夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第55話 人形-マリオネット-

 

 

 

「いやあああああぁぁぁっ!!」

 

 衝撃波と共に、女の目の前で夫の頭が石榴のように粉々に吹き飛んでいた。

 血と脳漿が飛び散り、夫の身体は捻くれたように地面に転がり、数度の痙攣の後全く動かなくなった。

 女の抱いている赤子が、火が点いたように激しく泣いている。女は圧倒的な恐怖のあまり動けない。

 『そいつ』は今度はゆっくりと母子の方を向いた。夫の頭を吹き飛ばしたデバイス状のものを向ける。その眼には何の逡巡も迷いも無い。

 

「お……お願いです! この子だけは助けてください!」

 

 女は泣きわめく子供を『そいつ』から必死に隠すように自分を盾にした。

 だが『そいつ』は 一顧だにせず、無言でデバイス状の物を女の頭にピタリと押し当てる。その眼は物を見るようだった。

 女の涙ながらの懇願も、赤子の泣き声も『そいつ』には何の意味ももたらさない。『そいつ』は特に感慨も感情の揺れも無く、蟻を潰すように躊躇なく押し当てたものを発射した。

 轟音が響き、女の頭は上半身ごと原形を留めず粉々に破裂し、抱いていた赤子も母親ごと上半身を消し飛ばされていた……

 

 

 

 

******************

 

 

 

 

 天高く伸ばされた『ダークファウスト』の両腕から、紫色の光が雷光轟く雨天に放たれた。ゼロは猛然と駆けながら左腕を水平に伸ばす。

 

『何度も同じ手を食うかよ!』

 

 両腕をL字形に組むと、真水に墨が混ざるように空間に干渉を始めていた暗黒波動目掛けて 『ワイドゼロショット』を放つ。青白い光の奔流がウネウネとした紫色の混沌にぶち当たった。

 

『何だと!?』

 

 ファウストは驚きの声を上げた。広がって行こうとする空間異常が、ワイドゼロショットを浴びてスパークを起こし、元の雨天の空に戻って行く。『ダークフィールド』が拡散消滅していた。

 

『貴様らがネクサスと同じく、自分の身体を使って異相を反転させ、戦闘用亜空間を作り出していたのはお見通しだ……』

 

 ゼロはダークフィールドを破られ、怯むファウスト達を指差し、

 

『なら、反転前にその干渉を拡散妨害してやればいいだけの話だ! ダークフィールド破れたりだな!!』

 

 得意気に親指で唇をチョンと弾いて見せた。

 幾度に及ぶ戦闘用亜空間での不利な戦いの経験、更には封鎖領域などの結界魔法を使う守護騎士達に相談した上で、ゼロはダークフィールドの対抗手段を考えていたのである。

 

『……流石はウルトラマンゼロと言う事か……だ が、我ら闇の巨人2体に勝てるかな!?』

 

『グルオオオオオオオォォォ~~ッ!!』

 

 ファウストに呼応するように『ダークルシフェル』は、両腕を振り上げ三つ首で獣の如く咆哮した。

 

『俺を舐めるなよ! 貴様ら纏めて叩き潰してやるぜ!!』

 

 ゼロは闘争本能を顕にして吼える。雷光がビカビカと辺りを照らす中、3体の巨人達は大地を揺るがし激突した。

 

 

 

 

 

 

 ヴィータに『ノスフェル』の死の爪が、降雨を切り裂いて迫る。

 

「くっ!」

 

 鉄槌の騎士は咄嗟に回転するように横にヒラリと体をかわし、回転の勢いを利用してノスフェルに身の丈を上回るサイズの『グラーフアイゼン』を叩き込む。

 

 読んでいたノスフェルは、その長大な爪で一撃を弾き返す。強靭極まりない爪だ。初代ファウストを串刺しにした程の威力を誇る。しかしヴィータも弾かれるのは想定済みだ。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 弾かれた反動を利用し、アイゼンを更に振り回して独楽の如く回転、遠心力をプラスして2撃目をお見舞いする。

 

「何っ!?」

 

 ヴィータは目を見張った。ノスフェルが突如として膨れ上がるように巨大化したのだ。堅いゴムを叩いたような感触。

 巨体に打ち込まれたアイゼンが、強靭な肉体に跳ね返されてしまう。 ノスフェルはおぞましい雄叫びを上げ、巨大な爪をヴィータ目掛けて降り下ろした。

 爆発したように大地が巻き添えを食って抉られる。 仕止めたと確信した怪物は、不気味な鼠に似た顔に愉悦の表情らしきものを浮かべたが、

 

「へっ、ば~かっ!」

 

 人を食ったような声が耳許でしたかと思うと、ノスフェルは痛烈な打撃を横っ面に食らいぐらついた。頸の角度が水平になる程の衝撃だ。

 頸を振り顔を上げたノスフェルの眼に、アイゼンを肩に載せてふんぞり返るヴィータが映る。爪攻撃が当たる寸前に加速魔法を発動させ、素早く上空に逃れていたのだ。

 

「お返しだあっ! うおおおおおっ!!」

 

 グラーフアイゼンが唸りを上げた。鈍い打撃音を上げてアイゼンが怪物の顔面に連続してヒットする。怒濤のラッシュだ。

 だがノスフェルはぐらつきこそするものの、決定的なダメー ジには至らない。ダメージを食う度に体組織が再生しているのだ。これではキリが無い。

 

 しかしヴィータは承知の上だ。あくまで彼女の役割は敵の眼を引き付ける事。 ヴィータがやり合っている隙に、ザフィーラがノスフェルの足元に降り立った。怪物は完全に鉄槌の騎士に気を取られているようだ。

 

「縛れ、鋼の……」

 

 守護獣が両腕をクロスさせ術式を発動させようとした時、不意にノスフェルは異様に輝く眼球をグルリとザフィーラに向け、嗤うような軋み声を上げた。

 ヴィータ達の狙いを読んでいたのだ。この知能の高さがノスフェルの強みである。知能が非常に高いのだ。

 逃れる隙を与えず、怪物の額に有る水晶体器官から鋭い光のラインが発射された。避け切れないと判断したザフィーラは魔法障壁を展開するが、

 

「うおっ!?」

 

 光は攻撃の為では無かった。光は障壁ごとザフィーラを絡め捕り、牽引されるように宙に引っ張り上げる。ノスフェルのトラクター(牽引)ビームだ。獲物を引き込み額の器官部に捕らえる事も出来る。

 

「この野郎ぉぉっ!!」

 

 ヴィータはトラクタービームを止めようと殴り掛かるが、ノスフェルの額から更にもう一条の光が伸び彼女を捕らえてしまう。

 

「しまっ……!?」

 

 2人共トラクタービームに捕らえられてしまった格好だ。流石にノスフェルは手強い。だが……

 

「飛竜……一閃っ!!」

 

 紫色の斬撃波が空を走り、怪物の額の器官を正確に切り裂いた。シグナムの援護攻撃だ。この為の三段構えの布陣である。それぞれが互いの フォローに回るのだ。

 額を押さえて絶叫を上げるノスフェルから光のラインが途絶え、ヴィータとザフィーラは自由を取り戻す。シグナムがここぞと叫んだ。

 

「今だザフィーラッ!」

 

「応っ! 縛れ鋼の軛! テオオオオオオオッ!!」

 

 ザフィーラの雄叫びと共に、フルパワーの鋼の軛が次々と地面から飛び出した。長大な槍状の棘がノスフェルに食い込み串刺しにする。

 怪物は全身を貫かれ、上下の顎も鋼の軛に貫かれていた。ビクンビクンッと苦し気に痙攣を繰り返す。

 貫かれて口が閉じられず、口内部奥の弱点である再生器官が剥き出しだ。大量のどす黒い血が霧のように辺りに飛び散った。

 だがそれでもノスフェルはしぶとく動いている。憎しみの籠った声をごぼごぼと上げ、棘を砕こうと巨体に力を込めた。鋼の軛がギシギシと軋む。

 

「シグナム、長くは保たんぞ! 今だ!!」

 

 ザフィーラが叫んだ。全身の筋肉が張り詰め血管が浮き上がる。ノスフェルの巨体を押さえ込む為、極限まで全魔力を振り絞っているのだ。

 ここで鋼の軛から逃れられては、直ぐに再生され振り出しに戻ってしまう。消耗の激しい今、守護騎士達に2度目は無い。

 

「任せろ、レヴァンティン!」

 

《Bowgen from》

 

 シグナムがレヴァンティンと鞘を組み合わせると、剣と鞘は分子レベルで変形し白色の洋弓と化す。

 矢をつがえギリギリと引き絞ると、その鏃(やじり)に魔力が集中して行く。狙いは串刺しにされてパクリと開かれた口内の再生器官部。

 

「翔けよ、隼っ!!」

 

《Sturm Falken!》

 

 将の裂帛の気合いと共に、目映い光を放つ矢が衝撃波を上げて放たれた。それは弓矢などと言う甘いものでは無い。矢の形をした砲撃であった。

 音速を超える速度で射ち出された矢は、魔力光に包まれノスフェルの口内に一直線に炸裂する。狙い違わず見事に再生器官を貫いていた。

 後頭部にまで達した矢は、その威力で爆発したように口内にポッカリ風穴を空ける。怪物は絶叫を上げた。

 

「止めだ! 轟天、爆砕! ギカンド・シュラアアアァックゥッ!!」

 

 ヴィータの足元に真紅の魔法陣が展開され、掲げたアイゼンが数十メートルまで巨大化する。アイゼンのフルドライブバーストモードだ。

 

「ぶっ潰れろおおおおおぉぉっ!!」

 

 超巨大ハンマーが真っ向から、ノスフェルの頭部に砕け散れと降り下ろされた。その一撃に頭蓋骨を西瓜の如く砕かれ、怪物は完全に頭部を粉砕された。

 

 再生器官を失い脆くなった躯の胸部までアイゼンがめり込んでいた。噴水のように血と肉片が飛散する。

 息の合った見事な連携での勝利であった。以前の彼女達なら、こうは行かなかったであろう。

 幾度にも及ぶ怪獣との死闘が、ヴォルケンリッター達を大きくレベルアップさせていた。

 ノスフェルの巨体がグラリと後ろに崩れ落ち、地響きを立てて倒れ込む。大爆発を起こした怪物は跡形も無く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 ルシフェルはその剛腕にものを言わせ、『ルシフェルクロー』の斬撃を次々と繰り出す。ゼロはその攻撃を体を僅かに逸らして、紙一重でかわして行く。

 そこにファウストの大砲の如きキックが飛ぶ。察知したゼロは咄嗟に体を低く落とし蹴りをかわす。

 かわしただけでは終わらない。地面に沈み込んだ体勢のまま腕の力と全身のバネを利用し、ファウストの軸足目掛けて地を這うような足払いを掛けた。

 脚を刈られ大きくバランスを崩した紅き死の巨人は、足場の岩を盛大に砕き地面に倒れ込む。

 ゼロは数万トンの体重を感じさせない、曲芸のような身軽さで起き上がった。

 

 そこにルシフェルが怒りの声を上げ、背後から襲って来る。ゼロはルシフェルクローの攻撃をかわしながら勢い良く側転し、回転の勢いとカウンターで、浴びせ蹴りを三つ首に叩き込んだ。

 

『グガアァァッ!?』

 

 顔の1つに亀裂が入り、ルシフェルは堪らず顔を覆って膝を着いた。あれだけ苦戦していたルシフェルを圧倒している。度重なる死闘で、ゼロも確実に成長を遂げていた。

 

 ルシフェルに追撃を掛けんとゼロは手刀を振り上げるが、態勢を立て直したファウストが 『ダークレイフェザー』を乱射して来た。

 素早く反応したゼロは飛び退くと同時に、『ゼロスラッガー』を投擲する。一対のスラッガーが紫色の光刃の乱舞を叩き落とす。

 しかしその攻撃はゼロの眼を逸らす為のものだった。ルシフェルはその隙に必殺光線の態勢に入っている。その両腕の『アームドルシフェル』に膨大なエネルギーが集中した。

 

『死ネッ! ウルトラマンゼロッ!!』

 

 クロスされた両腕と三つ首、計6つの眼から同時に、凄まじいばかりの光の激流が発射された。ルシフェルの最強光線『オーバーダークレイ・シュトロームバースト』だ。

 

『うおぁっ!?』

 

 直撃を食らったらひとたまりも無い。ゼロは飛び退いてかわそうとするが範囲が広過ぎる。とても避け切れない。光の激流の掃射が襲う。消し飛び抉れる大地の中、ゼロの姿は爆発の中に消えてしまった。

 

「ゼロォッ!?」

 

 ヴィータの悲鳴に近い叫びが、湿った大気に重く響く。ノスフェルを倒したヴィータ達の目に、爆発に呑まれて行くゼロの姿が映った。

 爆発は天高く火柱を上げ、島の3分の1がごっそり消失してしまっている。ゼロは跡形も無い。

 

『グガハハハハハアァァッ!!』

 

 ゲタゲタとルシフェルの勝ち誇った嗤い声が、無惨な姿になった無人島に木霊した。

 

「てんめええええぇぇっ!!」

 

 怒りのあまりヴィータの瞳孔が開いていた。 我を忘れてルシフェル達に向かおうとするのを、シグナムが押し留める。

 

「離せ! ゼロが、ゼロがっ!!」

 

「慌てるな……見ろ」

 

 憤る鉄槌の騎士に、烈火の将は微笑を浮かべて見せ上空を指し示した。

 空を見上げたヴィータの目に、爆煙の残滓が吹き上がる雨天に舞う巨大な影が映る。間一髪で上空に逃れたウルトラマンゼロであった。

 

『当たらなけりゃ、どうって事は無いぜぇっ!!』

 

 空中に舞うゼロは加速し、ルシフェル達に向け一気に急降下した。2体の闇の巨人はゼロを叩き落とさんと、光線を連続発射して迎撃する。

 闇色の破壊光線の散弾が天翔る超人を襲う。ゼロは自在に宙を飛び、ことごとく光線の乱射をかわして行く。

 そして右脚を繰り出し、蹴りの姿勢を取ったその体が独楽の如く高速回転を始めた。回転は勢いを増し豪雨を跳ね飛ばして、周囲に突風を巻き起こす程になる。まるで巨大なドリルであった。

 

『撃ち落としてくれるわあっ!!』

 

 ファウストの『ダーククラスター』の散弾が連続してゼロに炸裂するが、全てきりもみ回転のエネルギー場に跳ね返される。猛回転するゼロの脚が燃え上がるように赤熱化した。

 

『ディヤアアアアアアッ!!』

 

 激烈なきりもみキック二段蹴りが、僅かな時間差でルシフェルとファウストの胸部に連続して炸裂した。

 

『グワアアアァァッ!?』

 

『ギャベゴオオオオオオッ!!』

 

 絶叫が響く。ゼロが大地に着地すると同時に、闇の巨人2体は地響きを上げ大地に崩れ落ちた。

 師匠である『ウルトラマンレオ』直伝『きりもみキック』

 かつて父『ウルトラセブン』をも倒した双子怪獣『レッドギラス』『ブラックギラス』を同時に葬り去ったレオ最初の必殺技である。

 

「やったぜゼロッ!」

 

 ヴィータが子供のように歓声を上げた。ザフィーラはウム、と力強く頷く。シグナムは満足げに目を細め、

 

「勝負あった……完全に決まったな……」

 

 地面に倒れた闇の巨人達はヨロヨロと辛うじて身を起こすが、胸部がボコリと陥没しエネルギーの余波で白煙を上げている。

 流石は闇の巨人、止めを刺すまでには至らなかったが、相当のダメージを負っている。ルシフェル達を倒すのは今だった。

 

『止めだぁっ!!』

 

 ゼロは息の根を止めるべく、両腕をL字形に組んだ。右腕に集中したエネルギーが青白いスパークを放つ。必殺の『ワイドゼロショット』 だ。

 止めの光線が闇の巨人達に放たれようとした時、ゼロは突然その動きを止めてしまった。

 

「どうしたゼロ? 何故止めを差さない!?」

 

 シグナムは不審に思い呼び掛けるが、雨足が弱まる中、ゼロは固まってしまったように動かない。

 何かしたのかと闇の巨人達を見ると、ファウストがルシフェルを抱き締め、ゼロから守るように背を向けていた。ヴィータはその姿を見てふと、

 

「シグナム……何かアイツ、ファウスト……母さんみたいだな……」

 

「母親……?」

 

 シグナムはヴィータの感想に首を傾げるが、言っている意味は判るような気がした。

 プログラム体である守護騎士達に母親という概念は無い。製作者の事も遥か昔すぎて今はもう思い出せない。

 しかしヴィータは自然とそんな想いが浮かんでいた。 彼女にはルシフェルを庇うファウストが母親そのものに思え、自分達を慈しんでくれるはやてと重なって見えたのだ。

 一方攻撃の手を止めてしまったゼロが、一番混乱していた。

 

(何やってんだ俺は!? 今なら2体同時に倒せるってのに、情けなど掛けてる場合かじゃねえだろ!!)

 

 ファウスト達を放って置く訳には行かない。ビーストを操って人を襲い続けるだろう。胸の『カラータイマー』が点滅を始めていた。

 ゼロは再び両腕をL字形に組もうとする。ファウストはルシフェルの盾になったまま懇願して来た。

 

『お願い! この子だけは見逃してください!』

 

 ファウストの声がか細い女の声に変化している。ゼロは振り払うように叫んでいた。

 

『うるせえっ、騙されねえぞ! 何の罠だ!?』

 

 だが叫びとは裏腹に、止めを放つ事が出来なかった。どうしても体が動かない。

 ゼロには母親の記憶は殆ど無い。しかしファウストのルシフェルを庇う姿は、心の奥底に眠る懐かしく温かなものを、ぼんやりと思い起こさせた。

 

『……駄目だ……俺には……出来ない……』

 

 虚勢を張っても無駄だった。ゼロは力無く両腕を下ろし、ガックリと項垂れ立ち尽くした。

 降り注ぐ雨が闇の巨人達を濡らす。ファウストにすがり付くルシフェルは、赤ん坊のようだった。その口から赤子の泣き声のような声が漏れ、静かに辺りに響き渡る。

 ゼロは立ち尽くしたままだ。これ以上戦う事は出来なかった。その時だ。雷雲渦巻く空に、突如として空間の歪みが発生した。

 

『何だあれは!?』

 

 明らかに雷雲では無い空間異常。不気味な黒雲が吹き荒れる異相空間だ。その中央から鋭い光が発せられ、ファウスト達に向け落ちて来た。

 

『不味い、逃げろぉっ!!』

 

 ゼロは危険を察して飛び出し手を伸ばす。しかしそれよりも速く鋭い光は、ルシフェルとファウストの体を纏めて貫いていた。

 

『うああああああああぁぁぁぁぁっ!!』

 

 悲痛な声を上げ、2体の巨人達は光の粒子を血のように撒き散らして、かき消すように消えてしまった。

 ルシフェル達が消えた後、異相空間は雷雲に溶け込むように消滅している。後には暗鬱な雷雲が広がっているだけであった。

 

 

 

 

 ゼロは人間大に体を縮小し、ルシフェル達が消滅した辺りを見て回っていた。ひょっとしてまだ生きているのでは無いかと思ったのだ。シグナム達も注意深く辺りを探っている。

 

『あれは……?』

 

 ゼロの眼に降りしきる雨の中、淡い光がぼんやりと見えた。近寄ってみると、ずぶ濡れの女がうつ伏せに倒れている。

 まだ若い女だった。その身体が少しずつ光の粒子に分解されて行く。恐らくこの女がファウストの正体なのだろう。ゼロは駆け寄っていた。

 

『おいっ、大丈夫か!?』

 

「ゼロッ、危険だぞ!」

 

 シグナムが迂闊だと注意を促すが、ゼロは振り向いて首を横に振って見せ、

 

『もうファウスト達に、戦う力は残ってねえよ……』

 

 女を抱き起こそうとすると、その身体の下で何かがもぞりと動く。見てみると産着にくるまれた、1歳にも満たない赤ん坊の姿があった。

 ゼロは壊れ物を扱うように、そっと赤ん坊を抱き上げてやる。だが女と同じく、その身体が徐々に光の粒子になって行く。この子がルシフェルの正体だったのだ。

 ゼロ達は預かり知らぬ事であったが、この母子はかつて『ウルトラマンネクサス』により 『ペドレオン』から救われた筈の家族であった。何故こんな事になってしまったのだろうか……

 

『おいっ、あんたしっかりしろ!?』

 

 抱き起こされた女はうっすらと眼を開けた。焦点の定まらぬ眼で辺りを見回し、

 

「……ぼ……坊やは……?」

 

 それだけをやっとの事で口にする。ゼロは眠るような表情で消滅し掛けている赤ん坊を、無言で女に渡してやった。

 子供を受け取った女はそれに気付き、一瞬哀しげに表情を曇らせたが、

 

「……ああっ……でも……これで良かったのかもしれない……これでやっと坊やも私も開放される……」

 

 ひどく安らいだ顔で赤ん坊を抱き締め、噛み締めるように呟いた。

 

『あんた達は……人間だったのか……?』

 

 ゼロの質問に、女は雨で濡れた顔を僅かに傾け、

 

「……私達は死人……家族揃って適合者だった為 に……全員殺され作り替えられた人形……『冥王』の為に手足となって働くだけの……只の人形……」

 

『ひ……酷え……』

 

 ゼロは愕然とするしか無い。赤子をも躊躇いなく殺し利用する。悪鬼の所業以外の何物でも無かった。

 

「……生前の記憶を思い出し……役目を終えた私達は……もう用済み……」

 

 女は息も絶え絶えでそれだけを言った。身体の消滅も更に進んでいる。2人共もう保たないだろう。

 

『済まないっ! そうとも知らず俺は……』

 

 項垂れて謝罪するゼロの言葉も、女にはもう聴こえていなかった。全身が徐々に薄くなって行く。

 

「……願わくば……あの人にも……人としての最期が訪れます……よう……に……」

 

 女は最期に途切れ途切れにそう呟いた。かつて夫だったものに向けたものか……

 安らかな表情を浮かべ、母子は完全に光の粒子となった。粒子は蛍のように儚く雨の中に拡散し消えてしまった。

 

 ゼロは座り込んだまま、茫然として母子が消えた雨天の空を見上げる。銀色の顔を雨が濡らし、まるで泣いているようだった。

 

『……俺は……』

 

 その打ちひしがれた姿に、胸を締め付けられる想いに駈られたシグナムは、肩を落とすゼロに歩み寄っていた。

 

「ゼロ……」

 

 声を掛けるとゼロは、突然声を張り上げた。

 

『俺がやった事は、被害者に拳を向けただけだったのかよ! ちくしょおおおおっ!!』

 

 シグナムの言葉も届いていないのか、ゼロは力の限り絶叫し、狂ったように拳を何度も岩場に叩き付けた。岩が粉々に砕け散りクレーター が出来る。

 再度拳を降り下ろそうとすると、シグナムがその肩をしっかり掴んでいた。ゼロはようやく手を止める。

 

「ゼロ……あまり自分を責めるな……」

 

 将の言葉にゼロは、ノロノロと彼女に振り向い た。シグナムが慈しむように見詰めている。

 

『でもよお……俺はあの親子に拳をぶつけちまった……何にも無ければあの子も、両親に囲まれて笑っていられただろうによ……』

 

 ゼロは自分の青い拳を忌々し気に睨んだ。やり場の無い感情が込められた言葉に、シグナムは黙って相槌を打つ。

 

『今まで相手の事なんか考えた事も無かった……被害者相手に何が叩きのめすだ……馬鹿野郎だ俺は!!』

 

 今まで明白な悪とばかり戦って来たゼロにとって、初めて経験したやり切れない、誰1人救えなかった戦いだった。

 

「……ゼロ……お前は本当に、今まで己に恥じぬ戦いを続けて来たのだな……」

 

 シグナムは静かに語り掛けると、一瞬その瞳に羨望の色を浮かべる。

 ゼロの怒りと哀しみは、以前の彼女達ならば甘いと切り捨てていた筈のものだ。だが今のシグナム達にはそんなゼロが眩しく、その怒りも哀しみも、ウルトラマンの少年と同じく胸に深く響いていた。

 

「ならば、その想い、母子の無念……胸に秘めて決して忘れぬ事だ……ウルトラマンならば……!」

 

 シグナムは雨に濡れるゼロの顔を正面から見据え、言い聞かせるように力無く落ちた肩を掴み語り掛ける。それは不器用な女騎士なりの精一杯の励ましであった。

 

「ゼロ……仇は必ず我らの手で討ってやろう…… それが我らに出来る唯一の手向けだ……」

 

 ザフィーラも想いは同じだ。静かな声ではあるが、燃えるような怒りを感じさせた。

 

「アタシも絶対に許せねえ……! 『ダークザ ギ』……必ずアイゼンを叩き込んでやる!!」

 

 ヴィータも怒りを顕にして、アイゼンを強く握り締めた。永い間戦いの道具としてのみ扱われて来た守護騎士達には、ルシフェル達の最期が他人事とは思えない。

 自分達もはやてと出会っていなかったら、同じようなものだったと痛感した。そして吐き気のするような邪悪に対し、怒りを燃やすのだった。

 

 

 

 

 

 ゼロと守護騎士達はせめてもと、石を積み母子の墓を作る。それぞれの作法で墓に祈りを捧げた。

 ゼロは自分の無力さを詫びながら一心に祈る。その時だ。不意に心の何処かでスイッチが入ったような気がした。

 

『何だ……?』

 

 湧き上がるもの。誰かのしなやかな手の感触、流れるような銀色の髪、哀しげな紅い瞳。 突然悲痛な声が心の中に響いた。

 

『これは!?』

 

 ゼロは仁王立ちで思わず叫んでいた。

 

 

 

つづく

 

 

 




 ゼロの中に響く声とは? 判明する事実とは? ゼロの決意とは。そしてミライが見付けたものとは?
 事態は風雲急を告げる。 ミライに呼び出されたクロノは遂に黒幕の正体に迫るが、彼らにも魔の手が迫る。

 次回『決意-ディテムネイション-』

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