夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第4話 海鳴の雪や

 

 

 とある組織が『第97管理外世界』と呼称する平行世界の地球に、ウルトラマンゼロが流れ着いてから4ヵ月の時が経っていた。

 

 季節は既に10月に入っている。9月の残暑もようやく落ち着き、過ごしやすい気候だ。爽やかな秋の微風の中、色付いて来た森の木々や、紅く色付き始めた紅葉が気持ち良さげに揺れている。

 

 此処は海鳴市の中心から数十キロ離れた山の中だ。人が容易に立ち入れそうも無い険しい森である。大きな原生林が立ち並ぶ森の中に、ポッカリと忘れ去られたように空き地が在った。

 

 様々な要因が重なり、希に森の中に偶然このような場所が出来る事がある。青々と野草が芝生のように茂り、ちょっとしたグラウンドのようであった。

 

『デヤァッ!!』

 

 山中に裂帛の気合いが木霊する。声の主は『ウ ルトラマンゼロ』であった。丁度広場の中央で、人間大のゼロが拳を繰り出している。

 

 鍛練の真っ最中だ。どんな状況であろうが己を鍛えるのは怠らない。伊達に『ウルトラマンレオ』の弟子ではないのである。身体を動かさないと落ち着かないせいもある。

 

 この広場はゼロが偶然見付けた場所で、人目を気にせず訓練が出来るので良く使っているのだ。

 

 ところで今日のウルトラマンゼロの姿は何時もと違っている。銀色に輝く鎧を着込んでい た。

 この鎧は『テクターギア』と言う代物で、頭部と上半身、腕部をすっぽり覆い、関節部や身体全体に負荷が掛かるようになっている。光線も撃てないようになっているようだ。

 

 防御力を高める為の物では無く、訓練の為のギブスである。重量も相当なものだ。人間が着けた場合重さで圧死してしまうだろう。

 

 ゼロは訓練に良いと今でもテクターギアを使っているのだ。以前『光の国』を追放され、流刑先のK76星でレオ兄弟にしごかれていた時は四六時中着けさせられていた鎧である。

 この時は自分で脱げなかったのでゼロは、外 せと散々文句を言ったものだが、結局また使っている所を見ると結構気に入っているのだろ う。

 

 ゼロの訓練の様子を、少し離れた場所の倒木にチョコンと腰掛け、はやてが見学している。 今回は一度訓練を見せて欲しいとお願いされ、 早朝暗い内に彼女を抱えて飛んで来たのだ。

 

 はやては興味津々でゼロの訓練風景を見学している。現実世界で見れるものでは無いので、ちょっと所では無いエンターテイメントだ。今ゼロは空手の型に似た動作をしている所である。

 半身で左手を突き出す『ウルトラマンレオ』 直伝の『レオ拳法』

 元の『宇宙拳法』に、地球の空手などを融合させたレオ独自の武術である。

 

 空手の型と同じく、レオ拳法の型の中には攻撃防御全てが含まれており、攻防一体のコンビネーションの修練にもなる。みっちりと叩き込まれたお陰で、格闘戦は強力無比のゼロであ る。

 しかもそのスピードは人間の比では無い。凄まじい風切り音が鳴り、回し蹴りの衝撃波だけで数十メートル先の大木が、強風に煽られたようにザワッと揺れる。

 かと思うと一気に天高く跳び上がり、まるで ワイヤーアクションの如く空中で回転し、気合い一閃大砲のような蹴りを放つ。

  脚が空気との摩擦で真っ赤に赤熱化する程の一撃。同時にキックの速度が音速を超え、耳をつんざくソニックムーブの轟音が山中に木霊した。

 

 

 変身しての訓練を終えたゼロは人間体に戻り、はやてから飲み物とタオルを受け取って一休みしていた。そんな超人少年にはやては感心しきりである。

 

「凄いわあゼロ兄……CG無しの本物の超人の特訓なんて、まずお目に掛かれんもんなあ……」

 

 巨人も凄いが、等身大でのアクションも圧巻だ。はやては興奮を隠しきれない。ちょっと照れてしまうゼロである。

 

 誤魔化すようにスポーツドリンクを一気に飲み干す。身体に染み込むようだった。タオルで汗を拭うと、火照った身体に爽やかな山の風が心地好い。

 

 こういった生理現象も悪くないとゼロは思った。しばらくその感覚に身を任せノンビリしていると、はやてがデジタルカメラを取り出して来た。

 

「ゼロ兄此処は景色もええし写真撮ろ? おじさんに送ろ思うし」

 

「ああ……親父さんの友達で、援助してくれてる人だったな?」

 

 ゼロは何度かはやてから聞いた話を思い出した。その人のお陰ではやては不自由無く暮らせ、ゼロも路頭に迷わずに済んでいる。

 

「会った事はねえんだったな……?」

 

「うん……外国暮らしやし、お手紙のやり取り位やね……顔も良く知らんし」

 

 はやては特に気にしている様子も無い。勿論感謝はしているが、一度も会った事も無く交流も此方の近況を伝える程度だったので、反応の仕様が無いようだ。

 

 ゼロはカメラを手前の倒木にセットし、はやての隣に座る。少々照れ臭かったがカメラを見ながら、

 

(グレアムのおっちゃん、ありがとな……はやての手助けをしてくれて……)

 

 まだ見ぬ人物に、感謝の思いを籠めて心の中で礼を言った……

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 数日後。ゼロは近所のコンビニエンスストアに買い物に来ていた。ちょっとした物が切れていたので、その買い出しである。

 

 少し雑誌を読んでみる事にする。これも地球の勉強の一環のつもりらしい。その時たまたま手にした週刊誌の記事を見て、ゼロはハテ? と首を傾げた。その記事には……

 

『人間の屑。ヒモ男の呆れた実態調査』

 

 とあり、人間の屑か……どういう人間なのだろう、余程酷い奴なのだろうなと続きを読んでみる。

 

『女性に生活資金から全ての金銭面の補助を受け、働かずに暮らしている人間の屑。死ね!』

 

「…………」

 

 何故か言葉を失ってしまった。死ねはあんまりではないか、と顔が引きつるのを感じながらも、恐る恐る続きを読んでみる。

 

『ヒモの定義。自分の住居を持たず女の家に転がり込んでいる。やっぱり働いていない』

 

 ゼロは雑誌を手にしたまま斜めに傾いてしまっていた。器用なものである。別にふざけているのでは無く、相当に衝撃を受けてしまっているようだ。

 

(コイツはどう考えても、俺のごどだよな?  そうだよな!?)

 

 心の中で叫んでいた。取り合えず声に出さなかったのは上出来である。一通りの衝撃が過ぎ去ると、今度は斜めのまま、ガックリと肩を落として落ち込んでしまった。

 

(やべえ……このままじゃ駄目な気がする……こ れじゃあウルトラマンじゃ無くてヒモトラマンだ……)

 

 混乱してそんなしょうもない事を考えてしまう。先程から雑誌を手に斜めに傾いて固まったり、ぶつぶつ独り言を呟いているので凄く挙動不審である。

 

「こんなんじゃあ駄目だ!!」

 

 ゼロは90度近く傾いている状態から、バネ仕掛けのようにビョンッと体勢を立て直すと、 ダッシュで店を飛び出した。

 その後ろ姿を他の客や店員が可哀想な人を見る目で見ていた。

 

 

「はやて、俺はヒモだな?  ヒモだよな!?」

 

 買い物から帰るなり、ダッシュでリビングに飛び込んで来たゼロの質問に、はやては作業の手を止めポカンとしてしまった。

 

「ゼロ兄ぃ、一体何の話なんや?  全然話が見えへんのやけど……」

 

 そう言いながら、今まで作っていた物をさり気なく後ろに隠す。ゼロは気付いていない。

 

「あっ、アレだ……働かないヒモだ!」

 

 それを聞いてはやてはピンと来た。どうやらまた妙な勘違いをしたのだなと可笑しくなる。 偶にゼロは変な勘違いをする事があるのだ。

 まあ全く違う環境で暮らしているので、無理は無いのだが。はやてはそんなゼロを可愛いと思ってしまう。

 実年齢は人類を遥かに超えているようだが、 人間で言うとせいぜい高校に上がった位らしいので納得した覚えがある。それはともかく誤解を解いてあげる事にした。

 

「ゼロ兄はヒモさんなんかやあらへんよ?  今は家の家事を沢山やってもろてるやない の?」

 

「むう……」

 

 ゼロは現在家事手伝いなどをしている。はやては脚が不自由なので、今までは週に何度か通いのハウスキーパーを頼んでいたのだ。

 今はそれを辞め、ゼロが代わりに洗濯や掃除、買い出しなどをこなしているのである。役に立ちたいとゼロから言い出したのだ。

 

「だからゼロ兄は何も気にする事はないんよ?  お小遣いかて、そのお礼みたいなもんやし」

 

「そ、そうか……違うんだな……?」

 

 はやての説明にゼロは安堵の表情を浮かべた。流石にウルトラマンが、ただ飯食らいと書いて居候なのは不味いと思ったようである。

 

(そんなん気にする事あらへんのに……)

 

 判り易く復活して胸を撫で下ろすゼロを見 て、ちょっと複雑なはやてであった。

 

 

 

 ソファーに座ったゼロは、はやてに煎れて貰ったお茶を美味そうに飲んで一息吐くと、

 

「そういや……もうすぐクリスマスってイベン トが近いらしいな……それ関係らしい物を売り出し始めてたけどよ。そんなに大掛かりもんなのかクリスマスってヤツは?  俺が聞いたのは 『ウルトラの父』がさんたって奴に化けた事位だな……」

 

「その言い方やと、ウルトラの父さん言う人が悪さしたみたいになっとるよ……? まあ、人にもよるんやろうけどみんな祝うんや。今年は張り切って準備せなあかんな」

 

 はやてはツッコミを入れつつも、簡単に説明 し、ほっこり笑って腕捲りして見せる。気合いが入っているようだ。

 誰かとクリスマスを祝うなど久しぶりだ。 今までは心配した石田先生の誘いもやんわりと断り、当日も準備も何もせず独りで過ごして来たのだから……

 

 虚しいだけだと思っていたクリスマスだが、 この浮き世離れした少年に地球のクリスマスを味あわせたいという想いは、想像以上にはやてを浮き立たせた。

 

 だから今の彼女は気合いが入っている。誰かの為に何かをしたい、喜んだ顔が見たい、それが彼女の本質なのだろう。優しい子なのだ。

 ゼロと世話し世話されの生活は、はやてに活力を与えていた。そんな事までは思ってもみず、ゼロはふと気になった事を聞いてみる。

 

「地球ってシュウキョーってヤツが重要だよな?  それで喧嘩したり戦争になっちまったしてるみたいだしよ……なのに日本だと他のシュウ……宗教の行事も平気で祝うんだな?  テキ トーなのか?」

 

 異星人の素朴な疑問だった。他の国と比べて言っては何だが、こう節操の無い国はあまり無い。はやては少し思案し、

 

「適当と言うよりおおらかなんやないかなあ……? 日本に入って来たらどんな神様も同じやみたいな感じで……喧嘩になるよりよっぽどええよ……何しろ日本には八百万(や おろず)の神様が居るから、今更増えても気にしないんやない?」

 

 読書家のはやては、幾分おどけた感じで意見を述べる。実際はもう少し複雑怪奇だが、今のゼロに説明してもこんがらがるだけだと思い、この辺りにしておいた。

 ゼロははやての意見を聞いて、何だかそっちの方が気楽そうでいいなと思った。

 

 

 その後、本やテレビなどからクリスマスの知識を一通り頭に叩き込んだゼロは、クリスマスプレゼントなる物が重要だという事を理解した。

 それは子供が何より楽しみにしている、正にクリスマスの花形であると。サンタクロースに関してはやてに聞いた所……

 

「私の所には長い事来てくれへんなあ……」

 

 冗談混じりに、しかし何処か寂しげに笑うの で、ゼロはサンタという奴後で締める! とその時は誓ったものだ。 まあ……それも勘違いだと判り、色々考えた 結果、

 

(よし、なら俺がクリスマスプレゼントをはやてにやればいいんだな!)

 

 と言う結論に達した。しかし其処でまた悩む。こういった場合本人には秘密にするくらいは分かっている。プレゼントに関する事は『光の国』と変わらない。こうなれぱ自分で考えるしか無い。

 

 

 

 

 数日後。ゼロは買い物ついでに商店街を見て回っていた。良さげなクリスマスプレゼントを探して歩いているのである。しかし中々これという物が見付からない。

 

「はやての欲しがりそうなものか……縫いぐる み……本……?  犬を飼ってみたいとか聞いた気がするが……そういうのはプレゼントじゃねえ し……第一はやてと相談しねえと駄目だ……」

 

 ぶつぶつ言いながら人通りの中を歩いていると、こじんまりしたアクセサリーショップを見付けた。シックで落ち着いた感じの店である。

 ショーウィンドを覗いてみると、綺麗なブローチや指輪などがこ洒落た感じで飾られてい た。

 

「こういうのも、いいか……」

 

 店に入りしばらく店内を歩き回っていると、 ガラスケースの中のペンダントが目に入った。 金色の剣十字を型どったペンダントである。

  はやての部屋に在る、鎖で縛られた本の表紙のデザインに偶然にも似ている。中央に紫の石がはめ込まれている点は違うが。

 

「これだ!」

 

 ゼロは思わず叫んでいた。一目見て即決である。これ以外にはもう考えられなかった。周りの客達から変な目で見られてしまったが、そんな事よりと、値札を確認してみる。

 

「…………」

 

 自分名前と同じ0の数を見て表情が強張る。 財布を取り出し中身を確認してみた。

 

「無念なり……」

 

 まったく足りなかったようである。ゼロはガラスケースの前でしばらく考え込んだ。かなり高価なものらしい。

 

(どうすっか……? 足りない分ははやてから貰うか……)

 

 そんな風に考えていたゼロの頭の中に、紐を持ってラインダンスを踊りながら手招きする、 スーパーなサ〇ヤ人や金ぴか偉そう王が何故か浮かんだ。

 その意味は良く解らなかったが、あっちに行ってはいけないという事だけは判った。携帯も買って貰ったばかりである。買って貰って……

 

「良し、それなら自分で金を稼いで、コイツを世話になってるはやてにプレゼントしてやるぜぇっ!」

 

 拳を握り締め、固く決意するゼロであった。 途中から全部口に出してしまっている。

 高校生位の少年が顔を真っ赤にして頑張ろうとしている光景は微笑ましく、周りの客や店員は察して温かい視線を向けて来た。その事に気付きゼロは思いっきり顔を赤面さ せる。

 

(不覚っ!)

 

 だが恥ずかしいからと言ってこのまま逃げ出す訳にもいかない。ゼロは妙に温かい視線の中、恥ずかしさを堪えて店員にペンダントを指差して見せ、

 

「すんません! これ予約したいんです! 金は必ず払います!」

 

 ヤケクソ気味に頼んでいた。20代程の女性店員はとても良い笑顔で、

 

「はい、必ず取って置きますよ、頑張ってね?」

 

 と励まされてしまい、ゼロは穴が在ったら入りたい気持ちである。羞恥に耐えながら予約手続きをする羽目になってしまった。

 

 

 ゼロは店でのポカは忘れる事にして、お金を稼ぐアルバイトとやらをやってみようと決心した。はやてにバレないように、色々とアルバイト雑誌などで調べてみる。

 短い期間で稼げ、自分で日数と時間を選べるバイトを探してみるとそれなりに有った。その代わり仕事内容は肉体労働が多くハードだ。だが体力には自信がある。

 

(見てろよ……稼ぎまくってやるぜ!)

 

 メラメラ燃えるゼロであった。こうして彼の家事との掛け持ちバイト生活が始まったのである。

  ここでウルトラマンの超能力で金を稼ごうなどとは、思ってもみない辺りがゼロらしいと言うか、ウルトラマンらしい。

 

 

 

 

 

 

 昼間は普段通り家の仕事をこなし、はやてが図書館に行っている時や、病院での検査の間にバイトに出掛ける。

 更に夜中にやっているバイトをこなした。戸籍上は未成年なので書類はいじくってなに食わぬ顔で大人に混じる。ガタイはいいので堂々としていれば意外に何も言われない。

 

 ある日は夜間のスタジアムでの器材搬入のバイトで両手で器材を担ぎ、またある日は夜間の突貫工事で力仕事といった具合である。

 ハードではあったが、それもまた新鮮な体験だった。ゼロがその馬鹿力と体力で、あまりに熱心に働くものだから、監督さんが感心してバイト代に色を付けてくれたりして感激したものである。

 

 そんな慌ただしい日々があっという間に過ぎて行き、クリスマスまで後10日。目標金額までもう少しというある日。ゼロは図書館にはやてを迎えに来ていた。

 車椅子を押し夕暮れの中家へと向かう。ゼロの足音に少々元気が無いようである。はやてはそれに気付き、

 

「ゼロ兄、何か最近疲れとらん……? 今も疲れた顔しとるよ」

 

「いや……近道しようと思ったら、また迷っちまってな……」

 

 取り合えずゼロは苦笑いを浮かべて誤魔化し ておく。

 

「なあんや、また迷ったん? 気い付けなあかんよ?」

 

 はやては笑いたいのを堪えながら、保護者のように注意しておく。今までも何回かあった事なので特に不審には思わなかった。

 

 本人いわく、何時も空を飛んで移動していたので、つい道に関係無く直進して迷ってしまうそうである。

 それにゼロの性格上、早く目的地に着きたくて適当な道に入ってしまい、更に状況を悪化させてしまう。人間より遥かに知能指数が高いのに台無しであった。

 

 しかし今日は誤魔化そうとした辺り本当は違う。隠れてのバイト漬けの日々は確かに楽では無いが、体力には自信があるのでまだ保つ。原因は今日のバイトであった。

 割りのいいバイトだった。2時間座っているだけで数万円になる、結婚式の出席者代理という変わったものだ。運良く取れたバイトである。

 見栄っ張りな人や、出席者人数が新郎新婦とであまりにバランスが悪い時などに依頼が来る。居心地の悪さを我慢すれば楽な仕事だったのだが……

 

 式の途中、新郎の元カノ達が大挙して押し掛 け(10人)大喧嘩。更には新郎の父と新婦の母親との不倫が何故か発覚し、修羅場と化してしまった。

 怒号が飛び交い、新郎はキ〇肉バスターやらパ〇スペシャルを食らい泡を吹いていた。あの後どうなったのか考えたくも無いゼロである。ちょっと人間は恐ろしいと思ってしまった。

 それで体力的より精神的にキテしまったのだが、楽しそうなはやてを見て、

 

(もう一踏ん張りだ!)

 

 自分を奮い立たせるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 クリスマスイブ当日。その日はどんよりと曇り空が広がっていた。そんな中を商店街を進む車椅子の少女とそれを押す少年の姿がある。

 はやてとゼロだ。クリスマスパーティーの買い出しである。

 

 ケーキの材料や、チキンなどのパーティー料理の材料を買い込む。はやては余程楽しいのか、朝からテンションが高い。 ゼロも華やいだ街の雰囲気と、はやてに当てられて何だか楽しくなった。元々賑やかなのは好きだ。

 

 買い物を終え、沢山の買い物袋と買い物バッグを抱えたゼロと、膝に同じく買い物袋を載せたはやては帰路に着いていた。

 

 はやては車椅子を操作しながら、飾り付けはどうするだの、ケーキはこうなどと段取りに余念が無い。ゼロは期待に胸を膨らましている。 そんな2人の前に、はらりと白いものが舞い落ちた。

 

「雪や……」

 

 はやては気付いて空を見上げる。ゼロも空を見上げた。灰色に曇っていた空から、はらはらと真っ白な雪が舞い降りて来る。

 

「これが雪か……綺麗なもんだな……」

 

 初めて見る本物の雪に、ゼロは魅せられたようにしばし見惚れた。星の輝きとはまた違った美しさだと思う。何処か懐かしいような気もした。

 

「今年はホワイトクリスマスやね……明日には積もるかもしれんなあ……ゼロ兄帰って準備や。濡れん内に早よう家に帰ろう?」

 

 はやての声で我に返ったゼロは、降り始めた雪の中を足早に歩き出した。

 

 

 自宅に戻った2人は早速準備を開始した。ゼロはまず物置からツリーセットを引っ張り出して来て飾り付けし、はやては腕によりを掛けてクリスマスケーキや、鳥の丸焼きなどのクリスマス料理を作る。

 

 張り切り過ぎて料理の量が半端ない事になってしまったが、ゼロはペロリと平らげてしまった。そんな少年を見てはやては満足げだ。本当に楽しそうであった。

 

「ホンマにゼロ兄は食べさせ甲斐があるなあ……」

 

 4切れ目のクリスマスケーキにかぶり付いているゼロの食べっぷりを、はやてはニコニコして眺めている。

 

「はやての料理がスゲエ美味いから、幾らでも入るぞ、もぐもぐ……」

 

 言葉通り更に5切れ目に手を伸ばしている。 本人は気付いていないが、至福の表情を隠しきれていない。甘いものもすっかり気に入ってしまったようだ。

 

「また……上手いんやからゼロ兄は……」

 

 心からの褒め言葉にはやては照れていたが、 そこで後ろに隠してあった紙袋を取り出した。 綺麗なリボンを掛け、可愛らしくラッピングして ある。

 

「ゼロ兄にクリスマスプレゼントや……」

 

 少し照れ臭そうに、両手でゼロにプレゼントを手渡した。

 

「す……済まねえな……」

 

 受け取ったゼロはちょっと焦った。昨日ようやく買えたプレゼントを何時渡そうかタイミングを掴めずにいたら、この不意討ちである。

 プレゼントを渡す事で頭がいっぱいで、自分が貰うとは夢にも思っていなかったのだ。

 

「開けてもいいか……?」

 

「うん……」

 

 ゼロは少し自信無さげなはやてに聞いてから、包みを開けてみる。中には赤と青のツートンカラーのマフラーと手袋が入っていた。アルファベットで『ZERO』の文字が入っている。

 

「これ、はやてが作ったんだな……?」

 

 ゼロのウルトラマン形態をイメージして編まれたものだった。良く見ている。ウルトラマンゼロの特長をしっかり捉えていた。

 

(そういや、偶に何か隠してたりしてたな……)

 

 大分前からコツコツ編んでいたのだろう。はやては俯き加減で、

 

「ごめんな……あんまり上手く出来なかったんやけど……ゼロ兄寒いの苦手みたいやったから……」

 

 しどろもどろになっている。父親譲りで、寒いのはあまり得意では無いと前に言ったのを覚えていたのだ。ゼロはマフラーと手袋をそっと撫でてみる。 胸の辺りがポカポカ温かくなる気がした。

 

「ありがとなはやて……作るの大変だったろ……? 俺は最初からはやてに、世話掛けてばっかりだな……」

 

「何言ってるん? 世話なんて掛けられとらん よ……そんなに大変でも無かったし、気にせんどって……」

 

 改まってお礼を言うゼロに、はやては慌てて何でも無いように振る舞おうとするが、あまり成功したとは言えなかった。ゼロにでもこれが大変手間の掛かるものだと判る。

 

(そう……はやてはこういう子なんだよな……)

 

 微笑みが溢れる。自然テーブルの下に隠していた包みを取り出 していた。まだ照れている少女の前に、細長いプレゼントの小箱を差し出し、

 

「こっちもはやてにクリスマスプレゼントだ」

 

「えっ? 私に……?」

 

 はやては驚きながらも、プレゼントの小箱を両手でしっかり受け取った。

 

「あ……ありがとうゼロ兄ぃっ」

 

 華やいだ笑顔を浮かべる。ふわりと花が咲いたようだった。壊れ物を扱うように小箱をそっと抱き締めている。

 

「開けてみろよ」

 

「う、うん……」

 

 はやては丁寧に包装紙を剥がして中の細長いケースを開けた。中には十字架に似た金色のペンダントが入っている。その形に覚えがあっ た。

 

「うわあ……綺麗なペンダントやなあ……この形って……?」

 

「ああ、はやての部屋に在る本みたいなペンダントだろ?  気に入るかと思って な……」

 

 はやてはペンダントをそっと取り出し、愛おしそうに触ってみるが、少し心配そうにゼロを見 上げ、

 

「でも……これって高かったんやないの……? とってもええ物に見えるんやけど……」

 

 そこではやてはハッと思い当たった。最近のゼロの行動などから、これを買うお金をどうやって工面したのか容易に想像出来てしまう。

 

「ゼロ兄こそ……無理したんやろ……?」

 

ゼロは頭を掻き、悪戯がバレた子供のような表情で苦笑し、

 

「いやな……どうしてもプレゼントは自分で稼いだ金で買ってやりたかったんだよ……」

 

 するとはやては肩を震わせて、一瞬泣き笑いのような表情を浮かべた。

 

「こんなん……反則や……」

 

 ポツリと呟くと、ペンダントを握り締めて黙り込んでしまった。

 

 

 その後はやては元気が無かった。話し掛けても生返事しかしない。ゼロは何か不味かったのだろうか? と焦ったが、彼女は後片付けを済ませると自室に引っ込んでしまった。

 

「気に入らなかったんだろうか……?」

 

 ゼロはため息を吐くと諦めて部屋に戻ろうとすると、パジャマ姿のはやてが自室から出て来た。機嫌が直ったかと思いきやまだ俯いている。

  車椅子を操作して傍に寄って来ると、ゼロの服の裾をぎゅっと握り締めた。

 

「……今日は……ゼロ兄と一緒に寝てええ……?」

 

 か細い声だった。まだ俯いている。ゼロを正面から見ない。

 

「ああ……構わねえぞ……」

 

 それでもはやてが話し掛けてくれたので、ゼロはホッとして即答していた。

 

 

 

 

 

 ゼロのベッドの中、はやては無言で母親にしがみ付く赤子のように、ゼロの胸に顔を埋めて いた。首から下げたペンダントをしっかり握り締めている。

 ゼロは元気の無い彼女の好きにさせておく事にした。こんな時どう言葉を掛けたらいいかなど解りはしない。

 

 しばらく無音の時間が流れる。雪が積もって来たのだろう。外からの音もまるで聴こえない。まるで世界に2人しか存在しないかのようだった……

 

 沈黙が続くが重苦しいものでは無い。安らかな空気。しんしんと降り注ぐ雪の音まで聴こえて来るようだった。

 

 それからどれ程の時間が過ぎただろう。ようやくはやては口を開いた。

 

「……私な……狡い子なんよ……」

 

 顔を埋めたままの少女は、消え入りそうな声でそれだけを言った。ゼロは黙って聞いている。

 

「親切心だけや無く……困っとったゼロ兄につけ込んだんや……私の勝手な思い込みを押し付 けようと……」

 

「それは嬉しいな……」

 

 そこでゼロが割り込んで彼女の自虐を止めた。はやてはハッとして顔を上げ少年を見上げる。ゼロは困ったように少女を見詰め、

 

「こんな行き場の無い俺を求めてくれたんだ ろ……? それにやっぱりはやては優しいぞ…… 自分の事しか考えない奴ならとっくに見捨ててた筈だ……世話になってる俺には判る……あれだ、悪ぶると俺みてえにひねくれちまうぞ?」

 

 ゼロはつっかえながらも自分の感じたままを語った。はやて本人がどう自分に理由を付けようが、やはり本質は自分を放って置けない優しさだったと確信している。

 例えそうでなかったとしても、孤独な子供の真摯な願いに応えるのは、ウルトラマン冥利に尽きると思う。先人達もそうやって来たのだ。

 はやては無言でゼロを見上げている。その瞳 に光るものが滲んだと思うと、少年の胸に顔を埋めた。

 

「はやて……?」

 

 自分の不器用な言葉では駄目だったかと思っていると、はやては再び口を開いた。

 

「……ゼロ兄は……居なくならんよね……?」

 

「……?」

 

 真意を図りかねるゼロだが、はやては続けた。

 

「……父さん母さんみたいに……急に居なくなったりせえへんよね……?」

 

 肩が声が震えていた。ひどく弱々しく消え入りそうだった。

 

(そう言う事か……)

 

 ゼロにもはやての元気の無さの理由がやっと 判った。石田先生から聞いた話も頭をよぎる。

 希望の無さ、諦め、一方的な同情。他人を避けて来た彼女の理由は色々あったのだろう。

 だ が本当の理由は、亡くす事への恐怖だったのだ。 ゼロを受け入れたのは、この人なら絶対に死なないのではないかという希望もあったのかもしれない。

 

 両親を亡くした時から心を閉ざしていたのだろう。それが常識外れの少年を受け入れると決め、自分でも思いがけない心の動きに戸惑ってしまった。

 

 とても楽しかったのだ。希望を無くしていた自分に訪れた宝物のような日々……

 

 しかしそれを素直に受け入れるには、あまりにはやては不幸馴れしていた。それ故に幸せを感じる程、無くなってしまのではないかと怖くなってしまったのだ。

 

 それはとても哀しい事だとゼロは思った。鼻の奥がツンとする気がする。以前にも似た感覚を覚えた気もするが、今は胸で震えている少女の頭を慈しむように撫でていた。

 

「ばかやろう……俺の寿命がどれだけ有ると 思ってる……? 俺は不死身のウルトラマンゼロだぞ……」

 

 言葉使いは相変わらず乱暴だが、温かみが伝わる声にはやては顔を上げた。ゼロの普段はあまり表に出さない、ひどく優しい顔が彼女を見詰めている。

 

「はやてがバアちゃんになって、天国に行く間際もこうしていてやる……だから安心しろ……ずっと傍に居る……」

 

 それは誓いだった。最初は故郷やウルティメィトフォースのみんなが居る世界に帰りたいと思っていたゼロだが、この優しい少女を1人 置いて行く事など出来なかった。

 

 この子が天に召されるまで傍に居よう。決して独りにしないように。そして最期まで守り抜くと固く心に誓った。

 

「ありがとう……ゼロ兄……」

 

 はやては再びゼロの胸に顔を埋め、しっかりとしがみ付いた。ゼロもあやすように少女を抱き締めてやる。

 

(ゼロ兄の匂いがする……お日様の匂いや……温 かいなあ……)

 

 閉じたはやての目から、光るものが溢れていた。

 

 雪が降りしきる無音の世界の中、少女は何時の間にか安らかな眠りに眠りに落ちて行っ た……

 

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

 

 その部屋はかなりの広さが在った。調度品があまり無く事務仕事の設備が整っている所を見 ると、何処かの高官の執務室のようだ。

 その部屋にテーブルを囲んで、4人の男女が向かい合って座っていた。

 テーブルの上には一 通の手紙と添えられた写真が置かれている。写真に写っているのはゼロとはやてであっ た。山で撮ったあの写真である。

 

 何処となくピリピリした空気が流れる中、白髪に髭をたくわえた初老の男が、対面に座っている青年に問い掛ける。

 

「では君は……この少年がそれ程危険だと言うのかね……?」

 

「はい……この少年は本来この世界に存在してはならない者……まさか『闇の書』の主の所に居るとは……」

 

 青年は静かに頷き、写真の強張った顔のゼロを険しい眼差しで見据える。

 

「それじゃあ、今アタシ達に出来る事は無いの かい?」

 

 同じく座っていた双子らしい若い女性の片割れが、幾分困惑した様子で聞いて来た。青年は重々しく頷き、

 

「今の所は……でもこのまま行けば『闇の書』覚醒の前に一波乱あるかもしれない……」

 

「判った……君の言う通り、今は静観しよう『孤門』君……」

 

 初老の男は青年にそう呼び掛けた。

 

 

 

つづく

 

 

 

 




次回から無印編となります。『緑の恐怖や』

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