夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第53話 壊れ行く未来-フューチャーブレイク-

 

 

 

「うん、大丈夫みたいね……良かったわ……」

 

 石田先生はホッとした様子で、病室のベッドから身を起こしたはやてに声を掛けた。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 はやては笑顔でお礼を言う。あれから海鳴大学病院に担ぎ込まれた彼女は処置を受け、今は個室に移され落ち着いた様子だ。

 ゼロ達は心配そうに、ベッド脇ではやてを見守っていた。基本狼姿のザフィーラは、周囲の見張りも兼ねて病院の外で待機している。

 

「はあ……ホッとしました……」

 

 心底安堵のため息を漏らすシャマルに、はやては少し不満そうに、

 

「せやから、ちょう目眩がして、胸と手ぇがつっただけやって言うたやん? もう……みんなして大事にするんやから……」

 

 何でも無い事をアピールする。しかしそうは言われても、心配なシャマルとシグナムは口々に、

 

「でも、頭を打ってましたし……」

 

「何か有っては大変ですから……」

 

 ゼロは複雑な表情を浮かべて、はやての顔を改めて見、

 

「いや……普通に焦るだろアレは……寿命が千年縮んだぜ……?」

 

「大袈裟やなあ……」

 

 はやては周りの反応に困ったように頭を掻く。確かに今の彼女は元気そうだ。倒れた影響も無いように見える。

 

「はやて……良かった……」

 

 ヴィータはずっと傍らを離れようとはしない。はや ては小さな騎士の頭を優しく撫でてやる。石田先生は元気に話すはやてに、

 

「まあ、来て貰ったついでに……ちょっと検査とかしたいから、少しゆっくりして行ってね?」

 

「はい……」

 

 予想はしていたはやてだが、やっぱり……と少々元気なく返事をする。石田先生はシグナム達に振り返り、

 

「さて……シグナムさん、シャマルさん、ゼロ君ちょっと……」

 

 ゼロ達はその言葉に、不穏なものを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 ゼロ達3人は、先生の後に着いて一旦廊下に出た。子供の泣き声や入院患者が行き交う中、石田先生は重々しく口を開く。

 

「今回の検査では何の反応も出てないですが……つっただけという事は無いと思います……」

 

「はい……かなりの痛がりようでしたから……」

 

 シグナムがはやてが倒れた時の状況を詳しく話す。ゼロは倒れた時の事を思い返し、身が竦むような気がした。石田先生はゼロ達を改めて見回し、

 

「麻痺が広がり始めているのかもしれません……今までこういう兆候は無かったんですよね……?」

 

「そう思うんですが……はやてちゃん、痛いのとか隠しちゃいますから……」

 

 シャマルは俯いて答えた。はやての性格上、調子が悪くても心配掛けまいとして黙っていたのかもしれない。

 自分達がそれに気付けなかっただけかもしれないと、3人は自分を責めた。石田先生はそれを察し、痛ましそうにゼロ達を見、

 

「発作がまた起きないとも限りません……用心の為にも入院してもらった方が良いですね…… 大丈夫でしょうか?」

 

「はい……お願いします……」

 

 迫り来るタイムリミットをひしひしと感じながら、ゼロ達は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 はやてが倒れてから、かなりの時間が経過していた。気が付くと日が傾く時間帯になっている。

 

「入院……?」

 

 柔らかな夕日の光が白い病室を橙色に染める中、はやては不安げな声を洩らした。

 

「ええ、そうなんです……あっ、でも検査とか念の為とかですから、心配無いですよ。ねっ? シグナム、ゼロ君」

 

 シャマルは至って何でも無いと説明するが心許なかったようで、丁度花瓶に花を生けて来たシグナムと、飲み物を買って戻って来たゼロに同意を求めた。

 2人は内心を押し隠し、話を合わせて同意する。はやてはどうやら信じたようだが、

 

「じゃあ……私が居らん間のご飯は……」

 

 今度は此方の方が心配になったようだ。女性陣をぐるりと一通り見回してみる。

 シャマルはやる気だけは有りそうな表情で、シグナムとヴィータは表情を引きつらせている。はやてはしばらく無言だったが、ゼロの方を向き、

 

「ゼロ兄、みんなのご飯頼むな……?」

 

「おう、任しとけ」

 

 ゼロは自分の胸をドンと叩いて頼もしく請け負う。結局いまだゼロ以外に、まともに料理が出来る者は1人も居ないので仕方ない。

 これで自分が居ない間は大丈夫だろうと、胸を撫で下ろすはやてにヴィータは、

 

「毎日会いに来るよ……ちゃんとお手伝いもするから、大丈夫……」

 

 身を乗り出して約束する。はやての心配を少しでも減らしたかったのだ。小さな主はそんなヴィータの顔を愛しそうに撫で、

 

「ヴィータはええ子やな……せやけど、毎日やのうてもええよ? やる事無いし、ヴィータ退屈や」

 

「うん……」

 

 ヴィータは力無く返事をするしか無い。今はその言葉に甘えるしか無いのが哀しい。一刻も早く『蒐集』を終えて、はやてを救わねばならないのだ。本当なら片時も離れたくは無いというのに……

 

「ほんなら私は、三食昼寝付きの休暇をのんびり過ごすわ」

 

 おどけて見せるはやてに一旦別れを告げ、シグナム達はゼロを残し、着替えと本を取りに自宅へと戻る事にする。

 シグナム達を見送ろうとしたはやては何か思い出したようで、ハッとしたように身を起こし、

 

「あかん、すずかちゃんがメールくれたりするかも……?」

 

 携帯は家に置いたままだ。すずかとは頻繁にメールのやり取りをしている。返信が無ければ心配を掛けてしまうと思ったのだ。

 

「それなら私が連絡しておきますよ」

 

 その辺りはシャマルが請け負ってくれた。改めて入院に必要な物の確認をとったシグナム達は、挨拶すると病室を出て行った。

 

 病室のドアが静かに閉じられた後、ゼロはおもむろにベッドのはやてに向き直ると、ひどく優しく微笑んだ。

 

「はやて……もう我慢しなくて良いんだぞ……?」

 

「なっ……何言っとるんゼロ兄……?」

 

 ゼロは取り繕おうとする少女の両肩を優しく掴 み、そっとベッドに横たわらせた。

 

「まだ痛みが残ってるんだろ? いいからじっとしてろ……」

 

「……気付いてたんか……んっ……!」

 

 途端にはやての顔の笑みが崩れた。まだ残る痛みを堪えながら何でも無いふりをし、今まで会話をしていたのだ。

 

「当たり前だ……俺の超感覚を甘く見るなよ……それに1年以上はやてを見て来たんだ、それくらい判る……」

 

「……ゼロ兄には敵わんなあ……」

 

 我慢を見抜かれて気が緩んだのか、はやては苦痛の表情を浮かべた。

 ゼロは彼女の胸に両掌を当て、『メディカルパワー』を照射する。ほのかな光に包まれ、身体の強ばりが徐々にだが解けて行く。

 発作の時は焼け石に水だったが、今くらいの痛みなら辛うじて効くようだ。はやては深く息を吐いた。

 相当に我慢していたのだろう。脂汗で額が光っていた。弛緩したように身体を投げ出しグッタリする。

 ようやく落ち着いたはやては、ベッド脇のゼロを気怠げに見上げ、

 

「……ゼロ兄……ありがとうな……楽になった わ……」

 

 儚げに微笑むと、当てられていたゼロの手を力無く握る。その弱々しさに、ゼロは泣きたくなってしまった。

 先生の言う通り、明らかに病状が悪化しているのを感じ、身体が冷え込むような恐怖を感じるが、おくびにも出さず、

 

「……はやては我慢し過ぎだ……辛い時は辛いって言え……水くせえ……」

 

 叱るようにたしなめるゼロに、はやては薄く笑みを浮かべた。

 

「……私は……みんなの前では笑っていようと決めとるんや……」

 

 何か言おうとするゼロに、はやては判っていると弱々しく頷き、

 

「……この間ゼロ兄に叱られたけど……私はずっと独りぼっちやったから……病気で死んでしまう事自体はそんなに怖くないと思ってた……」

 

「……」

 

 ゼロは哀しそうに、熱に浮かされたように喋り続ける少女を無言で見詰める。

 

「……今は違う……守りたい日々があって、大切に幸せにしてあげなあかん子達がおる……だから決めたんや……」

 

 ゼロの手を握る少女の小さな手に、ほんの少しだけ弱々しく力が籠った。

 

「……みんなの為に私は生きてよう……笑顔でいよう……そう思った……私はみんなのマスターやから……」

 

 消耗して弱々しい中にも確かな決意を込めて、はやては誓いを口にした。それは何とも哀しく、儚げな誓いだった。

 

「……そうか……」

 

 胸が詰まったゼロは、やっとそれだけを口にする。はやては泣き笑いのような顔をしている少年に微笑み、

 

「……私が死んでもうたら……またあの子達が酷いマスターの所に行く事になるかもしれんし……ゼロ兄も本当の独りぼっちになってまう……だから……私精一杯がんばるわ……」

 

 微笑むはやてを、ゼロは温かく見詰め続ける。

 

「……はやて……」

 

 その慈しむ見通すような眼差しに、はやては耐え切れなくなったように表情を曇らせた。

 

「違う……そんなんや無い……そんな綺麗事だけや無い……!」

 

 感情が激した少女は、今自分が喋った言葉を打ち消すように激しく頭を振った。

 彼女は握っていたゼロの手を、両手でギュッと握り締める。その手が震えていた。力が入らないせいでは無い。

 

「私がみんなとお別れしたくないんや……シグナムとヴィータと、シャマルとザフィーラとあの子と……ゼロ兄ともっと一緒に居たいんや……何時からこんな欲張りになってしもたんやろう……?」

 

 堰を切ったように、はやては心の中の想いを吐露していた。最早止められなかった。

 

「……ゼロ兄……ゼロ兄達とお別れしたくない よ……ずっと一緒に居たいよ……!」

 

 彼女は大粒の涙を溢れさせ泣き出していた。助けを求める幼児のように泣きじゃくる。

 

「死にたくない……死にたくないよゼロ兄ぃっ ……!」

 

 はやてが初めて口にした死への恐怖だった。ゼロは震える少女の細い肩を強く抱き締める。少女は身を預け、か細く声を上げ嗚咽していた。

 不安や心の中に溜め込んでいた、様々なものを吐き出すように……

 ゼロはそれで良いのだと思った。我慢する必要など無いのだ。そこまで耐える事は無い。こんな自分で良いならぶちまければいい。

 

「大丈夫だ……絶対何とかしてやる……絶対にだ!」

 

 ゼロは泣きじゃくる少女の背中を、赤子をあやすように擦った。少しでも震えが治まるようにと……

 

「……うん……うん……」

 

 はやては涙で顔をクシャクシャにしながら、何度も頷いた。この温もりに包まれていると、恐怖が薄らいで行くのを感じる。日溜まりに包まれているような温かな感覚。

 

(私は大丈夫や……ゼロ兄とみんなが居る……確かに此処に居るんや……私はまだ頑張れる……)

 

 心地好い圧迫感の中、はやては二度と離れないと言わんばかりに、しがみ付く手に精一杯の力を込めた。

 窓から怖い程の夕日の光が、闇に沈む前の最後の悪あがきのように、2人を異様に紅く染め上げる。

 病室の無機質な白い壁に、少年と少女の黒々とした影が、別の生き物のように長く長く伸びていた……

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 『アースラ』モニタールームに、クロノ、孤門にエイミィ、リーゼロッテが集まっていた。

 正面の空間モニターに、大きくユーノが映っている。『無限書庫』からの通信であった。調査結果がある程度纏まったので、その報告である。

 

 現在までに判明したのは、まず『闇の書』本来の名前だ。古い資料によれば、正式名称『夜天の魔導書』である事。

 本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集し研究する為に造られた、主と共に旅をする魔導書であった事。

 破壊の力を振るうようになってしまったのは、歴代の持ち主の誰かがその力に目を付け、プログラムを改変してしまったせいである事などだ。

 何時の世にも『ロストロギア』を使って、莫大な力を求めんとする輩は後を断たないらしい。モニターのユーノは更に、

 

《その改変のせいで旅をする機能と、破損したデータを自動修復する機能が暴走してるんだ……》

 

「……転生と無限再生はそれが原因か……」

 

 クロノは重々しく呟いた。現在失われた古代魔法なら、それくらいは有り得るものらしい。 モニター上のユーノは暗い顔で頷き、

 

《一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化……一定期間『蒐集』が無いと、持ち主自身の魔力資質を侵食し始めるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる……無差別破壊の為に……だから今までの主は完成して直ぐに……》

 

 そこで言葉を切った。要するに完成させたら直ぐに『闇の書』に全ての魔力を吸い上げられ、取り殺されてしまうのだ。

 力を得るものなどでは無い。選ばれてしまったら助からない。正しく死の魔導書であった。

 

 クロノは停止や封印方法が無いか聞いてみるが、完成前の停止は難しいそうだ。

 『闇の書』 が真の主と認識した人間でないと、管理者権限が使用出来ない。つまりプログラムの改変が出 来ないのだ。

 無理に外部から操作しようとすると、主を吸収して転生してしまうシステムまで入っている。質の悪い呪いそのものだった。

 それ故今まで『闇の書』の消滅、永久封印は不可能とされている。

 

「元は健全な資料本が……何と言うか、まあ……」

 

 リーゼロッテが呆れ顔で感想を述べる。真っ当な目的で造られたものが、ここまで歪まされてしまったのだ。経緯を聞いた孤門は憤りを隠せないようで、

 

「……結局……何時の世も原因は人でしか無いと言う事か……勝手に造り出され、勝手に改変された挙げ句害悪とされる……造られた方はどう感じるんだろうね……? そして身勝手な人間をどう思うんだろう……」

 

 人間の罪を抉る言葉に、皆は言葉も無い。クロノはその言葉が胸に突き刺さるようだった。無論断じて実行などしないが、父の仇という想いが全く無いと言ったら嘘になるからだ。

 

 しかし『闇の書』の経歴を知ると、改めてそれは違うと強く認識出来た。人間の欲望に翻弄され続け、呪いの器と化してしまった造られし存在。

 彼女らを恨んだりする行為は、あまりに道化で愚かしい行為だろう。武器、デバイスや銃に責任を擦り付けるくらい愚かなのではないかと思った。

 それで憎しみの連鎖から抜けられないようでは、人が好きだと言ってくれた異世界の超人にどう応えればいいのかと……

 

 皆も似たような想いに駈られたのか、しばらく重苦しい沈黙が続く。そんな中気持ちの整理を付けたクロノが、静かに口を開いた。

 

「それで見えて来たよ……ウルトラマンゼロの今までの行動の意味が……」

 

 モニターのユーノも、エイミィも同意して頷いた。リンディの推察、偽者が存在する可能性については、既に全員が聞き及んでいる。クロノは全員を見回し、

 

「多分……ウルトラマンゼロは、『闇の書』の主を助ける為に守護騎士達に協力しているんだろう……そして状況からして、ゼロも守護騎士達も『闇の書』が壊れている事を知らない……」

 

「恐らく彼らは誰も襲っていない……それに付け込んだ何者かが目的は判らないけど、ウルトラマンゼロや守護騎士達に成りすまして、私達と噛み合わせるように仕向けた……」

 

 エイミィが悔しげな表情を浮かべた。誰も彼も、まんまとしてやられた格好だ。ここまで確証を持てたのには理由がある。

 偽者などというものが、思いもよらなかったせいで気にも留められていなかったが、出現頻度をチェックしてみると、明らかに不審な点が見付かったのだ。

 

 例えば他の世界で『蒐集』を行っていた筈のゼロが、同時に別の世界で人を襲っていたという具合である。ご丁重に監視映像に捉えられたものまであった。

 良く見ると監視カメラに馬鹿にしたように、小さくVサインまでしていた。それも良く確認しないと判らないようにだ。

 まるでひどく悪質な悪戯だった。それもバレる事が前提のである。気付いたら気付いたで、此方に迂闊さを痛感させる。そんな底意地の悪い悪意を感じるような気がした。

 

(まだ何か有るのか……? 考え過ぎだろうか……?)

 

 クロノはまだ引っ掛かりを感じるが、まずは目の前の事を1つずつ片付けるのが先と、今は保留にしておく。

 もう1つ気になる事もあった。 一通りの報告を聞いたクロノは、引き続きユーノに調査を頼み通信を切ると、

 

「エイミィ、仮面の男の映像を」

 

「ほいっ」

 

 エイミィは阿吽の呼吸でコンソールを操作し、例の仮面の男の映像を正面モニターに映し出した。リーゼロッテが気になったようで、

 

「何か考え事……?」

 

「まあね……」

 

 質問にクロノは、何時もの気難しい顔で応える。すると孤門が彼の側に歩み寄り、

 

「君も気になるんだね……?」

 

 モニターを見詰めながら、小声でクロノだけに聞こえるように囁いた。少年執務官はハッとしたように傍らの青年を見上げる。

 しばらく目を合わせると、無言で頷きモニターに目を戻した。

 

 

 

 

 通信を切ったユーノの元に、ミライがふわりと浮いて近付いて来た。

 

「ミライさん、何処に行ってたんですか? 皆に紹介しようと思ってたのに……急に居なくなるんですから……」

 

「ごめんね、ちょっと集中し過ぎて奥の方に行ってたから、ユーノ君が呼んだのに気付かなかったんだ……」

 

 残念がるユーノに、ミライは済まなそうに頭を掻き掻き謝った。

 

「この次は皆さんに、ちゃんと挨拶するよ」

 

「いえ、そんな謝らないでください……ただ僕が皆に紹介したかっただけなので、でも次は紹介させて下さいね?」

 

「喜んで」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべるミライに、ユーノは腕捲りする素振りを見せ、

 

「それじゃあ続きを始めましょう。出来れば他に停止や封印方法を見付けられたら良いんですが……」

 

「頑張ろうユーノ君」

 

 ミライも張り切って見せると、早速関係資料の探索に掛かる。本を手に取りながら、先程見たばかりの人物の事を思い浮かべた。

 

(彼が孤門一輝……『ウルトラマンネクサス』 か……)

 

 青年の姿を脳裏に焼き付ける。ミライは敢えて姿を見せず、物陰から孤門達の様子を見ていたのだ。今の状態で迂闊な真似は出来ないのは、無理からぬ事ではある。

 

(どうやら事態は、ユーノ君達のお陰で良い方向に向かっているようだけど……)

 

 ミライは浮かない表情を浮かべていた。どうにもまだ不穏なものを感じるのだ。未だ敵の全貌を掴みきれていない。

 

(『ダークザギ』……一体何処に潜んでいるん だ……?)

 

 ミライの穏やかな顔が、戦士としての鋭いものになっていた。偶然それを目撃したユーノは、温厚な青年の意外な一面にハッとしてしまった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 冷たい冬の大気の中、学生や会社員が慌ただしく行き交う朝の通学路。その中に混じって学校へと通学する、フェイトとなのはの姿がある。

 

「体調大丈夫?」

 

 なのはは気遣って、隣を歩くフェイトに声を掛けた。

 

「うん、魔法が使えないのはちょっと不安だけど、身体の方はすっかり……」

 

 フェイトは微笑んで平気な事を伝えた。特に不具合は無いようだ。 当面の間フェイトとなのはは、呼び出しがあるまで此方の世界で待機になっている。

 捜索は武装局員を増員して、追跡調査をメインにする 事になったのだ。

 

「でも……せっかくウルトラマンさんとヴィータちゃん達が、何も悪い事をしてないかもって分かって来たのに……直ぐにお話しして仲直りって訳には行かないんだね……」

 

「……色々難しいらしいから、直ぐには無理みたい……」

 

 2人は残念そうにため息を吐く。偽者の件はまず間違いないと思われるが、100パーセント確実とまでは行かない。疑り深いようだが、推測が外れている可能性もゼロでは無いのだ。

 

 それに偽者と遭遇した場合、今の所見分けがつかない現状では、武装局員達の警戒態勢は解除されないままである。

 まだ油断は出来ないと言う訳だ。当然と言え ば当然の事であった。管理局も組織である以上、事は慎重に進めなくてはならない。

 

「でも……本物のウルトラマンさん達だったら、ちゃんと話し合いをする事になったから、大丈夫だよね?」

 

「うんっ」

 

 それはとても喜ばしい事だ。色々とハードルは高そうだが、きっと良い方向に向かうに違いないとフェイトとなのはも信じた。

 

「でも……ごめんねなのは……最初になのはが言ってた事が正しかったのに私……」

 

 フェイトは感情的になって、なのはの助けられたのではと言う言葉を、ろくに信じなかった事を謝るしか無い。なのはは屈託無く笑い、

 

「気にしないでフェイトちゃん、私だってそんなに自信があった訳じゃないんだから」

 

「ありがとう……」

 

 フェイトは優しい友人に感謝した。友達とは本当に良いものだとつくづく思う。2人は顔を見合わせ笑い合うと、足取りも軽く学校へと向かった。

 

 

 

 

「入院……?」

 

「はやてちゃんが?」

 

 予鈴の鳴り響く教室で、すずかから話を聞いたフェイトとなのはは心配の声を上げた。以前から聞いていた、すずかの友人が急遽入院してしまったとの事だ。

 

「うん……昨日の夕方に連絡があったの……そんなに具合が悪くは無いそうなんだけど、検査とか色々あってしばらく掛かるって……」

 

 そうは言っても、すずかはとても心配している。そんな友人を見てアリサが、

 

「じゃあ放課後みんなで、お見舞いとか行く?」

 

「えっ? いいの……?」

 

 申し訳なさそうなすずかに、アリサは任せなさいとばかりに頼もしく胸を張り、

 

「すずかの友達なんでしょ? 紹介してくれるって話だったしさ、お見舞いもどうせなら賑やかな方が良いでしょ?」

 

 フェイトとなのはにも同意を求める。迷惑では無いかとの意見も出たが、向こうの都合さえ良ければ皆でお見舞いに行く事で話は纏まった。

 

 

 

 

「何? テスタロッサ達がどうしたっ て……?」

 

 シャマルからの緊急の思念通話を受けたシグナムは、その流れるような眉をひそめた。

 周りには赤茶けた大地と、険しい崖地帯が広がっている。ゼロと異世界に『蒐集』に来ている所であった。

 ウルトラマンゼロも、只ならぬシャマルの様子に緊張の色を強める。

 

《だからテスタロッサちゃんと、なのはちゃん、管理局魔導師の2人が、今日はやてちゃんに会いに来ちゃうの! すずかちゃんのお友達だから!》

 

 状況はこうだ。先程すずかからお見舞いに行きたいとのメールが入った。その心遣いに思わず涙ぐむシャマルだったが、その一緒に来る友人が問題だった。

 貼付された写真に映っていたのは、紛れも無くフェイトとなのはだったのだ。

 シャマルはどうしようどうしようと、かなり混乱している。ゼロも動揺を隠せない。するとシグナムは、

 

「落ち着けシャマル! 大丈夫だ、幸い主はやての魔力資質はほとんどが『闇の書』の中だ。詳しく検査されない限りバレる事は無い」

 

 頭がこんがらがっているシャマルに、理論整然と大丈夫な事を説明してやる。永い事守護騎士のリーダーを勤めて来ただけあって、シグナムの判断は的確だ。

 戦闘一辺倒のゼロは、こんな時どうしたら良いか判らず困惑するだけである。

 

《それは……そうかもしれないけど……》

 

 それでもまだ心配そうに心細い声を漏らすシャマルに、シグナムは安心させるように、

 

「つまり、私達と鉢合わせる事が無ければ良いだけだ……」

 

《うん……顔を見られちゃったのは失敗だったわね……出撃した時ゼロ君を見習って、変身魔法でも使ってれば良かった……》

 

「今更悔いても仕方無い……御友人のお見舞いの時は私達は席を外そう……主はやて、それから石田先生に我らの名を出さぬようにお願いを……」

 

《はやてちゃん、変に思わないかしら……?》

 

「その辺りは、管理局にバレないように念には念を入れたいと言えば、主はやても納得して下さる筈だ。頼んだぞ……?」

 

 念を押してシグナムは通話を切った。ゼロはプロテクター状の肩を竦め、

 

『……まったく……世の中狭いって地球じゃ良く言うが……何て偶然だ……』

 

「まったくだな……」

 

 愚痴る少年ウルトラマンに、シグナムも同意の苦笑を浮かべて見せた。ゼロは少し考え込み、

 

『それなら見舞いの時は、俺がはやてに着いてれば問題無いか……?』

 

「いや……テスタロッサは人間のゼロの顔を知っているのだろう? 万が一を考えて、ゼロも顔を出さない方が無難だ……少しでも主はやてへの危険は避けたい……」

 

『そうだな……分かった』

 

 ゼロは納得して頷いた。ここで見付かってしまっては元も子もない。

 

『……しかし……嫌な雲行きだぜ……』

 

 ゼロは『蒐集』に戻りつつ、不穏な気配を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

******************

 

 

 

 

 女は虚ろな眼をして、薄暗い部屋の中虚空を見詰めていた。何かを抱き抱え、2つあるベッドの片方に身動ぎ一つせず、じっと座り込んでいる。

 部屋は何処かの宿泊施設の一室らしい。シンプルな造りから公共施設のように見えた。

 部屋の中には日用品や、赤ん坊の紙オムツの袋が手付かずのまま乱雑に転がっている。どれも一度も使われた形跡が無い。

 部屋の炊事場も 一度も使われていないようだ。少なくともこの女が住んでいる筈なのだが、人の暮らす生活臭というものがまるで無い。荒れ果てた雰囲気が漂っていた。

 

 ドロリとした光彩の無い眼で、何も無い空間を見詰めていた女に初めて動きがあった。人形のように不自然にドアに眼を向ける。

 それと同時に、微かな音を立ててドアが自動で開き、男が1人音も無く入って来た。

 男はかつて女の夫だった『もの』だ。いや女自身も……男はかつて妻だったものを感情の欠落した暗い眼で見下ろし、

 

「『冥王』からの最後の命令だ……お前達はウルトラマンゼロ達と最期の戦いに向かい儀式を進めよ……俺は紛れ込んだネズミの始末と、この『本局』を墜とす……」

 

 抑揚の無い声で、恐るべき事を淡々と伝えた。女は無言で頷く。女が抱き抱えていた何かが応えるように、ずるりと腕の中で蠢いた。

 

 

 

つづく

 

 

 





 次回『焦燥-イリーティーション-』

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