夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第59話 喪失-モアニング-

 

 

 冬の太陽が力を失い夜の闇と冷気が辺りを支配し始める中、ゼロと孤門は海鳴大学病院目指し、人気の無い路地裏をひたすら駆けていた。

 人間形態でも並外れた体力と身体能力のゼロに、孤門も遅れずに着いて行く。

 

 走り続けるゼロの目に、建物と建物の間から大学病院が見えて来た。勢い込んで脚に力を込めた時、ゼロと孤門は何かに前方を遮られ急停止した。

 

「何だ、お前ら!?」

 

 ゼロの鋭い目付きが険しくなる。うらぶれた狭い路地裏を通せんぼするように、帽子を目深に被り顔が見えない程大きなマスクを掛けた一団が立ち塞がっていた。

 帽子とマスク以外は一見普通の服装ではあるが、着こなしがおかしい。何処かチグハグである。例えるなら、人で無いものが無理に服を纏ったような違和感を感じた。

 少なく見積もっても数十人は居るようだ。誰1人声も発せず、死人のようにゆっくりと集団で迫って来る。

 

「んっ!?」

 

 ゼロは眉をひそめる。そいつらの掛けている白マスクが、まるで中で百足(ムカデ)でも這い回っているようにグネグネと蠢いたのだ。

 

「気を付けろ、こいつら小型のビーストだ!」

 

 孤門は注意を促し、懐から専用武器『ブラスト・ショット』を取り出し迎え撃つ態勢を取る。人間サイズのスペースビースト『バグバズン・ブルード』の大群だったのだ。

 

「退けえっ! 化物共!!」

 

 ゼロは真っ正面から、ブルードの群れに猛然と躍り込んでいた。鋭い爪で襲い来る怪物群に、岩をも砕く正拳突きを次々と叩き込む。

 帽子とマスクが弾け飛び、昆虫に酷似した異形の顔がグシャリと砕けた。ブルードはおぞましい体液を撒き散らして崩れ落ちる。

 怪物群は仲間を倒されても怯まず、ギチギチと軋むような音を立ててゼロと孤門に殺到する。恐怖を喰らうビーストには恐れというものが無いのだろう。

 

「ゼロッ、避けるんだ!」

 

 孤門は接近戦を挑むゼロを避け、連続して真空衝撃波弾をブルードに叩き込む。空を切り裂く衝撃波を食らい爆発四散する怪物群。

 ゼロは一旦後方に距離を取ると『ウルトラゼロアイ』を取り出した。ガンモードのゼロアイを狂ったように乱射する。

 破壊光線の光が乱舞し、ブルード群は一瞬で燃え上がり炭化する。

 

「貴様ら、其処を退きやがれえっ!!」

 

 ゼロは身を焼く焦りと憤りで、獣の如く叫んでいた。

 

 

 

 

 宙に悠然と浮かび捕らえたヴィータ達を見下ろすのは、まったく同じ姿をした2人の仮面の男達であった。

 1人が片腕を振ると『闇の書』が現れる。強制的に引き寄せられてしまったようだ。

 

「何時の間に!?」

 

 シャマルのセンサーにもまったく捉える事が出来なかった。驚く彼女達に向かい、仮面の男の片割れは『闇の書』を開く。白紙のページが光を放った。

 

「うああっ!? うあああああっ!!」

 

「うあっ……!? うあっ!?」

 

「きゃああっ! ああああああっ!!」

 

 苦悶の声を上げるヴィータ、シグナム、シャマルの身体から、それぞれ紅、紫、緑色の光球が抜き出されてしまう。彼女達の魔力の源『リンカーコア』 だ。

 

「困るんだよねえ……勝手にアイツのシナリオを変えようとされちゃあ……主様の愉しみが減っちゃったらどうするのさ?」

 

 レヴィと名乗る女は、苦悶するシグナム達を眺めながら無邪気に笑みを浮かべ、たしなめるように指を振って見せる。

 

「じゃあ、やっちゃってよ。どうせ最後のペー ジは要らなくなった守護者が差し出すんでしょ? こっちの騎士達も同じだね?」

 

 レヴィが声を掛けると、宙に浮かぶ仮面の男達は無言で頷いた。それと同時に 『闇の書』から黒い力場のラインがシグナム達に伸びる。

 

《Sammlung》(蒐集)

 

 書の合成音声が響くと同時に、シャマルとシグナムが崩れ去るように脚から光の粒子になって消滅して行く。

 

「ああぁぁああああああ……っ!」

 

「うわああああああぁぁぁ……!!」

 

 悲痛な叫びだけを残し、シャマルとシグナムは呆気なく、本当に呆気なく跡形も無く消滅してしまった。

 パサリと2人が着ていた服だけがコンクリー トに落ち、空っぽの中身を虚しく夜気に晒す。

 

「シャマル! シグナムゥゥッ!! 何なんだ……何なんだよテメエらぁっ!?」

 

 1人残ったヴィータは身動き出来ない中、仮面の男達とレヴィ達に食って掛かるがそこまでだった。鋭い激痛が全身を襲う。

 『蒐集』を受け、ヴィータの身体も光の粒子となって消滅して行く。仮面の男はその様子を眺めながら、初めて重々しく口を利いた。

 

「……何れ解る……お前達は……」

 

「でやああああああああっ!!」

 

 突如上空から響く雄叫び。仮面の男の真上から、ザフィーラが猛スピードで一直線に降下し拳を繰り出した。

 不意を突かれた形だが仮面の男は動じず、ザフィーラを見もせずに魔法障壁を張り巡らす。障壁にぶち当たったザフィーラの拳から鮮血が飛び散った。恐ろしく硬いのだ。

 

「……お前で最後だ……」

 

 仮面の男が呟くと、ザフィーラの身体からも光る『リンカーコア』が強制的に抜き出された。守護の獣は苦悶の声を上げる。

 

「奪え……」

 

《Sammlung》(蒐集)

 

『闇の書』が自動的に蒐集を開始する。蒐集を行う書も苦悶しているように見えるのは、気のせいではあるまい。書のままの『彼女』にはどうする事も出来なかった。

 このまま成す術無いと思われたザフィーラだが、蒐集の激痛に耐えて拳を握り最後の力を振り絞った。

 

「でりゃあああああああっ!!」

 

 渾身の力を込めた拳が障壁を見事に打ち砕き、仮面の男の片割れの顔面に炸裂する。しかしその一撃は僅かに仮面を掠っただけであった。白い仮面が花びらの如く宙を舞う。

 

「お……お前は!?」

 

 ザフィーラの目が驚愕で見開かれる。仮面の下から現れた顔は、ザフィーラそのものであった。

 

 

 

 

 

 

「はっ……?」

 

 病室のはやては異様な気配を感じ、ギクリと身動ぎした。身体の奥底で蠢いている何かがムクリと頭をもたげたような感覚。

 

「なっ、何や!?」

 

 はやては思わず声を上げていた。彼女の周りを光る魔方陣が取り囲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ヴィータは宙に磔(はりつけ)状態で拘束さ れ、グッタリと意識を失っていた。ザフィーラも屋上の床に転がされ意識を失っている。成す術無く仮面の男達に敗れてしまったのだ。

 仮面の男達の姿はもう無い。残っているのはレヴィとシュテルと名乗る2人だけだった。

 

「じゃあ、後は最後の仕上げだね?」

 

 レヴィは再び姿をフェイトに変えると、デバイスを肩に載せコロコロと愉し気に笑う。状況が状況なだけに、その異様なまでの明るさは却って不気味であった。

 そんなレヴィとは対照的に、あくまで無表情を崩さないシュテルは、冷たい眼差しで闇に淀んだ空を見上げ、

 

「……レヴィ……此方のオリジナル達はまだ大丈夫でしょうね……? タイミングを合わせないと意味が無いですよ……」

 

 視線の先には、球体状のエネルギー障壁に捕らわれたフェイトとなのはが、懸命に脱出しようともがいていた。

 

「フフ~ン、僕に抜かりは無いぞ。マグネ何とかと魔力の複合バリアだから、魔力だけじゃ簡単には破れない。これなら良いタイミングで出て来てくれるよっ。主様も誉めてくれるよね?」

 

 レヴィは自信たっぷりで胸を張って見せる。シュテルは無表情で頷いた。

 

「では……仕上げを……」

 

 彼女も再び自らの姿をなのはに変えると、自らのデバイス『ルシフェリオン』を掲げた。

 

 

 

 

 

 

「はやてぇっ!!」

 

 バグバズン・ブルードの群れを蹴散らしたゼロと孤門は、ようやくはやての病室に駆け込んでいた。

 しかし既にはやての姿は何処にも無い。寝ていた形跡はあるがベッドはもぬけの殻、シグナム達の姿も見当たらなかった。

 

「はやても、みんなも何処に行ったんだ!?」

 

 焦燥を隠せず辺りをしきりに捜すゼロを他所に、孤門は冷静にベッドに歩み寄るとシーツに手を当てる。

 

「まだ温かい……たった今まで此処に居たんだ……」

 

「クソオッ! 一体何処に!?」

 

 焦って闇雲に外に飛び出そうとしたゼロの超感覚に、引っ掛かるものがある。覚えがある空間異変の感覚だった。

 

「これは結界か? 誰かが結界をこの辺り一帯に張り巡らしやがった!」

 

 間違い無かった。ゼロの言葉の直後に、通常空間が異相空間へと入れ替わって行く。病院から根こそぎ人の気配が消え、まるで廃墟の幽霊病院のようになっていた。

 精神を集中し気配を探るゼロの超感覚は、微かなはやての声を聞き付ける。

 

「上だ! 病院の一番上、屋上にはやてが居る!」

 

 ゼロは病室を飛び出し、飛ぶように階段を駆け登る。孤門も後に続いて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「あ……?」

 

 妙な感覚の中はやては、冷たい夜気を頬に感じ頭を上げた。今まで病室に居た筈が、何故か違う場所に居る。病院の屋上だった。転移魔法で強制的に運ばれてしまったのだ。

 

 困惑して辺りを見回すはやての目に、宙に磔にされてグッタリしているヴィータと、倒れ伏して動かないザフィーラが映った。 そして宙に浮き、冷たい目ではやてを見下ろしているフェイトとなのはの姿。

 

「なのはちゃん……フェイトちゃん……? 何な ん……何なんこれ!?」

 

 はやては尋常では無い状況にパニックになりかける。ヴォルケンリッターの事が何かの拍子に発覚してしまったのかと思ってしまった。

 そんな彼女をなのは……シュテルは無表情で冷たく見据え、

 

「時空管理局は害悪を見逃しはしないのです……全部判っているんですよ……」

 

「君達のような犯罪者は結局こうなってしまうんだよ」

 

 フェイト……レヴィはさも憎々しげに嗤う。はやては2人の急変に声も出ない。

 本来の彼女であったなら違和感に直ぐに気付けたであろう。だが今の衝撃的な状況に混乱し病状が進行している今、冷静な判断力を無くしていた。やはりまだ9歳の子供なのだ。

 

「ヴィータを放して……ザフィーラに何した ん……?」

 

 ヴィータ達に駆け寄る事すら出来ないはやては、なのは達に問うしか無い。動かない脚が今ほど忌々しいと感じた事は無かった。

 偽なのはと偽フェイトは、嘲笑うように厭な笑みを浮かべ、

 

「この子達は……もう壊れてしまっている……私達がこうする前から……」

 

「とっくの昔に壊された『闇の書』の機能がまだ使えると思い込んで、無理……無駄な努力を続けてたんだ……」

 

「無駄って何や!? シグナムは? シャマルをどうしたん!?」

 

 偽なのはと偽フェイトの嘲るような物言いに、はやては堪らず叫んでいた。

 正直何が何だか解らない。だがヴィータ達の必死の努力を嘲笑っている事だけは判った。そして姿が見えないシグナムとシャマルの行方が不安を増殖させる。

 偽なのは答えを示して、ゆっくりとはやての後ろを指差した。

 恐る恐る振り向いた彼女の視界に、シグナムとシャマルが着ていた服だけが夜風に揺れているのが入った。まるで中身だけそっくり消滅してしまったかのように……

 

「!」

 

 悟ったはやての瞳がショックで限界まで見開かれていた。2人の末路に呆然と固まる少女に、偽なのはは静かにルシフェリオンを振り上げて見せ、

 

「壊れた機械は役に立たない……分相応と言う言葉を忘れた機械なら尚更……」

 

「だから壊しちゃお」

 

 偽フェイトもバルニィフィカスを掲げて、場違いな程にこやかに嗤う。2人が何をしようとしているのかは明白だった。

 

「駄目! 止めてえええっ!!」

 

 はやては力の限り叫んでいた。大事な家族が消えて行く。大事にして幸せにしてあげなければならない、悲しい目にばかり遭って来た皆が。

 シグナムもシャマルも消えてしまった。今またヴィータとザフィーラが消されようとしている。また皆があの酷い人生に逆戻りさせられてしまう。そしてもう二度と会う事は出来ない。

 胸が張り裂けそうな絶望と悲しみで涙が溢れた。必死で手を伸ばし、動かない脚を引きずってヴィータとザフィーラの元に向かおうとする。

 しかし悲しい程に不自由な身体は、遅々として前に進まなかった。

 

「止めて欲しいのなら……」

 

「力付くで止めてみたら? 出来たらだけどね」

 

 偽なのはと偽フェイトは、猫が鼠を弄ぶようにゆったりと、デバイスをヴィータとザフィーラに向ける。

 

「何で……? 何でやねん? 何でこんなあ あっ!?」

 

 はやてはズルズルと脚を引きずりながら、偽なのは達に必死に問う。しかし2人のデバイスは容赦なく振り上げられた。

 

「駄目! 止めてえっ! 止めてええええええ えっ!!」

 

 はやての悲痛な叫びが響いた時、勢い良く屋上の扉が開かれていた。

 

「みんなあっ!!」

 

 ゼロだ。階段を駆け上がったゼロが飛び出して来たのだ。だが時既に遅し。デバイスは無慈悲にヴィータとザフィーラに降り下ろされた。轟音と閃光が走る。

 ゼロとはやての目の前で2人は声も無く、光の粒子になって跡形も無く消滅した。

 

「……ヴィータ……ザフィーラ……シグナムにシャマルまで……」

 

 更に床に投げ出されたシグナムとシャマルの服を認め、彼女達の末路をも悟ったゼロは茫然と立ち尽くしていた。

 守護騎士全員が消滅したとは信じられない。否信じたくなかった。だが現実は無情にも、少年に残酷な事実を突き付ける。

 

(またか……またなのか!? また俺は大事な人達を守れなかったのか!! やっとはやてに会えて救われた皆を!!)

 

 ゼロの目から怒りのあまり涙が溢れていた。凄まじいばかりの怒りが業火となって、少年の中で燃え上がる。全身に火が点いたように錯覚する程であった。

 

「貴様らああああっ! ぶっ殺してやる!!」

 

 憎しみを込めてシュテル達が化けたなのは達を睨んだ。ゼロの超感覚には目前の2人が人間では無い、本人達では無い事は判っていた。

 怒りのままに『ウルトラゼロアイ』を取り出そうとすると、はやての叫びが届いた。

 

「ゼロ兄ぃっ! みんなが、みんながあっ!!」

 

「はやて!」

 

 ゼロは考えるより先に、はやてに駆け寄っていた。今は彼女の身の安全が先だった。涙を流す少女を抱き上げようと手を伸ばす。

 指先がその肩に触れようとした時、不意にゾブリッと刃物が肉の塊を突き刺すような厭な音が、はやての耳に響いた。

 

「えっ……?」

 

 はやては唖然として、手を伸ばすゼロを見上げる。少年の胸から光る鋭い何かが生えていた。

 ゼロは訳が判らないと言った表情で胸から生えているものを見ると、油の切れた機械のようにギシギシと後ろを振り向いた。

 

「き……貴様……っ!?」

 

 ゼロを背後から貫いているのは『シュトロームソード』であった。

 そう変身した孤門『ウルトラマンネクサス・ジュネッスブルー』が、ゼロを背中から刺し貫いていたのだ。ネクサスは青い身体を返り血で朱に染め、

 

『……済まない……判ってくれ!』

 

 沈痛な様子でそれだけを言い残すとソードを引き抜き、屋上から飛び降り姿を消してしまった。

 

「がふっ……!」

 

 シュトロームソードを引き抜かれたゼロの胸から大量の血が噴水のように吹き出し、茫然とするはやての頬を濡らす。ゼロは糸が切れたマリオネットのように、彼女の目の前で崩れ落ちていた。

 

「いやああああああっ!? ゼロ 兄ぃぃぃぃぃっ!!」

 

 はやてはビクビクッと激しい痙攣を繰り返すゼロに、泣きながら這い寄った。寝巻きが血で汚れるのも構わず、うつ伏せのゼロを仰向けに抱き寄せる。

 貫かれた胸から大量の血が流れ出し、2人の足元に血溜まりを作っていた。噎せる程の血臭が漂う。

 

 はやては必死で出血を止めようと傷口を押さえるが、その程度で止まるような傷では無った。胸に穴が空いているのだ。深紅の血液はコンクリートの床を真っ赤に染め上げ、更に流れ続ける。

 

「止まらへん……ゼロ兄ぃ、ゼロ兄ぃっ! しっかりして、しっかりしてや!」

 

 はやては渇れんばかりに涙を流し、痙攣するゼロに力一杯しがみ付いた。今にも喪われようとしているものを、必死で繋ぎ止めようとするかのように。

 しかし血は流れ続け、痙攣も徐々に弱まって行く。顔色がどんどん白く、死人のそれに近付いているのが傍目にも判った。

 

「嫌や……ゼロ兄……」

 

 はやては駄々をこねる幼子のように、嫌々と首を振った。ゼロの血塗れの顔にポタポタと涙が零れ落ち、血糊を僅かに洗い落とす。

 

「ゼロ兄ぃ……言ったやないか! 私が死ぬ時まで傍に居るって!」

 

 はやてはゼロの顔を押さえて呼び戻そうと叫んだ。だが願いも虚しく、少年の虚空を見詰める目が眠るように閉じられる。そして僅かに続いていた痙攣が止まった。

 ゼロはそのままピクリとも動かなくなってしまった。はやては蒼白な顔で首を振った。

 

「……じょ……冗談はあかん……ゼロ兄は不死身のウルトラマンゼロやないか……? 死ぬ訳が無いんや……せやろゼロ兄……?」

 

 少女は涙で濡れた顔に無理矢理笑顔を浮かべて、動かない少年をしきりに揺すり呼び掛ける。

 その拍子に血糊で滑り、ズルリとゼロの身体がはやての手から滑り落ちてしまう。首がゴッと鈍い音を立ててコンクリートの床にぶつかった。それでも少年は動かない。命の無い人形のように……

 それを見た瞬間、はやての中で決定的な何かが切れた。

 

「いやあああああああああああああぁぁぁっっ!!」

 

 身を引き裂くような絶望が少女を襲う。涙腺が決壊したかのように、止めどもなく流れる涙が動かない少年に零れ落ちた。

 

 

 み ん な い な く な っ た

 

 

 み ん な は け さ れ て ぜ ろ に い は こ ろ さ れ て し ま っ た

 

 

 わ た し の だ い じ な か ぞ く は ぜ ん ぶ う ば わ れ て し ま っ た

 

 

 動かないゼロを抱き締めるはやての頭の中を、色々なものが飛び交いグルグルと駆け巡った。

 ゼロとの出会い。守護騎士達との出会い。様々な思い出が次々と浮かんでは消えて行った。

 生まれて一度も覚えた事の無い程の、ドス黒い感情がムクムクと頭をもたげる。それに呼応するように、彼女の深い所から何かが爆発的に増殖した。

 はやてを中心に、光る魔方陣が展開される。ベルカ独特の三角形の魔方陣。そして彼女の前に『闇の書』が現れた。

 

《Guten mogen Meister》(おはようございます。ご主人様)

 

 少女を中心に強大な力が辺りに満ち満ち、『闇の書』の無機質な合成音声だけが響く。

 その様子を見届けたシュテルとレヴィは、忽然と姿を消していた。

 

 

 

 ようやくバリアーを砕く事に成功したフェイトとなのはは、はやての元に急いで向かう。ネクサスがゼロを刺した場面こそ見逃していたが、遠目でも守護騎士達が謎の敵と戦って消滅させられたのは分かっていた。

 

「はやてちゃん! えっ!?」

 

「はやて、えっ? ゼロさん!?」

 

 屋上に降り立った2人は、そこではやてが血塗れで横たわるゼロを抱えているのに気付き驚いた。

 なのは達の呼び掛けに、俯いて啜り泣いていたはやてはおもむろに顔を上げる。その大きく見開かれた紅い瞳は、怒りと悲しみと絶望に満ちていた。

 

「うわああああああああああああああああ あぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」

 

 肺腑を抉るような慟哭が、夜の闇に木霊し長く尾を引いた。2人はあまりの感情の波に打たれ立ち尽くしてしまう。

 僅かな静寂。そして爆発的な魔力が天高く放射された。天を貫く闇色の柱の中心に、ゼロを抱き上げた全裸のはやてが浮かび上がる。 白い裸身を鮮血で染め、血塗れの少年を抱える姿は凄惨ですらあった。

 

「我は『闇の書』の主なり……この手に力を…… 封印解除……」

 

《Freilassung》(解放)

 

 感情を失ったかのようなはやての命令に従い、『闇の書』から得体の知れない何かがムクムクと湧き上がる。

 それに伴い、はやての身体が成人女性の体つきに変化して行く。ショートカットの髪がザワザワと長く伸び、栗色の髪が星明かりを反射する流れるような銀色と化す。

 拘束具のようなベルトが全身を被い変化すると黒い騎士服となり、鮮血のような紅いラインが刻印のように全身に刻まれる。

 

 その姿は最早はやてでは無かった。切れ長の真紅の瞳を見開き、漆黒の6枚羽根を化鳥(けちょう)の如く広げる姿は『管制人格』の女性の姿そのものであった。

 フェイトとなのはは、その圧倒的なまでの魔力の気配に息を呑む。桁違いの魔力であった。

 

「ああ……また全てが終わってしまった……一体幾度こんな悲しみを繰り返せばいい……?」

 

 はやて、『闇の書』は静かに眼を閉じ、天を仰いで哀しげに独白した。

 

「はやてちゃん!」

 

「はやて!」

 

 2人の呼び掛けにも応える様子は無い。はやては完全に『闇の書』に乗っ取られているようだった。その閉じた両眼から、涙が流れ続けている。

 彼女は静かに眼を開けると、腕の中で動かないゼロを見下ろし、

 

「……ゼロ……お前までもが……済まない……」

 

 最後に少年を労るように抱き締めると、そっとその身体を床に横たわらせる。

 

「……ならばせめて主の願いのままに……」

 

《Diabolic emission》

 

 広げられた書から合成音声が響くと同時に、彼女は高く手を掲げる。その掌が蒼い稲光に包まれ、蒼い球体が発生した。球体は瞬く間に巨大化し、直径数十メートルまで膨れ上がる。

 

「主よ……貴女の願いを叶えます……愛おしき守護者達を傷付け……主から優しきゼロを永遠に奪い去った者達を……全て破壊します……」

 

『闇の書』は流れる涙をそのままに、攻撃目標を呆然とするフェイトとなのはに合わせた。

 

 

 

つづく

 

 




※一言だけ。ウルトラマンネクサスは何も間違ってはいないとだけ言っておきます。この意味は真相が明らかになるまでお待ちください。もうじきです。

 次回『諦めるな-ドウノット・ギブイットアップ-』

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