夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

4 / 105
第3話 決戦?海鳴大学病院や

 

 

 次の日、ゼロの傷はほぼ塞がっていた。はやてはその驚異的な回復力に目を丸くする。

 

「凄いなあ……もう治り掛けとる……うん、これならお風呂に入ってサッパリした方がええですね」

 

「お……ふろぉ……?」

 

 ゼロは首を捻った。発音が変である。何の事か解らないのだ。はやては苦笑する。幼児にものを教える感覚だ。

 

「解らんか……え~と……身体の汚れを落として、疲れを取る所です」

 

「なるほど……」

 

 それを聞いてゼロは納得顔をした。だが案内されて風呂場に行ったはいいものの、どうすれば良いのか解らない。設備を見ても見当も付かなかった。

 

「はやて、どうすればいいんだ……?」

 

 聞いてみるしか無い。ウルトラ族は身体の汚れやリフレッシュに、プラズマシャワーと言う光の粒子を浴びる位なので、入浴がピンと来ないのだ。

 そんなゼロに、はやては使い方や入り方を一から説明してやる。ゼロは興味深く聞き、

 

「ああ、大体解った、ちょっと面白そうだな」

 

 たちまち覚えてしまったようなので、はやては安心してキッチンに行き食事の後片付けをする事にした。 今日もゼロは沢山食べた。見ていて嬉しくなる見事な食べっぷりである。

 

(ホンマに食べさせ甲斐があるなあ……)

 

 自然顔が綻んでしまうはやてだった。誰かの為に作るという事はとても嬉しくて楽しい事なのだと改めて思う。

 料理を作るのは元々好きだったが、1人暮らしが長いとそんな感覚も忘れそうになる。最近はただの栄養補給になっていた気がした。

 

(ほんなら明日は、もっと凝った料理を作ってみよ)

 

 そう思ったら居ても立っても居られなくなった。丁度安かったので、まとめ買いしてあった食材を冷凍庫から取り出し、下ごしらえをしておこうと仕込みを始める。

 

 1人なら絶対にやらない面倒な手順を踏んで、鼻唄混じりで作業を進めて行く。ゼロが出て来るまでには、最初の下ごしらえまでは行ける筈。はやては作業に没頭していた。

 

 しかし少々集中し過ぎたようである。ふと気が付くと1時間以上も経過していた。

 

「もうこないな時間? ゼロ兄……?」

 

 リビングの方を見てみるがゼロの姿は無い。風呂から上がって此方に来たのなら、いくら何でも気付いていた筈である。

 

「ま……まさか……」

 

 いや~な予感がして、はやては大急ぎで風呂場に向かった。扉を開くと、着替えにと出した父のパジャマなどがまだ置かれている。まだ入っているのだ。

 

「ゼロ兄……?  まだ入っとるんですか……?」

 

 返事か無い。浴室の扉を開いてみると、むわっと熱気が顔に当たる。

 

「ゼロ兄ぃ……?」

 

 恐る恐る声を掛けながら中を覗くと、其処には見事に茹で上がり、真っ赤になって風呂に漬かっているゼロの姿が在った。はやてにようやく気付いて顔を向け、

 

「ち……地球のおふろとやらは……中々やるな……だが……これしきの熱さ俺には軽いぜ…… デスシウム光線に比べたらまだまだ温い……! フハハハ……」

 

 と、どう見てものぼせている少年は、汗だくでそうのたまった。

 

 

 

 

 

「堪忍なゼロ兄……初めてやから私が気い付けなあかんかったのに……」

 

 はやては、頭にアイ〇ノンを載せてソファー でグッタリしている少年に、申し訳無さそうに 頭を下げた。ゼロは決まり悪そうに頭を掻き、

 

「いや……そのな……俺も途中でヤバイかなと思ったんだが……何か負けたような気がして…… つい……な?」

 

 はやてはプッと吹き出してしまった。

 

「もう……お風呂は勝負する所や無いで? ゼロ兄はしゃあないなあ」

 

 笑いを堪えながらも、しっかりと注意して置くはやてだった。最初はタメ口に遠慮があった彼女だが、もう遠慮は無くなっている。これもゼロの人徳? 故だろうか?

 

 地球生活2日目のゼロはまだこんな感じである。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 さて……ウルトラマンゼロが八神家にやって来てから更に3日が過ぎていた。

 その間はやてから日常に必要な知識や、一般常識を教えて貰っていたゼロである。少し怪しいが、最低限の常識を身に付けた所ではやては、

 

「ゼロ兄、今日は外に出てみよ?」

 

「よし実戦だな? 任せろ!」

 

 その提案にゼロは握り拳で気合いをいれる。 はやては知識だけより経験も大事だと思ったのである。

  ついでに大食いが居るので買い出しにも出掛けたい。着替えも必要である。父の服は流石にサイズが合わない。

 

 ゼロの知識は、『父親』に『えらく厳しい格闘技の師匠』と『ちょっと天然気味の先輩』からの受け売りと記録映像くらいなので、偏っていたり勘違いしている部分が多々あった。

 

 間違った知識で観光に来る外国人状態である。いや……更に酷い。知識だけだとこうなると言う悪い見本である。

 

 戸締まりをするとゼロは、はやての車椅子を押して、まずは図書館目指して出発した。気合いが入っているようだが、あまりに故郷ともグレン達が居る世界とも違うのでキョロキョロして いる。

 

(まるで、おのぼりさんみたいやな……)

 

 はやてはそんなゼロを見て微笑ましくなっ た。何とも飽きない少年である。彼が来てから笑ってばかりだなと少し悪い気がした。

 

 しばらく行った所ではやては妙な事に気付いた。ゼロの様子が変なのである。どうも車が通る度に、異常な程警戒しているようだ。

 

「ゼロ兄? 確かに車には気い付けた方がええけど、そこまで緊張せんでええよ?」

 

 はやては安心させようと声を掛けるが、ゼロはまるで怪獣軍団にでも囲まれたように警戒を解かず、

 

「甘いなはやて……師匠に聞いたんだが…車ってのは恐ろしいもんで、何処までも追って来て、轢き殺そうとするそうだ……車は危険だと散々聞かされたからな。もっと気を付けねえと危ね えぞ!」

 

 大真面目な顔で語った。ゼロの言う師匠とは 『ウルトラマンレオ』の事である。 レオが地球で戦っていた時、ある敵に敗れてしまった。

 その敵に勝つ為の技を編み出せと命令されたレオは、延々と車に追い回され轢き殺されそうになるという地獄の特訓を受けた事が ある。

 

 ちなみに命令を出したのも、レオをジープで追い回したのもゼロの父親だったりする…… 理由を一通り聞いたはやては何となく悟った。

 

(ゼロ兄……それ多分冗談やと思うよ……)

 

 確証は無かったので、取り合えず心の中でのみ突っ込んでおいた。

 

 

 いちいちカルチャーショックを受けながらも、ゼロは何とか図書館へと辿り着いていた。 観光客状態なので色々聞いて来るのを、はやては1つ1つ教えてやる。

 お陰で到着まで結構時間が掛かってしまったが、遠足のようで楽しい。どちらかと言うと、引率の先生のようだが……

 

 図書館に入ったゼロは、紙の記録が珍しいらしく興味深そうだ。はやてに言われた本を大量に抱え、勉強用の机にドサリと置く。

  百科事典や社会の仕組みに関するもの、地理や歴史書など分厚い本ばかりである。はやてはゼロの横に着いて、

 

「取り合えず基本的なもんをピックアップしてみたんや。ネットでもいいんやけど数も多いし、色々有りすぎて訳が解らんようになりそうやから、まずは基本から行ってみよ?」

 

 一番効果的な方法を考えた結果だが、結構な量である。ちょっとはやても多かったかなと思ったくらいだ。だがゼロは特に気にせず、本を開いて読み始めた。

 どんどんページを捲るスピードが上がって行く。やがてその速度は、ただページを捲っているだけの速さになった。とても中身を理解出来ているとは思えないが、全て頭の中に入っているのだ。

 

 辞書クラスの本の山が瞬く間に読破されて行く。流石にウルトラマン。知能指数がとんでもない。何しろ最初日本語が話せるだけで、読み書きも出来なかったのを速効でマスターしてしまった位なのだ。

 

 はやての予想を遥かに超えて、持って来た本を瞬く間で読み終えたゼロはその後も本を読みまくり、数時間で数百冊の本を読み切った。はやては感心するやら呆れるやらである。

 

 その後もゼロは図書館に通い、様々な事をはやてに教わって、一応は日常生活を送れる位にはなった。細々した事は追々経験するしか無いが、こればかりは知能指数が高くても仕方無 い。

 

 それから1ヵ月。季節は初夏に入っていた。 ゼロが人の身で迎えるのは初めてである。本格的な夏はこれからだが、暑さや冷たいものの美味さもまた彼には新鮮な体験だ。

 

 今日は薄曇りで比較的過ごし易い。ゼロとはやてはバスに乗り、海鳴大学病院に来ていた。 はやてが通院している病院である。

 

 本日の目的ははやての検査と、特訓の成果を試す為だ。主治医の先生、石田女医に怪しまれないように挨拶をするのである。

 

 

「へえ……海外留学していた親戚なんだ……」

 

 病院の診察室。ゼロとはやてを前に、20代後半程の優しげな女医石田先生は驚いている。はやては天涯孤独だと思っていたからだ。

 

「はじめまして、モロボシ・ゼロです。よろしくお願いします……」

 

 ゼロは真面目くさって頭を下げる。石田先生はたった今聞いたゼロの経歴を聞いて、

 

「しかし凄いわね……外国の大学を飛び級で進んで15歳で卒業……それを機に日本に帰って来て、はやてちゃんの事を知り一緒に住む事にしたと……?」

 

「ハイッ、それが一番かと。父は南米の奥地で採掘関係の仕事をしていて、当分帰って来れない ので……」

 

 ゼロは嘘っぱちの経歴を、内心冷や汗もので話 す。こういう事は得意では無い。横でははやてが『がんばってや』と目で励ましている。

 尤もこの経歴は調べられたりしても困る事は無い。何故ならゼロはその超能力を使い、本物の書類を手に入れているからだ。

 

 簡単に言うと、『ウルトラマンメビウス』と 同じく自身を電気信号データに変え、関係各所のデータベースに侵入して、新しく戸籍と経歴を作ったのである。

 

 名字は父セブンが地球で名乗っていたモロボシを使い、名前はゼロをそのまま使う事にした。はやてが変身前も後も同じ方が良いと思ったからだ。

 

 ちなみにゼロの嘘くさい経歴も決めたのははやてである。最初はゼロが自分で考えようとしたのだが、面倒くさくなってしまいもうニートでいいと投げてしまったからだ。

 それならと、はやてが勇んで考えた結果なのだが、やり過ぎの気がある。今の経歴で決定した理由は……

 

「ラノベに出て来るあり得へん人みたいで、おもろいから」

 

 だそうである。そんな事も知らず石田先生は信用してくれたようだ。ゼロの手をガッチリと 握り、

 

「良かったわ! モロボシ君のような親戚が居てくれて……いくらしっかりしていても、はやてちゃんはまだ小学生だもの心配だったのよ…… はやてちゃんをお願いね!」

 

「は、はいっ、がんばります」

 

 拝み倒さんばかりの勢いの石田先生に、ゼロはたじたじになりながらも即答していた。この先生は本当にいい人なのだな……と思う。

 

「はやてちゃん良かったわね?」

 

「はい……とっても」

 

 はやては弱冠照れくさそうながらも、しっかりと返事をしていた。

 

 

 診察室。ゼロは石田先生と2人で向かい合っていた。はやては別室で検査中である。ゼロははやての病状に付いて説明を受けていた。

 年齢的には早いのかもしれないが、今現在話せる身 内はゼロだけだと判断したのだろう。

 

「そう言う訳で……はやてちゃんは原因不明の神経性麻痺なの……」

 

 石田先生の表情には苦悩と悔しさが滲んでいた。原因不明などという言葉を使わねばならない、自分の無力さを痛感しているのだ。

 

「原因不明ですか……」

 

、ゼロは重しでも載せられたようにズシリと心が重くなるのを感じる。だが気を取り直し、

 

「脚の麻痺以外は大丈夫なんですか? 今の所は他は健康そのものですが……?」

 

「今の所は大丈夫だとは思うけど……原因不明の事もあるし楽観は出来ないの……だからモロボシ君には、はやてちゃんの支えになって貰いた いのよ……」

 

 実際はともかく、15、6歳の少年には重い話なのは判っているのだが、石田先生は言わずにはいられなかった。

 ゼロの不思議な雰囲気も手伝ったのだろう。 年相応の少年という以外に、妙に頼もしいものがあった。先生は天才少年故だと思っているが。

 

 ゼロは石田先生の言葉に少し困惑していた。何しろ今支えられているのは自分の方だと自覚 しているからだ。

 衣食住から地球で生きて行く術まで、全て世話になっているのだから。はやては自分より精神年齢が高いのではないかとゼロは密かに思っ ている。

 

 そんな自分が支えなどになれるのだろうか? そう思っていると、石田先生はしみじみとした表情でゼロを見詰め、

 

「はやてちゃん……ご両親が亡くなられてから、ずっと1人でだったでしょう……? 施設の話も頑なに断って、通いのヘルパーさんも同じ人が来るのを避けて……私にもどこか壁を作っていたわ……他人を拒絶していたと思うの……」

 

「はやてが……ですか……?」

 

 ゼロは意外な話に驚いていた。とても人懐っこい少女だと思っていたからだ。石田先生は哀しそうに目を伏せ、

 

「多分……色んな事に対する諦めや、一方的な同情を嫌っていたんでしょうね……頭のいい子だから……だからモロボシ君と暮らすって聞いて、正直意外だったのよ……」

 

「そう……ですか……」

 

 ゼロはそう言うしか無い。そんな子が何故自分を受け入れてくれたのだろう?  とも思ったが、それより以前のはやての様子を聞いて、胸が締め付けられるようだった。

 他人を拒絶して1人で生きようとする少女は、まるで以前の自分を思い出させた。力さえ有れ ば……その思いだけで周り全てを省みず、大罪を犯した自分……

 

 ゼロはやりきれなくなって視線を落とす。そんな少年の心の内を知らず、石田先生はその手を取った。顔を上げるゼロに、

 

「それが最近はやてちゃん……とても明るく笑うようになったのよ……前は笑っていてもどこか儚げだったのに……モロボシ君が来てからよ……」

 

 ゼロは本当に嬉しそうに笑うはやてしか見ていない。儚げに笑う少女を思うと哀しくなった。石田先生はそこで一旦言葉を切ると、改めてゼロの目を見詰め、

 

「そんなモロボシ君だからこそお願い……何も特別な事をしなくていいから……はやてちゃんの傍に居てあげて……」

 

「判ったぜ先生!」

 

 心の奥底から即答していた。少女の心の内までは解らない。だが自分が居るだけではやてが元気になるのだったら、それはとても尊い事だと思った。

 ただ勢い付き過ぎて素の喋り方になってしまっていたが……石田先生は少年の豹変っぷりに目を丸くした。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 その夜ゼロは検査で疲れたのか、少しグッタリしているはやてと風呂に入る。ゼロが最初にのぼせて以来、心配したはやての提案でこうなったのである。

 はやてはそれが楽しいらしく、ゼロは地球では当たり前と説明され普通に一緒に入り背中を流してやる。

 

 だが後になって指摘され青くなったり、 後々まで悩まされたりする羽目になるのだが、それはまた後のお話である。

 

 ゼロは風呂から上がり、寝る支度をしてはやてを抱え部屋のベッドに運んでやる。そこでゼロの頭の中に、昼間石田先生から聞いた話が甦った。

 

「はやて、少し脚を見せてくれ」

 

「ええけど……?」

 

 首を傾げる少女の脚をそっと押さえると目を凝らした。その瞳が常人には見えない光を放つ。父セブンと同じ透視能力だ。 人間形態ではほとんどの超能力は使えないが、透視能力位は使える。一通り脚の内部を探ってみた。

 

 しかし良く解らない。一見異常は無さそうなのだが、少しおかしいような気もする。結局ゼロに判ったのは自分にも解からないという事実だけだった。

 

「ゼロ兄……?」

 

 肩を落とす少年を見て、はやては心配そうに声を掛けて来た。ゼロは済まなそうに少女を見、

 

「ああ……悪い、何か判るかと思ったんだが…… 駄目だった……済まねえな役に立てなくて……」

 

 落ち込んでいた。はやてはそんな少年の服の裾をそっと握り、

 

「何言うてるんや……? ゼロ兄には感謝しとるん よ……」

 

 ひどく優しく微笑んだ。慈母のような微笑み。ゼロは何故か鼻の奥がツンとする感覚に襲われたが、

 

「そ……そうか……また何か考えてみるぜ。『ウルトラマンヒカリ』でも居ればなあ……じゃあな、はやてお休み」

 

 それを誤魔化すように部屋を出る事にする。 このまま放って置くと、みっともないものを晒す気がした。はやては名残惜しそうに手を離す。

 

「お休み……ゼロ兄……」

 

「ああ……お休み……」

 

 疲れたのかもうウトウトしている少女を後にし部屋を出ようとしたゼロの視界に、1冊の本が入った。

 かなりの年代物らしい。中央に剣十字をあしらった飾りが付いており、妙な事に鎖で縛られている。これでは読めないのでは無いかと思っ た。

 

 何か引っ掛かるものを感じたが、他に異常は無いようなのでゼロは部屋を出た。外では風が強く吹き荒れ、八神家を軋ませていた……

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 翌日ゼロとはやては買い出しに出掛けていた。力自慢が増え色々買えて助かっている。だがゼロは少々浮かない顔だ。はやてはそれに気付き、

 

「ゼロ兄まだ気にしとるん……?」

 

「むう……」

 

 ゼロは頭を掻く。昨晩の事をまだ気にしているのだ。

 

「他のウルトラマンなら治せたかもしれねえの に……俺は戦闘ばっかりでその辺りがなあ……」

 

…戦い以外は役に立たないと凹んでいた。尤も他のウルトラマン達も、そんなに万能な訳ではないのだか……

 

 はやては自分の脚の事は諦めている部分があるので別にどうでもいいのだが、ゼロは気にしている。気を逸らそうと別の話題を出してみる事にする。

 

「それより今日はホンマに風が強いよね……」

 

 はやては空を指差した。晴れてはいるが、たまに突風のような強い風が吹く事がある。昨晩からかなり強い風が吹いていた。

 

「そうだな……最近は大風や竜巻が起こったりするそうだから、買い出しが終わったら早目に戻るか……」

 

 ゼロは最近ニュースで仕入れたばかりの知識を引っ張り出して頷いた。ふと吹き荒ぶ空を見上げ、

 

「まさか……怪獣の仕業とかじゃねえよな……?」

 

「大風を起こすような怪獣が居るん?」

 

ゼロの世界の話は面白い。はやては目を輝かせ空かさず聞いてみた。

 

「核怪獣ギラドラス……親父と戦った奴だ。コイツは地上に出て来るだけで周りを嵐にしちまうんだ。地核の高温高圧の中を平気で泳ぎ回るんだぜ」

 

「凄いなあ……他にも居るん?」

 

常識を遥かに超えた生物に、はやての空想は広がる。本当にとんでもない生物ばかりなのだ。

 

「他にも木枯らし怪獣グロンとか、マラソン怪獣イダテンランとかも居るぞ」

 

「段々怪しくなって行くなあ……」

 

 はやてはツッコミを入れつつ可笑しくなった。最初ゼロの世界の話を聞いた時は、ハードSFのような世界だと思ったものだが、色々判って 来るとおとぎ話のような事が起こったりする不思議な世界のようだ。

 

 そんな他愛ない話をしつつ、2人はデパート近くまで来ていた。中心街程では無いが、この辺りも大きな店やビルが多く人通りも多い。

 

 ゼロは町行く人々の中、はやての乗る車椅子を巧みに操って進む。結構手慣れて来ていた。

 丁度高いビルが建ち並ぶ辺りまで来た時、妙な音がゼロの耳に入った。彼にしか聴こえない極小さな音。

 

「何だ……?」

 

 軋むような異音。ゼロは嫌な予感を覚え、音のした方向、上を見上げてみた。すると……

 

「うっ!?」

 

 見上げた目に映ったのは、落下して来る巨大な立体看板だった。ビルの屋上に設置されていたものだろう。強風のせいで老朽化していた部分が壊れてしまい、風に煽られてしまったのだ。

 

 直径だけでも十数メートル、重さは数トンは有るだろう。それが人が溢れる道路に落ちて来る。はやてはゼロにつられて上を見上げ、硬直してしまった。

 

 他の通行人達も唖然と上を見上げる。固まってしまう者、悲鳴を上げる者、逃げようとする者様々だ。

 とっさに子供を庇う母親。 だが逃げられるような災厄では無い。この後に起こるは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 巨大な物体は通行人達を纏めて押し潰そうと、唸りを上げて落ちて来る。唖然と固まっていたはやてを力強い腕が包んでいた。ゼロだ。

 

「はやてしっかり捕まってろよ!」

 

 少女は言われるまま、その腕にしがみ付く。不思議と恐怖は感じなかった。ゼロは内ポケットから何かを取り出す。

  次の瞬間、眩いばかりの光が辺りを照らした。は やては思わず目を閉じていた。すると何か大きなものに包まれて行くような気がする。

 それと同時に、耳をつんざく何かに硬いものがぶつかる衝撃音。立体看板が落ちたのだ。だが身体は何とも無い。ふと気が付いた。地面が動いているのだ。

 

(あれ……? ゼロ兄に掴まっていた筈……)

 

 恐る恐る目を開けてみると、其処には確かにゼロは居た。だが明らかに違う点がある。

 

「ゼロ兄が大きいぃぃっ!?」

 

 流石にビックリして、はやては素っとんきょうな声を上げてしまった。そう数十メートルの巨人と化した『ウルトラマンゼロ』が片手にはや てを乗せ、その巨大な背中で看板を受け止めて、通行人達の盾になっていたのだ。

 

 助けられた人々もポカンとしてゼロを見上げている。只でさえ命の危険に晒された上、常識を超えた巨人の出現に皆呆然としていた。

 

 巨大なゼロは、背中に激突して無惨に変形した看板を静かに道路に降ろすと、おもむろに立ち上がる。

 身長49メートルの巨人。間近で見ると小山のようだ。人々はその偉容に我を忘れて見入っている。はやてはその掌の上でゼロを見上げた。ゼロははやてを見下ろしコクリと優しく頷く。

 その仕草、目の温かな光間違いなくゼロだと判った。巨人は空を見上げる。次の瞬間その巨体は、フワリと宙に浮かんでいた。

 

『ダアァァッ!』

 

 掛け声と共に、ゼロはざわめく人々を眼下に大空高く飛翔し、その姿はあっという間に小さくなり雲間に隠れ見えなくなった。

 

 

 

 

「凄いわあ……」

 

 はやてはゼロの巨大な指の間から地上を見下ろし、感嘆の声を上げていた。するとゼロが合図を送って来る。掴まってろと言う事らしい。丸太のような指にしがみ付いた。

 すると不意にゼロの巨体が縮んで行く。瞬く間にその身体は小さくなり、気が付くとはやては車椅子ごと等身大のゼロに抱えられていた。

 

『大丈夫か、はやて……?』

 

 心配そうな声が耳に届く。かなりの高度の筈だが、呼吸も苦しくないし当たる風も微風程度だ。 ゼロが彼女の周りに力場を張り巡らしているようだ。はやては笑って、

 

「大丈夫や、何とも無いよ、快適や」

 

『そうか……』

 

 エコーが掛かっているが、間違いなくゼロの声だ。一応巨人が本当の大きさだとは聞いていたが、実際目にしてみると圧倒される。

 しかしそれよりもはやては興奮していた。感動していたと言っていい。

 スーパーヒーローは敵と戦うだけの存在というイメージが強かったが、それだけでは無い事を実感した。人々の盾になる姿に、ウルトラマンと言う存在の本質を見た気がする。

 

「凄いわあ……ゼロ兄が居なかったらエライ事になっとった所や……」

 

 はやては改めて銀色の顔を見た。ゼロは照れ臭そうに肩を竦める。

 

『まあ……俺に出来るのはこれくらいだからな……』

 

「でもゼロ兄にしか出来なかった事や……あの人達みんなの命を助けたのはゼロ兄や……隣を歩いてたちっちゃな女の子を連れたお母さんも、前に居ったお爺さんお婆さんもみんな……」

 

 卑下するゼロに、はやては自分の事のように誇らしげに微笑む。それを聞いたゼロのアルカイックスマイルの口許が、僅かに微笑んだ気がした。

 

『ありがとな……はやて……』

 

 ゼロは呟いていた。意識してか無意識かははやて本人も判っていないようだが、自分の無力さに囚われていたゼロにその言葉は効いた。

 

(脚を治せなくても俺は、こうしてはやてを皆を危険から守る事が出来た……奇跡は起こせないが、今は俺が出来る事をしよう……)

 

 ゼロは思う。色々と気負い過ぎていたようだ。まったく人間には教えられる事が多い。

 

『じゃあはやて、気分直しに少し空の旅と洒落こむとするか?』

 

「ホンマに?」

 

 はやては二つ返事で大喜びだ。ゼロは心得たとスピードを上げる。

 

 澄んだ青空と、綿菓子のような雲海の隙間から見える地上の風景。その中を車椅子の少女を抱えた超人が自在に舞う。

 

 夢のようだった。はやては抜けるような蒼穹の空の下、このまま何処までも飛んで行けたらいいなと思った……

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 




次回『海鳴の雪や』

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。