全員無事だ……主はやてが、初陣での魔力使用による過労でお休みになっているが問題ない……少し休めば回復されるだろう……ゼロの父上達は今、艦長殿と話をしに行っているそうだ……」

 

「そうか……」

 

 ゼロはホッと安堵の息を吐くと、腕に付けられたチューブを引き抜き、検査機器のコードをひっぺがした。

 

「大丈夫なのか?」

 

 気遣うシグナムに、ゼロは涼しい表情を示す。

 

「輸血もあらかた終わったみてえだし、治療のお陰で怪我もあんまり痛まねえよ……みんなの所に行こうぜ……」

 

 何でも無いように立ち上がる少年に、シグナムは苦笑する。相変わらず意地っ張りな男であった。

 

 

 

 ゼロはシグナムに着いて、はやての寝かされている部屋に向かう。向かうと言っても直ぐ側である。

 ゼロを気遣い通路をゆっくり目で歩くシグナムは、隣を歩くゼロの足取りに乱れを感じた。案の定少年はバランスを崩してよろけてしまう。

 

「ゼロッ!?」

 

 シグナムはとっさに、ひっくり返りそうになるゼロを抱き止めた。強がりでも言うかと思うと、少年は支えられたまま反応が無い。

 具合が悪くなったのではないかと、シグナムが心配して呼び掛けようとすると、ゼロがいきなり手を伸ばし彼女をしっかりと抱き締めていた。

 

「ゼゼゼっ……ゼロぉっ!?」

 

 いきなりの大胆な行動にシグナムは顔を真っ赤にし、わたわたと大慌て状態になってしまった。ゼロは彼女をしっかりと抱き締め、まったく放す様子は無い。

 

(わっ、私はどうしたら……?)

 

 どうすれば良いのか武骨な将には分からない。少年の鍛え上げられた肉体の感触に頬が熱くなる。頭から湯気を出しそうになっている烈火の将。すると顔を伏せていたゼロがやっと口を開いた。

 

「……本当にシグナムだな……良かった……」

 

 言葉尻が震えている。そこでシグナムはゼロの行動の意味を悟った。彼はシグナム達が消された時の事を思い出したのだ。

 大事な者を喪うという、二度と味わいたくないと思っていた喪失感が蘇り、不安に駈られてしまったのだろう。

 

「みんな居なくなっちまったかと思った……良かった……本当に良かった……」

 

「ゼロ……」

 

 ゼロの目からポロポロと涙が溢れていた。心からの嬉し泣きだった。とても素直な感情が伝わって来る。

 シグナムはゼロの気持ちがとても嬉しかった。幼子のように震えてしがみ付く少年が、ひどく可愛く思える。

 

(戻って来れて良かった……)

 

 彼女も心の底からそう思う。一歩間違えれば、二度とゼロとはやての所に戻って来れなかっただろう。今の自分にはとても耐えられまい。烈火の将は実感を込めて慈しむように微笑を浮かべていた。

 

「ああ……私は此処に居る……」

 

 耳元で優しく安心させるように囁き、震える背中をそっと撫でてやる。武骨な女騎士の精一杯であった。

 

 

 

 

 落ち着いたゼロがシグナムに連れられて病室に入ると、部屋のベッドにはやてが寝かされていた。倒れた後アースラに運ばれた少女は、こんこんと眠り続けている。

 まだ目が覚める様子は無い。ベッドの周りにはヴィータにシャマル、狼姿のザフィーラが見守っている。

 そしてはやてを見守るもう1人の人物。 長い銀髪の紅い瞳の女性。『夜天の魔導書』 の管制人格『リインフォース』である。

 

「はやては本当に何でも無いのか……?」

 

 死んだように眠るはやての寝顔を見て、ゼロは不安げに尋ねた。リインフォースは静かに頷く。

 

「何も問題は無い……初の実戦で魔力を全開で使われたからだ……休息を取れば元気になられる……それに私からの侵食も完全に止まっているし、『リンカーコア』も正常作動している……不自由な足も時を置けば自然回復するだろう……」

 

「そうか……」

 

 どうやらはやては問題ないようだ。ホッと安堵の息を吐くゼロだが、今度はリインフォースを改めて見た。

 

「リインフォース、そう言うお前は大丈夫なの か……?」

 

 防衛プログラムを全て切り離した彼女の身体が気になる。つまり改変されていたとはいえ、自分の身体の殆どを失った事になるのだ。ゼロの心配に、リインフォースは複雑そうな表情を浮かべた。

 

「その事でゼロ……お前に聞きたい事が有るの だ……」

 

「聞きたい事……?」

 

 ゼロはキョトンとした。いくら魔法プログラムを理解しても、リインフォースの身体の事が分かる訳では無い。役に立てるとは思えなかった。困惑するゼロにリインは事実を述べた。

 

「防衛プログラムの切り離しの際に、引き千切られた私の根幹部は回復しようのないダメージを負った……」

 

「何だって!?」

 

 それは大変な事なのではないのか。致命傷を負ったように思えた。リインフォースは顔色を変えるゼロを宥め、

 

「最後まで聞いてくれ……本来ならこの身に宿した自己再生能力故に、再び防衛プログラムを構築してしまう可能性があったのだが……切り離しの際に、あまりに多くを失った為にシステム再生の不備、融合能力の喪失……危険が無くなった代わりに、私は自らの身体すら長くは維持出来なくなった筈だったのだ……」

 

 ここまで聞くと絶望的に思える。危険が無くなった代わりに後僅かで死んでしまうと言う事だ。リインフォースはそこで一旦言葉を切り、ゼロを困惑した様子で見据えた。

 

「それなのに私の身体は崩壊を始める気配が無 い……それどころか穏やかにだが、修復機能が働き始めている……魔力が働いている訳でも、防衛プログラムが残っていた訳でも無い……一体どう言う事なのだ? 思い当たるとするならゼロしか無い……」

 

 リインフォースはかなり混乱しているようだ。本来なら後僅かしか己を保てない筈が、原因不明の事態により身体機能が正常に働き始めたのだから。するとゼロは何かに思い当たったようだ。

 

「まさか……そう言う事なのか……?」

 

 リインに歩み寄ると、おもむろにその手を取った。

 

「……?」

 

 不思議そうに此方を見るリインフォースの前で、ゼロは手を握ったまま目を閉じる。体内を超感覚でサーチしているのだ。

 既にリインから話を聞いていたシグナム達守護騎士は、黙って2人を見守る。ゼロはしばらくの間そうしていたが、終わったらしく目を開けると難しい顔をした。

 

「……多分……俺がお前の中に入った時だ……」

 

「どう言う事だ?」

 

 事情を知りたくてたまらないリインフォースを宥め、ゼロは状況から纏めた推測を口にする。

 

「前例の無い魔法プログラムへの身体の変換……ザギの干渉波から防護する為に俺は、一時的に魔法プログラムに変換した身体の一部をリインフォース達に融合させていた……それでウルトラマンの因子がリインに交ざってしまったらしい……」

 

 ゼロは思わぬ事態に眉をひそめる。リインフォースにウルトラ族の超人因子が融合してしまったのが原因らしかった。

 

「そ……そんな事が……」

 

 シャマルは目を丸くする。こんな事は初めてだ。それはそうだろう。ザフィーラはしばらく熟考していたようだが、納得したように口を開く。

 

「つまり……こう言う事か……? リインフォースはウルトラマンの力の一部を取り込む事で助かったと……?」

 

「何だ……すげえ簡単な話じゃん?」

 

 ヴィータはあっけらかんと言うが、ゼロはそう気楽になれないようだ。

 

「だがよ……どんな影響が出るか分からねえ ぞ……? あんまり手放しって訳には……」

 

 あまりに前例が無いので首を捻るしか無い。すると不意に柔らかな声がした。

 

「でも……そのままやったら……リインフォースは長くはなかったんやろ……?」

 

「はやて?」

 

 ゼロが振り向くと、眠っていた筈のはやてが目を開けていた。何故か目が覚めてしまったらしい。

 小さな主はまだ起き上がれず、幾分ぼんやりしながらも、ウルトラマンの少年と祝福の風を交互に見上げた。

 

「影響も何も……みんな助かって……リインまで助かったんや……これはゼロ兄からのクリスマスプレゼントって事でええんやないの……?」

 

 まだ戸惑っている2人に温かく笑い掛ける。 シグナムは腕組みして頷き、

 

「確かに主はやての言う通りだ……消滅以上に悪い事などあるとは思えん……」

 

「完全に防衛プログラムを切り離したならもう心配は要らないし、喜ばなくちゃっ」

 

 シャマルが手を叩いて笑顔になる。ヴィータは複雑そうにチラチラとリインを見、ザフィーラはウム……と同意して頷いた。

 

「正直……信じられない想いで一杯です……」

 

 リインフォースはあまりの事態に、そう呟くのがやっとだった。闇の書の呪いが解けたどころか、死を覚悟していた自分まで助かるとは……

 永遠にも感じられた暗黒の日々からの解放。まるで絵空事のようで実感が無かった。はやては呆然とするリインに向かって手招きする。

 

「リインフォース……此方に来てんか……?」

 

「はい……」

 

 横たわったままの主の傍らに、おずおずと立ったリインの手をはやてはそっと握った。

 

「やっと現実で逢えたんやね……リインフォー ス……助かって良かった……逢えてほんまに嬉しいわ……」

 

「あ……主ぃ……っ」

 

 リインはこみ上げるものに耐えきれず、はやての手を握り締めその場で泣き崩れていた。小さな主は慈母のように微笑み、彼女の頭を優しく撫でてやる。

 ゼロはその光景に貰い泣きしているのも気付かず、ひたすらウンウン頷いていた。温もりが溢れる中、医務室にリインの嗚咽だけが静かに響いていた……

 

 

 しばらくして再びはやては眠りに落ちていた。やはりまだ疲れが残っているのだろう。

 ようやく泣き止んだリインフォースは、真っ赤に泣き腫らした目の涙を拭い、ゼロに向き直った。

 

「済まないゼロ……お前のお陰で助かったというのに……あまりの事に取り乱してしまった……」

 

 深々と頭を下げて来るリインに、ゼロは大慌てで後退る。

 

「いや……無理も無えだろ……? 気にするなっ て、第一偶然だしよ……水くせえぞオイッ」

 

「ありがとう……ゼロ……」

 

 しどろもどろの少年に、リインは涙を浮かべて笑った。それは作り笑顔などでは無い、本当に心からの笑みであった。ゼロはその笑顔と一言だけで全て報われた気がした。

 感慨に耽るゼロを見てヴィータは、ニンマリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「ゼロ、さっきから泣きすぎ」

 

「泣いてねえっ!」

 

 必死で取り繕うゼロだが、顔面が涙と鼻水でクシャクシャで、イケメン台無しでは説得力は皆無である。

 見かねたシャマルからティッシュを受け取り鼻をかんでいると、誰かが部屋にやって来たようだ。来客を告げるランプが点いている。

 ドアが開くと黒い服装の少年が入って来た。クロノである。入るなり視線をゼロに向ける。

 

「ゼロさん……ちょっといいかい……?」

 

「ああ……? でも、さん付けは止めてくれよな……」

 

 ゼロは快く返事をしたが、取り敢えず呼び方を訂正して貰うのだった。

 

 

 

 

 ゼロはクロノに案内され、別の医務室前に来ていた。グレアム提督達が担ぎ込まれた部屋である。彼らのダメージは思ったより酷く、まだ回復しきってはいないそうだ。

 クロノの用事とは、グレアムがゼロに会いたいと言っているという伝言であった。クロノは気が進まないようだったが、ゼロはグレアムと逢う事にした。

 

「グレアム提督……ウルトラマン、モロボシ・ゼロに来て貰いました……」

 

 クロノが中に来た事を告げるとドアが開かれる。室内にはベッドに上体を起こしている初老の男性と、その後ろに寄り添う、良く似た容姿の若い女性2人が此方を見上げていた。

 

「よく来てくれたね……ウルトラマンゼロく…… いや、その姿の時はモロボシ・ゼロ君だったね……? ギル・グレアムだ……」

 

 初老の男性グレアムは、静かに自己紹介する。その双眸は何かを覚悟している目に見えた。後ろの2人、リーゼロッテとリーゼアリアも同じである。

 ゼロの隣に立つクロノは、複雑そうな表情で3人とゼロを見ていた。グレアムはそんなクロノに一瞬済まなそうな顔を向けるが、直ぐに目前のゼロを見上げる。

 

「私のやろうとしていた事は孤門……いや 『ダークザギ』の言った通りだ……」

 

 淡々と事実を口にした。その声には一切の感情が感じられない。冷徹そのものである。ゼロは無言のままだ。

 

「11年前の『闇の書』事件から次の転生先を探していた私は、偶然から今の持ち主……八神はやてを発見した……」

 

 グレアムはあくまで冷徹に、ゼロを見据えて話を続ける。

 

「だが完成前に闇の書と主を押さえても、あまり意味は無い……私は闇の書完全封印の為に八神はやて、彼女を犠牲にする事にした……」

 

 無言で話を聞くゼロの拳が、白くなるほど握り締められていた。

 

「そうだ……私は両親を亡くし身体を悪くしていた少女を、闇の書ごと氷浸けにしようと動いていた……

彼女の父の友人と偽って生活の援助をしていたのも、全て計画の為だった……ザギに割り込まれなければ、私は間違いなく彼女を……」

 

「もういい……」

 

 更に続けようとするグレアムをゼロが低い声で遮った。クロノはハッとしてゼロを見詰める。怒り狂うかと思いきや、ウルトラマンの少年は肩を竦めて苦笑して見せた。

 

「悪党の真似は止めといた方がいいぜ? おっちゃんは何をされても受け入れる気で俺を呼んだんだな……? クロノはそれを察して、いざとなったら止めるつもりだったんだろ?」

 

「判っていたのか……?」

 

 クロノは気まずそうに答えた。ゼロを呼んでくれと頼まれた時、グレアムが最悪殺される覚悟をしているのではないかと察したのだ。ゼロは苦笑していた。

 

「そんな事はしねえよ……第一何の躊躇いもなく他人を犠牲にするような奴が、そんな悲痛な感情を発する訳がない……」

 

 グレアムから伝わる、悲壮なまでの感情を感じ取る事が出来た。クロノはホッとした様子で、ゼロに頭を下げていた。

 

「ありがとう……」

 

 グレアムは彼にとって恩師だ。それに執務官として私刑を見逃す訳にはいかなかった。理性的な対応をしてくれた事に感謝する。

 ゼロはまたしても礼を言われて決まりが悪い。後退りしてしまう少年ウルトラマンに、グレアムは思わず問うていた。

 

「私が憎くはないのかね……?」

 

 その問いに、異世界から来た少年は複雑な表情を浮かべていた。

 

「そりゃあよ……はやてを犠牲にしようとした事は許せねえよ……でもよ……それでおっちゃんを責めるのも違うと思うんだよな……」

 

 色々と巡る思考を整理するように言葉を発する。これで子供を犠牲にしようとした悪党となじるのは簡単だ。

 だが感情は納得出来ないが、それを抜きにすればグレアムの取った行動は正しかったと言えるのも、哀しいかな事実だった。

 苦渋の決断だったのは想像に難くない。何もしなければ、次の主も含めて多くの犠牲が出るのだ。それでも相当に苦悩したであろう。

 それを別世界のウルトラマンである自分が責めるのは、筋違いな気がした。それは力有る者の傲慢ではないのだろうかと。

 怒りは無い。ただひたすら哀しかった。何故世の中には、こんな事が多いのだろうか。

 その理不尽を何とかしようとして、人は道を踏み外してしまうのかもしれない。自分のように……

 ゼロは静かにグレアムに歩み寄る。言うべき事はもう決まっていた。

 

「もういいや……はやても判ってくれるだろう……それにおっちゃんはやろうとしただけで、実際ほとんど何もしてないじゃないか……」

 

 ゼロはグレアムの手をしっかりと取る。

 

「1つ言わせてくれ……今まではやてを援助してくれてありがとう……お陰で俺もこの世界で無事生きて来れた……本当にありがとう……」

 

 少年は晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、若干照れて感謝の言葉を伝えた。

 

 

 

 

 ゼロ達が立ち去った後、グレアムは無言で自分の手を見詰めていた。リーゼ姉妹は沈んだ様子でグレアムの傍らに寄り添っている。

 そんな時来客を告げる電子音が響き、2人の人物が部屋に入って来た。リンディとモロボシ・ダンだ。ダンはグレアム達に会釈し、

 

「グレアム提督……モロボシ・ダン。ゼロの父です……失礼とは思いましたが、お話を聴いていました……息子が短気を起こすかもしれなかったので……」

 

 喧嘩っ早いゼロの事、念の為その超感覚で会話を聴いていたのだ。申し訳なさそうに謝罪するダンに、グレアムは気にしてはいないと首を振る。

 

「立派なお子さんをお持ちで……彼は優しいですな……貴方達という存在がそうなのでしょうか……? 自分の矮小さを痛感させられましたよ……」

 

 自嘲気味に呟いた。ダンは苦笑する。

 

「ゼロも色々思う所があったのでしょう……正直私も意外でした……」

 

 この辺りゼロは、あまり信用されてなかったようだ。嬉しそうに応えるが、グレアムの目を真っ直ぐに見詰めた。

 

「提督はこれから、どうされるつもりですか……?」

 

「……これから……ですか……」

 

 グレアムはしばし目を伏せるが、ダンの目を見詰め返す。

 

「責任を取ろうと思います……少女を犠牲にしようとし、更にはあの悪魔を知らずにのさばらせていた罪は重い……」

 

「それは違うのではないでしょうか?」

 

 そこで今まで黙っていたリンディが口を開いた。

 

「誰があんな存在に太刀打ち出来たと言うんです? 全てが奴の記憶操作の影響下にあったんですよ。記憶操作が無くなった今、管理局、いえ管理世界はバタバタしていますよ」

 

 苦笑いして見せる。ようやく復旧した本局のレティから連絡が届いている。今管理局は上に下にの大騒ぎらしい。

 何しろ類を見ない程の大量虐殺事件が次々と起こっていたにも関わらず、誰1人気付かず捜査すらなされていなかったのだから。

 ダンは真剣な面持ちで、グレアムとの会話を再開する。

 

「ザギにより、私達の世界と此方の世界とが繋がってしまったのは、お聞きになりましたね……?」

 

「それは聞いています……」

 

 ダンの温和な顔に、歴戦の勇士たるものが浮かぶ。グレアムはそれを敏感に感じ取った。

 

「これから此方の世界は大変な事になるかもしれません……私達も協力は惜しみませんが、あなたの力も是非必要になります」

 

「しかし……私は……」

 

 躊躇いを隠せないグレアムだが、リンディは彼に悪戯っぽく笑い掛けた。

 

「提督は結局何もなさっていないではありませんか? 突っ込まれそうな件はザギがやったという事で、全部奴に被って貰いましょう。

良いように踊らされた私達が、それくらいしてもバチは当たりませんよね?」

 

 逞しい事である。尤も彼女も夫の身体まで利用されて、頭に来ているのも有るだろう。リンディはそこで襟元を正していた。

 

「それにグレアム提督……ご存知の通り、管理局は必ずしも一枚岩ではありません……ウルトラマンの皆さんの力を恐れたり、利用しようとする者達が出て来てもおかしくありません、 却って混乱を招く可能性もあります……

残念な がら私達は種族としてまだ幼いのでしょう…… だから私達はまだ表立って協力する事は難しいと思われます……

その為陰ながら協力する人間が必要です。私1人だけの判断では手に余ります……」

 

 それがリンディがダン達と相談した結果であった。言い方は悪いが、グレアムも仲間に引っ張り込もうと言うのである。

 何れ2人だけではなく、信用出来る人物達にも伝えなければならない。グレアムの能力に加え、その人脈人望は必要であった。

 

「いかがでしょう……協力しては貰えないでしょうか……?」

 

 ダンは手を差し出した。グレアムはダンの目をじっと見据える。しばらくの間沈黙が場を支配した。リーゼ姉妹もダンを見詰める。

 

 ダンは手を差し出したまま動かない。グレアムは何事かを問い掛けるように、ダンの穏やかな目を見詰め続けた。

 

「…………」

 

 その瞳に何かを感じ取ったのか、グレアムは決心したように息を深く吐いた。

 

「微力ながら……お力にならせて下さい……」

 

 ダンの差し伸べた手を、しっかりと握り締めていた。

 

 

 

 

 グレアムの元を辞したゼロは、クロノと共に通路を歩いていた。ふとクロノがゼロの年齢に付いて尋ねてみる。言動や態度から若いのではないかと思ったのだろう。

 実際は5900歳だが、人間に換算すると自分とほとんど変わらないと知ってクロノは身長差に愕然とした。ゼロは大人並みにガタイが良い。

 いや、俺は巨人だし気にすんな、などと他愛のない話をして歩いていると、通路の向かいからフェイトになのは、アルフにユーノが歩いて来た。

 ゼロはギクリとしてしまう。散々惚けてきたので、フェイトと顔を合わせるのはとても気まずい。アルフが此方を見てニンマリしたようだった。

 フェイトはもじもじしてゼロをチラチラ見ている。なのはとユーノは目を輝かせて早速駆け寄って来た。

 

「うわあっ、ウルトラマンさんは人間にもなれるんですか?」

 

「凄かったですよ!」

 

「2人共ありがとうな、色々迷惑掛けたな……」

 

 テンションが高い2人にゼロはお礼を言った。なのはとユーノは妙にはしゃいでいる。

 テレビの変身ヒーロー役のお兄さんに会って、身近に感じて嬉しくなるのと同じ感覚だろうか。子犬みたいにまとわり付く2人をアルフは背後から止める。

 

「ほいっ、じゃあ後はアタシ達だね? 先に食堂に行っといてよ。私達ゼロに話があるから」

 

 まだ話し足りなそうな顔をするなのは達を促し、アルフは早々にクロノも含めて3人にご退場願った。

 取り残される形となったゼロは、非常に居たたまれない心持ちである。

 とても気まずく思っていると、アルフが染々としてウルトラマンの少年を感慨深く見詰めた。

 

「あんただったんだね……ウルトラマンゼロは……」

 

「ははは……まあ、最初に逢ったのはほんの偶然だけどな……」

 

 もうゼロは笑って誤魔化すしかない状態である。最初の切っ掛けが迷子になったせいなどと、口が裂けても言えない。

 アルフはそこで隣で立ち尽くしているフェイトに目をやり、納得したように微笑んだ。彼女と感情がリンクしているアルフは、ここ最近フェイトから伝わって来た感情に思い当たったのである。

 

「じゃあフェイト、アタシは先に行ってるから頑張んなよ?」

 

「えっ? アルフ?」

 

 慌てふためく主人を置いて、アルフはにこやかに笑うとさっさっと行ってしまった。気まずい空気がゼロとフェイトの間に流れる。しかしゼロはこのまま黙っている訳にもいかず、

 

「その……何だ……悪かったフェイト……今まで嘘ついててよ……」

 

 彼女に頭を下げていた。有ること無いこと言って騙していたと思い、消え入りたい気持ちだった。

 

「そんな、止めて下さいっ」

 

 フェイトは慌てて首をブンブン振る。謝られては却って困ってしまう。

 

「それに……私ゼロさんの正体知ってましたから……」

 

「へっ……?」

 

 思わず顔を上げたゼロは、目を丸くして間抜けな声を出していた。既に正体がバレているなどと、夢にも思っていなかったのである。

 

「いっ、何時からだ……?」

 

 焦りまくって聞いてくる少年ウルトラマンに、フェイトは申し訳なさそうな顔をする。

 

「公園で逢った時から疑っていて……確信したのはレストランの時です……」

 

「そっからかよ……」

 

 ゼロはガックリと項垂れた。相当早い段階で疑われていたようだ。あれこれ惚けたのに無駄だったとは。アホみたいだと思ったら急に可笑しくなってしまった。

 

「そうか……俺もとんだ間抜けだな、フッハハハハッ」

 

 フェイトも何だか可笑しくなってしまい、クスクス笑ってしまった。ひとしきり笑った後、ゼロは気になっていた事を聞いてみる事にする。

 

「ザギの事だけどよ……その……大丈夫だったか……? 酷い事されたりしなかったのか?」

 

 ずっとダークザギと居たのだ。心配になるのも無理は無い。だがフェイトは首を振っていた。

 

「……いえ……あの人は少なくとも表面上は、人当たりのいい優しい人でした……それも本物の孤門のコピーだったんでしょうけど……みんなには優しくしてました……特に私には良くしてくれた気がします……」

 

 哀しそうに応えた。ゼロは意外に思う。記憶操作が解けた後も印象が変わらないのは、ザギが普通に周りと接していた事になる。外道には似合わない気がした。

 フェイトは少し考えていたようだったが、遠慮がちながらも素直な自分の考えを口にする。

 

「あの人は何もかもが嘘でしたが……私の素性を知った時に言ったんです……今生きている私が本物だって……あの時の言葉と感情だけは本当だった気がします……私と同じ、造られたあの人の本音……」

 

 ゼロは黙って話を聞いていた。ザギは『ウルトラマンノア』のコピーとして造られた自分に耐えきれずに暴走し、暗黒破壊神となった。

 そんなザギが自分と同じ境遇のフェイトに、共感めいたものを感じていたのかもしれない。今となっては推測でしかないが……

 フェイトは、自分がコピーだと知らされた時の絶望をザギも感じていたとしたら、どんなに許されない所業を続けて来たザギでも、手放しで憎む事が出来ないのだろう。

 

「あの人は本物になりたかった……それだけだったんでしょう……私のように手を差し伸べてくれる人達が多分居なかったから……」

 

 救いがあったなら、ザギは人々をビーストから守る本物のウルトラマンになっていたかもしれない。そんなifがあったのかもしれない。

 

「そうか……」

 

 ゼロは消え去ったザギの最期を思い返し、弔うように目を閉じた……

 

 

 

 

 

 はやては深い眠りから目を覚ましていた。辺りを見ると誰も居ない。まだ怠いような気がするが、もう平気なようである。

 気が付くと枕元にメモが置いてあった。読んでみるとシグナム達はザギの事件に関する聞き取りと、検査に呼ばれているとの事だった。

 濡れ衣は既に晴れており、結局のところ罪と言えば管理世界への無断渡航ぐらいである。管理局と戦ったり逃走した事は状況から鑑みて、緊急避難が認められるだろうとの事だ。

 もしも今回も人を襲っていたのなら、こうは行かなかっただろう。誓いを最後まで貫いた結果だった。

 それらに関しての聞き取りと無断渡航の厳重注意に、事件の参考人として呼ばれているだけなので、心配要らないと書かれていた。

 一安心するはやてだが、最後に書かれていた文面が気になった。そこには『ゼロは今父親達ウルトラマンと話している』と書かれている。

 はやてはそれを読んで、不安がムクムクともたげるのを感じた。ベッドから上体を起こして、改めてメモを見詰める。心臓が締め付けられるようだった。

 

(まさか……まさかゼロ兄……)

 

 不吉な予感に身を固くする。その時部屋のドアが唐突に開かれた。思わずビクッと身体を震わせる彼女の目に、治療用ギブスを着けたゼロが映った。

 

「……ゼロ……兄……」

 

「おおっ、はやて目が覚めたか?」

 

 ゼロは安心した面持ちで少女の元に歩み寄る。しか し当の彼女は顔を伏せてしまった。

 

「どうしたはやて……? まだ調子が悪いのか?」

 

 ひどく心配するゼロに、はやては顔を伏せたまま首 を横に振る。

 

「だったら良いんだが……」

 

 ゼロは言葉を発しない少女を不思議に思いながらも、改まった態度でベッドの傍らに片膝を着いた。

 

「それでな……はやてに話が有るんだけどよ……」

 

 その言葉を聞いたはやては、全身から血の気が引くような気がした。ゼロは真剣な表情で先を続けようとする。

 

(聞きたない……聞きたない……聞きたない……!)

 

 心臓が喘ぐようにバクバクと鼓動を繰り返す。湧き上がる感情、それは紛れもなく恐怖だった。はやては反射的に耳を塞いで叫んでいた。

 

「いやっ! 聞きたないっ!!」

 

 ゼロは驚いてしまった。いきなりの少女の取り乱し振りに唖然としてしまう。

 

「どっ、どうしたんだはやて……?」

 

 オロオロして何とか宥めようとするが、はやては耳を塞いでヒステリックに上体を振る。

 

「一体どうしたんだはやて、らしくないぞ?」

 

 落ち着かせようと肩を掴もうとするゼロの手を、はやては身体を振って拒絶し叫んだ。

 

「嘘つき! ゼロ兄の嘘つき!!」

 

「はやて……?」

 

 顔を上げた少女の目から、見る見る大粒の涙が溢れ出していた。

 

「言ったやないか、ずっと一緒に居る言うたやないか! あれは嘘やったんか!?」

 

 涙ながらに叫ぶ少女の悲痛な叫びに、ゼロはようやく理解した。

 

「はやて!」

 

「!?」

 

 ゼロは泣き叫ぶはやてを、思いきり抱き締めていた。涙で顔をクシャクシャにしている彼女の頭を優しく撫でてやる。

 

「落ち着け……俺は帰らねえよ……ただ装備の準備と、メビウスの用事でちょっと里帰りするって言いに来ただけだ……」

 

「ほ……ほんまに……?」

 

 顔を上げたはやてに、ゼロはひどく優しく微笑み掛ける。

 

「本当だって……第一この状況で帰ったら、無責任もいいとこだろ……? それに俺は別の世界に居座って、仲間とつるんで暴れてるような奴だぞ? 例え帰還命令が出たって、素直に帰る訳がねえだろ?」

 

 幾分おどけた調子で言ってやった。はやてはようやく自分の勘違いに気付き、顔を真っ赤にしてしまう。

 

「ハハハッ、はやてらしくない勘違いだったな?」

 

 聡明な彼女にしては珍しい。 ゼロはからかうような口調で背中をポンと叩く。するとはやては再び俯いてしまった。

 再び押し黙ってしまった少女にゼロは、言い過ぎたのかと青くなる。しばらくして、はやてはポツリと口を開いた。

 

「……仕方ないやないか……あんなん見た後で……」

 

「えっ?」

 

 呟くような震える声だった。そこではやては顔を上げる。その目からは再び滂沱の涙が溢れていた。

 

「ゼロ兄が腕の中で動かなくなるんを……私はどうする事も出来んと、ずっと見てたんよ……」

 

 はやては血塗れのゼロが冷たくなって行った時の事を思い返し、身体を悪寒で震わせる。目の前で守護騎士達を消されゼロを刺され、全てを喪った時の事が甦った。

 恐怖から逃れるように、そして確認するようにゼロの胸にすがり付いていた。胸のギブスに涙と鼻水が染みを作る。

 はやては顔を埋めながら、ポカポカと少年の胸を叩いて泣き叫んでいた。

 

「怖かった、ほんまに怖かったんやから! アホ、ゼロ兄のアホぉっ! ほんまに死んだんかと思ったんやから! うわあああぁぁぁぁっ!!」

 

 今まで堪えていたものが一挙に爆発したようであった。無理も無い。今日1日だけで多くの絶望と悲しみを経験したのだから。

 守護騎士達の前であまりに気丈にふるまうはやてに、ついその事を失念していたゼロは己を恥じた。

 

「悪かった……本当に済まなかったはやて……」

 

 少年は肩を震わせ嗚咽する少女をしっかりと抱き締めた。その小さな、しかし確かな温もりを感じて思う。

 

(今度は守り抜けたよ……カイン……)

 

 今は亡き友に向け、心の中でそっと呟いた……

 

 

 

 全てを吐き出し気が済んだのか、はやてはようやく落ち着きを取り戻した。だが泣き止んだ彼女は、まだ不機嫌そうに拗ねている。はやてにしては珍しい我が儘だった。

 

「なあはやて……機嫌治せよ……」

 

 ゼロはほとほと弱りきっていた。どうしたら良いのか分からない。はやても我が儘だとは分かっているが、すんなり許すのは釈然としない。

 あれだけ心配させたのだ。そこで困り顔の少年をチラリと見上げた。

 

「……ほんなら……私の言う事聞いてくれるな ら……ゼロ兄の事許したる……」

 

「本当か? 何でも言ってくれ!」

 

 ゼロは勢い込んで、自分の胸をドンと叩いて見せる。痛みで少し噎せた。するとはやては目を泳がせて顔を赤らめる。恥ずかしくなるお願いらしい。

 いざ言おうとして躊躇ってしまったようだが、まだ情緒不安定な彼女は結局口に出していた。

 

「……キス……してくれたら……許したる……」

 

 恥じらいながらもゼロに顔を近付け、静かに目を閉じる。絶対後で思い出し、恥ずかしさで転げ回るだろうとは思ったが、不安定故の勢いに任せた。

 

「えっ……?」

 

 目前で目を閉じて待っている少女。その意味をまだ理解しきってないゼロは決心した。

 

「判った……」

 

 それで機嫌が治るならと、そっと顔を近付けるが……

 少女の頬はほんのり赤く染まり、長いまつ毛がふるふる震え、心なし開かれた柔らかなさくらんぼのような唇が目に入る。

 

(何だ!? 凄まじく恥ずかしい気がしてきたぞ!?)

 

 訳の判らない感覚と感情に、ゼロは頭がパニック状態になってしまった。心臓が落ち着かない程バクバクする。

 結局ゼロははやての手前十数センチの所で、石のように固まってしまった。 しびれを切らしたのか、そんなゼロの首にしなやかな指が絡められる。

 

「むぅ~っ!?」

 

 目を白黒させる少年の唇に、少女の柔らかな唇が押し当てられていた。

 ゼロは温かな唇の感触と、得体の知れない罪悪感にパニくって、はやてごと床に落ちて無様にも思いきり頭を打ってしまう。武道家にあるまじき失態であった。

 

 聞き取りが終わり、部屋に戻って来た守護騎士達が見たものは、頭を打って伸びているゼロと、馬乗りになった状態で照れ笑いし困っているはやての姿であった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 次の日。今日はクリスマスである。昨晩から降り続いた雪は積もり街を白く染めている。

 ホワイトクリスマスに華やぐ中、ゼロはシグナムとシャマルと共に、石田先生にこっぴどく怒られていた。昨晩はやてが病室から居なくなったのがバレたのだ。

 結局ゼロ達が連れ出しての無断外泊と見なされて、先生にコッテリと絞られる事になったのである。

 本当の事を言う訳にもいかないので仕方がない。苦笑したゼロは、目敏く見付けた先生に更に怒られる羽目になった。

 

 やっと説教から解放されたゼロ達は、はやてを車椅子に乗せて出掛ける準備をしていると、なのはとフェイトがやって来た。

 

「あっ、おはよう、なのはちゃんフェイトちゃん」

 

 はやては笑顔で挨拶する。出掛ける支度をしているのを見たなのはとフェイトは、不思議に思う。もう退院かと思ったのだ。

 実際は退院では無く、クリスマス限定での外出許可が下りただけだ。重病だったはやてが一晩で元気になったので、特別にである。

 それでも流石にしばらくは、本当に治ったかの検査で入院していなくてはならない。そう言うものだ。

 今日はすずかの家でクリスマス会をする事になっている。そこではやて達3人は、すずかとアリサに魔法の事を告白しようと決めていた。

 2人には色々見られているし、真実を話した方が良いと思ったのだ。なのはも今日リンディ達を交え、家族に全てを話すらしい。

 

 車椅子に乗ったはやては、真新しい靴を履いていた。革製でピカピカの光沢を放ち、ワンポイントにリボンが付いた可愛らしい靴である。

 

「はやてちゃん、すごく可愛い靴だね?」

 

 目敏く見付けたなのはが目を輝かせる。はやては頬を染めた。

 

「みんなからのクリスマスプレゼントなんよ……」

 

 ゼロが病院に行く前に、大事に抱えていたプレゼントである。全員で相談して決めたのだ。はやては嬉しそうに、本当に嬉しそうに花のように笑った。

 そんな友人を見て、ほっこりした気持ちになるなのはとフェイトである。それにはやてに寄り添う銀髪の女性を見て、2人は目を細めた。リインフォースである。

 

「リインフォースさん、良かったですね」

 

「良かった……」

 

 なのはとフェイトはリインに声を掛ける。彼女は微笑んだ。

 

「2人共、色々迷惑を掛けて済まない……感謝する……」

 

 頭を下げるリインに続き、はやても車椅子を操作して2人の前に来ると、

 

「昨日は最初から最後まで色々有ったけど…… ほんまにありがとう……」

 

「ううん……」

 

「気にしないで……」

 

 フェイトとなのはは少し照れながらも快く応えた。

 

「そう言えば、はやてちゃん達はこれからどうするの?」

 

 なのはは、はやて達八神家のこれからが気になったようだ。はやてはゼロ達皆を見回す。

 

「濡れ衣も晴れたし、リインの検査も大丈夫やったから、今特に何かしなくちゃいけないいう事は無いんやけど……」

 

 そうは言うものの、はやては少し真剣な顔で友人達に向き直る。

 

「でも……私は魔導師は続けよう思てる……ゼロ兄達はこれから陰ながら管理局に協力する事になったし……それに多分これからの戦いに私らは無関係ではいられんと思う……」

 

 はやてはゼロ達の前に現れた『ウルトラセブンアックス』の事が気になっていた。今までのやり口からして、此方を放って置くとは考え難い。何れ正面からぶつかる事になるだろう。

 決意を固める主に、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リインフォースは一様に、

 

「主……何処までもお供します……」

 

「はやての行くとこなら、アタシだって」

 

「みんなはやてちゃんに着いて行きますよ」

 

「盾の守護獣……何処までも……」

 

「我が主……私で良ければ……」

 

「ありがとうな……みんな……」

 

 はやては皆の気持ちに深く感謝した。誓いを新たにする皆を、ゼロは微笑し見詰めている。

 言っている意味が判らず、キョトンとするなのはとフェイトに、はやてはニッコリ笑って話題を変える事にした。ハッキリした確証が無い事で、友人達を不安がらせる事も無いと思ったからだ。

 雑談をしているとドアがノックされ、病室に新たな見舞い客が現れた。

 

「親父? ウルトラマンレオにタロウ、メビウ ス……」

 

 それはモロボシ・ダンを始めとする、東光太郎、おおとりゲン、ヒビノ・ミライの4人であった。

 

「ゼロ兄のお父さん……セブンさんですか?」

 

 はやては驚いて声を上げた。病室を訪れたダン達は今はごく普通の服装をしている。ウルトラマンだと言われても判るまい。

 ダンははやてに歩み寄ると、膝を着いて目線を同じくした。

 

「この姿では初めてだね……ウルトラセブン、この姿の時はモロボシ・ダンと呼んでくれればいい……」

 

 その温かな笑顔に、はやてはふと亡くなった父を思い浮かべる。不思議な人だと思った。初めて会ったのに懐かしい感覚。やはりゼロと何処か似ていると思った。

 

「息子の面倒を見てくれてありがとう……君が居なかったら、ゼロはこの世界で途方に暮れていただろう……」

 

「そ、そないな事ありません……私こそお世話になってます……」

 

 改めてお礼を述べられ、はやては気恥ずかし くて仕方ない。ダンは笑みを浮かべ手を差し出した。

 

「済まないが、これからも息子の事を頼むよ……まだまだ危なっかしいからね……?」

 

 はやては照れ臭さで顔を真っ赤にしながらも頭を下げる。

 

「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 何とか言葉を返し、差し出された手を両手で握った。そのやり取りの横で、ゼロは気恥ずかしさのあまり、壁にゴスゴス頭をぶつけて悶絶している。

 こういう時、子供はひたすら恥ずかしいものだ。思春期の年頃では尚更である。

 

「皆さんもありがとうございます……」

 

 ダンは一同に改めて頭を下げた。皆も頭を下げる。挨拶した後ヴィータは、まだ悶絶しているゼロの服をちょいちょい引っ張る。

 

「なあゼロ……ちょっと聞きたいんだけど……」

 

「なっ、何だ……?」

 

 恥ずかしさのあまり、まだ正面を向けないゼロは壁を向いたまま応える。

 

「いや……ゼロはよく、おおとりさんの事を『師 匠』って呼んでるのに、何で本人の前だと呼び捨てにしてんだ?」

 

「なっ!?」

 

 ゼロは思いっきり固まってしまった。ゲンはほう……とばかりに弟子を見る。本当に素直でない。

 耳まで真っ赤にしてへたり込むゼロに、つい笑いが溢れる。病室は温かな笑いに包まれた。

 

 

 

 

 色々恥ずかしい事に見舞われたゼロは、凹んでフラフラと病室を出る皆に着いて行っていた。しばらくは再起不能であろう。ゲンはそん な弟子を見てニヤニヤしている。

 ふて腐れそうになっていると、前を歩いていたシグナムとフェイトが足を止めて睨み合っていた。

 喧嘩かと思いきや雰囲気は和やかで、「預けた勝負、何れ決着を付ける」だの「正々堂々、 これから何度でも……色々負けません」などと言っている。

 

 何だか微笑ましいなと思う。ゼロは戻って来た穏やかな空気に安堵の息を吐いた。だがその脳裏に真紅の魔人の姿がよぎる。思い付いて隣を歩く父に声を掛けた。

 

「なあ親父……『ウルトラセブンアックス』って奴に心当たりはないか……?」

 

「いや……聞いた事が無いな……『21』ならともかく……そのアックスと言うのがどうかしたのか?」

 

 ダンにも心当たりが無いようだ。やはり自分達の世界の者では無いのか? 不思議そうな父にゼロは肩を竦めて見せる。

 

「いや……大した事じゃない……別世界から来たウルトラマンを名乗る敵が居る……それだけの話さ……」

 

 何でも無いようにざっくりと説明しておいた。ダンは気になったようだが、ゼロは笑って見せる。

 相手が何者であれ、皆で助け合い強くなって行けば良いと思った。そうすれば恐れるものは何も無い。1人では出来ない事も力を合わせれば必ず果たせると。

 改めて誓うとゼロは、はやて達に追い付こうと足を速めた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

『それじゃあ、ちょっと行ってくるぜ』

 

 白銀の鎧『ウルティメイト・イージス』を纏った人間大のウルトラマンゼロは、見送る八神家の面々に片手を挙げた。

 家の周りには封鎖領域が張り巡らされ、人影は全く無い。上空では既にセブン達や、『バン・ヒロト』を連れたメビウスが待機している。

 メビウスの用事とは、ヒロトを元の世界に帰す事であった。メビウスを『ミッドチルダ』に 導いたのも『ウルトラマンノア』だったのだろう。

 ザギの妨害波が無くなった今、イージスに任せればヒロトの居た時間軸の世界まで誘導してくれる筈である。

 恐らく行けるのは一度きりであろう。メビウスに取って、本当に最後となるあの時代との別れである。

 手を振るゼロの身体がフワリと宙に舞い上がる。見送るはやて達の表情に、少し寂しさが浮かんでいた。

 

『大丈夫だ、そんなに掛からねえよ、直ぐに戻って来るさ……』

 

 ゼロは名残惜しく全員を見下ろした。見送るはやてにシグナム、ヴィータにシャマル、ザフィーラにリインフォースの前で、その姿は上昇し徐々に小さくなって行く。

 

「ゼロォッ! お土産買ってこいよぉっ!!」

 

 ヴィータが寂しさを振り払うように、大声で景気よく呼び掛けた。

 

「気を付けて行って来い……また道に迷うなよ?」

 

 シグナムはからかい半分、本気の心配半分で声を掛けた。ザフィーラは無言で見送り、シャマルとリインは手をパタパタ振る。

 

「ゼロ兄ぃっ、気いつけて、早よう帰って来てなあっ!」

 

 はやても叫んだ。不安が無いと言えば嘘になる。だがあの少年は必ず約束を守ると信じた。手を降り続けるゼロの姿が更に小さくなる。

 

 そしてその姿は一筋の光となって天空に昇って行き、やがて見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 Epilog

 

 男は朝起きると妻の位牌に手を合わせ、息子の写真に挨拶をした。毎朝の習慣だ。

 無論息子の写真を仏壇に上げたりなどしない。遺体をこの目で見ない限り生きていると信じている。父親の自分が最後まで信じなくて、どうすると言うのか。

 

 昔ながらの日本家屋の縁側から外を見ると、穏やかな春の陽気が庭を照らしている。そろそろ桜の蕾が開花する時期だ。

 男は伸びをすると庭に出てみた。雑草もそろそろ生え始めている。草刈り鎌を取って来ようと、物置に行こうとした時、ふと人の気配を感じて後ろを振り返った。

 其処に人の姿が在った。裏木戸から入って来たらしい。春の日差しが逆光になって誰か判然としない。

 目を凝らして良く見てみると、それはとても見馴れた人物であった。

 息子の姿をモデルにし、自分が名付け親になった人物…… 久々に地球にやって来たのかと、声を掛けようとした男は目を見張った。

 何故なら彼の後ろに、もう1人彼が立っていたのだ。その後ろには見慣れない少年も居る。

 目の前の青年は涙を溜めて男を見詰めていた。それは名を送った彼では無かったのだ。男にはそれが直ぐに判った。誰が間違えるものか。

 

「……ヒロト……ヒロトなのか……?」

 

 青年は何度も頷いていた。両眼から止めどもなく涙が溢れる。

 

「父さん……ただいま……」

 

 遥かな時を超えバン・ヒロトは、父テツローに言いたかった言葉を伝えた……

 

 

 

A's編完

 

つづく

 




A's編完結しました。ここまでお付き合いして頂きありがとうございます。
番外編を挟んでからはポータブル編となりますが、投稿ペースは週一か10日投稿くらいになると思います。
次回お正月番外編『八神家餅つき大作戦や』A's編直ぐのお正月ではなく、次の年のお正月のお話です。

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