夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第39話 追跡-トラッキング-

 

 

 

 

「えっ? 海鳴市の何処かに、『スペースビースト』いう怪獣が潜んどる?」

 

 ネクサスとの戦いから一夜明けた朝。はやては驚いて声を上げていた。

 病院へ行く前の時間潰しに、のんびり朝の情報番組を観ていたはやては、たった今ゼロから話を聞かされた所である。

 いきなりの事態に目を丸くしている彼女に、ゼロは引き続き状況の説明を続けた。

 開き直って『蒐集』の事や、濡れ衣を着せられ管理局と敵対する羽目になった事を話した訳では無論無い。この海鳴市に怪獣が潜んでる可能性が有ると話しただけだ。

 あの後シグナム達と話し合った結果、それならば『蒐集』の事は伏せ、ビーストの事のみ話した方が良いと結論したのである。

 これ以上隠し事をすると怪しまれる可能性もあり、ならばいっその事そちらは話しておいた方が『蒐集』も誤魔化し易い。

 管理局に追われる今、心配掛けないように黙っていて良かったと思ったゼロ達である。今となっては絶対にはやてには言えない。

 自分の為に皆が無理をして、更に追い込まれていると知ったなら彼女は自分を責めるだろう。

 

 更には病状が悪化する今、心労を掛けるのは避けたかった。身体に障ってしまう。それ程はやての身体は危機的状況なのだ。

 

 正直この時ゼロ達は、はやてを思いやるあまりに状況を悪くしている事に気付けなかった。この心の動きすら何者かの計算の内だったのかもしれない……

 

「それでゼロ兄、その怪獣はどないな奴なんや?」

 

 何も知らないはやては真剣な眼差しで聞く。今日は通院の日であったが、それ所では無いと思った。ゼロは心の中で詫びながら、

 

「多分……『ガルベロス』って奴だと思う……コイツは別の世界から来た怪獣らしい……特徴は強力な催眠波動と、何より人を喰うって事だ。 一度倒した事はあるんだが、別の個体かもしれねえ……」

 

 フィティッシュタイプビースト『ガルベロス』不死身の身体を持ち、何度でも甦る事が出来、ネクサスと何度も戦った強敵である。

 高い知能と死人をも操る強力な催眠波動を使う、狡猾極まりない怪物だ。戦闘能力も非常に高い。

 

「ひ、人喰い怪獣なんか……?」

 

 はやては顔を青ざめさせた。寄りによって最悪の怪獣だ。放って置くと大変な事になる。ゼロは頷き、

 

「ああ……何でも正確には、知的生命体の恐怖の感情を人間ごと喰らうらしいんだが……俺の居た世界でも、あまり詳しくは分かってねえんだ……」

 

「ほんなら……早いとこ見付けんと、えらい事になるんやな……」

 

「ああ……何故か奴は暴れもしないで、何処かに隠れているらしい、でもどうやって探したらいいか見当が付かないんだ……」

 

 ゼロは悔しそうに拳を握り締める。ウルトラマンの超感覚でも、ガルベロスの途絶えた反応を追えなかった。

 ネクサスの居た世界では、孤門の持つ『エボルトラスター』の他に、『ビースト振動波』スペースビースト特有の反応を探知出来るセンサーを、防衛組織『TLT』が保有していた。

 しかしビースト出現数が少ない『M78ワールド』ではそこまで細かい事は判っておらず、当然ゼロも知らない。

 話を聞いてはやては、額に指を当て考え込んだ。考え事をする時の癖である。現状あるデータから必死で方策を考えた。

 

 つい1年以上前まで彼女は、自分は何の役にも立たない、誰にも必要とされない人間だという想いを抱いて生きて来た。

 このまま自分は誰にも必要とされず愛されず、たった独りで死んで行くのだろう……そうぼんやり思っていた。

 しかしゼロが現れ皆がやって来て、こんな自分でも誰かの為になれるのかもしれないと思う事が出来た。それは何だかとても嬉しい事だった。

 はやては全力で最善と思われる方策を考える。少しでも力になって、誰かを助けられたらと言う想いを胸に……

 しばらく思案していたはやては、何か閃いたらしく顔を上げた。

 

「なあゼロ兄……その波動の特徴みたいなもんは覚えとる……?」

 

「あ……? ああ……それは覚えてるが……?」

 

 ゼロの答えにはやては満足げに笑うと、隣で不安そうな顔でソファーに座るシャマルに、

 

「シャマルはバックアップ系が得意なんよね? ガルベロスを探せんの?」

 

「確かに私の探索能力は魔力以外のものも探せますが……魔力探索程広範囲と言う訳にも行きません……それにその波長は、管理世界のどの力にも属さないようで感知出来ませんでした……せめて催眠波動の波長を『クラール・ヴィント』 に入力出来れば……すいません……」

 

 シャマルは申し訳無さそうに俯いた。はやては元気付けるように微笑んで、

 

「それはしゃあないよ、未知のもんなんやか ら……う~ん……」

 

 再び何か思案していたはやては、ゼロを見上げ、

 

「ゼロ兄は前に自分を電気信号データに変えて、役所とかのサーバーに侵入して、自分とみんなの戸籍を作ったんよね……?」

 

「そうだが……?」

 

 はやての言う通り、シグナム達が八神家に来た後、再び官公庁のデータベースに侵入して全員分の戸籍も作ってある。

 ゼロ偽造だなんて能力使いまくりだなと思われるかもしれないが、人間に変身していた『ウルトラセブン』『ウルトラマンレオ』『ウルトラマン80』達は似たような事をやっていた筈である。

 でなければ、防衛組織のような機密の厳しい所に入隊出来る訳が無い。話は戻って、はやてはそれを聞いて頷き、

 

「ほんならゼロ兄が記憶している波動を、シャマルのクラール・ヴィントに入力出来たりせえへん? 魔法プログラムも大体解っとるんやろ?」

 

「成る程! それなら出来るかもしれねえな、前に『闇の書』の記憶を見せられた時に大体の構造は解ってる」

 

 ゼロははやての膝の上の『闇の書』を見て、得たりとばかりに手をポンと叩いた。

 魔法は不思議の力と言う訳では無く、プログラム方式の体系付けられた現実的なものだ。基本構造が解れば、データの転送くらいは出来る筈である。伊達にウルトラマンでは無いのだ。

 それに思い当たるとは、はやての思考の柔軟さは大したものだとゼロは思った。

 ゼロやヴォルケンリッターは、各自の能力には非常に秀でているが、それ故中々そう言った発想が出ない。自分の能力で解決しようとするからだろう。

 

 早速ゼロはウルトラマンゼロとなると、シャマルのクラール・ヴィントにデータ入力を試みる。調整に苦労しながらも、入力に成功する事が出来た。

 シャマルは起動させた、振り子型のクラール・ヴィントの動作を確認し、

 

「……バッチリです。成る程……こう言うものですか……でも魔力探索みたいに、それ程広範囲に渡ってと言う訳にはいかないみたいです……」

 

 ウルトラマン形態を解いたゼロは、展開されたクラール・ヴィントをまじまじと見詰め、

 

「どれぐらい行けそうだ?」

 

「う~ん……20キロ圏内なら何とか……」

 

「それだけ判れば上等だぜ、凄えなシャマルは」

 

「ええ~っ、そ……そんな事無いわよ~」

 

 シャマルは照れて体をくねらせて頬を染める。見た目より子供っぽい仕草なのは目を瞑っておいてあげよう。はやても考えが上手く行って嬉しそうだ。ゼロは小さな家主にサムズアップし、

 

「流石ははやてだ、バッチリ上手く行ったぜ、天才だなはやては」

 

「……そ……そないな事あらへんよ……ゼロ兄誉めすぎや……」

 

 もじもじ赤面するはやてに、シグナムとヴィータも口々に、

 

「いいえ……主はやて、貴女が考え付いたのです。自信をお持ちください」

 

「やっぱ、はやては凄いよなあ」

 

 ザフィーラも無言で頷く。みんなの反応にはやては照れまくってしまった。まだ彼女は自分の資質に気付いていない。

 

 

 さて……それから海鳴市一帯の地図を持って来て貰ったはやては、地図を皆の前に広げて見せる。一般家庭にも有るものだ。当然細かい地図では無いが、地形から山岳地帯まで入っている広範囲なものである。

 

「話を聞く限り、陸での活動が主な怪獣みたいやし……大きさが数十メートルもあるんやったら、隠れる場所も限られてくる思うんやけど……」

 

 はやては真剣な表情で地図に見入った。ゼロ達も地図を穴の開く程見て、手掛かりを探そうとする。ゼロは参考になればと、

 

「ガルベロスの催眠波動は相当広範囲に届くらしいんだが、それでも波長の強さから見ても、海鳴市の外からとは考え辛いと思う……」

 

 はやてはフムフムとゼロの出したデータに頷くと、地図のある一ヵ所を指し示し、

 

「長く此処に暮らしているもんとしては…… やっぱりこの辺が一番怪しい思うわ」

 

 其処は都市部から離れた山岳地帯で、温泉郷のように温泉が出るでも無く、険しい森のせいで登山客もほとんど寄り付かない場所であった。

 

「この辺りか……」

 

 ゼロは食い入るように地図を見詰め、拳を握り締めた。

 

 

 

 

 リンディ以下『アースラ』クルー達は、海鳴市への引っ越し作業を粗方終え、早速『闇の書』探索準備に取り掛かり始めた所であった。

 

 フェイトはリンディの計らいで、なのはと同じ聖祥大附属小学校に通う事となり、頬を染めてリンディにお礼を言ったものである。

 フェイトに取って初めての体験ばかりであった。今まで他人とあまり接触せず、狭い世界で育って来た彼女の初めての学校生活。

 こんなに沢山の同年代の子供達と過ごすのも初めてだった。最初は不安もあったが、なのはの親友アリサ とすずかとも直ぐに気が合い打ち解けた。

 

 なのはの家もとても近く気軽に行き来出来、仕事で来ているにも関わらず楽しい事ばかりである。

 その新鮮な驚きと楽しい目まぐるしさは、ゼロの事で暗くなりがちだったフェイトに、良い意味で刺激を与えてくれた。

 それも見越してのリンディからの心使いもあったのだろう。フェイトは深く感謝し、決意を新たにするのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 それから数日が経ったある日、フェイトとなのはは『本局』での用事を済ませた後、アリサの家に遊びに行っていた。

 とても楽しい時間を過ごしたフェイトは、なのはとの帰り道、ふとリンディから言われていた件を思い出す。

 

(家の子にならないかか……)

 

 養子にならないかと少し前から誘われていたのだ。

 リンディもクロノも実の家族のように接してくれる。しかし色々と心の中で整理出来ていない事もあり、まだ返事はしていない。

 リンディもじっ くり考えてと言ってくれているので保留となっている。艦長の言葉を思い返し、物思いに耽けり掛けていると、なのはの声が耳に入った。

 

「フェイトちゃん、あれ孤門さんじゃない?」

 

「……えっ……?」

 

 なのはが指差す方向を見ると、シャツにジーンズのラフな格好の孤門が、道の向こう側を歩いているのが見えた。

 孤門だけは別に部屋を取っていて、ここ数日顔を合わせていない。昨日差し入れを持って行った時も留守だった。

 

「孤門さ~ん!」

 

「孤門っ」

 

 フェイトとなのはが手を振ると、孤門は2人に気付き、道路を渡って此方に歩いて来た。

 

「2人共今帰りかい? フェイトちゃんは…… 学校はどうだい……?」

 

 孤門は心配そうに聞いて来た。フェイトは笑みを浮かべ、

 

「うん……とても楽しいよ、なのはの友達も良くしてくれるし」

 

「フェイトちゃん人気者なんですよ~っ」

 

 笑顔の2人を見て孤門は安心したように笑っ た。フェイトが今まで学校に行った事が無いと聞いていたので、心配していたらしい。ゼロの件で落ち込んでいたので尚更だったようだ。

 

「じゃあ……僕はちょっと行く所が有るから…… またねフェイトちゃん、なのはちゃん」

 

 孤門は早々に話を切り上げると、2人の前から立ち去ろうとする。しかし少女達はピンと来たらしく、

 

「待って孤門、ひょっとしてこの間言ってたビーストの件……?」

 

「あの怪獣の仲間を探してるんですか? 生き残りが居るかもって事ですかね?」

 

 真剣な面持ちで聞いて来た。孤門の正体が分かった後、スペースビーストのデータは一通り閲覧させて貰っている。唯ならぬ孤門の様子に、そうではないかと思ったのだ。孤門は苦笑し、

 

「……僕の気のせいならいいんだけど……どうにも気になってね……」

 

「だったらエイミィに頼めばいいのに……」

 

 不思議そうなフェイトの質問に孤門は、懐から変身アイテム『エボルトラスター』を取り出して見せ、

 

「どの道管理局の探査機器だと、ビースト振動波をキャッチ出来ないし、探索班の人達も『闇の書』の捜査で手が離せない……僕も確証がある訳じゃないから、まずは自力で調べてみようと思ってね……」

 

 孤門の説明を聞いた2人は顔を見合わせた。コクリと同時に頷き合うと孤門を見上げ、

 

「孤門、それなら私達にも手伝わせて、連絡が来るまで此方で待機だから、探すの手伝えるよ……?」

 

「あんな怪獣が海鳴市に隠れていたら大変じゃないですか、お手伝いさせて下さい!」

 

 詰め寄る少女達に慌てた孤門は、手を駄目の意味でパタパタ振り、

 

「相手はとんでもない怪物なんだよ? それになのはちゃんはまだ魔法が使えないし、2人のデバイスだってまだ修理中の筈だろ?」

 

 するとなのはは小さくガッツポーズを取って見せ、

 

「私は完全復活です。少ししか魔力を吸い取られなかったから、それに……」

 

 そこで2人は笑ってお互いを見ると、それぞれ待機状態の『バルディッシュ』と『レイジングハート』を取り出して見せた。フェイトは愛おしそうに愛機を示し、

 

「何が起こるか分からないからって、メンテナンススタッフの人が頑張って直してくれたの……今日直ったばかりなんだよ……」

 

「おまけに新しい機能付きなんです。守護騎士の人達と同じ『カートリッジシステム』って言うのが付いたんですよ。レイジングハートとバルディッシュが、自分から付けて欲しいって言い出して……」

 

 なのはも愛おしそうに真紅のペンダントを握る。どうも事態に不穏なものを感じたエイミィが、メンテナンススタッフの後輩に頼み込んで、突貫作業で仕上げて貰った労作である。

 後輩は作業終了後ヘロヘロになっていたそうだ。 孤門は一瞬、真剣な目で此方を見詰める2人を見ると、

 

「……その勢いじゃあ、止めても無理矢理着いて来そうだね……?」

 

 フェイトとなのははコクコク頷く。ビーストの恐ろしさは映像でも充分に伝わっていた。それだけにじっとしては居られない。生半可な気持ちで言い出したのでは無かった。

 もし本当にビーストが潜んでいたら人が襲われる。ゼロのように、誰かを助けられる人間になりたいと誓った2人には見過ごせなかった。

 ゼロが苦境に居るらしいとあっては、尚更その想いが強い。少女達の気迫に折れた孤門は、仕方無くと言ったように、

 

「……判ったよ……でもまずはリンディさんに話してみて、許可を取ってからだよ?」

 

「直ぐにリンディ提督に話して来るよ」

 

「ちょっと待っていて下さい、先に行ったら駄目ですよ!」

 

 フェイトとなのはは感謝し、慌ただしく司令部にしているマンションに駆け出した。2人の後ろ姿を見送りながら孤門は、

 

「……もし本当にビーストが潜んでいたとしたら、いざという時は2人を守らないと……」

 

 固く決意を呟き、『エボルトラスター』ともう1つ、曲線を主とした異形の銃『ブラストショット』を握り締めた。

 

 

 

 

 同じ時、紅葉も終わり寒々しさが漂う山間を歩く、一組の男女の姿があった。私服のゼロとシャマルである。

 動きやすいジャケットなどを着込み、ほとんど獣道の山道を歩いていた。ちなみにゼロは他にもバッチリ着込んでいて、少々情けない。

 

 この辺りは森も深く険しい崖が多い。霧も出やすい地形で、人気は全く無かった。まともな人間ならまず足を踏み入れないだろう。

 

 シャマルは『クラール・ヴィント』を振り子状の探査形態にし、ガルベロスの波動を探している。ゼロも超感覚を駆使して異常を探っていた。

 『蒐集』も止める訳にもいかないので、そちらはシグナムとヴィータが出掛け、はやての元にはザフィーラが残っている。ガルベロス探索 はゼロとシャマルとで行っているのだ。

 

 探し始めてから既に数日が経つが、まだ敵の姿を捉えるまでには到っていない。流石に慣れない作業とあって、シャマルも少し疲れたようだ。額の汗をタオルで拭い息を吐く彼女を見たゼロは、

 

「シャマル一旦休憩しようぜ、お茶と弁当をはやてに持たせて貰ったからよ」

 

「そうね……」

 

 シャマルも賛成した。ゼロは見晴らしのいい場所にレジャーシートを敷き、背負っていたリュックを降ろして保温ポットを取り出した。蜂蜜が入った紅茶をシャマルに渡してやる。

 

「わあ~っ、温かい~、生き返るわあ……」

 

 温かい紅茶を味わいながら、彼女はニコニコしている。はやての心が籠っているようだった。

 もう12月なので肌寒い季節なのだが、幸いここ数日天気も良く風も無いので過ごしやすい。

 怪物探しなどという物騒な目的でなければ、季節外れのちょっとしたピクニック気分ね、などとつい場違いな事を思ってしまうシャマルである。

 ゼロは紅茶をすすりながら、この辺りの地図を広げ、

 

「後はあっちの方か……中々見付からないもんだな……」

 

 地図とにらめっこしている少年に、シャマルは済まなそうな顔を向け、

 

「ごめんなさいゼロ君……私がもっと広い範囲を探せたら良かったんだけど……」

 

「何言ってんだ……俺は今までシャマルに迷惑ばっかり掛けて、助けて貰ってばっかりじゃねえか……充分助かってるよ……」

 

 ゼロはそっぽを向きながら、照れ臭そうにボソボソ礼を言う。シャマルは無性に嬉しくなってしまった。

 実際は遥か歳上の筈だが、こうして見ると本当に高校生程の少年だ。実際種族的にそれくらいなので、年相応に見える。ちょっと素直でない弟のようで可愛い。

 

「それなら危なくなったら助けてね? 私はみんな程戦闘能力無いから……」

 

「おおっ、任しとけ! シャマルは必ず守るからよ」

 

「うふふ……ありがとうゼロ君……そう言われる と、お姉さん張り切っちゃうわよ!」

 

 頼もしい言葉に感激した湖の騎士は、言葉通り張り切って言葉を続けようとした時である。

 

「シャマル……弛んでいるぞ……」

 

 不意に耳元で、低く押し殺したこわい声がした。

 

「シッ、シグナムぅっ!?」

 

 シャマルはビックリし過ぎて、思わずピョンと飛び上がってしまった。

 何時現れたのか、コート姿のシグナムがシャマルの真後ろにヌオ~ンと立ち、耳元に顔を寄せていたのである。

 別にやましい事はしていないのだが、何故か怖いものを感じさせるリーダーにシャマルは正直びびった。恐る恐る引きつった笑顔を向け、

 

「あら……シグナム……此方に来たの?」

 

「……まったく……何が守ってねだ……騎士にあるまじき言動だぞ……お前のフォローは私がやるから、探索に集中しろ」

 

 剣の騎士は不機嫌そうにそれだけ言うと、今度はジロリとゼロを見下ろした。きょとんとするゼロに、

 

「……私にもお茶を貰おうか……?」

 

「おう、今日の分の『蒐集』は済んだのか?」

 

 ゼロは屈託なく応える。シグナムは怪しむようにその顔を見詰めていたが、邪推だった事に気付きホッと息を吐くと機嫌を直したようで、

 

「ああ……今日は魔力の高い野性生物に連続して当たってな……お陰で早く済んだので手伝いに来た。ビースト相手だと私の魔法属性『炎』が一番相性がいいらしいからな……」

 

 高熱と炎を操る彼女は、ビースト細胞を焼き尽くすのに適している。下手に肉片を残せないビースト相手には打ってつけだ。

 ゼロから紅茶を受け取ったシグナムは、日本人顔負けのキッチリした正座で紅茶を飲み干した。ホウ……と小さく息を吐く。 戻って直ぐに、休息も取らずに駆け付けてくれたのだろう。ゼロは感謝しながら、

 

「悪いなシグナム……それでページは今どれくらい行った?」

 

 シグナムは微かに笑って、

 

「気にするな……ページ数だが、管理局が本格的に捜査を始めたせいで、少し遠くの世界まで出向かねばならないが……もう直ぐ450ページになる」

 

「良しっ、先が見えて来たな……こっちも早い所ガルベロスを倒して、『蒐集』に戻らないとな」

 

 シグナムとシャマルは頷いた。はやて特製のボ リュームたっぷりな、肉やチーズ、ツナや野菜などをふんだんに挟んだサンドイッチを頬張り栄養補給を済ますと、ガルベロス探しを再開した。

 

 

 

 

 そろそろ日も落ちて来た。山岳地帯もすっかり暗くなり、気温も大分下がってきている。昼間は感じなかった闇の気配が、ひたひたと辺りを侵食して行くようだ。

 不気味さを増す山道をシャマルを先頭に、3人は奥へ奥へと分け入った。辺りを照らすのは、クラール・ヴィントの発する淡い緑の光だけだ。

 足下の枯れ落ち葉を踏む乾いた音が妙に響く。風に揺らぐ木々の擦れ合う音が、ざわざわと不安を煽るようだった。

 

 しばらく歩いていて、ゼロはふと違和感に気付く。寒くなって来たとは言え、全く生き物の気配がしないのだ。

 まるでこの山の動物が全て居なくなったかのようである。それと同時だった。先頭のシャマルが突然声を上げた。

 

「反応有ったわ、この奥よ!」

 

 ゼロとシグナムがクラール・ヴィントを見ると、確かに森の奥を示している。3人は同時に目を合わせた。ゼロは『ウルトラゼロアイ』を取り出し、シグナム、シャマルも各自のアームドデバイスを掲げる。

 

「行くぜ! デュワッ!!」

 

「レヴァンティン!」

 

「クラール・ヴィントお願い!」

 

 眩い3色の光が闇を照らし、ゼロはウルトラマン形態に、シグナムとシャマルはそれぞれの騎士甲冑を纏った。臨戦態勢である。

 

 ゼロ達はクラール・ヴィントの示す方向に向か い、地面から少しばかり浮き上がった超低空飛行で近付く。小1時間程進んだ頃だろうか、不意にシャマルは停止した。穏やかな表情を引き締めて前方を指差し、

 

「気を付けて何か潜んでいるわ! ガルベロスと類似の反応、あまり大きくは無いけど100は下らないわ!」

 

『ああ……此処まで近付くと俺にも判るぜ……ガルベロスだけじゃ無かったって事か……』

 

「禍々しい気配だな……これがビーストか……」

 

 3人は地面に降り立つと、迎え撃つ態勢を取る。ゼロとシグナムは、シャマルを庇うように前面に出た。

 

『シグナム、シャマル油断するなよ……?』

 

「フッ……誰に言っている?」

 

「頑張るわっ!」

 

 ゼロは左手を前に突き出す『レオ拳法』の構えを取り、シグナムはレヴァンティンを正眼に構える。シャマルは、何時でも魔法障壁を張れるよう両手を翳した。

 僅かな月明かりに照らされる森のあちこちから、不気味な鳴き声が聴こえて来る。死人が闇の中で怨嗟の声を上げているような、身の毛もよだつおぞましさであった。

 

 地中より次々に這い出て来る異形の黒い影。体長2メートル程の怪物群だ。甲殻類と植物を併せたような体に、両手の蟹を思わせる鋭いハサミ。スペースビースト『アラクネア』の大群であった。

 

 アラクネアの群れは、昆虫を思わせる赤い眼を闇に光らせ、ギチギチと何かを擦り合わせるような不快音を鳴らしながら、ゼロ達にゆっくりと迫った。

 

 

 

 

 

 

 ゼロ達がアラクネアの群れと対峙する少し前、孤門、フェイト、なのはの3人は『エボルトラスター』が捉えたと思しき反応を追って、山の麓に在る廃工場跡に踏み入っていた。

 

 周囲に人気は全く無い。リンディから至急の呼び出しには直ぐに駆け付ける事を条件に、許可を貰ったフェイトとなのはは、キョロキョロ辺りを見回している。

 辺りも暗くなって来た。孤門はそろそろ2人を帰した方がいいと判断し、少女達に声を掛けようとした時反応があった。

 孤門は険しい表情で、エボルトラスターを見る。中央のクリスタル部分が淡く光り出していた。ビーストが近くに居る。

 

「……僅かだけど反応がある……気を付けてフェイトちゃん、なのはちゃん!」

 

「うんっ、バルディッシュ!」

 

「はいっ! レイジングハートお願い!」

 

 孤門の警告に、2人は直ぐ様バリアジャケットを纏う。それに伴いバルディッシュとレイジングハートが新たな姿を現した。外見上は前と、あまり変わらないように見えるが……

 

 孤門は『デュナミスト』の専用武器『ブラストショット』を構え、周囲を警戒する。緊迫した空気が流れた。

 緊張が高まる中、工場跡に一陣の風が吹く。一瞬視界が土煙に覆われた時、突如数発の光弾が凄まじい勢いで3人に襲い掛かった。

 

「危ない! 2人共僕の後ろに来るんだ!!」

 

 孤門は叫ぶと同時に、フェイトとなのはを庇って前に立ち、ブラストショットで前面にバリアーを張り巡らす。 轟音と共に光弾がバリアーに着弾し、孤門達 にも衝撃が伝わった。

 

「うっ……!?」

 

「きゃあああっ!?」

 

 予期せぬ攻撃に、フェイトとなのはは声を上げてしまう。外れた光弾が辺りの地面を深々と抉り、土煙が爆発したように上がった。

 凄まじい威力だ。まともに食らったら人体など、跡形も無くなってしまうだろう。土煙が立ち込める中、何者かが此方に向かって歩いて来る。

 ひたひたと土を踏む足音が聴こえた。 周囲の土煙が徐々に晴れて行き、そいつはゆっくりと姿を現した。

 

「お……お前は!!」

 

 その姿を見た孤門は声を上げていた。ゆらりと大地に立つ魔人。3本の鬼の如き角、血のような紅と漆黒の身体、深い闇を凝固させたような無表情な眼……

 

 孤門には絶対に忘れられないその姿……闇の巨人の1人『ダークファウスト』であった。

 

 

 

つづく

 

 

 




※はやての、それは何だかとても嬉しいの台詞、まどかの台詞とほぼ一緒ですがパクった訳では無く偶然です。
まどか☆マギカが放送されるよりかなり前に書いていたものです。にじファン版を読まれていた方は分かりますかね?

次回予告

 現れる闇の巨人達。ゼロに襲い掛かる最強怪獣? 危機に陥るゼロ達とネクサス達。この危機を乗り越える事が出来るのか?

 次回『悪魔-ルシフェル-』

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