夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第12話 哀しみの記憶や

 

 

 モロボシ・ゼロの朝は何気に早い。まだ外が暗い頃には起き出す。早朝訓練の為である。ウルトラ戦士として、常に己を鍛えるのは怠らないのだ。

 師匠である『ウルトラマンレオ』と『アストラ』からみっちりしごかれたゼロは、別世界に跳ばされた今も、しっかりとその教えを守っている。

 

 いくらヤンチャなゼロでも、毎日鍛練の為だけに変身する訳にもいかないので、基本人間形態で身体を動かすのだ。

 ジャージに着替え、皆を起こさないようにコッソリ玄関に出たゼロがスポーツシューズを履いていると、誰かが静かに近寄って来る気配がする。

 

「早いな……どうした?」

 

 気付いたゼロは声を掛けた。紫系のスポーツウェアを着たシグナムである。烈火の将は自分のスポーツシューズを下駄箱から取り出し、

 

「そろそろ身体を動かさんと鈍るからな……私も付き合わせて貰えるか……?」

 

 返事を待たず同じくシューズを履く。こちらも戦士として鍛練を欠かさないタイプのようだ。ゼロも断る理由は無いのでぶっきら棒に、

 

「おう、構わねえぞ、丁度誰か訓練相手が欲しかった所だ」

 

「望む所だ……」

 

 シグナムはニヤリと笑みを浮かべる。どうもそれが目的らしい。2人は玄関を出て軽く準備運動をすると、まだ人気の無い早朝の街を走り出した。

 

 ゼロの体力は並外れている。人間形態の時でも、超人クラスの身体能力と体力を兼ね備えているのだ。

 まだ先の話になるが、ゼロと合体した『タイガ』の身体能力を思い起こして貰えれば、納得していただける筈である。当然走る速度も並では無い。常人ではとても着いて行けまい。

 最初はシグナムの為に軽く流そうかと思っていたゼロだったが、その心配は無用だった。彼女も涼しい顔をして並走する。やはり彼女も只者では無い。

 

 安心してゼロは走るスピードを上げ、シグナムも追走した。町内を2時間程ぐるぐる回る。速度が速度なので軽く数十キロ以上は走っていた。その最中何気無くシグナムをチラリと見て、ゼロはふと思う。

 

(何か揺れてるな……)

 

 ふるんふるん彼女のある部分が揺れている。 はやての趣味なのか、身体にピッタリフィットしたウェアなので尚更目立つ。

 邪魔じゃ無いのか? と色気もヘッタクレも無い事を思うが、枕にしたら寝心地が良さそうだなどと、本人に言ったら撲殺されそうな考えが浮かんだ。

 

 まあ……それはさて置き、端からだと猛ダッシュにしか見えないジョギングを終え、人気の無い小さな神社の境内に辿り着いたゼロとシグナムは、軽く呼吸を整えた。

 オリンピック記録どころか、車と比べた方が早いジョギングをした2人は軽く汗をかいている程度である。ゼロは一通り身体を慣らすと、

 

「じゃあシグナム、軽く組手と行くか……」

 

「ウム……手合わせ願おう……」

 

 シグナムはクールな表情に、明らかに喜色を浮かべ軽く肩を振る。どうもこういう事が好きなようだ。

 

「シグナムは剣を使うよな? そっちは剣でもいいぜ」

 

 ゼロの少々挑発じみた言葉に、シグナムは不敵に微笑し半身で構えて見せる。

 

「フッ……剣が無ければ何も出来ない訳では無 い……ベルカの騎士の体術を見せてやろう」

 

「そいつはいい、『ウルトラマンレオ』直伝 『宇宙拳法』ならぬ『レオ拳法』の真髄見せてやるぜ!」

 

 ゼロもニヤリと笑うと、左手を突き出し右拳を引く『レオ拳法』の構えを取った。それを合図に、次の瞬間互いの拳がぶつかり合う。

 

「破ぁっ!」

 

「ふっ!」

 

 次々と拳が繰り出され鋭い打撃音が響いた 。互いに打ち込まれる攻撃を弾き、身体を逸らして捌いて行く。 無論2人共本気を出してはいないが、常人には及びも付かないスピードの攻防だ。

 

 シグナムが前蹴りを繰り出して来る。右腕で跳ね上げ、ゼロは軸足を狙い足払いを掛けようとする。読んでいたシグナムは素早く跳び、低くなったゼロの頭目掛けて、切れのある回し蹴りを放った。

 

「おっと!」

 

 ゼロは咄嗟に頭を下げて蹴りをやり過ごすと、片手に地面を着き反動を付け、その勢いで下から突き上げる矢のような蹴りを、上空のシグナムに放った。

 

 女騎士は蹴りを腕をクロスさせて受け止める。流石に受け止め切れず、数メートルは跳ばされた。しかし空中で軽やかに一回転すると、地面に音も無く着地する。

 この間の出来事は数秒にも満たない。サーカスかワイヤーアクションでも観ているような鮮やかな攻防だった。素早く立ち上がったゼロは感心して、

 

「へっ、やるじゃねえかシグナム! 俺にここまで着いて来るとは大したもんだ!」

 

「そちらこそ……レオ拳法見事なものだ。今まで私にここまで付き合えた者はそうは居な い……」

 

 シグナムは愉しげに微笑する。ゼロもニヤリと笑って親指で唇をチョンと弾き、

 

「なら、ここまで付き合えたのはお前だけだと言わせてやるぜ!」

 

「言わせてみせろ!」

 

 シグナムも愉しげに応える。ゼロは訓練なので威力こそ加減しているが、攻めの手は緩めていない。加減する必要など全く無い実力の持ち主だ。

 

「行くぜシグナム!」

 

「来い!」

 

 2人は大地を蹴って再び激突した。静かな早朝の澄んだ大気に、鋭い気合いと打撃の応酬音が響いた。

 

 

 静かだった街が徐々に活気付き始め、朝日が辺りを柔らかく照らし始めていた。

 軽くと言いつつ、みっちり鍛練を終えたゼロとシグナムは、古びた石段を降りている所である。そろそろはやて達も起き出して来る頃だ。

 

「久々にいい汗かいたぜ……古代ベルカとやらの体術は中々のもんだな……」

 

「こちらもだ……そちらの世界の戦闘スキル 『レオ拳法』は興味深い……」

 

 互いの技術の事を評価している。別世界独自の戦闘技術を知るのは、戦士として興味深い。体捌きから防御、攻撃の際のコンビネーション。その世界ならではのものが有り面白いのだ。

 

 互いの技に付いて話しながら歩いていると、 ジュースの自販機があったのでゼロは奢ってやる。受け取ったシグナムは少し申し訳無さそうに、

 

「済まないな……」

 

「なっ、何改まってんだよ? 修行仲間ってヤツだろ?」

 

 ゼロの少々照れながらの体育会系のノリに、 シグナムは苦笑するしか無い。 行儀が悪いとは思ったが、歩きながらゴクゴク炭酸ジュースを飲む少年に付き合って、ミネラルウォーターに口を付ける。火照った身体に染み込むようだった。

 

(こんなに良い汗をかいたのは、何時以来だろうか……)

 

 朝の澄んだ風が心地好い。自分達が歩いて来た世界とはまるで違っていると、シグナムは思う。そんな彼女にゼロは何の気無しに、

 

「シグナム戦うの好きだろう?」

 

「む……? そうだな……嫌いでは無い……」

 

 シグナムは少し間を空け返事を返した。ゼロも特に深い意味があって聞いた訳では無い。組手をする彼女がとても愉しげに見えたからだ。

 答えたシグナムだったが、考え込むように視線を落とす。自分の答えに納得が行かなかったのか、

 

「このような正々堂々とした戦いならばな……」

 

 ポツリと洩らした。実際そんな機会は滅多に無かったな……と今までを振り返り思う。 そんな彼女をゼロが心配そうに見ている。様子が変だと思ったのだろう。シグナムは少年に寂しげな瞳を向け、

 

「そうでも思っていないと……やってられなかったのかもしれんな……」

 

 自嘲の表情を浮かべた。それはひどく物悲しく見える。ゼロはそんな彼女を見て、胸が締め付けられるような想いに駈られた。どんな想いを抱えて来たらこんな寂しい顔が出来るのだろう。

 確かに彼女は強い。その強さは恐らく、近接戦ならば魔導師として最強クラスだろう。

 

 『レオ兄弟』に長い間修行を付けられたゼロとやり合える事からも、彼女達が気の遠くなるような年月を戦闘に費やして来た事が察せられた。実戦経験ならゼロを上回るだろう。

 

 ウルトラ族と違い、人と同じ時間感覚を持つシグナム達が、それだけ永い時を戦いに明け暮れて来たのなら、それはどう感じて来たのだろうとゼロは思った。

 しんみりして無言になった少年に、シグナムは苦笑を浮かべ、

 

「詰まらん戯れ言を聞かせてしまったな……忘れてくれ……それより次は得物を持って付き合って貰おうか? 出来ればあの姿のゼロとも手合わせしたい所だ……」

 

「おうっ! 正々堂々、俺が幾らでも相手してやるよ。その時はいい場所知ってるから其処でな、手加減しねえぞ?」

 

 指をコキコキ鳴らしてやる気充分の態度を示し、勢い込んで見せた。彼なりに元気付けようとしているのだろう。そんなゼロを見てシグナムは苦笑する。

 

(済まんな……)

 

 少年の気遣いを好ましく思った。だが素直では無いゼロは絶体に認めないだろう。シグナムは尊重して気付かぬふりをし、

 

「ああ……楽しみにしている……」

 

 女騎士は自分でも意外な程、穏やかな微笑をゼロに向けていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うおっ? 何だこりゃあ!?」

 

 午前中の八神家に、ゼロの素っとんきょうな声が響き渡った。何事かと皆が行ってみると、掃除機を持ったままのゼロが驚いて宙を見上げている。

 見ると『闇の書』が、まるで意思ある者のように、ぷかぷか宙に浮いていた。

 

「『闇の書』が最初の時みたいに浮いとる?」

 

 はやても驚いている。するとシグナムが説明してくれた。

 

「主はやて……『闇の書』は自分で動き回る事も出来ますし、ある程度の意思もありますので……」

 

「へえ……そうやったんか~っ」

 

 感心するはやての所にふわふわ降りて来た 『闇の書』は、そのまま彼女の膝の上にちょこんと載った。

 

 

 

 騒動が落ち着き、掃除を終えたゼロがリビングに入ると、はやてが膝の上に乗せた『闇の書』を子犬でも可愛がるように撫でていた。皆は微笑ましそうにその光景を見ている。

 

「可愛いなあ……堪忍な? 知らんかったから放って置いて……」

 

 撫でて貰っている『闇の書』は心なしか気持ち良さそうに見える。ゼロもその様子を微笑ましく見ていると、ヴィータがトコトコゼロに近寄り、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「ゼロォ~、何ビビって悲鳴上げてんだよ?」

 

 早々にからかって来た。あれでビクついたと思われては、ウルトラマンゼロの沽券に関わると思ったゼロは胸を張り、

 

「ビビってねえ! 少し……ビックリしただけだ!」

 

「本当かよ~?」

 

「ヴィータお前~っ、年上をからかいやがって ~っ」

 

「年上ねえ……本当かどうか怪しいもんだな……」

 

「俺は5900歳だ、小娘共が!」

 

「はんっ、聞いてるぞ。いくら永く生きてようが、ゼロは一族の中じゃ、まだ高1くらいのガキんちょらしいじゃん?」

 

「うっ? 何故それを!?」

 

「フフフ……はやてから聞いてるぞ?」

 

「ぬぬぬ……それでも歳上は歳上だ!」

 

 などと不毛な言い合いをしている。まあ、じゃれあいみたいなものである。性格が似通っているこの2人は、一旦打ち解けると気が合うようだ。

 

 性格が似ていると反発し合うか、とても仲良くなるかのどちらかになると言うが、ゼロとヴィータは後者のようで、良い感じに似た者兄妹のようであった。

 

 狼ザフィーラは、やれやれと密かに苦笑すると床で丸くなる。シグナムとシャマルは『闇の書』を撫でているはやてを見て、書の管制人格マスタープログラムの事を考えていた。

 管制人格は『闇の書』の全てを司るプログラムで、シグナム達のもう1人の仲間でもある。

 しかしその起動には魔力蒐集が必要であり、今の状態ではほとんど何の力も無い。はやてがマスターで有る限り、会う事は無いだろう。

 

 シグナム達の感慨を知るよしも無いゼロは、 ヴィータとの舌戦を取り合えず終わらせると、興味深そうにはやてに歩み寄った。

 

「へえ……自分で飛べる本か……俺にも触らせてくれよ?」

 

「ええよ、ゼロ兄も撫でてあげてな?」

 

 ゼロが軽い気持ちで彼女の膝の上の『闇の書』に触れた時だった。突如として書から何かが流れ込んで来る感覚に襲われた。

 

「何だあっ!?」

 

「えっ?」

 

 ゼロとはやてが驚く間も無く、2人の頭の中に雪崩れ込むように大量の情報が流れ込んで来た。異常に気付いたシグナムとシャマルが駆け寄る。

 

「主はやて? どうなさいました!?」

 

「ゼロ君どうしたの!?」

 

 呼び掛けるが、ゼロとはやては『闇の書』に手を触れたまま、虚空を見詰め硬直したままだ。

 4人は判断に困ったが、まずはとシグナムは書から2人を引き離そうと手を伸ばそうとする。しかしシャマルがそれを止めた。

 

「待ってシグナム、もしかしたら……」

 

「何だシャマル、心当たりが有るのか?」

 

 シャマルは硬直したままの2人を見やり、

 

「ゼロ君は私達とは別系統の特殊な力を持っているわ、自分をプログラム体に変えたりも出来るそうよ……それが『闇の書』と現マスターである、はやてちゃんに偶然同時に接触した事で、何かしらの作用が起こって『闇の書』の記録が流れ込んでしまった……」

 

「おいっ、大丈夫なのかよ? 早く引き離した方がいいんじゃないのか!?」

 

 焦って詰め寄るヴィータに、シャマルは思案して眉を寄せる。

 

「『闇の書』の記録が流れ込んでいるだけだから、危険は無いと思うんだけど……却って無理に途中で引き離した方が不味いと思うわ」

 

 そこで今まで無言だったザフィーラが口を開 いた。

 

「本来なら完成した時に主に受け継いで頂く筈の情報を、今受け取っておられると言う事か……?」

 

「それが1番近いかもしれんな……」

 

 シグナムもそれに賛成し頷いた。その間にもゼロとはやての頭の中に、膨大な映像が通り過ぎて行く。

 

(これは記憶だ……)

 

(みんなの過去なんか……?)

 

 それは『闇の書』に記録されていたヴォルケンリッターの永い永い記録だった。

 

 歴代のマスターに命じられ、『闇の書』完成の為戦いに次ぐ戦いの日々。人と変わらない守護騎士達を戦闘の為の道具としか見ず、何とも思わない連中……

 

 大いなる力を手に出来る誘惑に、皆我を忘れて行った。強大な魔力を持っていた王も、ごく普通の者も力を手に入れようと狂って行く……

 

 そんな中でもひたすら4人はマスターの為に戦い続けた。満足に食事も与えられず休む事も許されず、怪我を負っても『蒐集』に駆り出される日々。

 平和な世界より、魔法と血の臭いが漂う戦場を駆けさせられた。そんな中でも守護騎士達は主の為に戦い続ける。

 

 『蒐集』とは、魔力を持つ生物にのみに存在する『リンカーコア』と言う魔力の源から魔力を吸収し、『闇の書』の頁を埋める事だ。

 

 守護騎士達は今まで蒐集と戦闘の為の道具としか扱われていなかったのだ。ゼロはシグナムの寂しげな表情の訳を痛感した。せざる得なかった。

 砕けんばかりに歯を食い縛り、血が滲む程拳を握り締める。はやても自分でも知らぬ間に涙を流していた。

 戦いの中傷付き、疲労に喘ぎながらも守護騎士達は戦い続ける。極寒の中地下牢のような汚い部屋に押し込められ、寒さに震える4人は固まって夜を凌いだ事もあった。

 

 そして力尽きたヴォルケンリッター達は消滅して行く。労いも称賛も報いも何も無い。只の道具として消えて行く。

 だがそれで終わりは来ない。次の代のマスターの元に転生すれば、また復活して同じ事の繰り返しが始まる。自らでは選ぶ事は出来な い。

 

 それは生き地獄だった……道具として戦い抜いて死に、また生き返っては戦って死に続ける。命令に逆らう事も出来ない。それは無限地獄であろう。

 

 そして一通りを伝え終えたのか、潮が引くように記憶の奔流はゼロとはやての頭の中から去った。

 2人の意識は現実に復帰する。ほんの数分にも満たなかったが、まるで永い旅をして来たように感じた。

  滂沱の涙を流すはやてと、憤りのあまり立ち尽くすゼロを見て、シグナムは皆の推察通りだと感じる。

 

「大丈夫ですか? 主はやて……ゼロ……?」

 

 シグナムが気遣って声を掛けると、はやてとゼロはぼんやりと顔をシグナム達に向ける。夢から覚めたような様子であった。

 

 シグナムはふと、何かしらの別の力の干渉があったのではと思う。勘のようなものだが、それは悪いものでは無いよう気がした。

 

(だが、それより今は……)

 

 シグナムははやての前に控えると、深々と頭を下げ、

 

「どうも……お見苦しいものを見せたようで…… 申し訳ありません……」

 

 かなり酷いものを見てしまった筈だと詫びた。幼いはやてには残酷だったであろう。涙を溢れさせたままのはやてはシグナム達を見ると、今度は傍らに立つゼロを見上げた。

 

「ゼロ兄ぃっ!」

 

「おうっ!」

 

 心得たと返事を返したゼロは『ウルトラゼロアイ』を取り出すと、躊躇無く両眼に装着した。

 

「ゼロ何をしている? こんな部屋の中で何を!?」

 

 シグナム達が慌てる中『ウルトラマンゼロ』 に変身したゼロは、一気に3メートル程にまで巨大化する。

 そのまま座り込むとその大きく長い腕で、は やてとヴォルケンリッター全員を纏めて抱き抱えていた。

 

「おいっ、天井をぶち抜いちまうぞ!?」

 

 ヴィータの注意にもゼロは耳を貸さず、しっかりと全員を抱き締め、

 

「うるせえ……こうでもしねえと……」

 

 そこで言葉に詰まってしまう。するとはやては、小さな腕を目一杯伸ばして同じく皆を抱き締めようとし、ゼロの言葉の続きを呟いた。

 

「みんな一緒に抱き締められへんやないか……」

 

 小さな主はぽろぽろと溢れる涙を拭おうともせず、

 

「家の子達に……何て事さすんや……辛かったな あ……痛かったやろなあ……みんなよう頑張ったなあ……」

 

 それは単なる同情では無い。家族を傷付けられた者の身を切るような痛みだった。

 守護騎士達を家族だと言った言葉に嘘偽りなど欠片も無く、口にした時から2人の中では決まっていた事だった。

 両親を亡くしたはやても、施設で育ったゼロも家族とは縁遠い暮らしが長く、孤独を抱えて来ただけにその想いは尚更強かった。

 2人の温かい気持ちが流れ込んで来るようだった。零れるはやての涙と、ゼロの包み込むような温かさの中、4人は感じた事の無い安らぎを感じていた。

 

 造られた存在の守護騎士達には親も無く、誰かに慈しまれ子のように大事にされ抱き締められた事など無い……

 

(温かい…………)

 

 知らず知らず4人は、母親に抱かれる赤子のように温もりに身を委ねていた……

 

 

 

 

 

 

 この後、急にゼロの元気が無くなった。

 

 話し掛けても沈んだ様子で生返事しかしない。まるで自分を責めているような感じがする。

 はやて達はシグナム達の過去がそれほど効いたのだろうかとは思ったが、それでもあのヤンチャ者のゼロがここまで落ち込む姿を見た事が無かったので心配になった。

 しかしそれが何故、自分を責める事になるのかは誰にも解らなかった……

 

 

 

 

 その夜ゼロは自室のベランダで1人、星1つ見えない夜空を見上げていた。するとコンコンと部屋のドアをノックする音が聴こえる。

 

「……ゼロ兄……ええ……?」

 

 ドア越しにはやての声がした。心配して様子を見に来たのだろう。ゼロは少し考えたが、

 

「……おう……構わねえぞ……」

 

 返事を聞き、はやてはドアを開けて入って来た。車椅子を操作してベランダに出るとゼロの隣に着ける。

 

「今日は真っ暗やね……」

 

「そうだな……」

 

 夜空を見上げるはやての言葉に、ゼロはそれだけを返す。それからしばらくの間2人は、無言で暗い夜空を眺めていた。

 

 どれぐらいそうしていただろう。ゼロは空を見上げたままポツリと呟いた。

 

「皆の過去を見て……思い当たった……」

 

 はやては頷いて無言で先を促す。

 

「俺は……罪を犯して、1度故郷を追放された事がある……」

 

「ゼロ兄がっ?」

 

 思ってもみなかった話に、はやては思わず声を漏らしていた。ゼロはそこでようやく傍らの少女を見ると、

 

「……どうしてももっと力が欲しくてな……故郷で最も重要な力の源、『プラズマスパーク』ってもんを手に入れよとした……」

 

 自嘲を浮かべる。はやてはその表情を見て泣きたくなるような思いに駆られた。こんなゼロの表情を見た事が無い。

 ゼロは『プラズマスパーク』に付いて説明してくれた。『プラズマスパーク』とはウルトラ族全ての源であり、地球人類と同じ存在だったウルトラ族を超人へと進化させた奇跡の光だ。光の国を支える人工太陽でもある。

 

「使いこなせれば、強大な力を手に入れる事が出来る……『光の国』最大の禁忌と分かって俺は、そいつを手に入れようとした……」

 

 ゼロの告白は続く。洗いざらいを話すつもりだった。

 

「その結果……親父にとっ捕まって俺は逮捕…… 草1つ生えてねえ不毛の惑星に島流しになったって訳だ……ガッカリしたろ……? これが本当のウルトラマンゼロの姿だ……」

 

「そんな事……」

 

 はやてが否定しようとすると、ゼロは首を振ってそれを遮り、

 

「それで思った……『プラズマスパーク』の力を手に入れようとした俺と、『闇の書』の力を手に入れようとして皆を酷い目に遭わせた連中 と、全く同じじゃねえかってな……」

 

 ゼロは手すりを手が白くる位に強く握り締め、やりきれない顔で俯いた。歴代のマスター達の力に取り憑かれて醜く歪んだ顔が浮かぶ。

 更には写し鏡、最悪の道を辿った場合の自分の成れの果てだった『べリアル』の顔……

 

 自分もあの時あんな顔をしていたのではないか? シグナム達を酷い目に遭わせていたのは、自分なのでは無いかとまで思ってしまった。すると……

 

「同じや無い……!」

 

 はやての決して高くは無いが、強い響きの声が響いた。ゼロがその声に顔を上げると、目の前に彼女の顔が在る。真っ直ぐな瞳がゼロを映す。

 

「同じなんかや無い……ゼロ兄はそないに思えるし……誰かを酷い目に遭わせてまで力を手に入れようとする人や無い……私が保障する!」

 

 はやての真摯な言葉と眼差しに、ゼロは自己嫌悪と罪悪感で凝り固まっていた心が軽くなって行く気がした。人間の負の感情に惑わされ、悪い方向に考えが行っていたようだ。

 

(はやてには敵わねえな……)

 

 ようやくゼロは苦笑を浮かべた。そこでふと自然に浮かんだ言葉を口にする。

 

「ありがとな……はやてのような人間を地球の言葉で、天使って言うんだろうな……」

 

「ふあっ?」

 

 それを聞いたはやての顔が見る見る真っ赤になる。照れ過ぎてあたふたする少女を楽しそうに見ながら、ゼロは後ろに声を掛けた。

 

「お前らも、そう思うだろ……?」

 

「……愚問だな……問われるまでも無い……」

 

 シグナムの返事が返って来た。ドアを開け廊下に居た守護騎士達が部屋に入って来る。全員でやって来て、はやてが代表で入って来たのだろう。皆心配していたのだ。

 

 皆は話を聞いてしまったので、少々決まりが悪そうだが、ゼロも皆に聞かせるつもりで話していたので気にはしない。

 

「1つ聞かせて貰いたい……」

 

 シグナムが1歩前に出ると、真剣な眼差しで少年に問う。

 

「何故お前は、力を欲したのだ……?」

 

 ゼロは静かに部屋の中に入り、シグナム達に向かい合った。口を開き掛け一瞬表情を曇らせたが、真っ直ぐに皆を見据えハッキリと言った。

 

「言い訳にもならねえが……友達を守れなかったからだ……!」

 

 その言葉を聞いたシグナムは、満足げに微笑むと静かに目を閉じ、

 

「……そうか……判った……お前らしいな……」

 

 それはこの場に居る全員の心を代弁する言葉だった。まだ出会って日は浅いかもしれないが、この6人には絆と言うべきものが出来つつあった。

 

 はやてはふと光を感じて、夜空を見上げる。其処には雲が晴れて顔を出した満月が、自分達を見守るように、柔らかい青い光を放っていた……

 

 

 

 

****************

 

 

 

 

 その頃次元の海を、はやて達の住む『97管理外世界』に向け航行する1隻の戦艦があった。

 特徴的な二股に別れた艦首を持つ、SFに出て来そうな船の名は『アースラ』ユーノやフェイト達と同じく、管理世界から来たものである。

 

 次元世界間の危険や次元犯罪を取り締まる、一種の司法組織『時空管理局』所属の実働部隊の1つだ。

 

 アースラの超未来的な設備のブリッジで、艦長席に腰掛ける緑色の髪をポニーテールに括った年齢不詳の美しい女性。 アースラ艦長『リンディ・ハラオウン』提督はため息を吐いた。

 

「すっかり到着が遅くなっちゃったわね……」

 

 何故か角砂糖をタップリ放り込んだ緑茶をすすりながら愚痴るリンディに、管制責任者らしきショートカットの若い女性が、慰めるように声を掛けた。

 

「仕方無いですよ……あちこちで小規模次元震騒ぎがあって、大わらわでしたからね……」

 

 リンディは女性『エイミィ』に苦笑いして見せ、

 

「でも結局原因は不明……どうなっているのかしらね……? お陰で最初の予定より随分遅れてしまったわ……」

 

 少々憂鬱になってしまうリンディだったが、直ぐに気持ちを切り替え現状の確認をする。オペレーター達は直ぐに現在の状況を報告して来た。

 

「前回の小規模次元震以来、特に目立った動きは無いようですが、2人の探索者が再度衝突する可能性が高いですね……」

 

 フェイト達となのは達の事らしい。ある程度は事態を把握しているようだ。続けてエイミィは、測定画面のコンソールを操作しながら、

 

「それと……気になるのは、小規模次元震の際に検出された別の高エネルギー反応ですね…… 測定不能の高い数値の……一体何なんでしょうね?」

 

 リンディはカップのお茶を飲み干すと、今までに仕入れた情報を頭の中で整理してみる。

 

「あの世界には確か……10ヶ月前にも小規模次元震が発生して、調査が入ってるわよね……?」

 

「ハイ、そうですが……その時の調査では、特に異常は発見出来なかったそうです」

 

 エイミィの打てば響くような返事に頷きながら、リンディは眉をひそめる。同じ世界での2度の次元震、果たして偶然なのだろうかと。

 

 しかし……とリンディは先入観を持たないようにと自らを戒めた。先入観や決め付けは判断を誤らせる事にしかならない。

 

 彼女の持ち味は、柔軟な思考でいかなる状況にも臨機応変に対応出来る事だ。その為思考は常にフラットにしていた方がいい。

 

(まずは……2人の探索者と接触する事……後はそれからね……まあ、ウチのスタッフは優秀だし、何よりウチには切り札が居るからね)

 

 傍らに立つ少年に笑い掛けた。黒いバリアジャケットを纏った、ゼロより年下に見える黒髪の少年だ。超一流の魔導師にして、リンディの自慢の息子でもある『クロノ・ハラオウン』執務官である。

 

「小規模とは言え、次元震はちょっと厄介だからね……危なくなったら直ぐに現場に向かって貰わないとね? クロノ」

 

「大丈夫、判ってますよ艦長……僕はその為に居るんですから……」

 

 年若いにも関わらず、落ち着いて不敵に笑う息子を見てリンディは頼もしく思うが、ふと漠然とした不安感を感じた。

 それは長年現場で培って来た勘だったのかもしれない。これから始まる容易ならざる事件への……

 

 

つづく

 

 

 

 




ゼロの過去は妄想設定です。力を欲してプラズマスパークに手を出したのは、理由があったのではと妄想した結果です。死んだ友は公式で存在が明かされたヴォイスの事ではありませんので。追々話の中で出て来ます。

次回『魂の激突や』

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