夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第31話 うたかたの空や

 

 

 

 

「初めまして」

 

 その青年は頭を下げて礼儀正しく挨拶し、右手を差し出して来た。私はそれに応え手を差し出しながら、何故か安らぐものを感じていた。

 命令を受け彼と初めて顔を合わせたが、正直意外だった。目の前の青年は、至って普通の青年に見える。

 あれだけの力を個人で保有しているというのに、驕るような態度も人を寄せ付けないような雰囲気も無い。温かな眼差しをしていた。

 

 同じく彼を迎えた息子も、同じような感想を持ったらしい。最初は見定めようとかなり警戒していたようだが、色々と話してみて彼の態度と人となりに警戒を解いたようだ。

 

 注意深く慎重な息子にしては珍しい。こんな短時間で他人に心を開くとは。かく言う私も、彼に対し悪い感情を抱かなかった。それどころか好感を抱いたのは否定出来ない。何故だろう?

 

 確かに好青年だとは思うが、それだけでは無いような気がする。不思議な青年だった。 一通りの面談を終えた彼は、立ち上がって礼儀正しく一礼し、

 

「それではお世話になります、リンディ提督、 クロノ執務官……」

 

 彼『孤門一輝』は染み渡るようなハスキーな声で私達に挨拶すると、風のように部屋を去って行った。私とクロノは彼が出て行った後を、何時までも見詰めてしまっていた……

 

 

 

********************* *

 

 

 

 その日、高町なのはは人気の無い早朝の桜台登山道にて、フェレット姿のユーノの指導の元、魔法の訓練に集中していた。

 

 ユーノは『ヤプール事件』の後もこの世界に留まっていた。莫大な魔力に目覚めたなのはの指導係をする為である。

 毎朝4時30分に起床しての魔法の訓練は、なのはの日課の1つとなっている。その様子は実に活き活きしていた。

 何の取り柄も無いと思っていた自分に眠っていた才能。それを磨いて行くのが楽しいのだろう。

 

 その他にも夜間の高速飛行移動の訓練に、『レイジングハート』による仮想空間内での戦闘シミレーションから、日常生活での魔力負荷による魔導師養成ギブスの訓練etc……

 流石に先生役のユーノも呆れてしまう程の、熱血スポーツ漫画顔負けの打ち込み振りであった。

 

「なのはは魔導師を続けるんだね……?」

 

 ユーノは休憩の時に、小さな頭をピョコンと上げて訊ねてみた。彼女が辞めると言えばレイジングハートを手放し、普通の少女に戻る事も出来るのだが……

 

「うんっ、私にも出来る事が有るなら、今はこの力をもっと鍛えたいんだ」

 

 なのはは朝から元気一杯で笑って見せる。はつらつとしていた。ユーノは苦笑し、

 

「それはやっぱり、この間の経験のせい……?」

 

「そうだよ……」

 

 なのははレイジングハートを掲げて微笑むと、展望台から眼下に広がる生まれ育った街を、感慨深く見渡し、

 

「こんな私でも……ウルトラマンさんの手助けをして、この世界を守るお手伝いが出来たんだよ……」

 

 それは衝撃的な体験だった。戦いの怖さも知った。それでもそれらを上回る程に、なのはは感動していた。彼女は誇らしげに澄んだ空を見上げ、

 

「……『人が好きだから他に理由が必要か?』 なんて言ってもらったら……私はそれに応えられる人間になれたらいいなって、思ったんだ……」

 

「そうだね……」

 

 ユーノもあの銀色の顔をした超人の事を思い返す。最後まで戦い抜いた戦士の事を。なのははレイジングハートをしっかり構え、

 

「だから私は、自分の力をもっと磨きたいの……そしてウルトラマンさんみたいに、誰かを守る為にこの魔法を活かしたいんだ……」

 

 ユーノは深く頷いていた。強大な力を持った全能者に救われたという感覚では無い。ゼロの死力を振り絞って戦うその姿に、最後まで諦めない事を教えられた気がした。

 

「なのはの想いは良く判ったよ……じゃあ訓練を再開しようか!」

 

「ユーノ先生お願いします!」

 

 共に心に灯った火を確かめ合うように声を出し合う。ようやく目を覚まし始めた街を見下ろしながら、なのはは張り切って訓練を再開した。

 

 

「……いくら何でも……張り切り過ぎじゃない か……?」

 

 次元の海に浮かぶ、都市以上の巨大さを誇る人工物が浮かんでいる。『時空管理局・本局』 通称『海』だ。

 その整備ドッグに係留中の『アースラ』通信室に、クロノ執務官の呆れたような声が漏れた。

 通信モニターの相手はユーノ。用事があってエイミィに頼んで連絡した所、クロノはなのはの訓練メニューを聞き、呆れ半分驚き半分と言った所である。

 まったく末恐ろしいなと苦笑し、用件を伝え通信を終えた時、通信室のドアが開いた。

 

「お邪魔します……クロノ、エイミィお茶持って来たよ」

 

 お茶の載ったトレイを持って入って来たのはフェイトである。彼女は裁判中、アースラにその身柄を預けられているのだ。

 裁判は順調で、フェイトとアルフは艦内を自由に歩き回る事も出来る上、制限もあまり厳しくない。

 リンディも優しく、クロノもエイミィも何かと気を配ってくれ、今では家族のように感じている。アースラのクルー達も良い人ばかりだった。

 

 最初は緊張気味だったフェイトも徐々に打ち解け、今ではアルフ共々クルー達のマスコット的な存在になっている。

 

「クロノ……なのははどうだって……?」

 

 お茶を渡し聞いて来るフェイトに、クロノは首を竦めて見せ、

 

「元気過ぎる程にね……物凄い特訓をしている……あんまり無理をするなと伝えておいたよ……」

 

「そうか……なのはは頑張ってるんだ……私も頑張ろう……!」

 

 フェイトは張り切って意気込んだ。瞳に射していた暗い陰も大分薄くなって来たようだった。完全に吹っ切るまでは行かないだろうが、良い方向に変わりつつあるようだ。

 

 その辺りは感慨深いのだが、クロノはフェイトとなのは、並外れた才能を持った少女達の将来に、空恐ろしいやら頼もしいやらで、何とも言えない苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 通信室を後にしたフェイトは、クロノから渡されたなのはからのビデオメールのディスクを手に、いそいそと自分の部屋へ急いでいた。

 なのはとはビデオメールのやり取りをして、お互いの近況を知らせ合っている。

 

「フェイトォーッ」

 

 そこに元気一杯な調子のアルフが駆け寄って来た。彼女もアースラに来てから、はつらつとしているようだ。2人は並んで歩きながら、これからの事を話した。

 

「フェイト本局に着いたから、もうすぐ『嘱託魔導師』の認定試験だね?」

 

 アルフは気合いが入っているようだ。フェイトはコクリと頷き、

 

「これに合格すれば、異世界での行動制限がぐっと少なくなって、リンディ提督やクロノのお手伝いが出来るようになるからね……」

 

 かく言うフェイトも、静かに闘志を燃やしいるようだ。

 ちなみに嘱託魔導師とは、管理局員とは別に契約を結んだ民間魔導師がなる場合が多い役職である。前線に出る事が多い代わりに権限が大きい。

 

 万年人手不足の管理局ならではの役職と言えよう。ただし嘱託魔導師になるには、実技などの試験に合格しなければならないのだ。フェイトは裁判中の身としては異例だが、その試験を受ける事になっている。

 リンディやクロノの尽力に加え、大規模次元干渉の阻止に高く貢献した上、『ヤプール』のあまりの悪辣さと、母親を殺されたフェイトの境遇に同情の声が集まった結果だった。

 何が幸いするか解らないものである。 アルフは気合いが入っているフェイトを嬉しそうに見て、

 

「試験はやっぱ、なのはの影響?」

 

「ん……勿論それもあるけど……」

 

 フェイトは初めて出来た友人に想いを馳せ、

 

「なのはも頑張ってるんだし……私も負けないように頑張って……」

 

「それに『ウルトラマンゼロ』に誇れるようになりたい、だろ?」

 

 アルフはニッコリ笑って、主が続けようとしていた言葉を先に言った。フェイトは照れたような笑みを浮かべ、

 

「うん……おこがましいかもしれないけど……私もゼロさんみたいに、誰かを助けられるようになりたいんだ……」

 

 数ヵ月前に出会った少年の顔を思い浮かべる。最早彼女の中で、少年と銀色の顔をした超人は1つになっていた。遠くを見るような眼差しで、

 

「……私はあの時……暗闇に1人取り残されたようだった……」

 

 プレシアの身体を乗っ取っていた『ヤプー ル』との悪夢のようなやり取りに、盲従のあまりアルフ達やなのはに心配や迷惑を掛けた事を思い返す。

 

 自分と言う存在の全てを、世界そのものに拒絶された気がして絶望の淵に沈んだ時の事を…… その表情に暗いものが射すが、彼女はそれでもしっかりとアルフを見上げ、

 

「あの人が居なかったら……私は絶望したままアルフ達も沢山の人達も巻き込んで死ぬ所だった……それをゼロさんは命懸けで助けてくれた……それだけじゃ無い、あの時それ以上のものを貰った気がするんだ……」

 

「そうかい……」

 

 アルフは染々と頷いた。ゼロの言葉は彼女も聞いている。ゼロは別段フェイトにありがたい説教を垂れた訳では無い。ただ頑張れとエールを送っただけだ。

 

 だが言葉など不要だった。ウルトラマンゼロの戦う姿は、百万の言葉よりフェイトに届いている。心の中に力強い火が灯ったような気がした。

 

「だから私もゼロさんみたいに……あの時の私みたいな人達の手助けをしたいなって……あんな凄い力は無いけど、自分が出来る限りの事をしてみたいんだ……」

 

 自分なりに考え導き出した答えだった。アルフは、言った後で照れてしまい顔を赤くするフェイトの肩をポンと叩き、

 

「それがフェイトが見付けた自分の道だね?」

 

「うんっ……」

 

 フェイトは照れながらも、しっかりとした意思を感じさせる瞳で頷いた。その表情を見てアルフは感慨深く思う。

 

(……フェイト……こんな表情が出来るようになったんだね……)

 

 プレシアの影に囚われ、何時もビクビクしていた少女は明らかに成長を遂げたのだった。

 

 ところで2人共歩きながらの話に、少々入り込み過ぎていたようだ。その為通路の角から出て来た人影に気付くのが遅れた。

 

「あっ?」

 

 フェイトは角から歩いて来た青年に横合いから、思いきり頭からぶつかってしまったのだ。

 

「す……すいませんっ、ぼーっとしてて……」

 

 慌ててフェイトは頭を下げて謝った。アルフも続く。青年は怒る様子も無く、人懐っこい笑みを浮かべ、

 

「いや、こっちこそゴメン、初めてなものでね……僕もキョロキョロしてたんだ」

 

 笑って許してくれた。怖い感じの青年では無 い。フェイトはホッとした。すると青年は2人を見て何か気付いたようで、

 

「ひょっとして君達は、フェイトちゃんとアルフちゃんじゃないか?」

 

「は……はい……」

 

「そうだけど……?」

 

 フェイトとアルフは戸惑った。目の前の青年に全く見覚えが無かったからである。アースラに来てからしばらく経ち、クルーは全員見知っているが、こんな青年は見た事が無い。

 初めてと本人が言っているので、新しく配属された新人だろうかと思う。2人の戸惑った表情に気付いた青年は、自分のうっかりに苦笑し、

 

「ああゴメンね、知らないのも無理はない…… 僕は今日からアースラでお世話になる事になったんだ」

 

 右手をフェイトに向かって差し出した。

 

「僕は『孤門一輝』……よろしくね、フェイトちゃん、アルフちゃん」

 

 自己紹介し、ニッコリと優しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

********************* **

 

 

 

 

 9月19日八神家

 

 朝日が射し込むキッチンで、はやてはシャマルと共に朝食の支度に勤しんでいた。そんなはやての元に『闇の書』がふわふわ浮いて寄って来た。

 その様子は主人にまとわり付く仔犬のようである。気付いたはやては微笑み、

 

「そんな所に居ったら、水が跳ねて汚れてまうよ?」

 

 『闇の書』は小さなマスターの言葉にピョコ ンと頷くように動くと、少し距離を取った。

 未練がましくギリギリの距離なのが本当に仔犬っぽい。ほのぼのした光景である。シャマルは可笑しくて、くすりと笑ってしまった。

 お味噌汁の良い匂いがふんわり漂い、魚の焼ける香ばしい香りがキッチンを満たす。ゆったりとした時間が流れる朝の一時である。すると、

 

「ただいまあ~っ、腹減ったあ~っ」

 

「只今戻りました……」

 

 早朝トレーニングに出ていた、ゼロとシグナムが戻って来た。ゼロは腹ペコらしくちょっと情けない顔をしていて、シグナムにそれをからかわれている。

 

「たっだいまあ、はやて~、お腹空いたあ ~っ」

 

 続いてザフィーラと散歩に出ていたヴィータも帰って来た。こちらもゼロと似たような感じである。リビングは一気に賑やかになった。

 

 

 朝食を終え一休みした後、シグナムとシャマルは洗濯物を干しに庭へと出ていた。空は澄みきった日本晴れで、絶好の洗濯日和である。

 人が多い分洗濯物も多いので、協力して干して行く。その最中シャマルはふと手を休め、

 

「ねえ……『闇の書』の管制人格(マスタープログラム)の起動って、『蒐集』が400ページを越えてからだっけ……?」

 

「ああ……」

 

 シグナムも洗濯物を干す手を止め、

 

「それと……主の承認が要る……主はやてが我らが主である限り、我らや主はやて、ゼロも『彼女』と会う事は無い……」

 

 その表情が曇った。まるでその『彼女』に悪いかのように。シャマルも同様だった。自分達だけが良い目を見ている、それが後ろめたい。そんな風に見えた。

 

「そうね……はやてちゃんは『闇の書』の蒐集も完成も望んでないから……『彼女』淋しいのかもしれない……」

 

「かもしれんな……あいつに悪い気がする時がある……」

 

 シャマルの推測にシグナムは頷いた。はやてやゼロに、仔犬のようにくっ付いて回る『闇の書』の姿を思い出す。チクリと罪悪感を感じたが、

 

「しかし……主とゼロには『管制人格』の事は伏せておかないとな……きっと気に病まれてしまう……」

 

 リーダーの言葉に、シャマルは哀しそうに同じく頷いた。

 

「うん……きっと『彼女』も判ってくれるわ……」

 

 その話はそこで終わった。再び2人は洗濯物干しに戻る。だがふとシグナムは思った。『彼女』の事だ。

 

(主はやてには正しく主人にまとわり付く仔犬のようだが……ゼロに対しては……)

 

 『彼女』とも永い付き合いだ。今の彼女とは意志疎通はほとんど出来ない。ほんの一部が起きているだけの状態だ。

 

(……まるで……助けを求めてすがり付いているような……?)

 

 何故かそんな事を思ったが、何の確証も無い。考え過ぎかとシグナムは、洗い立てのシーツをバサリと広げ大きくはためかせた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 夕暮れ間近の静かな八神家のリビングで、はやてはソファーに座っていた。その前にはゼロが床に座り込み、彼女の脚に手を当てている。

 とても集中しているようだ。その掌から微かな光が漏れているように見えた。ゼロの日課になっている、はやての脚への 『メディカルパワー』の照射である。

 以前フェ イトに使った辺りから始め、もう数ヵ月は続けているのだ。

 

「……ふああ……気持ち良かったあ……ありがとうなゼロ兄……」

 

 照射が終わったはやては、ほっこりしてゼロにお礼を言った。体組織を活性化するものなので、とても気分が良くなる。だがゼロは浮かない顔で、

 

「……いや……こんな事くらい、何でもねえよ……」

 

 ゼロは無力感を感じずにはいられなかった。はやての脚を治してやれない自分が不甲斐ないのだ。

 

「済まねえなはやて……あんまり役に立てなくてよ……」

 

「またゼロ兄は、そないな事言うて」

 

 はやては凹み気味のゼロを笑ってたしなめる。これではどちらが年上か判らない。

 

「でもよ……」

 

 まだ凹んでいるゼロに、何か気の利いた事を言って励まそうとしたはやては、ふと思い付き、

 

「そないに気になるんやったら、代わりに私のお願い聞いて貰おうかな?」

 

「おうっ、何でも言えよ!」

 

 ゼロは張り切って立ち上がった。

 

 と言う訳でソファーに座り、はやてを膝に乗せて赤ん坊をあやすように、抱っこをさせられるゼロであった。

 はやてはゼロの胸板に身体を預け、嬉しそうにその温もりを味わっている。

 夕暮れの茜色の淡い光がリビングに優しく射し込み、ゆったりとした時間が流れる。はやては時間までゆっくり進んでいるような気がした。

 彼女の耳には、少年のトクットクッという心音だけが聞こえ、温かい温もりが全身を包み込む。ひどく安らいだ気持ちになった。

 はやてはその安らぎに身を任せながら、茜色に染まって来たリビングを見渡し、

 

「……みんなも、すっかり此処に馴れたんやな あ……」

 

 感慨深く、今は出掛けている家族の姿をその目に映す。

 シグナムは近所の剣道場で臨時の講師を頼まれ出ている。シャマルは町内会の集まりに行き、ヴィータは老人会のゲートボールに参加。ザフィーラは散歩がてらそれに着いて行っている。

 

 何時もは一斉に出払う事は無いが、今日はたまたま出掛ける用事が重なり、珍しく家にはゼロとはやてだけだ。ゼロは染々しているはやてをからかう調子で、

 

「はやて、何かその言い方だと、子供を心配するお袋さんみたいだぞ?」

 

「もう……ゼロ兄は……私はまだ9歳なんよ……?」

 

 少し頬を膨らませむくれる素振りを見せるはやてだが、ゼロは彼女が守護騎士達の小さなお母さんを秘かに任じているのを判っている。

 まだ幼い身でありながら精神年齢が高く、抱え込む性格のはやてが少し心配になった。

 過去の事から、そうならなければやって来れなかっ たのだろう。 無知な子供のままではいられなかったのだ。 それはとても哀しい事だと思った。

 

(……その分俺が甘えさせねえとな……)

 

 ゼロははやてが苦しくない程度に、もう少しだけ抱く力を強める。彼女もしっかりと、すがり付くように少年の腕を抱いた。

 

 はやては仔猫のように身を預けながら、改めてリビングを見渡す。彼女の目には、後もう少し経てば帰って来る皆の姿がハッキリ見えた。

 

「……ずーっと……みんなでこのまま楽しく暮らして行けたらええなあ……」

 

「当たり前だろ……? 皆はやての傍にずっと居るさ……」

 

 ゼロは彼女の頭を撫でてやりながら、安心させるように優しく言い聞かせた。

 ふとその時ゼロは、腕の中の少女がとても儚く今にも消えてしまいそうな気がして、思わずゾッとしてしまった。

 

(馬鹿な!? そんな事有る訳ねえ!!)

 

 何故そんな胸騒ぎを覚えたのか自分でも解らない。縁起でも無いと、その考えを振り払い平静を装った。はやてはゼロの心の動きに気付かず、

 

「……うん……」

 

 離れるのを恐れるかのように、ゼロの腕をしっかりと抱く。嬉しかった。とても……

 

(ありがとうなゼロ兄……私は……そう長くは生きられんと思うけど……それまでは……)

 

 はやては心の中でのみ、感謝を込めて哀しい言葉をそっと呟くのだった……

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 其処には闇だけが在った。何処までも続く深淵の闇……

 

 

 光など無い、ただ無限とも思える闇だけが広がっている……

 

 

 そんな中で『彼女』は永い時のほとんどを闇の中で独り過ごして来た……

 

 

『彼女』は『闇の書』……

 

 

 かつての姿と名前も既に失ってしまった……

 

 

 何時何処で生まれたのかも思い出せなかった……

 

 

 今の『彼女』には遠からず動き出す悲劇を止める術は無い……

 

 

『彼女』は哀しく思う。騎士達も主も少年も自分を恨むだろうかと……

 

 

 次はどんな形で目覚めてしまい、力を振るってしまうのかと……

 

 

 そして次は、誰が自分と主を破壊するのかと……

 

 

『彼女』は祈る事しか出来ない。せめてその時が、僅かでも先に延びるように……

 

 

 自分はその時を待つ事しか出来ない……

 

 

 だが今回は何時もと違っていた。『彼女』は不吉な予感に慄いている……

 

 

 おぞましい程の邪悪な影の存在を一度だけ感じたのだ。何者なのかは解らない……

 

 

 そしてもう1つ。一度だけ『彼女』に干渉し、主と異世界から来た少年に自分の記憶を伝えさせた謎の 力……

 

 

 一体何が起ころうとしているのか。これまでとは比べ物にならないような恐ろしい事が起こる気がした……

 

 

 だが『彼女』にはどうする事も出来ない。ただその時が来るのを待つ事しか……

 

 

 八神はやて『闇の書』の主。覚醒第1段階。

 

 

 蒐集ページ数現在0ページ。完成まで後666ページ……

 

 

 

つづく

 

 

 




次話からA's編が始まります。A's編はネクサス風タイトルになります。
次回『侵食-エンクラッチメント-』

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