夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第58話 欠片-カヒィン- ★

 

 

 12月24日PM4:25

 

「はやて……ごめんね、今まであんまり顔を出 せなくて……」

 

 柔らかい夕陽の光が射し込む病室で、ヴィータは身を起こしたはやてを見て俯いてしまった。小さな主はニッコリと慈母のような笑顔を浮かべ、

 

「ううん……元気やったか……?」

 

 優しくヴィータの頭を撫でてやる。鉄槌の騎士は猫のように、喉を鳴らさんばかりに緩んだ顔をし、

 

「めちゃめちゃ元気っ!」

 

 次に勢い込んで見せた。そんな少女達のやり取りを、シグナムとシャマルは微笑ましそうに目を細めて眺めている。

 ザフィーラは警戒の為、海鳴市周辺を見回っているところだ。現在ゼロが管理局に出頭し、『闇の書』の情報を持ち帰るまでは『蒐集』は休止している状態である。

 それでも残りのページ数はさほどでもない。もしも残りの魔力が必要になったなら、直ぐに集められるくらいは『蒐集』してある。念の為だ。

 

「今日ゼロ兄は……?」

 

 病室には滅多に入らず、基本病院の前で狼姿で待っているザフィーラはともかく、ゼロの姿が見えないなとはやてが尋ねてみるのと同時であった。 遠慮がちにドアをコンコンとノックする音が聴こえると、

 

「……こんにちわ……」

 

 すずかの声がする。シグナムとシャマルはハッとした。他にも数人の気配がする。もしやと思った時には既に遅かった。

 

「あっ、すずかちゃんや、はいっ、どうぞ ~っ」

 

 はやてが入るように声を掛けてしまっていた。

 

「こんにちわ~っ」

 

 数人の揃った挨拶と共に、ドアがゆっくりと開く。

 

「あ……っ!」

 

 振り向いたヴィータの表情が険しくなる。次々と少女達が病室に入って来た。先頭のすずかは、当然全員見知っているので早速会釈し、

 

「あっ、今日はゼロさん以外、皆さんお揃いですか?」

 

「こんにちわ、はじめまして」

 

 初めて顔を合わせるアリサは、シグナム達に礼儀正しく挨拶する。

 

「あっ……!?」

 

 続いて病室に足を踏み入れたなのはは、ヴィータ達の姿を認め思わず声を漏らしていた。同じくフェイトもシグナムを認め固まってしまう。間違えようが無い。

 シグナムは身を乗り出し、今にも掴み掛からん勢いでフェイトとなのはを睨み付けた。シャマルは事態の急変にオロオロし、シグナムにチラチラ視線を送る。

 

 はやてにはシグナム達の反応は過剰に思えた。フェイトとなのはがシグナム達の顔を知っている訳は無いと思っているからだ。

 バッタリ顔を合わせてしまい、必要以上に警戒感を顕にしてしまったのかと判断したのは仕方が無い。

 

「あ……すいません、お邪魔でしたか……?」

 

 不穏な空気に、都合の悪い所に来てしまったのではと思ったアリサが声を掛ける。シグナムは此処で事を荒立てるのは得策では無いと判断し、

 

「あ……いえ……」

 

 何でも無い風を装い返事をしておく。シャマルも合わせてとっさに笑顔を浮かべた。

 

「いらっしゃい、皆さん……」

 

「何だ、良かった……」

 

 何も知らないすずかはホッとする。一方のフェイトとなのはは、唖然として守護騎士達を見詰めたままだ。

 シグナム達が平静を装ったのを見て、ホッとしたはやては場の空気を変えようとすずか達に、

 

「ところで、みんな今日はどないしたん?」

 

 すずかとアリサはニッコリ笑うと、キョトンとしているはやての前で抱えていた物に載せていたコートを一斉に外す。

 

「サプライズ、プレゼントッ!」

 

 一抱えはあるリボンを掛けた箱を差し出した。

 

「うわあっ? あはははっ」

 

 はやては嬉しさのあまり頬を高揚させ、言葉にならない歓声を上げていた。

 

「今日はイブだから、はやてちゃんにクリスマスプレゼント」

 

「わああ~っ、ほんまかぁ~っ、ありがとうなぁ」

 

 プレゼントを受け取ったはやては、感激してお礼を言うのが精一杯だった。本当に嬉しそうだ。友達からのクリスマスプレゼントなど初めてではないかと思った。

 微笑ましいやり取りを見ながらシグナムは、隣のシャマルに目配せする。察した湖の騎士は指輪形態の『クラール・ヴィント』を密かに起動させた。

 それに気付かないフェイトとなのはは、困惑して顔を見合わせる。まだ人生経験が少ない2人には、この状況はいささか厳しい。

 そんななのは達を、ベッド脇に座り込んだままのヴィータは鬼気迫る目付きで睨み付けている。気まずい中、なのはとフェイトも表面上何とか平静を装った。

 

 コートを預かると言われ、フェイトはシグナムの後に着いてロッカー前に向かう。その時ある事に気付いた。コートを受け取る女騎士にフェイトは小声で、

 

「念話が使えない……通信妨害を……?」

 

「シャマルはバックアップのエキスパートだ……この距離なら造作も無い……」

 

 コートをハンガーに掛けながら、シグナムも小声で応える。先程の合図でシャマルが既に念話の妨害を行っていたのだ。

 フェイトは状況に動転していたのを自覚した。そう、前とは状況が違うのだ。フェイトは落ち着く為に深呼吸すると、シグナムをしっかりと見上げた。

 

「シグナム……あなた達の無実はほぼ証明されました……もう逃げる必要はありません……」

 

「それは本当か……?」

 

 予想外の言葉に、流石のシグナムも驚きの表情を浮かべていた。

 

 

 ヴィータは先程からずっと、なのはを噛みつかんばかりに睨み付けている。流石に耐えきれなくなったなのはは、

 

「……あの……そんなに睨まないで……」

 

「睨んでねーです。こういう目付きなんです」

 

 ヴィータは変わらず睨み付け、取り付くしまも無い。なのはがほとほと困り果てていると、

 

「これヴィータ、いくら人見知りやからってそんな態度はあかんっ」

 

 はやてはヴィータを引っ張り寄せて、聞き分けの無い妹を叱るように鼻を摘まんでたしなめる。はやてなりのフォローだ。

 

(そんな態度やと、怪しまれるやないか……?)

 

 鼻を摘まみながら耳打ちする。ヴィータは困ってしまい、うーうー謝るしか無い。そんな鉄槌の騎士を見て、なのははポカンとしてしまった。

 今までとのギャップが激し過ぎる。誰に対してもつっけんどんな態度だと思っていたからだ。するとフェイトがなのはに近寄り、耳打ちした。

 

「なのは……無実の事伝えたよ……判ってくれたみたい……」

 

「本当っ?」

 

 なのはの表情が見る見る明るくなる。それを認めたヴィータは、鼻を押さえながら首を傾げた。

 

 

 

****

 

 

 

《おいっ、シグナムどういう事なんだ!?》

 

 予期せぬ事態にゼロは焦って聞き返していた。

 

《それがだな……主の見舞いに来たテスタロッサ達と鉢合わせしてしまった状況なのだ……》

 

 一通りの状況を聞いたゼロは、自分の迂闊さを恥じた。今日はクリスマスイブ。すずか達なら気を効かせてこういう事態になるのは予想出来た筈だった。落ち込み掛けるゼロに、シグナムは口調を緩め、

 

《それが悪い事ばかりでは無い……我らの無実が証明されたらしい》

 

《本当かよ!?》

 

 確かにそれは良い話だ。此方が犯罪行為を行っていないと分かれば、かなり話は違って来るだろう。

 

《ああ……本当らしい……そういう訳だ。此方に戻れ。お前も交えて今後について話し合う。念の為通信妨害を継続するから一旦切るぞ、後は直接話す》

 

 そう言い残すとシグナムは思念通話を切った。予想外の出来事に頭がグルグルしかけるが、確かに悪い事ばかりでは無いようだと思う。

 

(そうなると問題は……)

 

 ゼロは目の前の孤門を見る。すると青年は何もかも見通しているようにゼロを見据え、

 

「どうやら……『闇の書』の主、八神はやてちゃんとフェイトちゃん達が鉢合わせしてしまったようだね……?」

 

「なっ!?」

 

 ゼロは絶句してしまう。その言葉は明らかに此方の事を知っている者しか吐けない台詞だった。

 

「お前……何故はやての名前を知っている!?」

 

 牙を剥かんばかりのゼロに、孤門は落ち着き払った態度を崩さず、

 

「簡単な事さ……彼女は君が来る何年も前から、ずっと監視されていたんだ……」

 

「何だと!? じゃあ俺の事も最初から知ってたって事か!? 馬鹿な! 監視の目なんか有ったら俺達に判らない筈がっ!?」

 

 ゼロは有り得ないと否定する。いくら魔法と言えど四六時中監視されていたのなら、彼の超感覚や守護騎士達に感付かれる筈だ。

 

「無論張り付いたりはしていない……魔力センサーによる観測のみだ……だから大雑把に『闇の書』覚醒を察知出来る程度さ……」

 

「むう……」

 

 それならば判るまい。説明に納得はしたが、まだ腑に落ちない様子のゼロに孤門は、

 

「それともう一つ……『ギル・グレアム』という人物に心当たりがあるね……?」

 

 ゼロは顔色を変えた。はやてから何度も聞いている。はやての亡くなった父親の友人で、財産の管理をしてくれている人物。一度も会った事も顔も知らないが、ゼロは感謝さえしていた。

 

「グレアムの……おっちゃんがどうした……?」

 

「彼は父親の友人なんかじゃ無い……時空管理局の提督だ……『闇の書』の覚醒を待つ為に、 今まで友人のふりをして援助を続けていたんだ……彼女もろとも封印する為にね……!」

 

「そ……そんな……おっちゃんが……?」

 

 衝撃の事実にゼロは顔を青ざめさせた。どんなに悪ぶっても根が善良なウルトラマンの少年に、グレアムの裏切りは衝撃だった。

 孤門は痛ましそうにゼロを見やるが、首を振ると話を続ける。

 

「身体を失い光量子情報体のみとなった『ダークザギ』を追って、僕はこの世界にやって来た……だがこの広い次元世界で奴を追うには、 管理局に協力を求めるしか無かった……」

 

「思いきったもんだな……」

 

 ゼロは素直な感想を口にしていた。未知の世界で、未知の組織に身柄を預ける形になるのは賭けに近いだろうと思う。孤門は苦笑し、

 

「仕方無いさ、切羽詰まっていたからね……そこで協力を申し出て来たのがグレアム提督だった……そして管理局の協力の元で調べる内に、ザギが完全に復活する為に『闇の書』を狙っている事を察知した……」

 

 話が核心に近付いたのを感じ、ゼロは息を呑む。孤門は改めて少年を険しい表情で見詰め、

 

「だが僕は気付いてしまった……グレアム提督が『闇の書』もろとも、八神はやてという少女を凍結封印しようとしている事を……!」

 

「何故そんな回りくどい事をする!?」

 

 ゼロは激昂して声を荒げた。通声人が何事かと2人をじろじろ見るが、それどころでは無かった。

 

「『闇の書』の完全封印は、完成直後のわずかな時間のみに可能となる……だから今まで手出しせずに機会を待っていたんだ……僕にも秘密にしてね……」

 

 そこで孤門は悔しげに視線を落とすが、顔を上げると再び険しい表情でゼロを見据えた。

 

「勿論僕にはそんなやり方は納得出来ない! だから何とか裏をかいてやろうと色々動き回った……だがそこで僕は提督のおかしな行動に疑問を抱き、ある事実に気付いてしまった……」

 

「気付いたって、何を……?」

 

 雰囲気に呑まれ答えを催促するゼロに、孤門は衝撃的な答えを口にした。

 

「そう……グレアム提督は『闇の書』の封印などする気など最初から無い……彼の本当の目的は書の力と、最強のウルトラマン。ゼロ、君の力を利用して完全復活を果たす事だったんだ!」

 

「ま……まさか……?」

 

 言葉の意味を理解したゼロの拳が、わなわなと震えていた。

 

「全ては復活の為の布石……グレアム提督は 『ザギ』に身体を奪われたんだ! 今の提督こそが『ダークザギ』そのものなんだ!」

 

「!!」

 

 ゼロは今までの事を思い返し唖然とした。『ダークロプス』の襲撃から、はやての元に流れ着いたのも『ザギ』の計略の内ではなかったのかと疑ったのだ。立ち尽くす少年に孤門は、

 

「そういう訳だ……まずは病院に向かおう。提督……『ダークザギ』が何かを仕掛けて来る可能性が大きい、フェイトちゃん達も心配だ」

 

「判った!」

 

 ゼロは返事と同時に駆け出していた。孤門も後に続く。少し釈然としない部分もあったが、こうなれば敵味方も無いだろうとゼロは判断する。本当の敵は『ダークザギ』なのだ。

 2人はごった返す通行人の間をぬって、海鳴大学病院に向け風のように疾走を開始した。

 

 一方同じく連絡を受けたザフィーラも、空を飛び病院を目指す。妙な胸騒ぎを感じ、守護獣は最大速度で空を駆けた……

 

 

 

******

 

 

 

 冬の短い日はとうに沈み、辺りはとっぷりと夜の闇に沈んでいた。

 身を斬るような北風が吹き付ける病院屋上で、シグナムにヴィータ、シャマルの3人は、フェイトとなのはの2人と向かい合っていた。シグナムが代表して口を開く。

 

「話を聞こう……ただし主はやての事を今管理局に伝えられては困る……問題が解決するまで身柄を押さえさせて貰うしか無いが……?」

 

 これが条件だった。フェイトとなのはは頷き合うと、しっかりと守護騎士達の目を見る。真っ直ぐな瞳だ。

 

「それで戦わずに済むのなら……」

 

「私達は構いません……はやてちゃんが助かるなら」

 

 そのキッパリした返答に、シグナム達は内心胸を撫で下ろした。場合によっては力付くで拘束しなければならなかったからだ。それはしたくない。

 フェイトは守護騎士達の態度が軟化したのを感じ、確認を取る。

 

「シグナム……あなた達の偽者が確認されたのは間違いありません……あなた達は今まで誰1人襲ってなどいない、そうですね……?」

 

「たりめーだ! アタシらは八神はやての騎士だぞ! それにゼロと約束したんだ、誰1人襲わないってな!」

 

 ヴィータは当然だと胸を張る。その何のやましさも無い返答に、フェイトとなのははホッとした。やはり彼女達は濡れ衣を着せられていただけだったのだ。

 

「それでは、そちらの知っているあいつ…… 『闇の書』の情報を教えて貰おう……」

 

 シグナムが一番聞きたかった質問をする。ゼロの出頭前にこのような機会に恵まれるのは、却って有りがたかった。なのはは勢い込んで一歩前に踏み出し、

 

「駄目なんです! 今のまま『闇の書』を完成させたら、はやてちゃんの命が……っ」

 

 詰まってしまった。気張り過ぎて上手く説明出来ないなのはに代わり、フェイトが説明を引き継ぐ。

 

「『闇の書』は悪意ある改変を受け壊れてしまっています……今の状態で完成させれば歴代のマスター同様、はやては魔力を全て吸い上げられ取り殺されてしまう……今の『闇の書』は死の魔導書になってしまっているんです……!」

 

「やはり……そうだったか……」

 

 シグナムは拳を握り締め、沈痛な表情を浮かべた。やはり『彼女』からの必死の伝言は本当だったのだ。

 覚悟していた事とは言え、やはり真実は厳しいものだった。事前にゼロから聞いていなければ、きっと信じはしなかっただろう。

 

「もう少しユーノ君達に調べて貰えれば、はやてちゃんを助ける方法が見付かるかもしれません。だから少し時間をください!」

 

 なのはは深々と頭を下げる。フェイトも頭を下げた。それは何の打算も計算も無い、ただ助けたいという想いのみの真っ直ぐなものだった。

 シグナムは頭を下げたままの2人を、しばらくの間無言で見詰めた後微かに微笑し、

 

「分かった……信用しよう……シャマルもヴィータも良いな?」

 

「それが一番良さそうね……」

 

「アタシは、はやてがそれで助かるなら……」

 

 2人共同意して頷いた。後はゼロとザフィーラにも了解をとれば良い。話は纏まった。シグナムはゼロとザフィーラに連絡を取る。

 フェイトとなのはは良かったと息を吐いた。もう戦う必要は無くなったのだ。張り詰めていたものは解け、ホッとした空気が流れる。

 

 シグナムは、はやての事をしばらく秘密にする約束も信用出来ると思った。何度もぶつかり合った者同士特有の、奇妙な信頼関係が互いに芽生えつつあった。だがその時、

 

「とっころが、世の中そう甘くは無いんだな あっ!!」

 

 突然無邪気な調子の少女の声が屋上に響き渡った。

 

「!?」

 

「えっ!?」

 

 それと同時に、フェイトとなのはの体に光のロープが絡み付いた。拘束魔法バインドだ。

 次に2人の足元に魔方陣が浮かび、その姿は光と共に一瞬で消え失せてしまった。何者かによる転移魔法で、強制的に何処かに跳ばされてしまったのだ。

 

「何者だ!?」

 

 思わぬ奇襲に、シグナム達は声のした方向に目を向ける。其処には何時現れたのか、屋上に悠然と立つデバイスを携えた2人の少女の姿が在った。

 

「テスタロッサ!?」

 

「高町!?」

 

 シグナムとヴィータは少女達を見て声を上げた。何故ならその少女達がフェイトとなのはに瓜二つだったからだ。

 しかし良く見ると色々と異なっていた。2人共顔立ちや体型、年格好バリアジャケットのデザインまでフェイト達と全く同じだが、なのはに似た少女はジャケットが濃い紫色でショートカット。

 フェイトに似た少女は髪型こそ同じツインテールだが、髪の色が水色でジャケットの各部は青い。

 そして何より決定的に違うのは、2人共フェイトとなのはが決してしない表情を顔に張り付けている。

 表面だけ同じで中は別人に見えた。フェイトに似た少女はやんちゃな笑みを浮か べ、

 

「聞いて驚け! 強いぞ、凄いぞ、格好良いーっ! 雷刃の襲撃者『レヴィ・ザ・スラッシャー』とは僕の事だ!!」

 

 『バルディッシュ』に酷似したデバイスを派手に振り回して高らかに名乗る。

 

「そちらのおチビさんとは2度目になります ね……? 星光の殲滅者『シュテル・ザ・デストラクター』以後お見知り置きを……」

 

 シュテルと名乗る少女は、ヴィータを冷たい眼差しで見やり、慇懃無礼という言葉のままに静かに頭を下げた。その態度と言葉使いに思い当たったヴィータは、目を見開いていた。

 

「お前っ! あの時の高町の偽者か!?」

 

 最初に管理局と敵対する切っ掛けを作った張本人になる。

 

「その通りです……良くも見事に踊って頂けたものですね……?」

 

 ニコリともしないシュテルの冷徹極まりない言葉に、ヴィータは全身の血液が沸騰しそうな程の怒りに見舞われた。

 

「ふざけんなああああっ!!」

 

 激昂した鉄槌の騎士は弾丸の如く飛び出し、変型させた『アイゼン』をシュテルに叩き込む。星光の殲滅者はその場を動かず、前面に魔法障壁を張り巡らす。

 アイゼンと魔法障壁がぶつかり合い、派手に火花が散るが、

 

「うわあっ!?」

 

 逆にヴィータが跳ね返されていた。比喩だが、分厚い鋼鉄の塊を素手で殴ったように手が痺れた。恐ろしく硬い防御壁だ。シュテルはその場から微動だにしていない。

 ヴィータは辛うじて空中で姿勢を整え、屋上に降り立った。悠然と立つシュテルに、燃え盛るような怒りの眼差しを向ける。

 

「何なんだよお前ら……? 何で邪魔すんだ よ……? はやてが助かるのがそんなに気に食わないってのか……?」

 

 問うている内に感情が激した彼女の目から、光るものが溢れていた。

 寄ってたかってはやて を殺そうとしていると感じ、アイゼンを握る手が怒りでカタカタと震えた。怒りに呼応するように、その身を真紅の騎士服が包む。

 

「誰にも迷惑を掛けないように、みんな必死で頑張って来たんだぞ……誤解も解けて良い方に進んで……もう少しで、はやてを助ける方法が見付かるかもしれないってのに……」

 

 ヴィータの脳裏を今までの出来事がよぎった。八神はやての騎士として恥じぬ行いをすると皆で誓った時の事。身を削って綺麗事を貫かせてくれた不器用な少年の事。

 絶望しか無かった永遠にも等しい拷問のような人生で、初めて手にした温もりと誇り。

 しかしシュテルはヴィータの想いを一顧だにせず、無機物でも見るように紅の鉄騎を見る。その無表情に嘲られた気がした。

 

「邪魔すんなあああぁぁっ!!」

 

 ヴィータは絶叫してグラーフ・アイゼンを振り上げる。愛機は主の激情のままに、勢い良くカートリッジを吐き出した。

 屋上の一角が爆発したように吹っ飛び、紅蓮の炎が渦を巻く。ヴィータ渾身の一撃がシュテルに炸裂した筈だった。

 しかし何故か衝撃も音も辺りに響かない。何かが遮っているようだった。

 静かに燃え盛る炎を前に、ヴィータは怒りのあまり忘れていた呼吸を繰り返す。だが彼女は気を抜いてなどいなかった。炎が上がる一角を睨む。

 コツコツと中から靴音だけが響いた。高温の炎の中から、無傷のシュテルがゆったりと姿を現す。

 眉一つ動かさず平然としている。その様は地獄の業火の中に立つ、災厄を司る者を連想させた。

 

「悪魔め……っ!」

 

 ヴィータは悔し涙で頬を濡らし、炎の中に立つ殲滅者に憎しみの言葉を投げ掛ける。

 

「悪魔……そう……私達は正真正銘の悪魔でしょうね……」

 

 シュテルは悪びれる様子も無く、心なしか無表情な顔に微かに喜色さえ浮かべたようだった。優雅にデバイス『ルシフェリオン』を舞うように掲げる。

 

「全てを血と怨嗟の暗黒に……」

 

 その冷たい瞳に、燐光の如き光が灯った。

 

 

 

 

 

「シャマル退がっていろ……」

 

 シグナムは『レヴァンティン』を起動させ、レヴィと名乗る少女に刃を突き付けた。

 

「あの女の仲間か……? 外道共が!」

 

 瑠璃色の瞳が怒りに染まる。もう1人の自分と名乗ったあの女の仲間だろうと予想する。流石に冷静な将も怒りを抑えられなかった。

 怒りの具現化の如く彼女の体が炎に包まれ、騎士甲冑が装着される。戦意を示すように魔方陣が足元に展開され、魔力光が炎のように渦を巻いた。

 

「シグナム気を付けて! その子おかしいわ!」

 

 シャマルも騎士甲冑を纏い、後方に退がると油断なく身構える。おかしいとはレヴィ達の反応であった。

 人間では無い。しかし自分達と同じプログラム体とも言い切れない、妙な反応をシャマルはサーチしていた。

 正体不明。現時点ではそれしか分からない。不気味であった。正体不明の少女レヴィは、大仰にデバイスを構え、

 

「へへ~ん、『力』のマテリアルの僕と『バルニフィカス』に勝てるかな!?」

 

 最後の、なの字をを言い終わらない内に、愉しそうに笑いながらシグナム目掛けて突進して来た。凄まじい速さだ。

 飛び出すと同時に、バルニフィカスを変型させた電光の大鎌を降り下ろす。シグナムはレヴァンティンで大鎌の斬撃を受け止め、力で跳ね返した。

 

「わわわっ!?」

 

 弾かれてしまったレヴィは宙に跳ばされてしまうが、愉しそうにクルクル体を回転させると音も無く屋上フェンスの上に着地した。

 シグナムは油断なくレヴィに対峙する。フェイトより遥かに速く重い一撃だった。

 

(こいつ……強い……!)

 

 警戒を強める剣の騎士を見下ろすレヴィは、納得行かないように自分の身体を眺め、

 

「やっぱり、このちんちくりんサイズだと打ち負けるよねえ~?」

 

 独り言のように聞くと、その姿が突如として光を 放った。

 

「目眩ましか!?」

 

 迎撃体勢を取るシグナムの目前で、レヴィの身体が変化して行く。子供の体型だったものが、早回しの映像のように成人女性のものに変わって行くではないか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ぼくはそーんなセコい真似はしないぞ!」

 

 一瞬で10年程成長した女性となったレヴィはマントをなびかせ、目にも留まらぬ速さでフェンスから飛び出し大鎌の斬撃を繰り出して来た。

 レヴァンティンと電光の刃が火花を上げて激突する。力比べの形となっていた。

 

(くっ……何という力だ……!)

 

 ぎりぎりとレヴァンティンに力を込めながら、シグナムは相手のパワーに舌を巻く。初撃を受け止めた腕が痺れている。最初とは桁外れだ。

 レヴィと名乗る女は愉しそうに無邪気な笑顔を浮かべながら、バルニフィカスに更に力を込める。

 

「どーした? こっちのシグナムはこの程度かい? そんなんじゃ僕には勝てないぞ!?」

 

「舐めるな! 紛いものがぁっ!!」

 

 シグナムはフルパワーでデバイスを跳ね退け、レヴィのがら空きになった脇腹に痛烈な回し蹴りを叩き込む。

 

「遅いっ!」

 

 しかしレヴィは蹴りをひらりと側転宙返りでかわし、逆に電光の刃を打ち込んで来た。シグナムも負けじと体をかわして斬撃を回避し、その反動を利用してレヴァンティンを横殴りに叩き付ける。

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 レヴィはゲームでも愉しむように、笑みを浮かべながら上体を沈め斬撃を避ける。剣舞の如く2人は激突した。

 

 

 

 

 

 

「この野郎ぉぉぉっ!!」

 

 ヴィータはアイゼンの打撃を連続してシュテルに叩き込む。しかし強固な魔法障壁に阻まれ、攻撃が届かない。

 一旦距離を取ったヴィータだったが、シュテルは隙を与えず朱色の魔力弾を次々と放って来た。

 

「うわああっ!?」

 

 魔力障壁を張り巡らすものの、魔力弾の雨に易々と打ち砕かれてしまった。恐るべき火力であった。残りの魔力弾が更に襲う。ヴィータは防戦一方だ。

 

「この程度ですか……? 燃え足りませんね……」

 

 爆煙の中、シュテルの怜悧な声が響く。

 

(コイツ……とんでもなく強え!? 高町なんか比べ物にもなんねえぞ!)

 

 残煙を目眩ましに、辛うじて魔力弾の攻撃を凌いだヴィータはシュテルの戦闘力に戦慄するが、

 

(でも……こんな奴らに好きにされてたまっかよ! 必ずぶっ潰す!!)

 

 改めて決意し煙を突っ切って急上昇をかける。頭上から奇襲しアイゼンを叩き込むのだ。 だが!

 

「うわっ!?」

 

 突然出現した光のリングに、ヴィータは捕らえられてしまった。両腕ごとガッチリ拘束され身動き出来ない。フェイトとなのはを襲ったバインドと同じものだった。

 

「何ぃっ!?」

 

「きゃあああっ!?」

 

 ほぼ同時にレヴィと打ち合っていたシグナムと、バックアップしていたシャマルは、同じく光のリングにその身を拘束されていた。

 シグナムはバインドを振り解こうと魔力を込めるが、魔力以外の力が働いているらしくビクともしない。

 危機に陥る守護騎士達。そして暗鬱な雲が広がる夜空に何者かが姿を現した。まだ他に仲間が居たのだ。

 

「お前らは……!?」

 

 空中で身動き出来ないヴィータの目に映ったものは、白い仮面を被った2人の男達であった。

 

 

 

つづく

 

 




はやての目に映る衝撃的な光景。守護騎士達、そしてゼロの運命は……

『喪失-モアニング-』


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