夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第23話 復活のヤプールや

 

 

 プレシアはフェイトの首に掛けた両手に力を込めた。フェイトはまったく起きる様子は無い。

 しかしその手にそれ以上力が込められる事は無かった。プレシアの顔から大量の汗が流れ落ちる。手が力無く離れた。

 目を血走らせて再びフェイトの首に手を掛けようとするが、やはりそれ以上は出来なかった。プレシアは手を離しガックリと床に膝を折っていた。

 

「……どうして……? 偽者なのに……」

 

 うわ言のようにぶつぶつ繰り返す。その背後に『女ヤプール』が音も無く近付いて来ていた。プレシアは気付かない。

 

「……何故……? 何で出来ないのよおおおぉぉっ!!」

 

 プレシアが血が滲む程拳を握り締め、血を吐くような叫びを上げた時だった。ゾクリとするような怖気が背中を走った。

 

《フハハハハッ! 狂気に染められた心に遂に隙が出来たなプレシアァァッ!!》

 

 女ヤプールがプレシアを、背後からガッチリと羽交い締めにしていた。

 

「どういうつもり!? くっ!」

 

 プレシアは女ヤプールの体内に仕掛けた、魔力方式の爆弾を起動させようとした。しかし、

 

《もう遅いわ!》

 

 爆弾は作動しなかった。だがそれ所では無かった。羽交い締めにしている女ヤプールの身体が、融合するようにプレシアの身体に入り込んで来るではないか。

 

「なっ、何を!?」

 

 女ヤプールは酷く禍々しい笑みを、肩越しに浮かべ、

 

《プレシア……お前の身体を頂く機会をずっと待っていたのよ……今の身体はほとんどの力を失ってしまっている……病んでいるお前の身体でも、その魔力と狂気は充分ヤプールの滋養になるわ!》

 

 ヤプールは最初からそのつもりだったのだ。

 『ゴーストリバース事件』で『ウルトラマン A』に『メビウスキラー(G)』を破壊されたヤプールは、残った怨念を女ヤプールとして集結させた。

 そして『メビウスキラー』の残骸と共にヤプールを拾ったプレシアを、滋養として乗っとろうと考えたのだ。

 

「……あああぁぁぁ……」

 

 ずるりずるりと、吐き気を催す邪悪の塊が体内を心を侵食する。その膨大なヤプールの集合意識にプレシアの意思は侵されて行く。

 

 抵抗は無駄だった。抗う事すら出来ない。 薬を盛られているフェイトは昏々と眠ったままだ。プレシアは無意識に少女に手を伸ばしていた。

 しかしそれが最期だった。何も掴めぬまま手は力無くと落ちてしまう。

 

 2人は重なり合い完全に1つとなる。『それ』は項垂れ身動き1つしなくなった。異様な空気が周囲を包む。

 しばらくの時が経ち、かつてプレシアだった者はゆっくりと顔を上げた。

 

「……安心するがいいプレシア……」

 

 ニタリと禍々しい笑みを浮かべるその眼は、既に人間のそれでは無い。

 

「アナタの代わりに私が『アルハザード』への道を開いてあげるわ! あはははははっ!!」

 

 凶気の嗤いが部屋に木霊す。フェイトは何も知らず、昏々と眠り続けていた……

 

 

 

 

 *********************

 

 

 

 

 『異次元の悪魔『ヤプール』……お前のお袋さんの 身体を乗っ取り、全てを吸収しやがったんだ……其処に居るのは『ヤプール』そのものだ!!』

 

 ウルトラマンゼロの超感覚は、目の前に居る者が人間では無い事をハッキリと看破していた。フェイトは目の前のプレシアの姿をした者を、驚愕の目で見る。

 

「……そ……そんな……何時から……?」

 

 プレシアの姿をした者は、如何にも詰まらなそうな表情をして長い黒髪をかき上げ、

 

「ちっ……まあいいわ……何年も前からよ……プレシアが戦いに敗れ漂流していた私を見付けて……爆弾仕掛けて言いなりにしようとしたんだけどね……」

 

 プレシア……いや『ヤプール』はそこで幾分忌々しげな顔をするが、

 

「でも人間如きが我ら『ヤプール』を操れる筈も無く、哀れプレシアは逆に身体を乗っ取られて絞り滓になって死にましたとさ、あはははははっ!!」

 

 何とも愉しげな嗤い声が、三日月形に歪められた口から溢れる。ひとしきり嗤うと『ヤプール』はフェイトを厭な目付きで見、

 

「もうバレてしまったわ……詰まらないわあ…… もう少しその餓鬼で愉しみたかったんだけど……」

 

 『ヤプール』は今までとはガラリと態度を変え、残忍さを顕にする。最早プレシアの演技をする必要が無いからだ。

 

『噂以上のド外道な奴だな!』

 

 フェイトを床に降ろしたゼロは、たぎる怒りを込めて言い放つ。

 

「うふふふふ……誉め言葉ね……我らは異次元の悪魔……人の負の感情こそが極上の美味……この女とその餓鬼の哀しみ、最高だったわあっ!」

 

 『ヤプール』はプレシアの顔のまま、悪魔そのものの邪悪な表情で哄笑する。

 

『貴様ぁっ!!』

 

 ゼロは怒りままに拳を邪悪に向けた。しかし『ヤプール』は動じず薄笑いを浮かべ、

 

「でも勘違いしない事ね……? 私はプレシアの記憶も力も何もかも吸収した……私の行動はこの女の意思でも有るのよ……」

 

『どう言う意味だ!?』

 

 訝しむゼロに『ヤプール』は、光彩の無いどろりと孔のような眼を見開き、

 

「簡単な事よ! この女は私が居なくても、全く同じ事をしていたって事よ!」

 

『何だと!? 出鱈目抜かすんじゃねえっ!!』

 

 激怒するゼロだが、『ヤプール』は馬鹿にしたように鼻で嗤って見せた。さも愚かだとでも言いたげに。

 

「出鱈目なんかじゃ無いわ……私はプレシアの知識も記憶も全て奪い取った。

この女は以前の職場での事故の責任を上に押し付けられ、更にはその事故で娘を亡くして以来狂ってしまったのよ……それでその餓鬼を作ったけど、とんだ失敗作……」

 

(フェイトのお袋さんにそんな事が有ったのか……)

 

 思わぬ過去に唸るゼロに向かい、『ヤプール』は演説でもするかのように更に口を開く。

 

「この女は死んだ娘を蘇らせる為なら何だってやったでしょう……『アルハザード』へ渡る際の被害も承知していた。他人が何百億人死のうが関係無いってね……

これも人間の愛故にってヤツかしら? ある意味我らヤプールよりタチが悪いと思わない……?」

 

『…………』

 

 毒の籠った弾劾にゼロは答えない。フェイトは床に座り込んだまま、青い顔をして母の姿をした悪魔を茫然と見詰めている。『ヤプール』 はそんなフェイトを指差し、

 

「その餓鬼に対する態度もそうよ!」

 

 ビクリとフェイトは身体を震わせた。『ヤプール』は言葉にどす黒い悪意を込め、

 

「まさか……アナタ今までの自分への仕打ちは私の意思であって、プレシアの意思じゃ無いとか都合の良い事考えてなあい……?」

 

 動揺してフェイトは思わず後退りしてしまう。その考えはうっすら浮かんでいたからだ。 それを見越したヤプールは、さも可笑しそうにせせら嗤い、

 

「この女はお前が疎ましくて仕方無かったのよ! せっかく作ったのに、オリジナルとまるで違う劣化コピー。

私がお前に投げ掛けた言葉も、仕打ちも全てプレシアの意思よ!!」

 

 猛毒の籠った言葉にフェイトは耳を塞いで踞ってしまう。僅かな希望も幻想だったのかと、更なる絶望が襲った。もう駄目だと思った時、

 

『止めろ!!』

 

 ゼロがフェイトを庇うように、その前に立ち塞がっていた。『ヤプール』は忌々しげに舌打ちし、たぎるような憎しみを込め、

 

「黙れ小僧! 正義の味方気取りのウルトラ族が、反吐が出るわ! この我ら以下の身勝手さが人間の本質……これがお前達が守ろうとして来た人間の正体よ!」

 

『黙れ……!』

 

 ゼロの低くしかし強い響きの言葉が、悪魔の毒の籠った言葉を遮った。ウルトラマンの少年は心無し肩を落とす。俯くその鋭い目に陰が射した。

 

『……プレシアは無くしたものを取り返したかったんだろうな……やり方は絶体認めねえけどよ……俺は笑う気にはなれねえ……』

 

 脳裏に笑って死んで行った友の最期の顔が浮かんだ。自分が『プラズマスパーク』に手を出した時、プレシアと似たような想いを抱いていたのかもしれない。失ったものを取り返したいと……

 

 自分も一歩間違えればプレシアや『べリアル』のようになっていた筈だ。 だが次に浮かんだのは、父『ウルトラセブン』に師の『レオ兄弟』『ウルティメイトフォース』のメンバーに、はやて達皆の顔。

 

 心が温かくなる。沢山の人々のお陰で自分は今、ウルトラマンとしてこうしていられる。以前とは違うのだと強く感じる事が出来た。

 ゼロは吹っ切れたようにゆっくりと顔を上げ 『ヤプール』を見据える。その目に迷いは無い。

 

『俺は人間に絶望したりはしない……人はそれだけじゃ無い事を身を持って知っているからだ! 俺は人間を信じる! だからこそ俺はお前らと戦うんだ!!』

 

 きっぱりと決意を込めて言い放った。綺麗事かもしれない。甘いかもしれない。だがこれがゼロだ。ウルトラマンだ。ウルトラマンゼロなのだ。

 『ヤプール』は少年ウルトラマンの、真っ直ぐな言葉に醜く顔を歪ませると、

 

「甘ちゃんが……お前は何れ人間に裏切られるだろう……それが人間だ。その時になって後悔しない事ね……? 尤もその前にお前は死ぬけれどね!」

 

 嘲るように不吉な予言を吐くと、不意にその姿が歪む。

 

「もうこの姿も用済みね……返してあげるわ!」

 

 プレシアの姿をした『ヤプール』の姿が2つに割れた。着ていた濃紫のマントが取り払われると、白骨化した死体が床に崩れ落ち乾いた音を立てる。プレシアの成れの果てだった。

 

「いやあああああああああぁぁぁぁっ!!」

 

 フェイトの悲鳴が廃墟と化した部屋に響いた。そして其処に立っていたのは、白装束の着物に不気味な能面を被り、長い黒髪を蛇のようになびかせた『女ヤプール』である。

 

 『女ヤプール』の足元に光る魔方陣が展開された。転移魔法だ。プレシアの全てを吸い尽くして、魔法をも楽々と使いこなせるようだ。

 

『貴様ぁっ、逃げる気か!?』

 

 ゼロは飛び出すが、女ヤプールは慌てる様子も無く尊大な態度で、

 

「私は逃げも隠れもしないわ。今から『ジュエルシード』と此所の駆動炉とで『アルハザード』への扉を開く! 止めたければ庭園屋上まで来なさい。超獣軍団が相手になるわ! お前1人で何処まで戦えるかしらね!?」

 

 小馬鹿にするように言い残すと、ゼロの手が届く前に転移し姿を消してしまった。

 

『チイッ!』

 

 打って変わって静寂に包まれた室内に、先程の衝撃で意識を取り戻したらしいアルフの呻き声が聞こえる。

 ゼロはアルフに近寄り、『メディカルパワー』で治療を施した。獣人としての体力も手伝って、見る見る内に回復して行く。

 アルフの治療を終えたゼロは、プレシアの遺体の前で茫然と座り込むフェイトに歩み寄った。

 これ以上母親の遺体を見せるのは忍びなく、ゼロは脱ぎ捨てられたマントを拾いプレシアの遺体に掛けてやる。

 その指が僅かに遺骨に触れた。すると不意に頭の中に何かが流れ込んで来た。

 

(これは……?)

 

 深い哀しみと後悔の念。慟哭が聞こえて来る。

 

(これは……プレシアの残留思念か……?)

 

 ウルトラマンの超感覚が、遺体に残っていたプレシアの想いを捉えたらしい。それは『ヤプール』に身体を乗っ取られたプレシアの最期の想いだった。

 

 

 プレシアはヤプールの中で消えつつあった。それでもまだしばらくは意識はあった。しかしそれは生き地獄だった。

 ヤプールは容赦無くフェイトを叱り付ける。 否、そんな生易しいものでは無かった。それは剥き出しの暴力拷問だった。プレシアは自分がやって来た事を、目の当たりにさせられたのだ。

 

 ヤプールもまだプレシアの意識が残っているのを見越して、わざと見せ付けるようにフェイトに暴力を振るい続けた。

 

《お願い、もう止めて!》

 

 何時しかプレシアはヤプールに懇願していた。だがヤプールが止める筈も無い。

 

 《何を言っているの? アナタの代わりに、役立たずに躾(しつけ)をしてあげてるだけじゃないのぉ!?》

 

 泣き叫ぶフェイトを更に鞭打ちながら、ヤプールは愉しげに嗤う。

 

《安心して……じわじわ苦しめて最期には絶望させてから、なぶり殺しにするか超獣にしてやるから、アナタは安心して消えなさい! どうせこんな紛い物どうなったって構わないでしょう!?》

 

 ヤプールの悪意の槍がプレシアを刺す。そう、これは本来ならば自分がやっていた筈の仕打ち。その醜さおぞましさを第3者として見せ付けられるのは地獄だった。

 ヤプールは消滅寸前のプレシアに、絶望を味わせた末に消滅させる為にやっているのだ。既にもう1つの絶望は与えてある。

 

《……お願い……もう止めて……》

 

 ヤプールは薄まり消えて行くプレシアに、止めの毒を吐く。

 

《記憶の中にあったの覚えてる……? アリシアが 言っていたわね……母さん妹が欲しいって……》

 

 プレシアは思い出す。生前アリシアが言っていた言葉。何故今まで思い出さなかったのか……

 

《お前がやっていたのはアリシアの妹を生み出し、姉に似ていないからと妹に辛く当たっていただけよ! 何て酷い親なんでしょうね?

もしアリシアが生き返ったとしても、アナタを責めて死を選ぶでしょうよ! 妹を酷い目に遭わせて、沢山の命を犠牲にしてまで生き返りたく無いってね。

普通の人間に耐えられる訳が無 い。そんな事も判らなかったの!? あはははははっ!!》

 

《……私は……》

 

 気付いた時は全てが遅かった。皮肉にも身体を乗っ取られ、フェイトへの虐待を見せ付けられる事で自分の愚かさを、残酷な所業を思い知らされた。

 だが分かった時には最早手遅れだった。プレシアは消えて行く。最期に残ったものは……

 

 プレシアの遺体にマントを掛け終えたゼロは、座り込んでいるフェイトの前にしゃがみ込んだ。

 

『フェイト……聞け……』

 

 彼女は駄々をこねる子供のように、激しく頭を振った。

 

「母さんが死んだら私に生きている意味なんて無いんだ……母さんに認められる以外に価値なんて無い!」

 

 紅玉色の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。それは全てを失い絶望し泣き叫ぶ幼子の慟哭だった。

 

『聞けっ!』

 

 ゼロは懸命に呼び掛けるが、フェイトの絶望は深く、掛けられる言葉も耳に入っていない。

 

「母さんは最期まで私を見てくれなかった…… 最期まで微笑んでくれなかったまま……うわあああぁぁっ!!」

 

 顔をくしゃくしゃにして泣き叫んだ。笑顔にしたかった母は既に殺されていた。何もかもが手遅れだったのだ。無力に泣く事しか出来ない。

 

 様々な想いが頭の中をグルグル回る。心が壊れる寸前だった。 奈落に堕ちようとしている彼女を呼び戻そうとするように、その肩をゼロがしっかりと掴んでいた。

 

『落ち着けフェイト! あんな外道の言う事に惑わされるな!!』

 

 そこでようやく彼女は顔を上げた。ぼんやりとゼロの銀色の顔を見上げる。ゼロは涙で濡れたフェイトの瞳を真っ直ぐに見据え、

 

『……さっきの攻撃が外れたのは何でだか判る か……? あれが外れなければ俺もフェイトもあの時死んでいた……』

 

 優しく語り掛ける。フェイトは言葉の意味が分からず首を横に振るしか無い。ゼロは静かに頷いた。

 フェイトにはその厳つい銀色の顔が、とても優しい表情をしているような気がした。

 

『あれは……お前のお袋さんがお前を守ったん だ……』

 

「……えっ……?」

 

 意外な言葉にフェイトは声を漏らしていた。ゼロはプレシアの遺体に痛ましげに目をやり、

 

『そうだ……お袋さんの最期の一念が、ヤプールの動きを一瞬だけ止めたんだ……死んだ後でも娘であるお前を守った……この意味が判るな……?』

 

「……か……母さんが……?」

 

 フェイトはようやく理解した。マントが掛けられているプレシアの遺体をおずおずと見る。

 

「お袋さんも分かっていたんだろうな……お前がアリシアの代わりなんかじゃ無く、フェイトと言うもう1人の娘だって事が……」

 

 ゼロはフェイトの肩から手を離すと、両手を軽く彼女の頭に添えた。

 

『お袋さんの遺体に残留思念が残っていた…… とても強い想いだ……酷い話だがヤプールに身体を乗っ取られて、しばらくは意識が残っていたらしい……お前が虐待される様をずっと見せ付けられていたんだ……』

 

 沈痛な様子で有りのままの真実を語る。残酷な事実だが、今のフェイトには必要だと思ったのだ。

 

『聞け……これがお袋さんの最期の言葉だ……』

 

 ふわりとしたものが頭の中に響く。フェイトはそれを聞いて思った。

 

 

《……フェイト……》

 

 

 これは……母さんの声だ……

 

 それも……アリシアの記憶の中の……優しかった頃の母さんの声……

 

 

 《フェイト……》

 

 

 母さん……私の名前を呼んでくれるの……?

 

 

《フェイト……此処から…… 悪魔の城になった庭園から……逃げて……》

 

 

 それは紛れもなく子を助けようとする親の言葉だった。

 

 《ごめんなさい……フェイト……》

 

 

 《貴女は生きなさい……母さんのようになっては駄目……》

 

 

 母さん……

 

 

 《生きなさい……フェイト!!》

 

 

 それを最期に声は次第に小さくなり、遂には消え去るように聞こえなくなってしまった。プレシアはこの言葉を最期に消滅したのだ。ゼロはフェイトから手を離す。

 

「……母さん…………」

 

 少女の目から再び滂沱の涙が溢れていた。母の遺体をマントごとかき抱く。それは自分に初めて向けられた温かい言葉……

 

「……でも……やっぱり……生きている母さんの口から聞きたかったよぉぉ……!」

 

 フェイトは母の遺体をしっかりと抱き締め嗚咽した。ゼロは慰めようと手を伸ばすが止める。今彼女は母親と抱き合っているのだ。無言で少女を見守った……

 

 

 しばらくして地響きが庭園を揺るがした。ヤプールが超獣軍団を集結させ始めているのだろう。ゼロは幾分落ち着きを取り戻して来たフェイトの肩をそっと叩いた。彼女は顔を上げ、泣き腫らした目でゼロを見る。

 

『お袋さんの最期の言葉、確かに聞いたな……?』

 

 フェイトはゼロの言葉にコクリと頷いた。その瞳に光が灯り始めている。しかしその光には悲壮感が漂っているようだった。

 

『フェイト……お前今、何もかも無くしたとか思ってねえか……?』

 

「えっ……?」

 

 図星を突かれフェイトは俯いてしまう。死んでも母の仇を討つ。それが全て無くした自分に出来る事だと思ったからだ。だが、

 

「……?」

 

 フェイトはふと気付いた。俯いた目に腕の装飾品形態の『バルディッシュ』がマスターを励ますように光を点滅させている事に。『リニス』がフェイトの為に心血を注いで造ってくれた 掛け換えの無いパートナー。

 

「……バルディッシュ……」

 

 呟く少女にゼロは後ろを指差した。すると聞き慣れた声がする。

 

「フェイトォッ!」

 

 振り向くと、回復したアルフが駆け寄って来る所だった。涙を浮かべて小さな主人を抱き締める。ゼロは恥ずかしそうにアルフを抱擁するフェイトを見下ろし、

 

『2人共ずっと一緒だったんだろう……?』

 

 少女はハッとした。そうだ自分は1人では無かった。アルフもバルディッシュも、こんな自分の傍に。それなのに自分は母への盲従で、2人を気遣う余裕も無かった。 フェイトは改めてアルフとバルディッシュを見詰め、

 

「……はいっ、2人共ずっと私の傍に居てくれました……私は1人じゃ無かったんです」

 

 実感を込めてゼロに微笑んで見せた。ウルトラマンの少年は嬉しそうに頷き、そんな少女の前に片膝を着いた。

 

『それが判れば上等だ……後はお袋さんの分までしっかり生きればいい……お前はこれからなんだからな……自分で選んで自分の道を行けばいい……』

 

「……自分の道……」

 

 フェイトはその言葉を噛み締めた。今まで考えもしなかった自分の未来、これから……

 

「……私なんかに見付けられるのかな……?」

 

 自信無さげにポツリと弱音を漏らしていた。 言いなりだった自分にそんな事が出来るのだろうかと。するとゼロはフェイトの頭にポンと手を乗せ、

 

『大丈夫さ、お前の頑張りはずっと見て来たからな、自信持て、フェイトなら何だってやれるさ!』

 

「はいっ」

 

 力強い言葉にフェイトの表情が明るくなった。その確かな目の輝きを確かめたゼロは立ち上がり、天井を睨む。ウルトラマンゼロの本番はこれからだ。

 

『俺は超獣軍団と戦ってヤプールを倒すが、フェイト達はどうする? 避難しているか?』

 

 フェイトはしっかりと立ち上がっていた。涙を拭い、バルディッシュを戦闘形態に変形させる。

 

「……私も戦います……!」

 

 強い意思を込めた瞳でゼロを見上げる。少し心配そうな素振りを見せるゼロに気付き、頭を振って見せた。

 

「大丈夫です……もう死んでも仇討ちをしようだなんて思ってません……母さんが生きなさいと言ってくれた命無駄にはしません……だから自分に出来る事をやります!」

 

『そうか……』

 

 ゼロは嬉しくなる。やはり人は強い。これだけの重い事実。二度と立ち上がれなくても不思議では無い。自分は手助けをしただけで、彼女は自分で立ち上がる事を決めたのだ。

 

 どんな他人の言葉だろうが、本人に強さが無ければ無意味。最後に決めるのは本人なのだ。フェイトは立ち上がる事を決断した。それは彼女の心の強さだ。

 

「駆動炉の方は詳しいですから私が止めま す……アイツの好きにはさせません!」

 

「ならアタシもだね?」

 

 意気込むフェイトの肩をアルフが叩き頼もしげに笑う。バルディッシュも光って応えた。掛け換えの無い家族。フェイトは2人に向かい、言っておきたい事を伝える。

 

「……アルフもバルディッシュも、今まで心配掛けてごめんね……もう怯えて縮こまったりなんかしない……ヤプールの企みを止める為に一緒に頑張ろう!」

 

「任しといてフェイト!」

 

《Yes sir》

 

 言われるまでも無いとばかりに、アルフとバル ディッシュは即答していた。その高揚するようなやり取りを見て、ゼロは更に闘志を分けて貰った気がする。

 人知れず拳を握り締めていると、フェイトが深々と頭を下げて来た。

 

「……ありがとうございました……貴方が居なかったら……母さんの事も何も知らずに死んでいました……」

 

 フェイトはそこで更に深く頭を下げる。必死な様子。アルフも頭を下げていた。

 

「お願いします……私じゃあの化け物達に勝てない……だから母さんの……母さんの仇を討ってください……お願いします!!」

 

 それは親を殺された子供の必死の願いだった。無言だったゼロは、頭を下げたままのフェイトの肩を優しく叩く。

 

『顔を上げな……』

 

 おずおずと顔を上げるフェイトに、ゼロは雄々しく拳を掲げて見せる。

 

『任せろ! お袋さんの仇は必ず討ってやる!!』

 

 彼女の想いを拳に込め、力強く約束した。

 

 

 

 

 

『じゃあ……2人共気を付けろよ』

 

「はいっ、必ず止めて見せます……!」

 

「フェイトはアタシがしっかり守るからねっ」

 

 闘志を燃やすフェイトとアルフの頭を、ゼロは再びポンと叩き、

 

『2人共無理すんじゃねえぞ!? それじゃあ気を付けてな!』

 

 片手を挙げると猛然と駆け出した。その後ろ姿を見送った2人も、自分達がやれる事を成す為目的地に向かって駆け出す。走りながらフェイトはふと、

 

(……やっぱりあの人……ゼロさんと感じが似て る……)

 

 そんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 ゼロには超獣軍団に向かう前に行く所がある。先程からテレパシーで呼び掛けているが、ザフィーラから返信はあったものの、シグナムとヴィータから応答が無い。

 

(シグナム、ヴィータ無事で居ろよ!)

 

 ゼロは戦闘が続いている場所目掛けて、全速力で疾走した。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 




タイムリミットが迫る中フェイト達は庭園を駆け、ゼロは1人超獣軍団に挑む。ヤプールの秘密兵器とは?

次回『時の庭園の攻防や』

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