高次元空間に浮かぶ『時の庭園』
広大な中世の城を思わせる敷地内は、周囲の雷の喧騒を他所に寂寥感さえ感じさせ、不気味に静まり返っていた。
此処には不自然な程温かみが感じられない。 黒々と渦巻く暗鬱な景色もそうだが、まるで墓所の地下に溜まった濁った淀みのようなものが、庭園自体にじくじくと染み付いているようで あった。
その淀みの中、鞭が肉を打つ音と少女のか細い悲鳴が寒々とした庭園内に木霊する。
天井から物のようにぶら下げられたフェイトは、母親から執拗な暴力を受け続けていた。『プレシア・テスタロッサ』は能面の如く表情を消した顔に狂気の色を滲ませ、
「酷いわフェイト……アナタはそんなに母さんを悲しませたいの……!? たった3つ……3つしか手に入れられないなんて……!!」
苛立ちをぶつけるように、執拗に鞭を奮う。だが最早鞭などでは気が済まないのか、フェイトの拘束を解き床に乱暴に転がすと、踞る娘の華奢な体を執拗に蹴り上げ踏み付けにする。
プレシアの硬い靴底が、容赦なく顔面に脾腹に叩き込まれた。フェイトにはもう悲鳴を上げる気力さえ無い。壊れた人形のように床に踞っている。
最早折檻や虐待と言う言葉など生温い。剥き出しの暴力以外の何物でも無かった。
狂気の怒りに震えるプレシアは、それでもまだ気が済まないのか、更にフェイトに暴力を振るおうと脚を上げようとすると、
「プレシア様……御報告ガ……」
例のフードの人物が、音も無く彼女の背後に控えていた。プレシアは唾でも吐き掛けんばかりに娘を一瞥すると、報告を促す。 思念通話で話し合っているらしく、床に転がるフェイトには何を話しているのか解らない。
《あれで片付けられると思ったけど……意外としぶといわね……》
《プレシア様……殺シテシマイマショウ……次元震騒ギヲ起コシテ時間稼ギシタオ陰デ、此方ノ態勢ハ整イマシタ……管理局ハモウ問題デハアリマセンガ……ウルトラ族ヲ生カシテ置クト、面倒ナ事ニナルカモシレマセン……》
フードの人物の進言に、プレシアは無表情な青白い顔にニタリと厭(いや)な笑みを浮かべ、
《……心配は無用よ……たかが名も知らない雑魚1匹でしょう……? 少しはやるようだけど…… この遠い世界では助けを呼ぶ事も帰る事も…… 私に太刀打ちすら出来ない……そうでしょう……?》
《ソレハモウ……デハ……放ッテ置クノデ……?》
プレシアは少し思案していたようだが、何か思い付いたらしく酷く禍々しい笑いをした。
《ただ殺すだけじゃ詰まらないわ……どうせなら自分の無力さを呪いながらどうする事も出来ず、あの世界と一緒に死んで貰うとしましょう……》
プレシアの自信たっぷりな言葉に、フードの人物は困惑したようにフード奥の赤い眼を細めた。
《ソレヲドウヤッテ……? 例ノ怪獣ヲ送リ込ンデ来タ敵ノ事モ有リマス……コレ以上超獣ヲ損耗スルノハ得策トハ言エマセン……》
プレシアは特に進言に気を悪くした様子も無く、床に転がっているフェイトを冷たく見下ろした。
《報告通りなら、とても簡単に奴を無力化出来るわ……私の可愛い娘にやらせればね……》
含みの有る言い方をすると娘に歩み寄り、優しく抱き起こしてやる。虐待の痛みに呻いていたフェイトは驚いた。事故以来母がこんな態度を自分に取るのは初 めてだ。プレシアは痣だらけの娘の顔を優しく撫で、
「……フェイト……御免なさい……母さんを赦してね……? でもこれは全てアナタの為なのよ…… 判ってちょうだい……」
能面のような顔に哀しげな表情を浮かべて見せる。フェイトは久し振りに掛けられる母の優しい態度に戸惑いながらも、嬉しさが込み上げるのを抑えきれなかった。
やはり母は自分の為を思って、わざと厳しく接していたのだ。母はやはり母だったのだと……
「わ……判ってます母さん……私が不甲斐ないか ら……」
弱々しく微笑むフェイトに、プレシアは満足げに笑い掛け、手を伸ばして娘を立たせながら、
「……フェイトは優しい子ね……じゃあ『ジュエルシード』最後に残った1つを集めて来てちょうだい……これは最低限よ……」
「……判りました……」
フェイトはふらつきながらも立ち上がり、 しっかりと返事をする。そんな健気な娘にプレシアは、用件を何気無い風に切り出した。
「……そう言えば……向こうの世界でお世話になった男の子が居たそうね……?」
「……えっ……?」
フェイトは母親の質問の意味が一瞬解らなかったが、直ぐにゼロの事だと思い当たる。他にそんな知り合いは居ない。何故いきなりその事を言い出したのか、不思議そうな顔をする娘にプレシアは、
「それじゃあ……是非その子にお礼をしなくてはね……?」
寒気がする程残忍な笑みを浮かべたが、プレシアに優しくされ舞い上がっているフェイトには気付く事は出来なかった……
もうアルフの我慢も限界だった。彼女は元々真っ直ぐで善良な質だ。今まで必死に耐えて来たのはフェイトの為である。
アルフは産まれて間も無い子狼の時に死病に罹り、群れにも見捨てられ死を待つだけだった所をフェイトに助けられ、使い魔になった経緯がある。
それからはフェイトと共に育ち、苦楽を共にして来たのだ。それは主従と言うより姉妹の絆に近かった。彼女の為ならば命も惜しく無い。
フェイトはプレシアの命令には絶対逆らわない。 どんなに冷たくされてもだ。アルフがそれに対し怒ろうとしてもフェイトはそれを諌めた。
あくまで母親を信じる彼女を立てて、アルフはずっと我慢して来たのだ。だがプレシアのフェイトへの仕打ちはあまりにも酷すぎた。親代わりだったリニスが死んでからそれは悪化して行った。
そして無理難題を押し付け、挙げ句の果てに必死で頑張って来た娘へのこの仕打ち…… ようやく開かれた扉から中に駆け込むアルフは、プレシアに反逆する覚悟を固め始めていた。
このままではフェイトが不幸になるだけだと強く思った。主人であるフェイトに逆らってでも彼女を開放しなければ。使い魔の少女は拳を握り締めた。
部屋に飛び込んだアルフは、倒れ伏している筈のフェイトを捜そうと辺りを見回す。すると意外な事に、彼女は自分の足で歩いて来た。
だが無事とは言い難い。体や顔に酷い痣が有る。虐待を受けていたのは確かで、辛い筈なのだが心無か表情が明るい。不審には思ったがアルフは駆け寄り、
「大丈夫かいフェイト……? ああ……酷い…… 酷いよ……! あの鬼婆……よくも……!!」
その無惨な姿に悔し涙を滲ませ怒る少女の肩 に、フェイトはそっと手を乗せ、
「……平気だよ……これは私が不甲斐ないから……それに母さん……今日は優しくしてくれたんだ……」
痣だらけの顔でとても嬉しそうに笑い掛ける。そんなフェイトを見てアルフは泣きたくなった。こんな酷い目に遭わされているというのに……
「へ……へえ……そうなのかい……?」
プレシアが優しくしてくれたなど信じられなかったが、アルフは取り合えず相づちを打つ。フェイトはそこで恥ずかしそうに顔を伏せ、
「……それでね……母さんが……私達が向こうでお世話になった……ゼロさんにお礼がしたいって……何か用意してくれるって言ってるんだ……」
「えっ? あの女が!?」
アルフは驚いてしまった。違和感を禁じ得ない。あの少年の事を知っているという事は、見張りが居たと言う事になるのではないか。
あのフードの奴だろうかと当たりを着けるが、いくらプレシアでも関係の無い人間に何かするとは思えなかった。ゼロは全くの無関係なのだから。
それにせっかく喜んでいるフェイトに、水を差すような事を言うのも躊躇われた。虐待は許せないが今は堪える。
「……それでね……アルフ……私の顔酷くな い……?」
フェイトは痣だらけの自分の顔に触れ、落ち込んだ様子で聞いて来た。アルフは彼女の気持ちを察する。
フェイトに取ってゼロとの事は、殺伐とした向こうでの生活の中、唯一の心暖まる記憶だった。
また食事を採ろうとしない彼女に、ゼロに注意された事を言うと、少しながらも口を着けたものだ。
それにアルフは、フェイトがゼロから貰った携帯の番号を大事に持っているのを知っている。
苦しい時辛い時には、思った以上に他人の善意や優しさと言ったものが支えになる事が有る。フェイトはアルフにも言わないが、少年との出逢いを大切に思っているのが判った。
そんな時に、もう逢う事は無いだろうと思っていた少年と再び逢う事になった。それでフェイトは年相応の少女らしく、痣だらけの顔で少年に逢う事に気後れしてしまったのだろう。
そんな主人をいじましく思ったアルフは、 しっかりと彼女の手を取り、
「アタシが全力で何とかするよ! だからそれまでに痣をみんな消そうじゃないか!」
「……うん……」
フェイトは恥ずかしそうに頷いた。彼女はプレシアに気に掛けて貰った嬉しさで、不自然な部分が多々あるこの話を全く疑問に思わなかった……
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八神家の朝の食卓である。そこで頭に大きなたん瘤を3つこさえたゼロが、もの凄い勢いで食事を平らげていた。
見ていて気持ち良くなる程見事な食べっぷりである。ほかほかの炊きがけご飯が、湯気を立てるおかずが味噌汁が、次々と胃の中に消えて行く。
たん瘤は前回シグナム達にやられたものである。全くの無実? でボコられた彼は流石にプンスカ怒っていた。
しかしはやてがまあまあと宥め、朝っぱらから特大豚カツを揚げて貰い、更に約束を破ったはやてと窓ガラスを割ったシグナムとヴィー タ、花瓶を割ったシャマルの分のアイスを貰うと言う事で直ぐに機嫌を治した。
実に扱い易い宇宙人である。反省しきりのシグナム、ヴィータ、シャマルであった。シグナムに至っては正座で反省中である。
はやては……あまり反省していないと言う か、たまに何か思い出してぼ~と顔を赤らめたり、頭をプルプル振ったりして挙動不審だ。
ゼロは昨日消耗した分を、取り返さんばかりの勢いである。太陽エネルギー補充とは関係無さそうたが、人としての体も消耗してしまったのだろう。
「ふう……食った食った……」
軽く5人分は平らげ、ようやく満足したゼロはリビングのソファーにゴロリと横になると、あっという間に熟睡してしまった。
行儀悪い事甚(はなは)だしいが、消耗した今の状態では仕方が無いだろう。はやて達は苦笑し、そのまま寝かせてやる事にした。
満ち足りてぐっすりと眠っていたゼロは、何かの音でふと眼を覚ました。 寝惚け眼で辺りを見回すと、キッチンではやてとシャマルが食事の仕度をしている。もう昼時らしい。
眠い眼を擦りながら音のする方向を見ると、 尻ポケットに入れていた携帯電話が着信音を響かせている。
「ゼロ兄、電話鳴っとるよ?」
はやては調理の手を止め、まだ寝惚けて反応しないゼロに声を掛けた。ようやく自分の携帯が鳴っている事に気付いたゼロは携帯に出てみる。
「……はい……もしもし……」
《…………》
何も聴こえない。何となく向こうであたふたするような気配が感じられる。おかしいなと思い、もう一度喋ろうとすると、
《……あ……あの……この間はありがとうございました……フェ……フェイト……フェイト・テスタロッサです……》
眠気が一気に吹っ飛んだ。ゼロは思わずガバッと起き上がっていた。
「おおっ、フェイトかあっ!? 元気でやってるか? ちゃんと飯食ってるか? アルフも元気かよ?」
フェイトが連絡して来てくれた嬉しさで、つい普通に話し込んでいた。一方ゼロの口からフェイトの名前が出たので、はやてとシャマルはビックリしてしまう。
あのフェイトから直接連絡が来たらしいので、驚くのも無理は無い。ゼロはしばらく話し込んでいたが「……いや……そんの気にするな……」「分かった……今行くぜ」と何かを約束して携帯を切る。はやてとシャマルは慌ててゼロに詰め寄った。
「ゼ、ゼロ兄ぃ、フェイトって……あのフェイトちゃん?」
「ゼゼゼロ君、一体どう言う事なの!?」
ゼロは問い詰める2人を宥め、電話の内容を話してやる。まず街で偶然フェイト達と出会って知り合いになった事をシャマルに説明した。
彼女達守護騎士が来る前の話なので、はやてにしかその事を言っていない。迷子になったせいの部分は端折っているが……
「それでこの間の事で、親に土産を持たされたから是非渡したいってよ。気にすんなって言ったんだが……」
はやてとシャマルはこんな事も有るのかと、巡り合わせを感慨深く思った。 ゼロは早速出掛ける用意を始める。その様子を見てはやては少し心配になり、
「せやけど……ゼロ兄どないする気なんや……?」
「まずは、会ってみてからだな……上手い事親の事を聞けりゃあいいが……駄目なら後を着けるのも有りだな……俺なら一発だぜ」
上着を羽織りながら自信たっぷりに拳を振って見せた。しかしはやては少々不安を感じてしまう。シグナム達は買い出しに出掛けて留守だ。皆で相談した方が良いのではと思い、
「大丈夫やろか……? 何か気になるなあ……」
「心配性だな……はやては」
ゼロは屈み込み目線を同じくして、不安そうな少女の頭を撫でる。顔が近い。はやては昨晩の事を連想しドキリとしてしまった。ゼロはそんな少女の内心も知らず微笑し、
「心配ねえよ……立場上なのは達と敵対してるが、あの2人は悪い奴らじゃねえ……人を騙したり陥れたりするような事はしねえよ」
全く疑っていない。はやてもフェイト達の人となりは聞いているので、それもそうかと思い直した。 ゼロははやての頭から手を離して立ち上がり、
「なあに、何か有ったとしても、俺は無敵のウルトラマンゼロだぜ、心配ねえよ。じゃあ 行って来るぜ!」
見送るはやてとシャマルに、余裕綽々と言った風におどけて言うと、張り切って出掛けて行った。
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フェイトとアルフは、人気の無い廃工場でゼロを待っていた。以前迷子になった時に出逢った廃棄された工場区画である。
錆びた鉄骨や風雨に晒され、ボロボロになった壁が物悲しい。もうじき解体予定らしく、立入禁止の札が貼ってあった。フェイトは、プレシアから持たされたケーキの大箱程の包みを持っている。
何故この場所になったかと言うと、両者共に知っていて人目の無い場所は此処しか無かったのだ。
更にプレシアから、このお礼は此方の世界では珍しい物なので、他人に見られない方が良いとの指示を受けていたからである。
ゼロも特に不審には思わなかった。管理局に追われているフェイト達にしてみれば、人目に付きたくは無いのは無理も無いと思う。
それ所か、わざわざ娘にお礼を持たせるような親ならば、意外と話せば判ってくれるのでは無いかなどと楽観し先を急ぐのであった。
一方フェイトは待つ間、アルフにゼロとの電話の事を話していた。
「……ゼロさん相変わらずだったよ……一度しか逢ってないのに……私達の事を本気で心配してくれてた……」
フェイトははにかみながらも微笑を浮かべている。連絡先を貰ったとは言え、いきなり電話して迷惑では無いだろうかと、内心ドキマギしていたが心配は無用だった。
電話口からも心から歓迎してくれているのが伝わって来た。非常に判り易い反応で、フェイトは知らぬ間に微笑を浮かべていたものだ。
逢えますかと言うお願いにも即答してくれた。そんなひとつひとつが心地良い。ふと何度も逢っていて、何時も心配して貰っているような気さえした。
その顔に張り付いている寂しげな陰も薄まっているフェイトを見て、アルフも嬉しくなった。
この状況を不審に思っていたのだが、考え過ぎだったかと思う。この調子で最後の『ジュエルシード』を集めれば、もうフェイトが酷い目に遭う事も無いだろう。自然アルフの表情も明るくなった。すると、
「おお~いっ! 待たせたな~っ」
聞き覚えのある声が聞こえた。見るとゼロが 片手を挙げて此方に走って来る所である。久し振りに逢う少年は全く変わらない印象だったが、少し眠そうに見えた。
「2人共元気だったか? フェイトは少し痩せたんじゃねえか? アルフもだぞ。また無理してるんじゃねえか?」
ゼロはハグでもしそうな勢いで、逢って早々オーバーな位に2人の心配である。全く変わらない少年に、思わず顔を見合わせ苦笑するフェイトとアルフだった。
一通り挨拶するとフェイトは、プレシアから渡されていた包みを差し出した。
「……こ……これ、母さんからなんです……ゼロさんに、家のがお世話になってありがとうございます……ほんの気持ちです、と言っていました……」
少々緊張しながらも包みを手渡した。ゼロは悪そうにしていたが、
「悪いな、こんな物貰っちまって……礼を言われる程の事はしてねえんだけどな……」
申し訳無さそうに受け取った。フェイトはプレシアに念を押されていた事を口にする。
「……か、母さんが、直ぐに中を見て貰えと言ってました……」
「おうっ」
それならとゼロは素直に包み紙を破り、中の箱を開いてみる。中には実物大程の茶色の毛並みをした、可愛らしい子犬の縫いぐるみが入っていた。 フェイトは何処が珍しいのだろうと、少し疑問に思う。
「ヘエ~、縫いぐるみかあ……」
ゼロが何の気無しに縫いぐるみを手に取った 瞬間だった。
「ぐはあっ!?」
そのつぶらな目がギラリと光ると同時に、縫いぐるみの口から光弾が連続してゼロに撃ち込まれた。内部に武器が仕込まれたロボット犬だったのだ。
身体が痺れる。何か神経麻痺弾のようなものを撃ち込まれたらしい。 力を振り絞って縫いぐるみを投げ付けると、アスファルトに叩き付けられたロボットは、内部メカを飛び散らし火花を上げて動かなくなっ た。
何が起こったか解らず目を見開くフェイトの前に、ゼロはバランスを崩してよろめいた。フェイトは咄嗟に支えようと手を伸ばす。
ゼロはその手を掴もうとするが、もう身体は思ったように動かず彼女の服に手が掛かる。倒れる反動で服が擦れ、フェイトの肩が露になった。
「……!?」
ゼロは倒れ込む瞬間ハッキリと見た。惨たらしい痣と傷だらけの身体を…… 驚く間も無く完全に麻痺が身体中に回ったゼロは、ドサリとアスファルトに倒れ込んでしまった。
意識が朦朧とし、身体は全く動かない。 フェイトは慌ててゼロを起こそうとし、アルフは驚いて駆け寄って来た。
(……罠に……嵌められた……?)
一瞬そう思ったが、蒼白な顔の2人を見て利用されたなと直感する。フェイト達には悪意も殺気も全く無い。それでまんまと引っ掛かってしまった。
ゼロ自身の驕りも原因である。このタイミングでの呼び出し、警戒して当然にも関わらず何の警戒も払わなかった。
本当なら守護騎士の誰かに着いて来て貰うのが正しい。しかしゼロはそれを敢えてしなかった。
彼なりの考えもあったが、結局自分はウルトラマンなのだから変身さえすれば、何が有ってもどんな危険でも打ち破る事が出来る。そう慢心してしまったのだ。致命的であった。
「ケヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
ゼロが倒れると、不気味な哄笑が工場跡地に響き渡った。助け起こそうとしていたフェイト達はハッとする。声のした方向を見ると、例のフードの人物が直ぐ近くに立っていた。そいつはゆっくりとゼロに歩み寄り、
「オ前達……御苦労ダッタナ……プレシア様モ、 オ喜ビニナルダロウ……」
フェイトはその言葉を聞き愕然とする。信じたくは無かったが、これが母の仕業なのは疑いようが無い。
「……どうして……? ゼロさんが何をしたって言うんですか……?」
声を震わせてフードの人物をキッと睨んだ。 いくらプレシアの命令でも酷すぎた。無関係の、それも自分達を気に掛けてくれた親切な人間に、恩を仇で返す形になってしまった。 フードの人物は、そんなフェイトを気にも留めず、
「オ前達ガ知ル必要ハ無イ……!」
そう切り捨てると傍らに居たフェイトを容赦無く突き飛ばし、地面にうつ伏せに倒れているゼロを蹴り飛ばして仰向けにさせる。
「止めな!」
見兼ねたアルフが掴み掛かろうとするが、 フードの人物は片手で彼女を弾き飛ばしてしま う。
「うわあっ!?」
数十メートルは吹き飛ばされたアルフは、コンクリートの壁に叩き付けられ亀裂が入る。凄まじいパワーであった。
フードの人物は面倒を掛けるなと言いたげに片手を振るとしゃがみ込み、動けないゼロの身体をまさぐる。何かを探しているのだ。異様な熱気が伝わって来た。
しばらくポケットなどを探っていた手が止まる。目的の物を見付けたらしい。 内ポケットから、銀と赤と青に色分けされた 『ウルトラゼロアイ』をゆっくりと取り出す。 最初からこれが目的だったのだ。
「……き……貴様……?」
朦朧としながらも手を伸ばそうとするが、身体は言う事を聞かず腕が僅かに持ち上がっただけだった。フードの人物は『ウルトラゼロアイ』を見せびらかすように掲げながら、ゼロの耳元に顔を近付け、
「コレガ無ケレバ、オ前ハ無力ナ、只ノ人間デシカ無イ……オ前ハ自分ノ無力サヲ呪イナガラ、コノ世界ト共ニ死ネ……」
「……ど……どう言う意味だ……? てめ…… え……何者だ……?」
ゼロは霞む目でフードを睨み、呂律の回らない口で必死で問う。
「ケヒャヒャ……コノ世界ヲ含メタ周囲ノ世界ハ全テ、扉ヲ開ク為ノ贄(にえ)トナリ、消滅スルノダ……」
フードの人物は不吉な言葉を吐くと、頭を覆っていたフードを捲り上げ、ゼロのみに素顔を曝して見せる。その顔を見たゼロは驚きで目を見開いた。
「……て……てめえは……『マザロン人』……? た……確か死んだ筈……」
フードの下の顔は人間では無かった。人の数倍はある真円の真っ赤な眼、凶悪な牙がびっしりと生えた鮫のような口に不気味にグレー掛かったゴツゴツした肌。『マグマ超人マザロン人』であった。
怨念の塊故、完全に滅ぼす事が出来ない『ヤプール』はともかく、その配下で『ウルトラマンA』に破れて死んだ筈のマザロン人が何故? ゼロは疑問だった。その疑問に答えるように異形の超人は哄笑し、
「ケヒャヒャ……! 甦ッタノサ……貴様ラ、ウルトラ族ヘノ怨ミ……忘レテハイナイゾ!!」
悪鬼の如く叫ぶと、動けないゼロの腹を凄まじい勢いで踏み付けた。
「ぐはあっ!」
ゼロは苦痛の声を上げてしまう。衝撃で胃液がせり上がって来る。並みの人間ならば内臓が破裂する程の衝撃だった。マザロンがもう一撃くれてやろうと脚を上げた時、
「止めて!」
フェイトがゼロの上に覆い被さり庇っていた。マザロンは流石に脚を止める。 フェイトは顔を上げ、怪人を睨み付けた。
「止めて下さい……今盗った物をゼロさんに返して!」
怪人はそんなフェイトを嘲るように見下ろした。さも可笑しそうに奪った『ウルトラゼロアイ』を掲げて見せ、
「コレハ全テ、プレシア様ノ御命令ダ……コイツヲ持ッテ来イトナ……文句ガアルノナラ、プレシア様ニ直接言ウ事ダナ……ケヒャヒャ ヒャ!」
厭らしい声でギチギチと嗤った。フェイトは言葉に詰まってしまう。マザロン人は更に追い討ちを掛けるように、
「良クヤッタナ……オ前達ノオ陰デ、事ガスンナリ運ンダ……プレシア様モ、サゾオ喜ニナルダロウ……後ハ残リノ『ジュエルシード』を探セ……プレシア様ヲモット喜バセルノダゾ……ケヒャヒャヒャヒャ!」
言葉にたっぷりと悪意と言う毒を込めて言い残すと、きびすを返した。その前に異様な空間の揺らぎが現れる。次元ゲートだ。
「待って!」
フェイトは後を追おうとするが、マザロン人は一顧だにせずゲートの中に踏み込むと、その姿は揺らぎと共に瞬時に消え去ってしまった。 虚空を見詰め、フェイトは茫然と立ち尽くすしか無い。
(……母さんが優しくしてくれたのは……この為だったんだ……)
その泣き出しそうな少女の顔を見たのを最後に、ゼロの意識は闇の中に落ちて行った……
つづく
※マザロン人。ヤプール人の配下で、体内に燃え盛るマグマを持つ異次元人です。Aと巨大ヤプールの決戦前に不気味な行者に化け子供を異次元に拐い、巨大ヤプールが倒された後は復讐の為Aと直接激突しました。
得意なものは、豊穣を願うマザロンダンス。(マジです)何の豊穣を願うんでしょうか?(汗)
ロボット犬ネタは、同じくヤプール人がA暗殺の為に仕組んだ時と同じ方法です。ブラックサタンの時に登場。
次回予告
ウルトラゼロアイを奪われ苦悩するゼロ。無力となった少年は……その時はやては、ヴォルケンリッターは?
次回 『ウルトラはやて作戦第一号や』