夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第54話 焦燥-イリーテェーション-

 

 

 

 静かな病室に、コンコンと遠慮がちにドアをノックする音が響いた。

 

「はーい、どうぞ」

 

 はやては元気良く返事をした。すずかが友達を連れて、お見舞いに来るのは既に聞いている。

 

「こんにちわーっ」

 

 挨拶をして、すずかにアリサ、それにフェイトとなのはが、それぞれお見舞いの花やケーキを手に病室に入って来た。

 

「こんにちわ、いらっしゃい」

 

 はやては頬を綻ばせてすずか達を出迎える。紹介してくれる友人の中に、フェイトとなのはが居た事に、はやては最初驚きを禁じ得なかったものだ。

 

 向こうは全く知らないだろうが、此方はゼロから何度も話を聞き、憧れの感情を抱いていたので無理も無い話である。

 2人と直に会えるのは楽しみであったが、 『闇の書』と守護騎士達の事があるので少々心配になったものだ。

 しかし詳しく検査されない限り、向こうにバレる心配は無いとの説明を既に受けているので、気楽に接する事が出来た。

 ゼロ達が同席しないのも、名前を出さないようにと念を押されたのも、管理局に発覚する危険を少しでも防ぎたいからだと納得している。

 だが本来のはやてならば、話の不自然さに気付いた可能性は高い。しかし彼女は気付く事が出来なかった。

 病状が悪化し、それだけ精神的にも肉体的にも余裕が無かったのだ。想像以上に彼女に残された時間は僅かであった。

 

 思考が減退しながらも今のはやては、フェイトとなのは、2人の魔法少女達にアリサと話をしてみてまず思った事は1つ。

 

(アリサちゃんもええ子やし、なのはちゃんもフェイトちゃんも、話に聞いてた通りのええ子達や……)

 

 すっかり嬉しくなる。3人それぞれタイプは違うが、優しい子達なのは話してみて分かった。それに自分と非常に気が合うのだ。

 波長が合うと言うか、ずっと以前からこの5人で友達として過ごして来たような、そんな錯覚を覚える程の楽しい時間であった。

 

(みんな……ほんまにありがとうな……)

 

 はやてはすずかと、今日新しく出来た友人達に心の底から感謝した。

 

 

 楽しそうな話し声が漏れる病室の前で、ロングコートに大きめのサングラスを掛けたシャマルが、スパイよろしく中を伺っていた。 不審者以外の何者でも無いが、本人は大真面目である。

 

「シャマルさん……何やってるんですか……?」

 

 タイミング悪く通り掛かった石田先生に、声を掛けられてしまった。

 

「はっ……そのう……ちょっと気になって……」

 

 シャマルは決まりが悪そうにサングラスをずらし、照れ笑いを浮かべて誤魔化すのであった。

 

 

 

 

 あっという間に楽しい時間は過ぎ、すずか達は時間も遅いので、はやてに別れを告げ帰って行った。

 頃合いを見計らって戻って来たシャマルは、お見舞いの花を花瓶に生けながら、出会いの余韻に浸るはやてに、

 

「お友達のお見舞いどうでした……?」

 

「うんっ、皆ええ子達やったよ。楽しかったあ……また時々来てくれるて。フェイトちゃんもなのはちゃんも、聞いてた通りの子達やったなあ……少々後ろめたい気もするけど……」

 

 はやては以前から2人の事を知っているのに、此方は知らないふりをするのが申し訳無いような気がするらしい。

 

「それは仕方無いですよ……それよりも良かったですね……みんな良い子達で……」

 

 確かにそうなので、その辺りは割り切る事にしたはやては持って来た本の中から、クリスマス関連の本を取り出し、

 

「そやけど、もうすぐクリスマスやなあ……みんなとのクリスマスは初めてやから、それまでに退院してパーッと楽しく出来たらええねんけど……」

 

「そうですね……出来たらいいですね……」

 

 無邪気に微笑むはやてを見て、シャマルは思わず涙が零れそうになった。

 辛い事全てを押し隠して笑う少女。それは子供に心配を掛けまいとする、気丈な母そのものであった。

 茜色の夕陽に照らされた卓上カレンダーの12 月13日の日付が、やけにハッキリとシャマルの目に入る。

 

「あはははっ」

 

 はやては夕陽に透かすように本を翳し、楽しそうに笑い声を上げた。

 

 

 

 

 乾いた荒野が広がる異世界。『蒐集』を終えたシグナムは、息を乱して膝を着いていた。直ぐ近くに、戦闘不能にした巨大な魔法生物が倒れている。

 

《『闇の書』のはやてちゃんを侵食する速度がだんだん上がっていってるみたいなの……このままじゃ、保って1月……もしかして、もっと早いかも……》

 

 シャマルからの、はやての容態を報せる悲痛な思念通話が、冷静な筈のシグナムの胸を締め付ける。猶予はあまり残されてはいない。

 剣の女騎士は消耗した身体に鞭打って、再び立ち上がる。その瞳には隠しきれない焦燥感が浮かんでいた。

 

 

 分厚い黒雲に覆われた暗鬱とした空を、耳をつんざく稲妻が豪と荒れ狂う。雷と共に叩き付けるような雨が、渦巻く海に降り注いでいた。

 降りしきる雨の中、海上を飛ぶ人間サイズのウルトラマンゼロと、ヴィータの姿が在る。

 ふとゼロは、前を見据えて飛行を続けるヴィータの表情に目を留めた。浮かない顔で何かを考えているようだった。

 

『どうしたヴィータ……? 考え事……ひょっとして、こないだ言ってた事か……?』

 

 ヴィータはハッとし、隣を飛ぶゼロの銀色の顔をまじまじと見た。少し躊躇していたようだがコクリと頷き、

 

「……うん……何かがおかしいんだ……」

 

 雨の中表情を曇らせる。以前にも見せた当惑した様子。ゼロは黙って先を促す。

 

「こんな筈じゃないって、アタシの記憶が訴えてる……おかしいって……何でだ? 何でアタシはこんな事を考えるんだ……?」

 

『ヴィータ……』

 

 ヴィータ本人が一番混乱しているようだった。ゼロは考える。彼女が訴える不安とは何なのだろう。

 はやてが倒れゴタゴタしていたので、そのままになっていたが妙に気になった。まるで呼応するように、ゼロも妙な感覚を感じていた。

 自分が大切な事を忘れているような気がする。もう少しで思い出せそうなのに、思い出せないもどかしさ。ゼロは考え込んで押し黙ってしまう。

 ヴィータは考えを振り払うように大きく頭を振り、 『グラーフアイゼン』を頭上に振りかぶった。その両眼から止めどもなく流れるものは雨ではあるまい。

 

「でも……今はこうするしか無いんだよな……? はやてが笑わなくなったり、死んじゃったりしたらヤダもんな!」

 

 ゼロは考えるのを止めて頷く。それと同時に、海上に巨大な異形の物体が浮かび上がって来た。蛸を思わせる頭部に、複数の眼の奇怪な魔法生物だ。

 

「やるよゼロッ! アイゼン!!」

 

《Explosion》

 

『おおっ!!』

 

 アイゼンが身の丈より大きな角柱状のハンマー形態ギガントに変化し、ゼロも右足にエネルギーを集中させる。

 2人は雨を切り裂いて一直線に降下する。ヴィータのギガントと、ゼロの『ウルトラゼロキック』が魔法生物に同時に炸裂した。

 

 

 

 海上に巨大な蛸魔法生物がプカプカと、海月のように浮かんでいる。強烈な打撃を受けて、意識を刈り取られているのだ。

 蛸魔法生物から『蒐集』し、『闇の書』を閉じたヴィータの肩をゼロはポンと叩く。彼女の顔には涙の跡が残っていた。

 

「……誰にも言うなよ……?」

 

 鉄槌の騎士は目をゴシゴシ擦りながら、決まりが悪そうに顔を紅くする。

 

『分かってるって……黙っといてやるよ……』

 

 ゼロはポンポンと愚図る子供をあやすよう に、ヴィータの背を優しく叩いた。

 

「子供扱いすんな……ゼロだって前に大泣きしてたクセに……」

 

『ソンナ昔ノコトハ忘レタ……ナンノコトダ?』

 

「そんな昔じゃねえし、台詞がカタコトになってんぞ、 オイッ!?」

 

 ヴィータはぶつぶつ文句を言いながらも、ようやく笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 他の魔法生物を求めて、ゼロとヴィータは近くの島へと向かう。降りしきる雨が、岩場だらけの荒涼とした島を強く叩いていた。

 

『何も無い島だな……』

 

 ゼロは辺りを見渡してみる。島の中央に幾何学的模様を組み合わせたような、鋭く尖った異形の山が在る以外に特に目立ったものは無い。

 

『ん……?』

 

 ゼロは何かの気配を感じ、視線を異形の山に向けた。ヴィータも気付いてゼロの視線の先を辿る。

 叩き付ける雨と真っ黒な雷雲で視界が悪い中、稲妻がカッと辺りを真昼のように照らし出す。雷光に照らされ、巨大な人影が2つ不気味に浮かび上がった。

 

『貴様ら!?』

 

 ゼロは巨大な2体を見上げ拳を握り締める。雷鳴轟く頂にそびえ立つのは、三つ首の異形 『ダークルシフェル』に、紅き死の巨人『ダークファウスト』であった。

 

『決着を着けようか……ウルトラマンゼロ!』

 

 ファウストはゼロを指差し、死刑を告げる処刑人の如く不吉に宣言する。

 

『貴様らに構ってる暇はねえ! 速攻で叩き潰してやるぜ! デャアアッ!!』

 

 気合いと共に、ゼロの身体が膨れ上がるように身長49メートルの巨人と化す。足元の岩場が急激な質量の増加に耐えきれず、爆発したように砕け散った。

 

「ぶっ潰してやる、アイゼン!!」

 

 ヴィータもアイゼンをギガントフォルムに変形させ、闇の巨人達に立ち向かおうとする。するとファウストは小さな騎士を見下ろし、

 

『慌てるな……お前の相手はそいつだ!』

 

 後方を指差すと大地が大きく揺れ動く。岩を砕き土煙と土砂を巻き上げて、異形の巨体が地上に出現した。

 生皮を剥がれて皮下組織が剥き出しになった、溝鼠(ドブネズミ)のようなおぞましい姿。スペースビースト『ノスフェル』であった。奇怪な吠え声を上げ、鋭利な爪を振りかざし鉄槌の騎士に迫る。

 

「此方はアタシに任せろ!」

 

 ヴィータは叩き付ける雨の中宙に舞い上がり、ノスフェルと対峙する。

 

『気を付けろヴィータ! そいつは確か……』

 

 ゼロが注意を促そうとすると、ルシフェルが巨木のような両腕を振り上げ吠えた。

 

『グルオオオオオオォォォォッ!!』

 

 おぞましいような赤子が哭くような異様な叫び。それが戦いのゴングだったかのように、ルシフェルとファウストは斜面を怒濤の勢いで降下し、ゼロに襲い掛かった。

 

『このクソッタレ共が! 邪魔すんじゃねえ!!』

 

 ゼロは苛立って吐き捨てると、突っ込んで来る2体の巨人を迎え撃つ。ルシフェルの鉤爪ルシフェルクローと、ファウストの速射砲の如きパンチが唸りを上げた。

 

 

 一方のヴィータはノスフェルの爪攻撃を避け、アイゼンの一撃をお見舞いしようとするが一旦攻撃を止め距離を取る。

 

(ビーストの事もだいだい聞いてっけど……コイツはアタシと相性が悪いんだよな……)

 

 ノスフェルは異常に生命力が強いタイプのビーストである。口内部の再生器官を破壊しない限り、例え粉々にされようとも何度でも復活してしまうのだ。

 『殺し屋超獣バラバ』の時のように頭を叩き潰しても倒せない。再生器官をピンポイントで攻撃する事が重要だった。

 ヴィータの射出魔法では威力が足りない。カートリッジは残り3発、此方に不利であった。

 

(何とか隙を突くしかないな……まずは牽制だ!)

 

 ヴィータは射出魔法を繰り出そうと鉄球を取り出す。するとノスフェルの凶悪な口から、毒々しいピンク色をした物体が勢い良く伸びた。獲物を捕らえ武器にもなるノスフェルの舌だ。

 

「しまった!?」

 

 弾丸並みの速度の舌に意表を突かれ、ヴィータは舌にガッチリと絡め捕られてしまった。

 

『ヴィータ!!』

 

 ゼロはルシフェル達の猛攻を凌ぎ、ヴィータの援護に向かおうとするが、

 

『他に気を取られている場合か!?』

 

 ファウストの紫色の光刃がゼロを直撃する。助けに行く隙が無い。更にルシフェルが怪力にものを言わせて、怯むゼロを吹き飛ばした。

 

 捕らえられたヴィータは脱出出来ない。おぞましい舌がメジャーのように、ずるずるとノスフェルの凶暴な口部に巻き取られて行く。

 完全に捕られアイゼンを振る事も出来ない。不気味に脈打つ触手状の舌が、彼女の小さな身体をギリギリと締め付ける。

 

「クソオオオォッ! 離せえええっ!!」

 

 ヴィータが絶叫を挙げた時、彼女の視界を燃え盛る炎が一瞬掠めた。

 

「紫電……一閃っ!!」

 

 聞き慣れた気合いと共に、大人の胴程はある舌が真っ二つに切断された。ノスフェルは舌からどす黒い血を撒き散らし絶叫を上げる。ヴィータの前に敢然と浮かぶ人影。

 

「シグナム!?」

 

 拘束から脱出したヴィータは驚いた。燃え盛る愛刀『レヴァンティン』を携えるのは烈火の将シグナムその人であった。

 怒り狂ったノスフェルは、鋭い爪で2人に襲い掛かかろうとするが、

 

「縛れ鋼の軛!!」

 

 雄々しい叫びと同時に地面から槍状の鋭い刃が次々と突き出し、ノスフェルの後ろ脚に突き刺さる。怪物は苦し気な鳴き声を上げた。

 

『ザフィーラも来てくれたのか!』

 

 ゼロも気付く。思わぬ援軍だ。拳を組み合わせた青年姿のザフィーラが大地に立っていた。鋼の軛でノスフェルを釘付けにしている。ヴィータも驚いて、

 

「シグナムもザフィーラも、何で此処に……?」

 

「フッ……シャマルから、何度呼び掛けても返事が無いと知らされてな……もしやと思ったのだ。どうやら間に合ったようだな……?」

 

 シグナムは頼もしく微笑を浮かべて見せる。ヴィータは正直その微笑に、とてもホッとしたものを感じたが素直で無いので、

 

「ちえっ……余計な事を……と言いたい所だけど助かったよ……そんじゃあアイツをぶっ潰してやるか!」

 

 照れ臭そうに小声でお礼を言うと、照れ隠しで大声を張り上げてアイゼンを構える。シグナムは頷くと、ルシフェル達と戦り合うゼロに向かい、

 

「ゼロ、ビーストは我らが引き受けた。存分にやれ。遅れを取ったら承知せんぞ!」

 

『誰に向かって言ってやがる、俺はウルトラマンゼロ、セブンの息子だぜ!』

 

 シグナムのからかうような激励に、ゼロは楽しそうに返答した。尚も遅い来るルシフェル達に、強烈極まりない正拳突き2連撃を叩き込み吼える。

 

『コイツらに構ってる暇はねえ! 一気に片を付ける!!』

 

「承知!」

 

「そっちこそ、グズグズすんなよ!」

 

「おおっ!!」

 

 ゼロに三者三様の返答を返し、シグナム、ヴィータ、ザフィーラは降りしきる雨の中、ノスフェルを囲むように陣形を組む。

 怪物は後ろ脚に突き刺さった鋼の軛を、強引に砕いて前進を開始する。血飛沫が舞い刃の破片が飛び散る。

 

「アイゼン!」

 

《schwalb fliegen》

 

 ヴィータは距離を保ちながら鉄球を取り出し、アイゼンで纏めて打ち出した。

 魔力附与された鉄球が真っ赤に輝き、次々とノスフェルの巨体に炸裂するが、怪物は動じない。その強靭な前脚を振り上げ、凶悪な爪で切り裂かんとヴィータに迫る。

 

「飛竜……一閃っ!!」

 

 その前脚にシグナムが繰り出した、紫色の斬撃が叩き込まれた。皮膚がバックリと裂け、その傷は深く肉まで達していた。

 どす黒い血が噴水のように飛び散り雨に溶ける。噎せる程の血臭が漂い、鼠の断末魔を思わせる耳を塞ぎたくなるような叫びが、豪雨でズシリと重い大気に木霊した。

 

「超獣程、防御力は高くないようだな……?」

 

 シグナムはレヴァンティンを蛇腹状から剣形態に戻し、不敵な笑みを浮かべる。弱って来たと見た3人は、追撃を掛けるべく飛び出すが、次に見たものに目を見張った。

 

「傷が!?」

 

 ヴィータは慌てて急制動を掛け突っ込むのを止める。たった今シグナムに切り裂かれたばかりの深い傷が、見る見る内に塞がって行く。

 

「こちらもか……!」

 

 ザフィーラが先程縫い付けにした、後ろ脚の深い傷も跡形も無い。常識を超えた再生能力である。シグナムは唸る。

 

「再生能力が高いとは聞いていたが、これ程とはな……多少防御力が低くても補って余りある。これが粉々にされても復活する再生能力か……」

 

 感心したように呟くリーダーに、ヴィータはノスフェルを忌々しそうに睨みながら、

 

「どうすんだ? 下手に攻撃しても、片っ端から再生しちまうんじゃキリがねえ! 弱点突こうにも簡単には行かなそうだぞ!」

 

 シグナムは一瞬で目まぐるしく頭脳を回転させた。歴戦の騎士は、ほんの数瞬で即座に作戦を立案する。

 

「簡単に行かないのなら、此方でそう仕向けてやれば良いだけの事だ……ヴィータも私もカートリッジは少ない上、各自消耗が激しい……波状攻撃で一気に倒す! ザフィーラも良いな!?」

 

「判った……!」

 

 心得たとザフィーラは頷くと、地面すれすれの高度でノスフェルの足元に向かって飛び出す。

 シグナムの一言で、ヴィータもザフィーラも己の役割を即座に理解していた。永年共に戦って来たヴォルケンリッターならではだ。

 先頭を切るヴィータは牽制で、身の丈より大きなアイゼンを振り上げてノスフェルに殴り掛かる。その隙にザフィーラが足止めをするのだ。

 シグナムは後方でレヴァンティンにカートリッジを補充し、まだ動く様子は無い。

 

「ギガントォォッ!!」

 

 紅い騎士は弾丸の如く怪物に突撃する。数瞬遅れてノスフェルの足元に近付いたザフィーラは、鋼の軛を発動させた。地面から無数の鋭い刃が伸びるが……

 

「何っ!?」

 

「!?」

 

 ヴィータとザフィーラの攻撃が、ことごとく空を切った。この距離で外れる道理は無い。ならば何故か?

 ノスフェルの巨体が不意に消失してしまったからである。いくら豪雨の中でも見逃す訳が無い。体長が数十メートルもあるのだ。

 

「そんな馬鹿な? あんなデカイ奴が何処へ!?」

 

 注意深く辺りを探るヴィータに、後方で控えているシグナムから鋭い思念通話が飛んだ。

 

《ヴィータ後ろだ!》

 

 ハッとして振り向いたヴィータの目に映ったのは、人間大まで縮小し此方に爪を振り上げるノスフェルのおぞましい姿だった。

 

 

 

 ゼロに殴り倒されたルシフェルとファウストは、態勢を立て直し距離を取ると同時にエネルギーを集中する。光線技の発射態勢だ。ゼロコンマのタイムラグも無く、紫色の破壊光線が同時に発射される。『ダークレイ・ジュ ビローム』の一斉掃射。

 

『チイィッ!』

 

 ゼロは寸での所で横っ飛びに連続して側転し、光線の掃射から逃れる。外れた光線に抉られて、島の一部がごっそりと消失していた。

 逃れたせいで闇の巨人達とかなり間合いが開いている。降りしきる雨と立ち込める残煙の中、ゼロが油断無く『レオ拳法』の構えを取った時、不意にファウストが空に舞い上がった。

 上昇すると右拳を天高く突き出す。『ダークフィールド』を発生させるつもりだ。

 

『させるかあぁっ!!』

 

 ゼロは岩盤を踏み砕き、猛然と前に飛び出していた。

 

 

 

つづく

 

 





小劇場

 ミライとユーノ

「ミライさん、お腹空きましたね、食堂に行っ てみましょう……」

「そうだね……」

 探索に集中し過ぎて、2人共10時間以上何も口にしていない。ここの所は売店で買ったものばかりだったので、たまにはと言う訳だ。
 ミライは本局の食堂に行くのは初めてである。とても規模も大きく、メニューも豊富である。混む時間は過ぎているので人は疎らだ。
 ユーノがメニューを見ていると、隣のミライが何故か目を見張っていた。

「カレーが有る……!」

「あれ……? そんなに珍しいですか?」

 ユーノは不思議に思った。管理世界でもカレーはある。はやて達と同じ出身の人間が居るので、日本料理の店まであるのだ。
 しかし彼方よりはメジャーでないので、ミライの住んでいた世界にはカレーがあまり無かったのだろうと納得した。名前からして、先祖がそうなのではないかと思ったのだ。
 さて……2人して席に着き、空腹も手伝って直ぐに食べ始める。ふと ユーノは気配を感じて隣を見てみると、ミライが何故か泣きながらカレーを食べていた。

「美味しい……何千年ぶりだろう……リュウさん達と食べたのを思い出すなあ……」

 ユーノは幾らなんでも聞き間違いだと思うのだった……

 食事を終え無限書庫に戻る最中である。

「う~ん……最近鈍ったかもなあ……」

 ユーノは歩きながら、コキコキと肩を回した。隣を歩くミライは微笑し、

「何が鈍ったんだい?」

「最近練習もする暇も無かったので、バインドとかですね……」

「そうなんだ……で、それはどんな料理なんだいユーノ君?」

「はい……?」

 ミライの顔は大真面目である。ユーノはどう 反応したらいいのか判らず、しばし固まってしまうのであった。

(ミライさんって……変な所で世間知らずだよなあ……)




次回『人形-マリオネット-』

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