夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第60話 諦めるな-ドウノット・キブイットアップ-

 

 

 

 なのはとフェイトの眼前で、巨大な禍々しいばかりの暗黒球が膨れ上がった。

 

「デアボリック……エミッション……」

 

 『闇の書』の呟きと共に、巨大な球が上昇して行く。思い当たったフェイトは息を呑んだ。

 

「空間攻撃!」

 

「闇に……染まれ……」

 

 『闇の書』の声を合図に、巨大な球が爆発的に拡大する。空間ごと相手を破砕する強力な魔法攻撃だ。

 なのはとフェイトはとっさに防御魔法の盾を前面に張り巡らす。凄まじい衝撃が2人を襲った。破砕空間は更に拡大し、数百メートルもの範囲を包み込んだ。

 建物に被害は無いようだが、生物には人たまりも無い。破砕範囲は留まる事を知らず拡大し、辺り一帯を飲み込んだ。

 

 破砕空間が晴れた後、『闇の書』は周囲をサーチする。2人のズタズタになった死体は見当たらない。

 

(隠れたか……)

 

 彼女は今だ流れ続ける涙に気付き、振り払うようにグイと手で拭った。

 

 

 

 

 その頃なのはとフェイトは間一髪で攻撃を逃れ、ビルの陰に潜んでいた。そこに異変を察知したアルフが駆け付けてくれていた。

 2人の無事を喜ぶアルフだったが、不意に大規模な空間異常が辺りを包んだ。ベルカ式の封鎖領域、閉じ込める為の結界である。最初に張られていた結界を侵食する形で広がって行く。

 

「やっぱり私達を狙ってるんだ……」

 

 はやては守護騎士達を消し、ゼロを傷付けたのは自分達だと思い込んでいるのだとフェイトは思った。

 遠目だったが、シグナム達と戦っていたのは恐らく自分達の偽者だったろう。最初に張られた結界も偽者の仕業だ。

 

(ゼロさん……大丈夫かな……?)

 

 血塗れのゼロを思い返し、フェイトは背筋が寒くなる。かなりの出血量に見えた。普通なら死んでいてもおかしくない。

 

「フェイトちゃん……はやてちゃんが抱いてた人って、まさか……?」

 

 なのはも心配して聞いて来た。彼女も少年ゼロに、一度会った事がある。フェイトは不吉な考えに顔面蒼白になってしまうが、

 

(そんな事あるものか!)

 

 頭を振って不吉な考えを振り払う。

 

「ゼロさんは大丈夫だよ……」

 

 ウルトラマンゼロが死ぬ訳が無いと自分に言い聞かせて応えた。なのはとアルフはその断言に幾分ホッとしたようだ。だがフェイトの想いは根拠の無いものである。

 彼女にとって、ウルトラマンゼロとモロボシ・ゼロの存在が同じくなっているせいもあっただろう。 根拠は希薄ながらもフェイトは信じた。信じるしか無かった。

 此方も危機的状況である。切り抜けなければ助けにも行けない。考えを巡らすフェイトに、アルフが彼方の状況を説明する。

 

「援軍を呼びたい所だけど、来てくれるか怪しいんだよ……本局に出向いてるクロノやユーノと連絡が取れない所か、本局とも連絡が取れないんだ……向こうでも何か起こったらしいんだけど、さっぱり状況が掴めない……」

 

 丁度 『ダークメフィスト』により、本局の機能が失われている時だ。 地上でフェイトの帰りを待っていたアルフだけが、いち早く駆け付ける事が出来たのであ る。フェイトは表情を引き締める。

 

「私達で何とかするしかないか……そう言えば孤門は?」

 

「それが……連絡が取れないんだよ……」

 

 アルフは表情を曇らせる。こんな時孤門が居てくれれば心強いのだが……2人のやり取りを聞きながらなのはは、『闇の書』の悲しそうな顔が頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 誰1人逃すまいと封鎖領域をほぼ街全体に張り巡らした『闇の書』は、ネクサスの反応こそ未だ捉えられていなかったが、フェイト達らしき魔力反応を捉えていた。

 

「スレイプニール……羽ばたいて……」

 

《Slepnir》

 

 『闇の書』の漆黒の翼が一回り大きさを増してバサリと羽ばたき、その身体を空に舞い上げる。夜空を黒い化鳥の如き影が、獲物を追う猛禽類のように駆けた。

 

 『闇の書』がなのは達を追って飛び出した後だった。仰向けに寝かされたゼロの遺体だけがポツンと屋上に残されている。

 血溜まりに目を閉じるその肌は血の気を失い、死人そのものだ。それからしばらく経った後だった。

 死んだと思われた少年の指が、微かに動いたようであった。

 

 

 

 

 

 

『ダークメフィスト』自爆の余波が収まった頃、『ウルトラマンメビウス』はクロノとユーノを降ろすと、光と共に消え失せていた。

 何処へ行ったのだろうと2人が辺りを見回していると、物陰から手招きする者がいる。人間形態となったミライであった。

 武装局員達はあんな巨大な者が普通の人間になっているとは思ってもおらず、気にしている者はいない。駆け寄って来たクロノとユーノにミライは、

 

「ありがとう、みんなのお陰で本局を守る事が出来たよ」

 

「いえ、此方こそ感謝します。あのままだったら、本局はほぼ壊滅状態でした……」

 

 感謝で頭を下げるミライに、クロノも感謝を伝えた。ユーノも頭を下げる。ミライは恐縮するが、

 

「これからゼロ達の所へ向かうんだね? クロノ君、怪しいとは思うけど僕も連れて行ってくれないか?」

 

「貴方を信じます。着いて来てください」

 

 クロノは微笑んで見せる。メビウスの行動に彼は、信頼に足るものを確かに感じていた。此処まで来て疑うのは只の石頭であろう。3人は直ぐ様転移ポートへと向かう。しかし、

 

「何だって!?」

 

 転移ポートに着いたクロノは、つい焦りの声を上げてしまった。

 管制員からの説明で、爆発の影響で本局周囲の空間が異常をきたし、影響が収まるまで転移ポートはおろか、通信まで使用不能になっているとの事だった。

 

「一刻も早く、皆に合流しなければならないの に……」

 

「1つだけ手は有るよ」

 

 手段を考えるクロノに、ミライは右腕の裾を捲り上げて見せた。

 

「向こうに行く方法が有るんですか?」

 

 ミライは頷いて右腕に嵌めているブレスレットを2人に示す。それはゼロの『ウルトラゼロブレスレット』に似た形状のものである。

 

「これは僕らの故郷で開発された、並行世界への転移装置なんだ。試作品だけど他の次元世界へなら跳べると思う」

 

 クロノとユーノは他の世界の転移装置に、しげしげと注目した。次元転移では無く並行世界移動の転移装置。次元世界ではオーバーテクノロジーの代物である。

 以前にメビウスが志願した実験とは、並行世界移動の実験であったのだ。ゼロの並行世界移動からヒントを得て開発された、空間移動ブレスレットの試験運用が目的だったのである。

 

 今まで並行世界への移動技術を持った宇宙人がさほどいなかった事もあり、あまり重要視されていなかった技術だ。ゾフィーのように近距離なら単独で転移能力を持った者がいた事もある。

 

 しかし別世界の『ベリアル銀河帝国』からの 『ダークロプス軍団』の大規模な襲来。更には 『サロメ星人』の事件などから必要性を感じた 『光の国』は、本腰を入れて転移装置の開発を進めていたのである。

 

 最初のゼロの時のように『光の国』の全エネルギーを使う力押し移動では効率が悪い為、別系統の技術を生み出したのだ。

 実験に志願したメビウスは運用試験中トラブルに遭い、ミッドチルダに緊急避難して来たという訳である。

 

「敵は君達の転移装置を使わせない為、彼の自爆が失敗しても大丈夫なように、二段構えの策を取っていたんだろう……でも僕の転移装置は別系統だ、此方の技術には対応してないだろうから何とか跳べると思う。でも試作品だから安全は保証は出来ない……」

 

 幾分自信の無いミライの説明に、クロスとユーノはしっかりと頷き合い、

 

「今は一刻も早く皆の所に向かわないと……頼みます」

 

「こんな所でグズグズしていられませんよ!」

 

 少々の危険など問題では無いと即答した。ミライは頷くと左腕を翳す。『メビウスブレス』 が浮かび上がった。

 ミライはふと、右腕の転移ブレスレットに目をやる。3つのクリスタル部の1つだけが発光していた。残りは消えている。

 

(連続変身にブレスレットのエネルギーもこれが最後……向こうに着いてもどれだけ保つだろう……?)

 

 最初の『ゼロブレスレット』と同じく、転移ブレスレットは試作品の為3回しか使用出来ない。2回目は別の事にエネルギーを使ってしまった為、後1度しか使用出来ないのだ。

 このままでは戦闘になり巨大化出来たとしても、1分と保つまい。不利であったが現状仕方が無い。ミライはメビウスブレスに手を掛けた。

 

(あれが届いていれば……!)

 

 祈るように呟くと、トラックボールを勢い良く回転させ叫ぶ。

 

「メビウウウゥゥスッ!!」

 

 ミライの身体は∞無限大の形の光に再び包まれた。

 

 

 

 

 

 

 海鳴市を被う封鎖領域。なのはにフェイト、アルフは、追って来た『闇の書』と空中で激戦を繰り広げていた。

 『闇の書』は連続で繰り出される3人の攻撃を物ともしない。アルフのバインドを易々と砕き、フェイトの新型砲撃となのはの新型バスターの同時攻撃をもあっさり防いでしまう。桁違いの魔力と戦闘力であった。

 『闇の書』は、なのはとフェイトの同時攻撃を片手で防ぎながら呟くように、

 

「刃をもって血に染まれ……穿て……ブラッディーダガー……」

 

 彼女の身体から無数の真紅の刃が放たれる。その目にも留まらぬスピードに、3人は反応する事が出来ない。

 刃は飛来すると同時に大爆発を起こす。誘導式の炸裂弾だ。なのは達は爆発に飲み込まれてしまうが、辛うじて直撃を避けていた。

 爆風を切り裂いて距離を稼ぐ。『闇の書』にもそれは判っていたようで、追撃を掛けるべく右手を前面に翳した。

 

「咎人達に……滅びの光を……」

 

 その手の前に桜色の魔方陣が展開された。それに伴い封鎖領域内に漂っていた魔力の残滓が、流星のように彼女に収束されて行く。

 

「まさか……あれは……スターライト・ブレイ カー!?」

 

 なのは達は目を見張る。『闇の書』の前面に膨大な魔力が収束され、桜色の光球が形成されて行くではないか。

 間違いなくなのはの『スターライト・ブレイ カー』であったが、それだけでは無い。本家を遥かに上回る魔力量だ。『闇の書』は『蒐集』した魔導師の魔法を全て使用する事が可能なのである。しかもオリジ ナルを遥かに凌駕するパワーでだ。

 

 元々は魔法を集めて研究する為の資料本としての能力であるが、改悪され続けた為に恐ろしいものとなっている。

 

「アルフ!」

 

「はいよ!」

 

 危機を感じ取ったフェイトはアルフに指示を出し、なのはを抱え最大速度で『闇の書』から離れた。アルフも散会して別方向に離脱する。

 なのはは何故こんなに離れるのか疑問に思うが、それだけのものをフェイトは感じていた。

 ただでさえなのはのスターライト・ブレイカー は凄まじい威力を持っている。そのオリジナルを遥かに上回る砲撃が迫っているのだ。

 まともに食らったら、なのはの防御力でも落とされてしまうだろう。そこで少しでも距離を稼ぐ為、速度で上回るフェイトがなのはを抱えて飛んでいるのだが、それでも不安な程だ。

 

 なのはは不安げに後ろを振り返る。後方の桜色の光球は更に膨れ上がっていた。薄闇の中、禍々しい程輝きを増している。

 色の無い街をひたすら飛ぶフェイト。不意に 『バルデイッシュ』のコアが光り意外な警告を発した。

 

《Slr.there are nonco mbatants on the lft at three hundred yards》(左方向300ヤード、 一般市民がいます)

 

「!?」

 

「えっ!?」

 

 フェイトとなのはは思い掛けない事態に驚いた。2人の左前方、色を失いゴーストタウンと化した街中で、戸惑って辺りを見回している2人の少女達。それは病院で別れた筈のすずかとアリサで あった。

 

 

 

 

「ゴボッ……」

 

 生命活動を停止したと思われていたゼロの口から、噎せるような音がした。

 

(……はやて……)

 

 少年は薄れ行く意識の中、少女の名を呼ぶ。ゼロはまだ死んではいなかった。

 刺された瞬間僅かに身体を捻り、心臓直撃を避けたのだ。だがあくまで直撃を避けたのみ。『シュトロームソード』はゼロに致命的な損傷を与えていた。

 心臓は大きく裂け、機能の殆どは失われようとしている。 常人ならば即死であろう。ゼロの超人的な体力が辛うじて命を繋いでいる状態であった。

 

(……ゼロ……アイを……)

 

 遠退きそうになる意識を振り絞りゼロは、内ポケットの『ウルトラゼロアイ』を取り出そうとする。

 ウルトラマン形態になる事が出来れば、変身の際の体組織の変換で、ある程度傷の修復が見込める筈だ。

 完治には遠いだろうが、少なくとも死にかけの身から復活する事は出来る筈である。だが変身出来なければ、人間のまま死んでしまうだろう。

 

 ゼロは僅かな力を総動員し、コンクリートに投げ出された自分の右手を動かそうと試みる。

 胸の深手は既に何も感じなかった。無論良い意味などでは無い。痛覚が麻痺、感覚が殆ど死んでいるのだ。当然身体を動かす感覚も。

 それでもゼロは腕に力を込める。他人のもののような中指が、ようやくピクリと動いた。だがそれだけの事がひどく重労働に感じる。

 腕が重い。まるで全て鉛に置き換わったようだった。既に致死量の血液が失われている。呼吸もままならない。

 血の気を失い、顔色が死人のように白くなっていた。チアノーゼを起こしている。血が気管につまりゴヒュウ……ゴヒュウ……と壊れた笛の音のような音が鳴る。

 ゼロは懸命に右腕をゆっくりと、もどかしい程ゆっくりと動かす。これが今の全力だった。今の彼を支えているのは、救うという想いだけだ。

 震える指がノロノロと、血塗れの内ポケットにようやく差し込まれる。硬い手触り。血で濡れたゼロアイを掴もうとする。

 

(……クソッ……)

 

 血で指が滑った。握力も赤子以下に失われている。

 

(……この……ポンコツが……動け……)

 

 言う事を聞かない身体に悪態を吐きながら、再びゼロアイを震える指で掴む。

 

(い……いいぞ……もう……少しだ……)

 

 異様に重く感じるが、苦労してようやく引っ張り出す。次は服に引っ掛けて開くのだ。何度も失敗した末にようやく成功した。

 

(…こ……これで……)

 

 装着しようと持ち上げようとした所で、ゼロアイは無情にも手から滑り落ちてしまった。ベチャリとした音を立てて、ゼロアイは血溜まりの床に落ちてしまう。

 

(……何……やってんだ……)

 

 落ちたゼロアイに手を伸ばそうとする。しかしその手は力無く床に落ちてしまった。目が霞む。ただでさえ暗い視界が更に暗くなって行く。

 

(……泣いて……るんだ……此処で死ぬ訳には……今度は……助ける……誰を……? 俺は…………)

 

 思考がままならない。自分が今何をしようとしているのかすら定かでは無くなっていた。抗い難い眠気と倦怠感が泥のように襲う。

 最早気力も尽きつつあった。ゼロは黄泉路を転げ落ちる寸前だった。残り滓の生命力をも使い果たし、彼の身体は完全に生命活動を停止しようとしていた。

 

(……は……や……て…………)

 

 少女の顔が遠くなる。意識が深い奈落の闇の中に落ちて行く。ゼロの最後に残った僅かな意識は、深い暗黒の中に落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 …………£…………

 

 

 

(……?……)

 

 完全に消え去ろうとしていたゼロの意識に、僅かに何かが引っ掛かった。

 最初は雑音のようだった。別の電波に邪魔されて、聞き取れないラジオのノイズのような……

 誰かの声のようにも聴こえたが、何を言っているのか判然としない。

 

 

 ……¢……§……き……

 

 

 また聴こえた。誰かが必死で呼び掛けているような気がするが、やはり聞き取れない。

 

 ……あ……≠……£……ら……

 

 しかし『それ』は邪魔するものを潜り抜け、ほんの一瞬だが奇跡的にゼロの中で1つの意味ある言葉となって、頭の中に雷鳴の如く響き渡った。

 

 

 諦めるなああああぁぁっ!!

 

 

 力強い声であった。若い男性の声。魂に響く声。怒り、憎しみ、悲しみ、絶望……全てを乗り越えて来た者だけが発せられる、魂からの激励であった。

 

 そのエールは深淵に落ちて行こうとしていた少年に差しのべられた、力強い救いの手そのものであった。

 ゼロは激励の主が辿って来た茨の路を、垣間見た気がした。そしてその魂の言葉は、息絶えようとしていた少年に最後の力を蘇らせた。

 ゼロの閉じ掛けていた両の眼がカッと見開かれる。

 

(俺は……死ねない……まだ死ぬ訳にはいかない……!)

 

 棒切れのように投げ出された手に力が籠る。その手がゼロアイをしっかりと掴んでいた。

 

「はやて……っ!」

 

 ウルトラゼロアイがガッシリと両眼に装着される。

 

「ウオオオオオオオオオオッ!!」

 

 目映いスパークに包まれたゼロは吼えた。身体が唸りを上げ、全細胞がM78星雲人『ウルトラマンゼロ』に変換されて行く。膨大なエネルギーが全身を駆け巡った。

 六角の鋭い目に光が灯り、『カラータイマー』が青い光を放つ。頭部のゼロスラッガーがその光をギラリと反射した。

 

『ぬううっ!』

 

 ウルトラマンゼロは両脚に力を込め、修羅の如く立ち上がる。遠くで目映い光が拡大して行くのが見えた。戦闘が行われているのだ。

 

『はやて……』

 

 ゼロは少女の名を呟き飛び立とうとするが、苦しそうに胸を押さえた。

 

(クソッ……やっぱり完治は無理だったか……)

 

 復活する事は出来たが重傷には変わらない。まともに動けるかも怪しい。更に傷の修復で相当なエネルギーを消耗してしまっていた。

 これでは後どれだけ動けるか。巨大化出来るかも怪しい。それでもゼロは拳を握り締めると、光が拡大して行く方向へ矢のように飛び出した。

 

 

 

 

 取り残されたらしい人影を求め、地上に降り立ったなのはは下から捜索し、フェイトは信号機の上から辺りを捜索していた。するとなのはの目に道路を駆けて行く2人の姿が入った。

 

「あのうーっ、すいませーん。危ないですから其処でじっとしててください! 今行きますから!」

 

 呼び掛けると、2人はハッして此方を振り向いた。なのはは目を丸くする。アリサとすずかであった。何かの弾みで封鎖領域に取り込まれ てしまったらしい。

 だが驚いている暇も無い。『闇の書』は容赦無く4人目掛けて特大のスターライト・ブレイ カーを発射した。凄まじいばかりの光の奔流が迫る。

 

「フェイトちゃん、アリサちゃん達を!」

 

「うんっ!」

 

 フェイトはアリサとすずかにドーム型の防御魔法を施し2人の前に立つと、前面に防御壁を展開する。更にその前でなのはが防御壁を張り巡らす。

 三重の防御でスターライト・ブレイカーから2人を守ろうというのだ。

 展開を終えると同時に、怒濤の勢いで光の奔流が4人に押し寄せる。凄まじい圧力の中、フェイトとなのはは必死でスターライト・ブレイカーに耐えた。

 

 辛うじて攻撃を凌いだフェイト達の連絡を受け、エイミィがアリサとすずかを別の場所に転移させる。魔方陣が展開され、2人は街外れまで一旦転送された。

 空間が安定せず、封鎖領域内から2人を出すにはまだ時間が掛かる。フェイトはアルフに護衛を任せた。

 

「フェイトちゃん……どうしよう……?」

 

 アリサとすずかが転送されるのを見届け、一息吐いたなのははフェイトに振り返った。

 

「呼び掛けてみよう……あの子は罠に掛けられてしまって、我を忘れてるんだ……」

 

 フェイトはなのはの隣に立ち、夜天の空を見上げた。黒い圧倒的な力が近付いて来るのが見える。

 

「そうだね……闇の書さんは、私達がヴィータちゃん達を酷い目に遭わせたと思っているから……」

 

 なのはもその考えに賛成だった。守護騎士達とは既に和解していたのだ。戦う必要など無い。

 

《大丈夫2人共?》

 

 エイミィが心配して通信を送って来るが、やるしか無いのだ。『闇の書』はもう迫っている。

 現在『闇の書』とやり合える魔導師は『アースラ』には居ない。本局に何か起こっているらしい今、戦えるのはフェイトとなのはしかいないのだ。

 上空に漆黒の6枚羽根を広げた『闇の書』が再び現れる。なのはは声の限り呼び掛けた。

 

「はやてちゃん、それに闇の書さん、止まってください! ヴィータちゃん達を傷付けたのは 私達じゃないんです!」

 

「あなたは罠に掛けられたんです。シグナム達と私達は和解して……」

 

 フェイトが続けようとするが、『闇の書』はそれを遮った。

 

「我が主は……この世界が……自分の愛する者達を奪った世界が夢であって欲しいと願った…… 我はただ……その願いをかなえるのみ……」

 

 聞く耳持たないとにべも無く無視し、はやての願いを淡々と語る。

 彼女は守護騎士達が倒された時、外界の情報を遮断されていたようだ。偽なのは達がヴィータとザフィーラを消し、ゼロがネクサスに刺された所しか見ていない。 これを見越しての計算なのだろう。悪辣であった。

 

「主には穏やかな夢の中で……永久の眠りを……」

 

 慈しむように胸に手を当てる。融合しているはやてに語りかけているようだった。だがそれも束の間。フェイト達を見る表情が険しくなる。

 

「そして……愛する騎士達を奪い……愛おしき少年を殺した咎人達には永久の闇を……」

 

 彼女は紅い瞳を見開き手を翳す。その足元に魔方陣が展開され、禍々しい闇の気配が更に濃くなった。

 

「闇の書さああんっ!!」

 

 なのはは堪らず叫んでいた。痛々しくて見ていられなかったのだ。『闇の書』はひどく哀しげに、

 

「お前も……その名で私を呼ぶのだな……」

 

 なのは達はその言葉から、名状しがたい哀しみを感じずにはいられなかった。そう彼女の本当の名は違う。『闇の書』は呪われた魔導書としての蔑称だ。

 なのはが罪悪感を感じていると、突如として周りのアスファルトが次々に砕け、無数の奇怪な触手や蔦が飛び出して来た。『蒐集』された魔法生物の魔力を利用したものだ。

 

 避ける間も無く、触手群がフェイトとなのはをがんじがらめに搦め捕ってしまった。

 四肢を拘束され宙に巻き上げられた2人の身体を、蔦が絞め殺さんばかりに締め付ける。『闇の書』はもがく少女達を哀しげに見下ろし、

 

「それでも良い……私は主の願いを叶えるだけだ……」

 

「願いを叶えるだけ? そんな願いを叶えて、 はやてちゃんは本当に喜ぶの!? 言われたままに願いを叶えるだけで、あなたは本当にそれで良いの!?」

 

 なのはは苦しさに耐えながらも叫ぶ。言わずにはいられなかった。それは絶対に違う。

 

「主の願いを叶える魔導書……只の道具だ……」

 

 そう言い切る『闇の書』の両眼から、再び涙が零れ落ちていた。

 

「だけど言葉を使えるでしょう!? 心が在るでしょ!? そうでなきゃおかしいよ……本当に心が無いんなら泣いたりなんかしない! 仇討ちなんて絶対にしないよ!!」

 

 なのはは続けずにはいられない。彼女に心が無いとは到底思えなかった。その姿は深い悲しみと絶望に苦しんでいる人間そのものだ。

 

「この涙は主の涙……復讐は主の願い……私は只の道具だ……悲しみも復讐心も無い……」

 

『闇の書』は滂沱の涙を流しながら目を閉じた。

 

「嘘を吐くなあっ! バリアジャケットパー ジ!!」

 

 フェイトのバリアジャケットが弾け飛んだ。その衝撃波で2人を拘束していた蔦が切断される。

 バリアジャケットに回していた分の魔力を、炸裂弾のように使ったのだ。残ったのは最小限の薄いボディースーツ状バ リアジャケットのみ。『ソニックフォーム』 だ。

 防御を捨てて極限までスピードに特化した、捨て身に近い形態である。本来シグナムに対抗する為に編み出したものだ。なのはも拘束から逃れ地面に降り立っている。

 

「悲しみなど無い? そんな言葉を、そんな悲しい顔で言ったって誰が信じるもんか!!」

 

 フェイトは否定する。違う。彼女は怒り悲しんでいる。それは大切な者を奪われた者だけが知る、身を切られるような痛みだ。フェイトはそれをよく知っている。

 『ヤプール』に母を殺され、絶望に打ちひしがれた時の事を思い返す。泣きながら攻撃して来る『闇の書』はとても物悲しく孤独で、あの時の自分と重なって見えた。同じく感じ取ったなのはも呼び掛ける。

 

「あなたにも心が在るんだよ! 悲しいって言っても良いんだ! あなたのマスターは、はやてちゃんはきっとそれに応えてくれる優しい子だよ!!」

 

 フェイトも自分に言い聞かせるように、必死で呼び掛け続ける。

 

「だから、はやてを解放して! ゼロさんは死なない! 必ず立ち上がる! 一緒に居たならあなたにも判る筈だよ! 暗闇に取り残された人が居る限り、ゼロさんは必ず立ち上がる! だから武装を解いて、お願い!」

 

 2人の説得に『闇の書』は応えない。無言のまま少女達を見下ろしている。彼女は思った。フェイトは間近でゼロを見ていないから、そんな事が言えるのだと。

 最後の希望は潰えた。お前達が殺したのだと。

 その時突き上げるような強い震動が大地を揺 らした。あちこちから火柱が上がり凄まじい勢いで天を突く。

 

「早いな……もう崩壊が始まったか……私も直に意識を無くす……そうなれば直ぐに暴走が始まる……」

 

 何とも哀しげな自嘲を浮かべ、『闇の書』は自らの手を見る。

 

「意識の有る内に……主の願いを叶えたい……あの男……ネクサスも絶対に逃がしはしない……」

 

 魔導書が光を放つ。彼女が手を降り下ろすと、無数の真紅の刃がフェイトとなのはを瞬時に取り囲む。

 最早『闇の書』はまともな状態ではなかった。2人の声も届かない。聞こうともしない。はやての願いを妄執的に叶えようとしているように見えた。

 だが果たしてそれだけだろうか? 彼女の周囲を得体の知れない膜のようなものが包みこんでいるようだった。

 

「闇に……沈め……」

 

 再びブラッディーダガーが炸裂し大爆発が起こる。白い残煙が舞った。今度こそ仕留めたと確信する彼女の目に、背中合わせに此方を見据えるフェイトとなのはが映る。

 2人はは無事だったのだ。今度はなのはが薄い装甲のフェイトをカバーし、ダガーの攻撃を耐えきったのである。

 間髪入れずフェイトはバルディツシュを構え、最大 速度で飛び出した。その速度は今までの比では無い。

 

「この分からず屋ぁっ!!」

 

『闇の書』は避ける様子も無く、驚異的な速度で突っ込んで来るフェイトに向け魔導書を開いた。

 

「お前も我が内で眠るといい……」

 

「はああああああっ!!」

 

 降り下ろされたバルディツシュの一撃は、張り巡らされた魔法障壁に阻まれていた。全くびくともしない。

 

「あっ……?」

 

 それだけでは終わらなかった。フェイトの身体が光を放ち始める光は輝きを増し、彼女は拡散するように粒子となって行く。

 

「フェイトちゃん!?」

 

 なのはの叫びも虚しく、フェイトは光と共に魔導書に吸い込まれるように消え去ってしまった。

 

《Absorption》(吸収)

 

 書が満足したようにパタンと独りでに閉じられた。食われてしまったのだろうか。

 

「全ては……安らかな眠りの為に……」

 

 驚愕するなのはは、その圧倒的な力の前に身を震わせる。だが退く訳にはいかないのだ。友人達を助けなければならない。

 今戦えるのは自分1人だけ。勇気を振り絞り、不退転の覚悟を決め時であった。一条の流れ星が夜天の空を駈け、高速で此方に飛来して来る。

 

『はやてええっ!!』

 

 闇の中雄々しき声が上空から響き渡った。なのはは聞き覚えのある声に、ハッとして空を見上げる。夜天の空を切り裂いて、赤と青の超人が此方に降下して来るのが見えた。

 

「ウルトラマンさん!?」

 

『待たせたな!!』

 

 ウルトラマンゼロは颯爽と1人残された少女の傍らに降り立った。なのはは心強さに目を輝かせる。ゼロは一緒に居る筈のフェイトの姿が見えないのに気付き、

 

『フェイトはどうしたんだ?』

 

「それが……あの人の前で消えてしまったんで す……」

 

『何だって!?』

 

 泣きたいのを堪えるなのはの答えにゼロが愕然とすると、エイミィから連絡が入って来た。

 

《フェイトちゃんのバイタル、まだ健在! 闇の書の内部空間に閉じ込められただけ、助ける方法を現在検討中!》

 

 それを聞いてなのはの表情が明るくなる。助けられる可能性が出てきたのだ。彼女から状況を聞いたゼロは、頷くと『闇の書』の前に浮かび上がった。

 

『はやて、俺は大丈夫だ……お前は嵌められたんだ、戦うのを止めろ……敵はなのは達に化けた偽者だ』

 

 しかし『闇の書』はまるでゼロを認識していないようだった。虚ろな眼で見慣れている筈の超人を見詰める。

 

「我が主も……醒める事の無い眠りの内に、終わり無き夢を見る……生と死の狭間の夢……それは永遠……」

 

『何を言ってる? お前はあいつだろ? 俺だ、ゼロだ! ウルトラマンゼロだ! 俺が判らないのか!? しっかりしろ!!』

 

 懸命に呼び掛けるが反応が無い。彼女がはやての身体を支配しているのは見当が付くが、明らかにおかしかった。『管制人格』自体も正気を失っているようだ。

 

(呼び続けるしかねえ!)

 

 今はそれしか思い付かない。ゼロは『闇の書』に近付いた。彼女と戦う事など出来ない。

 

『俺だ! 目を覚ませ!!』

 

 しかし『闇の書』は接近して来るゼロを敵対者と認識したのか、その周囲に真紅の刃ブラッディーダガーを出現させる。

 

「闇に……沈め……」

 

 無数の刃が一斉にゼロ目掛けて襲い掛かった。

 

『ぐああああっ!?』

 

 真紅の刃が纏めてゼロの身体に炸裂し、凄まじい爆発が起こる。無抵抗でまともに攻撃を食らってしまったゼロは、苦し気に胸を押さえブラッディーダガーに吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

つづく

 

 





次回『迷宮-ラビリンス-』

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