夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第46話 小さな願い-アイセイア・リトルプイヤー-

 

 

 『闇の書』の落雷の如き凄まじい魔力砲撃が、強装結界を大きく揺るがした。 多数の魔導師が張り巡らした強固な結界に、見る見る亀裂が生じて行く。圧倒的な破壊力であった。

 

「不味い……!」

 

 結界内のユーノは危険を感じ、直ぐさま防御結界の準備を開始する。砲撃からなのは達をガードする為だ。強装結界は後数分と保たず破壊されるだろう。

 

 

 

 

 紫色の魔力光が射し込む結界内で、戦いを中断したフェイトは上空に目をやった。シグナムは『レヴァンティン』を下ろし、

 

「テスタロッサ……一つ言っておく事がある……」

 

 何を言われるかと身構えるフェイトに、女騎士は哀しげな目を向け、

 

「……私の事は信じなくてもいい……だがゼロの事は信じてやれ……」

 

「えっ? シグナムそれは一体!?」

 

 意外な言葉を聞いたフェイトは思わず聞き返していた。その目の前を砲撃余波の魔力光が遮り、2人の間を別つ。 シグナムは振り返らず、光に紛れて飛び去った。

 

 

 

 

 

「ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータだ。覚えとけ……」

 

 砲撃魔法の光が降り注ぐ中、ヴィータは対峙するなのはに静かに名乗る。彼女なりに白い魔導師を認めたのだ。なのはも負けじと、

 

「なのは……高町なのは!」

 

「高町なにょは、勝負は預けた!」

 

 高らかに宣言するヴィータだったが、認めた割りにはまだなのはの名前を上手く発音出来ていなかった。

 

「なにょはじゃ無いってばあっ! 間違ってるよおっ!!」

 

 抗議するなのははさて置き、ヴィータはぶっ殺すくらい言ってやろうかと思ったが、はやての騎士としてそれは止めておこうと思い直し、

 

「まあいい……勝負は預けた。次はそのケツ、アイゼンでぶっ飛ばして10倍に腫れあがらさせてやっからな! 絶対だ! ぜってえだぞ!!」

 

「えええ~っ!?」

 

 なのはは流石にドン引きしてしまう。殺すという言葉よりマシでも大概酷い。 捨て台詞を残してヴィータは退却する。

 

「ヴィータちゃん? ひゃっ!?」

 

 呼び掛けるなのはの直ぐ側で大きな破壊音が響く。もう結界は崩壊寸前であった。

 

 

 

 

 

 

「仲間を守ってやれ……直撃は避けているが、巻き添えを食うと危険だ……」

 

 空中戦を繰り広げていたザフィーラは戦闘を中断し、追って来ていたアルフに忠告する。

 

「あっ……? ああ……」

 

 予想外の事にポカンとしながらも、アルフは返事をしていた。確かにこの状況は危険だ。彼女はザフィーラを追うのを止め、フェイトの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

『!?』

 

 突然の砲撃にネクサスの気が一瞬逸れた。ゼロはその隙を見逃さず、弾丸のように飛び出してシュトロームソードを掻い潜り、一気に離脱する。

 

『あばよネクサス! 残念だったな、ざまあみ見やがれ!!』

 

 ほとんど三下悪役の負け惜しみ捨て台詞を残して、ゼロは紫色の光の中に紛れた。一瞬後を追おうとするネクサスだったが、思い直したように飛び出すのを止める。

 

『……今日の所は見逃すよ……』

 

 小さくなるゼロの後ろ姿を見詰め、ネクサスは小さく呟いた。シュトロームソードを収納する。その時砲撃が遂に結界を貫く。

 内部に着弾した光は広範囲に爆発的に広がり、結界を粉々に破壊して消え去った。

 無論街に被害は無い。後に残ったのは夜空に浮かぶ、防御結界に退避していたフェイト達の姿だけだ。

 ゼロ達は砲撃に紛れ既に逃げ去っていた。 後には何事も無かったように、静かな夜景が在るだけだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 シャマルの撹乱により『アースラ』の探査センサーの追跡を逃れたゼロ達は、ようやく八神家に帰宅していた。

 家にははやても、遊びに来ていたすずかの姿も無く、直ぐ食べられるよう鍋の準備がしてある。

 

「はやてもすずかも居ないな……」

 

 ゼロはやりきれない様子で、無人のリビングを見渡した。約束に間に合わなかった済まなさで一杯だった。 それは皆も同様だ。

 今日は初めてすずかが遊びに来ると、はやてはとても楽しみにしていたというのに。落ち込むゼロにシャマルは、

 

「一応はやてちゃんには結界に駆け付ける前に、見回りは異常無く終わって少し用事を済ませてから帰るから、遅くなるかもと連絡しておいたから、何か有ったとは思っていない筈だけど……」

 

「そうか……用事で遅くなったと思ってくれてるなら……」

 

 ゼロは幾分ホッとする。今回はシャマルが上手くフォローしてくれたようだ。これで何か有ったのではと、心配まで掛けていたら申し訳無さすぎる。

 書き置きにすずかの所とあったので、シャマルははやての携帯電話に掛けてみた。

 

 はやては月村家にお邪魔していた。飼われている沢山の猫と戯れながら、すずかと談笑している所である。

 その最中車椅子のポケットに入れていた携帯電話が、着信音を響かせる。出てみると、やはり家からだった。

 

《もしもしシャマルです、はやてちゃん……本当にごめんなさいっ……》

 

 開口一番、シャマルは本当に申し訳無さそうに謝って来た。今にも泣き出しそうな声だ。はやては笑って、

 

「全然怒ってへんよ、すずかちゃんと2人で鍋はちょう寂しかったし……すずかちゃんが誘ってくれて……」

 

 逆にはやての方が後ろ暗いような気持ちである。1人だったら待っていたのだが、すずかの誘いもあり出掛けたのが少し申し訳無い。

 はやてのそんな気持ちも察せられ、シャマルの心は痛んだ。受話器を持ちながら何度も頭を下げていた。

 

「それじゃあヴィータちゃんに……」

 

 シャマルは子機を、後ろでしょんぼりしているヴィータに手渡す。

 

「もしもし……」

 

 はやてと話すヴィータの声を背に、シャマルは肩を落として庭に出た。冷たく星が瞬く冬の夜空を見上げる。するとシグナムとゼロも出て来て、

 

「……寂しい思いをさせてしまったな……」

 

「情けねえ……俺がもっとしっかりしてればな あ……」

 

 2人共沈んだ様子でシャマルの傍らに立った。

 

「誰もそんな事は思ってないわ……気に病まないで……」

 

 シャマルは気負い過ぎのウルトラマンの少年に、姉のようにフォローを入れてやる。シグナムも同意して頷くが、

 

「それよりもお前を助けた男……何者だ……?」

 

 例の正体不明の仮面の男である。気が付くと姿を消していたが……

 

「メフィスト達の仲間なのか?」

 

 2人の矢継ぎ早の質問に、シャマルは首を横に振り、

 

「分からないわ……でも魔導師なのは確かよ、 魔法関係の者には違いないわ……少なくとも当面の敵って訳では無さそうだけど……」

 

 シャマルの分析にシグナムは眉を寄せる。また新たなる勢力出現かもしれない。例え当面の敵では無くとも、何れ敵になる可能性が高い。今の自分達に味方が現れるとは考え辛いだろう。

 

「ゼロがネクサスから聞いたという『ダークザギ』なる者の事も気になる……一体何が目的なのか……? 『闇の書』の力を欲していると考えるのが妥当だが……」

 

「それにしちゃあ、やり方が回りくどい気がするんだよな……」

 

 ゼロは頭を捻った。ザギ達は偽物を暴れさせて管理局と敵対するように仕向け、何度も襲撃を繰り返して来る。 正直『闇の書』の力が欲しい割りにはぴんと 来ないやり口だ。

 

「どの道アイツらがまた襲って来たなら俺が迎え撃つ、絶対に『蒐集』の邪魔はさせねえよ」

 

 ゼロは安心させるように不敵に笑って見せる。シグナムは申し訳無さそうに頷き、

 

「済まないが、奴等はゼロが適任だな……頼む……管理局もこれでますます本腰を入れて来るだろう、厳しくなるが……」

 

「あの砲撃で大分ページも減っちゃったし……」

 

 シャマルはしょげて呟いた。せっかく集めたページが砲撃に使ったせいで、十数ページは減ってしまったのだ。その分はまた集め直しになる。シグナムは切れ長の瞳に決意を込め、

 

「あまり時間も無い……一刻も早く主はやてを 『闇の書』の真の所有者に」

 

「そうね……」

 

「おお……!」

 

 不退転の言葉にシャマルとゼロは頷いた。すると背後からヴィータの呼ぶ声がする。

 

「シグナム、ゼロ、はやてが代わってって」

 

 今とてもはやての穏やかな声が聞きたかった。シグナムとゼロは速足気味で家の中に戻って行った。

 

 

 

*******

 

 

 

 所は変わって、アースラチームが駐屯所にしているマンションに、クロノ以下魔導師達が戻って来ていた。リビングに集まったフェイト達はリンディとエイミィを交え、報告とミーティングの最中である。

 

「問題は彼女達の目的よね……」

 

 ソファーに腰掛けているリンディは、頬杖を着いて疑問を浮かべた。クロノも納得が行かないように首を振り、

 

「ええ……どうにも腑に落ちません……彼女達はまるで自分達の意思で『闇の書』の完成を目指しているようにも感じますし……」

 

 2人の会話を聞いたアルフは不思議に思う。

 

「それって何かおかしいの? 『闇の書』ってのも要は『ジュエルシード』みたく、スッゴい力が欲しい人が集めるもんなんでしょ? だったらアイツらが頑張るってのも別におかしくないと思うんだけど?」

 

 リンディとクロノは顔を見合わせた。フェイト達も不思議そうである。クロノは理由を説明する。

 『闇の書』はその性質上『ジュエルシード』 と違って、そんなに自由に制御出来るものでは無く、純粋な破壊にしか使えない。 少なくとも他に使われたという記録は無いという事を説明した。更に、

 

「それからもう1つ……『闇の書』の守護者の性質だ……彼女達は人間でも使い魔でも無い、『闇の書』に合わせて魔法技術で造られた疑似人格、主の命令を受けて行動する……ただそれだけの為のプログラムに過ぎない筈なんだ……」

 

 意外な事実を聞きなのは達は息を呑んだ。その中でフェイトは暗い表情を浮かべる。憎むべき敵がそんな存在だったとは。少女は思わず口を開いていた。

 

「……あの……使い魔でも無い疑似生命って言う と……私と同じ……?」

 

「違うわ!」

 

 リンディが声を発して、それを制していた。

 

「フェイトさんは生まれ方が少し違っていただけで、ちゃんと命を受けて生み出された人間でしょう!」

 

 普段温和な提督が珍しく厳しい様子である。尤もそれは叱責するようなものでは無く、フェ イトを心配しての事だった。

 

「検査の結果でも、ちゃんとそう出てただろう? 変な事を言うもんじゃない……」

 

 クロノも諭すように続ける。フェイトは自分が少々混乱していたのを自覚した。

 彼女はプレシアの娘である事に誇りを持っていたが、クローン体である事に引け目を感じている部分がある。

 リンディ達はそれを察したのだ。良く見ているなとなのはは思う。リンディがフェイトに養子の話を持ち掛けているのは聞いている。友人は色々迷っているようだが……

 

「はい……ごめんなさい……」

 

 フェイトは自分が自虐的な事を口に出して、リンディ達に心配を掛けてしまった事を反省して頭を下げ た。

 そんな中唯1人、事情を知らない孤門だけが何とも困惑した表情を浮かべている。それに気付いたフェイトは、

 

「ごめんね……孤門にはまだ話してなかったよ ね……」

 

 そこでしばし俯いて口ごもってしまうが、心を決め て顔をしっかりと上げた。

 

「私はクローン人間なんだ……母さんが事故で亡くなった私のお姉さん、アリシアの代わりとして……」

 

 フェイトは努めて淡々と一通りの事情を孤門に話した。プレシアの想いを知らなかったら、 まだ口にする事も出来なかったかもしれない。

 なのは達は無言で、気持ちの整理を着けるように話し続ける彼女を感慨深く見守っている。

 

「……」

 

 孤門は黙ってフェイトの話を聞いているが、流石にひどく驚いた様子が伺えた。流石に重い話だ。下手に何か言えるものでも無いだろう。

 聞き終えた孤門はしばらく沈黙していたが、フェイトをひどく優しい眼で見据えると、彼女の肩に優しく両手を置いた。

 

「……フェイトちゃんはフェイトちゃんじゃな いか……クローンだからといって恥じるなんて馬鹿げている……君は誰の代わりでも無い……今此処に居るフェイトちゃんこそが本物なんだ……それは誰にも否定出来ないし、する権利も無い!」

 

「孤門……」

 

 肩に置かれた手に力が籠る。フェイトはその言葉が、嘘偽りの無いものだと不思議と感じる事が出来た。孤門の人柄故だろうか。

 

「ありがとう孤門……」

 

 真摯な言葉にフェイトは元気付けられた気がし、自然微笑を浮かべていた。その様子に皆はホッとする。ここで孤門が下手な事を言っていたら、フェ イトは落ち込んでしまったかもしれない。

 

「話を戻そっか、モニターで説明するね」

 

 場の空気を切り替えるようにエイミィは空間モニターを広げ、ミーティングの続きを再開する。全員がモニターに目を向けた。 画面には『闇の書』以下、シグナム達守護騎士達の映像が映し出される。

 

 ヴォルケンリッターが『闇の書』のプログラムが実体化したもので、何代もの主を渡り歩いている事。

 自らの意思はほとんど無く、主の守護と魔力の蒐集のみを行い、主の命令だけを忠実に実行するだけの者達。『闇の書』の外部戦闘ユニットに近いものである事。

 対話能力は過去の事例で確認されているが、今回のように感情らしきものを見せたのは初めてである事などが説明された。

 なのはは感慨深そうにモニターの守護騎士達を見詰め、

 

「あの帽子の子……ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてた……」

 

 フェイトは複雑そうな顔をしながらも同意し、

 

「……確かに……シグナムからも確かに人格を感じました……ちぐはぐなような気もしますが…… 少なくとも今日のシグナムはそうです……主の為、仲間の為だって……でも何故態度を急に変えたりするんでしょう……?」

 

 彼女の言葉を最後に全員が黙ってしまった。皆何か妙な違和感のようなものを感じたからである。まるで自分達が肝心な所を見落としているような、座りの悪さとでも言うのだろうか。

 

「まあ……それについては捜査にあたっている局員からの情報を待ちましょうか?」

 

 雰囲気を変える意味でリンディが話を纏め、 ミーティングを再開する。

 再び話し合った結果、転移頻度から主がこの付近に居る事が確実な事。『闇の書』完成の前に確保するのが確実であると言う結論に達した。

 まともにぶつかるより損耗も抑えられるし、合理的である。結論が出た所でクロノは、

 

「それにしても……『闇の書』に関して、もう少しデータが欲しいな……」

 

 そこでなのはの肩に乗っている、フェレット姿のユーノに目を留めた。フム……とユーノを改めて見てツカツカと歩み寄り、

 

「ユーノ……明日から少し頼みたい事がある……」

 

「いいけど……?」

 

 何か役に立てるならと、ユーノは即答してい た。フェイトはそのやり取りを尻目に、モニター画面のシグナムをじっと見詰めていた。あの剣士の最後の言葉が頭から離れない。

 

(私の事は信じなくてもいい……ゼロさんを信じてやれって、どういう意味なんだろう……?)

 

 フェイトは自分の掌を見た。シグナムの斬撃を受け止めた時の痺れがまだ残っている。

 

(……悪い人の筈なのに、どうしてあの人の剣はあんなに真っ直ぐなんだろう……?)

 

 少女はそんな事をぼんやりと思ってしまった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 ゼロ達ははやてが作っておいてくれた鍋を感謝して頂き栄養補給を済ませると、休む間も無く『蒐集』に出掛けていた。

 砲撃で減ってしまったページを早く埋め直さなければならない。はやては今日すずかの家に泊まる事になったので、ある意味都合が良かった。

 戦闘からまだ間も無いが時間が惜しい。それぞれ管理局に発見されにくい、遠めの異世界へと転移を開始した。

 

 

 

 

 

 

 2つの太陽が容赦無く地表を照り付ける。広大な見渡す限りの砂漠が拡がる異世界に、軋むような吠え声が轟いた。

 人間大のウルトラマンゼロとヴィータの周りを、巨大な竜を思わせる魔法生物が多数取り囲んでいた。砂漠を揺るがし長大な躯をグネグネとくねらせ、砂の中を水の如く泳ぎ回り包囲を狭める。

 

 周りには既に戦闘不能にした仲間の魔法生物が何匹か倒れている。ゼロとヴィータは囲まれ不利に見えた。 ヴィータはカートリッジが残り少ない。中々厄 介な相手であった。

 

(長引くと不利だ……一気に方を着ける!)

 

 そう判断したゼロは、両手を組み合わせ巨大化を行う。砂漠に巨人となったウルトラマンゼロがそびえ立つが……

 

「おいゼロッ、大丈夫なのかよ!?」

 

 ヴィータはその巨体を見上げて心配そうに声を上げた。ゼロの『カラータイマー』がもう赤く点滅しているのだ。

 『闇の巨人』達との死闘から幾らも経っていない。エネルギーチャージの時間などある訳が無かった。

 この世界の太陽光線が強いお陰で、辛うじて巨体を維持している状態である。巨大化も1分すら保たないだろう。

 

『何言ってやがる、俺はウルトラマンゼロ! セブンの息子だぜ。これくらい屁でもねえ!!』

 

 ゼロは雄叫びと共に、蠢く魔法生物の群れに立ち向かう。

 

「へっ……強がりやがって!」

 

 ヴィータは苦笑していた。自分と性格が似ているゼロの考えなどお見通しだ。彼女もこんな時、絶対に弱音を漏らしたり退いたりしない。

 小さな騎士はゼロに続き、地を蹴って空に飛び上がった。

 

「さっさと片付けんぞ! 帰ったらシャワーでサッパリして、美味しいご飯だ!!」

 

『そいつは最高だなあっ!』

 

 応えながらゼロは、魔法生物の巨体に正拳突きを叩き込んで吹き飛ばし、ヴィータの『グラーフアイゼン』が唸りを上げて炸裂する。 2人は同時に一際大きな群れに向かって突撃した。

 

 

 

************

 

 

 

 翌日の午前中。はやては月村家をおいとまし、メイド長のノエルに車で送られ自宅に向かっていた。

 我が家への道すがら、はやてはノエルと世間話をする。整った冷たい感じのする人だなと 思っていたが、話してみると意外に気さくな人だった。

 色々話している内に自然話はゼロ達家族の話題になり、はやては一部誤魔化しながらも一通りを話していた。

 

「そうですか……ご親戚の皆さんが一緒だと、賑やかでいいですね」

 

「はいっ、何やこう……毎日が楽しいです」

 

 ノエルの感想にはやては、噛み締めるように応えていた。改めて話すと今までの皆との日々が思い起こされる。

 必ずしも平穏無事な日々とは言い難かったが、はやてにとって大変な時も含めて宝石のような日々だった。

 

(そっかあ……みんなが来てから結構経つんや な……)

 

 はやては流れる景色に目をやりながら、しみじみ思う。それだけで心がポカポカと温かくなる気がした。

 

 

 

 

 シグナムはリビングのソファーに座り込み、目を閉じて休息を取っていた。同じく床に伏せて休息を取る狼ザフィーラの姿もある。

 先程『蒐集』を終え戻って来たばかりだ。其処に同じく帰って来たシャマルが身支度を整えて入って来た。

 

「シグナム、はやてちゃんもうじき帰って来るそうよ」

 

「……そうか……」

 

 目を開け顔を上げたシグナムの表情に、微かに笑みが浮かぶ。シャマルはエプロンを着けながら、

 

「ヴィータちゃんとゼロ君はまだ?」

 

「かなり遠出らしい……一通りは終わったようだ。もうじき帰って来るだろう……」

 

 シグナムは説明すると立ち上がり、冷蔵庫に歩み寄る。

 

「貴女はシグナム……?」

 

「何がだ……?」

 

 シャマルの質問にシグナムは、冷蔵庫を開けながら怪訝な顔をした。

 

「大丈夫? 大分魔力を消耗しているみたいだけど……」

 

 そう言う事かとシグナムは、少しからかうように微笑し、

 

「お前達の将はそう軟弱には出来ていない……大丈夫だ……」

 

 安心させるように頼もしい台詞を吐き、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。

 

「……貴方も随分変わったわよね……」

 

 シャマルはそんなリーダーを感慨深く見詰めて、しみじみと続ける。

 

「昔はそんなに笑わなかったわ……」

 

 此処に来る前は表情に乏しく、笑う事はあってもそれは敵に対する戦鬼の笑みを浮かべるのが殆どだった。シャマルにしてみれば新鮮である。一見判り辛いが、表情が柔らかくなって来たと思う。

 

「前なんて本当武骨で、男顔負けの如何にも騎士って感じだったのに、最近何処と無く女性らしくなったようよ」

 

「そうだったか……? しかし女性らしくなったとは酷いな……それでは前は男そのものだったという事ではないか……?」

 

「そうとも言えるわね……」

 

 自覚が無いシグナムに、シャマルは悪戯っぽく片目を瞑って見せると、床に伏せているザフィーラに目をやり、

 

「私達全員本当に変わったわ……みんなはやてちゃんが私達のマスターになって、ゼロ君と一緒に戦ってからよね……」

 

「……そうだな……」

 

 シグナムも感慨深く応えた。温かさと安らぎの日々。そして今まで経験した事の無い、名も知らぬ多くの人々を助ける為に戦うという、正に騎士として誇るべき戦いの数々……

 

(……主はやてと、ゼロのお陰か……)

 

 今此処に居ない2人に想いを馳せていると、当の片方のゼロとヴィータが帰って来た。

 

「帰ったぞぉっ、どうやら間に合ったか? はやてはまだ帰ってないよな?」

 

「うう~っ、砂でジャリジャリする~っ」

 

 2人共砂っぽい出で立ちで、玄関先でしきりに砂を払っている。家に入れる程度に砂を落とし玄関先を掃き終わった頃、グレーの高級車が家の前に静かに停車した。はやてが帰って来たのである。

 

 

 

 

「ああ~、落ち着いたあ~」

 

「お疲れさまでした、主はやて……」

 

「あはは……遊びに行っといて、お疲れ言うのもアレやけど……」

 

 はやてはシグナムの丁重な労いの言葉に苦笑する。全員に出迎えられ、小さな主はリビングのソファーに座らせて貰いくつろいでいた。

 

「シグナム、昨夜とか何か不自由なかったか?」

 

 はやての心遣いにシグナムは微笑し、

 

「いえ……何1つ、夕食も美味しく頂きました」

 

「大丈夫だよはやて、鍋もギガ美味だったよ」

 

 ヴィータが続けて、思わずはやてに飛び付こうとしたが、まだ砂っぽかったので我慢する。この様は砂場で派手にゼロと暴れたからと言って誤魔化した。

 シャマルに促されて風呂場に走って行くヴィータを見送っていると、不意に『闇の書』 がはやての元に転移して来た。

 

「あれ? 『闇の書』が……」

 

 人恋しげに彼女の周りをフワフワ浮いて回っている。

 

「どうしたの? 急に現れたりして」

 

「起動はしていませんね……待機状態のままです」

 

 シャマルとシグナムは不思議そうに『闇の書』を見上げた。はやては首を傾げ、

 

「んん……一晩開けたん久し振りやったから、もしかしたら寂しかったんかな? おいで『闇の書』よしよしっ」

 

 子犬のようにまとわり付く『闇の書』を膝に乗せ、優しく撫でてやる。その様子はほぼペットと飼い主のようだった。

 

「前よりもはやてに懐いてんな……」

 

 ゼロは微笑ましい光景にほっこりするものを感じた。この笑顔を守らなければと誓いを新たにしていると、

 

「あははは~……ふあああ~……」

 

 はやてが可愛らしい欠伸をした。目がトロンとして来ている。眠気が襲って来たらしい。

 

「あはは……あかん……昨夜は話し込んでしもて……ちょう睡眠時間が足りてない……」

 

 はやては大きな目をショボショボさせている。小動物を見守るような気持ちの皆に、

 

「すずかちゃんちのベッド……ごっつフカフカで何や緊張したし……」

 

 眠い目を擦る。それなら休んだ方がいいと言うシグナムの勧めに、ご飯支度時に眠くなっても困ると思ったはやては休ませてもらう事にした。

 もうコクリコクリと船を漕ぎそうな程眠そうだ。初めての友人宅へのお泊まりで、少し気を張っていたのかもしれない。それが家に帰って来て気が抜けたのだろう。

 はやてはシグナムにお姫さま抱っこされて部屋に連れて行ってもらい、二度寝する事になった。

 

 シグナムがはやてを連れて行った後、ゼロはシャマルにはやての身体に異常が無いか聞いてみた。本当にただの寝不足なのか気になったのだ。

 幸いシャマルがさっき密かに調べてみた所、特に変わりは無いそうだ。麻痺の進行具合が少しずつ進んでいる事も含めて……

 

 しばらくして、はやてを寝かし付けたシグナムが戻って来た。何か釈然としない顔をしている。ゼロが不審に思って声を掛けようとした時、

 

「おっ……?」

 

 急に力が抜けたように膝が曲がり、ゼロは床にドスンとひっくり返ってしまった。

 

「どうしたゼロ!?」

 

「ゼロ君!?」

 

 明らかに不自然な転び方に、慌てたシグナムとシャマルが助け起こそうとするが、

 

「いけねえいけねえ、砂で滑っちまったぜ……」

 

 ゼロは何でもないように照れ笑いし立ち上がろうとするが、シグナム達は気付いた。彼に相当な疲労が溜まっている事に。

 無理も無かった。ここの所エネルギーチャージの時間もほとんど取れないまま、無茶な連続戦闘を続けて来たのだ。ルシフェル達との戦いで流石に無理が来たのである。

 ゼロは助け起こそうとする2人の手を、やんわり断って立ち上がり、

 

「大袈裟だなお前ら……たかが足を滑らしただけだろう?」

 

 如何にも大した事が無さそうに強がって笑うと、

 

「やっぱりかよ……この意地っ張り! ゼロお前、デカくなんのも、1分も保たなかっただろうが!?」

 

 風呂から上がって来たヴィータだ。丁度今のやり取りを聞いていたのである。

 

「あっ、ヴィータお前っ、あれは今日はタイマーが月に一度赤く光る日だからって言っといただろうが?」

 

 慌てるゼロだが、ヴィータはとても呆れ顔で、

 

「アホかっ!? カラータイマーの事は前に自分で説明しただろうが? そんな下手な言い訳、幼稚園児でも信じねえよ!」

 

 最もな事を言われて、ゼロはタジタジになってしまう。するとシグナムがシャマルに目配せし、

 

「シャマル頼む……」

 

「はーいっ」

 

 シャマルはニッコリ良い顔で笑うと、暗緑色の空間ゲートを作り出し右手を突っ込んだ。『旅の鏡』である。

 

「うおっ?」

 

 突然ゼロの胸の辺りから、シャマルの右手がニョッキリ生えたかと思うと、内ポケットから『ウルトラゼロアイ』を素早く抜き取ってしまった。

 

「ななっ、何すんだぁっ? 返せ!」

 

 以前の件で少々トラウマ気味のゼロは焦って抗議するが、シャマルからゼロアイを受け取ったシグナムは涼しい顔で、

 

「これは預かっておく……お前は少し休め、それ以上消耗すると、ルシフェル達が出て来ても対抗出来ん上に、主にも怪しまれるぞ……?」

 

「ぬっ……」

 

 理を持って諭されるとゼロも反論のしようが無い。渋々ながらも休む事を承知した。

 

 結局無理をしないようにと、『ウルトラゼロアイ』は取られたままである。

 スゴスゴと浴室に向かうゼロの後ろ姿を見てシグナム達は、甘え過ぎていた事を痛感した。 床に伏せていたザフィーラが身を起こし、

 

「せめて……エネルギーチャージが終わるまでは休んでいてもらおう……」

 

 自らを戒めるように言葉を発する。負担を掛け過ぎているのは判っているが、現状ではどうしようもない。

 

「ああ……そうだな……」

 

 シグナムは沈痛な様子で頷くと、ウルトラゼロアイをスカートのポケットに仕舞った。そして守護騎士達を見回し、

 

「それと実は一つ、気になる事がある……」

 

 改まったリーダーの様子に、一同は只ならぬものを感じた。

 

「昨夜主はやてと電話でお話している時に、主が私の事を『烈火の将』と呼ばれた……」

 

 何の事か解らないシャマル達だが、シグナムは更に続け、

 

「ヴォルケンリッター烈火の将ともあろう者が、そんなに落ち込んではいけないと……」

 

「その二つ名って!」

 

 ようやくそれが何を意味するか悟ったシャマルが声を上げる。シグナムは頷き、

 

「私達の間でわざわざ使う名ではない……私をそう呼ぶのは『闇の書』の『管制人格』だけだ……」

 

「だがシグナム……以前主は『闇の書』の記憶を垣間見られている。その時に二つ名の事が含まれていたのではないか?」

 

 ザフィーラの意見に、シグナムは首を横に振り、

 

「いや……気になって昨晩ゼロに確認してみた が……あの時の記憶に『管制人格』関連の事は一切含まれていなかったようだ……それとなく臭わせても反応は無い、ゼロは全く知らなかった、当然主も……」

 

 一同は沈黙してしまう。不安感が守護騎士達の胸を締め付けた。八神家を覆う闇はまだ深い……

 

 

 

つづく

 

 




 小劇場

 後の事である。

「シグナム、ゼロアイちょっと貸して」

 ヴィータがとてとて寄って来て、手を出して来た。

「何に使うのだ……?」

 シグナムは怪訝に思いながらも、スカートに仕舞っていたウルトラゼロアイを取り出し渡してやる。

「へへへ……ちょっとな……」

 ヴィータはニンマリ笑うと、二つ折りになっていたゼロアイを開き、

「デュワッ!」

 ちょっと格好つけて両眼に装着してみるが、 当然何も起こらない。ヴィータは詰まらなそうにゼロアイをシグナムに返し、

「変身出来ねえじゃん……」

「当たり前だ……これはゼロが元の姿に戻る為のデバイスだぞ、他人にとって何の役にも立たない……」

 シグナムは聞いただけのクセに、したり顔で説明してやる。

「まあいいや、一回やってみたかっただけだし、じゃあなっ」

 ヴィータはリビングを出て行った。 シグナムもリビングを出て休む事にする。廊下を歩いてる最中、ふとゼロアイを持ったままだった事に気付いた。
 しばらくの間カラフルなそれをじっと見詰めていたが、辺りをキョロキョロ見回すと、

「デュワッ……」

 小声で声を出しながらゼロアイを着けてみた。やっぱり何も起こらない。

「まあ……そうだろうな……」

 ちょっとした悪戯心である。誤魔化すように軽く咳払いしてゼロアイを外した時、ふと気配を感じて顔を向けると……

「何……やってんだ……?」

「!?」

 其処にはキョトンとしている、ゼロの姿が在った。
 シグナムの顔が見る見る内に真っ赤になる。愕然とする彼女の手から、ゼロアイがカラリと乾いた音を立てて床に落ちた。

 という事が有ったとか無かったとか?

 次回『記憶-メモリーズ-』

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