「レヴァンティン!?」
シグナムは真っ二つに砕かれた愛刀を、驚愕の目で見た。魔法で強化されているアームドデバイスを素手でへし折るなど、魔導師の範疇を超えている。
烈火の将そっくりの女は、何の事は無いという風に、追撃もせず自然体でその場に立ったままだ。
「くっ……レヴァンティン!」
《es repari eren!》(再生)
シグナムは愛刀を即座に再生させると、正眼の構えで女に対峙する。容易ならざる相手だと剣気を集中した。必殺の斬撃をいとも容易く受け止めるなど、並どころの腕では無い。
だがそれよりシグナムには、女の使う技が気になった。
今の拳打による攻撃はシグナムの体術と同じだ。しかも自分より遥かに洗練されていると感じた。『夜天の魔導書』といい、あまりに不可解な存在である。
「貴様は何だ? 何が目的だ!? 貴様の言う 『夜天の魔導書』が『闇の書』と本当に同一のものなら何故狙う!?」
シグナムは当然の疑問を口にしていた。出自は不明だが、以前の魔力転送の事も踏まえると『夜天の魔導書』が少なくとも『闇の書』 と同タイプの魔導書と言うのは嘘では無さそうである。
しかし同じものを持っているのなら、わざわざ『闇の書』を狙う理由が分からない。2つ揃えた所でどうにもならないだろう。
(しかし……『夜天の魔導書』だと……?)
シグナムはその名を何処かで聞いたような気がした。遥か昔に耳にしたような……
だがやはり記憶に無かった。記憶には無いのに知っているような妙な違和感。訳の分からぬ心のざわめきに当惑してしまうシグナムに、女は至極あっさりと、
「……我らには『闇の書』などどうでも良いし、狙う理由も別に無い……主が戯れで助力しているだけだ……」
「なっ!?」
女の言葉にシグナムは絶句する。助力の相手とは恐らく『ダークザギ』であろうと予想は付くが、戯れとはふざけている。
女は淡々と語ったが、抑揚に乏しいシグナムと同じ顔に、一瞬感情の揺れが垣間見えた。本当にごく僅かではあったが……
「目的がどうであれ、敵なのは変わりあるまい!? しかし……主だと? 貴様も守護プログラムなのか!?」
「私は……強いて言うなら……もう1人のお前 だ……」
「何だと……?」
女の言葉は意味不明だった。無論こんな奴は知らないし会った事も無い。困惑しっ放しのシグナムに、女は構える素振りさえ見せず、
「……今日はあくまで顔見せだ……もっと腕を磨いておく事だな……今のお前では主を守り抜く事など到底出来ん……」
「……」
シグナムは言葉を発する事が出来なかった。無表情につぶやく女の言葉に、ひどく暗く耐え難い程の感情が籠っているように思えたからである。
「……精々精進するが良い……」
そう言い残すと、女の姿が不意にぼやけた。
「待て!」
シグナムの声だけが砂の大地に木霊す。一度も剣を抜かずに将を圧倒した女は、砂漠の蜃気楼だったかのように、忽然と消え去ってしまった。転移魔法を使った様子も無い。
「……もう1人の……私だと……?」
シグナムは砂漠に呆然と立ち尽くしていた。女の残した言葉が耳にこびり付いて離れなかった……
*
ウルトラマンゼロの前に現れた『ウルトラセブンアックス』と名乗る真紅の巨人は、傲然と砂漠にそびえ立つ。灼熱の太陽に熱せられ起こった陽炎が、真紅 の体を炎の如く揺らめかせた。
『ウルトラセブンアックスだと……? 親父と関係有るってのか!? 貴様ウルトラ族なのか!?』
逆上気味に怒鳴るゼロに、アックスはからかうように悠々と腰に手を当て、
『フフフ……そんなチンケなもんじゃねえぜ……? 言ってみりゃあ、俺はお前の併せ鏡さ……ウルトラマンゼロの影そのものだ……』
『わっ、訳解かんねえ事ほざくなあっ!!』
ゼロは闇雲にアックスに殴り掛かっていた。 恐怖に近い感情に背中を押されてしまったのだ。 巨大な拳が空を切り裂く。真紅の巨人は鼻唄交じりと言う言葉がピッタリに、軽々とゼロの連打を避ける。
(こいつ!?)
アックスに触れる事さえ出来ない。一見ふざけているようにしか見えないが、動きにまるで隙がないのだ。
遊ばれている。そう悟ったゼロは得体の知れない恐怖心を、虚仮にされた怒りで強引に押し流した。
今まで数々の強敵と戦って来たゼロにとって、ここまで軽んじられる事など我慢出来ない。
それは若さ故の蛮勇に近い。アックスに対して、恐怖を感じた事を認めたくなかったのだ。
『舐めるなあああっ!!』
後方に飛び退くと同時に、ゼロはスラッガーを胸部プロテクターにセットした。至近距離からの『ゼロツインシュート』の態勢!
エネルギー残量などまるで考えない攻撃だ。残量を気にして勝てるような相手では無いと、本能的に察していたのかもしれない。
『くたばれえええええっ!!』
青白い光の激流がアックスに向け放たれた。その威力故、後ろに体が持って行かれそうになるのを、砂漠を踏み締めて堪える。
真紅の巨人は光の激流を避けようともせず、 愉しそうに肩を揺らし、
『頑張るじゃねえか、それじゃあサービスだ。少しだけ相手をしてやる、『バーンダッシュ』 ……』
ツインシュートが直撃する寸前、アックスの胸部プロテクターが強烈な光を発し、その体が正しく炎の如く燃え上がった。
炎の化身と化したアックスから、恐ろしい程のエネルギー波がほとばしる。桁違いのパワーであった。
ツインシュートはエネルギー波にあっさり打ち消され、炎の如き光は更に拡大し周囲ごとゼロを呑み込んだ。
『うわあああああああぁぁぁぁっ!?』
ゼロは光の炎の洗礼に成す術も無く吹っ飛ばされてしまう。全身がバラバラになりそうな程の衝撃。砂の大地が一瞬でプラズマ化し蒸発する。
光の炎はそれだけに留まらず、天空を貫く火柱を上げ、アックスを中心に直径十数キロの範囲で大地に巨大なクレーターを穿った。
中心部から外れたお陰で焼け焦げで済んだ砂漠に、全身から白煙を上げたゼロがガックリと仰向けに倒れている。
『おいおい……生きてるか? これでも、すげえ手加減してやったんだぞ……この程度で死んだら詰まらねえにも程が有る……』
クレーター上空に悠然と浮かぶアックスが、ふざけたように呼び掛ける。
『……クソッタレが……』
ゼロは頭を振り立ち上がろうとするが、力が入らない。『カラータイマー』の点滅が活動限界 を告げていた。 アックスは戦闘不能のゼロを愉しげに見下ろ し、
『まあ……今日はあくまで顔見せだ……今のお前を相手にしても詰まらんだけだからな……ここらで止めといてやるぜ……』
『貴様……ふざけんな……!』
ゼロは悠然と浮かぶ真紅の巨人に手を伸ばそうとするが、最早戦うだけのエネルギーはおろか、ウルトラマン形態を維持する事も限界だ。
『それだけエネルギーを消耗していながら、 さっきの攻撃は思いきりが良くてまあまあだったぜ……早く強くなって俺を愉しませろよ……』
完全に格下への言葉を残すと、アックスの真紅の巨体は上昇を始めた。
『待て……っ!』
立ち上がろうともがくゼロの視界から、ウルトラセブンアックスの姿が見る見る小さくなる。消え去る前に真紅の巨人はゼロをちらりと一瞥し、
『さて……お前らはこれからどうなって行く……? 精々足掻く事だ……』
愉しげに呟くとその巨体は、複数の太陽の光に溶け込み完全に姿を消した。
「これは……?」
ヴィータが砂漠世界に到着すると、砂漠が広範囲に渡って焼け焦げ、隕石でも衝突したように巨大なクレーターが出来ている場所を見付けた。
クレーターの辺りは大量の砂が消失し、土が剥き出しになっている。中心は赤く燃えて赤熱化し、溶鉱炉のようになっていた。
騎士甲冑無しでは近寄れもしまい。不審に思って辺りを探ってみると、クレーターの範囲から離れた焼け焦げた砂漠に、巨人が倒れたような跡が残っている。
「ゼロッ!?」
その中に人間姿のゼロが倒れているのを見付けた。直ぐに降り立ったヴィータはグッタリしている少年を助け起こす。
「おいゼロッ! しっかりしろ!!」
するとゼロはヨロヨロと身を起こした。ヴィータはその顔を見てハッとする。ゼロは目を見開き、空の一転を睨み続けていた。
「『ウルトラセブンアックス』……覚えてやが れ……!」
それを最後に、ウルトラマンの少年は意識を失っていた。
ーーーーーーーーーーー
『時空管理局本局』に係留中の次元航行艦 『アースラ』そのミーティングルームにて、リンディにクロノ、エイミィ、なのはに孤門、アルフにリーゼ姉妹他、主要クルー達が一同に会してした。
重苦しい雰囲気の中、リンディは席に着いている全員を見回し、
「フェイトさんは『リンカーコア』に酷いダメージを受けているけど、命に別状は無いそうです……」
それを聞いて一同にホッした空気が流れた。砂漠世界での戦闘中魔力を『蒐集』されてしまったフェイト。
アースラが既に稼動状態であったので、彼女は速やかに本局に搬送され、適切な治療を受ける事が出来たのだ。現在フェイトは意識こそまだ回復していない が、怪我も無くベッドで昏々と眠っている。
今リンディ達が問題にしているのは、フェイト達が出動した後に起こった不可解な出来事に関してであった。
エイミィはフェイト達を送り出した後、駐屯所で戦闘の様子をモニターしていた。その最中突然、管制システムが何者かによっ てクラッキングを受け、全てのシステムが一時的にダウンしてしまう事件があったのである。
その為現場で何が起こったのか把握出来ず、唯一残されたものは仮面の男の姿を一瞬捉えた画像だけであった。責任を感じたエイミィは、沈んだ顔で項垂れている。
しかしおかしな事態であった。駐屯所で使用している機械類は全て、本局でも使われている最新式の高性能なものである。それを外部からの操作でダウンさせると言うのは、本来有り得ない事なのだ。
凄腕のハッカー説から、組織だっての犯行説など様々な意見が出されたが、どれも決め手に欠ける。
只でさえ『ダークザギ』配下の『闇の巨人』 達の暗躍がある中、謎のシステムダウンにより事態は混迷していた。
皆が押し黙る中クロノは、隣の席でじっと考え事をしているアルフに、
「君から聞いた話も、孤門が戦った新たな黒い巨人達の事も……状況や関係が良く分からないな……」
「ああ……」
アルフは、フェイトの元に駆け付けた時の事を思い返す。
「アタシが駆け付けた時にはもう……仮面の男は居なかった……けどアイツが……シグナムがフェイトを抱き抱えてて……」
そこでアルフは一旦言葉を切ると、複雑な顔で全員を見回し、
「『守れなくて済まないと伝えておいてくれ』って……」
アルフはシグナムの悔しそうな顔と、守護獣ザフィーラの真っ直ぐな瞳を思い返しながら事実を述べた。 孤門を除く全員が疑問を抱く。その言葉は敵対する者に対して、あまりにも相応しくない。
孤門は無言で、何も無い空間をじっと見詰めている。ゼロの言った言葉が気になっているのだろうか?
クロノは今までの状況を頭の中で整理してみた。どうも腑に落ちない点が多い。
孤門に襲い掛かって来た黒い巨人は、ネクサスを遠くまで引っ張り出した挙げ句、姿を眩ましてしまったそうだ。
仮面の男と言い不可解な事ばかりである。自分達が何か重大な事を、見逃している気がしてならない。しかしそれが何なのか分からなかった。
ミーティングはさして進展を見せぬまま、各自の胸に形容しようの無い疑問だけを残して終了した。
巨大魔導砲『アルカンシェル』を実装したアースラに司令部を戻し、リンディ達は本格的に事に当たる事になる。
なのははフェイトの事が心配だったが、リンディに心配無いと諭され、一旦家に戻る事にした。
ーーーーーーー
東の空から、微かに日の光が射し込み始める早朝の八神家。ヴィータに助けられ砂漠世界から脱出したゼロは、シグナム達共々自宅に辿り着いていた。
はやてもそろそろ起きて来る頃合いである。 守護騎士達はリビングに集まり、昨晩の事について話し合っていた。
意識を取り戻したゼロは火傷を負っていたので、シャマルの治療魔法を受けながら話を聞いている。
「『夜天の魔導書』……?」
事の顛末を聞き、治療を終えたシャマルは訳が解らず眉をしかめた。
「有り得ねえよ! 『闇の書』と同じものが有るなんて!」
ヴィータは怒ったように声を荒げた。彼女達 共々『闇の書』を造った『古代ベルカ』は既に滅びている。現在生き延びたベルカの民はかつての技術を失っている。
それ故今の管理世界の技術では、同じレベルのものを造る事は到底不可能なのだ。万が一同系統の魔導書が遺跡として残っていたとしても、魔力転送などという真似が出来るとは思えない。
『闇の書』は他と繋がっている訳では無い。それ一個で完結したシステムなのだ。 困惑する一同を前に、シグナムは砂漠での出来事を思い返し、
「……何にせよ……我らを陥れたのは奴らで間違いない……口振りからして戯れに助力しているだけらしくは有るが……どうも厭な感じだ……」
「そいつが言った事が本当なら……今の所直接行動には出ないと思って良いのか……?」
床に伏せる狼ザフィーラの質問に、シグナムは厳しい表情で頷き、
「恐らく今回は顔見せのつもりだったのだろ う……しかしあの女……並大抵の腕では無い……!」
ギリッと屈辱で奥歯を噛み締めた。自分と瓜二つの女の『その程度の腕では、到底主を守り抜く事など出来ない』という言葉が蘇る。
治療を終え行儀悪く足を投げ出していたゼロも、真紅の巨人の事を思い返す。
(『ウルトラセブンアックス』……舐めやがっ て……クソッ!)
気味が悪い存在だった。此方がエネルギーを消耗していたのを差し引いても、底知れぬものを感じた。全く本気ではなかったのは間違いない。
確かに口振りからして、今の所はあれ以上ちょっかいを出して来るつもりは無いようだ。ゼロを殺すならあの場で簡単に殺せただろう。 一体何が目的なのか。頭を悩ませるゼロにシグナムは、
「ゼロ……その『ウルトラセブンアックス』という敵に関して覚えは無いのか? 『夜天の魔導書』だけならまだしも、お前と良く似たウルトラマンが居るとなると……」
「……いや……全く心当たりは無え……『光の国』にあんな奴は居ない……居たら直ぐに分かるだろう……」
ゼロは問いにそう返すしか無い。恐らく『光の国』出身では無い筈だ。『ウルトラマンネクサス』と同じく、他の世界から来たのではないかと見当を付けてはいる。
共に戦った『ウルトラマンダイナ』や、『ウルトラマンメビウス』が並行世界に行った時の体験などから、他の並行世界でもウルトラマンのような存在が居る事は確認されている。
ネクサスもそのようなウルトラマンの1人なのだろうと思っているが、『アックス』のように悪意の塊のようなウルトラマンは初めてだ。ウルトラマンと呼んでいいのかさえ疑問である。
ネクサスはゼロに戦いこそ挑んで来るが、明らかに周囲に被害が出ないようにしているのに対し、アックスは全く頓着も容赦もしない。
あの真紅の巨人とシグナムそっくりの女は、並行世界から来た自分達なのだろうかと、ゼロは思うが確証は無い。
シグナムから聞く限り、アックス達は仮面の男に協力しているようにも思えるが、それも確実とは言えない。解らない事尽くめだ。
立て続けに起こった予想外の事態に困惑し押し黙る面々の中、シグナムは思慮深く腕を組み、
「……確かに不可解な事ばかりだが……今は『闇の書』の完成を急ぎ、主はやてを救うのが先決だ……」
「うむ……狙われるとすると、完成した直後辺りが一番危ないという所か……それまでは進めるしか無いな……」
ザフィーラは鋭く敵の出方を予想する。魔法関連の仮面の男もそうだが、『ダークザギ』もどう出て来るか予断は出来ない。
「家の周りには厳重なセキュリティを張っているし、いざという時は直ぐ転送魔法で避難させる手筈が整っているから、はやてちゃんに危険が及ぶ事は無い筈だけど……」
シャマル頭にもたげる不安を中和させようと、非常時の段取りを改めて口にする。万が一自宅が襲撃に遭った場合の対応も考慮してあるのだ。今は必ず誰かが、はやての側に居るようにしている。
(確かに……まず『闇の書』の完成が先だな……今はうだうだ考えても仕方無え、後はそれから考えるしかねえな……)
ゼロが改めて思った時、黙って話を聞いていたヴィータが浮かない顔で口を開いた。
「ねえ……『闇の書』を完成させてさ……はやてが本当のマスターになってさ……それではやては幸せになれるんだよね……?」
根底を揺るがすような質問に、シグナムは訝しげな顔をし、
「何だいきなり……?」
「『闇の書』の主は大いなる力を得る……守護者である私達は、それを何より知っている筈でしょう?」
シャマルは言い聞かせるように改めて説いた。ザフィーラも訝しんでいる。
「そうなんだけど……そうなんだけどさ……」
ヴィータは口にすべきか迷っていたようだったが、意を決して、
「……アタシはアタシ達は何か……大事な事を忘れてる気がするんだ……」
それを聞いた守護騎士達は意味が分からず困惑している。ヴィータは上手く説明出来ないもどかしさと、正体の知れない不安感に自分でも戸惑っていた。
何故そう思うのかも分からな い。そんなヴィータの様子が、やけにゼロの胸に引っ掛かった。心の何処かで、何かがチクリと反応したような気がする。
「詳しく話してみろ……」
ゼロは俯いてしまったヴィータに先を促した。そうしなければいけない気がした。
「……ん……うん……」
はやてはベッドの中で目を覚ました。枕元の目覚まし時計を見ると鳴る数分前である。体内時計が少し早く活動を始めたようだ。
隣に目をやると、一緒に寝ていた筈のヴィータの姿が無い。彼女の代わりとばかりに、のろいウサギが置かれている。寝ぼすけのヴィータにしては珍しいと思った。
はやては眠い目を小動物のように、こしょこしょ擦るとゆっくりと身を起こす。リモコンで部屋のカーテンを開けると、眩しい朝の光が少女の目に入って来た。今日は爽やかな朝である。
(さて……早く朝御飯の支度をせんと、みんなお腹空かせてまうな……)
はやてはクスリとすると、上半身と腕の力のみで身体をベッド脇の車椅子まで持って行く。手慣れたものだ。だが乗り込もうとベッドから身を乗り出した時、
「あっ……?」
胸に違和感を感じた。意識の何処かで何かが弾け飛ぶような嫌な感覚。ドクンッと心臓の鼓動が、やけに大きく身体中に木霊した。
「あ……ぐっ……?」
次の瞬間胸に千切れそうな程の激痛が走る。 乗り掛けていた車椅子が、ガシャンと大きな音を立てて倒れてしまう。
激痛にバランスを崩したはやての身体は、崩れ落ちるように頭から床に落下して行った。
「!?」
ゼロに促されヴィータが口を開いた時、はやての部屋の方向から大きな音が響いた。ただ事では無いと駆け付けたゼロ達が目にしたのは、胸を押さえて床に倒れているはやての姿だった。
「はやてちゃん!?」
「はやて!?」
ゼロ達は呼び掛けるが、はやては苦しんで返事も出来ないらしい。脂汗で額が濡れている。 一目で不味い常態だと判った。
「はやて? はやて!?」
今にも泣き出しそうな顔で、ヴィータははやてに呼び掛ける。はやての苦しみは治まりそうに無い。
「病院! 救急車!!」
「ああ!」
「動かすな!」
ヴィータの悲痛な叫びに、シグナムが電話を掛けに走る。
「はやて、しっかりしろ!」
「はやてちゃん、しっかり!」
ゼロとシャマルは救急車が来るまでと、それぞれ『メディカルパワー』と治療魔法をはやてに当てる。しかし症状はいっこうに治まらない。苦しみのあまり身体は強張り、呼吸をするのがやっとのようだ。
(はやて……!)
ゼロは祈るような気持ちで、はやてにメディカルパワーを送り続けた。ありったけの生命エネルギーを……
ーーーーーーーーーー
「……ん……?」
明るい光の中、フェイトは本局の医務室で目を覚ました。 見上げると、見慣れた翡翠色の髪の女性が優 しく此方を見守っているのが見える。女性リンディは フェイトが目覚めたのに気付き、
「フェイトさん……目が覚めた……?」
「……リンディ提督……?」
目覚めたばかりで、まだボーッとしているフェイトは取り敢えず身体を起こしてみる。まだ力が上手く入らないので、リンディに支えてもらい、ようやく上体を起こす事が出来た。
ふと足元を見ると、少女の姿のアルフがベッドに突っ伏して眠っている。彼女もずっとフェイトに着いていたのだ。記憶が混濁し、まだ状況が判らないフェイトに、リンディが経緯を説明してくれた。
砂漠世界での戦闘中、自分は背後から襲われ魔力を奪われてしまい、本局に運び込まれた事を聞かせてもらう。そこでようやくフェイトは、砂漠での事を思い出した。意識がハッキリして来る。
薄れる意識の中で、最後に聞いたシグナムの言葉が蘇る。 彼女の中で疑惑が確信に変わった。心配して 此方を見ていたリンディに、
「提督……気になる事が有るんです……」
「何かしらフェイトさん……?」
フェイトの真剣な眼差しに、リンディはただ事では無いと察した。フェイトはシーツを握り締め、
「……私……ゼロさんも、シグナム達も……何も悪い事はしてないんじゃないかと思うんです……」
彼女の言葉にリンディは、意外そうな顔をした。少し前まで、シグナム達を仇のように思っていたフェイトが何故?
「どうしてフェイトさんは、そう思ったのかし ら……?」
「……私は今まで何度もシグナムと戦いました……最初はゼロさんを利用している、悪い人だとばかり思ってました……」
リンディの問いに、フェイトは今まで感じていた事を話し始める。
「……でも……何度も戦って思ったんです……何であの人の剣はあんなに真っ直ぐなんだろうって……自分が不利になる筈なのに、怪我をさせないように戦ってました……私にはとてもゼロさんを利用しているような、悪い人に思えなくなって来たんです……」
「……」
「そして……私が襲われた時、シグナムは私を助けようとしていました……!」
薄れ行く意識の中ではあったが、フェイトは確信していた。シグナムの怒りの叫びを確かに聞いた。自分を助ける為に、正体不明の敵に向かうのも。
こうなってみると、なのはが助けられたと言っていた事も勘違いでは無いかもしれない。
リンディはフェイトの話を良く考えてみる。直接ぶつかり合った者にしか判らない生の声だ。下手なものより信頼に足る場合がある。
「どう思いますか……? リンディ提督……」
「……そうね……」
フェイトの感想と状況を最初から整理してみたリンディの頭に、1つの考えが浮かんで来た。ウルトラマンゼロの不可解な変節、守護騎士達のまるで真逆な行動の数々。それが意味するものとは……
「私の考えが当たっているとすると……私達全員、誰かの手のひらで踊らされていた事になるかもしれないわ……」
リンディの尋常ならざる言葉に、フェイトは思わず息を呑んでいた。今まで腑に落ちなかった数々の事が、リンディの中でようやく繋がったような気がした。
(ウルトラマンゼロと、守護騎士の子達の偽者が存在している可能性がある……?)
リンディは一から対策を練り直す必要があると、クロノ達に連絡を入れるのだった。
つづく
次回『壊れ行く未来-フューチャー・ブレイク-』