夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第11話 ヴォルケンリッター参上や!(後編)

 

 

 

 はやてはゼロとデパートなどを回り、守護騎士達に必要な服を選んでいた。シグナム達のイメージで洋服を選ぶはやては楽しそうである。中々センスが良い。

 

 ゼロが着ている服のコーディネートも全て彼女である。放って置くと外出時にとんでもない服装をしそうになるゼロは、はやてのお陰でこ洒落た格好をしているのだ。

 女子としてゼロにダサい格好をさせるのは、プライドが許さないらしい。

 

 しかし今回は種類が多い。年頃の女性向けのものなどは小学生には荷が重い。流石にお店の店員さんに協力を求め、はやてがイメージを伝えて持って来て貰った服から選んだりした。

 

 服だけでは勿論足りないので、当然下着類なども買わなくてはならない。女性下着売り場ではやてに付いて回るゼロは、やはり女性客にジロジロ見られてしまう。

 何故俺は注目されているんだ? と居心地が悪くなるが、理由までは解らないのはご愛嬌であろう。

 

 一通りを買い揃えると今度は食材の買い出しである。いきなり人数が増えたので量も必要だ。帰り際のゼロは、服の紙袋や食材を大量に抱え、はやても持ちきれない分を膝の上に載せて、フウフウ言いながら帰宅した。

 

「みんなー、ただいまーっ」

 

「今帰ったぞ~っ」

 

 声を掛けて玄関のドアを開けようとすると、 待っていたシャマルが先に開けてくれる。入ると守護騎士達が既にお出迎えと言う感じで玄関口に揃って待っていた。

 その中にザフィーラの姿が見えない。その代わりに青い見事な毛並みをした、大きな犬らしき動物が居る。それを見たはやては目を輝かせ た。

 

「うわあ~、犬やワンコやあ~っ、大きいなあ ~、可愛いなあ~っ、この子どうしたん?」

 

 余程犬が好きと見え、早速見知らぬ犬に近寄り頭をよしよしと撫でてやる。するとその犬が顔を上げ、

 

《ザフィーラです……主……》

 

 渋く口を利いた。思念通話である。はやては驚いた。

 

「ど……どないしたんやザフィーラ……その格好 は……?」

 

《私は守護獣です……狼が本来の姿……こちらの方が落ち着くので……》

 

 犬では無かったようだ。だから守護騎士では無く、守護獣なのだろう。狼の姿だが、あくまで渋く喋るザフィーラである。はやては身体を震わせて、とても感激していた。

 

「うわあ~っ、前から犬飼いたかったんよ~、 あはははっ」

 

 大喜びでザフィーラを喉から耳の後ろまで、妙に的確に気持ち良い部分を撫でくり回している。 本などで見て、飼った時の事を空想していたのだろう。

 それだけ犬を飼いたかったのだ。本人は狼だと言っているのだが……それを見てゼロは微笑ましく思うが、

 

(あっ……それじゃあザフィーラは犬ポジションになってしまうじゃねえか……?)

 

 いきなり女性比率が上がってしまったので、 実質男が自分1人になってしまうのではと思う。仲間に見捨てられた気がして少し寂しいゼロであった。

 

 はやては早速買って来た服を広げて見せた。 シャマルは喜んで、どれにしようか悩んで色々合わせている。 シグナムはこの世界の衣服を怪訝そうに見ながらも、あまり気にしない質なのか、即決して次々と着るものを決めて行く。

 

 ヴィータははやてに手伝って貰い、照れ臭くさそうにもじもじしながら服を選んでいる。 その途中である。

 はやてはある事に気付いた。後ろの方で、さも当然のように部屋の中に居座るゼロの存在に……ちなみにザフィーラはとっくに部屋を出ている。

 

「ゼロ兄ぃ~何しとるん……?」

 

 何時もは温厚な彼女の額に、青筋マークが浮き出ていた。表情は笑顔のままなのだが何だか怖い。ゼロは妙な迫力にたじたじになり、

 

「えっ? 他人だと犯罪で、家族だと構わないんじゃ無かったか? 第一はやては……」

 

「私はええんや。でも親しき仲にも礼儀ありや。許可を貰わん限り家族でも見たらあかんよ?」

 

 それも理屈だが微妙にズレている上、聞き捨てならない台詞が混じっていたような気がするが……しかしゼロは納得したようで、

 

「なるほど! そう言うものか。お前ら悪かったな、直ぐに出て行くぜ。見られてOKだったら後で言ってくれ」

 

 ゼロは謝ると、明らかに勘違いしている台詞を残して部屋を出て行った。セクハラもいい所だが、下心無しなのが質が悪い。 はやては申し訳無さそうにシグナム達に振り向き、

 

「みんなゴメンな……ゼロ兄まだ常識にあちこち穴があるんよ……」

 

 苦笑を浮かべた。ウルトラ族は着替えの習慣が無いので、ゼロはその辺りの機敏がいまいちピンと来てない。シグナム達は「はあ……」と気の抜けた返事をするしかなかった。

 

 

 

 女性陣はようやく身支度を整え終えた。美人揃いなので、現代の洋服に着替えた3人は非常に華やかである。

 ザフィーラはと言うと、シグナム達がせっかく主が買って下さったのだからと、服を着るよう言ったのだが、このままでいいと狼の姿のままである。

 はやてがザフィーラの狼姿をいたく気に入っているせいもあり、基本今の姿を通すつもりらしい。 一段落した所ではやては腕捲りして、

 

「みんなご飯の前にお風呂に入って、さっぱりして来るとええよ」

 

 入浴を勧めるが、シグナム達は「主より先に入るなど畏れ多いので、お先に」と譲らない。はやては気にし過ぎと思ったが、これでは話が進まないし料理の仕度もあるので、今回はお言葉に甘える事にした。

 

「じゃあゼロ兄、先にお風呂に入ってからご飯の仕度しよ?」

 

「おお、判った」

 

 はやての言葉に頷いたゼロは、当然のように浴室に向かおうと彼女を抱き上げようとする。 するとそれを見咎めたシグナムが、

 

「ゼロ殿! 少し待って貰えないだろうか!?」

 

 鋭く呼び止めた。ゼロは振り向くと苦虫を噛み潰したような顔をし、

 

「俺の事はゼロでいいぞ……? 敬語も無しだ。柄じゃねえから背中が痒くなっちまうぜ……」

 

「判った……ならばそうさせて貰おう……では無 い! 主はやてと一緒に入るつもりか!?」

 

 あまりに悪びれないゼロの返事にシグナムは一瞬乗り掛けるが、慌てて突っ込んだ。無意識のノリツッコミになっている。

 

「そうだけどよ……それがどうかしたか……?」

 

 意味が解らず首を傾げていると、シャマルがシグナムの隣に来て言いにくそうに、

 

「ちょっとそれは駄目と思うんだけど……」

 

「へっ……?」

 

 思ってもみなかった事を言われ、ポカンとするゼロにシグナムはため息を吐き、

 

「兄妹でもあるまいし……年齢的にも見た目的にも不味いと思うぞ……?」

 

「えっ……?」

 

 混乱するゼロに更に追い討ちを掛けるように、ヴィータが呆れて、

 

「ずっと一緒に入ってたのかよ……犯罪ってヤツじゃね……?」

 

「犯罪ぃぃぃっ!?」

 

 ゼロは見ていて可愛そうになる程衝撃を受けてしまった。この際彼の年齢が見た目より遥かに上であっても認めては貰えないだろう。 半分パニクってはやてを見る。少女は下を向き表情が見えない。

 

「……おい……はやて……?」

 

 恐る恐る声を掛けてみると、はやては顔をおもむろに上げ、

 

「あれえ……そうやったかなあ……? そう言う説もあるかもしれへんなあ……」

 

 明らかに確信犯な悪戯っぽい笑みを浮かべた。ゼロは辞書に載っていた、血の気が引く音というものを初めて聴いた気がした。

 

「はやて~っっっ!?」

 

 ゼロの悲痛極まりない叫び声が八神家に響き渡った……

 

 

 それでもはやては、不可抗力、これもバリアフリーの一環などと食い下がったが、結局皆に止められゼロと入るのを諦めた。今まで2人で楽しく入っていたので不満である。みんな堅過ぎやとはやては思う。

 しかし、まあ後でどうとでもなるやろ……と何やら独り言を言っていたようだが……

 

 それならと言う事で、立候補したシャマルと、戸惑うヴィータと共にはやては浴室に向かって行った。

 

 一方犯罪者の烙印を押されてしまったウルトラマンの少年は、部屋の隅っこにしゃがみ込んで落ち込んでいる。

 耳を澄ますと「犯罪……はんざあい……」と、 どこぞの犬日和な勇者のように、ぶつぶつ呟いているのが聴こえた。ザフィーラはその様子があまりにも哀れだったのでトコトコ近寄り、

 

《気にする事は無いだろう……主に悪気は無かっただろうし、脚の不自由な身では無理も無 い……それにゼロはまったく違う世界で暮らしていて知らなかったのだ、恥じる事は無い……》

 

 フォローしてやる。1番無口なようだが、1番気遣いの人? なのかもしれない。ゼロは顔を上げてザフィーラを見ると、感激して肉球でぷにぷにの前脚を取り、

 

「ありがとよ、ザッフィー!」

 

《ザッフィー……?》

 

 獣の顔に微妙な表情を浮かべるザフィーラだった。その様子を黙って見ていたシグナムは、

 

「破廉恥な……主はやてはまだ幼い……いくら知らなかったとは言え……その……何だ……不健全極まりない……」

 

 すごく険しい顔をしてぶつぶつ言っている。 少々顔が赤い。ゼロには彼女が何を言っているのかサッパリ 解らなかった。きっとヴォルケンリッターの出身『古代ベルカ』とやらの言語なのだろうと思う。

 

 ザフィーラのフォローで復活を果たしたゼロは、風呂から上がったはやてと食事の支度を開始した。

 

「大人数やから、張り切らんとなゼロ兄?」

 

「おうっ、任せとけ! スゲエ美味い料理で、あいつらの舌を地獄に叩き込んでやるぜぇ!!」

 

 エプロンを装着したはやてと、言葉の使い方が明らかにおかしいゼロは張り切っている。

 はやてに1から教わり、中々の腕前となった 1番弟子を自負するゼロは、人数分の食材を高速でカカカッと切って行く。はやても車椅子ながら無駄の無い動きで手際よく調理を進める。

 

 そんな2人に対し守護騎士達は戸惑っていた。主にこんな事をさせていいものかと。座っているように言われ、リビングで待ってはいるものの落ち着かないようである。

 

 しばらく経ち、完成した6人分の料理が所狭しとテーブルに並べられていた。大皿に盛られた筑前煮に刺身に茶碗蒸しなどの和食料理であ る。

 

 みんなに日本の料理を味わって貰いたいと、 はやてが決めたのだ。何時もの3倍以上の量があるので食卓が賑やかである。

 

 5人で食卓に着き、ザフィーラは床に別に大皿を用意して貰い同じものを貰う。はやてとゼロは人間形体で食卓にと言ったのだが、この方が落ち着いて良いと言われた。徹底している。

 

「さあみんな、沢山食べてな? いただきます」

 

「いただきます!」

 

 はやてが手を合わせて食前の挨拶をすると、 併せてゼロも手を合わせる。シグナム達も見よう見まねで続いた。

 守護騎士達はみんな遠慮がちと言うか畏まっているようだったが、ヴィータが空腹に耐え兼ねて、恐る恐る筑前煮に箸を伸ばし一口食べてみる。

 

「!」

 

 食べた瞬間その表情がぱああっと明るくなった。照れ臭くそうだが、次々と料理を平らげて行く。その内まだ慣れない箸でも夢中で食べ始めた。

 

 その様子は欠食児童の如し。シグナムとシャマルはそんな仲間の様子に笑みを浮かべた。はやてはその様子を母親のように見守っている。ザフィーラはマイペースでしっかり食べてい た。

 ゼロはご飯をパクパク食べながら、

 

「どほだ、はやての料理は美味ひだろう?モグモグ……残ふんじゃねへぞ……」

 

 喋るか食べるかどっちかにした方が良いが、上機嫌である。みんながはやての料理を気に入ったようなので嬉しくてしょうがない。

 

 ヴィータがお代わりと、遠慮がちにお茶碗を出して来たので、ゼロが超特盛でよそってやり彼女は目を白黒させた。でもしっかり食べ尽くす。小さい身体ながら見事である。

 

 

 

 あれだけ作った料理は綺麗さっぱり無くなっていた。ゼロも大概食べるが、守護騎士達も中々の食欲である。

 

「さあ、デザートや。みんな好きなの取ってな?」

 

 はやてはテーブルの上に、アイスクリームの入った袋を置く。奮発してハー〇ンダッツのカップである。

  ヴィータは食い入るように真剣な眼差しで数種類のアイスを見比べていたが、おずおずとストロベリーを手にした。

 

 各自アイスを食べる中、はやても食べようとして隣のヴィータを見ると、彼女は夢中でアイスを食べている。まるで一度も食べた事が無いかのような食べ方だった。その食べ方には見覚えがある。

 

(まるで最初にご飯を食べた時のゼロ兄のよう や……)

 

 守護騎士達は永い時の中を生き、ゼロと違い食事も普通に食べて来た筈にも関わらず、みんなアイスクリームをまともに食べた事が無いのでは……? はやてはそう感じた。

 

(今まで、どんな扱いを受けて来たんや……)

 

 そう思ったら、もう食べ尽くしてしまい、未練たらしく蓋を舐めようとしているヴィータを見て、泣きたいよう気持ちになってしまった。

 気付かれないようにそっと目頭を押さえ、自分のアイスをあげようとすると、

 

「俺食い過ぎちまったから、これやるよ……」

 

 ゼロが自分の分をヴィータにやって、さっさと食器洗いに行ってしまった。はやては微笑ましくなる。一見大雑把に見えるが、意外に気が付くのだ。根が繊細なのだろうとはやては思っている。

 

 小学生に見切られているとは知らないゼロは、食器洗いを始めながら守護騎士達をそっと振り返った。最初は厳しさ一辺倒だった彼女らから、少しづつ笑みが見られるようになっている。そこでふと、

 

(あの2人……今頃どうしてる……?)

 

 ひどくフェイト達の事が気になった。

 

 

 

 

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 高次元空間。それは黒雲のような渦が辺り全てを覆い、放電が飛び交う異様な空間である。その中に巨大な岩の塊のような、異形の物体が浮かんでいた。

 

 自然物かと思いきや、その小山程も有りそうな各部に人工物が埋め込まれている。天然の丘を丸ごと改造したものらしい。その姿は刺々しい外観と相まって禍々しさを感じさせた。

 

 通称『時の庭園』と呼ばれるフェイト達の帰る家である。驚く程広い庭園内は周囲の放電の音も聴こえず、閑散としているようだ。

 

 静寂を引き裂いて、少女の悲鳴と肉を打つような嫌な音が鳴り響く。その声はフェイトのものだった。

 少女は奥の間の天井からぶら下げられ、ひたすら振るわれる暴力に耐えている。鞭でフェイトを痛め付けているのは、黒衣にマントを着た中年女であった。

 女は静かだが、狂気さえ感じさせる口調でフェイトに語り掛ける。

 

「これは……あまりに酷いわ……」

 

 先程から続く虐待で服は裂け、全身傷だらけのフェイトは力無く項垂れしきりに謝っている。

 

「……はい……ごめんなさい……母さん……」

 

 母さんと呼ばれた女はフェイトに近寄り、か細い顎に手を掛け乱暴に自分の方を向けさせる。

 

「いい、フェイト……? アナタは私の娘、大魔導師『プレシア・テスタロッサ』の娘……不可能などあっては駄目……どんな事でも成し遂げなければならない……」

 

 フェイトは黙って頷くしか無かった。自分の不甲斐なさを責めながら。そしてまた虐待が再会される……

 

 フェイトが虐待されている奥の間の巨大な扉の前で、閉め出されたアルフが耳を押さえて踞っていた。

 

「何なんだよ……一体何なんだよ! あんまりじゃないか!!」

 

 無力感に打ちひしがれている事しか出来な い。手出しする事はフェイトから厳重に止められている。主の少女は母親に絶対に逆らわな い。

 

 それにアルフがプレシアに逆らえば、フェイトが更に痛め付けられてしまう。どうする事も出来なかった。板挟みだ。アルフは考えを巡らすしか無い。

 

 プレシアの異常さとフェイトに対する仕打ちは、今に始まった事では無かった。アルフがフェイトの使い魔になって此処に来てから見ても、プレシアはフェイトに構わずほとんど放置して いた。

 

 フェイトとアルフを育ててくれたのはプレシアの使い魔の女性『リニス』だった。そのリニ スも今はもう居ない。

 それから更にプレシアの態度は酷くなった。それでもフェイトは母親の為に尽くそうとしている。それなのにこの仕打ち。今回はあまりに酷かった。

 

 それほど『ジュエルシード』が重要なのか。 アルフにはそれくらいしか判らない。何に使うつもりなのか。それに答えてくれる者は居な い。

 

(リニス……アタシはどうすりゃいいんだよ……?)

 

 アルフは母親代わりだった今は亡き女性に問い掛ける事しか出来なかった。 フェイトの悲鳴はまだ続いている……

 

 

 プレシアは鞭だけでは気が治まらないのか、 鞭を逆手に持ちフェイトの鳩尾に深々と突き込んだ。

 

「げほっ、げほっ!」

 

 堪らず咳き込んでしまう。あまりにも惨い仕打ちだった。しかしプレシアは、そんな娘の姿を見ても顔色一つ変えない。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさ い……」

 

 涙と涎で顔をクシャクシャにしながら、フェ イトはひたすら謝り続けている。プレシアは汚いものでも見るように彼女を一瞥し、苛立ちを隠そうともせず、

 

「次元震まで起こしてしまって……管理局が嗅ぎ付けるわ……どういう事なの……?」

 

 フェイトは虚ろな目で辛うじて顔を起こし、

 

「……だ……誰かが……わざと暴走させたらしい です……それに……見た事も無い怪物と巨人が……」

 

「巨人ですって……!?」

 

 巨人と聞いた途端、初めてプレシアの青白い顔の表情が変わった。食い入るように顔を近付け、

 

「それは、どんな巨人だったの!?」

 

 恐ろしい眼で問い詰める。フェイトは今までに無い恐怖を感じ、自分が見た巨人の特徴と 『ジュエルシード』暴走の状況を詳しく説明し た。

 

「……銀色の顔に……赤と青の身体……?」

 

 それを聞いてプレシアは考えているようだったが、何かを思い立ったらしくフェイトを拘束していた魔法拘束を解除した。プレシアは床に倒れ込んだフェイトを見下ろ し、

 

「今日はここまでにしておくわ……」

 

 フェイトはヨロヨロと顔を上げた。信じられないといった表情だ。何時もなら延々と折檻が続く筈なのだが……プレシアは娘に背を向け、

 

「これからは慎重に行動してちょうだい……時間が掛かっても構わないわ……変わった事があれば直ぐに報告を……こちらも手を打つわ……期待してるわよ、私の娘、可愛いフェイト……」

 

 感情など1ミリグラムも籠っていない口調で言い残すと、振り向きもせず部屋を出て行った。

 

「……はい……」

 

 それに対し、辛うじて身体を起こしたフェイトは返事をした。

 プレシアが去った後、彼女は部屋の隅にあるテーブルに目をやる。其処には渡せなかったお土産のケーキの箱がポツンと置かれていた……

 

 

 奥の間を後にしたプレシアは、庭園の最深部に向かっていた。フェイトもアルフも知らない秘密の場所だ。プレシア本人以外、其処には立ち入れないようになっている。

 微かな灯りにぼんやりと照らし出される長い階段を降り、隠しエレベーターに乗り換えプレシアは数十メートルはある巨大な扉の前に立った。それに反応し、扉が鈍い音を立てて開く。

 

 その部屋は異常な程広い空間であった。天井 が100メートル近くあり、奥行きもかなりのものだ。庭園の最深部全てがこの部屋になっているらしい。

 その中には異様な機械類や、原色に光る巨大なカプセルのようなものが無数に立ち並んでいる。中には何か巨大なものが蠢いているように見えた。

 

 プレシアは低く響く妙な機械音の中、靴音を響かせ中央に在る物体に歩み寄る。それは巨大な棺桶を直立させたような妙な代物だった。

 

 プレシアはその物体を見上げる。その棺桶のようなものの中に、巨大な何かが立っていた。『それ』は人型をしている。全高が数十メートルは有りそうな巨人だった。

 鋭角的な金色の頭部、身体の各部にプロテクターが取り付けられた血のように紅いボディー。微動だにしない所を見ると、生物では無いようだ。

 

 プレシアは『それ』の偉容を改めて見上げ、 狂気の笑みを浮かべる。異様な部屋の中に押し殺した哄笑が響き渡った。

 『それ』はかつてある世界で『超人ロボット、エースキラー』『メビウスキラー』と呼称されていた機体に酷似していた……

 

 

 

 

 

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 ヴォルケンリッターが八神家に現れてから10日が過ぎていた。 その間なのは達は『ジュエルシード』探ししながら、フェイト達と接触する機会を待っていたが、1度も接触出来ず付き合うゼロも拍子抜けしていた。

 無論フェイト達は『ジュエルシード』集めを辞めた訳では無い。何故か海鳴市一帯に散らばった筈の『ジュエルシード』が更に広い範囲に散らばっていて、彼女達は拠点周辺を探索していたのだ。

 

 珍しくプレシアから無理を止められていたせいで、焦らなくて済んでいたが妙な話だった。まるで誰かが面白がって、先に集めたものを違う場所にばら蒔いたようだった。

 

 そんな事情もあり、探索は双方供手間取ったが互いにぶつかり合う事も無く、なのは、フェイト達は各自2個の確保に成功していた。それは嵐の前の静けさだったのかもしれない……

 

 

 

 

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 剣の騎士シグナムこと我らヴォルケンリッターが主はやての元に来てから、2週間近くが経っていた。 皆徐々に今の生活に慣れて来たようだ。戦いしか知らなかった我らが。自分でも正直驚いている。

 

 それも新しい主と、もう1人に寄る所が大き い。我々の新しい主……主はやては年の若さもそうだったが、これまでの主と随分違っていた……

 

 いや……随分所では無い。何もかもが違っていた。主はやての我々への対応は、これまでの主のように道具としての扱いでは無く、最初の言葉通り家族に対するものそのものであった。 それは我らがついぞ味わった事の無い体験だっ た……

 

 そしてもう1人ゼロは、驚くべき事に並行世界から迷い込んだ異星人である。我々も随分永く生きて来たが、異星人と出逢ったのは初めてだ。

 

 どうやら人との混血らしい。この我々より年上だと言い張る少年は、もう1つの戦闘形態を持ち、魔力こそ無いが底知れぬ力を秘めているようだ。

 

 一見態度が荒く言葉使いも乱暴だが、根は非常に善良らしい。異星人故なのか悪意や打算といったものが感じられない少年で、我らを家族として何の躊躇いも無く受け入れた。

 

 我々は今までこの2人のような人間に逢った事が無い。ゼロは確かに滅多に逢えるような者では無いが、それを受け入れている主はやても相当に器が大きい人物である……

 

 我々は戸惑いながらも、新たな主の望むままに静かな日々を暮らし始めていた……

 

 

 

 

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「騎士甲冑かあ……」

 

 リビングに降りて来たゼロの耳に、はやての考え込むような声が聴こえて来た。見るとソファーに座っているはやてに、シグナムとシャマルが何か頼み事をしているようだった。

 

「おう、どうした?」

 

 珍しい事もあるものだと、ゼロが声を掛けると、はやてが説明してくれる。守護騎士達は武器は持っているが、防護服、フェイト達で言う所のバリアジャケットにあたるものは主から賜 (たまわ)らなければならないそうだ。

 

「賜るって……はやてに鎧を作ってくれって事なのか……?」

 

 それはいくら何でも難しいのではと頭を捻ると、シャマルは笑って、

 

「甲冑は私達の魔力で作るから、はやてちゃんには形状をイメージして欲しいの」

 

「成る程……」

 

 それで納得した。しかしはやては困ったように人指し指を額に当て、

 

「……そやけど……私はみんなを戦わせたりせえへんから……」

 

 その辺りが引っ掛かっているようだった。 『闇の書』を完成させる為にみんなを戦わせるなど論外である。しかしそこでシグナムが、

 

「例え『蒐集』をお望みでないとしても、自衛の為の戦いが必要な時もあります……それに今のこの街の状況は聞いています。何か有るかもしれませんので……」

 

 守護騎士達にも『ジュエルシード』関連の事は話してある。その事もあって言い出したのだろう。主を守る使命がある彼女達には必要だと説いた。それを聞いていたゼロは、

 

(騎士甲冑か……)

 

 想像してみる。『ボーグ星人』と言う父『ウ ルトラセブン』と戦った全身鎧で覆われたゴツイ宇宙人を思い出した。あれも確か女だった筈。あんな感じかと思っていたら何故かみんなから睨まれてしまった。

 しばらく考え込んでいたはやてだが、何か思い付いたようで、

 

「ほんなら服でええか? 騎士らしい服、なっ?」

 

「ええ……構いません……」

 

 シグナムは頷いていた。実質形状が服になるだけなので、防御能力が落ちるなどと言う事は無いのだ。はやては俄然やる気になって、

 

「ほんなら資料探して、格好ええの考えてあげな」

 

 目を輝かせて気合いを入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 次の日、早速はやてはシャマル、ヴィータを連れて資料探しに出掛けていた。ゼロも興味があったので着いて行く。

 はやてに連れて行かれたのは、外国資本大手チェーン店の大きな玩具屋だった。こう言う場所の方が良い資料になると思ったらしい。はやてはノリ ノリである。

 確かに此処は国内外問わず様々な玩具や衣装などが置いてあり、良い資料になるのかもしれない。ゼロはこんな大きな玩具屋を回った事が無かったので、興味深く店内を見渡していた。

 

(むう……何か心惹かれるな……)

 

 どうもロボットが好きらしいゼロは、プラモデルコーナーでガンプラ、両肩に動力炉が付いてるヤツをまじまじと見ていた。

 

(良し、今月分はまだ余裕があるな、買うぞ!)

 

 凄く気に入ったらしく箱を小脇に抱えた所で、隣のぬいぐるみコーナーでじっとしているヴィータに気付いた。一心に何かを見詰めているようである。

 

(よっぽど気に入ったものがあるんだな……)

 

 ゼロは微笑ましくなった。基本不機嫌そう で、ちょっと打ち解けない所のあるヴィータは、はやてには懐いて来たものの、ゼロにはまだ慣れていない所がある。

 そんな彼女が年相応の子供のように頬を染め、 もの凄く玩具を欲しそうにしている様は微笑ましいものだった。ゼロはゆっくりヴィータに歩み寄り、

 

「ヴィータ、そいつが欲しいんだな…? 買ってやるぞ」

 

「えっ? いいの……?」

 

 ヴィータは振り返って表情を輝かせた。本当に欲しかったのだろう。

 彼女が見詰めていたのは、赤い目に蝶ネクタイを付け口を縫っているちょっと変わった縫いぐるみだった。のろいウサギと言うらしい。ゼロは『それ』を手に取り、

 

「コイツだな? 変わった趣味してんなあ……」

 

 その手に在るのは、のろいウサギの隣の売れ残りワゴンセールに在った、某メーカーが何かにとち狂って作った挙げ句、一目見て泣く子供が続出し、大量に売れ残った超絶不人気シリーズの1体であった。

 

 臓物をはみ出させた、感電して黒焦げのウサギを模した縫いぐるみである。ご丁寧に白眼を剥いて、口元から血が垂れたように紅いフェルトを張り付けている。

 

「ちげえよ馬鹿ぁぁっ!!」

 

 寄りにもよって何てものと間違えるんだと、 思わずヴィータはツッコミを入れていた。その様子を陰で見守っていたはやては、車椅子からずり落ちそうになり、シャマルは壁に頭をゴン☆とぶつけてしまった。

 

「流石やゼロ兄……あそこで落とすやなんて……」

 

 体勢を立て直すはやては、違った意味で唸るしか無い。もう少し2人を仲良くさせようと思って見守っていたのだが……

  失敗だろうかと引き続き様子を見ていると、 困ったように頭を掻ゼロを見てヴィータは我満しきれず、

 

「ゼロはしょうがねえなあ。普通間違えるかあ? あははッ」

 

 クスクス笑い出した。キョトンとするゼロがツボに入ったらしい。シャマルはその様子を優しげに見て、

 

「でも……あんなに笑っているヴィータちゃんを見たのは初めてかもしれません……」

 

 染々と小さな仲間の無邪気な笑い顔を見て微笑んだ。

 

 

 

 

「ほら、ヴィータ」

 

 ゼロは買ったのろいウサギが入った紙袋を手渡してやる。受け取ったヴィータは照れ臭そうに俯いた。お礼を言おうと改めて顔を上げ、

 

「ゼロ……あんがと……」

 

 照れ臭そうに礼を言うと、ゼロはひどく慌てた様子でそっぽを向き、

 

「た……大した事じゃねえよ……それより早く行かねえと置いてかれるぞ? 急げ!」

 

 耳まで赤くして、先に外へ出たはやて達を追い外へ飛び出して行く。 外はもう夕暮れで、辺りは淡いオレンジ色に 染まっている。その中ではやて達が待っていた。そしてゼロが手招きしている。

 

(あいつ……自分で言い出したクセに照れやがって……)

 

 可笑しくて仕方なかった。そこでヴィータは気付いた。ゼロがさっき抱えていた筈のプラモデルを買ってない事に。

 

(ゼロの奴……自分の欲しいもの我満して買ってくれたんだ……)

 

 結構値の張るものだったのだろう。そう思ったら不覚にも目頭が熱くなってしまった。 ヴィータは慌てて目をゴシゴシ擦る。

 

(何だよ……これくらいで……)

 

 ヴィータは焦って取り繕う。主の為に身を犠牲にする事はあっても、仲間以外の誰かに大事にされた事の無かった彼女には想像以上に心に染み入った。

 

「どうした……? ヴィータ……」

 

 立ち尽くしている少女にゼロが声を掛けた。 ヴィータは少年をおもむろに見上げる。心配しているのが伝わって来た。こんな感情すら、今まで向けられた事は少ない。

 

(まったく……はやてといい……コイツといい……お人好しばっかだ……)

 

何だかとても温かな気持ちになった。だが素直でない彼女は、ゼロにその事を悟られるのが癪で、

 

「何でもねえよ! ゼロの残念さを思い出してただけだよ!」

 

 からかうように舌を出し、ボスッとゼロに体当たりすると横をすり抜けた。

 

「あっ、ヴィータてめえっ?」

 

 バランスを崩してよろめくゼロの文句を背 に、ヴィータははやて達目指して走る。駆けながら、買って貰った縫いぐるみをしっかりと抱き締めていた。

 

 

 

 

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 ある晩の事、主はやては星が綺麗だと仰られたので、私シグナムは主を抱き抱えて庭に出ていた。夜空には見事な星空が広がっている。 こんなにじっくり星空を見上げるのは何時以来だろう……

 

「うわあ、綺麗……ゼロ兄が降りて来た日みたいや……」

 

 主はやては、子供らしい素直な瞳で星空に見入っていられる。私は無粋だとは思ったが、気になっていた事を聞いてみた。

 

『闇の書』の事だ。主の命有らば、我々は直ぐにでも『蒐集』に掛かり、大いなる力を主にもたらす事が出来る。不自由な脚も治る筈だと……

 

 いささか卑怯な物言いだったと思う。私は不安だったのだろう。戦いしか知らなかった我らが、このまま安穏としていて良いのだろうかと……

 

 しかしそんな私の考えを他所に、主はやては考えるまでも無いと言う程の即答を返される。

 

「『闇の書』の頁を集めるには色んな人にご迷惑をお掛かせなあかんのやろ? そんなんはアカン……自分の身勝手で、人に迷惑掛けるんは良くない……それに仮にもウルトラマンを住まわせとる家主がそんな事したらアカンよ……」

 

 確固たる意思を瞳に浮かべ断言された。年若い身でありながら、主はやてはしっかりした信念と気高い誇りを持たれているのだ。ゼロが頼りにしているのも判る。

 私は自分を恥じた。そんな主に、自分の為に他人を犠牲にしろと囁いたようなものだから…… だが主はやては気にした様子も無く、私の目をしっかりと見詰められて、こう言われた。

 

「現マスター八神はやては、『闇の書』に何も望み無い。私がマスターでいる間は『闇の書』 の事は忘れてて……」

 

 私は頷いていた。そして主は最後に命令を伝えられた。

 

「みんなのお仕事は、家で一緒に仲良く暮らす 事……それだけや、約束出来る?」

 

「誓います……騎士の誇りに賭けて……」

 

 私は堅い誓いを込めて応えていた。それは宝物ように尊い命令だと思う。主はやては私の誓いを聞き、花のように笑みを浮かべられた……

 

 

 

 

 私は疲れて眠気を催された主を部屋に寝かせ、皆が居るリビングへと向かった。部屋に入るとゼロも含め、全員が揃ってソファーでくつろいでいる。

 

 私は主はやてのご命令を皆に伝えた。シャマルは嬉しそうに微笑み、ヴィータは「はやてら しいや」とニヤニヤし、狼姿のザフィーラは無表情ながらフッと微かに笑ったようだ。

 ゼロは聞くまでもないとニヤリと笑う。そこで私は彼に提案をした。

 

「『ジュエルシード』の件だが、何かあったら何時でも声を掛けてくれ。魔法関係だ、力になれるだろう……」

 

 するとゼロは、行儀悪く脚を組みながら、

 

「気持ちだけ貰っとくぜ……はやても皆を戦わせる気は無いからな……」

 

「それは『蒐集』の話だ……主はやてに危険が及ぶ可能性があるなら是非も無い……」

 

 私の言葉にゼロは不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「まあ……俺に全部任しときな。皆が居るから安心して出掛けられるしよ。それに俺は無敵だぜ。 どんな奴にも敗けやしねえよ」

 

 自信に満ちた表情で胸を叩いた。私は少々自信過剰気味のゼロに、一抹の不安を覚えた……

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 それは次元の海に浮かぶ、1つの都市以上の巨大さを誇る艦艇であった。『時空管理局』の通称『海』と呼ばれる、次元航行部隊の本局である。

 

 その本局の殺風景な部屋の1室で、青年が1人ソファーに腰掛けていた。物思いに耽っていた青年の思考は、来客を告げる電子音に中断される。

 

 来客は彼の知っている、獣耳に尻尾を持つ双子の姉妹だった。入るなり姉妹の元気な方がまくし立てる。

 

「『孤門』大変だよ! 『闇の書』のマスター が、もう覚醒したよ!」

 

 青年は特に動じた様子も無い。2人の様子から、かなりの緊急事態であるようなのだが、落ち着いた声で、

 

「予想の範囲内だよ……そういう事もあるだろ う……彼が居るからね、マスターの成長を促してしまったのかもしれない……」

 

「落ち着いてるね……孤門は……」

 

 双子の落ち着いている方の娘が、呆れたように肩を竦めた。孤門と呼ばれる青年は苦笑し、

 

「まだ動きようが無いからね……でも……覚悟は出来てるよ……!」

 

 その眼に闘志の炎が灯ったようだった。おもむろに懐から奇妙な物体を取り出す。

 その短剣程の大きさの物体は、彼が『エボルトラスター』と呼んでいるものだ。青年はそれを決意の眼差しで見詰めた。

 

 

 

つづく

 

 

 

 




次回『哀しみの記憶や』

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