夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第56話 決意-ディテムネイション-

 

 

 

 時空管理局・本局

 

 『無限書庫』から幾分離れた場所に、滅多に人が立ち入らない区画があった。

 新たに部署が立ち上げられる予定だった場所だが、色々と事情があって立ち消えになってしまい、今は何室かの空き部屋だけが放置されている。

 打ち捨てられたように、デスクと椅子が数個残されているだけのガランとした部屋だ。その無人の一室を、不意に目映い光が照らした。

 

 壁に設置されている情報端末機器から、光が飛び出して来たのだ。光は意思を持っているかのように1つに集合し、人の姿を形作って行く。

 光の中に一瞬赤と銀色の姿が浮かんだが、直ぐに人間の青年の姿に変わった。穏やかな人懐っこい表情。『ヒビノ・ミライ』である。

 彼は運動をした後のように深く息を吐く。左腕の変身アイテム『メビウスブレス』が体内に収納された。

 自らをプログラム体に変え、情報端末から本局のデータベースに潜り、現実世界に帰還した所である。

 

「あれは……一体どういう事なんだ……?」

 

 ミライは今発見した事実について眉をひそめた。彼はこれまでも探索の合間を縫い『ダークザギ』の痕跡を探し求め、データの海に潜っていたのである。

 そして今日、何度めかの侵入で妙なデータを発見したのだった。

 それは複数の『ロストロギア』関連事件に関する事だったが、流石に専門的すぎて細かい所が解らず判断が下せない。

 

(これは……管理局の、それも専門家の人に協力して貰わないと駄目だ……それも信用出来る人じゃないと……)

 

 ミライは考えた。入手した情報は本来民間人が手に入れられるようなものでは無い。正直に提出しても怪しまれてしまうだろう。

 『ザギ』の記憶操作の件もある。手の者が管理局内に潜んでいるのは確かだろう。逆にミライが疑われるか、犯人に仕立て上げられてしまう可能性が高い。

 

 データを託せるのは信用が置ける人物でなくてはならないのだ。本局内に『ザギ』の手が伸びている今、迂闊な行動は考えものである。

 場合によっては、自分の正体を明かす必要も考慮しなければならないかもしれない。

 恐らく時間はあまり無いだろう。考えを巡らすミライの脳裏に、共に資料を探している少年と、モニター越しに見た黒衣の年若い執務官が浮かんだ。

 

(彼らなら……!)

 

 決心した。クロノとユーノ。2人がゼロと関わりが有り、共に戦った事はデータベースの情報から分かっている。

 その後の対応から、ゼロを何とか助けたいという彼らの想いを確かに感じ取る事が出来た。共に戦ったゼロの力になりたいという想いを。

 この世界では得体の知れない筈のウルトラマンを信じてくれたのだ。己で感じ取り己の心に従って……

 この世界の人間も、ミライが知る人々と同じく心に光を持っている。

 

(なら……僕も彼らを信じよう!)

 

 ミライらしい決断であった。まずは信じてみよう、信じなければ何も始まらないというのが 『ウルトラマンメビウス』のモットーである。

 それはどれだけ刻が過ぎても変わらない。彼……否ウルトラマンなりのやり方なのだ。例えそれが何度裏切られようと、それは変わる事は無い。

 

(まずはユーノ君に……)

 

 ミライは空き部屋を出ると、急ぎ『無限書庫』へと戻った。

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 異世界から戻ったゼロ達はリビングに集合していた。シャマルも重要な相談という事で、病院から駆け付けている。

 はやてに何かあった場合の対応は出来ているので問題は無い。いざと言う時は直ぐに救出出来る態勢を整えている。

 リビングには重苦しい空気が漂っていた。ゼロは叫んだ後、直ぐに話を切り出さなかった。

 帰ってから話すと言ったきり、一言も言葉を発していない。何か考えを整理しているようだった。ただならぬ様子に、守護騎士達は尋常では無いものを感じ敢えて追求しなかった。

 ザフィーラは狼の姿で床に伏せ、他はソファーにそれぞれ腰掛けて、ゼロが言葉を発するのを待っている。ゼロはようやく整理が着いたのか、そんな一同を見渡し重い口を開いた。

 

「……みんな……恐らく今の俺達は『ダークザ ギ』か『ウルトラセブンアックス』か何方かは解らないが、良いように引っ張り回されているだけなのは感じているよな……?」

 

「ああ……それは皆判っている……我らは誰かの筋書き通りに動かされている……忌々しいがそれが現状だ……」

 

 腕組みするシグナムは表情を険しくし同意する。ゼロは頷き、

 

「このまま行けば……はやても俺達も自滅するだけだと思う……また被害者も出るだろう……」

 

 やりきれないように顔を伏せた。あの母子の事を思ったのだ。少年は奥歯をギリッと食い縛ると顔を上げる。

 

「俺が思い出した事を話す……俺も混乱してて な……整理する時間が欲しかったんだ……」

 

 言葉を濁した。一体何を思い出したのか。守護騎士達は固唾を呑んで少年が言葉を発するのを待つ。ゼロはひどく言い辛そうだったが、覚悟を決め口を開いた。

 

「あいつ……『管制人格』からの伝言だ……『闇の書』は壊れている……完成させればはやては死ぬ……!」

 

「ばっ馬鹿なっ!? ゼロお前何を言っている!?」

 

 シグナムは思わず身を乗り出していた。『管制人格』からの伝言と『闇の書』が壊れているなどと言う話が飛び出すとは思ってもみない。青天の霹靂であった。

 

「そんな事有る訳無いわ! 管制人格からって、一体どういう事なの!?」

 

 唯一の希望を打ち砕く言葉に、シャマルは悲鳴に近い声を上げていた。ゼロは痛ましそうに彼女を見、

 

「この間言ってたよな? 『管制人格』が目覚めていて、はやてと精神アクセスしてるって……」

 

「ああ……」

 

 取り乱すシャマルに変わってシグナムが返事をする。ヴィータはその話を聞いていなかったので、びっくりした顔をした。

 

「その時俺もはやてに引かれて、意識の底であいつと会ったんだよ……」

 

「何だと!?」

 

 驚愕するシグナム達にゼロは事の経緯を説明した。ウルトラマンならではの影響を受けて、『闇の書』の深部に潜った事、はやてと共に『管制人格』と直接会った事を話した。

 今なら思い出せる。ゼロはあの時の記憶を完全に取り戻していた。

 

「その時に俺にメッセージを託したんだ……今のあいつには他に危機を伝える手段が無かったんだろう……お前達にも伝える手段が無い、はやてに伝えても潜在意識下では人間には思い出す事が出来ない……」

 

 声も出ない守護騎士達。確かに現状『管制人格』とは誰も連絡が出来ない。ゼロはそこで自分を指差し、

 

「それで俺だ……俺が紛れ込んだ時あいつは思ったんだろう……ウルトラマンの俺なら、潜在意識のメッセージを思い出す事が出来るんじゃないかとな……」

 

「……本当なのか……?」

 

 シグナムはついそんな事を口にしていた。無論ゼロを疑っている訳では無い。

 他人から言われたのなら聞く耳持たなかったかもしれないが、共に死線を越えて来たウルトラマンの少年を信頼しているのだ。

 

 それでも天地が引っ繰り返る程の衝撃を受け、そう聞かずにはいられなかった。ヴィータもシャマルも、ザフィーラも顔色を無くしている。

 だが皆何となく判っていた。恐らくゼロの言った事は本当なのだと。そう考えると全てがしっくり来るのだ。

 改めて思い出そうとすると、全員『闇の書』 が完成した時の記憶が無い。何故かその時の記憶がスッポリ抜け落ちている事を自覚した。愕然としてしまう。皆の動揺を察しながらもゼロは続けるしか無い。

 

「ああ確かだ……あいつからのSOSだ。尤もヴィータの疑問とかが無ければ、俺も思い出せなかったかもな……」

 

「そうか……アタシの不安って……」

 

 ヴィータは驚愕冷めやらぬ中でも、得心が行って虚空を見上げた。ゼロは彼女の頭を優しく叩き、

 

「多分ヴィータはほんの少しだけ、その事が頭の中に残っていたんだろうな……」

 

 それがヴィータの不安の正体だったのだ。だが最悪の結果が出た事になる。

 

「『闇の書』が既に壊れていて、そのせいで我らにも記憶が無いと言うのか……」

 

 シグナムは自問自答するように呟く。出来る限り冷静に判断しようとするが、流石に動揺していた。

 ザフィーラは床に伏せたまま考えを巡らしているようだったが、動揺は隠せない。物事を一番冷静に判断出来る守護獣にも想像の外にあった。

 

 ヴォルケンリッターは混乱していた。無理も無い。依って立つもの、存在意義、全てが否定されるに等しい。

 認めたく無い所であるが、事実は残酷であった。そこでシグナムは1つの言葉を思い出した。

 

(『夜天の魔導書』……)

 

 あの自分そっくりの女が言っていた名が蘇る。何故かその言葉に聞き覚えがあるような気がしたのは、あれが『闇の書』の本当の名だったからでは無いのか?

 

「シグナム……どうするの……?」

 

 シャマルは不安げな眼差しで、リーダーに指示を仰ぐ。ヴィータもザフィーラもシグナムを見た。しかし正直シグナムも、どうしたら良いのか解らなかった。

 

 永い刻をリーダーとして守護騎士達を纏めて来たが、こんな自分達の根幹を揺るがすような事態は今まで無い。初めて心細いと感じてしまうのは無理からぬ事であった。

 

(しっかりしろ! 今私が動じる訳には行かん……動揺は皆に伝わってしまう……こんな事では主を助ける事など出来んぞ!)

 

 ヴォルケンリッターの将として、シグナムは動揺する自分を叱責する。しかし心の揺らぎは思ったように、鎮まってはくれなかった。

 

(……私は……こんなに脆かったというのか……?)

 

 愕然としかけたその時、肩に優しい感触を感じ彼女は顔を上げた。

 見るとゼロがさり気無く肩に手を置いている。シグナムにだけ判るように、こっそり頷くと念話回線に話し掛けて来た。

 

《大変だなリーダーも……すげえショックだろうしキツいと思うが、あまり気負うなよ……その……何だ……俺も居るからよ……》

 

 照れながらの励ましにシグナムは、ある感情と共に肩が軽くなった気がした。この少年色々鈍い所があるが、妙に細かい事に気付く事がある。人が本当に困った時が判るのかもしれない。

 

《……済まないな……少し弱気になっていたよう だ……》

 

 シグナムは念話でひっそり礼を言う。ゼロは照れ臭そうに顔を逸らした時、不意に『闇の書』が皆の上に転移して来た。

 

「お前……」

 

 シグナムは浮遊する『闇の書』を見上げた。書はゼロにお礼を述べるように、ふわふわ少年の周りを舞う。一同は感慨深く『闇の書』を見上げた。

 

 永い刻の中暗闇で独り、何も出来ない自分を責めて運命を呪うしか出来なかった管制人格。 守護騎士達は彼女の苦しみをようやく判る事が出来たのだ。

 

「済まない……全てお前1人に背負わせてしまっていたのだな……?」

 

 悔恨の表情を浮かべるシグナムの元に『闇の 書』は、気遣うようにゆっくりと降りて来た。烈火の将は彼女をしっかりと抱き締め、

 

「お前の必死の警告、決して無駄にはしない……必ず道を探してみせる!」

 

 友に固く誓う。全員も頷いていた。皆想いは同じだった。『闇の書』はやっと皆に伝える事が出来、歓喜に咽び泣いているようだ。

 

 彼女の今までの想いを想うと、ゼロは泣きたくなってしまった。どれ程の孤独と絶望を抱えて、今まで生きて来たのかと。 しかし問題はこれからなのだ。ゼロは目をごしごし擦ると、再び全員を見渡し、

 

「これからに関してはちょっと思い付いた事がある。それで聞きたいんだが……みんなでも解らない『闇の書』の異常……それが解りそうな所が他に有るんじゃないか? 心当たりは無いか?」

 

 その質問に守護騎士達は戸惑った。今の自分達より正確な『闇の書』の情報が有りそうな所など存在するのか。シャマルは難しい顔をし、

 

「……そんな所有る訳が……あっ!」

 

 何かに思い当たったか声を上げた。シグナムも同じ事に思い当たったらしく、

 

「時空管理局だな……? 管理局には管理世界の古今東西、あらゆる書籍資料が全て集められている施設が在ると聞いた事がある」

 

「『古代ベルカ』に関する事……『闇の書』のデータが有る可能性が高いな……」

 

 ザフィーラも顔を上げて同意する。永い刻の中で『無限書庫』の噂を聞いた事があるのだろう。それを聞いたゼロは、良しっとばかりに掌に拳を打ち付けた。

 

「やっぱり有ったか! 其処なら異常の事が分かるかもしれない。そこで提案だ。管理局のデータを見せて貰おうじゃないか!」

 

 ゼロの提案に守護騎士達は唖然としてしまっ た。ヴィータは呆れたように、

 

「どうやってだよ……? アタシら追われる身だぞ、殴り込みでも掛ける気かよ?」

 

 最もな意見にゼロは一瞬真剣な顔をするが、直ぐにニヤリと不適に笑って見せ、

 

「なーに、簡単な事だ……俺が管理局に出頭するのを条件に教えて貰えば良い」

 

「正気かよ!?」

 

 ヴィータは目をまん丸に見開いて驚いてしまった。皆もまたしても唖然としてしまう。だがその意味は直ぐに察する事が出来た。

 

「それってゼロ君が1人犠牲になるって事じゃないの? ただでさえゼロ君の力は驚異なのに、濡れ衣を着せられてる今捕まったら、封印されてしまうかもしれないわ!」

 

「馬鹿を言うな! そんな事をして主が喜ぶと思っているのか!?」

 

 シャマルとシグナムが血相を変えてゼロに詰め寄った。八神家は誰1人欠けてはいけないのだと。ゼロは心の中で感謝しながらも笑って見せ、

 

「そうでも無いぜ、クロノ達は話が分かる筈だ……そう悪い事にはならねえよ……無実の証拠が無い替わりに俺が身柄を預ける形にして、何とか情報を貰えるように頼んでみようと思う。勿論はやてや皆の事は一切喋らない!」

 

「そうかもしれんが……」

 

 シグナムはまだ納得が行かないようだ。確かに今までの対応などから、クロノ達がゼロに酷い対応をするとは思えなかったが……

 するとザフィーラがノソリと立ち上がって、ゼロの傍らに歩み寄り、

 

「だが……向こうにはゼロを目の敵にしている 『ウルトラマンネクサス』が居る……大丈夫なのか……?」

 

 痛い所を突いて来る。ゼロはしゃがみ込むとザフィーラの蒼い毛並みを撫で、

 

「心配ねえよ……ネクサスも無抵抗な奴を攻撃するような事はしないだろう……端っから話し合いをしようって言うなら大丈夫さ……」

 

 努めて大した事は無い事を強調した。しかしネクサスの話ぶりから、問答無用で襲い掛かって来る可能性も有るが、今は賭けるしか無い。

 

「そんな訳だ。今ははやてを助ける事が重要だろ? なーに、ヤバくなったら上手い事逃げて来るからよ。だから頼む、俺を信じてくれ!」

 

 ゼロは深々と皆に頭を下げた。守護騎士達は無言で、頭を下げたままの少年を見詰めている。

 

「……仕方の無い奴だ……頭を上げろ……」

 

 シグナムが声を掛けた。恐る恐る頭を上げるゼロに、彼女は呆れたように苦笑を浮かべて見せ、

 

「そんなに言うならやってみれば良い……ただし、必ず無事に戻って来い。戻らなかったなら、私も主も承知せんぞ!」

 

「ああっ!」

 

 意気込んで応えるゼロに、ヴィータがトトトッと駆け寄ったかと思うと、お腹にいきなり頭突きをお見舞いした。

 

「うげぇっ!? ヴィータお前……?」

 

 不意を突かれて呻き声を漏らすゼロに、ヴィータはその服の裾を握り締めて拗ねたように少年を見上げ、

 

「ヘマするんじゃねえぞっ、戻らなかったら管理局に殴り込みに行くかんな!」

 

「判ったよ……」

 

 ゼロは苦笑してその頭を、わしわし撫でてやる。少しは希望が湧いて来たようだ。予断は許されないが、今はそれに賭けるしか無い。シャマルは心配し、

 

「気を付けてね……」

 

「おうっ、任せとけ!」

 

 奮い立たせるように気合いを入れるゼロだった。

 色々相談した所、出頭はクリスマスを皆で祝い、はやてが寝りに就いた後にする事にした。皆とのクリスマスを、はやてはとても楽しみにしている。

 

 躁状態のようにやけに張り切って見せるゼロに、シグナムは改めて真剣な眼差しを向け、

 

「主の事『闇の書』の事を頼む……必ず無事に戻って来い、待っているぞ」

 

「ああっ、必ずな!」

 

 ゼロは握り拳を掲げ頼もしく応えた。そんな少年を見てシグナムは、ふと不安感が胸をよぎった気がした。だが弱気は禁物だとその考えを振り払う。

 前にもこんな予感を覚えた事が有ったが、結局ゼロはそれを全て吹き飛ばして見せたではないかと。今回もきっと……

 しかし不安感は、中々シグナムから去ろうとはしなかった……

 

 

 

 

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 12月23日

 

 衛星軌道上に係留中の『アースラ』モニタールームで、クロノは1人コンソールを操作し調べものをしていた。 するとモニター画面に、連絡が入った事を示 す表示が灯った。クロノ本人宛てだ。

 

「ユーノからか……?」

 

 通信先を見ると『無限書庫』からである。画面を切り替えると、緊張した面持ちのユーノが映し出された。

 

「どうしたんだユーノ? 何か新しい事実でも分かったのか?」

 

 クロノの質問に、ユーノは困ったような表情をして視線を自分の隣に向ける。誰かもう1人 居るようだ。

 

《実は……クロノに紹介したい人が居るんだ…… どうしてもクロノじゃないと駄目だって……》

 

「紹介……? 僕じゃないと駄目……?」

 

 首を捻るクロノの前のモニターに、人懐っこい顔をした青年が顔を出した。

 

《初めましてクロノ君、ヒビノ・ミライです。 無限書庫でユーノ君のお手伝いをさせて貰ってます》

 

 礼儀正しくペコリと頭を下げるミライに、クロノも会釈し、

 

「どうも……お話は兼がね……色々と助かってます」

 

 挨拶が終わると、ミライは真剣な表情でクロノを真っ正面から見詰めると、本題を切り出した。

 

《クロノ君に一度此方へ来て欲しいんだ》

 

「何故ですか……?」

 

 クロノは言葉を濁す。いきなり民間人に呼び出されて、ハイと出向く訳には行かない状況なのだ。ミライはクロノから1ミリも目を逸らさず、

 

《重要な話が有るんだ……》

 

「それなら、今話せば良いのでは?」

 

 最もな答えに、ミライは苦悩の表情を浮かべ、

 

《通信で話すには危険過ぎるんだ……どうしても直接話がしたいんだよクロノ君……それに僕が今『本局』を離れるのは不味い気がするんだ……》

 

 謎めいた事を言うが、ひどく必死な様子である。クロノはミライに真摯さを感じた。冗談などでは無い重大な事のようだった。

 だが同時に疑問も感じる。 一民間人に過ぎない彼の重要な話とは? 本局を離れる訳には行かないとは、一体どう言う意味なのだろう。

 突っ込み所満載で怪しい話にも関わらず、クロノには引っ掛かるものがあった。これは聞いておいた方が良いと直感したのは、執務官として磨いて来た勘だった。

 こんな時には勘に従った方が、良い結果がでる場合もある。少しなら大丈夫かと判断した。

 

「分かりました……そちらに出向きます」

 

《ありがとう、クロノ君》

 

 返事を聞いたミライは、ホッとして表情を綻ばせた。

 

 

 

*******

 

 

 

 同日、冬の太陽が傾き橙色の陽が射し込む病室で、はやては独りぽつねんとベッドに横たわっていた。 シャマルははやての着替えを取りに、一旦自宅に戻った所である。

 はやては静まり返った病室でしばらく夕陽を見ていたが、ふと枕元の味気無い収納ボックスに置いてある、卓上カレンダーの日付をチラリと見た。

 

(……みんなに盛大なクリスマスパーティーを開いてあげたかったのにアカンかったな……ごめんな……こんな頼り無いマスターで……)

 

 自分の病気の事も不安だったが、今のはやての頭を占めるのは皆に対する済まなさだった。八神はやてと言う子はそういう少女なのだ。

 

(……去年の今頃は……ゼロ兄とクリスマスの準備で忙しかったのになあ……)

 

 はやては肌身離さず着けているペンダントをそっと取り出し、淋しげに語り掛けるのだった……

 

 

 

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 夜も更け暗くなった夜道を、フェイトはなのはの姉美由希と子犬アルフと共に歩いていた。つい先程までなのはの家にお呼ばれして、夕食をご馳走になった帰りである。

 

 なのはの実家喫茶翠屋は、クリスマスはかき入れ時である。明日は夜遅くまで営業するので、クリスマスを祝う暇が無い。

 それで何時も前日に、クリスマスを祝うのが高町家の習わしとなっている。フェイトはそれに招待されたのだ。帰る際に夜道は危険だからと、美由希にマンションまで送って貰っている所である。

 実際の所、魔導師であるフェイトにそんな心配は無いのだが、魔法の存在を知らない高町家の人達には当たり前の対応である。

 

 美由希と歩きながら雑談をしていたフェイト は、メール着信音に気付き携帯電話を取り出した。見てみるとすずかからである。

 明日の終業式の帰りに、皆ではやてにクリスマスプレゼントを持って行く件の確認メールだった。サプライズなので無論彼女には内緒だ。

 あれから何度も皆ではやての元を訪れ、今ではすっ かり気安い間柄になっている。フェイトははやてと話すのが、とても楽しみになっていた。

 

 フェイトは了解の返事を返した。すると同時にメールを受け取っていたなのはが、黙ってお邪魔する事に少し難色を示す。

 それならもしはやてが都合が悪かった場合、石田先生にプレゼントを預け、後で渡して貰えば良いと言う事で話は纏まった。

 

 携帯をポケットにしまったフェイトは、はやての驚く顔を想像し少し可笑しくなったが、ふと違和感を感じた。

 何だろうと少し考えてみると思い当たった。はやての家族と一度も顔を合わせていなかったのだ。脚の悪い彼女には、誰かしら着いている筈なのだが。

 

(たまたまタイミングが悪かったのか、それとも気を使って外してたのかな……?)

 

 フェイトは特に深くは考えず、明日会えるかもしれないなと思いながら、先を歩くアルフと美由希の後を追った。

 

 

 

 

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 12月24日。クリスマスイブ

 

「なっ、何なんだ……これは……!?」

 

 人気の無い待機室に、クロノの呻くような声が響いた。

 朝一番で本局にやって来たクロノは、ミライから受け取ったデータを見る事になったのである。データを見た彼は酷く衝撃を受けたようだった。

 ユーノもまだ詳しい話は聞いてなかったので、クロノと共にデータの内容を見て声を無くしている。

 

「ば……馬鹿な……こんな大量の犠牲者が……?」

 

 クロノは、目前の空間モニターに映し出されたデータを見て絶句してしまう。隣のユーノも顔色が真っ青になっていた。ミライはやりきれない表情を浮かべている。

 無理も無かった。そのデータは複数の『ロストロギア』の消失事件と、それに関わった関係者の失踪、更にある事件で連続して起こっていた、大量殺戮と行方不明者の記録であった。

 しかも手付かずのまま放置され、捜査も全くされていない。

 

「何故だ……何故これだけの事件が表に出ない……いや、何故誰も捜査しなかったんだ……?」

 

 クロノは愕然と被害者の記録を見詰める。おびただしい数であった。既に数千万人単位、いやそれ以上の犠牲者が出ている。

 開拓世界などの小規模な所なら、幾つも壊滅している数だ。それなのに騒ぎもパニックも起こっていな い。

 本来ならこれだけの大事件、管理局が総力を上げて当たらなければならない程の事件である。誰かが隠蔽していたとしても不自然過ぎる。

 まるで次元世界の人間達全てが、この事件を無かったものと認識しているようだった。自分達も含めて。

 疑問に答えるべく、ミライは重々しく真実を告げた。

 

「何者かによって、管理局のデータが全て書き換えられ、更に管理局の人達や関係者は記憶を改竄されて、無意識にその事件を認識出来ないようにされていたんだ……一種の精神コントロールだよ」

 

「何だって!?」

 

「そんな!?」

 

 クロノとユーノは驚愕した。恐るべき能力である。誰にも認識出来ず、機械類にも感知出来ない。精神コントロールを行っている者は、何でもやりたい放題だろう。

 ミライは、改めて敵の恐ろしさを痛感するクロノを見据え、

 

「クロノ君なら、これらが何を意味しているのか分かると思う。誰が本当の敵なのかも……どうかな……?」

 

「クロノ……どうだい?」

 

 クロノは心配そうに尋ねるユーノを難しい顔で見ると、

 

「……時間をくれ……」

 

 そう言うと椅子に腰掛け、それぞれの事件のデータのチェックを始めた。己のやるべき事をクロノは正確に把握していた。

 データを改竄し事件に関わりがあった者が居る筈なのだ。それも管理局内に。記憶操作を見破った今、犯人の尻尾を見付けられる筈だ。

 

 ミライに聞きたい事は山程あったが、今は真相を明らかにする方が先だとクロノは思った。 恐らく『闇の書』事件の真相にも繋がっている筈であると直感する。

 

 しばらくの間部屋には、モニター操作の微かな電子音だけが響く。クロノの額に汗が浮かんでいた。湧き上がる不安と懸命に戦っているようにも見えた。

 

 クロノは数時間もの間まったく休まずに、一心不乱に手を動かし調査を続けた。ミライもユーノも椅子に腰掛け、黙って作業を見守っている。

 部外者の2人には手伝えない。これはクロノしか出来ない事なのだ。それからかなりの時間が経過した後、クロノの手が突然、弾かれたように止まった。

 

「分かったのか、クロノ!?」

 

 勢い込んで尋ねたユーノは、少年執務官の青ざめた顔を見てハッした。クロノはわなわなと拳を握り締め、

 

「……全部……最初から最後まで、全て『奴』の手の内だったのかあっ!!」

 

 立ち上がり憤りのあまり絶叫していた。冷静なクロノにしては珍しかった。身を貫く程の怒りに激しく身を震わせている。

 

「一体何が分かったんだ?」

 

 ユーノはその様子に驚きながらも再び尋ねてみるが、クロノは耳に入っていないようだった。余程衝撃を受けたようだ。クロノは青ざめた表情でミライの正面に立ち、

 

「1つお聞きしたい……確かにこのデータは本物のようです……だがそれなら尚更民間人どころか局員、いや改竄前のデータなら上層部すら手に入れる事は難しい筈……

それを持っているあなたは 一体何者なんです? 何故ミライさんは記憶操作に気付く事が出来たのですか?」

 

 当然の疑問であった。データが本物である事は確認してある。紛れもない事実だ。だがそうなると、データを持って来たミライが何者なのか気にしない訳には行かない。

 そして全ての人間が掛けられている記憶操作を、どうして彼だけが見破る事が出来たのか。

 

「僕は……」

 

 ミライが言い掛けた時だった。

 

『やはりネズミが入り込んでいたか……』

 

 突然エコーが掛けられたような、野太い声が部屋に響いた。クロノ達は驚いて声のした方を一斉に見る。

 其処には血に濡れたような紅と漆黒の体をした、死神の如き魔人がゆらりと立っていた。

 

「ダッ、ダークメフィストッ!?」

 

 クロノは素早くカード状のデバイスを起動させ、杖形態のS2Uをメフィストに向けた。ユーノも防御魔法を何時でも発動出来る態勢を整える。

 ミライは無言で黒い魔人を睨む。どうやら彼の潜入は見破られてしまったようだ。

 

「何故此処に居る!?」

 

 クロノはメフィストに怒鳴った。黒き魔人はゆったりと少年執務官を見下ろし、

 

『無論……知ってはならない事を知ってしまった、愚かなネズミ共を消す事と、この本局を墜とす為よ!』

 

「なっ、何だって!?」

 

 怒るクロノを尻目に、メフィストは嘲笑うように肩を揺らして辺りを見回し、

 

「『冥王』の望む世界に管理局など邪魔でしか無い……如何に巨大な本局と言えど、内部からメイン駆動炉を破壊されてはひとたまりも無かろう? フハハハハッ!」

 

 確かに既に内部に侵入されていては、本局の迎撃武器は使えない。巨大化されて駆動炉に乗り込まれたら、強力な戦闘力を持つメフィストを止められる魔導師は居ないだろう。

 

「そんな事させるか!」

 

 クロノは臨戦態勢に入る。何時でも砲撃を放てる。巨大化前でこの至近距離ならば。

 

『ククク……闇の巨人に立ち向かおうと言うのか? とんだ身の程知ら……?』

 

 メフィストが最後の台詞を言い終わる前に、クロノは砲撃魔法を撃ち込んだ。相手の余裕を突き、不意討ちを狙ったのである。

 こうでもしないと闇の巨人に太刀打ち出来ないと判断したのだ。

 此方も巻き添えを食いかねない一撃。砲撃の衝撃で壁が粉々に吹っ飛び、クロノにも衝撃が及ぶ。やったかと思いきや、爆煙と粉塵の中に平然と立つ影。

 

『ククク……』

 

 嘲るような含み嗤い。無傷のダークメフィストの姿が現れる。漆黒と紅の体には傷1つ付いておらず、微動だにしていない。

 

『愚かな……ウルティノイドにそんな攻撃が通じるとでも思っているのか……?』

 

 メフィストは首をコキリと捻ると、無造作に右腕を振った。その手刀から、くの字形の光刃が繰り出される。『ダークレイフェザー』の一撃。この距離では避け切れない。

 

「危ないクロノ!」

 

 ユーノは咄嗟にクロノの前に飛び出し、防御魔法の盾を張り巡らすが、

 

「うわあああっ!?」

 

 光刃は紙でも切るように易々と強固な防御障壁を切り裂いた。更に2撃目がユーノとクロノを両断しようと迫る。絶体絶命だ。その時である。

 突然光の盾が2人の前に張り巡らされ、ダークレイフェザーを跳ね返した。反発したエネルギー同士が鋭い火花を上げる。

 

「ミライさん!?」

 

 ユーノは驚きの声を上げた。2人を庇い、メフィストの前にミライが立ち塞がっていた。左腕を全面に翳している。

 ダークレイフェザーを防いだ光の盾は、ミライの翳した左腕に出現したデバイス状の物体から発せられていた。

 

『やはりウルトラ族か!!』

 

 メフィストの問いにミライは答えず、バリアーを解除すると左腕の『メビウスブレス』中央のトラックボールを右手で勢い良く回転させる。

 普段穏やかな彼の顔が、戦士のものになってい た。唸りを上げるトラックボールから、光の粒子が溢れる。 輝くメビウスブレスを天高く翳したミライは 雄々しく叫ぶ。

 

「メビウウゥゥゥスッ!!」

 

 目も眩むばかりの光が∞無限大の軌跡を宙に描き、ミライの体を包み込んだ。そして光の中より現れ出でる赤と銀の超人の勇姿。

 

「ミライさん……あなたは一体……?」

 

 クロノは輝く後ろ姿に唖然とする。メフィストの前に敢然と立ち塞がるその姿。『ウルトラマンメビウス』参上であった。

 

 

 

つづく

 

 




 メビウス対メフィストの死闘。メビウスは闇の巨人に打ち勝つ事が出来るのか。アンノウンとして管理局にメフィスト共々攻撃を受けてしまうメビウス。メフィストの猛威、果たして……

 次回『無限大-メビウス-』

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