夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第57話 無限大-メビウス-

 

 

 カラフルに点滅する電飾があちこちに施され、賑やかなクリスマスソングが流れる商店街を、ゼロは1人歩いていた。

 時刻はもう夕刻近い。 ゼロはふと、茜色に染まる空を見上げてみる。

 

(最近は暖かい日が続いてたが……今日辺り雪でも降るかもな……)

 

 そんな事を思った。彼の鋭敏な感覚に、上空の寒気と湿った空気が感じられる。寒さがあまり得意でないゼロには少し困るが、雪が舞い降りる幻想的な光景は好きだ。

 日本人にはホワイトクリスマスで、良いものだと以前に覚えた知識を引っ張り出してみたりする。

 

 街はクリスマスイブで華やいでいた。空気にも何処か弾んだものを感じるのは、人の楽しいという感情がそこら辺に溢れているからかもしれない、などとゼロはぼんやり街を眺めながら思う。

 あちこちにクリスマスツリーや、クリスマスフェアの看板が目立ち、サンタクロースの格好をした呼び込みの姿も見える。

 楽しそうな親子連れやカップルが行き交う中、ゼロは小脇に抱えた包みを大事に持ち直した。はやてへのクリスマスプレゼントである。皆で相談し決めたものだ。

 カラフルな包み紙に目に鮮やかなリボン。包みに目をやったゼロは微笑し、

 

「喜んでくれっかな……?」

 

 プレゼントを手にした時のはやての反応を何となく予想する。しかしその後管理局に出頭しなくてはならない。はやては自分が姿を消して悲しむだろうが、 やるしか無いのだ。

 きっと上手く行く。否、行かせてみせるとゼロは心の中で自分を奮い立たせると、病院へと足を速めた。すると目の前に、1人の青年が行く手を阻むように立ち塞がった。

 

「?」

 

 ゼロは店の呼び込みか何かだろうと思い、青年の脇を通り抜けようとする。すると青年はすれ違い様に声を発した。

 

「待つんだ……ウルトラマンゼロ!」

 

 ゼロは思わぬ言葉に足を止めてしまった。青年は鋭い視線を向け、

 

「僕は君の正体を知っている……そして君も僕の事を知っている筈だ……」

 

 青年の物言いにゼロは瞬時に悟った。目の前の青年が誰なのかを。声に覚えがある。ゼロは全身を緊張させた。

 

「お、お前……まさか!?」

 

「そう……僕は孤門一輝……もう1つの名は『ウルトラマンネクサス』だ……」

 

 孤門は超然として名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

 

「おっかしいな……?」

 

 アースラブリッジで、コンソールを操作していたエイミィは不審そうに首を傾げた。

 

「エイミィ、どうかして?」

 

 丁度ブリッジに入ったリンディは、その独り言を耳にし聞いてみる。エイミィは困った顔のまま振り返り、

 

「それが……本局に出向いているクロノ君と、連絡が取れないんですよ……」

 

「それはクロノが中々捕まらないって事……?」

 

 リンディはごく常識的な事を口にするが、エイミィは眉をひそめて首を振り、

 

「違うんです艦長……本局自体と連絡が取れないんです」

 

「アースラの通信機器が故障してしまっているって事かしら……?」

 

 リンディは困ったように首を傾げた。整備点検を終え、『アルカンシェル』を搭載し完全な筈のアースラに不備があったのかと思ったのだ。

 

「いいえ、アースラに不備はありません……本局とだけ連絡が取れないんです。他の基地局も同じで、混乱し始めているようですし……本局に何か有ったんでしょうか?」

 

 エイミィは説明しながら再度本局へ連絡を試みるが、モニターには通信不能の表示が示されるだけである。

 

「本局に限って、それは無いと思うけど……」

 

 リンディも反応しないモニターを覗き込んだ。一向に回復する様子は無い。

 本局は各管理世界有事の際に、局員を派遣する『次元航行部隊』の本拠地だ。その性質上、相応の予算に人員、更には最新鋭技術の塊でもある。

 あらゆる事態に対応手段が取られている筈なのだ。その本局と連絡が取れないなどと言う事態は、普通なら有り得ない。

 

(クロノ……)

 

 リンディは胸騒ぎを覚え、無意識に息子の名を呟いていた。

 

 

 

 

 クロノとユーノを庇い『ダークメフィスト』 の前に敢然と立ち塞がる超人。 赤と銀のボディーの数ヵ所に金色の縁取り、 特徴的な胸部と一体化している『カラータイマー』が澄んだ青い光を放つ。

 

『『ウルトラマンメビウス』……ウルトラマンゼロと同族のウルトラマンだよ』

 

 超人は右手の手刀を前面に突き出す独特の構えでメフィストに対峙し、クロノ達にもう1つ の名を名乗った。

 

「ウルトラマンメビウス? ウルトラマンゼロと同族のウルトラマンだって!?」

 

 クロノは立て続けに襲う予想外の事態に唖然とし掛けるが、これだけは感じた。メビウスの後ろ姿にゼロと同じものを。

 理屈では無い。必ず守り抜くという信念の背中。実際にそれを貫いて来た者だけが纏うものを。

 何の縁も所縁(ゆかり)も無い筈の世界を 『人間が好きだから』というだけで守り抜いた、ウルトラマンゼロと同じ温かさを。

 

『掛かって来いメビウスとやら! ウルティノイドに勝てるかな!?』

 

 メフィストは挑発するように轟! と吼えた。 悪魔の雄叫びだ。

 

『こっちだ! 着いて来い!!』

 

 メビウスは宙に舞い上がると、特殊加工の壁を障子のようにぶち抜いて通路に飛び出した。 此処で戦っては被害が大きくなる。本局内で巨大化されては大惨事は免れない。

 

『逃がすか!』

 

 挑発と受け取ったメフィストも宙に舞い上がると、メビウスを追って壁の破壊孔から外に飛び出した。クロノとユーノも後を追って走り出す。

 

 通路を駆けながらクロノは端末を取り出し、中央センターに緊急事態を告げる。間を置かず本局内に、非常警報のアラーム音が鳴り響いた。更にクロノは対応に出たオペレーターに、

 

「それとグレアム提督と、リーゼ姉妹が何処に居るか調べてくれ!」

 

 何故か3人の行方を調べて貰う。しかし外出中で現在の居場所は不明との事であった。歯噛みするクロノだが、それならとアースラとの連絡を頼むが、

 

「何だって!?」

 

 目を見開き叫んでいた。尋常ではない様子にユーノは、

 

「何が有ったんだ!?」

 

「外部との連絡が一切取れない! 転移ポートも次元航行船も原因不明の空間異常で使用不能になってる……恐らくメフィストの仕業だろう。このままだと皆が危ない!」

 

『ダークフィールド』を作り出す能力を応用したのだろう。空間異常で転移は全て不可、次元航行船は陸に揚げられた船のように出航する事が出来なくなっていた。

 焼け付くような焦燥感を覚えるクロノだったが、此方も事態は深刻だ。本局が墜ちるかどうかの瀬戸際である。メフィストを倒さない限り、アースラと連絡すら取れそうに無い。

 

 2人は轟音が響く方向に向かって駆ける。メビウスとメフィストが行ったと思しき通路は酷い有り様だった。

 巻き込まれた人間は居ないが、壁や天井が吹き飛び切り裂かれ瓦礫が散乱している。ほとんど障害物レースコースのようになった通路を走りながらクロノはユーノに、

 

「ユーノ、あのメビウスと言うウルトラマンは、信用出来ると思うか?」

 

「クロノ?」

 

 ユーノは思わぬ質問にクロノの横顔を凝視していた。いくら何でも疑り過ぎではと抗議しそうになったが、今日出会ったばかりの得体の知れない者をいきなり信じるには無理があるのだろうと思う。しかし理由はそれだけでは無かった。

 

「そ……そんな!?」

 

 ユーノはクロノが弾き出した真相を聞いて絶句してしまう。しばらくの間無言で通路を駆けていたユーノだったが、改めて並走するクロノを見ると、

 

「それでも僕はウルトラマンメビウス……ミライさんを信じるよ!」

 

「何故そう言い切れる……?」

 

 しっかりと断言するユーノに、クロノは訝しげな眼差しを向ける。しかしユーノはクスリと笑い、

 

「そっちの方は僕にはあまり自信は無いけど……ミライさんに関してはそう言い切れるよ……僕はずっとミライさんと一緒に探索をしていたんだ。凄く良い人なのは絶対間違いないよ!」

 

「全部演技で、今までずっとユーノを騙していた可能性だってあるんだぞ?」

 

 ユーノはその疑いの言葉を聞いて、一瞬吹き出しそうになってしまった。それに気付き眉をしかめる少年執務官に、無い無いとばかりに手を振って見せ、

 

「それだけは絶対に無いよ。こうなってみると、ミライさん色々怪しすぎだったよ……だってミライさん隠し事が凄くヘタなんだもの」

 

 やはりミライにはカレーの事と言い、かなり不自然な振る舞いや言動があったようである。 ミライはミライと言う事か。

 

「クロノは難しく考えすぎだよ。本当はクロノも判ってるんだろ? ミライさんがウルトラマンゼロと同じく良い人だって……僕はさっき助けられた時、初めてゼロさんに助けられた時の事を思い出したよ……」

 

 絶体絶命の時に現れたゼロを思い返し、ユーノは目を輝かせる。

 自分達を守るメビウスの確固とした背中は、少年が一度は憧れる正義のヒーローそのものであった。 ユーノの言葉に、クロノは負けたよと言う風に苦笑し、

 

「判ったよ……今は自分の感じたままに動いてみるとしよう!」

 

 吹っ切れたように応える。互いに頷き合った2人の少年は勇んでメビウス達を追った。

 

 

 一方通路を低空で飛行するメビウス目掛けて、メフィストは光の刃『ダークレイフェザー』を次々と乱射した。

 メビウスは光刃の攻撃をかわし、次の角を左に曲がる。外れたダークレイフェザーが辺りの壁床を問わず切り裂き、一帯を無惨にズタズタにしてしまう。

 

『どうした? 逃げるだけなのかメビウスとやら!』

 

 嘲笑いながらメフィストは更に光刃を乱射する。メビウスは辛うじて追撃を逃れると、空中で不意に急制動を掛けた。

 

(今だ!)

 

 意表を突かれたメフィストに、激突する勢いで猛烈なタックルを掛ける。

 

『何ぃっ!?』

 

 メビウスはその勢いのままに、メフィストに組み付いた体勢で壁をぶち抜いた。

 勢いは止まらず分厚い壁に風穴を空け、超人と魔人は壁を次々に破壊して行く。まるで人間大のブルドーザーが荒れ狂っているようだ。

 更に壁を続けて破壊した2人は、広い空間に飛び出していた。どうやら次元航行船の整備ドッグらしい。今は使われていないようで船も人の姿も無く、機械類だけが置かれている。

 

『ククク……ッ、そういう事か……くだらん奴よ!』

 

 メフィストは揉み合うメビウスに、侮蔑の嗤い声を浴びせた。メビウスが被害を最小限に抑える為に此処まで誘導して来た事に気付いたのだ。

 道理で人の姿をあまり見なかった訳である。メビウスが超感覚で人の居ない方向を選んで壁を壊し、直進していたからだ。

 

 メビウスとしては、メフィストを次元航行船の発進口から叩き出し、本局の外で戦うつもりであった。しかし、

 

『そう思惑通りに行くと、思っているのか!?』

 

 メビウスの腕の中、メフィストの体が急激に膨れ上がる。強引に巨大化を敢行したのだ。とっさに離れたメビウスの目前で、骸骨の如き偉容がドックを揺るがし仁王立ちする。

 

『クッ!』

 

 こうなってはメビウスも巨大化するしか無い。眩い光に包まれて、赤と銀の巨体が黒い巨人の前にそびえ立った。

 

『セアアァッ!』

 

 メビウスは間髪入れず連続してパンチを放つ。何としてもメフィストを外に叩き出さなくてはならない。

 それを見越し闇の巨人は体をかわすと、相手の腹部を狙い強烈な回し蹴りを放つ。凄まじいまでの激突音がドックに響いた。

 メビウスが左腕でそのキックを受け止める。数万トンの質量の巨人同士の激突に本局が揺ぐ。

 

 激突の最中、本局警備の武装局員達がドックに駆け付けて来た。驚くべき光景に一瞬唖然とする局員達だったが、

 

「何をボケッとしている! 撃てえっ!!」

 

 還暦近い仏頂面の隊長の叱咤に、局員達は一斉にメビウスとメフィストに砲撃魔法を撃ち込んだ。

 彼らにしてみればメビウスも同じアンノンウン。本局で暴れているようにしか見えない今、仕方がない事ではある。

 しかし2体の巨人には蚊に刺された程にも感じていないらしく、揺るぎもしない。武装局員達の間に動揺が走った。

 

「化け物共がぁっ! 怯むな!!」

 

 隊長が舌打ちし、攻撃続行を指示しようとすると、

 

「待って下さい!!」

 

 追い付いたクロノが、ユーノと共に警備隊長の元に駆け寄っていた。

 

「クロノ執務官か、何を言っている!? あの化け物共が見えないのか!?」

 

 クロノと知り合いらしい隊長は苛立ったように声を荒げるが、年若い執務官は闇の巨人と戦うウルトラマンメビウスを指差し、

 

「細かい説明は後で、あの赤と銀の巨人は味方です。本局を守ろうとしているんです! 黒い巨人だけを攻撃して下さい!」

 

「馬鹿な! あんな巨大なものが味方だと!?」

 

 隊長は当然の反応をした。ゼロのように管理外世界に現れたのとでは訳が違う。本局に直接乗り込まれた形の現状では、敵と判断されても仕方が無い。

 こうしている間にもメビウスとメフィストの戦いは続いていた。戦況はメビウスが不利だ。

 

(このままじゃ!)

 

 メビウスは攻撃を凌ぎながら、メフィストを外に追い出そうと奮戦していたが焦りを隠せない。内部でこれ以上戦っては被害が大きくなってしまう。

 ドックだけでは済まなくなる。『メビュームシュート』などの威力の高い光線の使用など論外であった。

 メフィストはそれを見越してメビウスの誘いには乗って来ない。このまま長期戦に持ち込まれたら時間切れになってしまう。

 

『下らん奴よ! 守ろうとする人間に攻撃されていては世話は無いなあ!?』

 

 砲撃の雨に晒されながら、嘲笑うようにメフィストは右腕の『メフィストクロー』を展開し、メビウスに叩き込む。クローの斬撃を食らってしまった巨体が吹っ 飛んだ。

 下敷きになった機械類が玩具のように砕け散る。メフィストは、まだ砲撃を続ける武装局員達をギロリと見下ろした。

 

『五月蝿い虫けら共が! 潰れろ!!』

 

 局員達に向け繰り出した右腕から、紫色の破壊光線『ダークレイジュビローム』を放った。砲撃魔法を豆鉄砲のように蹴散らし、光線が迫る。防御魔法で防げる代物では無かった。

 

 逃げる暇も転移する間も無く、棒立ちになる武装局員達。このまま彼らは跡形も無く消滅してしまうだろう。だがその時、銀色の巨体が光線の前に立ち塞がった。

 

『させるか!!』

 

 メビウスだ。ダークレイジュビロームが盾となったメビウスに炸裂する。とっさの事で 『ディフェンスサークル』を張る暇も無く、まともに食らってしまった。

 

『ウウゥゥ……ッ!』

 

 体から白煙が上がり、メビウスはガクリと膝を着いてしまう。胸の『カラータイマー』が点滅を始めていた。

 

『フハハハッ! 愚かな奴よ!』

 

 メフィストは踞ってしまったメビウスを見下ろし、嘲笑った。こうなれば勝ちは揺るがないと余裕の態度だ。クロノは歯噛みすると隣のユーノに、

 

「やはり被害が大きくなるから、本局の中では思うように戦えないんだ……ユーノこうなれば僕達だけでも援護しよう! 君はバインドでメフィストの動きを一時的にでも抑えるんだ!」

 

「判った!」

 

 クロノは頷くと砲撃魔法の態勢を整えながら、メビウスに念話を送る。

 

《聞こえますか? 今メフィストの注意を此方に向けます。その間に奴を外に!》

 

《判った。ありがとう!》

 

 メビウスはテレパシーで返事をすると、何時でも飛び出せるように全身の力をバネのようにたわめた。

 クロノは魔力を集中させる。青い魔方陣が足元に展開された。それに合わせてユーノは、チェーンバインドをメフィストの巨木ような脚目掛けて繰り出した。魔力の鎖が闇の巨人の脚に絡み付くが、

 

『虫けらが……』

 

 メフィストは全く動じず、チェーンバインドを引き千切ろうと軽く脚を動かした。それだけでバインドが限界まで張られてしまう。

 

「クロノもう保たない! 早く!!」

 

 ユーノは悲鳴に近い叫びを上げた。クロノは焦る気持ちを押し殺し、砲撃魔法の照準を合わせる。下手な攻撃では揺るぎもしまい。怪獣とは桁が違う。

 狙い所を間違えたら無意味になってしまうだろう。その時クロノの周りで魔法光が一斉に輝いた。

 

「皆さん!?」

 

 見ると警備隊長以下、此処に駆け付けた武装局員全員が、メフィスト目掛けて砲撃態勢に入っているではないか。

 

「どうして……?」

 

 意外そうな顔をするクロノに、隊長は仏頂面のままデバイスを構え、

 

「別にあいつを信用した訳じゃ無い……だがあの巨人が居なければ、さっきの攻撃でほとんどの部下は死んでいただろう……借りは返す!」

 

 借りは返すのくだりで隊長の仏頂面が僅かに緩んだ。クロノは彼が一見融通が効かなそうに見えるが、情に厚く義理堅いのを知っている。

 

「ありがとうございます。奴の顔面を狙って下さい、僕らの攻撃ではそれしか無い!」

 

 クロノは感謝し、砲撃魔法のチャージを完了した。それと同時にメフィストはチェーンバインドを紙ひものように引き千切る。それと同時にクロノは叫んだ。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューシュン!!」

 

「一斉射撃! 撃てえっ!!」

 

 数十種類の魔力光の束が、纏めてメフィストの顔面を直撃した。

 

『グアッ!?』

 

 油断していたメフィストは完全に虚を突かれた形になった。白煙を上げる顔面を押さえる。ダメージはあまり無いようだが、メビウスにはその隙で充分であった。

 

『セアアアッ!!』

 

 メビウスはバネ仕掛けのように素早く立ち上がると、猛然とメフィストに突撃した。

 

『うおおっ!?』

 

 メビウスの体当たりをまともに食らい、メフィストの巨体が吹き飛んだ。その先には次元航行船の出入りゲートがある。

 メビウスは勢いのままに、メフィストごとゲートの扉に突っ込んだ。 特殊合金製の巨大な扉が、2体の巨人の数万トンもの質量に耐えきれず根元から弾け飛ぶ。

 超人と魔人は次元の海に投げ出される。しかしメフィストはメビウスを振り払って態勢を立て直し、本局の外壁に降り立った。

 

『虫けら共があ……っ! 許さんぞ!!』

 

 怒り狂うメフィストは、同じく外壁に降り立ったメビウスを漆黒の眼で睨み付けた。右腕の『メフィストクロー』がジャキンッと乾いた音を立てて再び伸びる。

 メビウスも左腕の『メビウスブレス』から、光の剣『メビュームブレード』を形成し迎え撃つ。

 

『ヌオオオオオッ!!』

 

『セアッ!!』

 

 本局を揺るがす気合いと共に、2体の巨人は同時に飛び出していた。メビュームブレードとメフィストクローが激突し、激しく火花を散らす。

 一撃では終わらない。互いに何合も何十合も刃を交わす。目にも留まらぬ超高速斬撃の応酬だ。

 互角に見えるが、メビウス変身リミットは近い。カ ラータイマーの点滅が激しくなっていく。

 

 メフィストは勝利を確信していた。このウルトラマンは自分と互角の戦闘能力があるようだが、エネルギーが残り少ないようだ。

 ならば闇の力を媒体にし、エネルギー切れの心配が無い此方が最後に勝つと。

 だがメビウスは変身リミットに怯む様子も無く、ブレードでメフィストクローを弾き返すと、強烈な右ストレートをメフィストの顔面に叩き込む。

 

『おのれえええっ!!』

 

 至近距離で核爆発並の一撃を食らった魔人だが、踏み堪らえ怨嗟の声を上げ反撃に移ろうとする。

 だがその前に、メビウスの巨体が宙にロケットの如く飛び上がった。急降下の勢いを利用したキックだ。

 

『そんなものが通じるかあっ!!』

 

 メフィストは闇色の光の盾を展開し迎え撃 つ。メビウスのキックと盾がぶつかり合い、激しいスパークが走った。闇の巨人の防御は堅牢だ。メビウスが押されている。だが!

 

『何ぃっ!?』

 

 メビウスの体が、蹴り脚を中心に独楽の如く高速回転を始めた。凄まじいスピンだ。回転のエネルギーでキックに更なる力が上乗せされる。

 『メビウススピンキック』光線技を全く寄せ付けない『リフレクト星人』を倒す為に編み出した必殺のキックだ。

 

『セヤアアアアァッ!!』

 

 雄々しき気合いと共に、高速回転するメビウスの体が燃え盛る炎と化し、魔人の防御障壁を粉微塵に打ち砕いた。

 とっさに上体を逸らし直撃を避けたメフィストだったが、肩口に食らってしまう。肩がスピンキックで抉られていた。

 しかし黒き魔人はダメージをものともせず、両腕を組合わせ必殺光線の構えに入る。いかれた筈の右肩がメリメリと嫌な音を上げた。痛みを感じていないのだ。

 

『外したな? ならば今度は此方のば……!?』

 

 メフィストの台詞が途中で途切れる。何故なら外壁に降り立ったメビウスの体が、スピンキックの炎に包まれ変化を起こしていたからである。

 胸と背中に鮮やかなファイヤーシンボルが描かれたその姿。『バーニングブレイブ』だ。

 全ての能力が強化されたパワーアップ形態である。

 メビウスブレスから発生した炎が胸部に集まって行く。一瞬怯んだメフィストだが、最強光線『ダークレイ・シュトローム』で対抗する。

 

 互いのエネルギーが頂点に達した。一瞬早く紫の奔流が放たれた。ダークレイ・シュトロームが発射途中のメビウスを襲う。

 バーニングブレイブメビウスはその場を動かず、作り出した巨大な火球を破壊光線の真っ向から放った。必殺の『メビュームバースト』!

 

『セアアアァァッ!!』

 

 巨大な火球が凄まじいばかりの勢いで放たれ、 ダークレイ・シュトロームと激突する。火球は桁違いのパワーで紫の奔流を押し返し、メフィストに炸裂した。

 

『ぐわあああああぁぁぁっ!?』

 

 魔人の絶叫が響き渡る。メビュームバーストの余波で本局が揺らいだ。 必殺の一撃を食らったメフィストは、白煙を上げながら外壁に崩れ落ちた。仰向けに倒れピクリとも動かない。

 

『倒したのか……?』

 

 メビウスは油断無く動かない魔人の様子を伺うが、立ち上がる気配は無い。そこにようやく追い付いたクロノにユーノ、 武装局員達が外壁に出て来た。

 メフィストが倒れているのを見て、その場に居る全員がホッとした瞬間であった。

 突如メフィストが起き上がり、最期の力を振り絞り超スピードでクロノ達の元に飛んだ。

 

『しまった!?』

 

 メビウスが気付いた時にはもう遅い。メフィストは両手にクロノとユーノをガッチリと捕らえていた。

 

「うわあっ!?」

 

「はっ、放せぇっ!!」

 

 もがき苦しみ絶叫を上げる2人をメビウスの前に晒し、ボロボロの魔人は苦し気に嗤う。最早戦う力は残っていないのだろう。

 

『フフフ……貴様のような甘ちゃんには手が出せまい……?』

 

『クッ、卑怯な!』

 

 これでは下手に動けない。メビウスは拳を握り締める。カラータイマーの点滅が早い。残されたエネルギーはもう僅かだ。それを見越してか、メフィストはクロノ達を盾にし吼えた。

 

『このまま本局をぶっ飛ばしてやる!!』

 

『何だって!?』

 

 驚くメビウスを尻目に、黒き魔人の体から異様な程の高エネルギーの集中が感じられた。残りの全エネルギーを1ヶ所に集めて自爆する気なのだ。察した武装局員達の間にも動揺が走る。

 

『もう何をしても遅い……! 今の俺は巨大な爆弾と同じだ! ダークフィールドの異相の反転を利用した空間破砕爆弾! この位地からでも本局を半壊はさせられよう……!!』

 

 最悪の事態であった。迂闊に動けないメビウスをせせら嗤い、メフィストはついでだとばかりに両手に力を込める。用済みになったクロノとユーノを握り潰すつもりだ。

 

『止めろぉっ!!』

 

 メビウスは一か八かで飛び出した。賭けに出たのだ。自爆される前に2人を助け、メフィストを遠くへ吹き飛ばすしか手は無い。だが、

 

『遅い!!』

 

 メフィストは非情にも両手に力を入れる。後少し力を入れるだけでバリアジャケットは砕け、2人の少年は原型も留めずグシャグシャに潰れてしまうだろう。

 

(そうだ……子供の身体は脆い……)

 

 メフィストがそう思った時、不意に意思に反して手の動きが止まっていた。

 

『……どうしたんだ……?』

 

 茫然としたように呟くと、再びクロノとユーノを握り潰そうとするが、やはり手は動こうとはしなかった。

 混乱するメフィストは、少年達の苦しむ表情を見下ろす。何故手を止めたのか。

 

『……子供……?』

 

 無意識に低く呟いていた。それだけはしてはならないと、命令に追いやられ心の奥底に眠っていた感情が訴えているようだった。そして脳裏に、確かに抱いていた小さな命の感触……

 堤防が決壊するように何かが蘇る。その手がわなわなと小刻みに震えた時、

 

『うわああああああああああぁぁぁぁっ!!』

 

 突然メフィストは絶叫していた。狂ったのだろうか。否、それは先程までの凶悪なものでは無かった。

 クロノとユーノを捕らえていた力がフッと緩む。解放され息を吐くクロノは、その叫び声が絶望に満たされた慟哭のように聞こえた。

 

 メビウスは魔人の急変に唖然とする。肩を震わせるメフィストはメビウスに向き直ると、黙ってクロノとユーノを差し出した。

 メビウスは戸惑いながらも2人をそっと受け取る。怪我は無いようだ。不思議そうにメフィストを見上げている。

 

『何故……?』

 

 メビウスの問いにメフィストは、混沌とした次元の海を哀しげに見上げ、

 

『……思い出した……俺にも子供が居た……産まれて1歳にもならない男の子が……』

 

 呟き愛おしそうに何も無い空間を抱いた。既に居ない者を抱き締めるかのように……

 

『あなたは人間だったんですか……?』

 

 メビウスの痛ましげな質問に、メフィストは頷き視線を落とした。

 

『俺達家族は『冥王』の道具に過ぎなかった……妻も……息子も逝ってしまったか……』

 

 胸が潰れそうな程の悲しみと絶望の込められた言葉であった。父親であったメフィストにとって、子供を殺すという行為は絶対の禁忌だったのだ。人間だった記憶を呼び覚ます程に……

 そして皮肉にも闇の巨人となった事で、妻子の消滅を悟ったのであろう。

 

『早く……ウルトラマンゼロの元に向かえ……俺の使命は最低でもお前を此処に足止めする事だった……『冥王』の好きにさせてはいけない……後は頼む……!』

 

 それは血を吐くような最期の遺言であった。メフィストは最後にメビウスに深々と頭を下げると、ふわりと次元の海へ飛び上がる。

 

『どうするつもりですか……?』

 

 メビウスは思わず聞かずにはいられなかった。判っていても。

 

『俺の自爆はもう止められん……出来る限り此処から離れる……!』

 

 メフィストは後を託すように言い残すと、次の瞬間音速を超え猛スピードで本局から離れて行く。

 メビウスの手の上でそれを見上げるクロノの目には、その背中が死んだ父と重なって見えた。

 メビウスは黙って飛び去るメフィストを見送る。その姿が見えなくなる程小さくなった頃、次元の海に強烈な光が輝いた。

 数瞬遅れて凄まじいまでの爆発が巻き起こる。空間を巻き込んで爆発は急速に拡大し、次元の海を閃光で照らし出した。

 爆発の余波は巨大な本局をも揺るがせる。あのまま自爆していたら、確かに本局は半壊し機能は失われ、多くの人々が死んでいただろう。

 

 ダークメフィスト……名も無き次元世界の男は、最期は人として散った……

 

 詳細までは判らなくとも、メフィストの最期の行動に打たれるものが有ったのだろう。それは人の意思が最後に悪魔に勝った光景だった。

 隊長以下武装局員達は、無意識に男に敬礼を捧げていた。

 メビウスは願った。願わずにはいられなかった。彼が無事、妻子の元に辿り着けるようにと……

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 賑やかな街の喧騒の中、ゼロと孤門は静かに対峙していた。愉しげな雰囲気とは真逆の緊迫した空気が流れる。

 しばらく無言で睨み合う2人だったが、ゼロがフッと表情を緩め先に口を開いた。

 

「俺は……一切抵抗はしない……殺りてえってんなら好きにしろ……」

 

 穏やかに笑みさえ浮かべて見せる。孤門は訝しげにゼロを見やる。

 

「良い覚悟だが……何が目的だい……?」

 

「俺の命はくれてやる! だから『闇の書』の 情報を此方に渡してくれ、頼む!」

 

 ゼロは土下座せんばかりの勢いで頭を下げていた。既に覚悟は出来ている。孤門は黙って頭を下げたままの少年を見下ろす。何か考えているようだったが……

 

「判った……僕からも頼んでみよう……」

 

「恩に着る……ありが……」

 

 礼を言おうとした時だ。突然シグナムからの思念通話が頭の中に響き渡った。

 

《済まないゼロ……緊急事態だ。主はやての事が管理局魔導師、テスタロッサと高町の2人にバレた!》

 

「何だとぉっ!?」

 

 ゼロは予期せぬ事態に思わず声を上げていた。

 

 

 

 つづく

 




遂に始まる運命の夜。出会ってしまった守護騎士達とフェイト達は?
まだ現実世界に居ない筈の者達が、八神家を追い詰めて行く。
次回『欠片-カヒィン-』

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