第32管理世界。深夜を回っても都会の喧騒が続いている。アルコールの匂いと、客引きがひしめいている雑多な飲み屋街を1人の中年男が千鳥足で歩いていた。
酔っている。かなりの量の酒を飲んだのだろう。上機嫌で喧騒から離れ、家に帰るところのようだ。
賑やかな街を離れ、路地裏をふらふら歩く。少々遅くなったが、仕事の付き合いなのだ。滅多にこんなに遅くなることないので、妻も許してくれるだろう。男は酔った頭で楽天的にそう思う。
しばらく歩いたところで、ふと男は妙なものを視界に捉えた。道路の排水溝から、泡のようなものが噴き出しているのだ。男は酔って思考が纏まらない頭で、何処かの店が大量に洗浄水でも流したのかと思った。
それにしては妙に思える程、その泡は排水溝から這い出るように大量に溢れてくる。男は何気なくその泡に近付いて行った……
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その日。朝からはやてとアインスは、たいへん張り切っていた。
盛んに相談する2人はひどく楽しそうである。それを温かく見守るゼロと守護騎士一同であった。
どうも朝から八神家にはそわそわした空気が流れている。それはまるで、赤ン坊のお産を待つ雰囲気に似ていた。
当然である。無理は無いとゼロは感慨深い。何しろ遂にはやてのユニゾンデバイスが誕生するのだ。
今のアインスは完全に復調しユニゾン能力もほぼ復活しているが、戦力的にもはやて専用のユニゾンデバイスはやはり必要であった。
はやては魔力が高過ぎて、単身で魔力コントロールが難しい。いざとう時の為にも、彼女だけのユニゾンデバイスは必須と言えた。
アインスとマリー技官の協力の元、はやてが設計を担当した。デバイスを熟知しているアインスが全てを手掛ければ楽なのだろうが、やはりここはマスターとなる自分がやるべきだとはやては思ったのだ。
そしてついに今日、新たなユニゾンデバイスが産まれようとしている。
無論嬉しいのはゼロも同じである。新しい家族が増える。何とも形容し難い嬉しさだった。子供が産まれる時はこんな感覚だろうかとゼロは思う。
「はやて、ツゥヴァイはアタシより年下にしてね?」
ヴィータなどはそう頼み込んでいたものだ。実質末っ子なので、妹が欲しかったのだろう。シグナムもシャマルも、ザフィーラも嬉しそうだ。
「さあみんな行くでぇ!」
はやての号令の元、八神家は本局に向かった。はやてのリンカーコアを分割して産み出すツゥヴァイは、一種の魔力生命体だ。機械では無くシグナム達に近い。勿論自らの意思と心を持つ存在である。道具ではなく、新たな家族なのだ。
技術部のデバイス工房に皆で乗り込み、ずっとはやて達のデバイスの管理をしてくれている、マリエル技官の協力の元作業は開始された。
装置に座ったはやてから、特殊な機械でリンカーコアの株分け作業に入る。光るリンカーコアがはやてから取り出され、それに様々な魔法プログラムを施す。
無論担当はアインスである。株分け作業を受けるはやては、少々苦しいようだ。心配するアインスに平気だと笑って見せる。
一通りの作業が終わり、いよいよ誕生の瞬間が迫っていた。装置に掛けられたリンカーコアが光に包まれる。光は広がり、徐々に人型を形作って行く。
そしてそれは30センチ程の少女の姿をとった。六歳程の幼い少女だ。
銀色の長い髪。顔立ちははやてに似ている。リインとはやてを併せたような少女だった。
はやてはペタンと座り込む彼女に、静かに歩み寄った。少女は顔を上げる。蒼いくりくりとして、無垢で澄んだ眼差しがはやてに向けられる。
「おめでとう……私はあなたのマイスター八神はやてや……よろしくな……?」
「まいますたー……はやて……」
はやての言葉に、ツヴァイは小首を可愛らしく傾ける。
「あなたの名前はリインフォース・ツヴァィ……祝福の風や……」
「りいんふぉーす、つばい……?」
「うん……」
「マイスターはやてちゃん……」
理解したのか、ツヴァイは満面の笑みで自らの母で主の少女を見上げた。
「そうやよ」
はやては感極まってリインフォースを抱き締めていた。その光景を見てゼロは、泣きそうになるのを必死で堪えているつもりだったが、涙がただ漏れである。
ふとツヴァイと視線が合う。すると小さな祝福の風は満面の笑みを浮かべ一言言った。
「うーたーまんぜろにいたん」
「ぶっ!?」
ゼロはたいへん慌てた。周りの技術スタッフは、ゼロがウルトラマンであることを知らない。お世話になっているマリー技官も当然知らない。
「うん、ウルトラマンと同じ名前やね」
はやてがにこやかに笑って、ツヴァイをそっと抱き上げた。フォローしたのだ。こうすればまさか、本物のウルトラマンゼロに言ったとは思うまい。
どうやらマリー達には、誕生したばかり故の子供の言葉と思ってもらえたようだ。ゼロは内心ホッと息を吐く。
ツヴァイにはまったくまっさらな状態という訳ではなく、ある程度の基本知識や情報が刷り込まれている。はやてのリンカーコアの影響もあって、ウルトラマンゼロのことも少し入ってしまったのかもしれない。
そんなこんなでゼロは少々焦ったが、八神家の新しい家族リインフォース・ツヴァイは無事誕生したのだった。
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「ツヴァイ待ちなさい~」
アインスの慌てた声が、響くまではいかない感じで聞こえる。そういう声質である。ツヴァイが愉しげに、部屋中をふわふわ浮いて逃げ回っていた。遊んでいると思っているらしい。
それを懸命に追うアインスである。今日は休みのアインスがツヴァイの面倒を見ているようだ。
あれから数ヶ月。ある程度知識が有るとはいえ、やはり子供であるツヴァイは中々に手を焼かせてくれた。なまじ飛べるだけに一苦労である。
そこに学校から帰ったはやてが、ちょうどリビングに入ってきた。
「はやてちゃん!」
ツヴァイは喜び勇んで、その胸に文字通り飛び込んだ。夜天の主は微笑んで受け止める。
「ただいまリインフォース、いい子にしてたか?」
「してたですぅ」
優しく撫でるはやてに、満面の笑みで応えるツヴァイである。本人的にはいい子にしてたつもりらしい。出迎えるアインスにはやては苦笑して見せ、
「アインス、この子な、どうもツヴァイよりも、リインフォース呼ばれる方が良いみたいなんや。ツヴァイ言うと言うこと聞かんやろ?」
「はあ……確かに……」
確かにアインスはベルカでの1の意味だが、響きが綺麗だ。ツヴァイは少々ゴツい感じがする。だから彼女的にはリインフォースと呼ばれたいのだろう。
そこにみんながまとめて帰ってきた。部屋の荒れっぷりから状況を察したシグナムが、ようやく大人しくなったツヴァイもとい、リインフォースを叱る。
「こらっ、お前は最後の夜天の王、主はやての誇り高き子だ……あまり我が儘を言っては駄目だ」
「はい……です……」
八神家の堅物お父さんシグナムの叱りを受け、リインはしょんぼりと頭を垂れた。
「将……そんなに厳しく言わなくとも……」
アインスがオロオロとしょんぼりする妹を心配する。シグナムはピシャリと止めを刺す。
「お前のは甘やかしと言うのだ……」
「うっ……」
容赦なく嗜められ、アインスは言葉も無い。地味どころか、確実にダメージを受けたようである。
シグナムは自分が不器用なのを自覚している。甘やかすのが苦手な自分は、敢えて厳しくする役割りを引き受けようとしているのだ。
甘やかすのはアインスやはやて達がしてくれるだろうと。だがいかんせん、甘やかす者が多すぎた。
「ほ~ら、リインちゃん、お姉ちゃんと遊びましょう」
しょんぼりリインを、ここぞとばかりにシャマルが抱き上げる。
「あっ、シャマルずっりい、アタシも遊ぶ!」
ヴィータも負けじと、のろいウサギを取り出して対抗しようとする。とても叱る比率が悪そうではある。
さしものザフィーラも、もふもふの毛皮で無邪気に遊ぶリインには好きにさせているようだ。
まあはやては小さなお母さんなので、締めるところはきちんと締めるだろう。温かく見守るはやては小学生にして、おかんを体現しているようである。
そしてゼロはと言うと……
「おう、リイン元気にしてたか?」
小さな末っ子を抱き上げてやる。ついでにぐるぐる回してやる。
「はい、ですぅ」
リインはきゃっきゃっと歓声を上げながら、元気いっぱいに応えた。ゼロは元気で結構、な考え方と言うか本人がまだまだやんちゃなので、リインの腕白っぷりは微笑ましいのだ。
「よーし、今日はアイスクリームを買ってきたぞ、晩飯の後に食べるぞ」
「わーい、ですぅっ!」
「やったあーっ!」
一緒に喜ぶヴィータであった。お姉さんになったと言うのに、こういうところは変わってない。
結局甘やかしているゼロを見て、やれやれと苦笑するシグナムである。そんな将にはやては微笑みかけた。
「なんや、シグナムには損な役割りを押し付ける形になってしもて、ごめんなあ」
「いえ……私には甘やかし方など判りませんし、他の者も無責任に甘やかしたりはしていないようですから……」
シグナムは苦笑混じりに、主に微笑み返す。そう言えばゼロも、しっかりアイスクリームは食後と我慢させている。シャマルも駄目なことは駄目と言うし、ヴィータも姉の自覚が有るのか色々言い聞かせたり、面倒を見たりしている。
ザフィーラも一番リインの玩具にされているが、してはいけないことなどは、しっかりと言い聞かせている。
アインスも確かに甘やかし気味ではあるが、叱る時は叱る。(かなり葛藤しながらだが……)
リインも叱られても、みんな愛情故だということが何となく判っているのか、よく叱られるシグナムを嫌ったりはしない。家族のみんなが大好きなのだ。とても良い子である。
「でもなあ……」
はやては美味しそうに食後のアイスクリームを満面の笑みで頬張るリインを見て、ポツリと哀しげに呟いていた。
「リインも何れ戦わなければならないのか……」
はやての気持ちを察したゼロが、はやての肩に手を置いていた。その表情もやりきれなさが滲み出ていた。
八神家には明確な敵がいる。必ず倒さねばならない敵。ウルトラセブン・アックスとその手の者達。
局員として、犯罪に挑むどころの話ではない。リインフォースも何れ彼らと戦うことになる。しかし無邪気な末っ子を見ていると心が痛むのだ。
「ごめんなリイン……」
はやてはアイスクリームを食べ終えたリインを、しっかりと抱き上げた。みんなの苦悩が判っていない彼女は無邪気にはやてに身を預けて、満ち足りた顔をしている。
「お気持ちは判ります……しかしリインが此方で生まれたと言うことは、向こうにもリインが存在する可能性が高い……」
シグナムが慰めるように、しかし冷徹な可能性を口にする。平行世界の自分達。必ず倒さねばならない悪魔のような存在。
「我らの宿命なのでしょう……しかし盾の守護獣、いざとなればリインフォースの盾となりましょう……」
ザフィーラははやての腕の中、満ち足りた顔のリインを優しい瞳で見上げながら言った。ヴィータもガッツポーズして見せた。
「リインが危なくなったら、アタシも守るよはやて」
「私もリインちゃんを危ない目に遭わせるような人達には、容赦しませんよ」
シャマルが右手を、わしわし動かして見せる。確かに物理的に容赦しなさそうだ。
「おうっ、リインがこれから先も無邪気に笑ってられるように、アックスの連中をぶちのめしてやれば良いんだよ」
ゼロが不敵に笑って拳を翳して見せた。みんなの頼もしい宣言にはやては微笑し、腕の中のリインに笑い掛けていた。
「うん、頑張ろうなリインフォース……」
「はい、ですぅ!」
この時まだほとんど理解しきっていない筈のリインの返事に、何故かしっかりとした決意のようなものを感じる八神家であった。
リインが産まれて以来、更に賑やかになった八神家であるが、実は一番リインフォースの面倒を見ているのは、ゼロとザフィーラである。
はやては学校もあるし、局員なので仕事もある。さすがにまだリインを仕事に連れては行けないし、当然学校に連れていける訳もない。
他の者も仕事がある。そうすると、嘱託扱いのゼロと、望んではやての使い魔扱いとなっているザフィーラが一番時間の融通が効く。
お陰でリインフォースの面倒を見るのは、家族の誰よりも長けてしまうゼロとザフィーラであった。
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「さてと……」
ゼロはサンドバックに似た形の荷物入れを、ドスンと肩に掛けた。ウルトラマンレオこと、おおとりゲンも愛用していたボクサーバッグである。
「気を付けてな……」
今日は休みのアインスが仕事に出掛けるゼロを、玄関まで送り出す。他の者は既に別口の仕事に出向いている。
「おうっ、行ってくるぜ、リインはどうした?」
先程からリインフォースの、小さな姿が見えない。
「何処に行ったのか……つい先程までリビングで遊んでいたのだが、今姿が見えないのだ……結界が張ってあるから外に出ることはない筈なんだが……」
「その辺でかくれんぼでもしてるんだろ、じゃあな」
ゼロはリインが見送りに来てくれないのが少し寂しいのか、少々元気無さげに仕事に出掛けるのだった。
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転移ポートを乗り継ぎ、ゼロは第32管理世界に降り立っていた。発展している、開けた世界である。近未来的な高層ビル群が建ち並んでいる。
ゼロが脚を踏み出そうとしたその時である。ゼロは此処で聞く筈のない声を聞いた。
「プウー……ププウー……」
だれかが呻いているような声。とても聞き覚えのある声だ。バッグの中からのようだ。慌てて開けてみると、
「えへへえ~」
「リインッ!?」
プハアッ、とばかりに出てきたのは、リインフォースであった。お弁当のサンドイッチを平らげ、代わりにバスケットの中に隠れていたのだ。結界はゼロに引っ付いていたので、すり抜けてしまったようである。
潜り込みは、ウルトラ世界の得意技ではある。恒例行事と言えよう。今回見事にリインがやらかしたようだ。
「お前なあ……」
「リインも行くぅっ!」
帰されると思ったリインは、手足をバタバタさせて駄々をこねた。ゼロは参ってしまう。ここまで来てしまうと、帰す手段が無い。
仕方ないのでゼロはアインスに連絡を取った。案の定パニックになっていた彼女に経緯を話す。
「そう言う訳だ。今日は調査だけだから、仕方ねえから連れて行くぜ。夜には帰る」
数週間程前、ヴィータとロストロギアの調査に行った時、姿が見えない機械兵器に襲撃を受け、何台か叩き壊したことがあった。
今回同系統のロストロギアが有る可能性があり、また機械兵器が現れるかもしれないという事で、彼にお呼びが掛かったのだ。
透視能力を持つゼロには機械兵器のECSステルス機能も無意味であるし、数々の強敵怪獣、異星人と戦ってきたヴィータは、気配だけで機械兵器を難なく撃破している。
他の世界線では深刻な事態を招いた事件だったが、ご存知の通りなのはは療養中で他に被害も出ず、特に今のところ誰も大した事件とは思っていない。
それが良いのか悪いのか、未来を知る術がないゼロ達にはそれは判らない……
「よろしく頼む……主たちには私から言っておくよ……」
アインスへの連絡を終えたゼロは、肩の上で無邪気に辺りを見渡すリインを見て、やれやれと苦笑するしかない。
「大人しくしてるんだぞ?」
「はい、ですぅ」
リインを肩に乗せたゼロは、ようやく目的地の地上本部に向かう。小さな祝福の風は、見るもの全てが珍しいのか、はしゃいでいちいち聞いてくる。ゼロは丁寧に、一つ一つ教えてやった。
地球に来た当初は、自分もこんな感じだったのだろうなと思うと可笑しくなるやら、はやてに申し訳ないやらであった。
しばらく歩くと、32管理世界の本局施設が見えてきた。ミッドチルダなどの大きな本局と違って、それほど大きなものではないが、それでもかなりの規模だ。
その前で道路工事が行われていた。ダダダッと工事機械の工作音と振動が伝わってくる。何気なく通り過ぎようとしたゼロだったが、
(これはただの工事の音じゃねえっ!?)
超感覚が異常を伝えていた。それはコンクリートを砕く音に混じって、別の音が紛れていたのだ。管理世界のものではない。コンクリートやアスファルトを切断して、地中深くまで達しているようだった。
ゼロがハッとしたその時だ。辺り一帯に突如強烈な光が降り注いだ。あまりの広範囲に、さしものゼロも変身する間も逃げることすら出来なかった。
「逃げろリインッ!!」
叫び声と同時に、その姿は光に包まれ消え失せる。そして地上本部も周辺の建物も地面ごと、ゼロ達と一緒に跡形もなく消え失せていた。
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「ゼロ兄とリインが、32管理世界の地上本部施設もろとも消えてしもた!?」
はやての表情が青ざめる。一瞬よろめいてしまった。それを後ろのシグナムが然り気無く支える。
「はやて……大丈夫?」
フェイトが心配している声を掛ける。クロノも心配そうだ。はやては気丈に姿勢を正す。
「大丈夫やよ……続けてクロノ君」
クロノは沈痛な表情で、はやて達八神家に状況を説明する。
「ミッドや主要世界程の規模は無いが、それでもかなりの魔導師や職員が施設ごと消えてしまった。現場には跡形も無い……訪ねていたゼロとツヴァイは巻き込まれたようだ……目下、消えた施設と人々を捜索中なんだ」
衝撃を受けているはやてを落ち着かせる意味もあり、シグナムが代わりに質問する。
「クロノ執務官、手掛かりは……?」
「まだ無い……だが転位魔法などで、あれだけの施設を職員ごと消し去るのは不可能だ。まず異星人の仕業に間違いないだろう……」
クロノは端末にデータを表示する。そこにはとある宇宙人が記載されていた。『ダンカン星人』ゼロの父ウルトラセブンが地球に滞在中戦ったことのある宇宙人だ。
宇宙潮流を避ける為地球に一時避難。しかしその際に居住区として街の一角を丸々強奪して山中に移動させ、住民を人質に手出しを封じるという手段を取った為地球側と敵対。
戦闘形態の巨大怪獣となったが、セブンにより倒される。
高度な科学力を持った異星人だ。本体は泡状の不定形生物らしい。街を丸ごと消し去り、ウルトラ族をも脳波コントロールで操ることが出来る高度な科学力を持っている。自然嫌な想像が頭を過ってしまう。
(あかん……こんな時こそ冷静にならな!)
はやては懸命に自分に言い聞かせた。ゼロとリインのことを思うと、身が締め付けられるようだ。だが今助けになるのは自分達だ。取り乱すより行動しなくてはならない。
はやては静かに呼吸を整えると、クロノに敬礼した。八神家一同も続く。
「クロノ執務官、レティ提督より執務官に協力し、行方不明の人々の救出にあたれとのことです。よろしくお願いします」
大事件だ。数百人もの人々が、32管理世界の本局施設ごと行方不明。しかも宇宙人絡みの可能性大。八神家も全員出動を求められている。
「よろしく頼む……」
クロノははやて達の気持ちを汲み敬礼を返す。フェイトも続いて敬礼した。ちょうどその時、部屋のドアが開いて入ってきた者がいる。みんなも良く見知った人物だ。クロノが説明してくれる。
「今回はミライさんも捜索にあたってくれる」
ウルトラマンメビウスこと、ヒビノ・ミライだ。遊撃の彼は他の世界に常駐しているウルトラ戦士達の中、一番身軽に動きやすい。ミライは普段は穏やかな表情を引き締め、はやて達に声を掛ける。
「はやてちゃん、みんな、僕も及ばずながら力になるよ。消えた人達を一刻も早く助け出そう」
「ありがとうございますミライさん、よろしゅう頼みます……」
はやて達は深々と頭を下げていた。有りがたい。頼もしい助っ人だ。ある可能性があるだけに、ウルトラ戦士がいるのは心強い。
「よしっ、みんなこれより行方不明になった人々の捜索と救出にあたる!」
クロノの指示にみな頷く。必ずゼロ達と消えた人達を助け出すとの決意が、全員の顔に漲っていた。消えた本局施設と人々の探索が始まった。
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ゼロとリインが本局もろとも消えてから2日が過ぎていた。まだ消えた本局施設は見付かっていない。はやて達は休む間も惜しんで飛び回った。
いくらダンカン星人が高度な科学力を持っていても、さすがに他の世界に施設を転移させたとは考え辛い。
この32管理世界の何処かに移した可能性が一番高い。クロノ、フェイト、ミライとはやて達は人気の無い山中などを中心に探索にあたっていた。
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手分けして捜索にあたっていた八神家は、一旦クロノ達と合流していた。
「我が主……少しお休みになってください……」
アインスが根を詰めすぎなはやてに、休むことを提案する。そう言うアインスも心配で憔悴しているようだ。守護騎士達も同様である。
「大丈夫やよ……」
強がるはやてだが、その肩をフェイトがポンッと叩く。その反対の手には、夜天の書が載っていた。
「はやて……顔色悪いよ。ほら、これ今置いたままだったよ」
うっかり置いたままにしてしまったようだ。冷静なつもりでも、やはり焦燥していたのだろう。
「少し休もうはやて……疲れすぎると頭が働かないよ」
「フェイトちゃん、ありがとうな……」
書を受け取り、友人の気遣いに感謝する。ようやく休憩を取ることにした。これでは却ってみんなの足手まといになってしまうと自覚する。心労と疲労で体が重い。
シャマルの回復魔法を受け、休憩すると大分ましにった。一息吐いたはやては、考えを纏める為にもクロノと話すことする。
それにどうも今回の事件に、違和感を感じる気がするのだ。それを確かめたかった。
「クロノ君、今回の事件どう思う……?」
「どうかか……妙な点があるような感じだ……」
クロノも同じような違和感を感じているようだった。元々ダンカン星人は、侵略者という訳ではない。地球に一時避難してきただけだったのだ。
以前の事件は、双方の不信感にあったのではないかとはやては事件のあらましを聞いて思った。試しにミライに自分の感想を聞いてもらう。するとミライは哀しげに口を開いた。
「ダンカン星人は避難先の地球人を信用しなかった。そして地球人もダンカン星人を信用しなかった。あの時双方共もう少し相手を信用していれば、戦わなくて済んだかもしれないね……前にセブン兄さんも言っていたよ……」
はやては頷いた。侵略目的で、わざわざ未知の世界に来るような異星人ではないようだ。ゲートに巻き込まれて此方に来てしまった可能性が高いように思える
未知の世界に来てしまい、警戒しているのなら判る。だかそれなら何故今回、警告を送ってこない? はやては引っ掛かる。それにもう1つ。
(何故消したのが本局施設なんやろ……居住区にするなら、リスクの少ない普通のビル街を転移させたらええのに……)
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翌日。更に深い山中を探索していたシャマルとフェイトは、険しい渓谷の近くで朝日の光を反射する人工物を発見した。
「見付けたわ!」
山中に鎮座する本局施設と周囲の建物だ。こちらの読みと、シャマルの広域センサーの賜物だった。早速クロノ達に発見の連絡を入れる。みな直ぐに現場に駆け付けた。
まだ踏み込まず、距離を取って向こうの様子を探る。今のところ何も動きは無い。気付かれていないのかもしれない。
大挙して押し掛けては人々が却って危ない。増援より先に、クロノ達と、はやて達、ミライだけが先行することとなった。
飛行せず地上を歩いて、蒸発した都市に向かう。鬱蒼と茂る大木や茂みを隠れ蓑に、クロノ達は慎重に近付いていた。後数百メートルの位置まで来た時だ。全員の思念通話回線に、突然若い女の声が響いた。
《聞け……我らはゲートの為、此方の世界に迷い込んでしまった者達だ……それ以上の侵入は認められない……》
無機質な機械の合成音声のような声だ。既に気付かれていたのだ。クロノは声に対し、念話で呼び掛ける。
《偶然迷い込んでしまったことが本当ならば、我々管理局は君達に危害を加えるつもりはない。ただ建物ごと連れ去った人々を解放して貰いたい。話し合いがしたいんだ》
《確かに警告したぞ……》
しかし声の主は呼び掛けには応えず、淡々と要求のみを伝えてくる。
《我々は帰る目処が着くまで、手出しをしてもらいたくないだけだ……この街に踏み込んだ場合、人質の無事は保証しない》
脅しに近い言葉を吐き、通信は一方的に切られた。理不尽な要求だけ押し付けて、交渉に応じる気は無いと言う訳だ。
「警告……まるで予想以上に早く発見されたんで、慌てて警告を出したようや……」
はやてにはある仮説があった。みんなにも既に話してある。予想が当たっていとるとすると、手遅れになる可能性があるとはやては思っている。
レティ提督にも状況を話し許可を取った。後はこの場の責任者のクロノが決断しなければならない。
「フェイト、頼んでいた情報は集まったか?」
クロノは先程から端末を操作しているフェイトに尋ねた。何か調べてもらっていたらしい。フェイトは顔を上げ結果を知らせた。
「はやてとクロノの読み通りみたい。見て……」
フェイトは端末の情報を全員に見せる。何が判ったのだろうか?
ダンカン星人の警告を無視したら、地球のように戦いになってしまうかもしれない。だがクロノはその情報も照らし合わせ決断した。ここは急ぐべきだと判断したのだ。
「急ごう! 不味いかもしれない!」
はやて達は街に踏み行った。アスファルトやコンクリートごと移動しているので、地面は都会のそれだ。険しい山中に整地された道路と建物だけが在るのは、妙にアンバランスだった。
「物音1つしない……」
油断なくアイゼンを握るヴィータは、辺りを見渡して呟いた。視界に映るもので動いてるものは何も無い。車もつい先ほどまで動いていたかのように道路に在るが、全て停止状態だ。
「主はやて、行方不明になった人々です」
シグナムが指差す。街中には共に消え失せた人々が居た。だがどの人間も静止している。
通勤途中と思われるサラリーマンや、買い物で通り掛かったと思われる親子連れなど、時間でも停められたかのように不自然な格好で身動き1つしない。まるで蝋人形のようだ。
「細かい理屈は判らないが、みんな何かのフィールドに捕らわれているようだ。これは大元を何とかしないと無理だろうな……」
クロノは身じろぎもしない人々をチェックして、そう判断した。するとクラール・ヴィントで辺りを探っていたシャマルが難しい顔をする。
「この中では何かの妨害波のようなものが飛び交っているみたい。クラール・ヴィントのセンサーがほとんど働かないわ。ザフィーラはどう?」
「嗅覚も駄目だ……微かだが、嗅いだことの無い異様な臭気が邪魔をしている……ミライ殿は?」
狼ザフィーラは無念そうに頚を振りミライに尋ねる。ミライも超感覚を駆使するが、結果は同じだった。
「どうも効きが弱いみたいだ。僕の超感覚でも探れない……」
はやてはみんなの報告を聞き、改めて首を捻った。
「魔法も嗅覚も、超能力も駄目かあ……」
この街には、捜索を拒む機構が働いている。これではしらみ潰しに一つ一つ捜すしかない。
「行こう、中心部の本局施設に何か有る筈だ。設備的にも、星人達は其処を利用しているだろう」
クロノの指示の元、全員は静止した街を進み始めた。その様子をじっと見ている者がいる。静止している市民の目が、カメラのように働き、本局施設の指令部に映像を送っていた。
暗がりの中、髭を蓄えた中年の男とおぼしき男が、苛立った様子で拳を握り締めていた。
「これからという時に……下等生物共が……」
男は無数に浮かんでいる空間モニターの1つを見上げる。そのモニターには、地面にうつ伏せに倒れている少年の姿があった。男はマイクに向かって指令を出す。
「ウルトラマンゼロ! 侵入者を殺せ!!」
指令に反応し倒れていた少年、ゼロがむくりと立ち上がった。その眼には生気が無い。ゼロは胸ポケットから、ウルトラゼロアイを取り出し両眼に装着する。目映いスパークが本人と周囲を照らした。
施設に侵入したはやて達の前に、突如巨大な影が降り立った。アスファルトを砕き、小山のようにそびえ立つ巨人。その両眼がギラリと不穏な光を放つ。
「ゼロ兄ぃっ!?」
はやては巨人を見上げて、思わず叫んでいた。ウルトラマンゼロが幽鬼のごとく、はやて達の前に立ち塞がっていた。
つづく
※ダンカン星人についてはあやふやな点が多く、一部妄想入ってます。
それでは次回後編でお会いしましょう。