夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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たいへん遅くなりました。すいません。やっと祝福の風後編です。


第94話 がんばれ!ちびっこ祝福の風や(後編)

 

 

 

「ゼロ兄ぃっ!!」

 

 はやての悲痛な叫び声が時間の凍った街に響きわたる。しかしウルトラマンゼロはその叫びにもまったく反応せず、はやて達を無感情に見下ろす。

 ゼロの可愛いげや、やんちゃな部分が全く感じられない。意思の無い操り人形のようであった。その額のビームランプに、エメラルド色の光がスパークした。

 

「我が主っ!」

 

 アインスが咄嗟にはやてを抱えて、横あいに全力で跳んだ。他の者も同時に跳ぶ。

 ゼロの額から、光のラインが放たれる。エメリウムスラッシュだ。一瞬でその場に停車していた自動車が粉々に吹っ飛び、周囲のアスファルトごと消し飛んでしまう。まったく躊躇する様子がない。

 

「ゼロ、しっかりしろ! 我々が判らないのか!?」

 

「ゼロッ! 目を覚ませよ!!」

 

「ゼロ君っ!」

 

 シグナム達も必死にが呼び掛けるが、やはりゼロは反応せず機械のように頭部に手をやる。一番先頭にいたシグナム目掛け飛び出す、1対の宇宙ブーメラン。ゼロスラッガーが空を切り裂き超低空で飛来する。

 シグナムは危ういところで急上昇し、巨大な刃をかわした。外れたスラッガーが一撃で高層ビルを斜めに両断し、轟音を上げてビルが倒壊する。

 ウルトラマンゼロの凄まじいまでの破壊力。敵に回すとこれほど恐ろしいものはない。ミライがさすがに動揺を隠せない皆に向け叫んだ。

 

「駄目だ! 今のゼロは完全にコントロールされている。コントロール装置を破壊しない限り正気には還らないんだ!」

 

 ウルトラマンゼロは完全に敵の支配下にある。このままでは危ない。だがはやて達には、ゼロに攻撃を加えるなど出来なかった。

 

「僕がゼロを押さえる。その間に人々の避難とコントロール装置を!」

 

 ミライは左腕を天高く掲げた。その腕に『メビュームブレス』が発現する。中央トラックボールが勢いよく回転し、光のスパークがミライの身体に溢れた。

 

「メビウウウスッ!!」

 

 目映い光が輝き無限大にも見える光の中より、赤と銀色の巨人が出現する。ウルトラマンメビウスだ。数万トンの巨体が大地を揺るがして街に降り立ち、襲い掛かるウルトラマンゼロの前に立ち塞がる。

 

『セアッ!』

 

 クロノは頼むとメビウスに目で合図すると、激突する巨人達を横目に手早く指示を出す。

 

「フェイトはやて、アインスは僕とコントロール装置の捜索を頼む。シグナム、ヴィータにシャマル、ザフィーラは人々を安全地帯に移動させてくれ!」

 

 そこでクロノは、はやてに済まなそうな目を向ける。

 

「済まない。ツヴァイの捜索はその後になる」

 

 今は1分1秒を争う。メビウスの活動時間内にコントロール装置を破壊しなければならないのだ。誤解されがちだが、実は人情家のクロノには身を切られるようだろう。

 

「大丈夫や、リインはきっと無事や」

 

 はやてはクロノの気持ちを汲むように答えた。そう信じたかったのもあるが、何となくそう思えたのだ。センサーの類いが効かなくとも、繋りのようなものを感じたのかもしれない。

 

 半々に別かれたそれぞれは、行動を開始した。クロノ達捜索班は敵の本拠地、コントロール装置破壊に向け捜索にあたる。

 フェイトは走りながら、暴れまわるゼロを見上げた。その姿は意思の無い人形そのものだった。胸が痛んだ。自分もヤプールに知らずに従っていた時、あんな様子だったのかもしれないとふと思った。

 

「待っててねゼロ、必ず装置を壊すから……」

 

 その呟きを耳にしたはやては頷いて見せる。フェイトも頷き返し、2人は先行するクロノ達に続いた。

 

 

 *

 

 

 シグナム達は静止させられている人々を転移魔法で、次々と避難させ始めていた。メビウスがゼロを抑えているが、このままではどんな事になるか判らない。人々の救助は緊急を要す。

 

「妙だな……」

 

 広範囲に渡って転移魔法の術式を行うシグナム達だったが、ある事に気付く。将の呟きにシャマルは同意して頷いた。

 

「やっぱり魔導師が1人もいないわ。消えた時の状況から考えても、1人もいないのは不自然すぎる……」

 

 局員が何人か混じってはいたが、デバイスを持っている局員が誰もいなかったのだ。つまり居たのは非魔導師の局員のみ。

 

「不味いぜ、はやての悪い予想が当たってる」

 

 ヴィータが術式を行いながら、苛立ったように舌打ちする。脱出させなければならない人々の数は多い。

 

「しかし、此方も終わらせんとどうにもならん……急ぐしかない……」

 

 ザフィーラは焦燥を押し隠すように、作業の手を早めた。何故魔導師だけが静止させられている人々の中にいないのか?はやて達はいったい何を悟ったのだろうか?

 

 その間にもメビウスは、ゼロを食い止めようとしているが、避難が済んでいない今街中で派手にやり合う訳には行かない。

 街の外に誘導を試みようとするが、操られているゼロは乗ってこない。そのようにコントロールされているのだろう。不味い状況だった。

 ゼロの巨大な拳が唸りを上げて放たれる。メビウスは寸でのところで首を捻り顔面を狙った正拳突きをかわすと、その腕を掴み一本背負いで地面に投げ飛ばす。

 

『済まないゼロッ!』

 

 無人の広場に投げ飛ばそうとするが、ゼロは叩き付けられる前に自ら前に跳んだ。その勢いを利用して腕を外すと、身軽に後方に回転し地面に降り立つ。

 操られていても、その身に刻まれた体術は忘れられていないようだった。

 ゼロは降り立つと同時に、頭部のゼロスラッガーを素早く投擲する。まともに食らえば、メビウスとて無事では済まない。

 身を低くして2つのスラッガーの斬撃を避ける。しかし刃は方向を変えランダムな軌道を描き、再びメビウスを両断せんとする。変幻自在の刃をかわし切れない。危機のメビウスの両眼が光を増した。

 

『セアッ!』

 

 激しい激突音を立てて、スラッガーが弾かれる。メビウスの左腕から、サーベル型の光剣が発せられていた。『メビュームブレード』だ。

 これでは効果が無いと判断したのか、ゼロはスラッガーを呼び戻すと両手に刃を掴み半身に構えた。メビウスもメビュームブレードを前方に構える。

 相手は若き最強戦士ウルトラマンゼロ。生半可なことでは抑えることさえ出来ない。メビウスは焦燥を隠せない。

 

(みんな、コントロール装置を早く!)

 

 胸のカラータイマーの点滅が始まっていた。ブレスレットの予備エネルギーを今使うのは避けたい。まだ本当の敵がいるのだ。

 

『ゴアアッ!』

 

 操られたゼロは奇怪な声を上げて、スラッガーを振り上げメビウスに襲い掛かる。再び味方同士である巨人2体は、静止した街を揺るがし激突した。

 

 

 

 *

 

 

「んん……?」

 

 リインフォースは薄暗がりの中、目を覚ました。

 

「ゼロ兄たん……?」

 

 キョロキョロ辺りを見回すが、廻りには誰の姿も無い。どうやら此処は何処かの建物の中、事務所のようだ。

 リインは無事だった。転移させられる寸前、ゼロは咄嗟にリインを庇いウルトラ念力で守り、物陰に跳ばしていたのだ。

 同じく転移させられてはいたがお陰で星人にも気付かれず、ゼロのように脳波コントロールも、静止状態も免れていた。

 

「ゼロ……にいた~ん……?」

 

 心細くなったリインはふわふわ宙に浮かぶと、半べそでゼロの名を呼びながら探し始めた。

 

 

 

 *

 

 

 はやて達は静止させられている人々の間を抜け、本局敷地内に辿り着いていた。ここまで妨害は無い。スムーズに行き過ぎて不気味な程だ。

 

 敵の攻撃を警戒しつつ敷地を抜け、建物内部に入り込んだ。センサーの類いの効きは弱いが、建物内部くらいなら辛うじて狭い範囲なら探索魔法が使えるようだ。

 各自手分けして本局内部をサーチする。クロノは結果に表情を険しくした。

 

「おかしい……」

 

 凍結されたように固まっている局員達の姿しかない。目ぼしい施設にも星人が居る様子がない。

 

「此処じゃなかったか……?」

 

「じゃあ行方不明の人達は、いったい何処に?」

 

 フェイトは焦りを隠せない。広範囲センサーが使えない今、しらみ潰しにあたるしかないが、そこまでの時間は無い。

 ゼロを抑えているメビウスは基本地上での活動時間は3分だが、それなりにエネルギーの消費を抑えればもう少しは保ち、更にブレスレットのエネルギーを使えば活動時間は伸びるがそれにも限度がある。

 ゼロの方が活動時間が長い。メビウスの変身リミットが切れれば、ウルトラマンゼロは此方に向かってくる。その前にコントロール装置を見つけ出さなければ絶体絶命だった。

 

「ミライさん、もう少し堪えてくれ。敵はいったい何処だ?」

 

 時間は容赦なく迫ってくる。更に避難が完了していない今、操られたゼロとメビウスの戦闘に凍結された人々が巻き込まれてしまう。

 このままでは、クロノは焦燥感を表には出さない代わりに、奥歯をきつく噛み締めていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 リインフォースは建物の中を、ふらふらとさ迷っていた。見付けられたのは、静止させられている人々のみ。リインは人々を突っついてみたりするが、無論反応は無い。

 ふとそこでリインフォースは、妙な物音に気付いた。機械音のようだ。奥の方から微かに聴こえてくる。全てが静止した中で動いているものがある。

 リインは誰かいるのかと、機械音のする方に進んでみる。そこでリインはふと悪寒を感じた。

 

「気持ち悪いです……」

 

 おぞましい邪悪な気配をひしひしと感じた。本当なら恐怖を感じ、すぐ逃げるのが普通であろう。しかし小さな祝福の風は恐れを振り払い、意を決して邪悪な気配に近付いて行く。

 行かなければならない。リインフォースは強く思った。リンカーコアを別けたはやての影響だろうか。

 そこでリインは気付く。通路の何ヵ所かに監視カメラが設置されているのを。彼女なりに、あれに映るのは良くないと感覚的に気付いた。カメラに映らず、あの部屋に行くには……

 

「あっ、ですぅ!」

 

 リインの目に、ある物が映った。

 

 

 *

 

 

 その部屋で、男はにんまりと厭な笑みを口許に浮かべ、周囲に浮かぶ空間モニターの様子を見ていた。

 モニター上には、正気を失ったウルトラマンゼロと、それを止めようとするウルトラマンメビウスが映り、懸命に人々の避難にあたるシグナム達、そして此処を探しているだろうクロノ達の右往左往が窺えた。

 

「愚か者供が……」

 

 その後頭部をリインは換気口の中から見ていた。部屋に通ずる換気口を見付けた彼女は、その中から侵入したのだ。特に深く考えた訳ではない。ちょうど入れそうだったので入ってみただけである。

 小さいリインは監視カメラにも映ることなく、まんまと部屋に入り込んでいた。当然である。監視カメラは人間サイズのものを見るのに出来ているのだ。身長30センチ程のものを見るものではない。

 リインは部屋の中にいる男に、とても良くないものを感じた。本当なら近寄りたくはなかった。だが男が見ているモニターに暴れるウルトラマンゼロと、必死で駆け回るはやて達の姿を見付けた。それを見て男は嘲笑っていた。まるで塵を見るように。

 

「良いぞウルトラマンゼロ、メビウスと人間達を捻り潰せ!」

 

 リインは悦に入っている男を見て、幼いながらも悟った。この男は大好きなみんなを苦しめているのだと。それに何故か、あの男からも助けを求める声が聞こえる気がする。

 

「お兄たんと、はやてちゃん達を苛めちゃ駄目ですぅっ!」

 

 リインは勇気を振り絞り感情のままに大声で叫びながら、無謀にも部屋の中に飛び込んでいた。

 

「何だコイツは? 何処から入った!?」

 

 男は慌ててリインを捕まえようとするが、小さい上にふわふわ飛び回るリインを中々捕まえられない。

 リインは顔を真っ赤にして力の限り叫んだ。

 

「みんなを苛めるのはダメですうっ!!」

 

 リインの足元にベルカ式の魔方陣が煌めいた。まだ魔法は基礎くらいしか教わっていないのだが、はやてから受け継いだリンカーコアがリインの感情の爆発により、無意識に魔力プログラムを組んだのかもしれない。

 

 リインから沢山の氷柱が爆発的に伸びて行く。氷柱は四方の壁を突き破り、コントロールパネルをも直撃した。火花を上げる機械類。

 

「コイツ、何てことを!」

 

 パネルが火を吹く。電気系統がショートしたらしく、部屋の機械は全て停止していた。

 まだ自らの魔力をコントロールしきれないリインの、凍結魔法で作られた氷柱は更に広がり窓ガラスを砕いた。

 

 リインが暴れているのと同時だった。

 

『はっ!?』

 

 荒れ狂っていたウルトラマンゼロの動きが、突然止まった。

 

『……メビウス……先輩……? 俺は何を……?』

 

 ゼロは慌ててメビウスを、辺りをキョロキョロ見回している。自分の今の状況に混乱しているのだ。

 

『ゼロ、正気に還ったんだね?』

 

 頭を振るゼロの肩に、メビウスが労るように手を置いた。

 

 

 *

 

 

 

「この下等生物があっ!!」

 

 男は激昂して、リインに光線銃を向けた。発射される光線を、小さな祝福の風は慌てて避ける。しかし男は怒りのままに光線銃を乱射、終にリインは隅に追い詰められてしまった。もう逃げ場が無い。

 

「手こずらせてくれたな……死ねっ!」

 

 男は獰猛な笑みを浮かべ、光線銃の狙いを定める。リイン絶体絶命。引き金が引かれようとした時、部屋のドアが轟音を上げて吹っ飛んだ。

 

「リインフォース!」

 

 小さな祝福の風にとって、最も安心して安らぐ声が響いた。部屋に突入してくる魔導騎士の少女ともう一人の祝福の風。それに続く少年執務官に少女執務官。はやて達が駆け付けたのだ。

 リインの氷柱が派手に炸裂したお陰で、場所を特定出来たのだ。

 

「はやてちゃん! お姉ちゃん!」

 

 リインフォースは母に駆け寄る幼児の如く、はやてとアインスに飛び付いていた。

 

「リイン……無事で良かった……」

 

「心配させて……でも無事で良かった……」

 

 はやては小さな娘をしっかりと抱き締め、アインスは安堵で滲むものを拭う。顔を上げたリインは、はやてに尋ねていた。

 

「ゼロにいたんは?」

 

「大丈夫、リインのお陰で正気に還ったよ」

 

「良かったですぅ!」

 

 ゼロの無事を聞き、満面の笑みを浮かべるリイン。まったく大した末っ子であった。この危機をこの子が引っくり返したのだから。

 

 クロノはそのホッとするやり取りを横目に、怒りの表情を浮かべる謎の男に相対し指差した。

 

「お前は誰だ!?」

 

「……我らはダンカン星人だ……」

 

 男は高ランク魔導師に囲まれているにも関わらず、ニヤリと厭な笑みを浮かべてクロノ達と対峙する。まるで恐れる様子はない。

 するとはやては一歩前に踏み出し、普段の穏やかさを脇に除け男をキッと見据えた。

 

「確かにその身体はダンカン星人のものかもしれん……」

 

「!」

 

 夜天の主の意味ありげな言葉に、初めて男はびくりとしたようだった。はやては矢継ぎ早に次の疑問を繰り出した。

 

「何故本局施設を移動させたんや? 居住区にするなら、リスクが少ない所を狙う方が危険がなかったんやないの? 何でわざわざ武装している本局施設を奪わなあかんかったんや? 本当の目的は違うんやないか?」

 

「なっ、何を根拠に……?」

 

 はやての犯人を追い詰める探偵の如き追求に、男は思わず後退りしたようだった。クロノもはやてと同じ読みなのか、黙って状況を見ている。

 はやてに続くように、今度はフェイトが一歩前に踏み出した。

 

「この世界でここ数週間前から、謎の失踪事件が起きていた……その中で、僅かながら目撃証言があった。泡を見たと……泡が人を襲ったと。でもダンカン星人は人間を捕食したりはしない……」

 

 ダンカン星人が人間を捕食したという事実は無い。そんな習性は無い。はやては真相を暴くべく、フェイトの後を更に続けた。

 

「あんたの本当の狙いは、魔導師の知能を吸い取ることやろ! せやけど大量にやると直ぐにウルトラマンに嗅ぎ付けられる。だからダンカン星人に取り憑いて利用したんやな!?」

 

 男は歯軋りして更に後退りする。そしてはやては卑劣な相手の正体を暴く。

 

「そうやろアルゴ星人!」

 

 はやては男を敢然と指差した。男は顔を伏せる。観念したと思いきや顔を上げると悠然とはやて達を見渡し、悪意そのものの笑みを浮かべた。

 

「ふははははっ! よくぞ見破ったな……取りあえずは誉めてやろう下等生物供!」

 

 身を叩くような鬼気に、はやて達はデバイスを構える。

『アルゴ星人』以前ウルトラマン80と戦ったことのある宇宙人だ。

 母星がブラックホール化してしまい、彷徨う身となったアルゴ星人達は食料となる炭酸ガスと、精神生命体に進化すべく他の知的生命体の知能を吸い取る為宇宙を彷徨している恐るべき宇宙人である。

 

「多分あんたらは、此方の世界のことを知り、興味を持った。最終進化を目指すアルゴ星人にとって、別世界の魔力という力を持った人類はさぞ魅力的に映ったんやろうな……

 せやけどあんたらに必要な量の知能を吸い取るには、それなりの量が必要なんやな? 大量にそれをやると、直ぐにウルトラマンに気付かれる。せやからダンカン星人に取り憑いて時間を稼ぎ、その間に……」

 

 おぞましい動機に、狡猾な手段であった。アルゴ星人は基本他の生命体を利用する。魔道師達は別に集められ、その知能を吸おうとしていたのだ。

 

「こっちはデータもあるから、ダンカン星人かと思て、どうしても慎重になってまう。まさか本当は人間の知能を喰らう化け物の仕業なんて思わんからな!」

 

 はやては怖気を振り払うように怒りと供に吐き捨てた。自らの進化の為にはいかなる手段もいとわない。アルゴ星人にとって、自分達以外の知的生命体はただの餌にしかすぎないのだ。

 

「その通り……ダンカン星人を操り、その科学力で獲物は集めた。後は我々で食するだけだったのだがな……貴様ら、下等生物の割には中々鋭いではないか。だが少しばかり遅かったな……」

 

 アルゴ星人はにちゃりと、粘つくような厭な笑みを浮かべる。はやては青ざめた。つまり拐われた魔道師達は、既に知能を吸い取られてしまっている。

 それと同時だった。男、アルゴ星人が不意に倒れた。その身体が大量の白い泡に被われていく。泡の増殖は止まらない。部屋を大量の泡が包んでいく。その中から一瞬、黒い影が飛び出したようであった。

 

「みんな、部屋から出るんだ!」

 

 クロノの指示すると供に、外壁へ砲撃魔法を放つ。泡は更に増殖を続けている。全員は一斉に破壊孔から外へ飛び出した。

 クロノ達が上空で距離を取ると同時に、ビルから吹き出した泡が巨大な泡の塊となる。そして泡の中より白い巨体が出現した。針鼠のような棘を全身に生やした巨大な怪獣だ。ダンカン星人の戦闘形態である。

 

「アルゴ星人は抜けた筈……そうなると……」

 

 クロノは状況を整理する。アルゴ星人はどさくさに紛れて抜け出したようだ。そうなると彼はダンカン星人本人ということになる。

 

「ダンカン星人、聞こえるか? こちらはこの世界のリスク管理をしている時空管理局だ。君達に危害を加えるつもりはない!」

 

 呼び掛けるクロノだったが、ダンカンは山羊に似た声で咆哮すると、辺り構わず建物を破壊し始めた。

 

「混乱しとる?」

 

 飛び散る瓦礫の中、はやてはダンカンの状況を察する。アルゴ星人に取り憑かれ、見知らぬ別世界に連れて来られたのだ。混乱するのは当たり前だった。

 

『ふははははっ!』

 

 苦慮するクロノ達の耳に、耳障りな声が響く。見ると高層ビルの屋上に黒い影のようなものが立っていた。半精神物質となっているアルゴ星人の本体だ。

 耳障りな嗤い声と供に、高層ビルが地下から湧き出した泡に包まれていく。そして完全に泡に包まれた時、ビルが崩壊し、中から全身に突起を備えた毒々しい真っ赤な巨体が出現する。

 アルゴ星人の宇宙服でもある特殊な泡を使って、戦闘用の巨大な身体を作り上げたのだ。

 

「我が主、あれを!」

 

 アインスが隣のビルを指差す。見るとその高層ビルも泡の中に溶け、新たなアルゴ星人戦闘体が現れたではないか。

 アルゴ星人が2体。奇怪な咆哮を上げると、ギロリと不気味に光る眼をダンカンに向けた。その長く鋭い牙を生やした口許が、毒を含んだ笑みの形を取る。

 

『ご苦労だったな……お前らは用済みだ!』

 

 アルゴ星人達の両眼が光を発した。破壊光線を放とうというのだ。アルゴ星人とダンカンでは戦闘力が違いすぎる。彼らには巨大化しても、まともな武器も無いのだ。

 ダンカンは動けない。クロノ達が駆け付けようとするが、とても間に合わない。その時だ。

 

『オラアッ!!』

 

『セアッ!!』

 

 アルゴ星人達に突っ込んでくる者達がいる。ウルトラマンゼロとウルトラマンメビウスだ。2人のウルトラ戦士は、同時に強烈な飛び蹴りをアルゴ星人の横っ面にぶちこんだ。

 派手に吹っ飛び、ビルに叩き付けられるアルゴ星人。倒壊したビルが星人に降ってくる。ゼロとメビウスは、卑劣な星人の前に立ち塞がる。

 

『よくも良いように操ってくれたな! 2万倍にして返してやるぜぇっ!!』

 

『セアッ!』

 

 ゼロは今までの鬱憤を晴らすように、2本指を示して吼えた。メビウスは右手刀を全面に構えるファイティングポーズを取る。

 

《小癪な!》

 

 アルゴ星人2体は瓦礫を跳ね除けて傲然と吼えた。全身の突起から、ロケット弾を雨あられと打ち出す。凄まじい火力だ。『ミサイル超獣ベロクロン』以上の火力だった。明らかに以前現れた個体よりパワーアップしている。

 このままではダンカンも戦闘に巻き込まれてしまう。彼の目覚めと供に凍結されていた人々は元に戻ったが、意識を失ったままだ。

 今現在シグナム達が懸命に避難活動を行っているが、人数が多い。まだまだ時間が掛かってしまう。

 クロノは戦闘を開始した、ゼロとメビウスに念話を送る。

 

《ダンカン星人の保護と、人々の避難は此方に任せてくれ》

 

《判った。任せるぜクロノ!》

 

《僕達は奴らを此処から引き剥がすよ》

 

 ゼロとメビウスは、信頼の言葉を返した。皆なら大丈夫だと。全幅の信頼であった。

 危機を逃れたダンカンだったが、まだ混乱しているようだった。クロノ達は説得を試みる。ダンカン星人の高度な知能なら、此方の言葉を理解できる筈だった。

 

「落ち着いてくれ! 決して君達には危害を加えない! だから話し合いに応じてくれ!」

 

 だがダンカンは威嚇するように咆哮し、クロノ達を寄せ付けようとはしない。頑なな態度であった。

 その時だ。リインフォースが、はやての腕の中から飛び出していた。

 

「リイン!?」

 

 慌てるはやてを後ろに、リインは真っ直ぐにダンカンの前に飛び出していた。巨大な星人は怒ったように威嚇の咆哮を上げる。

 このままではリインの小さな体は、ひとたまりもなく捻り潰されてしまう。クロノ達も当てることはしなくとも、威嚇攻撃せざる得ない。

 すると気配を察したのか、小さな祝福の風はダンカンの前に手を広げてクロノ達に向け叫んだ。

 

「リインは平気ですぅ! この人は守ってるだけです! ずっと助けてって、この人達を助けなきゃって!!」

 

 見ると、ダンカンの足元の後ろに幾つかの泡の塊が見える。彼はその泡を庇っているように見えた。

 

「仲間を守ろうとしてたんか……」

 

 はやては頑なな態度に合点がいった。あれは同じくアルゴ星人に利用されていたダンカン星人達だろう。リインはダンカンに振り返ると、無邪気な笑顔を向けた。

 

「リイン達はダンカンちゃん達と、喧嘩したりしないですよ?」

 

 ダンカンは意表を突かれたようだった。毒気を抜かれたように、きょとんとしている。愛嬌のある姿なので、何処か可愛らしい。リインは感覚的に、ダンカン星人のSOSを受け取っていたようだ。

 クロノはダンカンの目前に着地すると、自らのデバイスS2Uとカード状のデュランダルを地面に置き両手を上げた。

 

「僕達に敵対の意思はありません……話し合いに応じてください……僕達は被害者に向ける武器は持っていません……」

 

 クロノは誠実さを身をもって示したのだ。ダンカンは立ち上がるのを止め、踞るように少年執務官とリインを見た。一歩間違えれば捻り潰される状況。重苦しい沈黙。はやて達も下手には動けない。

 どれ程の時間が過ぎたか。クロノの額から一筋の汗が流れる。汗が地面に落ちようかという時、ダンカンは自らを納得させるようにかぶりを振った。全員の念話回線に声が響く。

 

《信用しよう……異世界の者達よ……》

 

 ダンカンからのテレパシーだ。誠実さがダンカン星人に届いたのだ。以前の事件では、お互いの不信感が最悪の結果を招いた。以前の事件を見てクロノは、最初からこうしようと思っていたのだろう。

 

《お前達は誠実さを示した……それなら我らも示さなければなるまい……それに……》

 

 ダンカンは目前に浮かぶリインを見た。その紅い瞳がふっと柔らかくなったようであった。

 

《この小さき者のお陰で、奴らの呪縛から抜け出ることが出来た……感謝する……》

 

 ダンカンは小さな祝福の風に感謝を述べていた。

 

「リイン偉いのですぅ」

 

 胸を張るリインに寄ってきたアインスが、コツンッと軽く妹の頭を小突く。

 

「無茶をして……リインは少しは反省しなければ駄目だ……」

 

「はいですぅ……」

 

 滅多に怒らないアインスに叱られて半泣きになるリイン。まだ事件は終わってはいないにも関わらず、その場に居た者達からつい笑みが零れた。

 

 

 *

 

 

 一方のゼロとメビウスは、アルゴ星人の攻撃力の前に苦戦していた。

 街の外に出す為に受け身に回っていたこともある。しかし誘導に成功したものの、アルゴ星人の攻撃力は強力だった。

 

『クソッ! 死角が無えっ!』

 

 ゼロは遅い来る砲撃を辛うじて避ける。アルゴ星人達は、全身からロケット弾を一斉に放ってくる。弾幕が途切れない。周囲の森林がごっそりと消失していた。

 メビウスはロケット弾を避けて移動しながら、ゼロにテレパシーを送る。

 

《ゼロ、アルゴ星人は強い光に弱い》

 

《その隙に、光線をぶちかましてやる!》

 

 ゼロとメビウスは後退すると見せ掛け、同時に胸に両腕を組む構えを取った。2人のクロスした両腕から強烈な光が放たれる。

 ウルトラマン80も使用した『ダブルスパーク』だ。光に弱い敵に使用されるもので威力は無いが、強烈な光を発することが出来る。

 アルゴ星人2体は眼を被い、怯んだように見えた。その隙を突き、ゼロは両腕をL字形に組みワイドゼロショットを、メビウスは腕を十字に組んでメビュームシュートを放つ。アルゴ星人に炸裂する2つの光線。

 

『何ぃっ!?』

 

 ゼロは声を上げた。当たる寸前、アルゴ星人の前面に光の障壁が張り巡らされ、光線を防ぎきってしまったのだ。しかも強い光が効いていない。

 

《ふははははっ! 魔道師の知能の効果はてきめんだな!》

 

 吸い取った魔道師の知能のお陰でパワーアップを果たしていたのだ。アルゴ星人は眼から灼熱の破壊光線を発する。意外な展開にまともに食らってしまうゼロとメビウス。

 崩れ落ち大地に膝を着いてしまったところに、アルゴ星人2体は口から溶解泡を浴びせかける。

 

『ぐわあっ!』

 

『ウウッ!』

 

 ゼロとメビウスが白い泡に包まれてしまう。アルゴ星人の溶解泡は、強靭なウルトラ戦士の身体を蝕み溶かして行く。泡の余波で周囲の木々や大地が、ぐずぐずに液状に溶けていくのだ。恐るべき威力であった。

 2人のカラータイマーは既に点滅していた。動けないゼロ達に、アルゴ星人は更に溶解泡を浴びせ続ける。

 カラータイマーの点滅が早くなる。既にブレスレットの予備エネルギーは使っている。残された時間はもう僅かだ。

 

《ウルトラ戦士といえど、所詮我らに比べれば下等生物よ! 死ねっ! この世界の人間は全て我らの餌となる!!》

 

 止めを刺さんと、アルゴ星人2体の両眼が光を放つ。だがその時、ゼロとメビウスの眼が光を増した。

 

『舐めんな、外道供がああっ!!』

 

 ゼロが吼えた。全身の力を込めて雄々しく立ち上がる。裂帛の気合いと供にエネルギーを放出し、全身を侵していた溶解泡を吹き飛ばした。

 

『他者を餌としか思わないお前達に、負ける訳にはいかない!!』

 

 メビウスも大地を踏み締め、敢然と立ち上がる。その全身から炎が吹き出し、死の泡を焼き尽くす。熱に強い筈の溶解泡が、あっという間に蒸発して行く。

 そして炎の中から、全身に炎の模様を纏った『バーニングブレイブ』が出現した。

 

《死に損ない供がああっ!!》

 

 アルゴ星人達は全身からロケット弾を一斉発射し、眼から破壊光線を放つ。凄まじいまでの弾幕の嵐。しかしゼロとメビウスは大地を蹴って、同時に弾幕の中に突っ込んだ。

 破壊光線とロケット弾を、ゼロはエメリウムスラッシュで迎撃し、メビウスはメビュームブレードで跳ね返しながら斬り込んで行く。

 

『オラアッ!』

 

『セアアッ!』

 

 同時にゼロとメビウスは、アルゴ星人目掛けて弾丸の如く跳躍した。ゼロの巨大な拳が唸りを上げ、卑劣な星人の腹に深々と打ち込まれ、メビウスの光の剣がもう一体の胴体を袈裟懸けに斬り裂く。

 絶叫を上げよろめくアルゴ星人達だったが、それでも怒りの形相で襲い掛かってくる。両手の鋏で2人の首を両断せんとする。

 ゼロとメビウスは同じタイミングで上体を沈めて、ダッキングで鋏の攻撃をかわすと、体勢を戻すと同時に拳を繰り出した。

 砲弾のようなアッパーが星人の顎に炸裂し、ぐらつくところに2人の豪快な回し蹴りがアルゴ星人を吹き飛ばす。大地を揺るがし転がる星人。メビウスはゼロに合図した。

 

『今だゼロッ!』

 

『おおっ!』

 

 メビウスバーニングブレイブの身体から吹き出た炎が広げた手の中に集まり、巨大な火球を形成する。ゼロはスラッガーを胸部にセットし、エネルギーを集中させた。スラッガーが白熱化する!

 

『食らえ!ツインシュートだあっ!!』

 

『セアアアアアッ!!』

 

 放たれる光の奔流と火球。アルゴ星人達はバリアーを張り巡らせるが、必殺の光線はバリアーを粉々に突き破り星人2体に纏めて炸裂した。

 断末魔を上げる間もなく崩れ落ちる星人。その身体から大量の泡が吹き出し次の瞬間、アルゴ星人達は粉々に吹っ飛んでいた。

 

 

 ***

 

 

 クロノ達は沈痛な表情で被害者達を見下ろしていた。行方不明になった魔導師達は1ヶ所に閉じ込められていた。残りの巨大化まで出来ないアルゴ星人をゼロとメビウスが始末し、被害者の発見は出来た。しかし……

 

「駄目……目を覚まさないわ……」

 

 魔導師達の容態を見たシャマルは、悔しそうに首を振った。アルゴ星人によって知能を吸い取られてしまったのだ。

 もはや廃人同然、生ける屍であった。地球での被害者達も結局誰一人目覚めることはなかった。

 救えなかったことにガックリと肩を落とすゼロ達。すると全員の頭の中に声が響いた。

 

《今なら何とかなるかもしれん……》

 

 それはダンカン星人からのテレパシーであった。

 

「本当ですか!?」

 

 クロノは巨大なダンカンに、思わず勢い込んで尋ねていた。頷くダンカン。

 

《奴らは脳を直接食った訳ではない……生物の脳内を走る電気信号、脳波を吸収するのだ。アルゴ星人は倒された……今なら解き放たれたものを元の人間に返すことが可能だ……》

 

「そんなことが……」

 

《脳研究に長けた我らなら可能だ……》

 

 人間を自在にコントロールし、ウルトラ戦士をも操ることが出切るダンカン星人ならではだろう。敵に回すと厄介極まりないが、味方にすれば心強い。

 クロノは感謝しつつも、尋ねずにはいられなかった。

 

「ありがとうございます。しかし何故……?」

 

《……せめてもの礼だ……》

 

 ダンカンははやての肩に乗っているリインを見やる。少し微笑んだように見えた。

 

 人間形体になったゼロは、その様子を感慨深く見ていた。以前父ウルトラセブンと戦うこととなってしまったダンカン星人。

 今回みんなのお陰で争うことなく終わることが出来た。しかもダンカン星人は、被害者を助けてくれると言う。

 ゼロは自然ダンカン星人達に頭を下げていた。ミライも同様であった。

 それに気付いたのか、ダンカンは2人を見下ろした。その紅い瞳が向けられる。ゼロとミライにテレパシーが伝えられる。

 

《ウルトラ戦士の2人よ……君達にも感謝する……》

 

 感謝の言葉だった。因縁のあるゼロは複雑な心境だった。するとダンカンは言った。

 

《確かに過去、君の父と仲間が争いになったことは知っている……お互い複雑なことも有るだろう……しかし少なくとも今此処にいる我らは、この世界の人間の誠意と、君達ウルトラマンに救われたことは決して忘れはしない……》

 

「あっ、ありがとう……ありがとう……」

 

 ゼロは胸が一杯になってしまった。我知らず涙を流しながら、ダンカン星人達に深々と頭を下げていた。

 

 

 

*************************

 

 

 

 ダンカン星人達の治療のお陰で、昏睡状態だった魔導師達は全て目覚めることが出来た。

 そしてエネルギーチャージを終えたメビウスに連れられて、ダンカン星人達は元の世界に帰っていく。

 見送る中、リインフォースは一生懸命手を振っていた。

 

「大したもんだなリインは、さすがアタシの妹だ」

 

 ヴィータが小さな末っ子の頭をクシャクシャと撫でる。ゼロはしみじみとリインの小さな肩を叩いた。

 

「リインがいなかったら、俺はどうなっていたか判らねえな……本当にありがとうなリイン……」

 

 今回はリインの活躍で、直ぐに正気に還ることが出来た。もしも洗脳が解かれず、誰かを傷付けたり死なせたりしたならば……

 考えただけでも背筋が寒くなる。しかし今回は無事だった。これから先は……?

 

「へっへ~っ、リインは大したものなのですぅ」

 

 ゼロの不吉な思いを他所に、リインはみんなに誉められ感謝されて鼻高々である。思いっきり調子に乗っている。だがそこに厳しい言葉が飛ぶ。

 

「それはともかくだ……勝手に抜け出し、皆に心配を掛けたのはいただけんな……」

 

 シグナムがこわい顔で、リインの高くなった鼻をへし折る。自分が締めるところは締めなくてはと思ったのだ。アインスはそんなシグナムの厳しさに、相変わらずオロオロしている。先程叱ったので限界だったようだ。

 

「まあまあ、まずはみんな無事で良かったやないの。でもリイン、みんなにごめんなさいは言わなあかんよ?」

 

 はやては取りなしつつも、その辺りはしっかりと言い含めた。見事なオカン振りである。リインもその辺りは深く反省しているようだ。しょんぼりしていたが顔を上げる。

 

「心配かけてごめんなさいなのです……」

 

 小さな末っ子は、みんなに謝った。はやては良く出来たと微笑み、小さな身体を抱き締めてやる。厳しい表情だったシグナムもリインに微笑み掛けた。

 

「うむ……判れば良い……しかしよくやったな……」

 

 何時もは厳しい、八神家のお父さんボジションな烈火の将にも誉められ、リインはようやく笑顔を浮かべる。その様子を包み込むように無言で、温かく見守るのは守護獣ザフィーラである。

 そして最後にシャマルが、可愛らしい小袋を取り出した。

 

「さあ、リインちゃん、お腹空いたでしょ? ほら、私特製のクッキーを持ってきたわ。さあ食べて」

 

 リインは台詞の前半で表情を輝かせ、後半で思いっきり顔を青ざめさせた。満面の笑みでシャマルは袋を開け、さあさあと薦めてくる。全く悪意の無い善意のみの笑顔。

 

「ごめんなさいですぅっ! もうしないから許してくださいですぅっ!」

 

「えっ? ちょっとリインちゃん?」

 

 リインは耐えきれなくなり、一目散に飛んで逃げ出していた。小さいながら彼女も、シャマル料理にはあまり良い思い出がないようだ。良かれと思ってやったシャマルは慌てている。

 

「罰はこれで充分だな……」

 

「風の癒し手……そんな追い討ちを掛けなくとも……」

 

 ニヤリと笑うシグナムと、非難の目で見るアインス。ゼロとはやては、渇いた笑いを浮かべるしかない。ザフィーラは無言。

 

「ちょっとおっ! 私がオチって酷くない!?」

 

 シャマルの悲しい声が、山中にのほほんと響く。ゼロは苦笑しつつ、シャマル製クッキーをひょいと一つ摘まんでみる。

 

「むっ……」

 

 アンチョビのしょっぱい味と、マーマレードの味が口の中一杯に広がった。

 

 吹いた。

 

 

 

つづく




次回お会いしましょう。

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