夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第41.5話 八神家の午後(後編)

 

 

 冬の太陽が早めに陰り、辺りに夜の気配が満ち始めていた。寒さが堪える12月。日射しの暖かさも遠退き、北風が身に沁みる。

 しかしその寒さを吹き飛ばすように、午後5時を回ろうとしている八神家では、堪らない良い匂いが漂っていた。

 

「うんっ、仕込みはOK」

 

 はやては大鍋の中でグツグツと煮えるおでんの最後の味見をして、満足げな表情を浮かべた。会心の出来らしい。

 大鍋の中では大根や茹で玉子、揚げ物結び昆布などが、透き通った出し汁の中をゆらゆら踊っている。

 

「ふわああ~、いい匂い~っ、はやてお腹空いたあ~」

 

 ヴィータが涎を垂らさんばかりにして、特製おでんを覗き込み甘えた声を出した。一応千年近くの永い時を生きて来た彼女だが、完全に只の甘えん坊欠食児童である。

 

「まだまだ……このまま置いといて、お風呂に入って出て来た頃が丁度いい食べ頃や」

 

 母親のように、訳知り顔で言い聞かせるはやてである。煮物は一旦冷ました方が味がしっかり染み込むのだ。

 

「早く食べたい~っ」

 

 ヴィータは餌をねだる鳥のひな状態だ。はやての隣で副菜作りをしていたゼロは苦笑し、

 

「もう少し我満しろよ……俺もつまみ食いしたいのを堪えている所だ……」

 

「成る程……プッ」

 

 ヴィータは鍋を横目で見て、涎を垂らさんばかりのゼロを見て吹き出してしまった。整った顔立ちが台無しだ。ウルトラマンの少年は食いしん坊である。それならば此方も我満しようと思うヴィータだが、中々にキツイ。

 

 ちなみに先程から、料理をするはやてとゼロ、それに片付けをするシャマルの周りをチョロチョロしている腹ペコヴィータである。

 リビングのソファーに座っているシグナムもお腹が空いたのか、そっとキッチンに視線を送り、ザフィーラは床で丸くなっている。するとシャマルが一旦片付けの手を止め、

 

「ヴィータちゃんとシグナムは、これでも食べて凌いでいてね、はいっ」

 

 お皿に盛った料理を差し出した。和え物料理のようだ。ヴィータは直ぐに反応し、シグナムもキッチンにやって来た。

 

「これは……?」

 

 シグナムの質問に、シャマルは少々自慢気に笑って見せ、

 

「私が作った和え物よ、ワカメと蛸(タコ)とかの胡麻和え。中々でしょう? 昨日ゼロ君の話を聞いて思い付いたの」

 

 片付けの合間に作っていたらしい。それを聞いたシグナムとヴィータの表情が明らかに引きつった。ヴィータは、スゴく疑わしそうな目で和え物を見て一言。

 

「大丈夫……?」

 

「大丈夫ってえっ!?」

 

 見も蓋も無い台詞に、シャマルは思わず叫んでいた。追い打ちを掛けるように、シグナムが微妙な顔をし、

 

「お前の料理はたまに暴発と言うか……致命的な失敗がな……昨日の話……? 確か『スダール』とか言う大蛸と『ゴロー』と言う大猿だったか……?」

 

「見た目『だけ』はいいから、騙されんだよな……」

 

 ヴィータは深くため息を吐いた。今までシャマルの微妙料理で数々の被害を被った身としては、信用しろと言う方が無理がある。

 別に食べたら倒れる程不味いとか、料理を爆発させるなどと言う訳では無いが、ともかく微妙なのだ。要らない工夫をするともう悲惨である。

 家事能力は全般的に高いのに、何故か料理だけは駄 目なシャマルであった。

 

「あああ~っ、酷いわあ~っ!」

 

 湖の騎士は今までの自分の所業は棚に上げて、涙目になった。するとはやてが、疑いの眼差しのシグナムとヴィータに、

 

「シャマルのお料理の腕も大分上達してるし、平気やよ?」

 

「信用してやれって……俺も食べっから」

 

 ゼロも味方に加わった。シグナムとヴィータは仕方無しと言う風に、

 

「ならば食べてみますか……」

 

「じゃあ、いただきま~す」

 

「どれ……」

 

 料理担当のはやてとゼロのお墨付きなら信用しても良いと思い、2人は箸を料理に伸ばした。現金なものである。ゼロも箸を伸ばす。

 この騎士達は戦闘能力は高いが、ハッキリ言って生活能力は低いのに、文句だけはしっかり付けるのである。

 

「うう~……ザフィーラ……ウチのリーダーとアタッカーは、あんまりだと思わない?」

 

 シャマルは何事かとキッチンにやって来たザフィーラに、同意を求めるが、

 

「聞かれても困る……」

 

 ザフィーラはどう答えたものか判断に迷ったので、素っ気ない返事をしておいた。

 

「ザフィーラまで……ううう~……しくしく……」

 

 何かどんどんうざったくなっている。見兼ねたゼロとはやてが、

 

「シャマル大丈夫だって、自信持てよ」

 

「そうやよシャマル、そんな細かい事で落ち込んでたらアカン」

 

「確かにそうですね!」

 

 2人の励ましに、シャマルはすっかり機嫌を直したようだ。料理の出来る人達に言われたら、大丈夫な気がするのだろう。往々にして気のせいなのだが……

 復活した所で、彼女はハタとある事を思い出 し、

 

「さて……お風呂そろそろいいかしら……?」

 

 お風呂を沸かしていたようだ。パタパタとスリッパの音を立てて浴室に向かって行く。

 

 さて……肝心のシャマル料理だが、ゼロは摘まんだ和え物をひょいと口に運んでみた。シグナムとヴィータはまだ食べず、固唾を呑んで様子見である。

 

「おうっ、美味い!」

 

 目を細めて絶賛した。大丈夫なようである。はやても1つ摘まんで食べてみて、

 

「うん……う~んっ、美味しいやん、ほらザフィーラも、あ~んしてな?」

 

 ザフィーラにも箸で和え物を進めた。正直守護の獣は恥ずかしいものを感じたが、ニコニコ顔で勧める主には勝てず、あ~んと口を開ける。

 シグナムもヴィータも、白い輪切りにした物体をパクリと同時に口にした瞬間である。

 

「もがっ!?」

 

「ぐっ……?」

 

「ぬう~……?」

 

 ヴィータ、シグナム、ザフィーラの3人は揃って呻き声を漏らしていた。口の中に広がる蛸とワカメの触感に胡麻ダレの味。そして広がる甘あいヌタッとした触感が、口の中で珍妙な不協和音のハーモニーをジワジワ奏でた。

 

「ぐぐ……これって……?」

 

 ヴィータは吐き出す訳にも行かず、辛うじてその物体を飲み込んで、隣のシグナムに問い掛ける。

 

「バナナ……だな……」

 

 渋い顔で答えるリーダーに、ザフィーラも無表情な狼顔を明らかにしかめ、

 

「間違いなくバナナだ……」

 

「何てもん食わせてんだああぁぁっ!!」

 

 ヴィータは絶叫している。シグナムもザフィーラも顔色が悪い。ゼロとはやては、問題の和え物を良く観察してみた。

 

「あっ……蛸とワカメに混じって、輪切りのバナナが入っとる……」

 

「大猿と大蛸って……猿の好物がバナナだからなのか……?」

 

 だからと言ってバナナを入れるのはどうよ? と思うゼロであった。本人は良かれと思ったらしい。そう言えば最初に、蛸とワカメ『とか』の和え物と言っていたようだ。

 

 確かにバナナ部分を食べなければ美味しいのだが、もろにバナナを食べてしまったシグナム達は見事にダメージを負っている。正に地雷だ。

 しかしシャマルにつれなくした者達にピンポイントで当たるとは……恐るべし! であった。

 

「シャマルゥ~ッ」

 

「説教だな……」

 

「……」

 

 ようやく立ち直ったヴィータ達が、シャマルに怒りのたけをぶつけようと固く決意したその時である。

 

「きゃああああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 突如として絹を引き裂くような、シャマルの悲鳴が家中に響き渡った。浴室からである。何事かと全員で向かう。

 

「シャマル!?」

 

「何だあっ!?」

 

「シャマルどないしたんや!?」

 

 これはシグナムにヴィータ、はやての声である。ちなみにゼロは、

 

「どうしたシャマル!? 風呂から『コスモリキッド』でも出たのかあっ!?」

 

「何やの……それは?」

 

 はやての質問にゼロは、真面目くさった顔で、

 

「液体怪獣だ。身体を液体状にして川なんかに隠れたりする宇宙怪獣だ! デケエぞ、身長70メートルだ!」

 

 バタバタと廊下を走りながら、ゼロ以外の全員が、

 

(それだけは絶対に無い!!)

 

 と思った。もしもそんな奴が現れたなら、質量的に八神家は今頃水没している。

 

 さて浴室に辿り着くと、特に異常は無くコスモリキッドも当然居らず、シャマルが1人、半べそかいて立ち尽くしていた。此方に気付き、

 

「ふあああ~ん、ごめんなさい~、お風呂の温度設定間違えて、湯槽が冷たい水で一杯にぃ ~っ」

 

 シャマルの分かり易い状況説明を聞いて、ヴィータはげんなりした表情を浮かべた。

 

「ええええ~っ? マジかよバナナシャマル覚えとけ……」

 

「沸かし直しだな……バナナシャマル……説教だ……」

 

 シグナムは呆れてため息を吐く。2人共根に持っている。はやては浴室の操作パネルを見て困った顔をし、

 

「せやけど……このお風呂の追い焚き、結構時間が掛かるタイプなんよね……」

 

 つまり直ぐには入れないと言う事だ。シグナムは表情を険しくして、しょんぼりしている湖の騎士に、

 

「バナナシャマル……弛んでいるぞ……」

 

「ごめんなさい……バナナシャマル……?」

 

 さっきの事を根に持った分も含めて責める響きの言葉に、シャマルは更にしょんぼりして項 垂れるしか無い。

 何故バナナとは思ってはいた。自覚が無いのが度しがたいのである。するとヴィータが何か思い付いたようで、シグナムを見上げ、

 

「シグナムさあ……レヴァンティン燃やして水に突っ込めば直ぐ沸くかも?」

 

「断る!」

 

「早っ!」

 

 ヴィータは半分冗談、本気半分で言ったのだが、シグナムは取り付く島もないと言った感じである。

 

「んん……ここは私が『闇の書』のマスターらしく、魔法でパパッと何とか出来たらええねんけど……」

 

 はやては残念そうに首を捻り、100パーセント冷水の冷えきったバスタブを眺めるしか無い。すると前に出る者が居る。

 

「ふっ……ここは俺に任せろ……」

 

 不敵な表情を浮かべたゼロだ。自信満々な感じである。イヤな予感を覚えたはやては、

 

「……ゼロ兄……どないする気や……?」

 

「おうっ、変身して脚を湯槽に突っ込んで、そのまま『ウルトラゼロキック』の要領で脚を赤熱化すれば一発で沸くぞ?」

 

 どや顔である。放っておけば本当にやる気だ。はやてはため息を吐き、

 

「却下や……あんなん水に突っ込んだら、お風呂が吹っ飛んでまうわ……」

 

「あっ……」

 

 ゼロは間抜けな声を出していた。勢いで言ってみたが、確かに風呂を沸かすような細かい調整に自信は無い。 そのやり取りを見ていたシグナムは、しばらく考えた後、

 

「……炎熱系なら確かに私だが……同じく自信は無いな……湯槽を溶かしかねん……」

 

「吹っ飛ばすか溶かすしか出来ないのかよ…… 使えねえなあ……」

 

 ヴィータが偉そうにぬかす。言い出しっぺのクセにである。流石に収拾が着かなくなって来たので、はや ては話を切り上げる事にした。

 

「と言うかええって、良う考えたらこんなしょうもない事で力使ったらアカンやん、そこ、ゼロ兄アカンよ!」

 

 はやては湯槽の前で両腕をクロスさせて、『ウルトラ念力』を試そうとしているゼロを素早く注意しておいた。

 

 取り合えずリビングに戻った全員は、どうしたものかと頭を突き合わせた。はやては何かいい手はないものかと考えを巡らしていたが、ふと思い出した事がある。

 

「そうや!」

 

 皆が注目する中、はやてはシャマルに纏めてあったチラシの束を持って来てもらった。チラシを捲ってしばらく何かを探していたが、目当ての物を見付けたらしく、

 

「あっ、これや!」

 

 全員がはやてが広げたチラシに注目した。写真が沢山載っているカラフルなものである。

 

「海鳴……スパラクーア……新装オープン記 念……?」

 

「記念大サービス……?」

 

 シャマルとシグナムが順番に、デカデカと書いてあるチラシの内容を読み上げる。

 

「何これ……?」

 

 ヴィータは不思議そうにチラシを覗き込む。ちんぷんかんぷんなのだろう。はやては分かり易く、

 

「みんなで入る、おっきなお風呂屋さんやね」

 

「……ぜ……全員でですか……?」

 

 シグナムは困惑したようである。チラシを見ているゼロをチラリと見て、思わず赤面してしまう。シャマルもヴィータも流石に気まずそうだ。それを見てはやては含み笑いし、

 

「ふふふ……その通りや……」

 

「えっ!?」

 

 固まる女騎士達だが、はやてはテヘッと舌を出し、

 

「と言うんは冗談で、ちゃんと男女別々や」

 

 3人はホッと胸を撫で下ろす。つくづくこの人には敵わないと苦笑してしまった。ゼロは訳が分からず怪訝な顔をするしか無いのである。

 

 チラシを見てはやて達は、海鳴スパラクーアのお風呂の種類の多さに驚いた。温泉は勿論、滝の打たせ湯に紅茶風呂など、12種類のお風呂が完備されているという。

 

「……それはまた……素晴らしいですが……」

 

 盛り上がる中、一番のお風呂好きのシグナムの表情が優れないようだが…… はやては家計を預かる身として、料金表をしっかりチェックし、

 

「あはっ、新装サービスで安い、しかも3名様以上やと更に割引きやて。これはもう行っとけ、いや来い言う事ちゃうか? 行ってみたい人っ」

 

 直ぐに賛同の手が上がる。シグナムはまごついているようだ。するとその背中をゼロがポンと叩き、

 

「よしっ、シグナムも行きたくて仕方無ねえってよ!」

 

「ゼロッ!?」

 

 シグナムが慌てて言葉を発っしようとした時、念話回線にゼロがテレパシーを送って来た。

 

《シグナム、身内のヘマを主にフォローしてもらうのは申し訳無い、私は留守を守りますってのは無しな?》

 

《うっ……》

 

 ゼロは図星を突かれ、言葉を呑み込むシグナムの肩を叩き、

 

《シグナムは俺と違って真面目だからなあ……見当は付く。はやても気付くぞ、こう言うの気にすっからな……》

 

《しかし……》

 

 まだ渋るシグナムに、ゼロはやれやれと肩を竦めて見せ、

 

《シグナムの考えを通すと、却って皆気を使っちまうぞ……じゃあ行かないなんて事になるかもしれない。そんなの嫌だろうが? はやてはシグナム達が笑ってるのが一番なんだよ……お堅いのも大概にな?》

 

 シグナムは自分の頑なさを自覚し、苦笑を浮かべた。このまま意地を通していたら、はやてに気を使わせてしまう所だ。

 

《……判った……詮無い事を言う所だった……礼を言う……》

 

 シグナムは皆に判らないように、そっと頭を下げた。

 

《そ……そういうのは止めろっ》

 

 照れてそっぽを向くゼロである。地球の常識は疎い部分があるが、困っていたり悩んでいたりすると気が付くのは、ウルトラマンならではかもしれない。

 

《しかしゼロのような鈍い者に見抜かれるとは……私もまだまだだな……》

 

 少し癪だったシグナムは皮肉を吐く。ゼロは自覚があるのか、皮肉を受け流してニヤリと笑い、

 

《こきやがれ、な~に、他にもシグナムみたいなクソ真面目な奴を知ってるからな……何となくだ》

 

《ほ、ほう……? その真面目な奴とは、一体どのような人物なのだ……?》

 

 引っ掛かったシグナムは、追及せずにはいられなかった。まさか女だろうか? するとゼロは少し懐かしそうな眼差しをし、

 

《目と口が無くて、顔が十字になってる銀と緑色した鏡の巨人と、宇宙船に変型する巨大ロボットだ》

 

「はっ……?」

 

 シグナムはどういう人物か全く見当が付かず、ポカンと声を漏らした。ちなみに『ミラー ナイト』と『ジャンボット』の事である。確かに2人共お堅いが……

 

 シグナムの事も片付き、出掛ける準備に各自取り掛かっていた。 ゼロもタオルやら着替えを準備しようと部屋に向かおうとすると、誰かがチョイチョイ服を 引っ張って来る。振り向くとはやてである。

 

「どうした、はやて?」

 

 ゼロが屈み込んで、目線を合わせると彼女は微笑んで、

 

「ありがとうなゼロ兄……私も言おうとしてたんよ」

 

 小声でお礼を言って来た。やはりはやてもシグナムの様子に気付いていたのだ。ゼロは照れ隠しで腕をブンブン回してテンションを上げて見せ、

 

「そんな事より温泉だ! 初温泉デビュー行くぞはやてぇっ!」

 

「おしっ、タオルと着替えを持って集合やぁっ」

 

 はやては苦笑して合いの手を入れ、ツンデレウルトラマンの少年の矜持を尊重するのであった。

 

 

 

 

 そんな訳で海鳴スパラクーアにやって来た八神家一同である。大きい上に新装開店なので、何処もかしこもピカピカだ。

 バリアフリーにも気を配られており、はやても車椅子でスムーズに入る事が出来た。

 ザフィーラは留守を守ると言い張ったのだが、ゼロに押しきられる形で結局来る事になった。今は人間形態で普通の服装である。

 それぞれ男湯と女湯に別れ、いそいそと中に入って行った。

 

 

 

「おお~っ! でっけえなあ~……ザフィーラ早く来いよ!」

 

 早速タオル一丁になったゼロは子供のようにはしゃいで、まだ服を脱いでいるザフィーラに手招きした。初めてのスーパー銭湯体験なので仕方無いが、もう本当に只のお子様状態である。

 新装開店だけあって、タイル1つ1つまで綺麗に見える上ただっ広い。流石に12種類もの風呂があるだけの事はある。

 

「あまり風呂は、得意では無いのだが……」

 

 ザフィーラは異様にテンションが高いゼロに着いて行きながら、ため息を吐く。本来狼なので、濡れるのが得意でないのである。

 

 今日も夜から『蒐集』に出掛けるので、その前にコンディションの回復にも良いと半ば無理矢理連れて来られたが、ゼロのあの調子では却って疲れるのではないかと思うザフィーラだった。

 

 

 

 

 ゼロ達が早々に浴場に突入した頃、女湯の脱衣所では、はやてはシャマルに手伝ってもらい、シグナムとヴィータは邪魔にならないように少し離れた場所で服を脱いでいる所である。

 

 はやてが一通り脱ぎ終った所で、言い争いをするシグナムとヴィータの声が聞こえて来た。早く入りたかったヴィータが服を脱ぎ散らかした所を、シグナムに注意されたのが始まりだった。

 

「こらヴィータ、此処は家じゃないんだぞ? 服を脱ぎ散らかすな……」

 

「ちゃんと脱いだら片付けるだから、いいじゃんよ?」

 

「公共の場でのマナーだ……決まりは守れ」

 

 シグナムはこう言う事に厳しい。いちいちごもっともな小言に、ヴィータはうんざりした顔をして見せ、

 

「ったく……細々うるせえなあ……ウチのリーダーはよ……」

 

 反省の色が無い。ふて腐れている。シグナムは鉄槌の騎士の言いぐさに、少しカチンと来たようで、

 

「それ以前の人としての心構えだ……それにお前は普段からだらしないのが目に付く」

 

「ああ~っ、もう! チクチクうっせえなあっ!!」

 

 シグナムの小言攻撃に、只でさえ短気なヴィータは非常に気に触ってしまった。だがそれだけでは無い。

 小言を滔々と垂れる、下着姿のシグナムの双丘がプルンッと揺れるのが更にヴィータをイラッとさせた。

 設定年齢がお子様でペッタンコな彼女には、密かなコンプレックスである。

 

「はんっ! ちょっとおっぱいがデカイからって威張るんじゃねえよ!」

 

「うっ? 何だそれは? 何故そんな話になる!?」

 

 まったく予期せぬ方向からの攻撃に、シグナムは怯んでしまった。ヴィータは止まらない。100パーセント私情で追撃を掛ける。

 

「無駄に胸に栄養ばっかやってっから、そうやって心の余裕が無くなって細かい事ばっか気になるって言ってんだよ、このおっぱい魔人! その駄肉揺らしてゼロでも誘ってんのかあ ~?」

 

「おっぱ!? 誘うっ!?」

 

 シグナムは顔を真っ赤にして絶句してしまった。その額にビキッと青筋が浮かぶ。堪忍袋の尾が切れた。

 

「貴様其処に直れ! 『レヴァンティン』の錆にしてくれる!!」

 

 顔から火が出そうな程激怒した烈火の将は、ペンダント状態のレヴァンティンをひっ掴んだ。ヴィータも負けじとペンダント状のアイゼンを手にして、

 

「何だと? そっちこそ『グラーフ・アイゼン』 の頑固な汚れにしてやんよ!!」

 

 売り言葉に買い言葉。シグナムもヴィータも引き下がれない。感情が激して大人気ない方向に行っていた。

 

「「ぬうううう~っ!!」」

 

 火花を散らしてスッポンポンのヴィータと、下着姿のシグナムが激しく睨み合う。一触即発である。ものすごく恥ずかしく不毛な光景であった。すると、

 

「ああ~、これこれ……喧嘩する子には夕食のデザートも、風呂上がりのフルーツ牛乳も出えへんよ?」

 

 のんびりした声が2人を諌めた。見兼ねたはやてが、シャマルに抱き抱えられて止めに来たのである。

 

「だって……このヤラシイおっぱい魔人が……」

 

「誰がヤラシイおっぱい魔人だ! 誰が!?」

 

 シグナムが怒る。まだ揉めている2人をはやてとシャマルとで宥め、お互いに謝らせてこの場を収めた。シグナムもヴィータも頭を冷やしてみると、公共の場で喧嘩をしてしまい反省しきりである。

 

 まだ下着姿だったシグナムを待つ間、はやてはまじまじと将の豊かに揺れる胸を見て、

 

「ふ~ん……そやけど、シグナムのは私も羨ましいなあ……」

 

「なっ!?」

 

 シグナムは顔を赤らめ、思わず胸を両手で隠していた。

 

「あっ、隠した」

 

 滅多に見れないリーダーの恥ずかしがる姿を堪能して、ヴィータはニンマリする。

 

「あああ貴女は……その……これから成長しますから……」

 

 シグナムはそうフォローを入れる。成長する見込みの全く無いヴィータとは違う。将来ムチムチになるかもしれない。背丈は無理かもしれないが……

 

「まあ、そやねんけどな……Cカップは目指したい所やけど……シャマルもかなりナイスな感じやけど」

 

 はやては自分をお姫様抱っこしているシャマルに話を振る。シャマルは片目を瞑り、

 

「ウッフ~ン」

 

 ノリ良くしなを作って見せるが、少々リアクションがベタである。

 

「なあシャマル、シグナムのはどないや?」

 

 はやての問いにシャマルは、哀しげにシグナムの胸に視線を送り、

 

「ええ、実は……随分前から微妙な敗北感と密かなコンプレックスがジワジワと……私母性キャラ担当なのに霞みますよね……普通ああいう剣士キャラは貧乳が相場なのに……」

 

「うっ、バナナシャマルお前まで!?」

 

 自分の胸談義が盛り上がった上に、味方が誰も居なくなってしまい、軽く絶望感を覚えるシグナムであった。 はやては青くなる烈火の将に、優しく笑い掛 け、

 

「私は後数年は掛かるやろうからなあ……それまでゼロ兄が浮気せんように、シグナムに頼んでおこうかなあ?」

 

「主ぃっ!?」

 

 とんでもない事を言い出すはやてに、シグナムは絶句してしまった。何がとはとても聞けない。石化してしまう3人にはやてはプッと吹き出し、

 

「冗談やて、ビックリしたかあ?」

 

 悪戯っぽく笑うのだった。シグナムはホッとするやら複雑やらで、ただコクコク頷くのであった。

 

 

 

 

 女湯ではやて達が妖しい会話で盛り上がっている頃、ゼロとザフィーラは呑気に様々な風呂を満喫していた。

 

「……ふう……どうだザフィーラ……中々のもんじゃねえか……?」

 

「……ウム……確かに……悪くないものだな……」

 

 広い温泉に肩まで浸かりながら、まったりするウルトラマンの少年と守護の獣である。それぞれの正体を想像すると、凄い絵面だろう。

 風呂嫌いのザフィーラだが、意外とお湯に浸かるのは気持ち良いと思ったようだ。

 風呂嫌いの犬を温泉に入れてみたら、気持ち良いのに気付いて満喫するのと同じ感覚かもしれない。それでも次回にはやはり嫌がるのだが……

 

 他にもサウナやら電気風呂などを試した2人 は、そろそろ上がる事にした。何だかんだでもう1時間程経過している。

 

 汗が引くまでスパラクーアの黄色い浴衣に着替えたゼロとザフィーラは、風呂場を出て売店や食道、マッサージの店がある広間に出てみた。こういったスーパー銭湯は、何でも揃っているのである。

 

 はやてより風呂から上がりに必ずと厳命を受けていた、風呂上がりのフルーツ牛乳を揃って腰に手を当て一気飲みする。

 

「ぷはあ~っ! 染みる~っ、地球の文化はいいなあ……」

 

 銭湯の黄金パターンを体験し、ご機嫌なゼロである。そうなると他の体験もしたくなるのが、人情と言うものだ。 やはり実体験は、テレビや本などでは味わえない本物の良さがあると思うゼロである。

 

 何処に行こうかと、辺りをキョロキョロ見回すゼロを見て微苦笑するザフィーラだったが、ふとマッサージの店に目を留めた。

 

「それならゼロ……マッサージを受けてみてはどうだ……? 巨大化しての連戦でかなり負担が掛かっているだろう……?」

 

 ザフィーラはゼロが心配だった。いくら超人ウルトラマンだからと言って、無理をし過ぎなのではないかと思ったのだ。

 本人は隠しているが、少し身体の動きが鈍いように感じたのである。守護の獣は聡い。

 

「身体は大した事は無いけどよ……そいつは面白そうだな。はやて達はまだしばらくは出て来ないだろうし、ちょっと行って来る」

 

 ゼロは負担の件は否定すると、勇んでマッサージの店に飛び込んで行った。野次馬根性丸出しの観光客みたいである。

 

 

 

 

 一方の女湯のはやて達は、ゼロの予想通りあちこちの湯を堪能していた。はやてはご機嫌である。

 女性陣のお陰で、前に行ったレジャーランドのように、こう言った場所にも来れるようになった。有りがたい事だと思う。

 

 ヴィータは様々な湯を探索して回り、お風呂好きのシグナムはご満悦だ。凜とした顔が少々柔和になっている。シャマルもほんわか楽しそうだ。

 結局バナナ和え物の件で散々嫌味を言われたが……

 

 次にどの風呂にしようかと4人で楽しく相談していると、はやてに声を掛けて来る人物がいる。

 

「はやてちゃん……?」

 

「あっ、すずかちゃん?」

 

 声を掛けて来たのは、紫がかったロング髪の少女『月村すずか』であった。偶然の出会いをはやては喜んで、早速ヴィータを呼び、

 

「紹介するな? この子ウチの末っ子ヴィー タ」

 

 ヴィータだけ間が悪く、今まで一度もすずかと直接会った事が無い。

 

「え~と……ヴィータです……よろしくお願いします」

 

 行儀良くペコリと頭を下げた。意地さえ張らなければいい子なのである。

 

「こんばんわ、月村すずかです、よろしくねヴィータちゃん」

 

「はいっ」

 

 すずかは微笑んで挨拶を返す。ヴィータは彼女に好感を持った。ふんわりした雰囲気が何となくはやてに似てると思う。

 

「シグナムさんもシャマルさんもこんばんわ、ゼロさんも一緒ですか?」

 

 すずかの挨拶にシグナムは軽く会釈し、

 

「はい……一緒に来ていますよ……もう出た頃かもしれません……」

 

「すずかちゃんも何方かとお風呂ですか?」

 

 シャマルも笑顔で会釈する。すずかはおっとり頷いて、友人達と来た事を伝えた。 はやてはとても嬉しそうだ。思いがけない場所で友人と会えて笑みが止まらない。

 

「んん……何や偶然とは言え、運命的なものを感じるなあ……」

 

「凄いよねっ」

 

 すずかも大喜びである。はやては嬉しさのあまり大袈裟な事を言ってしまい、内心引かれないかなと少し思ってしまった。

 しかしその心配は杞憂である。心底嬉しそうなすずかを見て、はやては嬉しさの勢いのままに、

 

「すずかちゃん、この後何か予定とかあるか? 良かったら晩ご飯ご一緒にとか?」

 

「うん、友達の家族のみなさんと外に食べに行こうって事になってるんだけど、もし良かったらはやてちゃん達も?」

 

 すずかは目を輝かせて提案したが、

 

「ああ……残念……ウチはもう用意してしもてるんや……」

 

 はやては申し訳無さそうに事情を話した。家では大量の特製おでんが待っている。今回は遠慮するしかなかった。間が悪い。

 

 近い内に家に来てもらい、改めてご馳走する 事を約束する。立ち話も身体が冷えるので、今日は此処で別れる事にした。

 

「友達も今度ちゃんと紹介するね」

 

「楽しみにしてる」

 

 帰ったらメールする事を約束し、名残惜しくも別れを告げる。すずかは手を振って湯気の中へと立ち去って行く。皆で挨拶して後ろ姿を見送るのだった。

 

 

 すずかが一緒に来ていた友達と言うのはアリサ、そして『高町なのは』と『フェイト・テスタロッサ』その人であった。はやて達より少しだけ早く来ていたのである。

 もしこの時すずかの誘いに乗っていたならば、どんな事になっていたのであろうか?

 

 

 

 

「痛ででででででえぇぇっ!?」

 

 ゼロは耐えきれず、悲鳴じみた叫び声を上げてしまった。初体験マッサージの洗礼は、ハードそのものであったのである。

 

「ちょっとオバチャン待っ! 痛だだだだだ!?」

 

「兄ちゃん男だろ? 大して力入れてないんだから我満しな! 若いのに相当疲労が溜まってるよ」

 

 涙目で悲鳴を上げるゼロを叱り付けながら、60歳程の丸々肥ったオバチャンは、強靭な指で容赦なくグリグリマッサージを施す。

 ゼロは甘く見ていた事と、調子に乗って50分コースにした事を心の底から後悔したが、後の祭りであった。

 

 コース前半が終了し、ゼロは施術ベッドで息も絶え絶えで朽ち果てていた。何か燃え尽きたように真っ白になっている。こんな事なら『ゴモラ』の超振動波をゼロ距離で食らった方がマシな気がした。

 

「……地求人はスゲエな……こんなのを治療で受けるとは……死ぬかと思った……」

 

 情けない事を呟いた時、隣の衝立の向こうから男の悲鳴が聞こえて来た。

 

「ちょっと待って下さっ……痛っ!? 痛いですってえっ!!」

 

 ゼロはその顔も知れない声の主に、非常に親近感を持った。痛い目に遭っている者同士の連帯感と言う訳だ。

 そう言えば余裕が無くて気付かなかったが、マッサージを受けている途中から聞こえていた気がする。

 隣もゼロと同じ50分コースのようで、しばらくしてから白衣を着たマッサージ師のゴツいオッチャンが衝立から出て来た。

 衝立の陰からゼエゼエ言ってるのが聞こえる。ゼロはつい声を掛けていた。

 

「初めてマッサージを受けてみたんすけど、かなり激しいもんですね……?」

 

 すると衝立の向こうから男の声が返って来た。

 

「……まったく……僕も勧められて初めてやってもらったけど、恥ずかしい事にこの様で……」

 

 照れ臭そうだった。穏やかそうな良い声だとゼロは思う。

 

「いや……此方もみっともない限りで、痛さのあまり悲鳴を上げっ放しで……とても家の者には見せられないです……」

 

「僕もですよ……」

 

 苦笑を含んだ声である。ゼロも何だか可笑しくなってしまい、

 

「最近ちょっと無理が祟ってて……オバチャンにも言われたんすけど、かなり疲労が溜まってるらしくて……そっちもそんな感じすか……?」

 

 意地っ張りのゼロにしては珍しく弱音を漏らしていた。今の状況では絶対に皆には言えない事だ。顔も見えない、会った事も無い他人という気安さのせいだったかもしれない。

 

「ははは……そちらは若そうなのに大変ですね……此方も似たり寄ったりで……結構ガタガタですよ……弱音を吐ける状況でも無いんで……」

 

 同士を見付けた気がして、嬉しくなったゼロは思わず激励し、

 

「……無理をしなきゃなんないなら、程々って訳にも行かないですね。じゃあお互い最後まで頑張りましょう!」

 

「ありがとう……そちらも頑張って!」

 

 励ます声が返って来た。ゼロは他にも頑張っている人が居る、自分も最後までやり抜く事を改めて誓った時、

 

「さあ兄ちゃん、後半行くよ!」

 

 ダミ声がする。指をゴキゴキ鳴らしながら、 マッサージ師のオバチャンが目の前にそびえ立っていた。 ゼロにはオバチャンの台詞の行くが逝くに聞こえた気がしたが、ゴクリと唾を飲み込み、

 

「お手柔らかに……」

 

 強がって不敵な笑みを浮かべて見せる。その後施術室に、仲良く男2人の悲鳴が響き渡るのであった。

 

 

 

 ようやくマッサージから開放されたゼロは、まだ悲鳴を上げている顔も知らぬ男性に軽く頭を下げ、皆と合流しようと部屋を出て行った。

 

 それからしばらくした後、2人の少女が男性を迎えにやって来たのをゼロは知らない。男性は施術ベッドからヨロヨロと立ち上がり、

 

「フェイトちゃん、なのはちゃん……中々キツかったよ……身体の力が全部抜けたみたいだ……」

 

 男性『孤門一輝』は、フェイトとなのはに向かって苦笑し頭を掻いて見せた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 深夜、八神家は静まりかえっていた。はやてはお風呂帰りで疲れたのか、既にぐっすり眠っている。その寝顔は天使のように安らかだった。

 電気の消えた暗いリビングに、ゼロとヴォルケンリッター全員が集合している。

 

「じゃあシャマル……はやての事は頼む……」

 

「ええ……」

 

 ゼロの言葉にシャマルは頷いた。シグナム達もシャマルに声を掛け外へ次々と出て行く。

 ゼロは暗闇の中へ脚を踏み出した。道路に出た所で、はやてが寝ている部屋を見上げ、

 

(待ってろよはやて……もう直ぐだからな……)

 

 心の中で呟くと、3人と共に身を切るような風が吹き荒ぶ闇の中へと消えて行った。

 

 

 

つづく

 

 




※ゴローと大蛸スダールはウルトラQ登場。特殊栄養材で巨大化してしまった猿と本当に只の大蛸スダールの事です。

次回予告

 ミッドチルダに現れた謎の青年の目的とは? 彼は一体何者なのか? 救えなかった記憶、贈られた2つの名前……
 それはまだゼロ達が蒐集を始める前のミッドでのお話。
 次回『再会-リユニオン-』


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