夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第16話 超獣対魔導師対宇宙人や

 

 

 突如空を割って現れた『ベロクロン』『バキシム』『ドラゴリー』の3大超獣。各自の姿は以前確認された個体とは違って見えた。

 

 牙や角、爪などが大型化し、身体も一回り大きくなっている。どうやら強化改造を施され、戦闘能力をアップされている個体のようだ。

 奇声を上げ、ベロクロンが全身の珊瑚状の突起、ミサイル発射機関から一斉にミサイルを発射する。まるで動く弾薬庫だ。

 

 雨あられの如く飛び交う大量のミサイル弾は、ゼロとなのは達に向かって飛ぶ。ベロクロンのミサイルは誘導ミサイルでもあるので、バキシム、ドラゴリーを巧みに避け、ゼロ達のみに正確に襲い掛かった。

 

『ぐわっ!』

 

 あまりのミサイルの量に加え、エネルギー残量が少ないゼロは避けられず、まともに攻撃を食らってしまう。咄嗟に腕でガードして防御するが、爆発に吹き飛ばされてしまった。

 なのは達にも誘導ミサイルの雨が降る。防御魔法を張り巡らすが威力は凄まじく、衝撃波で3人は木の葉のように舞わされた。

 

 ミサイルを食らったゼロは辛うじて踏ん張り、倒れるのだけは免れたが片膝を着いてしまう。

 3匹はそれを見逃さない。バキシムは両手から超高火炎を放ち、ドラゴリーは巨大な複眼から破壊光線をゼロに向かって照射する。息の合った連携攻撃だ。

 

『クソッ!』

 

 ゼロは寸での所で横に飛び退き攻撃を避ける。攻撃の当たった場所の海水が一瞬で蒸発し、もうもうと水蒸気が上がった。

 ゼロはそのまま飛沫を上げながら転がり、3匹と距離を取る。『カラータイマー』の点滅はどんどん速くなって行く。

 

(野郎! 本調子ならこんな連中、纏めて片付けてやれるってのに!)

 

 毒づくが、今のゼロにはそれだけのエネルギーは残されていない。

 父『ウルトラセブン』と同じ、胸部の集光プロテクターで、ある程度の太陽エネルギー補充が可能な彼だが、悪い事にフェイトの大規模魔法の影響でまだ雷雲が晴れていない。

 

 完全に太陽の光が遮られている。これでは太陽エネルギーの補充が出来ない。飛び上がって雲の上に出ようとしても、その前に撃墜されてしまうだろう。

 

 状況は良くない。じりじりと真綿で首を絞められるように追い詰められて行くようだ。タイマーの点滅が焦りに拍車を掛ける。その時再びシグナムからの念話が入って来た。

 

《此処は退けゼロ! 今のお前では勝ち目はない!》

 

《駄目だ!》

 

 ゼロは頭を振り撤退を拒否する。その間にもバキシムの発射した高熱弾が撃ち込まれた。ゼロはよろけながらも、

 

《俺が退いてもコイツらは撤退しないだろう……『ヤプール』はそんな甘い相手じゃねえ……! 放って置けば街に上陸される……今此処で叩かねえと駄目だ!》

 

 それを聞いてはシグナムも、退けとは言えなかった。ゼロは火炎とロケット弾の爆煙を目眩ましにドラゴリーに突進し、その顔面に渾身の正拳突きを叩き込む。

 

『デリャアアッ!!』

 

 痛烈な一撃を食らい、ドラゴリーの長い牙と下顎が砕け散り怪物は仰け反って海面に倒れ込んだ。

 止めに顔面を踏み砕こうと追撃を掛けるゼロに、そうはさせじとバキシムが突進して来た。 巨大な頭部の1本角で突き上げんとする。

 

 ゼロは辛うじて身を捻り角の攻撃を避けるが、バキシムは擦れ違い様に首を捻り、至近距離から巨大な角をミサイル弾として射ち出した。

 

『ガッ!?』

 

 背中に直撃を受けたゼロは吹っ飛び、遂に海面に倒れ込んでしまう。立ち上がろうとするが、背中のダメージで再び倒れ伏してしまった。

 

 一方のなのは達は、ベロクロンのミサイル攻撃を回避し逆に攻撃に転じる。ユーノが拘束魔法を繰り出し、なのはとクロノの砲撃魔法がベロクロンに炸裂した。

 

 しかしビクともしていない。あっさりと拘束魔法の鎖を引き千切ると、再びゼロに向けミサイルを発射し、同時になのは達にもミサイル攻撃を行う。

 ベロクロンは全身にミサイル発射機関を備えており、360度への同時攻撃が可能なのだ。

 

「こんな攻撃じゃ倒せない……」

 

 ミサイルの雨をかい潜るクロノは、このままではジリ貧だと判断し隣を飛ぶユーノに、

 

「おい、フェレットもどき、時間を稼いでくれ!」

 

「誰がフェレットもどきだ!」

 

 怒鳴るユーノを冗談だと宥める。彼なりの気遣いのようだ。少し離れた位置を飛ぶなのはに向かい、

 

「なのは、此方に来るんだ! ユーノに防御して貰う間に君も集束魔法のチャージを! 同時攻撃だ!」

 

「分かったよクロノ君!」

 

 なのはは心得たと直ぐに合流する。ユーノが魔法障壁を張り巡らしガードする間に、クロノとなのははそれぞれの最大の攻撃魔法のチャー ジに入る。

 

「早く! そんなに保たない!」

 

 ユーノは悲鳴に似た叫びを上げた。超獣の攻撃力は凄まじい。結界や防御に長けた彼の防御障壁が砕けそうだ。様子を木陰で見ていたシグナムはそれに気付き、

 

「ゼロ離れろ! 集束魔法が来るぞ!」

 

 直ぐ様思念通話を飛ばす。察したゼロは再度突っ込んで来たバキシムをかわし距離を取っ た。それと同時に詠唱と集束を終えたクロノとなのはは、一斉に攻撃を放つ。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューショ ン!」

 

「スターライト・ブレイカァァッ!!」

 

 100を超える魔力の刃の一斉攻撃に、桜色の凄まじいばかりの砲撃が3匹の超獣に炸裂する。次の瞬間辺りが超獣を巻き込んで大爆発を起こした。巨体が爆発の炎の中に消える。

 管理世界にも巨大生物は生息している。今の攻撃は、同クラスの巨大生物を消し飛ばす程の威力があった。

 

(やったか……?)

 

 クロノがそう思った時だ。爆煙の中から無傷のベロクロンが赤い眼を爛々と光らせ現れる。その巨大な口を開き、超高熱火炎を吐いて来た。

 

「逃げろ!」

 

 クロノは咄嗟になのはとユーノを突き飛ばす。クロノは防御魔法を張りつつ辛うじて火炎攻撃を回避するが、輻射熱だけで防御を破られてしまった。

 

「うあっ!?」

 

 流石に防御魔法でも、1億度の火炎の輻射熱を防げなかった。掠っただけでも一瞬で蒸発してしまうだろう。

  落下するクロノをなのは達が何とか掴まえる。肩口のバリアジャケットがズタズタになっていた。

 爆煙が晴れた中、バキシム、ドラゴリーも無傷の姿を現す。それを見て、クロノ達は青くなった。

 

 超獣は通常の生物では無い。2つの生物を合成させ、強化改造を施された戦闘用の兵器だ。防御力も強化されている。核クラスの攻撃にも耐えうる個体も居る程だ。

 街を単独で破壊出来る火力の高ランク魔導師でも、超獣を倒すにはまだ火力が足りなかった。

 ユーノはダメージを負ったクロノを防御し、なのはは迫るミサイル群を『ディバインシュー ター』で迎撃する。周りでミサイルの連鎖爆発が起きた。

 

「きゃあああっ!?」

 

 なのはは爆風で飛ばされてしまう。いくら彼女の防御が硬くても、そう何時までもミサイルの直撃には耐えられない。 防御だけで魔力がどんどん削られて行く。このままでは何れ魔力が尽きてしまうだろう。

 

 一方のゼロも防戦一方だ。こんな街の近くでは『ウルティメイトイージス』は使えない。

 惑星より巨大な宇宙船を真っ二つにする程の威力。使いこなせていない今では、海鳴市が消し飛んでしまうかもしれない。とても地上では使えなかった。

 なのは達を後回しにした3匹はゼロを包囲し、同時に超高火炎を浴びせる。

 

『ぐわあああっ!!』

 

 3方からの攻撃に、ゼロはもろに数億度の炎を浴び苦悶の声を上げる。数億度の火炎は最早炎では無く、超高熱のビームと同じだ。

 周りの海水が余熱だけで沸騰し、水蒸気が立ち込める。カラータイマーの点滅が更に早くなった。残された時間はもう僅かだ。

 

《ゼロッ!》

 

 再びシグナムからの思念通話が入った。だが業火に焼かれるゼロには応える余裕が無い。シグナムは念話を続ける。

 

《そのままで聞け! 今のお前ではその3匹を倒すのは無理だ……恐らく攻撃を放てるのは後1度と言う所だろう?》

 

 後方にジャンプし、ようやく火炎地獄から逃れたゼロは、後退りながら舌打ちでもしそうに、

 

《……何が……言いてえ……?》

 

《今此処に居る者で、奴等を倒せる者は居ない が……此処に居る全員で一点集中攻撃を掛ければ倒せる可能性がある……》

 

 しかしゼロは納得出来ないようだ。超獣達の追撃を避けながら、

 

《こ……こんな奴ら俺1人でも……》

 

《意地を張っている場合では無かろう!? お前には大勢の命を救う使命があるのだろう? ならば成すべき事を果たせ!!》

 

 負けん気からヘソを曲げていたゼロに、その言葉はガツンと効いた。色々と未熟な部分が多いゼロだが、命を救うというウルトラマンの使命と命の重みだけは忘れない。今は超獣を必ず倒す事が重要だった。

 

《判ったよ……少し待ってろ!》

 

《ウム……》

 

 シグナムの心無しか嬉しそうな返事が返って来た。ゼロが人命最優先の為、プライドを即座にかなぐり捨てたからだ。

 強い者自分の腕に自信のある者程、危機の時自分なら大丈夫と、自尊心を優先して更に泥沼に嵌り込んでしまう事が多い。なまじ腕が立つ者特有の弊害と言えるかもしれない。

 シグナムはそういう輩を多く見てきた。だがゼロは違った。中々出来るものでは無い。やはり見込んだ通りの男だったと、女騎士は嬉しくなる。一方ゼロは、思考をフル回転させて戦況を分析する。

 

(撃てるのはせいぜい後1撃……『ブレスレット』を使っても討ち漏らす可能性が高い…… そうなると……良し!)

 

 戦法を思い付いたゼロは、なのは達に向かって呼び掛けた。

 

《おいなのは、其処の子供に管理局、力を貸してくれ! 俺の攻撃に載せて今使える1番強い攻撃を撃ってくれ! それしか奴らを倒す手は無い!!》

 

《ゼロさん、僕ユーノです!》

 

 其処の子供と呼ばれたユーノが、慌てて念話を送って来た。

 

《お前……ユーノだったのか……?》

 

 ゼロは驚くが、ザフィーラもアルフも人間の姿になれる事から、同じようなものかと納得する。人間の姿が本来のユーノでは根本的に違うのだが、そこまでは解らない。

 

《判りました。クロノ君もいいよね?》

 

 即答するなのはは、クロノに同意を求めた。ユーノに肩を借り回復に努める少年執務官苦笑いし、

 

《それしか手は無いようだ……アースラにもこの状況を打開出来る援軍は居ない……判っ た!》

 

 なのは達より戦力の劣る武装局員が何人来ても、死人の山が出来るだけだろう。だからクロノは援軍を呼べない。それ以前にアースラとまだ連絡は取れないが……

 本来なら管理外世界の事は無関係と立ち去っても良いのだが、クロノはそんな冷血漢では無い。なのはもユーノも退く気は無かった。

 

《良し! まず俺が3匹を一時的に動けないようにする。其処を狙って撃ち込む俺の攻撃に、全員の攻撃を載せてくれ! ユーノは防御が得意だったな? 2人のチャージ時間を稼いでくれ!》

 

《はいっ!》

 

《判った!》

 

《頑張ります!》

 

 なのは達はミサイル群をかい潜って、ゼロの元に集結した。すると、

 

《私も加勢しよう……》

 

 シグナムの思念通話である。ゼロはクロノ達に気付かれないようにテレパシーで、

 

《おいっ、いいのか? 管理局が居るんだぞ?》

 

《心配無い……今此処は様々なものが飛び交っていて、魔力反応を感知出来る状態では無い……そちらの2人と同時に射ち出せばまず判らん……それに私も協力しなければ威力が足りん筈だ……》

 

 シグナムは正確に戦況を把握していた。様々な戦場を渡り歩いて来た彼女には、戦闘経験で及ばない。ゼロは頷き、

 

《判ったシグナム、頼んだぜ!》

 

《任せて置け……》

 

 不敵に笑みを浮かべて応える。高揚しているようだ。ゼロの戦いを間近にして、戦士の血が騒いだらしい。

 シグナムが剣型アームドデバイス『レヴァンティン』を振ると、その全身に騎士甲冑が装着される。

 濃赤のインナーに白地のジャケット、同じく白地の所々に赤をあしらったスカート状のアーマーの白い剣士と言った出で立ちだ。

 

 騎士甲冑を纏ったシグナムは弾丸のような物を取り出し、レヴァンティンに装填した。魔力カートリッジである。

 これは彼女達ヴォルケンリッターの使用魔法 『古代ベルカ式』と呼ばれる魔法独特のものだ。

 なのは達が使っている魔法は『ミッドチルダ 式』と呼ばれる魔法方式で、汎用性に富み次元世界ではほとんどがミッド式である。

 それに対して古代ベルカ式は近接戦闘に特化 し、『カートリッジシステム』と言う独自のシステムを持つ。

 これは魔力を込めたカートリッジをデバイスに装填し、一時的に魔力を増大させる一種のブースト機能で扱いが難しく、今の次元世界では滅多にお目に掛かれない代物である。

 

 念の為シャマルに作って貰っていた魔力カートリッジ。持って来ていて正解だったなと、シグナムは苦笑しつつ自らの愛刀に、

 

「レヴァンティン……『シュツルムファルケ ン』行くぞ……!」

 

《Bowgen Form!》

 

 レヴァンティンが主の戦意に応えるように、甲高い声で叫ぶ。シグナムは剣の鞘を出現させると、剣と鞘を組合せ長大な洋弓に変化させた。

 近接戦闘に特化した彼女の唯一の遠距離攻撃魔法『シュツルムファルケン』である。

 

《ゼロ……此方は何時でも行けるぞ……》

 

 超獣達の攻撃をひたすら耐えて時間を稼いでいたゼロは、シグナムの思念通話を受け取り行動を開始する。

 

《行くぜ! なのは、ユーノ、管理局!!》

 

《はいっ!》

 

《クロノだ……頼むぞ!》

 

 ゼロは方向を変え、陸地を背に超獣達に向かい合った。なのは達はユーノの必死の頑張りでチャージをほぼ完了する。

 準備は整った。超獣達は止めとばかりに此方に殺到して来る。

 

『行くぜ! 超獣共!!』

 

 ゼロは左手の『ウルティメイトブレスレット』から収納している『ゼロブレスレット』を素早く投擲した。ブレスレットは高速で飛来しながら空中で変化し、巨大な光の鎖と化して超獣達を纏めて縛り付けた。

 3匹は拘束から逃れようともがく。光の鎖が軋んだ。いくらブレスレットでもそう長くは保ちそうに無い。ゼロは頭部の『ゼロスラッガー』2本を取り外す。

 

(今のエネルギー残量で1番効果的な使い方は、貫通力だ……細く鋭く……3匹を纏めてぶち抜く!!)

 

 スラッガー2本を連結させた。大型剣の『プラズマスパークスラッシュ』では無い。それだけのエネルギーは残っていない。 連結させたスラッガーは光に包まれると形を変え、元の数倍の長さの弓の形となった。

 

《ほう……ゼロも弓を持っていたのか……?》

 

 それを見たシグナムが思念通話で語り掛けて来た。偶然だが同系統の武器である。

 

《こいつは実戦では1度も使った事は無えんだ が……今の状況だとピッタリだ》

 

《ふっ……ならば弓矢の同時射出と行くか……》

 

《おうっ! 遅れるなよ!!》

 

 シグナムの言葉に頼もしさを感じゼロは頷くと、最後のエネルギーで光の矢を作り出した。マグネリュームエネルギーの塊の矢をつがえ、巨大な弓をギリギリと引き絞る。

 カラータイマーの点滅が限界まで早くなった。保って後数十秒。

 

『行くぜ!!』

 

 チャージを完了したなのはとクロノは、各自のデバイスを構え、ゼロの射線軸に自分達の射線を合わせた。

 木陰のシグナムも魔力で作り出した矢をつがえる。魔力を注入したカートリッジが排出され、レヴァンティンが叫ぶ。

 

《Sturm Falken!》

 

 それと同時にゼロの巨大な弓の弦が極限まで引き絞られ、光の矢が一際輝きを増した。これが最後のチャンス。これを逃せば次は無い。

 

『ぶちかませ! 『ゼロ・アークシュー ト』!!』

 

「翔けよ、隼っ!!」

 

「全力全開! スターライトブレイカァァッ!!」

 

「ブレイズキャノン!」

 

 射ち出された光の矢にシグナム、なのは、クロノの砲撃が合わさった。超速で空を斬り裂いて飛ぶ矢は、4色の光の矢となって超獣達に炸裂し、3匹の胴体を一気にぶち抜いた。

 

『グガアアアアァァァッ!!』

 

 怪物達は断末魔のおぞましい鳴き声を上げる。腹に風穴を開けられ、内部器官に致命的な損傷を負った超獣達は派手な飛沫を上げ崩れ落ち、大爆発を起こした。

 3匹纏めての爆発は凄まじい。辺り一帯を巻き込み、天まで届きそうな火柱と黒煙が上がる。

 

 爆煙と立ち込める水蒸気で視界が悪い中、なのは達は喜び合っていた。なのははユーノと手を打ち合い、クロノも笑みを浮かべる。

 そこで執務官の少年は気付く。ゼロの巨大な姿は、何処にも見えなくなっていた。

 

 

 シグナムは騎士甲冑を解除し、ゼロが戻って来るのを待っていた。 残煙が漂い薄ぼんやりした景色の中、此方に向かって歩いて来る足音が聴こえる。

 そちらに目をやると人影が見えた。少年姿のゼロである。平気を装って近付いて来るが、疲れきった顔に足取りもかなり危なっかしい。

 

「ゼロ……良くやったな……」

 

 激戦を制した少年に、シグナムは労いの言葉を掛ける。ゼロは痩せ我慢でふてぶてしく笑って見せ、

 

「……な……何て事はねえよ……これくらい楽勝だったぜ……」

 

 強がってシグナムに近付くが、その脚が不意にカクンと崩れた。

 

「おっ……?」

 

 疲労のあまり脚に来てしまったのだ。バランスを取ろうとするが、脚に力が入らない。そのまま前のめりになってしまい倒れ込んでしまう。シグナムは咄嗟に少年を抱き止めた。

 

 むにゅっ

 

 抱き止められたゼロの顔が何とも柔らかな大きな2つの物体に包まれる。要するにゼロは、シグナムの胸に顔を突っ込む体勢になってしまった訳である。

 シグナムは予期せぬ事態に顔を真っ赤にし固まってしまっていたが、このままでは将の沽券に関わると、

 

「……お、おい、ゼロっ……?」

 

 辛うじて取り繕い呼び掛けると、ゼロは巨丘と言うか、おっぱいに顔を埋めたまま、

 

「……悪い……流石にもう……体が言う事を聞かねえ……」

 

 もう限界だったゼロは動けない。それを察しシグナムは倒れないように支えてやる。ゼロは彼女の胸に顔を埋めながらポツリと、

 

「……助かった……あのままだったら駄目だっ た……1人でも欠けてたら倒せなかった……」

 

「……そうか……」

 

 珍しく素直に礼を言うゼロにシグナムは苦笑する。しばらくそのまま無言だった少年は、無邪気な表情を浮かべ、

 

「……シグナムの胸は……大きくて柔らかくて気持ちいいな……」

 

「なっ!?」

 

 シグナムはゼロのあまりにド直球な発言に絶句した。 だがこの少年の事、変な意味はまるで無く、感じたままを素直に口に出しているだけだとは察したが動揺してしまい、

 

「あ……主はやてが最近お気に入りでな……よ、 良くマッサージをされるのだ……」

 

 返事にもなっていないどころか、余計な事まで口を滑らせてしまう。ゼロは顔を上げると薄く笑って、

 

「……じゃあ……たまには俺にもこうさせてくれ よ……駄目か……?」

 

 子犬のような瞳を向けて来る。これで僅かでも邪なものがあったら投げ飛ばしてやる所であるが、ゼロの瞳には邪心の欠片も無かった。ある意味1番質が悪い。

 シグナムは迷った。これで拒否したら、自分だけ変な風に受け取ってしまっている事になってしまうでは無いかと。煩悶の末、

 

「お……お前の……好きにするといい……!」

 

 気力を振り絞り、あくまで平静を装って答えた。言いながら何か大変な事を約束してしまった気がするが……

 

(こ……これはそうだ……! 戦い終えた戦士へ の……せめてもの……そう、労いなのだ! 変に意識する事は無い!!)

 

 心の中で無理矢理自分を納得させようとするシグナムだが、気が付くとゼロの反応が無い。

 

「……ゼ……ゼロ……?」

 

 顔を覗き込むと、ゼロは気持ち良さそうに胸にもたれ気を失っていた。極限まで力を使い果たしたのだ。シグナムは少年の安らかな寝顔を見下ろし、

 

「まったく……何とも仕方の無い奴だ……最初に逢った時から、お前には驚かされてばかりだな……」

 

 自然表情がほころんでいた。はやての元に来てからの日々が思い起こされる。最悪だった最初のあの出逢いから始まったのだ。

 そして共に暮らして来て、この少年が実はとても優しい事は良く判っている。見た事も無い程に。一緒に居ると心が洗われるようだった。

 

 そして今回シグナムは、ゼロの決死の戦いを目の当たりにした。絶体絶命の危機を乗り越えたのは彼女の叱咤もあるが、命を救いたいと願う彼の優しさの本質故だろう。

  ウルトラマンとしてはまだまだ未熟なのだろうが、その本質と戦闘能力は真の戦士の名に恥じないと彼女は思った。いや、戦士として以上に……

 

「ゼロ……」

 

 シグナムは抑えきれない程の衝動に駆られ、意識の無いゼロをギュッと抱き締めていた。

 

「はっ!?」

 

 そこで彼女は我に還る。自分が何をしたか一瞬解らなかった。危うく突き飛ばしてしまう所だ。 戦闘マシーンとしてのみ生きて来たシグナムは、今まで感じた事の無い心の揺らぎにひどく動揺してしまう。

 

(何をやっているのだ私は……有り得ん! そうだこれは、あくまで戦い終えた戦士への敬意だ! そうに違いない!!)

 

 頭をブンブン振り、火照って赤い顔で自分をそう納得させる。

 

(久々の戦闘で、舞い上がってしまったようだ……)

 

 深く深呼吸を繰り返すと気を取り直し、気絶しているゼロを軽々と抱え上げた。

 女性にお姫様抱っこされるという、いささか恥ずかしい格好になったゼロを抱え、シグナムは皆の待つ八神家へと帰って行った。

 

 

 

 

 その場面を遠くから見ている者が在った。驚異的な視力と聴力で、気付かれないように遠くから気配を殺し様子を伺っていたのだ。

 シグナムが尾行を警戒しているので後を着けるのは無理なようだったが、そいつは少年の方に見覚えがあった。

 フェイト達を監視している時に、彼女らが接触した少年だとそいつは確信する。それなら幾らでもやりようはあるだろう。

 

(ククク……アイツ……ウルトラマンダッタノ カ……)

 

 そいつは一部始終を見ていて、ゼロが変身を解く所も見ていたようだ。

 

「プレシア様ニゴ報告セントナ……」

 

 そいつ、フードの人物は、人間では有り得ない程大きな丸い眼を妖しく光らせ、かき消すようにその場から姿を消した……

 

 

 

 

 

 

「あ~あ……間抜けな奴だ……バレちまったじゃねえか……ククク……」

 

 海鳴湾上空。全てを見ていた黒ずくめの青年は、愉しそうに含み笑いを漏らした。

 

「まあ……いい感じにゴチャゴチャして来たな……遊びはこれ位にしておくか……向こうの位置も判った事だし『アイツ』からの頼まれ事もそろそろやらねえとな……行くぞⅡ(ツヴァ イ)」

 

 ダークロプスは巨大な首で頷くと、浮遊するのを止め青年を掌に乗せたまま飛行を開始する。猛烈な風圧の中、涼しげな顔で髪をなびかせる黒衣の青年は最後に下界を見下ろし、

 

「まだまだだな……虫けら共の力を借りてるようじゃ、俺は勿論『アイツ』の足元にも及ばな いぜ……」

 

 何処か愉しむような口調で呟いた。ダークロプスはスピードを上げ、空の彼方へと消え去って行った……

 

 

 

つづく

 

 

 

 




次回『はやての願いや』

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